胃痛が似合うレルゲンさんが主人公です。
ただ、読む前に注意申し上げます。特にターレル/レルターを好まれる方々には不快な表現が含まれているかも知れません。
また、原作より未来時世ということもあり、web版小説での設定も含まれています。
それを踏まえてお読みください。
結果として、二人が結ばれることは難しいだろうという結論に達しました(それよりも精神的に前世の男性を引きずっているデグさんが男性と結婚することに対し、拒否感も覚えているようですし、おそらく独身を過ごしそうです)
無論、二次創作で見られるターニャとレルゲンさんのカップリングを否定するつもりはありません。そのような未来を創造することは大いにありですし、応援したく思っております。
この作品はそれらの作品に対する「塩」、あえて結ばれない作品を世に送り出すことでそれらの甘美さを引き立たせることが出来れば幸いです。
1945年9月24日 西ライヒ連邦首都ベルン
私は、家族と共にリンデンの並木道を歩いている。今日は娘の12歳の誕生日を祝うため久々の休暇を取った。
元々植えられていたリンデンは、大戦末期の攻防戦で焼け落ちてしまったが、植え直されて戦前と同じような立派な並木道となっている。
大戦の結果、完膚なきまでに焦土と化したライヒであったが、東西には分割されたものの西側は奇跡と呼ばれる復興を遂げいまやこのベルンの街並みに戦禍の傷跡を見ることはない。あのK-brotも代用珈琲も、古い同僚たちとの思い出話で出てくるぐらいだ。
横を歩く妻の淡い癖のある金髪と碧い目、そして小柄な姿を見て、ふとあのデグレチャフのことを思い起こす。戦後の処理が一段落したころ知人の紹介で出会った妻は、柔らかな瞳を持つ穏やかな性格の女性であれとは全く異なる印象の筈なのだが、私が何かに思い悩んだり、過去のことを考えたりしているときに妻の後姿を見ると、何故か一瞬だけあのデグレチャフの姿に見えてしまうことがあるのだ。幼女の皮を被ったあのデグレチャフと優しい妻とは、髪と瞳の色以外に共通点などないにもかかわらずだ。
「あなたどうされましたの?先程から難しい顔をされていますよ。今日は娘の誕生日なのだから、このときぐらいはお仕事のことは忘れられてはいかが。」
娘のために調整を重ねてやっととった休暇なのになぜ今頃あのデグレチャフのことを思い起こすのだろう。いけない今日は家族サービスに務めなくてはならない。久々の家族四人で出かけようとしているのだ。意識して笑顔を作り、妻に詫びをいれる。
気付くと娘はいつの間にか駆け出していていた。走りながら揺れる、妻と同じ金髪のポニーテールがリンデン並木からの木洩れ日を浴びキラキラと光っている。
娘が立ち止まり、手を大きく振っている。大きな輝く青い瞳と溢れんばかりの笑顔がまぶしい。
待ちなさいと娘に声をかけようとした時、私に向かって強い風が吹き、街路の端の落ち葉が巻き上がって目にゴミが入った。痛みで涙目となった私が目を開けたとき、軍服姿の少女が目に入る。
それは、一瞬だったが、あのデグレチャフに見えた。あの時の姿のあの時の軍服のままのあのデグレチャフの姿に見えた。娘がいるはずの位置に、ソレはいた。
思わず片手で胃のあたりを押さえる。 あれから二〇年近くがたっている。奴の訳がない。それに私は直接会ったり声を交わしたりしたことはないが、バルバロッサ案件で戦後幾たびか連絡を取り合ったこもともある。あのデグレチャフは、かつての部下達と共に合州国にいるはずだ。ここにいるはずがない。
それに、結婚もしているとも聞いた。一度だけ奴の近況をグランツという連絡役に聞いたとき、彼から「結婚されても、全く変わりはありませんよ。相も変わらず厳しいお方です。」などと言われて驚いたことを覚えている。
ましてや、あのデグレチャフも三〇歳を超えているはずいつまでもあの姿なわけがない。
「どうしたの。お父さん。おかしいよ」
娘の声がした。再び前を見るとそこには娘が私の顔を覗き込んでいた。いつもの可愛い娘だ。あのデグレチャフの姿はどこにもない。
「今日はどうされたのです。やはり今日のお休みのために無理をなされたのね。あなたは胃が弱いのですから無理は禁物ですわ」
妻からは心配そうな声をかけられる。やはり疲れているのだろう。
いかに今の西ライヒが奇跡の復興を遂げ戦火は絶えて久しいとはいえ、それは表向きのこと、祖国は東西に分離したままだ。このベルンは自由主義と共産主義の冷戦の最前線、銃弾の代わりに情報が飛び交う昨今、私の職務は激務が続いている。
「すまないな、みんな。少しベンチで休んでいいだろうかすぐに良くなる。ああ、水を買ってきてくれないか。それとそうだ娘にも何か飲み物なり好きなものを買ってやってくれないかな」
財布から5マルク札を出し妻に渡し、私はベンチによりかかるように座った。妻と子供たちが離れると静寂が訪れた。
リンデンの並木を見上げる。 葉はまだ青いがひと月もすればきれいに色づき紅葉するだろう。こうやって木々を眺めるのも随分と久しぶりだなと、見上げたままでいるとひらりと黄色くなった葉が一枚顔に落ちてきた。
なぜ、娘の誕生日をために取得した休暇にあのデグレチャフことを思い起こしてしまうのか、落ちてきた葉を指で弄びながら考える。
あのデグレチャフは魔導士が最も活躍したあの大戦の徒花だ。白銀という優美な二つ名ではなく敵味方から錆銀、ラインの悪魔などと恐れられた幼女。小さな体躯で違和感なくごく当然のように大隊を指揮し、戦闘団を組織し全ての戦線の最前線を駆け巡っていた幼女など現代にはいない。しかもアレの存在自体が機密情報とされ、公の世界で語られることもない。
航空魔導士は、戦後の航空技術の発達と共に大空での役割を終え、今の主な役割は騎兵同様パレードのような場面での儀礼的な役割を行うだけの存在である。大戦時のように魔導適性のあるものを根こそぎかき集めるような必要がなくなったのだ。確かに一部の特殊任務では需要があるが、幼い子供を従事させるなどということもない。
私は、何気に思った子供という言葉にはっとする。大戦当時、化け物と思い、危惧し、恐怖したあれは幼女というべき子供だった。子供などと大戦中は一度も思ったことはないが、人を人的資源と呼び、数と見做し、消耗品と見做したアレは、今の私の娘と同い年なのだ。あの時代は、私の娘と同じ年の少女を化け物にしたそんな狂気の時代だったといえる。
それに気づいた時、先程のあのデグレチャフに見えた幻影が、奴と同じ航空魔導士の軍服を着用し、あれと同じ表情をした自分の娘の姿だったと気づく。
経済的繁栄を謳歌する現在の西ライヒ、まるで大戦前夜のライヒと同じではないか。絶対的に優位な軍事力を過信し帝国を豪語したあの当時となんの変わりがあるのか。ここは自由主義諸国と共産主義諸国の最前線、いまの繁栄も当時のライヒと同じ幻影かもしれない。
「うわああああああっ」
思わず叫んだ。デグレチャフと同じ狂気に満ちた笑みを浮かべる我が娘の姿が脳裏に浮かぶ。たとえ幻影でもそのような姿は認めたくない。私は思わず叫んだ。かわいい自分の娘があのデグレチャフと同じ道を征くなどということは考えたくない。冷たい汗が流れ、胃がキリキリと痛み始める。
「大丈夫ですか。体調が優れないようですが。」
息を整えていると、女性が声をかけてきた。ライヒ語だが若干合州国人のような訛りがある。
逆光になって顔がよく見えないが、銀髪の小柄な女性と大柄な男性のようだ。二人とも濃い色のスーツを着用している。
「ああ、お気遣い感謝する。驚かせたようだが、少し嫌なことを思い出してしまってね。私は問題ない。ありがとう」
女性は、私の顔を見ると一瞬驚いたような顔をする。私の顔色はそんなに悪いのだろうか。
すると、大柄の男性が女性の方に何やら小声でささやく。どうやら、男性が部下で女性の方が上司らしい。
その小柄な女性が私に何か声をかけようとしたとき、娘の声がした。瓶を大切そうに抱えこちらへ駆けてきている
「お父さん、お水買ってきたよ。大丈夫。忙しいのにお父さんと遊園地に行きたいなんてわがままだったかな?」
娘は息を切らせながらも、笑顔で私に水の入ったガラス瓶とハンカチを渡してくれた。
「そんなことはないよ。」
水を飲みながら、私は片手で娘の頬をなでる。冷たい水と娘の暖かな感触がストレスまみれの私の心を癒す。
「ところで、お父さん。この人たち誰なの?」
娘が顔を向けた先には、先程の二人がまだいた。改めて挨拶しようと立ち上がろうとすると、妻が戻ってきた。
「あなた大丈夫?ターシャ、勝手に走ってはダメでしょ。」
そう言ったところで、妻は横にいる二人に気が付く。
「奥様でしょうか?具合がよろしくなさそうでしたので失礼かと思いましたがお声をかけさせていただきました。」
銀髪の女性は妻に向かってお辞儀をしている。そのため彼女の顔は見えないが、その後ろ姿に私は何故かデジャヴを覚える。
「落ち着かれたようですし、ご家族の邪魔となってはいけません。我々はこれで失礼させていただきます。奥様、ご主人はライヒにとっても重要な方です。どうか体をいたわって差し上げてください」
二人は教本に乗るようなライヒ式の敬礼をすると足早に去っていった。ああ、陽の光が邪魔だ。彼女の顔が見えないじゃないか。
「本当に大丈夫?まだ、顔色が悪いわ。もう少し座っていらしたら」
「大丈夫だよ。落ち着いた。いけない父親だな私は、こんな大切な日に体調を悪くするなんて。でも、もう大丈夫。問題ない」
「無理はだめですよ。また具合を悪くされたらどうするのです。」
妻は私にまだ休むように勧める。私は胃薬を用意しながら妻に言った。
「しかし、先程の二人にお礼を言いそびれた。誰だったのだろう」
「えっ、お知り合いの方ではなかったの。あの方、あなたの顔を心なしか懐かしそうに見てられましたよ」
妻の言葉に一瞬時が止まる。あの女性は去り際に何と言った。確か、ライヒにとっても重要な方と言わなかったか、ということは私を知っている人物、そしてあの身のこなし方は軍人、考えろ思い出せ、私は未だ現役の参謀将校だ。かつて帝国の二羽烏と言われたゼートゥーア、ルーデルドルフ両閣下のもと参謀本部で働いた秀才ではないか、あのような小柄な女性は少ない、思い出せないならヴァルハラにおられる両閣下に笑われてしまう。
私はあの二人が去っていった方に走り出した。私は知っている私の人生で妻と娘以外、いや、それ以上に感心を寄せた女性など一人しかいない。
並木道を走り向け大通りまで出たが、あの女性はいなかった。まるで大昔、少年時代に出会った少女のように影も形もみえなかった。
「どうされたのです。急に走り出されて。」
妻と娘が追い付いてきた。息を切らしている。
私は前を向いたまま答えた。
「彼女は私達の恩人だよ。もう直には会えないと思っていたのに。神の与えた偶然だったのかもしれないな。」
「私達の?あなたのではなくて?」
「いいや、私達のだよ。彼女ならあの髪の色のごとくライヒに再び黄金の時代をもたらせるかもしれない。」
「えっ、今の方は銀色の髪をされていましたよ。陽の光で別な方と見間違えられたのではないのですか?」
私は首を振る。
「私は憶えている。彼女は美しい金髪だったんだ。何故、彼女が銀髪だったのかは分からない。事情があるのだろう。」
大通りは多くの車が走っている。街路は綺麗に整備され通りに面する建物は、大戦前のライヒに勝るとも劣らない。戦争を匂わせるものはなにもない。だが、私達のライヒは未だ半分が鉄のカーテンの向こうに引き裂かれたままだ。茶番と評された大陸戦争裁判開始前にゼートゥーア、ルーデルドルフ両閣下に誓った黄金のライヒの復活はまだなっていない。
今更ながら分かったことがある。かつて化け物と呼び恐怖していた彼女こそ私の想い人だったのだと、私は未知への恐怖から彼女、ターニャ・フォン・デグレチャフを化け物と呼び、常識が崩れるのを恐れるあまり、その後自分の心に湧き出るある思いを化け物への恐怖と思い込むことで誤魔化していたのだと、もし、心底恐れ恐怖し忌避していたら、欺瞞とはいえ彼女の率いる戦闘団に私の名前を冠することを許容しえただろうか。
私、エーリッヒ・フォン・レルゲンは卑怯な男なのだ。大戦中に沸いた彼女への想いをあれは化け物の皮を被った幼女と思い続けることで誤魔化し、戦後は、まるで彼女の面影を追うように同じ髪の色をした女性を妻とした。彼女と同じような髪の色をした娘に彼女と似た名前を付けた。未練がましい愚かな行為ではないか。先程の幻影はその表れだろう。
妻と娘に向かい二人を抱きしめる。あれは未だに戦場というべき世界に棲んでいる。いや、棲まわせてしまっている。
もはや私は彼女に、ターニャ・フォン・デグレチャフに平穏な環境を与えてあげることはできない。だが、妻や娘に、いやライヒに対してであれば平和の一翼を担うことはできる。我々が犯した誤りは自分の世代で清算する。ライヒが黄金の輝きを取り戻した時、彼女の髪も再び黄金を取り戻すのかもしれない。
「ねえ、お父さん。今日はどうしたの。やはりお仕事つらいの。でも、それなら大丈夫。ターシャも将来軍人さんになってお父さんのお仕事のお手伝いする。」
娘の言葉で我に返る。妻と娘から手を放し、首を横に振る。
「ターシャ、残念だけど。お父さんの仕事はお父さんが終えなくてはならないのだ。あの時代の負債を次の世代に引き継がないこと。ターシャをはじめライヒの皆が平和に暮らせることが望みだよ。硝煙と泥の臭いまみれるのは我々の世代だけでいい。
ああ、今日は変なことを言っている。さあ、今度いつ取ることが出来るか分からない休暇を楽しもう」
娘の手を取る。私の胃痛はいつの間にかすっかり消えていた。
創作意欲が湧けば、今度はターニャサイドの未来物を書きます。
それは、大戦から40年後の世界を想定しています。