魔法少女育成計画 -Deicide Side-   作:天都ダム∈(・ω・)∋

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*** 第九章 ディーサイド・サイド ***

 

愛死狂(アイシクル)

 

 最悪の気分だった。今すぐ死にたい。自分の体を凍りつかせて、バラバラにしてしまいたい。衝動的にそれをしなかったのは、愛死狂(アイシクル)にも、この場における役割が、まだあると信じているからだ。

 

「…………本当に、最悪」

 

 こんな所で、こんな場面で、どうしてプリンセス・ルージュと同じ意見(、、、、)になってしまうのか。

 憎くて憎くて憎くて。恨んで恨んで恨んで恨んで。それでも、二度とあの悲劇を起こさないために生きてきたのに。

 

「――――けど、生きてちゃいけないのは、今はお前の方だ」

 

 マジカルロウは、どれほど強いのか。ロジカルカオスを上回るのか。ゲームでの立ち位置は、隠しボスか、それとも真のラスボス、第二形態に当たるような存在なのか。

 

「『氷漬けの最下層(コキュートス・レプリカ)』」

 

 愛死狂(アイシクル)、最強最大、最後の大技を、ためらわずに使った。

 視界内、見える範囲を一気に凍結させる技だ。マジカルロウが、ラジカルマキナやロジカルカオスのように、即座に凍結を無効化するにしても。

 一瞬あれば十分だ、それで、プリンセス・ルージュがその首を落とすだろう。

 

『んん?』

 

 マジカルロウを取り囲むように、三百六十度、全ての空間が凍りつく、一瞬で氷塊になった神の首を、プリンセス・ルージュは、更にまばたき一回分の時間で斬り落とした。

 

「――――失せよ、余に殺せぬモノはない」

 

 最初からそうすることが決まっていたかのような、連携だった。

 事実、愛死狂(アイシクル)は、プリンセス・ルージュが迷わず斬りかかると思っていたし。

 恐らくプリンセス・ルージュも、愛死狂(アイシクル)が動くと思っていただろう。

 理屈ではなく感覚で、そうなるだろうと思っていた。

 

「すご……」

 

 デスクイーン57世やのえるちゃんも、動こうとはしていたのだろう。けれど、その思考を行動に移すより、もっと二人が速かった、それだけだ。

 プリンセス・ルージュが、誰かを殺すと定めた時、それは一瞬の間を置かずして、即座に行われると、知っていただけの事なのだ。

 

「た、倒したの? また蘇ったりしない?」

 

 ミラクルまりりんが、警戒しながら呟くが、愛死狂(アイシクル)はもう心配してなかった。

 リップ・ロップの魔法は、ゲームがクリアできる前提でなければならない。

 

 ラジカルマキナ、ロジカルカオスと言ったボスキャラのチート能力でさえ、倒せることが前提のギミックがあった。絶対に倒せない(、、、、、、、)ボスキャラの存在は、ありえない。

 ならば、どれだけ強かろうが、プリンセス・ルージュならば倒せる。

 

 何せ、暴君は既に体感している。ロジカルカオスを斬り殺すという事実を認識している。膨大な生命を削り取り、殺傷できると知っている。

 だから、その魔法の効果は更に一段階成長している。自分だけにしか作用しない魔法は、自分だけの思い込みを現実に反映する。

 

 仮に今、ロジカルカオスが蘇っても、プリンセス・ルージュは、物理耐性も、自動回復も、蘇生機能も、全て凌駕して、一刀で仕留めるだろう。本人がどう思っているかは知らないが、その『自己認識』の範囲こそが、プリンセス・ルージュの強さなのだ。

 

 愛死狂(アイシクル)は、良い意味でも、悪い意味でも、プリンセス・ルージュを信じていた。

 

 

『うんうん、いいねぇ、素敵。無駄な努力というやつが、私はとても好きなんだぁ』

 

 

 だから、桜色の光を帯びて舞い踊る無数の羽が、プリンセス・ルージュに襲いかかった時、愛死狂(アイシクル)の身体は、とっさに動いた。

 

 

 首を落とされたはずのマジカルロウの姿は、ビデオの早送りの様にもとに戻っていた。

 動きを束縛していたはずの氷は、粒子となって塵に消えた。

 そして、ロジカルカオスと同じく、翼の先端のパーツを分離させ、襲いかかってきた。

 

「がっ」

 

 プリンセス・ルージュを突き飛ばし、一身にその刃を受ける。肩から肘を。膝から太ももを。背中から胸を。刃が貫通していた。

 

愛死狂(アイシクル)さん!」

 

 誰かが叫んだ。デスクイーン57世か、のえるちゃんか。けど、もう遅い。

 

「――――何をしている!」

「…………本当に、何してるんだか」

 

 愛死狂(アイシクル)は、けふ、と血を吐いて倒れた。まだ生きている。まだ死んでない。もうすぐ死ぬ。

 

「何故余をかばった、余は――――」

「神を殺せるのは」

 

 ひゅく、と詰まった呼吸音と共に、また血を吐いて、愛死狂(アイシクル)は憎々しげに言った。

 

暴君(おまえ)だけだ――お前が、殺せ……私は、できない……」

 

 愛死狂(アイシクル)は、二度と悲劇を起こさせないと決めた。何かあったら、この生命の限り、守ると決めた。

 今、愛死狂(アイシクル)にできる、全てを守る最善は、神を殺せる可能性のある暴君を、生かして、繋げることだ。

 

「プリンセス・ルージュなら、殺せる……プリンセス・ルージュにできないことは、ない」

 

 それは刻み込まれた恐怖であり、教え込まれた事実であり、全てに屈した過去のことだ。

 

「貴様は余を憎んでいたのだろうが」

 

 過去形にするな、今もだ、と言おうとして、言えなかった。もうそんな力は残ってない、生命は残ってない。

 マジカルロウはプリンセス・ルージュの攻撃を生き延びた。何か仕組みがある、もしかしたら、攻撃にも。だとしたら、それはプリンセス・ルージュには受けさせられない。万が一有効打だったら、世界が終わる。

 

 だからこそ、それだけは信じている。絶対に信じている。

 プリンセス・ルージュの敵対者は、生きて帰れはしない、たとえ神であろうとも。

 それだけは、確かに信じている。

 それが愛死狂(アイシクル)の、最後の思考となった。

 

 

 

◆ミラクルまりりん

 

 マジカルロウは、にやにやと、力尽きて、魔法少女から、ただの女性に戻る愛死狂(アイシクル)を見下ろしていた。楽しそうだった、実に楽しそうだった。

 

「……なあフェスティ=バル」

「なんだい」

 

 デスクイーン57世が、棒を構えながら、隣の探偵に問う。

 

「クリアできないゲームは具現化できない(、、、、、、、)んだろ――ロジカルカオスのチートだって、解除できるのが前提だったから許されてた、違うか」

「――そうだね、それは間違いない、リップ・ロップの魔法は、そこを逸脱しない」

「じゃあ何で、アイツは生きてる?」

「…………実は一つ、推理が出来てる。ただ、これが当たってると、詰む」

『いいじゃない、私、聞きたいなぁ、ねえ、どうして私を倒せないんだと思う? 暴君様の一撃が、通じなかったんだと思う?』

 

 マジカルロウのささやき声が、部屋に響く。

 

「……言ってみろよ、突破口が見つかるかも知れない」

「じゃあ、お言葉に甘えて。マジカルロウって奴はさ――味方なんだよ(、、、、、、)

「み、かた?」

 

 ミラクルまりりんの疑問は、声となってこぼれ出た。

 

「そう、機械神ロジカルカオスを攻略する為に、その強大な力を削いでくれる味方キャラクター……いや、マジカルロウという存在そのものが、ゲーム的にはイベントなんだよ――敵キャラクター(、、、、、、、)じゃない(、、、、)んだ、そもそも倒すべき対象じゃないんだから」

 

 ミラクルまりりんは元より、のえるちゃんも、ピンときていないようだった。

 ただ、その説明で、デスクイーン57世には伝わったようだった、そして、わかりやすく翻訳してくれる。

 

「――――データがない(、、、、、、)のか、HPとか、ステータスとか、そういう概念そのものが」

 

 

 

『だーーーーーーいせーーーいかーーーーい!』

 

 

 

 マジカルロウ=リップ・ロップは、大喜びで手を叩いた。パチパチと甲高い拍手の音が鳴り響く。

 

『疑問に思わなかった? 何で私はロジカルカオスじゃなくてマジカルロウになったんだろうって――ラスボスじゃなくて、わざわざプレイヤーを助ける女神様になったんだろうって』

 

 それは、ミラクルまりりんも思った。何でそんな回りくどいことをしたんだろう、と。

 

『君もゲーマーならわかるでしょ? そもそもさ、データがある敵は(、、、、、、、、、)絶対に倒せる(、、、、、、)んだよ。どれだけ強大で膨大で、一見絶対に倒せないと思っても、やりこみプレイって奴は、絶対にいつかそこに辿り着いてしまう――私の魔法を鑑みるなら、やり方次第で倒せる様なバランスにしてこそみたいなところはあるし。まして敵は、魔法少女だからね』

 

 だから、マジカルロウになった。

 マジカルロウは、ロジカルカオスを制するギミックそのものだ。

 

 ロジカルカオスと同等の力を持っていて、かつ生命(HP)を保たない存在。

 データがないから(、、、、、、、、)倒せない(、、、、)

 

 単なるイベント、単なる設定。

 

 強いて、マジカルロウの本体と言うべき物があるとすれば、それはゲームの世界そのもの、この世界を成立させている、リップ・ロップの魔法そのものだ。

 

 けれど、マジカルロウはリップ・ロップ本人(、、、、、、、、、)なのだ。

 誰にも止められない、誰にも傷つけられない。誰も殺せない。

 

『――だから、私はマジカルロウになった。舞台となる最良のゲームを作り上げ、設定を現実に反映させられるほど、燃料を大量にくべて、ロジカルカオスを実体化させ、それを誰かに倒してもらう事で、やっと私はその力を取り込めた――うん、だからやっぱりありがとう、君達のお陰だよ。いや別に、よかったんだけどね? 倒せなきゃ倒せないで、ロジカルカオスが勝手に世界征服をしてくれるわけだし、本当はもっと時間がかかるはずだったんだよ。ロジカルカオスを倒す勇者が出てきて、私がそれを救うまで、待ってるつもりだったんだよね』

 

 全部、全部手のひらの上だった。リップ・ロップの計画通り、リップ・ロップの策略どおり。その為に……その為に。

 胡桃咲ラヴが死んだ。プリマステラが死んだ。愛死狂(アイシクル)が死んだ。

 そして――シルヴェストリが、詞読調(ことよみしらべ)が死んだ。

 そして、ミラクルまりりんも、萩茨(はぎばら)茉莉奈(まりな)も、これから殺される。

 

「…………は、はは、なにそれ」

 

 悔しい(、、、)

 ここまで来て、全部が無駄で、何も出来ないまま。死ぬのか、本当に。

 

「 否定 」

「 ミラクルまりりんの保護が 私達の存在理由です 」

 

 二体の、ボロボロになったシルヴマキナ達が、ミラクルまりりんを守るように、立ちふさがった。

 シルヴェストリが最後に遺した、生命と意志を与えられた人形達。

 最後の瞬間まで、その役目を果たそうと――――

 

「――シルヴマキナ」

 

 懸命に盾になる彼女たちの肩に、ミラクルまりりんは手を置いた。

 そっと顔を寄せて、囁く。

 

「私のために、死んでくれる?」

 

 シルヴマキナ達は、無表情のまま、ためらわず、コクリと頷いた。

 

 

 

◆マジカルロウ

 

 全てが目論見通り行く、というのはなんて気持ちが良いのだろう。長い時間をかけて準備しただけに、達成感もひとしおだ。踊りだしても、きっと文句は言われまい、とはいえ、流石にそれはしない。一応今は神様となったわけだし、はしたない事この上ない。威厳というやつも必要だろう。まあそのへんはおいおいだ。

 

 今は、役目を終えた魔法少女達を、神の身体の試運転がてら一掃してみよう。

 実際の所、マジカルロウはステータスを持たない――つまり、攻撃力や防御力と言った概念もない。だが、設定上【ロジカルカオスと同等】であり、その力が飛び散る前に取り込んだという事実が、ロジカルカオスの攻撃能力を操る理由付けになっている。

 

 例えるなら、これから先、マジカルロウに相対する全ては、強制敗北イベントをやらされるハメになるのだ。

 

 これがゲームだったらクソゲーだ、だけどマジカルロウは本来戦うべき相手ではないのだ。もしそれを行う者が居るとすれば、それはゲームの本筋から外れた所で、ゲームの本筋から外れた事をしているだけだ、そこの作り込みまで求められても、ちょっと困る。

 

「それで?」

『ん?』

「言いたいことはそれだけか?」

 

 愛死狂(アイシクル)だった誰かの亡骸を抱えていたプリンセス・ルージュが、愚かにも斬りかかってきた。思い込みを現実に反映できるそうで、ロジカルカオスと正面から斬りあえていた――――そんな存在、想定していなかったという意味で、マジカルロウの今回の、最大の計算外と言っていい。

 

 だけど、それも全て、通じない。

 刃が首を通っても、胸を突いても、痛痒すら感じない。だって生命がないのだ。いわば当たり判定のないドット絵に、体当たりを繰り返すようなものだ。

 いくら強くても関係ないのだ。全知全能の絶対神、魔を統べる法(マジカルロウ)とはよく言ったものだ。

 

『けど、いい加減鬱陶しいかな?』

 

 ぱちんと指を鳴らす。

 翼の先端に光球が集まる、お馴染み、防御無視のレーザーだ。合計十二発。

 のえるちゃんが銃撃してきた、エネルギーが集まってきた所に、一発、二発、狂いなく命中する。けれど、何の影響もない。マジカルロウは止まらない。

 

 からんと銃を取り落とし、絶望の表情を浮かべた。これはなかなかいいかも知れない、変な嗜虐心に目覚めそうだ。そんなのえるちゃんを庇うように、デスクイーン57世が前に出た。のえるちゃんの肩を抱いて、マジカルロウをキッと睨む。かっこいい、ヒーローみたいだ、次にゲームを作るなら、あんな主人公が居てもいいかも知れない、なんて、もう二度とする気のない作業の事を、考えてみたりする。

 

 フェスティ=バルは力なく項垂れ、ぺたんと座り込んだ、諦めたのだろう。洞察力はピカイチだったが、そもそも戦闘に於いては何の役にも立たない魔法少女だった。興味もうん、あんまりない。

 

 裏切り者のラジカルマキナ二体は、折り重なるようにして何かをかばっている、多分ミラクルまりりんだろう。まあ、このビームなら貫通しておしまいだ。

 

『それじゃあ今度こそ、ばいばーい』

 

 ビームを放つ。全員まとめて薙ぎ払うべく、一瞬でじゅわっと焼くのではなく、照射し続けて、床を蛇のようにのたうち回る。

 

「――――貴様!」

 

 愛死狂(アイシクル)の死体を焼いて、迫り来る熱線に、プリンセス・ルージュが、愚かにも立ちはだかった。デスクイーン57世達の前で、剣を振るい、ビームを切り裂く。

 おお、なんて勇敢なんだろう。これは見事だ、凄い凄い。

 

 自分が焼かれながら(、、、、、、、、、)、健気に仲間を庇うなんて。

 絶対に、背後の二人だけは守ろうとでも思って魔法を使ったのか、防御無視のハズが、プリンセス・ルージュの身体を焼き斬るだけで、貫通してくれない。

 壁役としてもそこそこ有能らしい。けれど死んでまで保てるのだろうか?

 気になって、視界の隅で、ラジカルマキナを焼き払ったのを確認してから、全てのビームを、プリンセス・ルージュの心臓に集中させてみた。

 

「ガ――――――」

 

 未だ見せたことのない、暴君の苦悶の表情。

 あれほど強力な魔法少女ですら、マジカルロウはこうしてもて遊べる、支配できる。

 と、そこでマジカルロウは気づいた。

 

 始末したラジカルマキナが崩れ落ちた。その中に、ミラクルまりりんが居ない。

 おや? かばってたんじゃなかったのか? と、首を傾げ、奇しくもそのタイミングで、背中に何かが突き当たった。

 

 

◆ミラクルまりりん

 

 結局、コンビニで調達したこの包丁を、最初から最後まで使う羽目になった。

 マジカルロウの背中目掛けて突き立てる。黒い硬質なパーツにぶつかった時点で、まるで見えない壁に阻まれるように、刃の先端が静止した。

 

『え、何、待って待って。君、最後の抵抗がそれ?』

 

 マジカルロウは、小馬鹿にしたように笑うと、翼の先端にあるパーツを一枚、ビームの照射を止めて切り離し、背後の魔法少女へ向けた。

 

『流石にセンスないなぁ――それは無理でしょ、ばいばい?』

 

 狙い違わず心臓を突かれた。文字通り、胸を裂く痛みが全身を駆け巡る。

 シルヴェストリも、こんなに痛かったのだろうか。なのに、最後の最後まで、ミラクルまりりんの、茉莉奈の事を考えていたのだろうか。

 

「バイバイは――あんたよ」

『はい?』

 

 次の瞬間、シルヴマキナの腕が、爆音を上げた。

 

 

◆シルヴマキナ

 

 与えられた命令を完遂するべく、シルヴマキナは(、、、、、、、)シルヴマキナをかばった(、、、、、、、、、、、)

 もはやマジカルロウはシルヴマキナを相手にしていなかったので、その行為自体を見咎められることはなかった。

 

 シルヴマキナの装甲ならば、数秒だけならビームを貫通させずに耐えられる。かくして、かばった方のシルヴマキナは完全に機能を停止し、最後の一体となった。

 

 実際の所、シルヴマキナに感情はない。一個の命を得て、明確な自我を得て、己の目的意識を持って行動していたのは、最初の一体、ラジカルマキナ010Jだけだ。同期された個体群は、その目的を受け取って、システムどおり動いているに過ぎない。

 

 だから、破損することに恐怖はない。ミラクルまりりんがそれをやれというのであれば、命令どおりに行うだけだ。

 指示されたタイミングで、ロケットパンチを放つ。目標は視認出来ており、外すことは絶対にない。返す攻撃で、このシルヴマキナも全損し、今している思考は消えるだろう、その事に恐怖はない。怯えもない。

 

 ただ、視界の中で、胸を貫かれたミラクルまりりんの姿を見ると、なぜだか、存在しないはずの何かが、ぎしりと音を立てて悲鳴を上げた。

 

『――んー、やめとこ』

 

 びっ、と空中を光の線が横切った。ビームの一本が軌道を変えて、ロケットパンチを斬り裂いた。そのままシルヴマキナへと迫ってくる、逃げようもなく、命中した。

 溶解し、消滅する間際まで、ついにその胸の痛みの正体を知る事は出来なかった。

 

 

 

◆マジカルロウ

 

 強い弱いの問題ではなかったのだが、どうやらそれも理解できていなかったようだ。

念の為、というか、何がしたかったかわからなかったので、とりあえずロケットパンチは焼き落とした。開いた手から、何かが落ちた、気になって、キャッチしてみる。

 

『なにこれ、瓶?』

 

 手のひらですっぽり隠せる程度のサイズの小瓶だった。液体が半分ほど入っていて、首から吊るせるよう、紐もついている。

 

「――――のえるちゃん!」

 

 デスクイーン57世が叫んだ、何だ何だと思った瞬間、瓶が割れた。中身がこぼれてぴちゃりと手にかかった。ちょっと気持ち悪い。

 

 のえるちゃんだった。プリンセス・ルージュの陰から顔を出して、銃を構えている、小瓶を狙って撃ったのだろう、なんだろう、渡したくないモノだったのか、意図が読めない。

 

『ねえ、何がしたかったの?』

 

 ミラクルまりりんの変身はまだ解けていない。まだ死んでいない。なので、残りの翼でビームを放ち続け、プリンセス・ルージュを焼きながら、その片手間に、マジカルロウは問いかけた。

 

「……さすが、わかってくれて、助かった」

 

 どこも見ないで、そう呟いてから。

 

「――――あんた、さぁ」

 

 ひゅう、ひゅう、とまともじゃない呼吸をしながら、ミラクルまりりんは笑った。

 

「派遣のアルバイト、やったことある?」

『……は?』

「退屈だよ、会話も、なくてさ。同じことを、ただひたすらずーっと、ライン作業……やりがいとか、全然ないし……時給も、そんな高くないし、さ……」

『あの、何、それ、なんか意味あるの?』

皆同じだ(、、、、、)っつってんの」

 

 血を吐きながら、ミラクルまりりんは、神を睨んだ。その瞳は、まだ死んでない。

 

「何年もおんなじことやり続ける虚無? 当たり前じゃん、そんなの、あんたの、仕事でしょ? いい部屋住んで、余暇で、こんなゲームまで、作ってたんでしょ?」

『…………』

「被害者ぶってんじゃ……ないわ、馬鹿にすんじゃないわ、よ……アンタがしてる苦労なんて、皆、同じ様に……」

『うるさいな』

 

 それ以上言葉を聞きたくなかったので、ビームの一本をそっちに割いた。股から頭部にかけてが一瞬で炭になり、分かたれた手足が残った。気持ち悪いので、それらも焼いて、ミラクルまりりんがこの世界に居た証拠は、消滅した。

 

 話してみようだなんて思うんじゃなかった、イライラムカムカする。

 引きこもりにそんな説教が逆効果だと何故わからないのか。怒りのあまり、心臓が強く脈打った。

 

『…………え?』

 

 どくん、どくん、どくん、どくん。

 それは、生命が持つ鼓動だ。生物が共通して持つ音だ。

 それは、神が持っているはずのない音だ、だって神は生きていない。

 

『……え、何、どこから?』

 

 どくん、どくん、どくん、どくん。

 誤魔化しようがない。否定できようもない。だってその音を、マジカルロウは知っている。生きている間、ずっと聞いていた音なのだから。

 

『……私の、心臓?』

 

 神は生きていてはならない。生きていては、死んでしまう。

 

 

 

◆デスクイーン57世

 

 ミラクルまりりんが何をしようとしたのか、最初はわからなかった。

 だけど、ミラクルまりりんは、デスクイーン57世の知っている限り、もっとも現実的で、堅実的で、そしてちょっと意地の悪い、けれど頭の良い魔法少女だ。

 

 ヤケになって、意味のない特攻なんてしない、それをするなら、魔法を使って逃げたほうがマシだ。

 デスクイーン57世がそれに気づいたのは、ロケットパンチが焼き落とされた瞬間だった。シルヴマキナが握りしめていたものを、デスクイーン57世は見た事がある。

 

 それは、シルヴェストリがミラクルまりりんに、非常用にと渡していた、生命の水が入った小瓶だ。小さな怪我なら治せるようにと、お守り代わりにしていたものだ。

 

「……何で先走ったんだよ、馬鹿……っ!」

 

 シルヴェストリの生命の水は、それが生き物ならば傷を癒やし、生きていないならば生命を与えて(、、、、、、、)下僕にする。

 ただ、魔法の使い手ではないので、小瓶の持ち主であるミラクルまりりんも、それを割ったのえるちゃんも、命令を与える事は出来ない、それが出来る者は、もうこの世にどこにも居ない。

 

 だから、生命を与えるだけ(、、、、、、、、)だ。

 

 ラジカルマキナが、シルヴマキナとして生まれ変わったように。

 システムに設定された、データだけの存在を、一つの生命に変じさせるだけだ。

 生きていない物を、生きている者にする魔法だ。

 

「……負けたんだよ、お前は」

『………………え?』

 

 最初のシルヴマキナは――シルヴェストリの生命の水瓶を叩き壊し、その中身を直接浴びた。生命の残滓をしこたま吸い上げた。

 対して、今、マジカルロウが与えられたのは、ほんの少し、僅かな水だけだ。

 シルヴェストリの、手のひらのひと掬いの水で生み出されたゴーレムの寿命は、ほんの数時間だった。

 

 ならば、存在するだけで(、、、、、、、)莫大な力を消費する(、、、、、、、、、)マジカルロウが、生きていられる時間はどれぐらいだろう。

 

 ボロっと。

 あっけなく、マジカルロウを構成する、機械で出来た身体の先端が剥がれ落ちた。劣化して、塵になり、砕け散る。寿命が来た(、、、、、)

 

『え、え、え、え、え、えええええ――?』

 

 無敵の神は生命に堕ちた。そして、生まれた以上は、死ぬ必要がある。

 

 

 

◆プリンセス・ルージュ

 

 腹は焦げ、中身を焼かれ、それでもプリンセス・ルージュは退かなかった。

 

余が膝を突くわけがない(、、、、、、、、、、、)

 

 暴君をもっとも憎んでいた者が、暴君を信じた。ならば、誰が屈することが出来ようか。

 プリンセス・ルージュは退かない、たとえ死んでも。

 

「ぉおおおおおおおおおおおおおおおっ!」

 

 咆哮と共に、駆け出す。ビームが腹に収束しているなら、しめたものだ、前に進んでも、後ろにずれることがない。

 

『ふ、ふざけるな、ふざけるなふざけるなふざけるな、どれだけ考えて、どれだけ準備して、どれだけ頑張ったと思ってるんだよ!? こんな、こんなチンケな魔法の、こんな――こんなことで!』

 

 狼狽はよく分かる。ああ、自分が全知全能だと思っていればいるほど、そうじゃないと知った時、戸惑うものだ。

 かつてのプリンセス・ルージュがそうだったように、マジカルロウ=リップ・ロップが手にした世界が、壊れようとしている。

 

 もっとも、ただそれを許すわけがない。早く辿り着かねばならない。

 安易な消滅など、絶対に与えない。

 

 死ぬ前に殺す(、、、、、、)。あの首だけは、殺意の下に斬首されなければならない。

 

『く、来るな来るな来るな来るな来るな来るなぁあああああああ!』

 

 マジカルロウは、ビームの照射を止めた、代わりに、更に翼を広げ、エネルギーをかき集める。

 行おうとしている攻撃の規模の想像は付かない、付ける必要もない。

 

「へいマジカルロウ、そんな事言わずにさぁ」

 

 ――――――フェスティ=バルが、神に向かって問いかける。

 

「マジカルファンタジーってゲームの設定、私達に教えておくれよ、ぺらぺらとさ」

『え――――――マ、マジカルファンタジーは、太古の昔、機械文明が――――』

 

 質問には答えなくてはならない。その内容は、しっかりと考えて、明確に。

 その間は、他のことなどする余裕はない。まして慣れない身体で、使ったことのない技術で攻撃するなんて、そんな複雑なマルチタスクが出来るわけがない。

 如何に身体が神だろうと、中身はただの、人間なのだから。

 

『ロジカルカオスが、世界を、勇者が、あ、や、ああああああああああ!』

「神など要らぬ」

 

 剣閃が走る。首が飛ぶ。

 

「世界は人が作るのだ――暴君(プリンセス・ルージュ)(マジカルロウ)も、必要ない」

 

 手にしたものを全て失い、生命までもを失い。

 絶望を顔に焼き付けて、絶望を叫びと吐き出して。

 生まれたばかりの生命は、生まれた直後に、そのまま死んだ。

 

 

 

 

◆デスクイーン57世

 

 ロジカルカオスとの戦いで、どれだけの致命傷を受けても、プリンセス・ルージュは戦い続けた。身体を蘇生し、立ち上がり、時間を稼ぎ続けた。

 それが永遠には続かないと、わかっていた。プリンセス・ルージュの生命が目減りしていくのを、ずっと見続けていたのだから。

 

「……プリンセス・ルージュ」

 

 焼け焦げて、血すらでていない腹は、どう見ても致命傷だった。生きているのが不思議なぐらい……いや、まだ生きていられると、そう思っているからか。

 生きている様に、振る舞っているからか。

 

「…………決闘は」

 

 暴君は、目を細めながら言った。

 

「諦めよ……ふん、お前の勝ちだ。尤も、あれ(、、)も、今戻されても、迷惑だろうが、な」

 

 最初の、冷徹な印象は、有無を言わさぬ圧力は、もう暴君のどこにもなかった。

 あるいは、もういつの間にか、暴君ではなくなっていたのだろう。

 

「……一つ、聞いていいかな、プリンセス・ルージュ」

「…………何だ」

「君は……いつから朱姫(、、、、、、)ちゃんだった(、、、、、、)?」

「……質問の、意味が、わからん、な……」

 

 はぐらかすプリンセス・ルージュに、フェスティ=バルが呟いた。

 

「答えてあげてくれよ、君のためにも、この子のためにも」

「………………」

 

 沈黙は、回答になりえない。今、フェスティ=バルは魔法を使わなかった。

 

「……プリンセス・ルージュと朱姫は――少し前に、一つになった。二人を、分かつ必要が、なくなったから、な――」

「必要って――」

 

 それ以上の問いに、プリンセス・ルージュは答えなかった。代わりに微笑んで、手を伸ばした。

 

「…………なぁ、死の女王よ、歌ってくれないか」

「……!」

 

 それは、約束だ。決闘に勝った時、プリンセス・ルージュが望んだ物。

 

「あの歌で、私達は(、、、)、やっと…………元に戻れた。今更、遅いけど、でも」

 

 声のトーンが、いつの間にか、柔らかく、おとなしいものに変じていた。理由はわかる。もう、女王として振る舞わなくて良いからだ。

 プリンセス・ルージュであり続ける必要が、ないからだ。

 

「誰にも、許して、もらえなくても、我慢しようって、決めたの……私達は、愛してもらった、から……だから」

 

 けほ、と咳き込む。血は流れない、全部焼けて、蒸発してしまった。

 

「この魔法で、お姉ちゃん達を、守ろうって、プリンセス・ルージュと、約束、したの……ね、あの歌」

 

 取り繕う必要はもうないから、魔法少女は当然のように。

 

「とても、素敵…………綺麗で、暖かくて……私達を、救ってくれた……もう一度、聞きたいな……駄目……かな……?」

 

 それでも、尚言葉を紡げるのは、そう振る舞うと決めたが故に。

 

「せん、ぱい」

 

 マントの裾を、のえるちゃんがギュッと掴んだ。涙をこらえながら、その瞳が言っている。

 デスクイーン57世は、頷き、座ったままで、そっとプリンセス・ルージュを抱き上げた。重さなど感じないほど軽い。まるで、もう何も残っていないかのように。

 大きく息を吸い込んだ。マイクはない。聴衆は三人。

 取るに足らない、ちっぽけな、死の女王に与えられた、優しい魔法。

 

《――大丈夫、私は貴方の側にいる。決して離れる事なく、貴方を抱きしめるでしょう》

 

 それは嘘だ。一緒に居続けることは出来ない。これから訪れる別れは、覆せない。

 

《――寂しくない。一人にはしない。涙が溢れるのなら、私は何度も拭うでしょう》

 

 だけど、一緒にいた記憶は残る。助けられた生命は続く。これからも、この先も。

 

《――手を握って、声を聞いて。確かにここに居るから、ちゃんと目を開けて》

 

 目を開けて、ともう一度歌う。けれど、少女の瞳はいつの間にか閉じていた。

 けれど、その旅立ちは、きっと辛くないのだろう。

 真紅のお姫様(プリンセス・ルージュ)は、微笑みながら、もう二度と動かなかった。

 

 

 

 

赤緋朱姫(あかひしゅき)

 

 温かい、温かい手の中で、優しい歌を聞いて。

 なんて幸せなんだろう、こんな気持ちを抱ける日が来るなんて。

 してほしかったことを、求めていたものを、わたしは、もらっている。

 だからもう、寂しくない。

 プリンセス・ルージュ、赤緋朱姫が生んだ災厄。その罪は許されない、拭えない、消えはしない。

 

 ふと気づくと、真っ暗闇の中だった。

 

「よう、楽しかったか?」

 

 誰かの声がする。振り向くとにやりと笑う、黒髪の女性が居た。

 

「? どうして、ここにいるの?」

 

 不思議に思って尋ねると、女性は頭を掻いて、呆れたように言った。

 

「お前を待ってたんだよ、馬鹿」

「……なんで?」

「言わなきゃわかんねえのか」

 

 こつんと、頭を叩かれた。痛いはずなのに、痛くない。代わりに、とても暖かい。胸が、心が、温かい。

 

「さ、さっさと行こうぜ。こちとら、待ちくたびれちまったよ」

 

 伸ばされた手を、取ろうとして、ふと首を振る、この手を取って、良いのだろうか。いけない気がする、だって。

 

「ねえ、そっちは、だめだよ」

 

 女性は、そっちに行かなくても良いのだ。そこから先は、紅緋朱姫(プリンセス・ルージュ)だけが行く場所だ。

 

「はぁ…………お前は本当に、馬鹿の馬鹿の、馬鹿だな」

 

 もう一度、手が伸びた。不思議と、怯えたり、震えたりしなかった。

 ふわりと身体が浮いて、抱きかかえられる。

 

「付き合ってやるよ、大体、あたしも結構悪いことやってるっつの、今更、どうってことねえよ――あかりはあっちにいるから、まぁいいだろ」

 

 ――――これは、幻かも知れない。最後の最後で、少女が夢見た、望んだ幻。

 だけど、嬉しかったから、とてもとても嬉しかったから。

 

「あ、ありが――ふぇ、え、え……わ、わたし、わたし…………」

 

 言葉にならない。言葉に出来ない。やれやれと苦笑され、背中を優しく叩かれた。

 暗闇の中、遠くに燃える炎に向かって、二人はゆっくりと、歩き始めた。

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