ロサ・キネンシスとなった祐巳の開花していくカリスマ性や周りで見守る仲間たちの様子などを伝えられれば。
祐巳が歌手としてデビューするに至った経緯がメインです。
#03 prologue
(1)
―――松平家。その日の朝は、休日ということもあり、いつもより少し遅く起きた瞳子の両親がリビングへ下りていくと、瞳子はすでに朝食を終え、身じたくを済ませて、一人静かにリビングのソファーに座っていた。よく見れば、瞬きもせずテレビを凝視している。
時刻は八時。いつからそうしていたのだろうか。娘のただならぬ雰囲気に声をかけようにもかけられず妙な時間が過ぎていく―――と、テレビからどことなく聞き覚えのある声が耳に届いた。―――あぁ、そうだ。今日は祐巳さんの…。二人は娘の様子を理解し、ほんの少しの間いっしょになってその心地よい歌声に聴き入った。
瞳子はすぐにでも祐巳さまと話したかったが、今日は彼女の大学の入学式があったし、その後には祥子さまとデートだと聞いていた。昨日電話を差し上げたときに、それはもううれしそうにおっしゃっていたのだ。瞳子もまた、祥子さまと同じように当日にお祝いしようと考えて、入学式の後の予定を聞いてみたのだが、最大のライバルに先を越されてしまった。まったく、祐巳さまも少しは察してくださればよいのに。仕方なく諦めて、とりあえず夜になったら、お祝いの言葉だけでも伝えようと、また電話をかけることにした。
一日予定を空けてしまっていた瞳子は、夜まで何もすることがなく暇を持て余していたため、そんなに散らかってもいない自室の掃除をしていた。本棚の上を拭き終え、ついでに中もきれいにしようかと、小説やら教科書やらを取り出してゆく。そして、ピンク色のファイルに手をかけようとして―――止めた。それだけは、そっと丁寧に手に取る。慈しむように見つめたそのファイルは、瞳子が自分で作った祐巳スクラップとでも言うべきものだった。祐巳さまの妹になってからのリリアン瓦版の記事は全て保存していたし、祐巳さまの友人である写真部のエース、武島蔦子がことあるごとに撮った彼女の写真の数々はこっそり焼き増ししてもらっていた。数はあまりないが、プライベートで撮った写真も何枚かある。それらがこの一冊のファイルにきちんと日付順に収められているのだ。ついこの間まで学校へ行けば祐巳さまとお会いできたのに。瞳子はファイルを開き、当たり前に一緒にいられた幸福な日々に思いを馳せた――――――。
(2)
―――あれは、冬も終わりかけの――けれどもまだ寒さの残るそんな時期だった。恒例化したバレンタイン企画で紅色のカードを手に入れた瞳子は、祐巳さまと半日デートをすることになった。私の行きたいところに行こうとおっしゃた祐巳さまに当日まで何も告げず、ミステリーツアーとだけ伝えて、あの方を連れまわした。自分のすべてを知ってもらいたくて。人に打ち明けるには重い話―――。それでも祐巳さまは、文句なんて言わず、ただほほ笑みながら瞳子に付き合ってくれた。そして最後には、まるで自分のことのように瞳子とともに涙を流し、しっかりと抱きしめて受け入れてくれた。帰りは、どちらからともなく手をつないで―――気づくと、二人して寝入ってしまっていた。とても穏やかな時間―――あんなに安らかな気持ちになれたのは、その時の瞳子にとって久しぶりのことだった。まっすぐな祐巳さま。その太陽の光はまぶしくて、向き合えずにいたけれど、祥子さまに言われたように、自分の闇が光の前に曝されるのが怖くて、ただ逃げていただけだった。祐巳さまといることは、自分と向き合うこと。けれどそれはいいことなのかもしれない。だって、太陽はいつだって暖かい光で包み込んでくれる。どんな私も受け入れてくれる。導いてくれる。私はこの方のそばで自分も変わりたいと思っていた。―――次の日、マリア像の前、二人の希望で、何かとお世話になった祥子さまにも立ち会ってもらい私と祐巳さまはついに、姉妹となったのだった。―――――それからはすぐに、三年生を送る会や卒業式の準備があったため、何かと忙しく、感慨に耽る間も新米姉妹独特の甘い時間を過ごす間もなかった。―――これが終われば、もうすぐ春休み。これからいくらでも祐巳さまと楽しい時間を過ごせる。そう思うと、こんなちょっとした不満などなんでもない。―――しかし、瞳子はすっかり忘れていた。新学期になれば新入生が入ってくるということを―――瞳子のライバルは卒業する祥子さまだけではないということを―――。
(3)
卒業式当日。祥子さまはリリアン女子大学に行かれるため、会おうと思えば会える、とはいえさすがに祐巳さまもお寂しそうだった。薔薇の館では朝早くから集まり、祐巳さまが読まれる送辞の練習をしているところなのだが、まだ練習だというのに、瞳に涙をため、時々言葉に詰まっている。
「祐巳さん大丈夫?」
「いざとなったら去年の令ちゃんみたいに私が助けに行ってあげるから安心していいわよ!」
「ふふっ!去年の再現ね。私もいくわ。祐巳さん」
志摩子さまと由乃さまが祐巳さまを励まそうと明るく声をかける。祐巳さまは二人につられて笑った。
「あははっ!そんなことしたら祥子さまにびっくりされちゃうよ~!大丈夫、卒業式で泣かないように今のうちに悲しんでいるだけだから」
瞳子と乃梨子は、二人で顏を見合わせた。今の話から推測するに、去年の卒業式ではあの祥子さまが送辞の途中で泣いてしまわれ、それをロサ・フェティダが助けたのだと思われるが、まさか、いつも強気で負けず嫌いな祥子さまが…!と驚きを隠せない。祐巳さまは大丈夫だろうか。瞳子はますます不安になる。
「さっ!そろそろ戻ろうか。もうすぐ始まっちゃう。」
そんな瞳子の不安など気づかぬ祐巳さまの声は能天気なものだった。
式は案外あっけなく進むもので、卒業証書の授与も終わり、次はとうとう祐巳さまの送辞となる。
「送辞。在校生代表。二年松組、福沢祐巳」
「はいっ」
祐巳さまが席を立つ。ゆっくりと落ち着いた様子で壇上へと向かう姿をじっと目で追う。階段を上がり、そしてステージの真ん中へ―――祐巳さま…。瞳子の心配などよそに祐巳さまは堂々としたものだった。卒業生に敬意を払って一礼し、目を細めてほほ笑んでいらっしゃる。祐巳さまのほほ笑みで体育館が暖かな光で包まれたかのようだった。祐巳さまが口を―――開く
「―――リリアン女学園高等部を巣立って行かれるお姉さま方」
暖かな光の中―――透き通った優しいお声が、体育館全体へと染み渡る。それは小鳥がさえずる春の陽だまりにいるかのようだった。ふと周りを見渡すとみんなが祐巳さまを見つめ、呆っと聞き入っていた。祐巳さまはすごい。前々からその親しみやすさで下級生からの人気は高かったが、今は体育館の全ての人を魅了している。この方はどこまで成長されるのだろううか。瞳子はますます増えたであろうファンをおもい、自分も負けまいと誓うのだった。
「―――――――――、在校生代表、福沢祐巳」
送辞が終わった。しーん。と一瞬の間が開き、感嘆の拍手が送られる。この後は、祥子さまの答辞だが、なんともやり辛いのではないかと余計な心配をする。―――けれど、やはり杞憂となった…。さすが、祐巳さまのお姉さま。妹に負けず劣らず、凛と咲く紅薔薇のごとく堂々とした素敵なあいさつだった。理想の紅薔薇姉妹―――これを見た者たちは誰もが、そう思ったことだろう。祐巳さまと祥子さま、この二人のように誰からも認められる素敵な関係を築くにはまだまだだけれど、祐巳さまとならきっと大丈夫。それだけは確信していた。
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