魔法少女育成計画 -Deicide Side- 作:天都ダム∈(・ω・)∋
*** 幕間Ⅰ 真紅の記憶 ***
おうちの中はいつも暗かった。
明かりをつけてはいけない、と言われたから。
おなかはいつもすいていた。
食べてはいけない、と言われていたから。
服はいつも変な臭いがした。
きがえてはいけない、と言われていたから。
いやだった。本当は、いやだった。
あかるい場所がいい。おひさまが好き。
おなかいっぱい食べたい。きれいなおようふくを着たい。
いつかおひめさまになれたら。
たくさん、したかったことをしよう。
◆胡桃咲ラヴ
D市の異常が確認されてから二時間が経過した。
観測された事象としては、『電子機器の使用が出来ない』、『生物は石化する』、『魔物が跳梁跋扈している』の三点だ。
この現象がどこまで影響するのかは不明、現時点ではD市外には及んでいないようだが、予断は禁物だ。
魔法の国は対処として結界を展開した。この結界は魔法に関連する全てを通さない上に、情報阻害認識能力を持つ。アプリケーション『魔法少女育成計画』に使用されているような、『情報が必要以上に伝播しない』性質を拡大したもので、結界が働いている間は、この世界の普通の人間が、現状のD市の状態を問題視しないようになっている。
勿論、制限時間付きだ。二十四時間で消滅する。
そもそもこの結界を発動させる事自体が、莫大なコストと人数を伴う大事なのだが。
●
(帰りたい帰りたい帰りたい帰りたい帰りたい帰りたい帰りたい帰りたい)
魔法少女、
(何で私なのよ何でよりにもよって何で何で何で何でっ!)
無理もないのだ、理由はわかっている。だが、納得出来ないことはある。
現在、D市と隣の市のちょうど境目、結界の切れ目には、三人の魔法少女が居た。
「《
合流して開幕一番、そう言ったのは、魔法少女プリマステラだ。
お姫様のような、真っ白なドレスを身にまとい、動く度にキラキラとした粒子のようなオーラが舞い散る、ド派手にきれいで、美しいと言える魔法少女だった。
「……ええ、まあ、そうですよね」
胡桃咲ラヴだって、魔法少女としての可愛さでは負けていない。アイドルをモチーフとして生まれた彼女は、『可愛さ』を何より重視しただけあって、美形揃いの魔法少女達の中でも、愛らしく振る舞える造形をしている。桃色の髪の毛に、グラデーションのかかったスカート、三日月型の髪飾り。マイクを持って舞台に立てば立派なスーパースターの完成だ。
実際、《
だが、アイドルという概念自体が、現代の中で発生した『偶像』の産物だ、それを踏まえると、プリマステラと横並びになった時、『俗っぽい』感じになるのは胡桃咲ラヴの方だ。そういう意味で、胡桃咲ラヴはこの魔法少女が大嫌いだった。
「…………」
そのプリマステラより離れた位置で、ぼうっと虚空を見つめているのが
「とにかくっ、結界が切れる前に、なんとしても私達でリップちゃんを助け出さないといけませんっ、いいですかっ」
気を取り直して、胡桃咲ラヴは、改めて作戦の概要を説明した。
本来、こういった結界は魔法の国が形成するものだ、コストも人件費も馬鹿にならない大規模な魔法で、よほどの緊急事態でないと使用されない。割に合わないからだ。
今回はその結界の作成費用を、全て胡桃咲ラヴ達が所属する、魔法少女の寄り合い――サークルである《
何故《
「リップ・ロップは、中にいるの……?」
氷のような声が、耳にするっと入り込んできた。愛死狂だ。
一応のまとめ役になっている胡桃咲ラヴだが、彼女もサークルの中では比較的古参に属する、というだけであり、サークルのトップの顔や正体は知らない。今回にしても『これこれこういう事情だから、このメンバーで救出に行くように』と言われているだけだ。
そして、胡桃咲ラヴの帰りたい理由はそこにある。要するに。
(何でよりによって問題児と新人連れて、こんなヤバイ所に行かないといけないのよ!)
……である。
《
世の中にいる殆どの魔法少女は、日々ボランティア活動を行うことで、魔法少女の存在を夜に知らしめ、ポジティブな印象を与えることがその仕事となる。
しかし、それらの行為には一切報酬が出ない。アニメ化までこぎつけた魔法少女にすら、物理的なサラリーは一切出ない事すらよくある。
つまり時間を食う割に得るものがない、『この世で最も潰しが効かず、何も残らない職業』とすら言われているのだから相当だ。
そんな『仕事のない魔法少女』達に、『仕事を与える代わり報酬も与える』という目的で結成されたのが、《
固有の魔法や、ちょっとした仕事などを行う代わりに、バイト代程度であっても、もらえるものがもらえる。《
【
胡桃咲ラヴは前者で、他の二人は後者だ。特にプリマステラは、つい数週間前にスカウトされたばかりだという。
「……その、リップ・ロップという魔法少女を助けた後、街はどうするんですの?」
「ええと、それは……だ、大丈夫ですよ、リップちゃんを助けられればこの事態も解決できる可能性がぐぐっとあがりますから!」
【熾天使】からの指示は、リップ・ロップの救出後、速やかに離脱し指定した地点に行け、というだけだ。当然、石になった街の人々や、出た被害に対するフォローはない。
だが、胡桃咲ラヴから見れば、そもそもそれは魔法の国が頑張ることだ。確かに、一般人の救助も大切だが、身内を優先するのは責められるべきことではない。
「……そんなに強いんですの? その娘の魔法」
「そりゃもう、ハチャメチャにめちゃめちゃですよ、ねえ愛死狂ちゃん」
リップ・ロップと個人的に交流のある愛死狂に話を振ると、愛死狂はんー、と首を傾げ。
「リップ、なんで自力で脱出しないのかな……」
「メールだと、魔法の使えない状態にある、らしいですけど……」
「――怪しい気配も感じますけど、乗り込んでみないとなんとも言えませんわね。では、お願いしますわ、胡桃咲さん」
……何で新人に命令されなきゃあかんのだ、と思ったが、それを口に出して関係をこじらせても仕方ない。胡桃咲ラヴは非戦闘員、プリマステラは戦闘員だ。いざという時、胡桃咲ラヴを守り戦うのは彼女なのだから、ここは引こう。
予め購入しておいた、大人用のフラフープが二つ、一つを勢い良く投げて、結界の向こう側、D市の中に放り込む。続いて、地面にもう一つのフラフープを置いて、胡桃咲ラヴの魔法が発動した。
設置した二つのフラフープの内側、円の部分の景色が変わる。足元にある輪っかと、結界の向こうにある輪っかが繋がった。
これが胡桃咲ラヴの魔法、『輪っかを通ってテレポートできるよ』だ。視界内にある、輪っかと輪っかをワープゲートにして、繋ぐことが出来る。この穴を通れば、結界に阻まれず、向こう側に行けるというわけだ。
「ん」
愛死狂はためらいなく、フラフープの内部に飛び込んだ。出口のフラフープから足がニョキッと生えて、次の身体がするっと抜けて、重力にしたがいぽてんと落ちた。
「便利な魔法ですわね……これ、穴のサイズはなんでもいいんですの?」
「ふぇっ!? そ、そーですね。大きい穴から小さい穴みたいな、通り抜けられないサイズのものは無理ですけど……」
「なるほど……では、お先に失礼」
プリマステラも続いてワープゲートに入った。
「…………もー、頼むわよ、ほんとに」
どこにでも無制限にテレポートできれば、胡桃咲ラヴはもっと重用されたはずだ。ともすれば、リップ・ロップのように。
こんな制限があるおかげで、こんな場所に送られて、何が起こるかもわからない、命がけの仕事をさせられている。
それでも、胡桃咲ラヴは魔法少女をやめられない。
収入がなくなれば胡桃咲ラヴの生活は成り立たなくなり、胡桃咲ラヴの生活が成り立たなくなる事は魔法少女界の損失だ。
せめて、何事もなく終わりますように、と願って、自らもフラフープの中に飛び込んだ。
◆ミラクルまりりん
勇気や気力を振り絞って行った事が、その実無駄になることというのは結構ある。
例えば、約束の時間を一時間勘違いしていて走ったり、消費期限が今日だと思って無理やり詰め込んだ食パンが明日まで大丈夫だったり。
だから、心から大嫌いな相手と連絡を取ろうとして、何度試しても通じなかったりすると、もうムカムカがとてもではないか収まりきらないのだ。
「もおおおおいいわ、もういいわ! フェスティ=バルなんて知ったことか! 私は逃げるわよ!」
「落ち着いて、まりりん。冷静に、なろう?」
「だったらどうしろっていうのよ、ファズに連絡はつかない! フェスティ=バルも駄目! アイツどっかでのたれ死んでるんじゃないの!」
「あの人が、死ぬようなら、私達も、駄目そう……」
「そういう事言わないでよ! ……あーもう、ホント、どうしよ……やっぱり、あいつかなあ」
コンビニの窓越しに、タワーマンションの屋上を見る。着陸してしまったので、角度の関係でここからは見えないが、翼を持つ、あの魔法少女が居るはずだ。
「…………」
倒してなんとかなるというのならば、一番確実なのはやはり暗殺だ。できれば、万全に準備を整えたかったが、二人でもやろうと思えば出来るはずだ。
「そもそも、何が目的なんだろう。人を石にして、魔物を生み出して」
「やっぱり、世界、制服、とか? 魔物を、生んでるわけ、、だし」
「あんなファンシーでメカメカな魔王なら出て来る魔物もメカにしなさいよ! 世界観統一できてない出来損ないのゲームかっての!」
「勇者が、必要ね」
シルヴェストリは力なく笑い、そして立ち上がった。
「調?」
「茉莉菜ちゃん、あれ、持ってる?」
シルヴェストリが示した言葉に、ミラクルまりりんは頷いた。
「首から下げてるけど……何で?」
「いざという時は、使って、と思って……」
「……あんた、なにするつもり?」
「勇者には、なれない、けど、でも、やっぱり、じっとして、いられないわ」
ミラクルまりりんは、心の中で舌打ちした。この娘はいつもそうだ。責任感が強くて、何でもかんでも、やらなくていいことまで、自分がやらなきゃ、と思っている。
「こっちだって、やろうと思えば、数で対抗、できるし、出来ることを、しないと」
コンビニの棚から、包帯や絆創膏、消毒液など、置いてあった医療用品をかき集めてから、一万円札をカウンターに置く。お釣りはいらないということなのだろうか、金持ちめ。畜生。
「まりりんは、ここにいて。ゴーレムさん、置いていくから。多分、あと数時間ぐらいで、動かなく、なっちゃうけど……」
申し訳無さそうな顔をするシルヴェストリ。ミラクルまりりんにはよく分かる、こいつは本当に、ごめん、と思っているのだ。シルヴェストリが一人で向かおうとしていることではなく、そばにいてミラクルまりりんを守ってあげられない事を、だ。
「ちょ、ちょっと待ちなさいって! もう!」
「……まりりん、来るの?」
きょとん、とした顔で言われて、怒りが沸点を超えた。こいつは今更、何を言っているんだ。
「行くわよあんたが行くんだから行くに決まってんじゃない! ずぅっとそうねほんっとうに自分の都合で私を振り回して!」
「え、で、でも、私、ついてきて、って、言ってな……」
「言われないほうが腹が立つって言ってんの!」
どん、とシルヴェストリの胸を押す。悔しさがにじみ出てきたが、涙だけは何とかこらえた。
「あんたがいつも勝手に先に行って、私が折れて追いかけていくんじゃん、あんたが一緒に来てって言ってくれれば、私がいちいち悩んだり考えたりもやもやしなくていいのに! ほんっとずるいっ! ほんっと最悪っ! あの(、、)時(、)もそう! 今だって!」
「ま、茉莉菜、ちゃ――」
背を向けて、一足先にコンビニを出た。今、シルヴェストリと向き合うことは、ミラクルまりりんにとって、とても困難な事だった。
自動ドアが開いて、コンビニを守っていたゴーレムの背が見える。どいてよ、と言おうとした所で、その硬い身体が斜めに切断された。
「おや、出てきたのかえ?」
そこに、一匹の狐が居た。
◆シルヴェストリ
胸がズキリと傷んだ。自分勝手だ、とはよく言われていた。けれど、それが本質的にどういう意味を持つのかは、理解していなかった。
泣いている茉莉菜は、何度も見たことがあるが、泣いているミラクルまりりんを見るのは初めてだった。魔法少女になっている間は、調と茉莉菜は、強い存在になる。だから、涙を流す理由はない、痛みも苦しみも、魔法少女の強さなら乗り越えられると思っていた。
けれど、彼女は泣いたのだ。それも、シルヴェストリが、ミラクルまりりんを置いていこうとしたからだ。
勝ち気で、強がりな茉莉菜は、頭を下げたり、謝ったりするのが嫌いだ。謝罪よりも反抗を望み、反省よりも反逆を是とする。
だから、そんな彼女は、シルヴェストリが何かしようとする度に、きっとプライドを折っていたのだ。
『私が一人でやるから、あなたはそこにいて』
それは、シルヴェストリにとっては、自分の身勝手に突き合わせるのは申し訳ないという善意で、ミラクルまりりんに取っては、二人の間の溝を、ただ広げるだけの行為だったのだ。
シルヴェストリが歩いて遠くなった分、近づいてくれていたのは、ミラクルまりりんの方だった。
もっと早く気づけばよかった。
「ごめん、茉莉菜ちゃん、私――――」
少し遅れて、ミラクルまりりんの背に触れかけた所で。
「――え、だ、誰?」
「っ!」
まりりんが身を翻し、シルヴェストリを、全身で押し倒しながら突き飛ばした。
「な――――」
にするの、と言いかけた所で、先程まで自分達が居た場所を、ひゅんひゅん、と風を切る音が通過する。その後で、『おや? 勘がええなぁ』と、甘い声が聞こえてきた。
「~~~~っ!」
「そんなに慌てんでも、取って食ったりせんえ? ちぃとばかし、運びやすくするだけやさかい」
コロコロと笑いながら、ゴーレムを一足で飛び越え、近づいてくる。
「――っ、
ミラクルまりりんとシルヴェストリを見下ろすのは、豪奢な着物を纏った魔法少女だった。何故一目で『そう』とわかったかと言えば、狐の耳が生えているからだ。ぴくぴくと小さく動くそれは、見ただけで本物の質感を感じさせる。
「ええ、ええ、そうや。魔法少女、魔法少女、うっふふ、けったいな呼び方よねぇ、ウチからしてみれば魔法少女も人間も大差あらへんのにねえ」
微笑みながら近づいてくる、その魔法少女は、優雅な微笑みを崩さない。
「怖がっとるねえ。不安やねえ。ウチが一体何なのか、わからへんもんねえ? うふふ、けどねえ、すぐに怖くなくなるさかい、心配要らへんわ」
「何しれっととんでもねえこと言ってんのよあんた……っ!」
「ウチの名前? ああ、リルフェン言うんよ。よろしゅうねえ」
そう言って、魔法少女――リルフェンは、立てた五指を、シルヴェストリ達に対して向けた。十センチ以上の長さを持つ、鋭く輝く爪が、こちらを向いた。
あの爪で――石でできたゴーレムを、斬り裂いたのか。
ならば、この店内でシルヴェストリが生命を吹き込んで対抗できるものは、なにもないことになる。
そのショックを、努めて表情に出さないようにしたつもりだった。だが、リルフェンはすんすん、と小さく鼻を鳴らし。
「かわいそうになあ、なぁんにも抵抗できへんなんて、泣きたくもなるわなぁ。気持ち、ようわかるわぁ」
見抜かれた―――と、口にはしなかった。
しなかったが、顔には出たのだろう、リルフェンは楽しそうに、少しずつ近づいてくる。
「好き放題言いやがって、何なのよあんた!」
ミラクルまりりんが反撃に転じようと、身体を起こし立ち上がった。だが、その姿を見て、リルフェンは口元をにやぁりと、歪めて笑った。
「……何がおかしいのよ」
「いやあ、いやあ、身を挺してかばっておいて、ウチに啖呵きっておいて、そのくせ、お友達置いて、
ミラクルまりりんの後ろ姿を見ていたシルヴェストリは、気づいた。
その言葉に――一瞬だけ、びくりと、彼女の肩が動いたことに。
「な――――」
「別にええよ、ウチ、一匹狩れればええよ、ほら、はよ逃げぇ? 手があるんやろ?」
楽しそうに嘲笑い、楽しそうに嗤い、楽しそうに笑いながら、リルフェンは歩みをすすめる。もうすぐ、あの長い爪の射程圏内に、二人が入る。
シルヴェストリは知っている。ミラクルまりりんの魔法なら、一人でこの場から逃げられることを。
シルヴェストリは知っている。もしミラクルまりりんが一人で逃げたら、自分では勝ち目がないことを。
リルフェンが、なぜ二人を攻撃してくるのか、その理由はわからない、わからないけど。
「……茉莉菜ちゃん、逃げて」
シルヴェストリは、詞読調は、つい、その言葉を口走ってしまった。
今しがた、後悔したばかりなのに。もうそれを言うのはやめようと思ったのに。
それが……二人の距離を開ける事だと、知ったはずなのに。
「
その言葉が――――ミラクルまりりんを怒らせた。
◆リルフェン
リルフェンにとって、この遭遇は単なる偶然であり、どうせなら手に入る資源は手に入れておくか、ぐらいの感覚でしかなかった。適切な言葉を使うならば『お使い』と言うやつだ。
彼女の主たる魔法少女からは、現地の魔法少女とはなるべく友好的に、とは言われていたが、リルフェンは細かい采配をするのは苦手だ。
どっちにしろ作戦の前に現地の魔法少女は何匹か
それにしても、魔法少女というやつは面白い。どいつもこいつも多種多様な匂いを放ち、リルフェンを飽きさせることがない。
『匂いにとっても敏感』というのが、リルフェンの魔法だが、彼女はこの魔法によって、物理的な匂いは勿論のこと、近くにいる相手の怒りや悲しみ、ちょっとした思考などを、匂いとして認識し、読み取ることが出来る。
アバウトな判定基準のため、精密に、厳密に判別できるわけではないので、先程にしても、目の前の魔法少女は『一人でなら逃げられるけど仲間を置いていってしまう』ぐらいのことを、選択肢の一つとして考えた、ぐらいのことしかわからない。
ただ、それを面白半分に口にすると、相手は決まって驚いて、それから得体の知れないものを見る目でこちらを見てくるのだ。リルフェンにとって面白いのは、思考のやましいところを言い当てられて、目まぐるしく変わる、そんな人間たちの表情だ。
「はて?」
そんなリルフェンの鼻から、一人分の匂いが消失した。それどころか、眼前に居たはずの魔法少女一人が、姿を消している。
「どないして――――」
何らかの魔法で転移でもしたのだろうか。なるほど、たしかにこれなら一人だけ逃げられる。しかし本当に仲間を置き去りにするとは。消える直前まで感じていた匂いは、闘争心に満ち溢れていたはずなのだが、それも含めてどこかへ行ってしまった。
「……なんや、期待はずれやなあ。まあええか、とりあえず一匹――――」
一人消えたならもう一人を持ち帰ればいい、という合理的な理由で、リルフェンはもう一人の魔法少女に近づいた。
その瞬間、どちゅっ、と背中から腹にかけて、鈍い感覚が貫いた。
◆ミラクルまりりん
魔法を発動させて、『誰にも気づかれない』状態になったミラクルまりりんは、そのまま相手の真横を通り過ぎて、雑貨売り場から包丁を見つけ出して手に取り、何の妨害もなく背中から突き刺した。
この時点で、ミラクルまりりんの魔法は解除されるが、時既に遅し。包丁は根本までグッサリと、リルフェンの脊髄を通って、腹部を貫通していた。
「んん?」
と、いささかな間抜けな声を漏らして、リルフェンは前のめりに倒れた。
ミラクルまりりんは、それを見届けてから、ふんっ、と鼻を鳴らし、血まみれになった包丁をそのままに、シルヴェストリに近づいた。
「誰が逃げるかっての、ほら、立てる?」
尻餅をついたままのシルヴェストリに手を伸ばすと、彼女はコクリと頷き、手を握った。緊張と、恐怖が残っているのか、少しだけ、震えていた。
「……思ってないからね」
「え……」
「あんたを置いて一人で逃げようなんて、思ってないからっ! こいつが適当なこといっただけ!」
自分で思ったより、大声がでてしまった。顔が熱い。怒りと恥ずかしさと、ついでに人間一人を突き刺した勢いで、もう頭が茹だりそうだった。
「……うん、わかってる、ありがとう、茉莉菜ちゃん」
「今はまりりん! ……突き刺しちゃったけど、正当防衛よね、これ」
「それは……そう、だよ、ね。これは、仕方ない、っていうか」
「こいつ、何しにここに来たんだろう、今回の事件に関係があるなら、殺しちゃ駄目だったかも」
倒れたリルフェンを見下ろしながら、そんな事を思う。それこそ、手足の腱でも切って、動けなくしてやればよかったかも知れない。
……まあ、魔法少女の膂力では、そう無理に何度も振るったら、包丁のほうが壊れてしまうか。実際、使った包丁は柄の所にヒビが入ってしまっている。
まりりんの肉体的なスペックは、魔法少女としては平均より少し下程度なので、こうやって姿をくらまして、一撃で魔法少女を確実に暗殺するためには武器が要る。素手で身体を貫こうとして、相手の防御のほうが硬くて突き指など、シャレにもならない。
「…………」
「……何よ」
ぎゅっと、シルヴェストリが、血に濡れたまりりんの手を握ってきた。両手で包むようにして。
「やめときなさいよ、汚れるわよ」
「……茉莉菜、ちゃん」
「だから、今はミラクルまりり――」
「手、震えてる」
「――――――」
「ごめん、ごめんね、私の、せいで」
「……やめてよ、そういうの」
「でも」
「いいからやめてってば! 私はそんな良い奴じゃないの! 誰かのために人殺しなんて出来やしないわよ! ただ単にこいつがムカついたから! それだけ!」
こわばった声で、何とかそう叫ぶのが精一杯だった。癪なことに、握られた手の温かさはどうしようもないほど本物で、とても振り払おうなんて気にはなれなかった。
「………………ごめん」
たくさん考えてからの、ごめん、だった。反射的に、また言い返しそうになったが、その一言はきっと、シルヴェストリが心の底から絞り出したモノなのだろう。そう考えると、もうなんだか、何を言っても駄目な気がしてきた。
認めたくはないけど、口に出したくもない。
「……リルフェン、だっけ。拍子抜けだったわね」
だから、強引に話題を変えた。シルヴェストリも、それに応じてくれた。
「うん……でも、どんな魔法、だったんだろう」
「さあ、どっちにしてももう関係ないし――とりあえず、ここからは出ましょ。結構騒いじゃったし、魔物が来るかも」
「うん……わかった」
「先に出て見張ってて、私、包丁回収していくから」
「え……も、もっていくの……」
「行くの。見たい? 血がドバっと出る所」
「……見たくない、わかった、外で、ゴーレムさん、作ってる」
「足が速いのにしてよね」
シルヴェストリは出入り口に、ミラクルまりりんは、リルフェンの死体に近づいた。
本当はこんなもの、再利用もしたくないが、何が起こるかわからない現状では、武器の確保は重要だ。コンビニは品揃えはいいが品数と在庫がない。包丁も果物ナイフも一本ずつしか店舗に並んでいなかった。利用者のことをもっと考えてほしいものだ。日に包丁を求める人が二人来たらどうするつもりなのか。
馬鹿なことを考えて、にじみ出る後悔を押さえ込みながら、自分が突き刺した、もう出血の止まった傷口を見て、はぁ、と息が漏れる。
「…………私、人を殺したんだなあ」
盗みぐらいはしたけれど、流石にそこまでの悪事は、働いたことがない。
「……けど、あんたが悪いんだからね。いきなり襲ってくるから、恨まないでよ」
「ええよぉ、別に気にしてへんから」
死体から、返事が帰ってきた。
同時に、ひゅぱ、と風切音が鳴った。
「――――ぎゃっ」
その一瞬で、右腕と脇腹に、猛烈な熱を感じる。焼けているような、裂けているような、続いて、血の感触がした。とぷとぷと溢れ出るぐらい、深く切られた。
「な……え……!?」
「油断したらあかんよぉ。魔法少女を殺したら、ちゃんとしっかり見とかなあかんて。元の姿に戻ってへんやろ? あぁ、それとも、殺したこと、ないん?」
ゆっくりと、リルフェンが立ち上がった。右手から伸びた、鋭い爪の先端から滴る血は、今まさに切り裂かれた、ミラクルまりりんのモノだ。
「どうして、生きてんのよ……背中、ぶっ刺されて……!」
「あぁ、そない、阿呆なこと言わんといてな。秘密はあるよ? けど、それ、言うと思うん? 言わへんなあ……あぁ、でも痛かったのは確かやで。せやから、ウチ、今とぉってもお返ししたい気分やねんけど」
力が入らない、血が流れ続けている。起き上がって、逃げなければ。魔法を使えば、まだミラクルまりりんは逃げられる――――
「あぁ、あぁ、あかんて」
そう思い、魔法を発動しようとした瞬間、振るわれた爪が、ミラクルまりりんの右目を斬り裂いた。
「あああああああああああああああああああああああっ!」
◆シルヴェストリ
水を石畳に溢し、軽量型のゴーレムを三体、創り出した。走れもするし、斥候にもなる、忠実な兵士達。うんうん、と満足気に頷く。
外に出てから、作業を終えるまで、三十秒もかからなかった。
それなのに、振り返って、まりりんを呼ぼうとしたら、立ち上がったリルフェンの後ろ姿が、目に入った。
「――――茉莉菜ちゃんっ!?」
血を流している。怪我をしている。すぐに治さなくちゃ。
だが、それより早く、ミラクルまりりんの姿が消失した。魔法を使ったのだ。もう誰も、彼女を知覚することが出来ない。
リルフェンは、少し考え込んだ後、くる、とこっちを振り返った。目が合う、にたっと嘲笑う。嘲笑う。嘲笑う。
「――――皆っ!」
ゴーレム達に指示を与えた。リルフェンを倒せば、まりりんは姿を現せる。そうすれば、治療を施せる。ここで、リルフェンを倒し切るしか無い。
だが、自動ドアをぶち破って、店内に入ったゴーレムたちは、リルフェンが一回手を振るっただけで、バラバラになってしまった。
「あんた……阿呆やなぁ、どない魔法か知らへんけど、自分よりよわっちぃモンけしかけて、どないするの」
「う……っ」
魔法少女の身体能力は、常人のそれを遥かに上回る。
リルフェンの爪は、たしかに鋭く、恐ろしい武器だ。だが、それは魔法少女固有の魔法ではなく、単なる身体部位の特徴であって、それを振るっているに過ぎない。
石を切り裂けるリルフェンの爪が特別なのではない。石など、魔法少女の前では何の障害にもならないというだけの話なのだ。
「ううう……っ」
なんで生きてるんだ、と口に出しかけて、シルヴェストリはその感覚を捉えた。
シルヴェストリは、生命を使う魔法少女だ。それ故か、『この人は助かる』とか、『これを治すにはこれぐらい生命を使う』といった、『生命の数量』が、感覚でだが、理解できる。
今、目の前にいるリルフェンからは、常人とは比較にならない、生命の気配を感じる。
ゲームで言うならば、体力のゲージが何本もあるような、そんなイメージだ。
狼狽するシルヴェストリを見て、リルフェンはすんすん、と鼻を鳴らし、そして、とつまらなそうな、落胆の息を溢した。
「顔にでとるなあ、匂いを嗅ぐまでもない、隠し玉もないんねえ。砕けた石が一つに集まって奇襲してくる、とか、警戒してたウチが阿呆みたいやないの」
「う、あ……」
明確な敵意と、明確な殺意を抱いた者が、自分を傷つけに――殺しに向かってくる。
所詮、ただの女子高生で、市政の魔法少女だったシルヴェストリに、そんな経験なんてなかった。
ミラクルまりりんは、どれだけの決意を持って、敵を殺そうとしたのだろう。
シルヴェストリは、それだけの決意を持って、戦うことなんて出来やしない。
だって、考えて、考えて、何とかしないといけないのに。
ミラクルまりりんを助けないと行けないのに。
ここで死ぬわけにはいかないのに。
こんなに手が震えて、こんなに足が震えて、こんなに体が動かなくて、こんなに怖い。
「あんた、そんなに自分は
が、っと、ばらばらになったゴーレムの首を蹴り飛ばす。ポップコーンが弾けるみたいに、ばらばらになって、破片がシルヴェストリの頬に当たった。
「代わりにやってもらおうとするんねぇ」
着物の裾を引きずりながら、リルフェンが迫る。シルヴェストリとの距離はほんの僅かだ。水瓶で殴りかかるか、新たな下僕を作り出すか。それとも――ミラクルまりりんを。茉莉菜を捨てて、逃げるか。
「うううう――――!」
どうすればいいかわからない。詞読調は、ただの少女だ。ただ少し責任感が強くて、ただ少し正義感が強くて、ただ時々、魔法少女であるだけで、本質的には、何も出来ない、どこにでもいる女の子だ。
「た――――」
だから、命の危機に対して、命乞いをする、というのは、あまりに当然で、あまりにも平凡で、それ故に受け入れられることはない。
「あんた、つまらへんねえ、ええわ。あんたはいらへん」
『どうしていいかわからない』を抱え込んだまま、シルヴェストリに爪が振り下ろされた。
◆胡桃咲ラヴ
リップ・ロップが隠れているタワーマンションまでは、魔法少女の足で駆けて三十分と言った所か。
そもそも高級マンションを、個人で所有しているだけでも業腹なのに、それがあくまで隠れ家、セーフハウスの一つでしか無いなどという事実が、同じ魔法少女なのになぜこうも違うのか、という劣等感を容赦なく掻き立ててくれた。正直見捨てて帰ってしまいたいほどだ。
「それにしても……来る、ね」
更に、実際の道程はそうスムーズには進まなかった。建物の陰や、中から、少し進む度に、ゾロゾロと魔物がやってくる。
「ふあっ!」
体長二メートルを越える
戦闘向きではないが、腐っても魔法少女だ。大ぶりの一撃を間一髪避けた所で、背後からミノタウルスに駆け寄った愛死狂が、ちゅっ、と一瞬、その皮膚に口づけをした。
直後、全身がぴしりと凍りつく。微動だにしなくなったその体を、とんと押すと、重力に従い倒れて、ガシャンと割れて砕け散った。
「……臭い……」
そうつぶやいて、ぺ、ぺ、と口の中のものを吐き捨てる愛死狂。
彼女の魔法は『キスしたものを氷漬けにする』という、強いんだか弱いんだかよくわかんない魔法だな、などと思っていたのだが、いざ実際に戦う場面を目の当たりにすると、唇さえ触れてしまえば、タイムラグなしで一瞬で完全に凍結させ、砕くことが出来る。尤も、魔物にキスをしなければならない愛死狂は堪ったものではないようだが。
「ありがとうございます、愛死狂ちゃん」
「別に……仕事だし」
あーーーー可愛くねーーーー!
と、思わず叫んでしまいそうになったが、アイドルなので必死にこらえた。私はアイドルだからね、うん、子供相手に怒鳴ったり怒ったりなんてしないわけで、と自分に言い聞かせる。
そうやって、現れる魔物を何度かやり過ごすと、カツカツとヒールの音を立てて、前からプリマステラが戻ってきた。
「お待たせしました、クリアリングは終わりましたわ」
「あ、ど、どうも、お疲れ様です……」
結界の内側に入ってそうそう、『モンスターハウスだ!』と言わんばかりの魔物が押し寄せ、その対処に手間取ったため、現在はプリマステラが先行し、ルート上の敵を排除し、その後を胡桃咲ラヴ(とその護衛役に消去法でなった愛死狂)がついていく形になった。こちらも新たに発生した魔物に攻撃されはするが、前線に出ているプリマステラはその比ではないだろうに、衣装には汚れの一つもなく、身体には傷の一つもなく、呼吸一つ乱さずに、ピンピンとしていた。
先に行けば、プリマステラが葬った魔物たちの死体が、サラサラと塵に変わっていく姿が見えるので、彼女が戦い、これらを仕留めているのは間違いないのだが。
「しかし、随分とまあ数が多いですわね、どこから湧いてくるんだか。魔法の国から流れ込んできてるんですの?」
「……違う、と思う」
「あら、どうしてですの?」
「魔法の国で……こんな魔物、見たこと、ないし。牛、こんなに大きくない……。なんだろ、ミノタウルスはミノタウルスでも、別のゲームのやつを見てる感じ……」
「ドラクエとエフエフではスライムのビジュアルが違う、みたいな感じですの?」
「うん、それ……そんな感じ。モチーフは一緒で、デザインが違う……的な」
「新種、ってことなんですかね」
二人の会話が、こう、すごく上の次元の魔法少女トークな気がして、置いてけぼりを食らった気持ちになり、会話に交ざってみたのだが、愛死狂は『んー……』と言葉に困ったような反応をし、プリマステラは苦笑した。死にたくなった。
「で、でも、ほら、たしかに魔物の数は増えてますねっ、いつ出てきてもおかしくないっていうか!」
「というよりも、マンションに近づくに連れて分布の密度が増している気がしますわ」
「ラスボスのいるダンジョンの周りだと、エンカウント率が高い……みたい、な」
「そんな感じ、ですの」
「………………」
にじみ出る疎外感。確かに胡桃咲ラヴは非戦闘要員だ。結界の内外を行き来するタイミング以外では単なる足手まといだし、二人ほど修羅場をくぐっていないのもまあ認める、というか物理的に命をかけるような修羅場に駆り出されたのは正真正銘これが初めてだ。
だから話が合わないのも、テンポがつかめないのも、仕方ないではないか。胡桃咲ラヴはコミュニケーションを取ろうとしている、それを失敗した所で誰が責められよう。
「胡桃咲さん」
「………………」
「……胡桃咲さん?」
「……えっ! あっ、はいっ!?」
まさか、自分に会話を振られると思ってなかったので、若干思考に入り込んでしまっていた。その態度を咎めるように、プリマステラの目がすぅっと細くなる。怖い。
「しっかりしてくださいまし。あなたはこの場ではリーダーなんですから、ぼうっとされては困りますのよ」
「リ、リーダーって言っても……何も出来ませんし」
「リーダーの仕事はどんと構えて、判断を下すことですのよ。私達の指揮は、貴女がとるのでしょう?」
「そ、そうは言われても、【熾天使】の指示は、人をよこすから、その魔法少女たちとリップ・ロップを連れてくること、ってだけで、誰が来るかすら知らなかったんですよ!?」
「ですから、あなたが現状の最高権力者、ということですわよ。私は胡桃咲さんの指示に従うように言われてますもの」
「……私も」
(何で私なんだ! 知ったことか! そもそも! 私は! アイドルなのよ!)
その言葉を飲み込むのに、大分苦労した。プリマステラも、胡桃咲ラヴがこのシチュエーションで役に立つのは、魔法ぐらいのものだとわかっているはずなのに、どうしてもこうも何か役割を背負わせようとするのか。
「そんなこと言われたって……何かあった時に責任取らされるの、たまったものじゃないもん……」
「この状況では、何かあった時に責任の代わりに精算するのは、尊くも美しい儚い生命だと思いますわよ」
「じゃあ余計に私が指示出すわけに行かないじゃない! 私素人だもん! どうしろっていうのよ! あなた達のほうが場馴れしてるでしょう!」
「戦場で素人に求めるのは、基本的に一つですわよ」
プリマステラは、吼えた胡桃咲ラヴに対して、なお態度を崩さなかった。当たり前だと言わんばかりに、指を立てる。
「
「……何を?」
思わず、眉をひそめるなどという、アイドルとしては厳禁の表情をしてしまった。
「何でもかんでも、ですわ。なんで自分がこの仕事に選ばれたのか。なんで結界を越えたりするだけなら、D市の中に入る必要がないのに、実働隊に組み込まれたのか。気になりません? 自分がどういうふうに扱われているか」
「……………」
確かに、別に胡桃咲ラヴ自身が、わざわざ中に入らなくてもいいじゃん、とは思っていたが。
「それに、極端なことを言うなら、進むか退くかは胡桃咲さんに決めてもらわないといけないんですのよ。私達は結界の外に出られないんですから」
「ああ、それは確かに、そうですね……」
仕事を放り出して逃げる、という選択肢をそもそも考えてはいなかったが、仮にそれをするなら、胡桃咲ラヴの魔法がなければ不可能だ。それを踏まえるなら、ある意味、プリマステラと愛死狂の生命を握っているのは胡桃咲ラヴとも言える。
「だから、私は、あなたを守るよ」
愛死狂が、くいくいと、胡桃咲ラヴのスカートの裾を引っ張りながら言った。
「……はぁ、わかりました。わかりました、すいません、もう油断はしません。なるべく早く、なるべく安全に、なるべくさっさとリップ・ロップさんを救出しましょう。お部屋の中に大きな輪っかでもあれば、隣のビルとかから部屋を覗き込めさえすれば、すぐに移動できるんですけどね」
「その魔法も、大分便利ですわよね、私、使い勝手が悪くて」
「右に同じく……」
「いや、私のもそんなよくないんですけど……」
「そうですの? フラフープ二つ用意して、一個思い切り上に投げて、もう一個を相手に通せればそのまま落下死させられますわよ」
「………………」
どんなえげつない使い方を思いつくんだ、この女。
流石に口には出さなかった。出せなかった。胡桃咲ラヴは、リスクを恐れる性格で、無制限に命知らずではないのだ。
「でも、どこからでも帰れるように、フラフープそのものはどこかで調達したいですね……そこそこの大きさで輪っかならなんでも良いんですけ――――」
「動くな」
――不意に、頭からつま先までの全身に、くまなく針が突きつけられたような感覚が襲って、二秒後に、首筋にナイフをあてがわれていることに気づき、それが錯覚でもなんでもなく、自分の体がしっかりと自分の身体を防衛してくれた結果なのだと理解して、次いで大きな悲鳴を出さない事に成功した。
「――お前達は《
よく通る声が、耳元をくすぐるように響いた。この状況で凡人に出来るのは、お願いだから殺さないでくださいと願うことぐらいだ。
◆
白髪に羽飾り、褐色の肌に、矮躯に不釣合いな、凶悪な形状のナイフ。どう見ても魔法少女で、どう見てもカタギではない。その上自分達の所属まで知っているのだから、もう完全に敵である。加減も容赦も必要ない。
問題があるとすれば、仲間が拘束されていることだ。勿論、愛死狂ならば、人質ごとまとめて凍らせて砕くのは容易いが、それを行うのは自らの道理に反する。
愛死狂は、どれほど浅く、どれほど短い付き合いであろうとも、絶対に仲間を見捨てない、と決めている。
つまりとるべき行動は、人質を助け、敵の持っている情報を手に入れて、そして倒す、この三つだ。なるほどなかなか難しい。全く顔に出さずに、愛死狂は悩んでいる。
「そういうあなたはどちら様ですの? 少なくとも、話し合い、という態度では無いと思いますけれど」
「ふん」
褐色の魔法少女は、プリマステラのその問いかけを鼻で笑い飛ばした。
「私を知らない時点で、木っ端の下っ端か。時間を無駄にしたな」
「……
プリマステラは知らないだろう、新顔だからだ。
愛死狂は知っている。古参だからだ。
「お知り合いですの?」
「サークルの裏切り者、指名手配みたいな」
「感じですか」
「そう」
そして、愛死狂は仲間を殺した者を許さない。
「《
《
愛死狂がそんな若干きな臭い《
そして《
その際、何名もの魔法少女が死に、幾つかのアイテムを奪われ、そして今も敵対関係が続いている。
《
「この
「――有名な方ですの?」
「戦闘とか、殺戮の方面で。油断しないほうが良い。強い」
「ああ、その通りだ。何せ、私の魔法は取り返しという奴がつかないんでね」
「ひっ」
ナイフをちらり、と蠢かせる。その刃の輝きと鋭さは、魔法少女の武器らしい凶悪さがにじみ出ている。胡桃咲ラヴの皮膚を裂くのは、容易いだろう。
「質問に答え、命令に従うだけでいい。お前達が《
ここで『はい』と頷くのも馬鹿げた話だが、しかし何かしら返答を間違えると、胡桃咲ラヴが死ぬ。闇影切子からしてみれば、人質をとったのは、とりあえず会話をするためなのだろうが、身の保証と引き換えに握っている生命でもない。別段、戦闘になる事そのものを問題だと思っているようには思えない。
愛死狂が返答を一瞬躊躇した間に、プリマステラが前に出た。あっ、と思って、止めようとしても、遅かった。
「ご丁寧にありがとうございますわ、つまりあなた
ひらひらと、虫でも追い払うように手を振る。風体と相まって、恐ろしいほど様になっていた。相手を侮辱する様子が、という意味でだが。
「私は、質問に答えろ、と言ったぞ」
「今の返答から意図を読み取れない方が斥候な辺り、組織の質は知れてますわね」
さすがの愛死狂も、目を見開いた。プリマステラが行っているのは、明らかな挑発だ。人質を殺せと言っているようなものだ。
もとより救出は難しい状態ではあるが、だからといって躊躇なく見殺しにするのはどうなのだ、と、言ってやりたかったが、敵の目の前で言い争いをする事こそ馬鹿げている。
「――わかった、お前と会話しても時間の無駄だ。言葉を選ばなかった事を悔いて死ね」
「同感ですわ。では、そのように」
宣言と同時、プリマステラが闇影切子めがけて蹴りかかった。場馴れした愛死狂を以てして、予備動作を読み取れないほど洗練された動作で、流れるように襲い掛かった。
「は……っ!」
対して闇影切子は、人質となった胡桃咲ラヴを壁にするように突き出そうとした。
出そうとして、出来なかった。
「――――は?」
そこで初めて、
既に胡桃咲ラヴは、闇影切子の手の中に居なかった。いつの間にか拘束から抜け出して、慌てふためきながら、こちらへ戻って来る真っ最中だった。
壁もなければ、身を守るものもない。ダンスの誘いを受け入れるように、プリマステラの足先が闇影切子の顔面に吸い込まれた。
◆プリマステラ
プリマステラの魔法は『どんな時でも一番目立つよ』、という、自意識過剰の極みのような魔法だ。発動中は、誰であれ、視界内にプリマステラがいる限り、彼女を何よりも注目し、視線と注意を奪われる。
敵が人質を抱きかかえている、といった状況ですら、それは有効だ。プリマステラの言葉や行動に対して、相手は
そしてプリマステラとの会話や対応をしている間は、その他の物事は優先順位が下位になる。人質が手の中から抜ける感触よりも、プリマステラに向かい合う事が全てになる。
胡桃咲ラヴが、事前にプリマステラの魔法を知っていたのが幸いした。とはいえ、終始気が気ではなかっただろうが。
「ああああああっ! こ、怖、怖かったぁあああ!」
「ご無事で何より、ですの、お怪我は?」
「ちょっと首の所、チクって切れただけっ! って血が出てますよもうっ!」
「それは重畳……、つっ」
闇影切子を蹴り飛ばした右足が、小さな痛みに襲われた。白い足に、薄い赤い線が生まれ、つぅ、と血が滴った。
「……やってくれたな」
顔を抑えながら、闇影切子は立ち上がった。右手に構えたナイフに、わずかに赤い色が付着している。
「そちらこそ――鋭いですわね、そのナイフ」
プリマステラの魔法は、自分以外への注意を散漫にさせる代わりに、自分自身に対しては極度の集中をさせてしまう、という意味でもある。不意を打った攻撃にすら、反応し、反撃出来る程度には。
「くく、スコアは稼いだ。もうお前達は脅威じゃない」
そして――闇影切子はそれ以上、襲ってくる様子を見せなかった。むしろ、にやにやと笑いながら、ナイフを腰元の鞘に収めて、後退を始めた。
「――? 何を……」
「待て――待ってっ!」
対して、慌てたのが愛死狂だった。勢い良く駆け出し、闇影切子に突っ込んで行くが、既に逃走の姿勢に入った、身軽な魔法少女には追いつけなかった。
「ははははっ! じゃあな《
それだけ言い残して、さっと建物の陰に入ってしまった。プリマステラ達が角を曲がった時には、もう見えなくなっていた。
「…………ああ、くそう、どうしよう」
愛死狂が、動揺した様子で、プリマステラと、胡桃咲ラヴを見た。
「もしかして、毒か何かを仕込む相手でしたの?」
「だ、だったら大丈夫ですよ、持ってますよね、対毒アミュレット!」
そういって、胡桃咲ラヴが見せたのは、手首にまいた小さなビーズのリングだ。プリマステラと愛死狂も同じものをつけている。《|天使の祝福(エンゼルブレス)》からの支給品で、装備しているだけで毒耐性が付くという代物らしく、ここに来る前に渡されたものだ。
「毒だったら、マシだった。…………よく聞いて」
愛死狂は、申し訳なさそうに、プリマステラの足の切り傷と、胡桃咲ラヴの首の、ほんの小さな、しかし出血の伴う傷を見て、言った。
「その傷は、もう治らない」
「……どういう意味ですの?」
「それが、闇影切子の魔法なの。近くにいる相手の傷を、『治らない』状態にしちゃう魔法……それどころか、傷は、くっつかないまま、どんどん広がっていく。アイツに、かすり傷一つでもつけられたら、駄目だった」
プリマステラは、自分の右足を見た。赤い血が、少しずつ、とくとくと流れている。
胡桃咲ラヴは、首元を抑えていた手を見た。そこまでひどい出血ではないが、それでも、べったりと濡れて、その流れは止まらない。
「……対処法は? 距離の制限もないんですの?」
「ない。『自分がつけた傷』に一度魔法を発動させれば、後はどれだけ離れても、仮に闇影切子が死んだとしても、治らない」
「そうですか。……あの自信はそういうことですのね」
ほんの少し傷をつければ、それで勝ち。かすり傷一つが、致命傷。
魔法少女の耐久力は、人間のそれとは比較にならないが、だからといって血を流し続けたら死ぬ。
そして、塞がらない傷は、重力と代謝によって、どんどんと、亀裂が大きくなるように深くなっていく。
「え、じゃ、じゃあ、私、死んじゃうん、ですか?」
愛死狂は答えなかった。プリマステラも答えなかった。
慰める言葉も出てこない。近い将来、二人は出血多量で死ぬだろう。
◆デスクイーン57世
「朱姫ちゃん、暑くない?」
「だいじょうぶ」
「そっか、うん、よかった」
八月に入ったばかり、陽は当然長く、太陽はまだまだ沈む気配がない。そしてデスクイーン57世のマントは分厚く大きい。幼い朱姫をぐるりと全身巻いてもなお余る。歩きづらそうだが、少女はそれをがっしり掴んで手放そうとしなかった。
デスクイーン57世としては気分が落ち着いたらそろそろ返してほしいなあ、別に寒くはないけど恥ずかしいんだよなあこの格好、幸い見てる人はのえるちゃんと朱姫ちゃんぐらいしかいないけどなあ、という半ば諦めの気持ちが胸中を支配していた。
しっかりと身体のラインに沿ったレオタード状のスーツに対して、腰元に備え付けられたフリルスカートはあまりに短い。少し歩くだけでひらひらと中身が見えるので、防御性能皆無なのだ。どうしても視線が気になってしまう、少なくとも自分が町中でこの格好をしている女性を見つけたらじっと見つめる。
「赤いから」
「……ん?」
「赤いから、好き……」
それがマントのことを示しているのだと気づき、デスクイーン57世は、はは……、と苦笑することしかできなかった。
「クイン先輩、とりあえず、朱姫ちゃんを安全な所に避難させないと」
のえるちゃんが(若干苛立っているように見えるが、これは恐らく周囲を警戒している為、神経が尖ってピリピリしているのだろう――それ以外の理由が他にない)そう言うが。
「安全な場所って言っても、魔物はそこいらから出てくるし……」
先程から街をうろついているだけでも、建物の中からひょっこり顔を出す
幸い、このサイズの魔物ならば、出て来る側からのえるちゃんが引き金を引けばそれで事足りるので、障害にはなっていなかった。
「私達と一緒に居たほうが、当面は安全なんじゃない? 対策は考えないとだけど」
実際、朱姫はマントにくるまりながら、デスクイーン57世の側に張り付いて離れない。そこはかとなく離れようとしても、てちてちと付いてくるので、懐かれたのかもしれない。
「何で人が石になったのか、何で魔物がでてきたのか、誰の仕業なのか……」
「うーん、いっそ、ボスキャラでも居ればいいんですけど」
「ゲームだったらそれでいいんだけどね……」
倒せば一発で解決するような原因としてのボス、現実に居てくれれば大変都合が良いが、そう甘くはないだろう。被害の規模も、まだ確認できていないのだ、もしかしたら日本中、世界中という可能性も有り得る。テレビが映ってくれればよいのだが……と思った所で。
「いいや、その発想は正しい」
そう、声をかけられた。
「文字通りゲームさ、敵がいる、ボスがいる。そして黒幕がいる」
「だ、誰ですか!? どこですか!?」
のえるちゃんが銃を周囲に向けながら、きょろきょろと見回す。デスクイーン57世は、朱姫を背後にかばい、杖を構えた。
「上だよ、上。よく見るべきだ。視野がせまいのはよくないな」
言われた通り、上を見た。若者向けのブティックの看板の上に、その魔法少女は――――病的に白い肌と、鈍い光を湛えた赤い瞳と、腰から生えるコウモリの翼は、そうでしかありえない――――足を組んで座っていた。
二人の魔法少女と一人の童女を、優雅に見下ろし、くす、と笑う。
「やあ、はじめまして、私はユーコ、君たちと同じ魔法少女であり、この件の黒幕を知る者だ」
漆黒のナイトドレスに身を包んだ魔法少女は、大きな赤いリボンのついたボンネットを揺らし、眼下で戸惑う魔法少女達を見下ろしながら言った。
「君たちが知りたいことを、私が教えてあげよう。その物騒な武器を下ろしてくれたまえよ、見ての通り細腕でね。荒事は苦手なのだ」
無論、魔法少女の外見など、何のあてにもならない。本当に非力なタイプなのかもしれないが、それは知る方法がないことだ。
「……ええと、ユーコさん?」
「ユーコでいいよ、敬称は苦手だ。お互いの関係性が歪む」
「…………」
絶妙に言動が意識高いな……とか、何でこいつこんなに偉そうなんだろう、という言葉が体の内側からこみ上げてきたが、それはなかったことにした。
「の、のえるちゃんって言います、こっちは、デスクイーン57世先輩です!」
フル魔法少女ネームで他者から紹介されるほど、恥ずかしいものは無い。やめてほしかった。幸い、ユーコはデスクイーン57世の名前を聞いても特別リアクションを返さなかった。世の中にはもっと変わった名前の魔法少女がいるのかもしれない。あの
「関係性がどうこう言うなら、見下ろすのはやめてほしいんだけど」
とりあえず、誤魔化すように、そんなことを口にした。
「それはすまない、ごもっともだ。だが、私も安心できる要素が欲しくてね」
「安心?」
「ああ、そうだ、安心だ。この街には私の敵がいる、君たちがそうでないと思って話し掛けてはみたのだが、完全なる保証はない。よって、いくつか質問に答えてほしい。勿論、私も君たちの質問に答えよう。それが終わった時、初めて私は安心出来る。どうだろうか?」
喋り方がいちいちまだるっこしいなこいつ。
デスクイーン57世の脳みその内側から若干イライラがこみ上げてきたが、なんとか堪えた。
「ていっても、こっちは知ってる事皆無で、知りたい事は多すぎる状態なんだけど」
「何、手間は取らせないよ。最初に、ただひとつの問いに答えてくれればいい――君たちは、《
「……新しいチョコボールのおまけか何か?」
全く聞いたことのないワードだった。むしろそれ自体がゲームのアイテムか何かみたいな名前だ。
「のえるちゃん、知ってる?」
「いえ、何でしょう、花の品種とか、香水の名前とか?」
首を傾げて考えるのえるちゃんの、その発想が既に女子っぽい。
「何で香水?」
「いえ、
「
ぴたりとのえるちゃんの動きが止まり、次いでかぁっと頬が紅潮し、ユーコの視線から逃れるように、さっとデスクイーン57世の背中に隠れてしまった。都合、朱姫とのえるちゃん、二人を背負って向き合う羽目になった。なんだこれは。
「朱姫ちゃんは知ってる?」
一応聞いてみたが、朱姫はぶんぶんと首を横に振るだけだった。
「……よくわかんないみたい!」
「そ、そうかい」
若干狼狽というか、引いているようには見えたが、答えそのものには納得したらしく、ユーコの表情は穏やかなものになった。ふふ、と小さく笑い。
「ならば問題はないな――良いだろう、次は私が君たちの質問に答えよう」
そして降りてこないまま、今度はこちらに促してきた。
「じゃあ、率直に聞くけど、これはどういう事態な訳?」
「その答えは一つだ、これは、一人の魔法少女の仕業なのだよ」
「……魔法少女、一人? これが?」
石化した人々、魔法少女とも交戦できる街中を蹂躙するように溢れ出る魔物、これら全てがたったひとりの仕業なのだとしたら。
「そう、魔法少女リップ・ロップ。この世界にありえざるモノを呼び込む、空想を現実に変えてしまう、恐るべき魔法の使い手さ」
歌で心を癒やすなんてものが、ちっぽけに見えてしまうほど、強力で強大な魔法。
「リップ・ロップ……のえるちゃん、知ってる?」
「いえ、聞いたことないです……この街に居る魔法少女って、私達を入れても五人のはずですし」
「だが、現実として世界は改変され、そして侵食されようとしている訳だよ、今はまだこの街の中で済んでいるがね、時間が経てばより範囲は広がるだろう。日本中、世界中が魔物の跳梁跋扈するファンタジーな世界になるわけだ」
「じゃあ、そのリップ・ロップって魔法少女を止められれば、全部元に戻るんですか?」
「恐らくは、だがね。私はこれからリップ・ロップを確保しに行くつもりだ。だが、如何せん敵の数は多く、強大だ。故に協力者を探している。正義感に溢れ、現状に義憤を抱く、強い魔法少女を。私と志を同じくする同志を、だ」
そこでようやく、ユーコが腰を上げた。腰の翼を広げて、緩やかに、ふわりと落下して、デスクイーン57世の前に立った。
「私に力を貸してくれないだろうか? 街を守り、世界を守り、そして何より人を守るために。一人の力ではかなわない。みんなの力が必要なのだよ」
実際の眼前に立たれると、デスクイーン57世よりも遥かに小さい、どころか、のえるちゃんの首元に、頭が来るぐらいの身長だった。
「クイン先輩、ど、どうしましょう」
のえるちゃんが、耳元でぼそっと囁く。その距離の近さと声の甘さに、一瞬ぞくっとしたが、それを押さえ込む強靭な精神力がデスクイーン57世にはあった。だが不意打ちはやめてほしい。
「…………」
「怖いかい? ああ、理解は出来るとも。これから向かうのは戦場だからね。生命を賭けた戦いになるかもしれない、怖ろしくないわけがない」
ユーコは笑みを崩さない。右手を差し出し、それを取れ、と促してくる。
「だが、戦うことは必要だ――居場所を取り戻すためには。君たちの家族は、友人は、誰が取り戻すというのだね?」
「……私は、家族は居ません」
言葉に返したのは、のえるちゃんだ。
「けど……今、石になっている人たちは、誰かの家族なんですよね……帰りを待ってる人が、ちゃんといるんですよね、だったら、私、助けてあげたいです、クイン先輩」
のえるちゃんに家族が居ない、という話を、今、この場で初めて聞いた。魔法少女同士の私生活は、話さないように、と言われていたからだ。
「友達だって、居ます。この魔法だって、魔法少女には何の役に立たないと思ってました、でも、今なら、使えます、戦えます、だったら、私っ」
「のえるちゃん」
デスクイーン57世は振り返った。のえるちゃんの、必死に何かを自分に言い聞かせているような顔が目に入った。小さな頭に手が伸びかけて、ふっと笑って、やめた。
「私も、こんな事態、放置してなんていられない。何とかしなきゃって思うよ」
「クイン先輩……」
「正直、ユーコの事はまだあんまり信用できないけど、手を組める魔法少女が居る、っていうのは良いことだと思う。何も知らない、何も出来ない状態よりはよっぽどだ」
「では、お互い、協力出来る、ということでいいのかな?」
ユーコが、右手を伸ばしてきた。それに応じようと、『うん、宜しく』と言おうとして。
「……だめ」
だが、それを遮ったのは、もっともっと、小さな力だった。
デスクイーン57世のスカートの裾を、くい、と引っ張る、幼い手。
赤緋朱姫が、涙を湛えた瞳を、向けていた。
そして、ユーコをしっかりと見据えて、首を横に振った。
「そのひとは、だめ……わたし、嫌い……」
◆のえるちゃん
朱姫が言葉を溢した瞬間、二つの動きがあった。
一つは、ユーコが、のばした手をデスクイーン57世の心臓めがけて突き出す動き。
そしてもう一つは、それを足で弾き飛ばし、返す刀で獲物の杖を一閃させたデスクイーン57世の動きだった。
「クイン先輩っ!?」
見えただけで、反応はできなかったのえるちゃんと違い、ユーコはその攻撃を見切っていたようだった。
見事な宙返りで距離を開け、腰の翼を大きく広げて、空中に浮いていた。羽ばたいたりする必要は特に無く、翼がついている、というその事実だけで、飛べるらしい。
「子供がこう言ってるんで、その話は無かったことにして貰う」
「――ほう? 随分と浅はかな理由だね」
ユーコは笑っていた。笑っているが、怒っていた。視線は、のえるちゃんの背後にいる赤緋朱姫に突き刺さり、病的に白い美麗な顔は、ぴくぴくと少しだけ震えていた。
「失念していたよ、この場所では魔法少女以外は動けないはずなんだがね。ビクビク怯えて縮こまっているから、例外でも居たのかと思った。お前も魔法少女というわけか、別に二心があったわけではないのだが、仕方ない」
はっとして、朱姫を見る。小さく震えながら、マントをギュッと抱きしめて、涙をにじませて、縋るように、デスクイーン57世とのえるちゃんを見つめている。
言われてみれば、確かにそうだ、だが、この震え方とこの怯え方で、何かできるとは思えない。させられない。
「さっきの話は、口から出まかせって事か」
杖を突きつけたまま言うデスクイーン57世に、ユーコはいやいや、と首を振る。
「事実さ。この現状を創り出したのはリップ・ロップだ。目的は自衛だろうがね」
「――何?」
「リップ・ロップは、とある二つの組織に所属していたのだよ、内通し、情報を交換していた。スパイというやつさ」
くつくつ、と喉を鳴らして、おかしそうに嘲笑うユーコ。だが、その言動の端々からは、紛れもない怒りがにじみ出ている。
「だがまぁ、綺麗に裏切ってくれてね。二重スパイどころの騒ぎじゃない、元々所属している組織と、スパイを働いていた組織、両方を裏切っていたんだよ、双方に偽の情報を流し、それは多大な被害がでたものさ」
「……その片方が《
「その通り、察しが良いね。だからリップ・ロップには責任を取ってもらわなければならないのさ。なんとしてもね」
「……で、
デスクイーン57世の声に、のえるちゃんが聞いたことのない声色が混ざった。ぎり、と手にした杖がきしむ音が、聞こえる。
「まさか人間を石にするとは思わなかったよ、たしかにこれなら、暴れても壊れないものな。こちらが人質に取る前に、対策を打ってきたということだよ」
「……じゃ、じゃあ、こういうことですか? リップ・ロップ……さんは、
「だろうね」
対する返答は、なんとも簡素なものだった。現状に対する責任だとか、それに伴う被害だとか、そういうものに対する感情は、一切感じられない。
「――――だったら簡単だ」
一歩、デスクイーン57世が前に出た。
「お前をぶっ倒せば、もうこんなことする必要もなくなるよな」
「なるほど、確かに。正論だ。私がボスキャラと言えなくもないか」
クク、と喉を鳴らし、ユーコは死の女王を見下しながら告げる。
「だが、大前提としてだね、君達は私に勝つことなど、出来ないんだよ、ひよっこ共」
五指を立てて、翼をより大きく広げて、ユーコが突っ込んできた。