ぷらいべったーに投稿したクリスマスターレルです。

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ぷらいべったーに投稿したクリスマスターレルです。


カレンデュラの誓い

  寒さは一層深まりつつある。気にしなければ感じるものではないが、素足を滑らせる冷えた敷布は、昨夜の熱が体内に残っている気にさせるのだ。

  重い瞼をゆっくりと開きながら身じろぐと、私を懐中に引き寄せたまま寝入る大きな体躯も共に身じろいだ。夜明けには少し早かったのだろう。窓の外はまだ暗かったが、少しだけ朝露の匂いがする。

  半ば開きかけた唇から覗く舌が、やけに柘榴のように見えてしまう。そういえば、昨日の彼が飲んでいたのは赤ワインだった。その柘榴に私の舌を喰われたのは数時間前か、甘酸っぱくはなく煙草とワインの味がした。

 泥濘に浸っている今のわたしの思考では彼の心地良さそうな頬に唇を落とすことしかできない。しかしそうしないのは、井戸水のように冷たいわたしの唇では彼を起こしてしまうのではないかという、とてもくだらない事。

 数日前、クリスマス当日に会える可能性が無いに等しかった彼から、早めのクリスマスカードを贈られた。開くと、彼の綺麗な字よりも、一番に気付いたのはカードに染み付いた彼の愛煙の匂い。狡いではないか。会えないかもしれないと贈ったカードに自身の匂いを擦り付けるなど。まるで、此方から会いに来いと言っているようなものである。

 

『月日に冷えぬ、君の燃ゆる頬は、今もなお、私の血潮を騒がせる』

 

 たった一言、カードにはそう書かれていた。その一文にわたしはどこか懐かしさを感じている。しかしながら、どこでそれを目にしたのか、どこで耳にしたのかまでは、はっきりと思い出せない。

 今日の朝は薄雲が美冬の瀞に影を浸しながらも、昼過ぎになれば仄かな陽が窓から差しこんで、ソファに掛けてあったブランケットから日向の匂いがするほどだった。

 しかし陽が傾くにつれ、どこかに散歩でもしていたらしい寒さが帰還し、早めに仕事を切り上げたエーリッヒに連れられ予め予約してあったレストランへディナーに行った。

 それから、わたしが彼と共に、彼の部屋の寝台にいるということは、帝都の一般市民と同じく恋人らしいクリスマスを過ごしたわけである。

 彼の腕から逃れ寝台を降りようにも、わたしは何も身につけていなかった。支柱に掛けてあった彼のシャツに手を伸ばす。わたしには大きすぎるそれは羽織って前ボタンを閉じれば、膝より少し上ぐらいまで隠してくれるだろう。

 懐が空いた彼はもそもそと何か足りな気に腕を敷布に滑らせているものだから、代わりに枕を入れておく。

 そっと寝台へ足を下ろす。慣れているはずの爪先が、カーペットではない物に触れた。

 

「ああ、これか」

 

 昨夜、無理して履いた黒のヒールが、寝台の直ぐ横に転がっていた。購入してから一度も試し履きをしないまま今夜はじめて使用し、案の定、彼の部屋へ行くまでに足は耐えてくれず見事に靴擦れが出来てしまったのだ。

 けして身長を気にしたわけではない。以前、二人で街中を歩いている際に、彼がわたしの腰を取りにくそうにしていたからだ。もう少しわたしに高さがあれば、と思っただけだ。

 ディナーの後、彼の部屋を訪れ外套すら脱ぐこともせずそのまま寝台に引っ張られたが、足取りが覚束ないわたしに気付いた彼に、どこか怪我でもしているのかと問いただされたために、恥ずかしながら靴擦れが、と小さく言った。

 彼なら少し呆れた顔で優しく笑ってくれるだろうと考えていたのだが、予想が外れてしまう。彼は何も答えてはくれず、やや雑になった手癖でわたしのヒールを剥き、早急に外套も服も下着さえも剥がされた。

 それから靴と擦れて傷になった足ばかり舐めるものだから、普段は絶対わたしから強請ることなどしないのに、いつまで待たせる気ですかと、思わず声を張らせてしまったのだ。

 わたしの訴えを聞いた彼の焦らすような愛撫が途端に変わり、いつもより執拗にねちねちと責められたのは言うまでもない。最後の方の記憶はほとんど曖昧だ。

 寝台の周りにはわたしの服が散らばっているが、彼のジャケットやネクタイはチェアーに掛けられている。

 水でも飲もうかと寝台から身を下ろしたがカーペットが思ったよりも冷たく、爪先に当たったヒールをそのまま履いた。傷に触れたが、昨夜よりも痛みはあまり感じない。ふやけるかと思うほど執拗に彼に舐められてしまったのだ、そこだけ、麻痺している感覚だ。

 

「カレンデュラがそのままだ」

 

 ディナーの帰り、可愛らしい花売りの少女から買ったカレンデュラがキッチンテーブルに置かれたままになっている。花瓶に挿してやらねば直ぐに萎れてしまうだろう。

 カーペットに沈むヒールの鈍い音と、大きいシャツの衣擦れの音が交差しテーブルの前で止まる。

 一年のほとんどの季節で咲いていて、多少手入れを怠っても滅多に枯れることはないことから、カレンデュラは時知らず、と言われている。

 しかし、別れの悲しさを花言葉にしているキンセンカの別名であるため、なぜクリスマスという恋人らにとっての一大イベントの日に、そんな花を買ってしまったのか。

 今思い出せば、寒いなか薄着の少女が街中で花を売っている姿が、あの有名な悲しい結末の童話と重なってしまったからだろう。少女のクリスマスが少しでも良い日になるよう、花代は少々上乗せしてもらった。

 しかし彼にはそう言えず、わざとカレンデュラという名前で呼び、現世にも季節にも流されない時知らずの花なのだと言ってみたのだが、ずいぶんと、乙女のような思考になってしまった己に寒気がする。

 カレンデュラの横に置かれた彼から貰ったクリスマスカード。実はわたしも、彼にクリスマスカードを用意していたのだ。リコリスの紅茶と共に。

 しかし彼同様に当日会える期待をしていなかったため、今ごろ、彼の執務室に匿名で届いているだろう。メッセージは彼に負けず劣らずのたった一言。

 

「今日は再び、来ぬものを―」

 

 彼からのメッセージに感じた懐かしさの正体は前世での、古い曲の歌詞だった。その歌詞に倣って、わたしからのメッセージをリコリスの香がする紅茶と共に彼に贈ったのだ。彼なら気付いてくれるだろう。

 寒さに縮こまる花束を手に取ったが、花びらが一枚落ちてしまった。薄暗いなか、黒のヒールにひらりとオレンジ色の花びらが飾られる。

 

「風邪をひくぞ、ターニャ」

 

 シャツから匂う仄かな愛煙に、更なる濃い愛煙の匂いがわたしに覆いかぶさった。背後からの気配に気付けなかったのは、愛煙のせいにしておこう。そのまま抱き上げられ、慣れないヒールでキッチンまでたどり着いた己の身が寝台へと戻される。手にしていたカレンデュラが花瓶に挿してもらえないことに気付いたように、更にわたしの手のなかで萎れたように見える。

 

「私のシャツ一枚に、ヒールとはなかなかに、どうも、くすぐってくれるね」

 

「えっ、あっ、ちょっと待って、ひぁ」

 

 前ボタンは閉めたものの、大きく開いた胸元や裾から直ぐに彼の手が差し込まれる。もうすぐ夜が明けるのだ。まさか今から事をしようと考えているのだろうか。再びヒールが彼の手で剥かれ、床に投げられた。足を大きく上げられ、ふくらはぎに甘噛みされる。

 

「私よりも先に、君に傷をつけるなど」

 

 ああ、彼の不機嫌の原因はこれだったのか。なんともまあ、無機物相手に大人気ないことである。彼の舌がふくらはぎから徐々にずり上がり、内太腿へ到達すると、歯を立てられた。痛みに身が震えたが、わたしの口から出たのは笑い声だった。

 

「ふふ、なにを言って…真っ先に、わたしのここを破った貴方が、なにを」

 

 彼の大きな手を取り、わたしの下腹部へと導く。夜が明けたら、貴方の執務室で紅茶を飲みましょう。クリスマスカードのメッセージとリコリスの花言葉に全てを預けてありますから。

 

 

終わり

 

 

 




リコリスの花言葉:誓い


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