魔法少女育成計画 -Deicide Side-   作:天都ダム∈(・ω・)∋

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*** 第一章 別れる以上は出会う必要がある ***

紫藤(しとう)ノエル

 

――十一時四十分。

 

「――――――詳しい捜査をする方針です、理香子さんの周囲で、事件に発展するような人間関係におけるトラブルはなかったと証言が得られており――――」

 

「物騒だなー」

 

 つけっぱなしのテレビから流れてくるアナウンサーの声を聞いて、紫藤(しどう)ノエルは呟いた。

 強盗殺人。双葉市といえば、電車に揺られて三十分程度の近場だ。

 暖かな夏の日差しがこれでもかと差し込む、夏休み真っ最中、これから出かける前に聞きたいニュースではなかったが、情報収集は大事なことだ。

 昨晩に作り置きしておいたサンドイッチを口に咥えながら、本日のプランを練る。作戦は大事だ。今後の全てを左右する。

 なにせ今日は、あこがれの先輩とデートである。気合を入れねばならない。

 とはいえ、ノエルはその先輩の本名を知らない。どこに住んでいるかも、年齢すらわからない。十四歳のノエルより年下……ということはないと思うが、なにせ業界(、、)()業界(、、)なので、素性を詮索するのはご法度なのだ。

 

「うふふ、ふーふふふ」

 

 それでも笑みが溢れるのを止められないのは、この日を待ちわびていたからだ。

 紫藤ノエルにとって、これから会いに行く人は、それだけの価値がある。否、紫藤ノエルにとって、その人以上に価値のあるものが、この世にないのだ。

 パンを飲み下して、頭から爪先まで、しっかりと映る姿見の前に立つ。視界の中に、薄い茶髪が長く伸びた、誰からも歳を間違えられる、大人びた顔の少女がいる。ハーフであるが故の、その顔立ちは、かつてはコンプレックスだったが、今はもうそんなものはどこにもない。

 すぅっと息を吐いて、ノエルはくるりと一回転した。

 

「ジャスティスガンナー、のえるちゃん、へーんしんっ!」

 

 その一瞬で、既に変身は終了している。鏡の前に立っているのは、もはやハーフの少女ではない。光を受けて眩しく輝く金色の髪と、宝石よりも光る青い瞳。

青をベースに彩られたコスチュームは、軍服をモチーフに、可愛らしくデザインされている。何より特徴的なのは両太ももに巻き付いたベルトで、大型の拳銃が二本、差さっている。

 紫藤ノエルは――――魔法少女に変身した。

 

『魔法少女育成計画』というスマートフォンアプリがある。完全無課金、求められるのはプレイ時間のみ。シンプルかつやりこみがいのあるシステムで、、自分でメイキングしたアバターを操作する。

 

 このアプリにまつわる噂として『魔法少女育成計画をプレイしていると、何万人かに一人、本物の魔法少女になる』という物があり、ノエルはただ単に魔法少女が好きで、たまたまプレイしていて、そしていつの間にか魔法少女になった。

 

『おめでとうポン。あなたは魔法少女になったポン』

 

 ノエルの作り出した魔法少女『のえるちゃん』は、現実の自分のコンプレックスを全て真逆に構成している。自分には受け継がれなかった、母親のような美しい金髪、そばかす一つないキレイな肌、豊かな胸に高すぎない身長。そのアバターがそのまま、現実に飛び出して自分となった時の感動は計り知れない。

 そして、そんなのえるちゃんに、魔法少女としての常識や作法を教えてくれたのが『先輩』だ。

 

 その『先輩』に、のえるちゃんは――紫藤ノエルは救われた。救われて、大好きになった。自分は少女で相手も少女だが、そんな事はもうどうでもいい。感謝の気持ちが溢れて好きになる事に何の問題があるだろう。

 毎晩、深夜に行われる魔法少女活動を通じて半年、プライベートでようやく、出かけるまでにこぎつけたのだ。

 

 ただし、正体が判明すること、及び、お互いの素性を隠しておく、というのは魔法少女にとっては絶対(、、)()ルール(、、、)だと、『先輩』から何度も何度も、重点的に、口厳しく、教えられている。

 

なので、変身前の話はお互いしないし、知らない、ということになっている。

そういった事情で、今回のデートも、魔法少女に変身した状態で行う、マスコットキャラクターであるファズは『いや、秘密管理の問題もあるし魔法少女がそうやって姿を晒すのはよくないからやめ――分かった、オッケー話し合おう、その銃を下ろし――わかった、わかったポン。ただ絶対に人前で変身だけはしてくれるなポン、変身後の姿を見られるのはまあいいけど、変身してるところを見られたら一発で資格剥奪だポン』と若干の脅しの末に了承をもらった。

 

もちろん、魔法少女となったのえるちゃんは絶世の美少女だ。人目を嫌でも惹いてしまうため、若干変装、というか、顔を隠して、着替える必要がある。

 魔法少女にとってコスチュームは身体の一部だが、別に着脱出来ないわけではない。ド派手な衣装は今日はお留守番、普通の少女のように着飾るべし。変身し直せばすぐに着れるし。

 

 そんなわけで、装飾華美な、アニメに出てきそうな非現実的な姿の魔法少女から、ギリギリ現実に居てもおかしくない、ラフなスタイルの超絶美形の金髪少女、ぐらいにまではビジュアル性能をオミットすることが出来た。ただしノエルとのえるちゃんでは胸部に著しい性能差が存在するため、上につける下着はない。コスチュームの状態だと、大分着痩せできるのだが、現在はかなり揺れてかなり弾む。だが、魔法少女の肉体はその程度では一切揺るがないので、今日一日は我慢しよう。

ビジュアル性能をオミットすることが出来た。ただしノエルとのえるちゃんでは胸部に著しい性能差が存在するため、上につける下着はない。コスチュームの状態だと、大分着痩せできるのだが、現在はかなり揺れてかなり弾む。だが、魔法少女の肉体はその程度では一切揺るがないので、今日一日は我慢しよう。

 

拳銃は、愛用の鞄に入れておく。流石にのえるちゃんの魔法の根幹なので、置いていくわけにも行かない。どのみち外観はおもちゃにしか見えないので、誰かに見つかって咎められることもないだろう。

 

「それじゃ、行ってきます。パパ、ママ」

 

 玄関の前に飾ってある写真に声をかけて、のえるちゃんは胸を文字通り弾ませながら、その一歩を踏み出した。

 

 

◆デスクイーン57世

 

「君がそうすると決意した以上、私から言うべき台詞は『好きにすればいい』以外にはないのだけれど、あえて、あえて老婆心を出して忠告させてもらうとするのなら、絶対に下心を出したり、まして動揺してはいけないのだねー。普段会うのは真夜中で薄暗い上に、人助けの最中でお互いを注視する暇がなく、ボロが出にくいから未だバレていないという話だから。いや、私が観察するに、のえるちゃんは抜けてるようで、意外と勘が鋭いタイプなのだよ? 嘘を貫き通すというのはものすごく大変なのだよね。いや、君は嘘をついているわけじゃない。本当(、、)()こと(、、)()言って(、、、)いない(、、、)だけだよね。でも本質的には同じ事なのだね。一瞬でも違和感を抱かれたら終わりだと思うべきだね。とりあえず座り方、モノの食べ方、飲み方には常に意識を払うこと。感情的にはならないことだね。服は言った通りのものを用意した? ならとりあえず第一段階はクリアなのだね! ファッションセンスが壊滅的でも何とか誤魔化しのきく魔法少女の美しい造形に感謝するのだね。じゃあ頑張って。健闘を祈っているのだよ。良い結果が出たら教えて頂戴。悪い結果がでたら一生外さない話として使わせてもらうから安心して」

 

…………。

 

「女の子と出かける? は? 兄貴が? 誰と? 女子と? え、嘘マジホントありえない。それどんな存在? 希少種? レアキャラ? 何レア? SSSSRぐらい? は? スゲー衝撃正直信じられないレアの略だよ。いくら課金したら出て来るの? ……マジか、マジか、えー。それでデートプランは? 相手任せ? は? 死ねよお前。何のためにタマついてんだよ存在価値ねえよボケナス。ああじゃあ一個忠告するけど性欲先走らせるなよ、女は目を見るからね。いや、マジ、相手がどこを見てるのかを見るのよ。いやらしい意味じゃなく。ちゃんと自分(、、)()見てる(、、、)()。見てないなら、他に何を見てるか。自分以外の何に目を奪われてるのか、バッチリじっくり見るからね。だから絶対変なとこ見るなよ具体的にいうと乳尻太ももだよわかったかこのスケベモンスター。は? うっせ死ね馬鹿クソ兄貴。もう切るぞ電話。はぁ? ママとパパ? 元気元気。マユミとツルギは二人揃って夏風邪引いて寝てっけど。夏休みなのにカワイソーだよね。ああ、だから夏休み中実家(こっち)帰ってくんなら再来週ぐらいのほうがいいかもね、感染ったら厄介だし。道場(ウチ)の機能が停止したらパパがマジギレしちゃうっての。そんじゃ結果だけ教えてね。死ぬほど笑う予定空けとくから」

 

…………。

 

 待ち合わせ場所の、駅前にある噴水広場に、少し早目に辿り着いて、昨晩、知人である魔法少女に言われた言葉と、血の繋がった実の妹にブチこまれた警告を、魔法少女『デスクイーン57世』は反芻していた。何も安心できないし何も大丈夫ではない。

 

 普段のデスクイーン57世の出で立ちは豪奢なマントに、王冠に、長い杖だ。どこの王侯貴族と言った風体だが、それに故に身体のラインはほぼ隠れるので、あまり目線というやつを気にしなくて済んだのだが(それはそれで非常に目立つ外見ではあるのだが)、今はオフショルダーのシャツに上から一枚羽織って、スカートを脱ぎ捨てデニムのパンツといった格好のため、スレンダーな身体のラインが否応無しにでてしまう。

 

 そこに魔法少女特有の造形美が加わることで、出かける前に、鏡の前で確認した限りでは、街で見かけたら百人中百人が振り返りそうなほど、クールでスラッとした美少女がそこにいた。自分でなければ最高だった。

 実際に、比喩ではなく、同じように待ち合わせしていたり、広場を通り過ぎる人々は、男女問わず、ちらりちらりと、視線を突き刺してゆく。非常に居心地が悪い。

 

(ううう……)

 

 帰りたい。帰って変身を解除して、本来の自分に戻りたい。のえるちゃんと遊ぶのが嫌なわけではない、ただ、自分の心が耐えきれる気がしない。

 

「あ、クイン先輩! お待たせしました!」

「うっひぃっ!?」

 

 やっぱり帰ろう、あとで謝ろう、そう決意する数秒前に、背後から声をかけられた。

 

「お、驚かせちゃいました?」

「いいいいや、大丈夫、大丈夫だよ、ほんと……びっくりしただけ」

 

 慌てて呼吸を整える。魔法少女の高い心肺機能を以てしても、心理的な動揺だけはどうにもならない。

 

「今日はパンツなんですね、格好いいです」

 

 そんなデスクイーン57世の気を知ってか知らずか、目を輝かせながらそう言ってくるのえるちゃん。だが、それを言っている本人も、ローライズのデニムパンツに涼し気なブルーの可愛らしいフリルのついたシャツを身に着けている。二の腕も、太ももも、大胆に露出しつつ、完成された健康的な肉体美がこれでもかとむき出しで襲ってくる。

 

特に強調される胸部が危険だ。少し動いただけで地震が発生したみたいにぐらぐらしている。しかしそこに視点を注視することはデスクイーン57世の社会死を意味する。

 

「の、のえるちゃんも……」

 

 正面から相手を褒める、という行為に、デスクイーン57世は全く慣れていない。それでも何とか、極力戸惑わず、自然な笑顔でその言葉を言うことが出来た。

 

「可愛いよ」

 

 その行為がどれほど大変なことか……なにせ、女子の容姿を褒めるなど――――男子(、、)()とって(、、、)()難易度が高い事柄なのだ。

 

 

 

 

 画面の中で、一人の女王が歌っていた。苛烈にして鮮烈なその戦歌によって、仲間全員に支援バフと弱体解除効果、これがこのボス相手では非常に有効だ。

 

『全軍、突撃!』

 

 チャット欄に打ち込まれた文字に、仲間達が呼応するスタンプが返ってくる。

女王の号令のもと、強力無比な魔法少女たちの一撃が、次々と襲い掛かり、強大な敵に設定された九十九本のゲージを見る見ると減らしていく。

 自らもその戦列に加わり、ゲージを解き放って必殺技を放つ。威力は火力重視の編成と比べれば控えめだが、この技にも仲間への支援効果があり、総合的なダメージは更に跳ね上がる。

 

『我が名はデスクイーン57世! 死という正義の執行者! 死の女王なり!』

 

 高らかな宣言と共に、指向性の衝撃波が敵に襲いかかる。その後数分で敵は無事に倒され、やがて表示されるゲームクリアの文字と、お疲れ様、というチャット群。特に支援効果を褒め称える声を確認して一通り満足し、ドロップ品にレアアイテムが紛れ込んでいないことに若干落胆して、アプリを落とした。

 

「はー、中々落ちねえなあ」

 

 スマホの画面で、時間を確認する。もう零時を回っている、明日も学業に勤しむならば、そろそろ寝ないと流石に辛い。

 身体を安物のベッドに投げ出すと、ギシッ、とスプリングが歪んで、次いで横の壁がドンッ、と鳴った。

 

「ああすいませんごめんなさい……」

 

 このアパートは壁が薄い。まして、自分の身体は大きく重い。歩いただけで床がきしんだ建物が揺れたと苦情が入るのだから、体重を投げ出したらなおさらだ。

 

「あー……引っ越してぇ」

 

 口には出してみたものの、しかし実際のところはそんなことは露程も思っていない。ベッドに半分近いスペースを占領されている、狭苦しい六畳一間のこの部屋は、自分にとっての城だった。

 

 安くはないゲーミングパソコン、棚に並ぶプラモデルとフィギュア、最新ゲーム機に漫画にラノベ。図体がでかい自分の体にこれだけのアイテムが部屋に詰め込まれていると、もうベッド以外に居場所はないのだが、それでも満足だった。好きなことを好きなだけ、好きな時間をかけてできる。これ以上の幸せはほかにない。

 

 もし実家でこんな生活をしている所を見られたら? ただでは済むまい。三日三晩山奥の寺に連れて行かれて、眠る間もなく棒を振らされる事間違い無しだ。

 

「あ、そうだ、新作出てっかな……」

 

 もう寝なくては、と頭では理解しているのだが、ふと思い立ってパソコンを起動して、同人ゲームのダウンロード販売サイトにアクセスする。同人、つまり個人制作のゲームだが、これが中々バカにならない。隠れた名作、優れた傑作、そう言った掘り出し物を探すのも、また楽しいものだ。勿論ハズレも地雷も沢山あるので、別名を鉱脈探しとも呼ぶ。

 当然、リスクを回避する手段も、ちゃんと存在する。例えば、過去に面白いゲームを出した製作者ならば、続編にも期待が持てる。お気に入りに登録した一覧からお目当ての名前を選ぶ。今日は確か、新作の体験版が無料配布される日だったはずだ。

 

「お、ビンゴビンゴ」

 

 予想通り、日付変更と同時に、アップロードされていた。素早くダウンロードを選択してから、ゲームの説明文を見る。

 

「何々? 新作第三弾はオリジナルファンタジーRPG……」

『そういうの、好きなのか? ぽん』

「あー、いや、シナリオはともかくやりこみがいがあってさ」

『魔法少女育成計画だけじゃ満足できねえってか、ぽん。だが、貪欲な男は好きだぜ……ぽん』

「いやあれも面白いけどさ、俺的にはやっぱソシャゲとこういうのは分けたいっていうか……………………………………は?」

 

 自分は誰と、何と会話をしているのだろう、真横を見る。何かいる。白と黒、体の中心線からぱっかり別れた、ツートンカラーの謎の球体。

 

「……………はあああああああああああああああ誰お前あああごめんなさいっ!?」

 

 悲鳴と同時に、壁がガンガンと叩かれて、叫びながら謝罪の声を叫ぶ羽目になった。

 

 

 

「は? 魔法少女? 俺が?」

『そうだぽん、運がいいぜ……ぽん。魔法少女になれる男性はかなーり限られているからな……ぽん、だから、そいつを下ろせ、ぽん』

 

 棒を突きつけても、そいつは平然としていた。いや、ゲーム内ではよく見たことのあるシルエットだ、ナウローディング中にぱたぱた動いているのを飽きるほど観察した事がある。

 

 『魔法少女育成計画』をプレイしていると、極稀に本物の魔法少女になれる、などというのは当たり前のように都市伝説だと思っていたし、仮に本当だとしてもまさか、当時、男子高校生だった己が選ばれるなんてことは全く想定していなかった。

 

「ちょっと待っ……へえっ!?」

 

 まず、反射的に出した声は全く聞き覚えのない、愛らしい高い声だった。そしていきなり目線が下がっている。

恐る恐る鏡の前に移動すれば、か細く、それでいてどんな宝石よりも美しい、極上の美少女が、戸惑いの表情で立っていた。

 

 デスクイーン57世は、名前の通り女王のような風体の魔法少女で、アバターもそのように設定している。豪華な王冠に立派なマント、そして先端がマイクになった杖、全て自分でカスタマイズしたものだ。

 

 とは言え、それが現実に飛び出してきた上に、自分自身である、という事実を受け入れるまでには、数時間を要した。寝不足は間違いないと思ったが、魔法少女には基本睡眠食事排泄は必要ないと言われて、本当かよ……と思った。

 

『現実を受け入れろ……ぽん。僕はファズ。魔法少女をサポートするマスコットだ……ぽん』

「何で若干語り口がうざいんだお前」

『え、格好良くないぽん……?』

 

 無機質かつ無表情に見えるファズが、その一瞬、全身にノイズを走らせて、衝撃を受けた様子だったのだ、その話題には触れないことにした。

 

「い、いや、わかった、魔法少女って存在はよくわかった。でもさあ……俺、これだぞ?」

『魔法少女に元の姿は関係ない……ぽん。大事なのは適正と素養、あんたには魔法少女の素質があったってことだ……ぽん』

 

 それからしばらくは、苦難の連続だった。まず『女の子になる』事に慣れるのに二週間を費やし、魔法少女の活動を通じて、他の魔法少女と会話したり触れ合ったりするのに苦労した。

 

「やあやあ、私はフェスティ=バル、君の先輩で教育係の魔法少女さ。仲良くしようねよろしくね! 夜に少女が二人同士で密会なんて、極めて怪しげにして華やかだよね! そういうことが出来るのが、魔法少女の魅力なのだよね!」

 

 初めて出会ったのは、ベレー帽にモノクル、マントを羽織った、全身で『探偵です』と言わんばかりの風体をした魔法少女、フェスティ=バルだった。マスコットであるファズの導きによって引き合わされたこの魔法少女は、デスクイーン57世に様々なことを教えてくれた。

 

「魔法少女は夢と正義の体現者だから、常に可愛く愛らしくないといけない……とは表向き言われているけれど、実際問題、裏でも表でも結構血は流れてるのだね、人を凌駕する身体能力、人を超越した異能、そういうものを振りかざせる様になっただけの『只の人間』にとっては、ものすごく便利な暴力の実行手段を得たに過ぎない、という事でね。これを悪用する魔法少女を見つけ出して狩ったりするのが普段の私の仕事なのだけど、最近色々あって教育係に転属―って感じ。なもので、不手際があったらごめんね? けれど代わりに君には魔法少女として生き抜く方法を教えてあげる」

 

 フェスティ=バルは逐一話が長いのが欠点だが、デスクイーン57世は様々な事を教わった。戦い方、交渉術、魔法の種類やその対処法――結果としてトラブルに巻き込まれたのも一度や二度や三度ではないが、結果的に血肉にはなった。

 そんな日々を送る中で、フェスティ=バルの下につくことになった新たなる魔法少女が、のえるちゃんだった。

 

 

(確かに『先輩』ではあるんだけどな……)

 

魔法少女としては数ヶ月、人間としては――多分数年。

のえるちゃんは、フェスティ=バルによれば『極めて模範的で理想的な魔法少女』らしい。即ち、年相応に現実を見ておらず、魔法少女という空想に強いあこがれを持ち、明るく可愛く美しい。その割に嘘はつけない様子で、時折『変身前』の自分のことを口走ってしまうことも多々あった。

 

一方でデスクイーン57世は、既に魔法少女というモノに対して何の空想も抱いていない。ジャンルとしては、もちろん好きだからこそ、アプリをやっていたわけだが、どちらかと言えばゲーム性に惹かれて始めたものであり、魔法少女そのものは付随された属性であってメイン属性ではないのだ。

加えて、魔法少女を始めて二週間で『報酬も見返りもなくただただボランティアを続ける以外やることがない』という事実に落胆し、『場合によっては危険に巻き込まれる』ということをフェスティ=バル主催の魔法少女社会科見学で骨身に染みてわからされた。

そもそもが男性なのだから、魔法少女という存在に対して夢中になりづらい、という前提もあるのだが。

サブカルチャーとしての魔法少女には大いに期待するが、現実に存在する魔法少女というのはファンタジーではなく、どこまでもリアルなのだ。学生には学生の社会があるように、魔法少女には魔法少女の社会があり、しかもそれはどこまでも実力主義だ。夢と理想は程遠い。

魔法少女として大したことが出来るわけではなく、魔法少女として生きていく上で大した理由があるわけでもない。

 現状、この魔法少女になってから一番の大問題は、真横にいるのえるちゃんである。

 

「えへへ、どの映画にしましょうか、先輩」

 

 にこにこと、それは楽しそうに微笑む、自分と一緒にいることを心から楽しそうにしている、絶世の美少女が隣にいる。

 

 デスクイーン57世のビジュアルも、当然ながら最上だ、師匠であるフェスティ=バルからは『魔法少女の中で見ても断トツで上の方だね』とまで評された。

 

普段は女王の風体も相まって、まさしく『王侯貴族』と言った感じなのだが、鏡越しに見る自分自身の造形は、精緻に作りすぎた(、、、、、)人形の様で、確かに可愛いのだが、可愛すぎて逆に現実味がなく、また所詮中身が自分であるため、どうしても所作や言動に違和感が出てしまう。現実の己の体格の良さと比べれば、余計に違和感も増す。

 

腰から尻のラインはともかく、胸がそんなに大きくなく、マントを羽織るという都合上、あまりそういった部分を意識しなくてよかったところもあるかもしれない。いや、自分の体に一切触れなかったかと言われればそれは否なのだが。

 

 一方、のえるちゃんはただでさえ可愛いのに、中身が年頃の女子《推定》である。

 仕草や動作がいちいち女の子なのだ、歩き方、座り方、鞄の持ち方、スマホの取り出し方、言葉遣いに小さな癖まで。

 

そして、そんな女子女子した存在は、デスクイーン57世をものすごく慕っており、女性だと思っているので簡素なスキンシップに一切抵抗がない。軽率に手を繋いだり、軽率に顔を寄せてきたり、軽率に微笑んでみせたりするのだ。

 

 それらの行為と好意を甘んじて受け入れられるなら楽なのだが、彼女が慕うのはあくまで魔法少女デスクイーン57世であり、その中身である、子供の頃からあだ名がゴリラで通るような、体格モンスターでは決して無いだろう。

 騙しているような罪悪感がつきまとい、どうしても正面から向き合えずに居る。

 

「あー……私、映画は普段、あんまり見ないから」

 

 それはそれとして、見たい映画はある。三ヶ月前に始まった新ヒーロー、仮面バトラーメイクの最新映画が上映している。デスクイーン57世の大好きな仮面バトラーエッジも、ライブラリの参戦だが出演する。

 魔法少女と同じように、仮面バトラーも好きなのだが、しかし、まさか客観的に見て、女子二人のお出かけでこのチョイスはないだろう。見たいと言えばのえるちゃんはそれを叶えてくれるだろうが、多分すごく複雑そうな顔をするに違いない。

「だったら――私、気になってた奴があるんですけど……それでも、いいですか?」

 

 きらりと、のえるちゃんの瞳の奥が光った気がするが、多分気のせいだろう。

 

(はぎ)(ばら)茉莉(まり)()

 

「だっる。あっつ。帰りた」

 

「そういうことを、言わないの」

 

 夏のけだるい暑さの中、なぜこのような労働をしなければならないのか。不満と文句が溢れだすのは無理のないことだと思うし、それを咎める相方にも若干の不満を覚える。

 

(はぎ)(ばら)茉莉(まり)()はD市生まれD市育ちの、普段は勉学に勤しむフリに努め、毎日がさっさと終わって明日がこないかな、と思って過ごしている、ごく普通の中学生だ。

 

 別名として、魔法少女ミラクルまりりんという名前があるが、こんなもん、とてもシラフで言えたものではない。たまたま知人が飽きたからと、譲渡されたアプリのデータで遊んでいただけだ。それで名前も、変身後の外見も勝手に決まってしまうのだから理不尽極まりない。

 

「単なるお使い、じゃないの。ファズだって、大変なんだから」

 

 隣に並んで歩く、詞読調(ことよみしらべ)に関しては、もっと不快感がある。なんだって、こいつはこうもクソ真面目なのか。単なるお使いとは言うが、そのお使いは、貴重な夏休みの一日の半分を削って、陽炎を地面が舐める様な天気の中、アスファルトの照り返しに肌を焼かれながら行うものなのだ。無償で、親切心で、ボランティアでやるには割に合わない。

 

「ちょっと、様子を見てくるだけ、でしょう? 駅前で、遊ぶついでに、寄り道するのだと、思えば、いいじゃない」

「へーへー、私が悪いですよーだ。真面目でもいいこでもありませんよーだ」

「そういうことを、言ってるんじゃあ、なくて……もう」

 

 調は、言葉を少しずつ区切って話す癖がある。知り合ったのは中学へ入学してからなので、詳しいことは知らないのだが、幼少期は海外に居て、英語圏で育ったらしい。むしろ日本語を日常生活で使うのがあまり得意ではない、と言われたときは

 

『はー、いわゆるお嬢様? っつー奴ですかぁー? 気に食わねー』

 

 と思ったものだが、今となっては同じ秘密を共有する者同士である。

 

「大体さ、そのリップ・ロップだっけ? 連絡よこさないっていうなら、ほっときゃいいのに」

「魔法少女と、連絡がつかないほど、怖いことは、無いと、思いますけど」

「何をしてるかわかんないって? そんなの重用するなっての。あーしんど。あーめんど」

 

 文句を言いながらも、足は目的地へと向かう。駅前から少し外れた場所にある、二十五階建ての高層マンションだ。その一番上のフロアの全てが、リップ・ロップの所有物なのだと言うから驚きだ。

 近くにある様に見えても、後十五分ぐらいは歩かないと辿り着けそうもない、面倒な距離に、ため息の一つも出てくる。

 

「どうやって稼いでるんだか、全く……」

「普通に、お仕事、してるんじゃないの?」

「金持ちってのは悪い事してるって相場が決まってんの」

「家は、悪いこと、してませんけど」

「はー、金持ちアピールか畜生」

「茉莉菜ちゃんは、本当に、ひ、ひね、ひねもすロボ?」

「……ひねくれ者?」

「それ」

「はぁ……なんかもういいや、つか、あれじゃん?」

 

 指定されたマンションに到着した、出入り口の前に『エルフィアD』の文字が見える。

 

「さっさと済ませて駅前の104(マルシー)でも行こうよ、私、服見たくて…………ぐぇっ」

 

 最後まで言えなかったのは、襟を後ろから思い切り、調に引っ張られて、喉が潰れたからだ。

 

「茉莉菜ちゃん、あれ」

「お前今それより先にあたしに謝らなきゃいけないことが――――」

「あれ、なんだろう?」

「あぁ!?」

 

 迫る茉莉菜の方を一切見ない調の視線は、マンションに向いていた。仕方なく、茉莉菜も、同じように顔を向けたが、別に変化は見て取れない。

 

「……どこのこと?」

「あそこ、十八階の、左から六番目の、ベランダ」

「わかるか! 相変わらず馬鹿みたいな視力してるわね、えーっと、十八の、六の……」

 

 指で数え始めた茉莉菜だったが、すぐにその必要はなくなった。ガシャン、と音を立てて、『何か』が飛び出してきたからだ。

 

「……は?」

 

 五十メートル以上の高さから、身を乗り出して落下した『何か』は、そのまま地面に激突したのだろう、ドンッ、と圧迫感のある音が響いた。

 

「何、今の……」

「鎧を、着てた」

「見えたんだ、本当に目がいいわねあんた…………は? 鎧?」

「うん、キラキラした、鎧。水晶みたいな」

 聞きたいのはそういうことじゃない、という言葉を飲み込んだ。調に聞いた所で答えの出るような話ではないことぐらいはわかる。

 問題は、今眼前で起きた出来事に対して、自分達が対処する必要があるかどうか、だ。

 

「……ねえ調、やっぱ帰――」

 

 ろうよ、と続けようとしたタイミングで、タワーマンションの各階から、同じように窓ガラスをぶち割って、様々なものが飛び出してきた。

 

「見に行こう、茉莉菜ちゃん、気になる」

 

 言葉に詰まった隙を、調は狙ったように見逃さなかった。言うやいなや、ずんずんとマンションに向かって歩みをすすめてゆく。止める暇が一切ない。

 

「――――っ! あんたって本当に、もう! 絶対に厄介事じゃない!」

 

 放って置いてしまってもよいのだが、それが出来ないのが、茉莉菜という少女だった。

 なにせ……友達なのだから。

 

詞読調(ことよみしらべ)

 

 子供の頃から、すごいね、と褒められていた、調の視力が捉えたのは、マンションのベランダから飛び降りる、水晶の鎧を着込んだ騎士だった。

 あんなものが現代社会に存在するわけがない、よしんばしていたとして、何で落下するのか。

 

 自分の体験談から、嫌な予感とか、不安とかは、だいたい当たるものだと、調は知っている。そしてどういう形にせよ、それを何とかする手段が、調にはある。

歩みを進めながら、周囲に人目のないことを確認し、魔法少女に変身した。

 月桂樹の王冠を携え、両手で抱えられるぐらいの大きさの水瓶を抱えた、神話の女神のような姿を持つ。その名前をシルヴェストリという。

 

「きゃあああっ!」

 

 悲鳴が聞こえる。誰かが助けを求めている、そう思った瞬間、もう体が動いていた。魔法少女の身体能力で一気に駆け抜け、声のもとにたどり着く。

 

「カカッカカカカ」

 

 目の前に広がっていた光景は、想像とかけ離れていて、同じぐらい現実味がなかった。

 人骨だ。ゲームで言うなら、スケルトンだ。それが、眼前で、動いていて、カチカチと顎をならしながら、人間に襲いかかっているのだ。

 

「いや、嫌、やあああっ! 痛、いだああっ!」

 

 ごりっ、ごりっと音を立てて、女性の腕に歯をめり込ませるその魔物めがけて、シルヴェストリは、手にした水瓶の縁を掴んで、振りかぶった。

 

「カカガガガガッ!」

 

 案外脆いのか、それともシルヴェストリが強かったのか、スケルトンは首から下をバラバラにして吹き飛んだ。顎を大きく開いて、地面に落ちたので、躊躇わず踏み砕いた。

 

「あ、う、うぁ、痛い、痛……っ」

「大丈夫? 待ってね、今、治すから」

 

 骨が見えるほど、肉を食い破られた女性に、シルヴェストリは、先程凶器として運用した、水瓶に手を入れて、中身を掬いだした。

 透明で、サラサラとした、綺麗な水、それをパシャリ、と負傷した部分にかけてやる。すると、傷口は逆再生のようにうごめいて、ピッタリとくっついて、もとに戻ってしまった。

 

「あ、ああ……?」

「あっちに、逃げて、あそこから、離れて」

「は、はい、あ、ありがとう、ありがとう……」

 

 目まぐるしく変化する状況に混乱しながらも、女性はそのまま、シルヴェストリの指示に従って逃げ出した。

 ふう、と息を吐く。が、それで一段落とは行かなかった。グルルル、と喉を鳴らして、次の化物が現れた。今度は、身長が二メートル近くもある、直立歩行の狼――人狼、と呼ぶべきだろうか。

 

「グルル、グル」

 

 牙を剥いて、爪を立てて迫ってくる様は、とても友好的には見えない。どこから現れたのかは分からないが、少なくとも、シルヴェストリを敵だと思っているのは間違いない。

 

「グルァアアアアア!」

 

 人狼が飛びかかってくる直前、シルヴェストリは、手にした水瓶の中身を、コンクリートの地面に、一掬いかけてやる。すると、むくむくと隆起し始め、すぐさま、四肢を持つ人型へと変化し、シルヴェストリを守る壁のように立ちふさがった。

 

「ぎじゃあっ!」

 

人狼は、シルヴェストリでも障害物でも大差ないと言わんばかりに噛み付いた。牙が半分めり込み、人型の腕が砕けかけたが、そこで動きが止まった。

 

「いい子よ、ゴーレムさん」

 

 人型――ゴーレムと呼ばれたコンクリートの塊は、そのまま両腕で人狼を抱きしめて、自らの身体で押しつぶしていく。バタバタと暴れもがいていたが、やがてぶちゅっ、と何かが潰れる音とともに動かなくなった。

 

 シルヴェストリの魔法は『生命を分け与える事ができるよ』と言うもので、文字通り自分の生命を与えることで、他人の傷を癒やしたり、無機物に生命を与えて操ることが出来る。手にした水瓶に満たされた水が、そのままシルヴェストリの生命の残量だ。見かけよりだいぶ入っているし、見かけに反して、シルヴェストリが使おうと思わなければ中身が溢れることもない。

 

「ふう……」

 

 強力な魔法ではあるのだが、大怪我の治療と、戦えるゴーレムの生成、この二つだけでも、若干の疲労を感じる。恐らく、将来、調が生きられたであろう人生を、数十日ぐらいは消費した――そんな感覚がある。

 

 とは言え、若いシルヴェストリにとっては、はるかな先の未来より、現在の危機だ。

この事態はもう間違いなく、魔法の国が関わっている。

 

「どうしよう、ファズと、連絡をとって、他の魔法少女にも――」

 

 協力を求めなきゃ、と思ったところで、足首をがっしりと、何かに掴まれた。

 

「っ!」

 

 地面から、青白い皮膚をした人間の手が生えていた。いや、ボコボコと身体全体が土から這い出てくる。それは、もう映画や漫画で見るようなゾンビ、としか言いようがない。

 

「きゃ――」

 

 とっさの事態に、シルヴェストリは対応できなかった。ゴーレムが、主の危機に応じて動き出すが、巨体故に鈍重で、既にシルヴェストリに覆いかぶさって、喉を握りつぶそうとしているゾンビには到底間に合わない。

 

「う、そ」

「ァ――――――」

 

 声には到底聞こえない、騒音を撒き散らかしながら、ゾンビは両手に力を込め――

 

「だから一人で先行かないでよって!」

 

 ――られなかった。腐った手首から先が、鋭い何かで断ち切られていた。

 

「ァ――?」

「あんた、痛みとかあるの? いや、よくわかんないけど、どいて」

 

 そのまま胸に蹴りを喰らって、ゾンビは吹き飛んだ。地面に何度かぶつかってバウンドして、そのままもぞもぞと動き始める。

 

「けほっ、けほ……茉莉菜ちゃん……」

 

 咳をしながら、シルヴェストリが目を向けたのは、長いマフラーをなびかせる、魔法少女が居た。

 

「今はミラクルまりりんね」

 

 ふんっ、と鼻を鳴らして、茉莉菜――ミラクルまりりんは、ゾンビを切断するのに使った、鋭い爪の生えた人狼の腕を、ぽいっと捨てた。

 

「突っ走らないでよ、フォローも出来やしない――って言うか、本当にどうなってんの?」

 

 

◆デスクイーン57世

 

 二十回は死にかけた。

 それは見ている映画の内容がホラーだから、という理由ではない。最新の技術と役者の熱演によって生み出される恐怖に心を傷つけられたわけでもない。

「きゃあっ!」「ひゃあんっ!」「やああああっ!」「ひええっ!」

 そういう『驚かしどころ』が来るたびに、横に座るのえるちゃんが、身体に抱きついてくるのである。

 

 最初は『怖いから、手を繋いでもらってもいいですか?』などと言われ、向こうから言われたんだからセーフセーフと思って誤魔化していた後ろめたさは、もはや押し付けられる柔らかい感触の前に満場一致で完全降伏である。

 

 結局、主要登場人物は全員死亡し、怨霊が虚ろな顔でフェードアウトしていくシーンとともに映画は終わった。物悲しいエンドテロップが流れ始めるにつれ、まばらだった客はぞろぞろと劇場の外にでていき、やがてデスクイーン57世とのえるちゃん、二人だけになる。

 

「ううー……」

「怖いなら、無理しなければよかったのに」

「一人じゃ絶対見れないから、クイン先輩に来てもらったんですよぉー……クイン先輩は、怖くなかったんですか……?」

「まあ、ね」

 

 首に手を回し、体をグイグイ寄せながら怯えるのえるちゃんを隣に、もはや映画の中身に怖がる余裕などなく。ただひたすらこの時間が終わることと終わらないことを同時に祈るだけであった事は心の奥に封印して、余裕の素振りを見せておく。

 

幸いなのは、たまたま(、、、、)偶然(、、)、席が劇場の両端の二人がけしか残っておらず、バタついても周囲に迷惑をかけない状態だったことと、観客の殆どは同じように悲鳴を上げていたので、自分達が注意されることも注視されることも無かったことだろうか。

『私がチケットを買ってきますから、クイン先輩は飲み物をお願いします』と一人でカウンターに行き、申し訳(、、、)なさそう(、、、、)()戻って(、、、)きた(、、)のえるちゃんだったが、結果オーライと言うべきだろうか。それともアウトだろうか。

 

「むー……」

「……あの、のえるちゃん?」

「なんですか?」

「そろそろ離れても大丈夫なんじゃない……?」

 がっしりと抱きつく姿勢のままの会話は、全く以て落ち着かない。だが、のえるちゃんはそう言われても離れようとはせず、むむー、と更に頬を膨らませた。

「私、すっごく怖かったんですよ」

「だろうね……」

「すっごくすっごく、怖かったんですよ!」

 

 声高々に主張されて、デスクイーン57世はちらりと、全力でそむけていたのえるちゃんの顔を見た。

 

恐怖でじんわりと潤んだ瞳、何かをしてほしそうな上目遣い、かすかな何かを期待するような仕草。加えて、視線が交わった瞬間、頭を軽く体重をかけて寄せてくる。

 後ろ手を、少女の後頭部に近づける。その行為だけで全身を映画鑑賞中を上回る猛烈な罪悪感が支配する。

 いくらなんでも何を求められているかはわかるし、何をすべきなのかわかる。

 

本音を言えば、デスクイーン57世だって撫でたいのだ! 柔らかい髪の毛に触れて、優しく力を入れて、安心させてやりたいのだ! きっと素晴らしい風景に違いない、なにせ魔法少女同士だから!

 

だが、その一線は絶対に超えてはならないのだ。それを押し破ってしまったら最後、デスクイーン57世という存在は未来永劫、一生涯、自分の中で変態痴漢野郎の誹りを免れない。誰にも自分の正体を知られていないのならばいざしらず、デスクイーン57世にはフェスティ=バルといういつでもその中身を晒せる奴がいるのだ。

 

「…………」

 

 だが、この場でそれを成さずにいることがどれだけ難しいか。

ためらいながら、恐る恐る、本当に少しずつ、手の平が、のえるちゃんの柔らかい髪の毛に触れ――――かけたその時。

 

 それ(、、)は起こった。

 

 

「やっ!」

「うわっ!」

 

 ぶわっ、と全身を強い風が打ち据えるような感覚が走ったと思ったら、視界が暗くなり、暗転した。

 

「何だ、停電……?」

 

 自分の眼が見えなくなったのではなく、劇場の明かりが消えたのだとは、すぐにわかった。魔法少女の視力は数秒の間をおいて、かすかな光を拾って暗闇に順応した。

 

「えっ、きゃ、ごめんなさい!」

 

 そこで、のえるちゃんが飛び退いた。暗くなると同時に、全力で抱きつかれた感触があったが、今は気にしない事にする。

 ……ここで謝って飛び退くなら今までのは何だったんだと若干思わなくもないが。

 

「平気、それより……」

 

 ここから出よう、と言おうとして

 

「きゃああああああああああああああああああああ!」

 

 扉の向こうから聞こえる、そんな絶叫にかき消された。

 

「今の声は……」

「外からだ、行こう!」

 

 躊躇なく、デスクイーン57世は跳んだ。有り余る脚力が、客席を一気に飛び越えて、外への扉を開く。

 

「――――は?」

 

 誰かに何かがあったのだろう、ぐらいには思っていた。怪我をしているなら病院へ運べばいい。悪漢に襲われているなら間に割り込めばいい。

 

 では……()()なって(、、、)いく(、、)人間(、、)を助けるには、どうすればよいのだろう。

 

 劇場の外、映画館のチケット売り場には、老若男女、様々な人間が居た。厳密に言うと、今は人間であるモノと、これから人間でなくなっていくモノと、すでに人間でないモノがいた。

 

「助けて、何、嫌、やだ! 苦し、げっ」

 

 悲鳴を上げる少女が居た。すでに喉元までが、つるつるとした質感の石に変化している。そのまま数秒とたたずに、全身がそうなった。

 

「っ――!」

 

 触れようとしたが、もし壊れたらどうなるだろう、という意識が働いて、踏みとどまる。そうやって戸惑っている間にも、みるみる人間は石に変化していく。

 ほんの数分で、その場に居た十数人は、魔法少女二人を除いて、ただの石塊になった。

 

「……漫画かよ、なんだこれ」

 

 震える声が、喉の奥から溢れた。

 

「……街は、どうなってる?」

 

 

 

◆ミラクルまりりん

 

 茉莉菜――魔法少女ミラクルまりりんは、自らの置かれた現状を整理しようと努めた。

 ファズ――マスコットの指示というか頼みを聞いて、知人である調、魔法少女シルヴェストリと共に、連絡の取れないという魔法少女、リップ・ロップの住居であるタワーマンションに向かった。

 

 そのタワーマンションから、よくわからないものが飛び出してきた。ファンタジー漫画に出て来そうな、動く骸骨やら、人狼やらだ。

 

 襲われていたシルヴェストリを間一髪助け、逃げ出したが、その更に数分後、マンションの最上階から三百六十度、まばゆい光が発せられて、周囲の一般人や動物が次々と石化していった。光は大分遠くまで広がっていったので、どこまで影響が出たのかは把握しきれない。

 

 ミラクルまりりんとシルヴェストリに何の影響もないのは、魔法少女だからだろうか。

 

「で、それだけならまだしも……」

 

 面倒なので総称して『魔物』と呼ぶことにした連中は、現在進行形で増殖を続けている。地面からボコボコ生えてきたり、マンションの窓を突き破ってきたり。

 種類も多種多様だ。粘液状のスライムも居るし、直立歩行のトカゲもいる。武器を持っているやつも居るし、火を吐くやつも居る。

 

 二人で対処すれば、だいたいの魔物は倒すことが出来たが、一般人……残っているかは不明だが……が襲われれば、ひとたまりもないだろう。

 

 近くのコンビニに逃げ込んで(店員も客も石化していた)、ようやく一息ついた。ゴーレムを見張りに立たせ、ジュースを拝借して(シルヴェストリにお金を払え、と凄まれたので、しぶしぶカウンターに百四十円置いた)、飲み干した。

 

「何ともならないよ、逃げよう」

「何とか、しないと、ね」

 

 提案と同じタイミングで、シルヴェストリが言葉をかぶせてきた。ミラクルまりりんは天井を仰ぎ見て、首を横に振って、相方の肩を掴んだ。

 

「あんた、本気で言ってる? 馬鹿なの? ねえ、超馬鹿なの? どう考えても非常事態でどう見ても異常事態よ! 私達だけで何とか出来ると思ってんの!?」

「他の、皆さんの、力も、借りられれば……」

「やだ、あたしフェスティ=バル嫌いだもん。アイツの弟子も嫌い」

「それは、茉莉菜ちゃんが、悪いんじゃ」

「ていうか! あいつらが居たって変わらないでしょ! 原因もわからない! 状況もわからない! これ以上厄介になる前に、ここから離れる! あとは魔法の国に任せる! それが一番でしょ!」

 

 ミラクルまりりんの叫びに、シルヴェストリはんん、と喉を唸らせた。

 

「……魔法の国が、なんとかして、くれるかな」

「はい?」

「石になった人、ちゃんと、もとに戻して、くれるかな。魔法少女が、助けに来て、くれるとして、そういう所、気をつかって、くれるかな。パパと、ママは……大丈夫かな」

 

 そう言われて、ぴたり、と動きが止まった。そうだ、この街には家族がいる。当たり前だ、なんで気が回らなかったのか。

 魔法の国が出張って来るとして、問題の収集にあたってくれるとして。それは全てを万事、問題なくもとに戻してくれる、という意味ではない。

 

 そもそも、マスコットであるファズを通してしか、ミラクルまりりんは魔法の国を知らない。大した情報も、大した理由もなく、無条件で信じられるかと言われたら、ノーだ。

 

「……あんたの魔法、この石に使ったらどうなると思う?」

「わからない……やって、みる?」

「元に戻れば万々歳だし、ちょっとだけ試してみてよ」

 

 シルヴェストリの水瓶の中身は、本人の生命と直結している。気軽にホイホイ使って良いものではないのだが、事が事だ、上手く行けば、自分やシルヴェストリの家族だけは助けられるかもしれない。

 シルヴェストリは掌のくぼみに少しだけ水をためて、石化したコンビニの店員にかけた。

 

「……変化ないわね、魔法が通じないってこと?」

「……多分、違う、と思う」

 

 じぃ、と、石像を見つめるシルヴェストリ。

 

生命(、、)()失われて(、、、、)ない(、、)……まだ、生きてるんじゃない、かな」

 

 シルヴェストリの魔法が発動しないパターンは幾つかある。

 生き物に使用すれば傷や病気を癒やし、それ以外に使用すれば新たな生命として生まれ変わらせ、その存在はシルヴェストリが使役できる様になるが、死んでしまった生物には、損傷を治すだけで、例外を除いて(、、、、、、)生き返りはしない。

 

 この場合、新しい生命として動き出さないということは、ただの石なのではなく、またもとに戻らないと言うことは損傷しているわけではない、ということだ。

 

「これで生きてるって言えるの?」

「固まってる、とか、止まってる、って感じ、なのかも」

 

 一つ収穫はあったが、次の『じゃあそれを踏まえてどうしようか』には中々向かわない。と言うか思いつかない。魔法少女にそれぞれ配られる魔法の端末に接続してみるが、エラーを吐き出すのみで、マスコットのファズにもつながらない。

 

「……リップ・ロップさんは、大丈夫、かしら」

「さあ……あのマンションの中に居るんでしょ? どうにもならないんじゃ――」

 

 そう言って、遠くに見えるタワーマンションの最上階に、なんとはなしに目線をやって、気づいた。

 

「――なにあれ」

 

 人間の状態ならば、調には劣るものの、魔法少女ならば、強化された視力でそれがよく見える。

 大きな、機械で構成された翼を広げた人型の『何か』が、ベランダから身を乗り出し、そのまま屋上へと向かっていった。翼の先端に付いている、青いパーツが明滅して、そこから波紋のような光が広がっていく。

 

「……あいつだ」

 

 あれの仕業だ、間違いない。

 

「何、あれ、魔法少女?」

 

 シルヴェストリも眼を細め、その存在を確認した。

 

「多分……どうする? やる?」

 

 魔法少女、というくくりなら、二対一だ。更に戦力を増やせる、という意味でいうなら、向こうもこちらも、代償を考慮しないのならば、変わらない。

 『誰にも気づかれずに行動できる』魔法を持つミラクルまりりんならば、単独で敵地に乗り込むことも出来る。シルヴェストリに陽動をしてもらえれば完璧だ。

 

「ううん、やっぱり、他の魔法少女と、合流、しよう」

「でも、早く仕留めないとまずくない?」

「かも、知れないけど。あの、魔法少女の、情報が、全然、ない。どこからきた、誰なの? っていうのが、何も、わからくて、ちょっと、怖い」

「……わかったわ」

 

 シルヴェストリは慎重すぎる、とは思わなかった。魔法少女は確かに、人外の、埒外の力を振るう。それは自分の身をもって、よく知っている。

 だが、これほど広範囲に、これほど無差別に影響をあたえるような魔法を行使出来ような存在を、ミラクルまりりんは知らなかった。

 

「……フェスティ=バルなら、何か、知ってるかも」

 

 フェスティ=バル。この街で最も古株の魔法少女にして、ミラクルまりりんにとっての天敵にして怨敵だ。

 心の底から大嫌いだが、年を食ってるだけあって、情報通であることは間違いない。

 

「……私が、連絡してみても、いい?」

 

 

 こちらの顔色を覗き込んでくるシルヴェストリに、ミラクルまりりんは苦々しい顔で頷いた。

 

◆のえるちゃん

 

 デスクイーン57世を先頭に街に繰り出した。石になった人間が、そこら中に乱立していて、誰も彼もが何かに怯えたような様子で固まっていた。

 

「……酷い、こんな」

 

 犬も猫も鳥も魚も、生きているモノは皆、石になってしまっているようだった。例外は、今のところ、デスクイーン57世とのえるちゃんだけだ。

 

 運転中だった人も、途中で石に変えられてしまったのだろう。車は建物や対向車にぶつかり、ひしゃげて、ところどころで炎が燃え、それらは収まらずに燃えるモノに移ってゆく。それらが、目に見えない場所で無数に発生しているのだから、大惨事以外の何物でもない。

 

 炎の中から引っ張り出そうにも、石化した人間は重く、また熱を蓄えるようで、触れることすら出来ない。

 

「…………」

 

魔法少女にできることは、何もない。

 

「……のえるちゃん、体調に変化はある?」

「いえ、私は平気です……クイン先輩は?」

「私も平気、ってことは、魔法少女なら大丈夫、なのかな?」

 

 二人の共通点といえばそれぐらいしか無いし、納得できる理由としては十分だ。だが、一体どうすればいいのか。二人だけで何が出来るのか。

 

「あ、だったら、フェスティ=バルさんも動けるはずですよね!」

 

 のえるちゃんが真っ先に思いついたのは、この街で昔から魔法少女をしている、フェスティ=バルの存在だった。機転が利き、物知りで、何より強い。だが、デスクイーン57世は首を横に振った。

 

「アイツ、確か今日は街に居なかったはず」

「えええ!? なんでですか!?」

「友達のお墓参りに行くらしくて……ついでに一週間ぐらい旅行に行くから、あとは宜しくって言ってた。それが四日ぐらい前」

 

 いきなり出鼻をくじかれた。と同時に、何故デスクイーン57世はそれを知っているのだろう、と思う。のえるちゃんが知らないということは、デスクイーン57世が個人的にフェスティ=バルと連絡をとっていたということであり、それはプライベートな事なのかそれとも何か他に用事があって――――――いや、行けない、そんなことを考えている場合ではない、と思い直す。

 

 デスクイーン57世は、周囲を警戒しながら、石になった人を見て、痛ましそうに目を細めている。今、隣にいるのは自分なのだ。

 

「じゃあ……まりりんちゃんと、シルヴェストリちゃん?」

「私も少し考えたけど、あの二人がまともに協力してくれるかな……」

 

 ミラクルまりりんとシルヴェストリ、この街で活動している二人の魔法少女に関しては、かつて()悶着(、、)あったので、正直な所、のえるちゃん達とは、あまり仲が良くない。

というより、一時的には本気で敵対して、そのままの関係をちゃんと改善するわけでもなく、冷戦状態が続いている。なので、お互い、かかわらないように街での活動を続けていた。

しかし、いくらなんでも非常事態に際して協力しあえないほど、致命的な溝があるわけではないはずだ。

 

「一度連絡してみましょうよ、なんなら私から――――」

 

 通信をしてみます、と言おうとしたところで。

 

 

 

『ガチャリ』

 

 

 そんな小さな声が、耳を微かに打った。魔法少女でなければ、聴き逃してしまうほどの。

 

「……クイン先輩、今、何かいいました?」

「いや、特に何も……」

 

 顔を見合わせて、はて、と首を傾げた所で、今度は、ズンッ、と大きな音がして、地面が小さく揺れた。

 

「っ、のえるちゃん!」

 

 デスクイーン57世が、名前を呼びながら駆け出した。のえるちゃんも、すぐ後を追う。

 すぐそこの曲がり角からだ。新たな車が、建物に突っ込んだのか、はたまた、別の理由で起こった何かなのか。

 結論から言うと、それは事故などではなかった。

 

 地面が揺れたのは、巨大(、、)()もの(、、)()()から(、、)降ってきたせいで、何故それがわかったのかというと、眼前にその巨大なものが居るからだ。

 身長が百五十に満たないのえるちゃんは、数メートル先に立つ『それ』を、それでも思い切り顔を上に向けないと、全体像がつかめなかった。

 

体長五メートルを超える、巨大な人間だった。

 

 ただし、厳密に人と呼ぶべきかはわからない。肌は灰色がかった青色で、腕も足も恐ろしいほど発達した筋肉が膨らんで、力強さを主張している。

 

だが、一番特徴的なのは、本来二つの瞳があるべき場所に、大きな一つの眼球がギョロリとうごめいていることだった。

 

「な、なななな」

 

 ある程度ファンタジーに造形がある人間ならば、こいつを『一つ目(サイク)巨人(ロプス)』などと呼ぶだろう。

 

「ウ」

 

 声なのか鳴き声なのかわからない音を発しながら、それは足元に手を伸ばそうとしていた。

 

 のえるちゃん達に、ではない。いくら相手が大きくても、まだお互いの手が届く範囲ではない。サイクロプスは、自らの足元に手を向けていた。正確に言うと――――

 

 足元(、、)()尻餅(、、)()ついて(、、、)呆然(、、)()化物(、、)()見上げる(、、、、)小さな(、、、)()()()に対して、だ。

 

「や、やめっ」

 

 なさい、と言うよりも早く、自分の横を()()が駆け抜けた。

 

 

◆デスクイーン57世

 

 デスクイーン57世は、反射的に行動していた。自分自身でも驚くぐらい、驚異的な速度で、一つ目のサイクロプスに飛び込み、腕めがけて蹴りを叩き込んでいた。

 

「ウ――――」

「何、してんだ――――」

 

 魔法少女の強化された脚力によって放たれる一撃は、サイクロプスの太い腕にめり込み、体ごとよろめかせた。その時にはもう、いつの間にか、よそゆきの服ではない、魔法少女のものへと変じていた。

 

 白いファーの付いた、豪奢なマント。宝石で彩られた王冠。ふわりと翻るフリルのついた短いスカート、そして何より特徴的な、先端にマイクのついた杖。

 

「――――子供相手にっ!」

「ウ、ウ、ウウ」

 

 反撃に応じるサイクロプスに対して、デスクイーン57世は俊敏に立ち回った。少女の襟首を掴んで、抱き寄せて、その場から離れた場所に下ろし

 

「そこを絶対に動かないで!」

 

 叫んで、再びサイクロプスに立ち向かう。

 

「ウ、ウウウ」

「お前が誰だか知らないけど」

 

 杖を構えて、相対する。

 

「容赦しなくていいよな――人間じゃ、なさそうだもんな」

「ウウウ」

 

 遥かに巨大で、人間を凌駕する化物。立ち向かえるのは、この場では多分、魔法少女だけだろう。

 危機的な状況なのに、頭にあるのは、恐怖や怯えよりも、純粋な怒りと、微かな高揚感だった。これから戦う、という現実を、驚くほど簡単に受け入れられた。

 

(いや、確かに怖いは怖いんだけどな……)

 

 自分の背後に、二人の少女がいる。それだけで、()()立つ(、、)には十分だ。

魔法少女という非日常から、生命の奪い合いというさらなる非日常へ。足を踏み入れるのであれば――――

にやっと、不敵に笑って、高らかに宣言する。

 

「――――我が名は、デスクイーン57世」

 それは、遊び半分で設定した、彼女(、、)の決め台詞だ。だが、戦う以上は名乗らなければならない。己が『そう(、、)』であることを示す為に――叫んだ。

 

「死という正義の、執行者っ!」

 

一歩踏み出す。その速度は、文字通り、風よりも、速い。

 

 

 

 

◆のえるちゃん

 

 子供を見つけた瞬間、迷わずに飛び出し、そして戦うデスクイーン57世の背中を見つめながら、のえるちゃんは動けなかった。

 眼前の化物が、恐ろしい。現実に居てはならない『何か』がそこに居る。

 魔法少女の本来の活動は、慈善事業だ。人助けをして、街の平和を守る。そうでなくてはならない。のえるちゃんの銃は、練習以外で放たれたことはない。これを何かに向けて放つなんて、考えたこともなかった。

 

「くっそ、こいつ、頑丈だな――っ!」

「ウ、ウ」

 

サイクロプスは巨体を活かし、殴られながら手を伸ばす。どれだけ打たれても構わずに、その体を掴み上げ、握りつぶそうとする。

対して、デスクイーン57世はとにかく動く。一瞬でも一所にとどまらず、打ち据えては跳び、打ち据えては下がり、打ち据えては駆ける。

 

 その動きがあまりに洗練されていて――一瞬だけ、見入ってしまった。デスクイーン57世は、まるで杖を手足のように扱い、ともすれば、映画のアクション俳優のように戦っていた。

 

 魔法少女の身体能力は、確かに常人のそれを遥かに凌ぐが、その変化に、特別技術は伴わない。彼女の動きは、元々、デスクイーン57世という魔法少女のものではなく、それに変身する当人のものなのだろう。

 

 だが、のえるちゃんはデスクイーン57世の魔法を知っている。それは到底、戦闘に使える、などとは呼べないものだ。本来なら、ああするべきは自分(、、)()はず(、、)だ。

 

 銃を取り出す。見かけより、ずっと軽い。プラスチックのような質感の、おもちゃみたいなそれは、のえるちゃんの立派な武器だ。

 構えて、銃口を向ける。だが、定まらない。目まぐるしく動き回るデスクイーン57世と、その向こう側に居るサイクロプスを捉えられない。

 

引き金を引けない内に、デスクイーン57世の一撃が、サイクロプスの腕をへし折った。

 

「ウ」

 

 だが、それこそが狙いだったのだと言わんばかりに、サイクロプスは、折れた腕の五指を強引に動かして、デスクイーン57世を掴んだ。小さな体は全身をガッチリと抑えられ、そのまま圧迫されはじめた。

 それでも、デスクイーン57世は不敵な笑みを崩さずに、叫んだ。

 

「のえるちゃんっ!」

 

 その一言が、怯えた身体を奮起させた。

デスクイーン57世が、迷わずアレ(、、)に立ち向かったのは、後ろにのえるちゃんがいるからだと、その時、ようやく気づいた。

 

 今、獲物を握りしめたサイクロプスの動きは止まっている。そして、負傷して入らない力が、デスクイーン57世をまだ生かしている。

 

 動かない、なら(、、)当てられる(、、、、、)

 

「頭だ、撃って!」

 

だったら、それに応じるのがのえるちゃんの役割だ。

 

 手は震えていない。両手にそれぞれ構えた、銃の引き金を、狙いも定めず適当に引く。

 ただし、どこに当たるかはもうわかっている。

 銃口から飛び出した二つの弾丸は、デスクイーン57世の顔の横を通り抜けていった。その軌道は直線ではない。ねじれ、曲がり、螺旋を描いて突き進む。不自然な角度で、しかしとんでもない速度で、ほぼ同時に、サイクロプスの眼球の中央を貫いた。

 

「ウ、ウウウウウウウウウウウ」

 

 流石にただでは済まなかったのか、唸るような奇声があがる。むしろ、まだ生きていることに驚いた。

 だが。

 

「クイン先輩に――それ以上触らないでくださいっ!」

 

 のえるちゃんは再度引き金を引いた。残弾の心配は無用だ、魔法の拳銃に弾切れは存在しない。口の中、手足の関節。正中線。デスクイーン57世をすり抜けて、全ての弾丸が、的確に急所を貫いていく。

 

 最後にもう一発、弾丸は、鼻から入って、脳髄をかき混ぜながら突き進み、頭蓋骨を突き破って外に出た。

 

 もはや一言も発することなく、サイクロプスは背中から倒れて、二度と起き上がることはなかった。そのまま全身にビシビシとヒビが入り、次の瞬間、バラっと崩れて、そのまま砂の塊になり、風に撒かれてあっさりと消えてしまった。

 

「――はあっ」

 

肺に溜まっていた空気を、全て吐き出す。いつの間にか、呼吸が止まっていた。

 『百発百中の弾丸を放つ』のえるちゃんの魔法は、文字通り、『視認できている場所にならば確実に弾丸を命中させる』事ができる。その際の弾の軌道に、物理法則など通用しない。

 巨大な化け物にも、銃は通じる。平和な街では、使いみちがない、戦うための魔法。

 皮肉なことに、その初めての機会は、誰かを守るための戦いだった。

 

「のえるちゃん、ありがとう」

 

 いてて、と手足を軽く振りながら、デスクイーン57世が戻ってきた。

 

「――どういたしましてっ!」

 

 のえるちゃんも、微笑みで、答えた。

 

 

 

◆デスクイーン57世

 

 数十秒、油断せずに武器を構えていたが、塵が集まって再生怪人になったり、新たな敵が出てくることはなさそうだったので、ようやく警戒を緩めて、襲われた少女の側に駆け寄ることが出来た。

 

肝心の少女は、呆然としていた。無理もない。彼女を襲った存在はあまりにも怖ろしく、目の前で行われた戦いは、あまりに非現実的すぎる。ぱっと見た限りでは、怪我は無いようだったが、デスクイーン57世は屈んで、目線を合わせた。

 

「大丈夫? 痛いところはある?」

 

 マントを脱いで、少女にかぶせてやる。これがないデスクイーン57世は非常に軽装かつ露出が凄まじいことになるので、本当は脱ぎたくないのだが、背に腹は替えられない。

 ぱちぱち、となんどかまばたきをする。よく見れば、全身が、折れてしまいそうに細い。高く見積もっても十歳は越えていないだろう、それぐらい、少女は幼く、そして儚かった。

 

「大丈夫、おに――ぇさんたちは、正義の味方だから」

 

 漏れかけた言葉を危うく飲み込んで、笑顔を作ってみる。上手く笑えているかはわからないが、魔法少女の外見ならば、不自然ではないはずだ。

 

「…………ぃ」

 

 対して、少女の反応は、か細いつぶやきだった。

 

「……ん?」

「……ぃ、めんな……ぃ、ごめ……な、さ……」

 

 ぼろ、ぼろ、と、見開かれた瞳一杯に涙が溢れて、溢れだした。

 

「え、あっ」

「ごめんなさい……ごめんなさい……ごめんなさい……ごめんなさい……」

 

 ひっ、ひっ、と喉を鳴らし、かひゅ、と呼吸がかすれる音と共に、少女はただひたすらに、謝り続けた。

 

「だ、大丈夫ですかっ! お、お医者さん――あっ」

 

 居るわけがない。居たとしても、今は石だ。

 

「ごめんなさい……ごめんなさい、ごめんなさい……私、わたし、わたっ、しっ、ごめんな、っ、ぐ」

 

 やがて、それは悲鳴となり、嘆きとなり、絶叫となった。少女の口から止め処なく溢れる謝罪は、終わらない。

 

「ク、クイン先輩……」

「…………」

 

のえるちゃんの戸惑った声。デスクイーン57世は、ゆっくりと息を吐きだして、少女の体を抱きしめた。

 

 

《――大丈夫、私は貴方の側にいる。決して離れる事なく、貴方を抱きしめるでしょう》

 

 

 アプリの中では様々な魔法を駆使できる魔法少女だが、現実に生まれでた魔法少女が使えるのは、一人につき一つ、固有の魔法だけだ。

 

 

《――寂しくない。一人にはしない。涙が溢れるのなら、私は何度も拭うでしょう》

 

 

なので、初めてデスクイーン57世が自分が実際に使える魔法を知った時は、がっかりした。魔法の端末に表示されていたその一文は、ゲーム慣れした当時の男子高校生の心を一切くすぐらない、格好良くも、使い勝手もよくないものだったからだ。

 

 

《――手を握って、声を聞いて。確かにここに居るから、ちゃんと目を開けて》

 

 

 魔法少女、という幻想を、若干飲み込みきれなかったのは、それが一番の理由かも知れなかった。だからこそ、戦う能力だけは、フェスティ=バルの指導のもとに身に着けたのだ。

 

「ぁ――――――」

 

 耳元で、囁くように、デスクイーン57世は歌った。

 『歌で心を癒せるよ』、という、その魔法は、『歌詞』と『リズム』があれば発動する。

別に、歌をうまく出来る魔法というわけではないので、専門家のそれとは、恐らく技術的に大きく劣るのだろうが、『歌』のための魔法少女だけあって、デスクイーン57世の声は、一度声帯を震わせれば、どこまでも透き通って輝く、陽を受けた水晶同士がこつんとぶつかった様な、心地よい音色が響く。

……歌っているのは、マイナーな同人ゲームのエンディング曲なのだが、それはそれとして。

 

「う、うう、うう……あ、ああああああっ」

 

 泣いている子供をあやすぐらいしか使いみちはない魔法なのだから、泣いている子供をあやすには、これ以上無いほどに効果的だった。

 

 

 

 呆然としていることには変わりなかったが、先ほどと違い、虚空を見ている、というわけでもなかった。

 悪い夢から覚めた様に、、ぱちぱちとまばたきをし、そして、何か喋ろうとして、けほっと咳き込んだ。

 

「わ、のえるちゃん、何か飲み物ある?」

「え、ええと、飲み差しで良ければ」

 

 のえるちゃんが取り出した、小さなペットポトルを受け取って、少女の口にあてがうと、小さな両手でそれを掴み、ゆっくりと傾けて、時間をかけて飲んだ。

 

「えふ……」

「その、大丈夫? 怪我はない?」

 

 もう話は通じるだろうか、と思い、改めて目線を合わせると、少女は数秒間、じぃっとデスクイーン57世の顔を見つめて、コクリと頷いた。

 

「お姉ちゃん、だあれ?」

「………………」

 

 どう答えようかな、と一瞬迷ったが、相手は子供だし、自分は魔法少女だ。そうやって振る舞うのが一番よい、と考え、こう返した。

 

「死という正義の執行者、魔法少女デスクイーン57世!」

 

今度はぽかーーーーーんとした顔をされた。立ち上がってポーズを決めたのが行けなかったのかもしれない。理由があるとすればありとあらゆる全てか。どちらにしても選択肢を誤ったのは間違いないようだ。この自己紹介で得られたのはかなりの死にたさと背中を濡らす冷や汗だけだった。

 

「それ、この状況での自己紹介としてはどうなんでしょう……」

 

 のえるちゃんがぼそっと追い打ちを加えた。

 

「ええと、私は、のえるちゃんって呼んでください。お名前は、言えますか?」

 

 背後でのえるちゃんがそう言うと、少女は再び頷いて、言った。

 

「わたしの、なまえは」

 

 言葉を区切りながら、しっかりと。

 

(あか)()(しゅ)()

 

 

 

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