魔法少女育成計画 -Deicide Side- 作:天都ダム∈(・ω・)∋
フェスティ=バルは月を見上げながら、ため息を吐いた。
人気のない廃工場だ。たまり場にしている不良か、人目を憚る何かを目的とする者ぐらいしか訪れることはない。フェスティ=バルは、当然後者だ。
多大な犠牲を払って、戦いは終わった。とはいえ、言い方は悪いが……訪れた危機の大きさに比べたら、この程度の被害で済んだことは、全く奇跡というほかない。本当に、皆よく頑張ったものだ。
魔法少女達と、一般市民の無数の屍の上に、世界の平和は保たれた。誰も知ることなく、誰も褒め称えることなく。
魔法の国は、またこの事件を頑張って
「難儀な商売だね、まったく」
それから十分間、フェスティ=バルは無言で空を見上げていたが、やがて魔法の端末を取り出した。
白黒の卵型をしたそれを横にスライドすると、ハート型になる、魔法少女にふさわしい小洒落た品だ。時間を確認してみると、もう約束の時間はとっくに過ぎていた、来ない待ち人は呼び出すに限る。
外見は以前と変わらないが、中にファズは存在しない。新しく調達した代用品である、ファズの損失は痛手だった、便利に動いてくれる、専属のマスコットというのはなかなか手に入らないものだ。しばらくは、フェスティ=バルの仕事も、不便を強いられることだろう。
数秒後、相手が通話に反応した。
「もーしもーし、まーだー?」
『…………』
「蒸し暑いしホコリっぽいし、あまり長居したくないのだよ。まだ時間はかかりそうかい?」
『…………』
フェスティ=バルの魔法は、直接、自らの声を相手の耳に入れないと発動しない、質問の答えが返ってこない。
「…………君、誰?」
返答は、別の所からやってきた。
「
とん、と軽い衝撃が、背後から胸を叩いた。ぱっと血の花が散って、フェスティ=バルの心臓を細い腕が貫いた。
不思議と、痛みはなかった。代わりに全身から力が抜けて、喉の奥から熱いものがこみ上げてきた。
『ごきげんよう、数日ぶりですわね』
通話の向こうから聞こえてきたのは、フェスティ=バルの待ち人のものではなかった。そして、聞き覚えのある声だった。
『では、私達の用事を済ませましょう。先日は大変お世話になりました。フェスティ=バルさん』
◆プリマステラ
魔法の端末越しに、フェスティ=バルの顔がよく見えた。驚愕と、納得の入り交ざった表情が、これ以上ないほど憎らしい。
『――――一応聞いておくけど、何で君は生きてるのかな、プリマステラ』
「シルヴマキナさんの翼を一枚、鎧代わりに拝借してまして。あれを盾にさせてもらいました――まあ、当然無傷ではありませんし、何せあの高さですから。ピスタールが助けてくれなかったら、ぺちゃんこになっていましたが」
お陰で、焼けただれた顔の半分は、仮面で隠す羽目になった。これはこれで似合っているとフォローされたが、余計なお世話だ。
それに、両手両足が駄目になるのと比べたら、五体満足なだけ、まだましというものだ。
『なるほどね、どこまでも、機転が利く娘だよ……はは、こりゃあ、声を掛ける相手を、間違えた……』
「褒め言葉として受け取りますわ。フェスティ=バルさん。それとも、《
その言葉で――――すべてを悟ったのだろう。もう、フェスティ=バルは抵抗しなかった。どちらにしても、この状況下において、ピスタールには勝てないだろうが。
『どこで気づいたのかな、私の正体って、トップシークレットなんだけど』
「あの場に居合わせたあなたの魔法を見たときですわ。それで全部理解しました」
そもそも、《天使の祝福》にスカウトされたのは、プリマステラだけではない。
烈風のリカ、ピスタールを含む、三人の魔法少女のチーム、全員だ。
「フェスティ=バル、という名前は知っていましたの。ユミコエル先生は口癖の様に、自分の師匠のことをお話してくれましたので。ストロベリー・ベル。ティンクル・ベル、そしてフェスティ=バル――かつて組んでいた魔法少女の名前もしっかりと」
点と線は、情報を元に結んで行ける。フェスティ=バル最大の誤算があるとするなら、プリマステラ達が
「――全部知っていますとも。ルール・プリズムの所在、何が封じられているか。どんな戦いの末、誰の行いで誰が死に、どうなったのか。
暴君と竜の戦いを、それに立ち向かい封じた魔法少女のことを。
それを封じる術を持つ魔法少女の事を、その力を巡る戦いを。
プリマステラ達は、知っている。
「これらの情報があれば、馬鹿でもわかりますわ。あの日――烈風のリカが殺されたあの日、私達の家から失われたのは四つ。プリンセス・ルージュを封じたルール・プリズム、チックタックを封じたルール・プリズム、そして『何でも開け閉め出来る鍵』と、それを使うのに必要な音声のデータ――」
指折り数えるそれらは、全て過去の事件に於いて役割を果たした物だ。
「殺されたリカの事件の手がかりを追うために《
『……なるほど、ね、でも、それが私とは、限らないんじゃない、かい? ……はは、、そろそろ、死にそうなんで、答え合わせ、早目にお願い……』
「――――私達にとって、ルール・プリズムとそれに纏わるアイテムは、命を賭けてでも守らなければならないものですわ。だから――――
どのような相手であっても、烈風のリカが、ただ敗北するなどありえない。腕が使えなかろうが、足が使えなかろうが、歯で喰らいついて肉を食い切るような、大馬鹿者だ。
敗北するなど考えたことはないし――仮にしたとして、拷問されても、殺されても、烈風のリカがそれを口にするはずがない。
「そして――ルール・プリズムが今どこにあるか、どうすればあけられるのか。その目処をつけられるのは、あの魔法少女達の中ではアナタだけ――ジェノサイダー冬子を殺し、ルール・シールを己が手にしようとした魔法少女、ティンクル・ベルとつながりのある、アナタだけです、フェスティ=バル」
関係なかったはずの過去が、つながっていく。
「……プリンセス・ルージュのルール・プリズムは、本来封印を解放できる状態じゃなかった。けれど、一人だけその不可能を可能にできる魔法少女が居ますわね。時間を戻し、壊れた錠前を、壊れる前に戻せる魔法少女が」
チックタック。手で触れた物体の時を巻き戻せる魔法少女。
今は、プリマステラの足元で、意識を失い眠っている。
「アナタは最初、正面からリップ・ロップの暗殺を目論んだ。けれど――リップ・ロップの対策は、思ったよりも進んでいた。その上、マジカルファンタジーなんていう隠し玉まで用意していた。アナタはその存在を知っていたんです。だから、《
ならばどうすればよいか。
「神を斬り伏せられる手駒が在るとすれば、それはただ一人しかいませんわね。真紅の暴君、災厄の魔法少女、プリンセス・ルージュ――だけど、メイククイーンの育成が残っている彼女は、制御できない、危険すぎる。だから、デスクイーン57世の力が必要だった。その歌でもって、プリンセス・ルージュを赤緋朱姫に戻す必要があった。その為に―――――どうしても、ルール・プリズムが必要だった」
だから、烈風のリカを殺した、殺すしか無かったのだ。
烈風のリカは絶対に、ユミコエルが遺したものを見知らぬ誰かに渡さない。戦闘になる以外の選択肢がない。そして、敗北した。死んでしまった。殺された。
だから、プリマステラとピスタールは、何があってもその犯人を探し出し、殺すと決めたのだ。
家族を奪った者だけは、絶対に許さない。
『――――百二十点を、あげるのだね。ううん、そうか……ツメが、甘かったなあ』
「………………」
『君達の、勝ちで、私の、負けだよ……あぁ、まだまだ、色々あったんだけどね、悪巧み……くくく、はは…………』
「ピスタール」
『あいよっす』
通信の向こうにいる家族に、プリマステラは告げた。
「殺して」
『ういっす』
断末魔の後、ぶつん、と通信が途切れた。
はぁ、と息を吐く。これで全て終わった。やるべきことはやった。
身体を地面に投げ出して、空を見上げる、月波、いつでもどこでも、変わらずに輝いている。
烈風のリカは、袋辺理香子は、自分達が仇討ちのために手を汚したと知ったら、怒るだろうか。
あるいは、死んだのが烈風のリカではなく、プリマステラかピスタールだったら、烈風のリカは同じ様に、仇を討とうとしただろうか。
きっとどっちもイエスで、どっちもノーに違いない、そもそもあの娘に難しい事は考えられない。その場の勢いで怒って、その場の勢いで許して、その場の勢いで仇討ちを決意するのだろう。
「……ばーか」
『はぁ!? 誰が馬鹿よ、馬鹿って言ったほうが馬鹿なのよ、ばーかばーか! うるとらばーか!』
そんな風に言い返してくる事も、もうない。
あぁ、仇討ちなんてした所で、この胸の喪失感は、埋められないのか。
もっと早く知りたかった。
浮かんできた涙を、拭おうとは思わなかった。
ピスタールが戻ってくる、ほんの少しの間だけ。
プリマステラは、静かに泣いた。
◆のえるちゃん
お釈迦になってしまった、デートの続きをしたい。
事件から二週間後、そう思って、デスクイーン57世にメールを送ってみた所、三十分の合間を置いて、オッケーが帰ってきた。
のえるちゃんは最大限のおしゃれをして、街へと繰り出した。
街の被害は大きく、死亡者の数も膨大だったが、社会というのは回遊魚みたいなもので回り続けなくては死んでしまう。取り繕えるところは取り繕って、大丈夫なふりをして、人々は今日も生きている。
石像になった人々のうち、形を残していた者は、全て元に戻ったが、前後の記憶は、どうも曖昧らしいとのことだ。
あれから、フェスティ=バルとも連絡がつかない。ファズはもう居ないので、仲介も頼めない。
魔法の国がどんな隠蔽工作を施したのかは、のえるちゃんの知るところではない。音沙汰がない以上は、日常を生きるしかないのだ。
けれど、沢山のものが失われた。その空白だけは、無かったことには出来ない。その反動は何れどこかに現れる、その時は、魔法少女の出番だ。飛び回って、跳ね回って、人助けをしよう。この銃だって、使いみちはいくらでもある。
そんなわけで、待ち合わせ場所についてから、もう一時間が経過した。
のえるちゃんが早くつきすぎた……というわけではない。単純に、約束の時間を過ぎている。
デスクイーン57世は、律儀で小まめだ。遅れるにしても、連絡の一つは必ず寄越す。
もしや、またもや何か事件が起きたのでは、こちらから連絡しようか、と思った所で。
「あの」
と、背後から声をかけられた。低い男性の声で、だいぶ位置が高い。
振り向いて、見上げると、そこに居たのは、なんというか、ゴツゴツとした印象の男性だった。百九十センチ以上ある背丈に、のえるちゃんが二人並んで収まってしまいそうな肩幅。手指は硬そうで、顔も、格好いいと言うよりは、がっしりと岩のような印象を受ける。
「ちょっと、いいかな、いや、ナンパとかじゃなくて……」
男性は、困ったような表情で、何かを言いたそうにしていた。
だから、のえるちゃんは先んじて、頬を膨らませていった。
「あの、ちょっといいですか?」
「は、はい」
「遅刻してきたら、先に謝るべきじゃないですか、
男性は――デスクイーン57世は、目を見開いた。え、あ、マジ、うそやん、なんで? と呟く声を、魔法少女の聴力は聞き逃さない。
「私が先輩のことを間違えるわけがないじゃないですか」
「い、いや、だって俺、こ、これだよ!? お、男だって――」
「知ってましたけど……いえ、お顔は初めて見ましたけど、それが……?」
「い、いつから!?」
余りに焦った様子なもので、のえるちゃんは面白くなって、つい笑ってしまった。
「魔法少女になって、初めて先輩にあった日からです。フェスティ=バルさんが教えてくれました。『アイツ本当は男だから、もし黙って体を触ってきたりしたら、バンってやっていいからね』って」
「――――――フェスティ=バルあの野郎ぉおおおおおおおおあ!」
やっぱり、知られていることを知らなかったらしい。
「ふふーふ、でも、先輩は、やっぱり先輩ですね」
「…………な、何が?」
「魔法少女でも、魔法少女じゃなくても。私に変なことはしませんでした。それどころか、すっごい気遣って、なるべく触らないようにしたり、こっちから触るとびっくりしたり」
「全部知られてたのかよぉおおおおお!」
その絶叫が、どれだけの熱量を秘めたものか、のえるちゃんにはわからないが。
「先輩」
「な、何、俺今、だいぶ現実を認められなくて死にたいんだけど……」
きょろきょろと、周囲を見る。ここでは駄目だ。がっと手を掴み、物陰へと引っ張っていく。どれほど大きく強かろうと、魔法少女の力には逆らえない。
「ちょ、ちょっと、のえるちゃん――――」
誰も居ない事を確認してから、のえるちゃんはニコリと笑い、そして。
「私、紫籐ノエルっていいます。第二中学校の二年生、ノエルでいいです」
変身を解除した。視界が少しだけ上がる。のえるちゃんより、ノエルの方が、背が高くて、大人びている。
「私、先輩が好きです、これからも、ガンガンアプローチします。まずは今日のデートを、沢山楽しみます、だから――名前を教えてくれませんか?」
彼が、変身せずにここに来た理由は、きっとのえるちゃんと一緒に違いない。
「俺の、名前は――――」
ゲームは終わった。少年と少女の物語は、これから始まる。