マリア様がみてる~"アポロンの薔薇"~   作:穂高

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#04 瞳子の受難

 (1)

 

 吹き抜けるそよ風が瞳子の髪を微かにゆらす。背の高い門をくぐり抜け、スカートのプリーツは乱さないように、白いセーラーカラーは翻さないように、瞳子はまさにリリアンの生徒のお手本とでもいうべき姿で、ゆっくりと歩いていた。周囲には、真新しい制服に身を包み、少しそわそわとした様子の生徒たちとその保護者たち。ちょうど一年前、瞳子もこんな感じだったのかと思うと懐かしく、つい笑みをこぼしてしまう。

 今日は私立リリアン女学園高等部の入学式だった。山百合会は全校生徒の代表として参加する。といっても、瞳子はただ、教職員席の横に設けられた山百合会の席に座っているだけなのだが。そんな瞳子とは違い祐巳さまは歓迎のあいさつを述べられる。また、ファンが増えてしまいそうだ。「はぁ~」と思わずため息をこぼすが、ふるふると頭をふってなんとか嫌な思考を飛ばす。いくらファンが増えようと関係ない。春休みに入ってすぐ、姉妹になってはじめてのデートをした時だって、とても楽しい時間を過ごせたではないか。そんなことで二人の絆は揺るがない。そして、祐巳さまとデート以来二週間ぶりに会えることを思い、心を弾ませた。

 

 薔薇の館のビスケット扉を開けると、そこにはもう瞳子以外の全員がそろっていた。

 

 「申し訳ありませんっ―――遅くなりました」

 

 まだ、集合時間の三十分前だったが、お姉さま方を差し置いて自分が一番最後に来てしまったことを申し訳なく思い、急いで頭を下げた。

 

 「あっ瞳子!ごきげんよう!まだ全然大丈夫だよ~」

 

 祐巳さまがそう応える。

 

 「ごきげんよう。お姉さま。ですが…」

 

 しかし、瞳子は後悔の思いでいっぱいだった。本当なら、一番にきて雑用を済ませてしまう予定だったのに。

 

 「瞳子ちゃん大丈夫大丈夫。私もほんのちょっと前にきたばかりよ」

 

 「そうね。今日はみんな早かったわよね」

 

 「本当ですね。祐巳さまなんて、私とお姉さまが一緒に来た時にはもういらしてましたし」

 

 「えへへ。気合はいりすぎちゃったかな~。ああ、瞳子荷物おいて座りなよ」

 

 誰も気にしていない様子だったため、いつまでも落ち込むのもどうかと思い、促されるままにとりあえず席へと着いた。

 

 「それじゃあ、みんな集まったことだし、最後の練習付き合ってもらおうかな」

 

 そういうと、祐巳さまは立ち上がった。―――あれ?なんだか見上げる角度がいつもと違うような…。

 

 「祐巳さん、もしかして背、伸びたんじゃないかしら」

 

 「えぇ~~~うそっ!?本当なの?祐巳さん」

 

 「へっ?な、何?急に」

 

 どうやら、私の気のせいではなかったようだ。由乃さまが慌てて立ち上がり、祐巳さまのそばへと寄る。

 

 「あっ!本当ですねえ~。由乃さまより祐巳さまの方が大きいです」

 

 乃梨子がそんなことをいう。由乃さまはというと、ショックで固まってしまわれた。

 

 「……そんな。今まで同じ身長だったのに。私が一番小さいなんて嫌っ」

 

 「あら、乃梨子や瞳子ちゃんも由乃さんとあまりかわらないのではなくて?」

 

 「もうっ!志摩子さんたら、三年生の中でに決まっているじゃない。ていうか、志摩子さんも抜かれているかもしれないわよ?ほらっ早く立って並ぶ!」

 

 由乃さまは少々強引に志摩子さまにも同じことをさせる。

 

 「……どうかしら」

 

 「う~~ん。同じ…くらい?どう思う?瞳子ちゃん」

 

 「…まだ、お姉さまの方が小さいように思います。わずかな差ですけど」

 

 瞳子は思ったままに応える。

 

 「―――もう。みんなぁ。そんな急には伸びないよ~。練習の時間が無くなっちゃう!」

 

 「これも大事なことなの!」

 

 さすが由乃さま。こうだと決めたら周りを見ずに突き進む。結局この後、いつの間に伸びたのだとか何を食べたらいいのかだとか、由乃さまの質問攻めが続き、祐巳さまの練習時間はなくなってしまった。申し訳ありませんお姉さま。妹としてお助けすることができなくて。とは言え、口を挟もうものなら、由乃さまの矛先がこちらに向くのは目に見えていたため、瞳子たち三人は、ただ祐巳を哀れに思うしかなかった。

 

 みんなで揃って体育館へと向かう。私は、祐巳さまの隣を歩いていた。こうして並ぶと、やはり背が高くなられたのを感じる。徐々に伸びていたのだろうが、久しぶりに会うと変化に気づきやすくなるものだ。すると、じっと見ていたためか、祐巳さまが顏をこちらへとむけてほほ笑んだ。

 

 「ん?どうしたの。瞳子」

 

 「な、なんでもありませんわ。お姉さま」

 

 瞳子は一瞬どきっとしてしまった。そのお顔があまりにきれいに見えたから。

 

 「それより、大丈夫なんですの?練習されなくて」

 

 「ああ、そのことー。まぁ一応家でも練習はしたし…最後にみんなにチェックはしてもらいたかったけど…」

 

 「そうですか。すみません…」

 

 「瞳子が謝ることじゃないでしょ。私もなんだかんだのせられてたしね…」

 

 そういって祐巳さまは苦笑する。

 

 「とにかく、がんばるから見守ってて!きっと、新入生の子たちがこれからのことにわくわくできるようなスピーチをしてみせるから!」

 

 「はい。応援しています。お姉さま」

 

 そんなこと、いわれなくてももちろんだ。それに心配はしていない。むしろスピーチがすばらしすぎてしまうことの方が瞳子にとっては不安だった。

 

 

 

 案の定、拍手が鳴りやまない…。祐巳さまの歓迎のあいさつはそれはもう、見事であった。ロサ・キネンシスとなられてからの初仕事は大成功といっていいだろう。新入生たちは羨望と尊敬の眼差しで祐巳さまを見つめ、そのお言葉に感嘆の声をもらす。祐巳さまの信奉者が大量に生まれたのは明白だった。——今までは祐巳さまの親しみやすさや普段の鈍感でおっちょこちょいな言動から目に留まらないでいたが、よくみると、祐巳さまの顔立ちはきれいといえるものだった。それに、祐巳さまは遅い成長期真っ只中―――。これからは、可愛らしいから美しいへと成長していくだろう―――中身は…まあ多々心配な面もあるけれど、そのお心は美しい。

今日の新入生たちは、祐巳さまのことをどう感じたのか。まだ祐巳さまのことをあまり知らない彼女らにとって、壇上でお話しされる様子はみんなを暖かく包み込んで見守るマリアさまのように見えたかもしれない。崇拝の対象がとても親しみやすく接してくれる―――親しみやすい祐巳だから好きというのとは違う。瞳子は、祐巳さまのことをちゃんと見ない、勘違いした者たちが出てこないことを祈るのだった。

 

 

 (2)

 

 週明けから、新学期が始まった。朝から「ごきげんよう。紅薔薇のつぼみ」などと声をかけられ、まだ慣れないそれに瞳子は照れくささを感じる。始業式を終え、教室に戻る廊下を歩いていると、祐巳さまが私を呼び止めた。なにやら由乃さまが報告したいことがあるらしく、お昼は薔薇の館に集まってほしいとのことだった。一限目、二限目…と、午前の授業はたんたんと過ぎてゆき、あっという間にお昼になった。話とは、おそらく菜々ちゃんのことだと思う。薔薇の館に新しい住人が増えるかもしれないうれしい予感に瞳子は目的の場所へと向かう足を早める。

 

 ―――扉を開けると、そこにはすでに菜々ちゃんと由乃さまがいた。やはり、思っていた通りの喜ばしい報告があるようだ。―――あと来ていないのは…祐巳さまだけ。

 

 「ごきげんよう。瞳子ちゃん」

 

 「ごきげんよう。皆さま方。あの…祐巳さまは?」

 

 あいさつを交わすと、同じクラスである由乃さまに向けて訊ねてみる。

 

 「私は、菜々と待ち合わせしていたから、祐巳さんとは一緒に来なかったの。でも、そういえば遅いわね。寄り道した私より早く着いているはずなのに。何してんのかしら」

 

 早く報告したいのに~とぷんぷんする由乃さま。―――と、そこへ

 

 「~~~っごめん。お待たせ!!」

 

 ようやく祐巳さまがやってきた。息を弾ませ、ハァハァ言っている。だいぶん急がれたようだ。

 

 「祐巳さん遅い!!」

 

 「ごめん由乃さん。ちょっとね…っあ!菜々ちゃん!ごきげんよう」

 

 祐巳さまは菜々ちゃんに気付くと、にっこりと笑って喜びを隠せない様子で声をかける。

 

 「ご…ごきげんよう。ロサ・キネンシス」

 

 山百合会のメンバーに囲まれた菜々ちゃんは少し緊張しているみたいだ。

 

 「まぁ、いいわ。それではさっそく!」

 

 菜々こっちいらっしゃいと由乃さまが菜々ちゃんを呼び寄せ、中央に立つ。

 

 「え~~ごほんっ!私、島津由乃は、今朝、有馬菜々にロザリオを渡し、無事に姉妹になりました。今後とも黄薔薇ファミリーをよろしくお願いいたします!」

  

 「有馬菜々ですっ!よろしくお願いします!」

 

 由乃さまが高らかに宣言し、頭を下げると、菜々ちゃんもそれにならって頭を下げる。いい子そうに思えた。

 

 「おめでと~~~う!!ようこそ菜々ちゃん!これからよろしくね。大歓迎だよ!」

 

 そういってから、祐巳さまは自己紹介をし、その後、ロサ・ギガンティア、乃梨子、私の順にあいさつをしていった。

 

 

 「―――それにしても、お姉さまはなぜ遅くなられたのですか」

 

 歓迎ムードが少し落ち着いたところで、菜々ちゃんにも手伝ってもらいながら全員分の紅茶を入れ終え、席に着いた瞳子は、先ほどから気になっていたことを切り出す。

 

 「ん~~私もすぐに教室出て向かってたんだけど、途中でカシャッて音がして、何かと思ったら、遠くから私のこと撮ってる子がいたんだよね。で、蔦子さんみたいにカメラが好きな子なのかなと思って、話しかけたの。カメラ好きなんだねって。そしたら、ごめんなさいって言って逃げられちゃって…」

 

 話しながら、祐巳さまの顏が沈んでくる。その時のことを思い出しているのだろうか。

 

 「私、何か避けられるようなことしたかな~とか、もしかして一年生に嫌われてるのかな~って考えていたら、なんだか時間が経ってたみたいで。いや~~ほんとごめんね」

 

 そういって祐巳さまは無理に笑う。それを見て瞳子も苦しくなるけれど、たぶんそれは逆だということにも気づいていた。

 

 「あの~~お姉さま?」

 

 瞳子が鈍感な祐巳さまに教えて差し上げようとすると、その前に菜々ちゃんが発言した。

 

 「祐巳さま!祐巳さまを嫌っている一年生なんているわけありません。一年生の間では入学式の祐巳さまの話題で持ちきりです!」

 

 「えっ…どど、どんな?」

 

 祐巳さまはまだ勘違いしているようで、びくびくとしている。小動物のようで可愛らしいが、鈍すぎて少々イラッとくる。

 

 「も~~う。そんなのどうせロサ・キネンシス素敵って話でしょ?ここまでくると嫌味に思えるわ」

 

 「そうよね。うらやましいわ。祐巳さん」

 

 お二人もどうやら私と同じ気持ちを抱いたみたいだ。

 

 「もっっもちろん!他の薔薇様方も一年生に大人気ですよ?」

 

 「に、二年生にも人気です!みんな志摩子さんみたいになりたいって言ってるよ!?」

 

 妹たちが慌てて自分のお姉さまをフォローする。乃梨子は敬語を忘れる始末…。祐巳さまはというと、ただただ訳がわからないといった感じだった。

 

 

 後々、この写真の件がけっこう大事になってしまうのだが、この時の瞳子たちには思いもよらないことだった。

 

 

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