魔法少女育成計画 -Deicide Side-   作:天都ダム∈(・ω・)∋

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*** 第四章 君臨する以上は暴君たる必要がある ***

 

◆ミラクルまりりん

 

 思考は一つのことだけを考えていた。魔法少女を殺す。一人でも数を減らす。それが自分の役割であり、それ以外の事を考える必要はない。

 

 片手に持った包丁が、確かに人を刺殺出来るモノであると確認してから、指示通りの場所へと向かう。リルフェンが『このあたりに魔法少女が固まっている』と言っていた。ならばそれが正解に違いない。

 

 魔法を発動しながら、タワーマンションヘ続く道を、駆け抜けて、見つけた。

 お姫さまのようなドレスを着込んだ、金の縦ロールの魔法少女だ。名前は知らない。見たこともない。だが、殺すだけなら何の問題もない。

 

 どれだけ足音を立てても、たとえ眼前にいたとしても、ミラクルまりりんの魔法は誰にも気づかれることはない。突き刺した瞬間に姿は露見するが、またすぐに消えてしまえばいい。

 

「………………」

 

 一突き。刃が胸骨を抜けて、心臓を突き刺して、破いて、破壊した。

 気づかれた瞬間には、もう終了している。それがミラクルまりりんの、絶対の暗殺能力――――

 

「ご、げっ!?」

 

 その瞬間、腹部に鋭い痛みが走り、自分が蹴り飛ばされたことを理解した。

 

 

 

◆プリマステラ

 

 心臓を突き刺されると滅茶苦茶痛い。誰に言っても当たり前だと言われるが、実際に体験した人間は死ぬので、この痛みを記憶として維持出来る者はそう居ないだろう。

 

 蹴り返しながら、プリマステラは思った。二度とゴメンだ。

 尤も、二度目があるかどうかは怪しいもので、既に全身から力が抜けて、視界が暗くなり始めていた。

 

「プリマステラ、さんっ!」

 

 ばしゃっ、と勢い良く、冷水が身体にぶちまけられた、瞬間、消えかけていた、というか、感じることができなかった痛みが戻ってきて、すぐにそれも収まった。

 

「はぁ――――心臓に悪いというか、心臓が痛いですわね、これは……っ!」

「だ、大丈夫ですかっ!?」

「物理的な痛み以外は平気ですわ、下がっててくださいまし!」

「う、ぐ、何、して……」

 

 やられたこちらも相当に痛いが、みぞおちに、よりによってプリマステラのピンヒールの先端をねじ込まれたミラクルまりりんも、相当に辛いはずだ。実際にやられた家族曰く、『内臓がないぞうって感じの痛み』らしい。いや、今のは無しだ。

 

 自分の胸に突き立っていた包丁を拾い上げて、放り投げて、蹴り砕く。ばらばらになった金属片がアスファルトの地面に落ちて、小気味良い音を鳴らした。

 

「終わりでしたら、引きずって連れて行きますけど、どういたしますの?」

 

 問いかけながら、もう終わりであってほしい、と思ったが、ミラクルまりりんは俄然、やるつもりのようで、怒りに目を迸らせながら、懐から新たな刃物を取り出した。やっぱり、武器を幾つか調達している。

 

「…………」

 

 姿が消えた、もう知覚できない。

 

(この場合、私だったら――――)

 

 心臓を貫いた相手が、それでも起き上がってきたのだから、次はどこをやるだろう。

 結論が出ると同時に、右の眼球に鋭い痛みが走った。

 

 その原因を調べたり、探ろうとしたりする暇はない。その一瞬、痛みという感覚が、神経を通ったその刹那に合わせて、蹴りを再度眼前に叩き込んだ。

 

「ぎゃ、あっ!」

 

「っ」

 

 ミラクルまりりんを、再度吹き飛ばした。

 今度は果物ナイフが、眼孔の中に深々と入り込んでいた。ほんの僅かでも蹴りが遅れれば、脳まで達して、再起不能になるところだった。声を抑えることが出来たのは、痛すぎて喉を震わせる余裕が無かっただけにすぎない。

 

「っぐ――――」

 

 ずる、とナイフを引き抜くと、即座に、再び水がかけられた。光を失ったはずの瞳に、ぐにゃぐにゃとした光が戻り、やがて元の景色を取り戻す。

 

「お、お前、何、まさ、か――」

「ええ、あなたは誰にも気づかれない、厄介な魔法少女らしいですので」

 

 プリマステラは、それでも痛みを感じる右目を抑えながら、不敵に笑ってみせた。

 

刺された瞬間を(、、、、、、、)攻撃すれば(、、、、、、)、確実にそこにいる、ということですわよね」

 

 

「つまり、私を攻撃してもらえばいいんですわ」

 

 プリマステラが、対ミラクルまりりん案として提案した戦術は、周りの魔法少女が顔色を真っ青にしてドン引きするモノだった。自分ではなかなか良いと思ったのだが、どうも経路が違うらしい。のえるちゃんは朱姫の耳を抑えて内容が聞こえないようにしていたほどだ。

 

「しょ、正気、ですか? 一歩間違えたら、その、絶対……」

「死にますわね。でも、死なない可能性もありますわ。こちらを全滅させられる程の魔法を持っている相手ですもの、ある程度リスクを取らないと仕方ないのではなくて?」

 

 プリマステラの魔法によって、ミラクルまりりんは攻撃の対象を、何がどうあってもプリマステラに(、、、、、、、)しなくてはならない(、、、、、、、、、)。だから最初に攻撃を受けるのはプリマステラだ、そして、刺されたその瞬間に、シルヴェストリが治療する。プリマステラが生きている限り、ミラクルまりりんの奇襲は、プリマステラにしか使えなくなる。

 

「勿論、即死級のダメージを治癒するわけですから、シルヴェストリさんの負担は大きいですけれども」

 

 生命を削る魔法だと知っていて、プリマステラはその提案をした。ミラクルまりりんを、生かして助けるためだ。

 シルヴェストリは、震えながらも、コクリと頷いた。

 

「私……まだ、まりりんに、言ってないことが、あるから」

 

 その瞳に宿る決意を、プリマステラは見た事がある。自分に、そして、家族に。

 

「私の生命、使ってください、プリマステラさん」

 

 こうして作戦は決定し、そして実行された。

 

 

 

 方向性としては、間違っていなかったらしい。何より難しいのは、プリマステラがミラクルまりりんを殺さないようにしなければならないという一点だ。

 痛みは耐えられる。死への恐怖など元からない。

 

 ただ、生命を失わせる訳にはいかない。

 血反吐をこぼしながら、再度獲物を構え、息を荒げながら姿を消したミラクルまりりん。

 次はどこを刺しにくるのか。プリマステラは、己の魔法をより一層強めた。

 

 

 

 

◆リルフェン

 

 敵の魔法少女の匂いが分散している。とりあえず、シルヴェストリの匂いがする方向に、ミラクルまりりんを向かわせた。操られた友達と戦うのはさぞ辛いだろうが、それはリルフェンの知ったことではない。ユーコの采配はリルフェンにとって常に正しい。

 残りは四人と一人の配分で分かれており、単独でいるのがフェスティ=バルだ。それぞれリップ・ロップのいるタワーマンションヘ向かっている。

 

「どうする? ユーコ、こちらも分かれるか?」

「ふむ、相手の方が絶対数が多いのもあるからね、先にリップ・ロップにたどり着かれたら本末転倒だ、各々、始末してくるとしよう」

 

 にやり、とリルフェンは笑った、それはよい。実に良い。ユーコは空を飛べる、闇影切子とリルフェンは、そもそも敏捷性に優れた魔法少女だ。追いつこうと思えば、すぐに行ける。

 

「ウチ、フェスティ=バルを仕留めたいんやけど」

 

 フェスティ=バルは、リルフェンを侮辱した。あの場で退いたのは、もし遭遇したら、絶対に逃げろ、とユーコから厳命されていたからだ。

 

「……いや、切子に任せよう。強弱ではなく、相性の問題だよ、リルフェン。そう睨まないでくれ、あとで埋め合わせはするから」

 

 主を睨む、というのは、上弦関係を理解しているペットのすべき事ではない。それは忠実ではない。しかし、どうしても感情が抑えきれないことがある。

 

「リルフェン、代わりに、おもちゃをあげよう。私は愛死狂を始末するから、残った魔法少女たちと、遊んでおいで」

 

 そんなリルフェンに、ユーコは叱らず、怒らず、代わりをくれる。まさに、理想の主人だ。

 

「フェスティ=バルとは、刺し違えていいんだろ?」

「ああ、ストック(、、、、)はまだいくつかあるだろう? 使い切らなければ良いさ」

 

 闇影切子も、リルフェンと同じように笑った。

 

「では、始めようか。邪魔者は始末し、リップ・ロップを手に入れる。あらゆる報いを、受けさせよう」

 

 ユーコが指を鳴らすと――――ずっとリルフェンたちの後ろに控えていた、ユーコの支配下にある魔物たちが、一斉に動き出した。

 

 

 

◆のえるちゃん

 

 真っ先に襲い掛かってくるであろうミラクルまりりんを迎え撃つために、プリマステラに殿を任せ、のえるちゃん達はタワーマンションへ向かう。ただし、フェスティ=バルは囮を兼ねて、別ルートで向かう事になっている。

 

 リルフェンがいる以上、こちらの動向は予測されているはずだから、一人はこっちでおびき寄せる、というのがフェスティ=バルの主張だった。誰も止めなかった。

 

そして、この戦いがリップ・ロップ争奪戦である以上、先に彼女のいる場所までたどり着いた方の勝ちだ。ならば、ゴールに向かえば、敵からやってくる、という理屈だ。

 

「君達は、なんで戦う?」

 

 走りながら、愛死狂が聞いてきた。のえるちゃんとデスクイーン57世は顔を見合わせた。

 

「わ、私は、この街の魔法少女ですからっ、街を守るのは当然ですっ!」

「けど、相手は殺人を厭わない。怖くない?」

「こ、怖いですけど――でも、私がやらなかったら、他の誰かがやることになるじゃないですか」

 

 そして、この場合の『他の誰か』は、決まっている、並走しながら、頬をかいて、デスクイーン57世は苦笑した。

 

「私だって、のえるちゃんと一緒じゃなきゃ、逃げてたと思うよ。のえるちゃんがいるから、守らなきゃって気になったんだ」

「え……」

 

 その言葉はどういう意味ですか。私をどう思ってるんですか。

 反射的に聞きそうになったが、流石に時と場合と場所の三要素全てがずれていて、言及することができなかった、代わりに愛死狂がくすっと微笑んだ。

 

「信頼関係、素敵だと思う、大事にして」

「は、はい、ありがとうございます」

「も、もぉーっ! なんだか、私、自分がすごい情けなく、うう……」

 

 戦闘系の魔法少女でないからか、胡桃咲ラヴが三人より僅かに遅れてついてきていたが、何やらダメージを受けているらしい。

 

「ラヴ、大丈夫、あなたは優しい娘だと思う」

「その慰め、今はどうなんですかね、本当に……」

 

 そうこうしている内に、とうとうマンションの入口が見えてきた。

 

「邪魔が入らないならちょうどいい、一気に――――」

 

 愛死狂が駆け出そうとして、即座に動作を中断する羽目になった。

 

「みぃつけたぁ」

 

 ハチミツを鍋で熱し続けて、焦げ付かせたような、甘さと苦さが混ざりあったような声。

 背後を振り向くと、狐耳の魔法少女が、両の手足で地面を蹴り上げ、駆けてくる姿が見えた。その影が、瞬き一つの間に速度を上げて、一番後列に居た胡桃咲ラヴに、斬りかかってきた。

 

 

 

 

◆デスクイーン57世

 

「危ないっ!」

「きゃあっ!」

 

 真っ先に対応したのはデスクイーン57世だった、とっさに胡桃咲ラヴを蹴り飛ばし、鋭い爪が空を切る。

 ちぃ、と舌打ちが聞こえる頃には、デスクイーン57世は杖を構え、リルフェンに対峙していた。

 

「いきなり来たな……加減しねえぞっ!」

 

 デスクイーン57世が先手を取り、杖の柄をしごき、全身の力の流れを連動させて、ァ、かまえて、引いて、突き出すの動作の間に、無数の加速を加えて、杖の先端ででリルフェンの頭めがけて突き出した。

 

「顔ね」

 

 その攻撃に、リルフェンは首を小さくかしげただけで、あっさりと避けた。

デスクイーン57世は突いた勢いのまま、杖の動きを横薙ぎに変化させた。

 

「横から来るねえ」

 

 だが、それを予測していたかの様にしゃがみ込み、またも杖が空振った。

 

「素直なんやねえ、心の匂いも、実直実直、ごまかしできへん子やねえ」

「っぶな!」

 

リルフェンが、掬い上げるようにして振るった爪を、間一髪、杖が受けとめた。金属同士がぶつかりあった様な音が鳴る。

 

「へえ、反射神経はええんやねえ」

 

 言いながらも、リルフェンの攻撃は止まらない。鋭く伸びた爪で、突き刺し、引き裂こうとする。攻撃のラインをなんとか読み取り、獲物を盾にすることで、なんとか防ぐ。この杖が魔法少女の武器でなかったら、とっくにただの金属片になっているだろう。

 

 デスクイーン57世の集中力と、持ち前の素早さが、リルフェンのそれに、かろうじて匹敵していたからこそ、凌げているが、すぐにその均衡は崩れる。浅く腕を切られ、頬に線が入り、スカートの裾の一部がちぎれこんだ。

 

(野生のキツネ、だったっけ! 速い――――)

 

 デスクイーン57世も、魔法を除けば、速度に傾注した魔法少女だ。

 でも、リルフェンのほうが速い。魔法少女の速度に、元より持ち合わせた獣の本能が、合わさって、少しずつ速度を凌駕し始めた。

 

「あははははっ! ええねええねえ! なんや、こない出来る子もおるんやないの!」

 

 リルフェンが、一度大きく飛び退いた。ようやく、止めていた呼吸が戻ってきた。

ここまでの攻防に、十秒も経過していない。

 

「――っ」

 

 愛死狂も、流石に、リルフェンの速さについていけない、まして、デスクイーン57世と切り結んでいる間は、自らの魔法を誤射しかねない。手も口も出せない。

 

「楽しいわぁ、皆、ウチの獲物や……」

 

 四足のまま、リルフェンは再度突撃の体勢を取り――――更に飛び退いた(、、、、、、、)

 理由は明白だ――弾丸が、向かってこようとしたリルフェンの眼前に放たれたからだ。

 

「クイン先輩、皆さん、先に行ってください!」

「のえるちゃん!?」

「相手は、先輩より速い魔法少女です! でも!」

 

 銃を構え、リルフェンに狙いをつけたまま、のえるちゃんは言った。

 

「弾丸よりは、遅いです。すぐに追いつきますから!」

 

 反射的にふざけるな、と言いかけて、のえるちゃんの瞳を見た。

 

「大丈夫です、私だってやれます。このまま皆で相手するなんて、相手の思うつぼじゃないですか」

 

 そこには、何かしらの覚悟を決めた、光があった。

 

「クイン先輩に任せてもらえたら、私、頑張れますから」

「……じゃあ、お願いしていい?」

「勿論です、でも、デートの続きは、したいです」

 

 はにかみながら、のえるちゃんは言った。デスクイーン57世は、こう答えるしかない。

 

「わかった…………任せたっ!」

 

 マントを翻し、デスクイーン57世は、のえるちゃんを置き去りにして、駆け出した。

 

 

 

 

◆のえるちゃん

 

 強がってしまった。言ってしまった。本当は一緒に戦ってほしかった。しかし、状況が状況だ。なるべく早く、誰かがリップ・ロップの元へ行かないといけない。ならば消去法で足の速い魔法少女が行くべきだし、それはデスクイーン57世だ。

 

「はぁ――――――」

 

 息を大きく吸い込んで、敵を見据える。

 リルフェンは、クルルル、と喉を鳴らしながら、のえるちゃんを注視していた。銃弾の軌道を見極めようとしているのか、少なくとも、弾丸より速く動けるわけではない、というのは確実なようだ。

 

「っ!」

 

 意を決して、引き金を引く。狙いは頭部、一撃必殺。

 果たして、弾丸は放たれた。だが――――リルフェンは、のえるちゃんが引き金を引く、そのコンマ一秒前に、動き出していた。

 

「あっ」

 

 弾丸は突き進み、そして外れた。

 のえるちゃんの『見えている所に確実に弾丸を命中させる』魔法は、『その場所を視認した状態で引き金をひく』必要がある。その条件を満たせば、どこへ逃げても、何があっても、標的に命中するまで追尾する。

 

 だが、リルフェンは、人差し指より早く動いて、のえるちゃんの視界の外に逃げた。『匂い』によって、のえるちゃんの緊張感や、警戒心といった感情の流れを読まれており――リルフェンは、のえるちゃんが攻撃するタイミングを完全に把握している事など、想像もできない。

 

「なるほど、ウチの動きに追いつけへんのね」

「!」

 

 いつの間に、と言ってしまいそうなほど、速い動きだった。弾丸を避けて、距離を開けたはずのリルフェンが、もう目の前に迫っている。

 

 銃口を向けて、弾を撃つ。その、わずか二つの動作が、間に合わない、こんなにも遅い。

 

 体の動きと同じように、視界もまた遅くなっていた。頭のなかでどんな化学反応が起きているのかは定かではないが、一つだけ言えることは、のえるちゃんが一人で、この状況から脱する術はない、という事実だ。

 

 爪が、のえるちゃんの胸に突き立てられる、その瞬間。

 

「あああああああああああああああっ!」

 

 横から飛び込んできた、胡桃咲ラヴの蹴りが、リルフェンの胴体に直撃した。

 

「く、胡桃咲さんっ!?」

「あああ当たった当たった当たった当たりましたよのえるちゃんっ!」

 

 そういえば、デスクイーン57世に蹴り飛ばされてから、姿を見ていなかった気がする、まさか、この場に残っていたとは思わなかった。

 

「とっさに身体が動いて、ああああっ! 来る来る来てます来ちゃうーっ!」

 

 不意打ちをうけたリルフェンだったが、さしてダメージもなさそうだった。パンパンと砂埃をはたきおとすと、獲物が二人に増えた喜びか、あるいは怒りなのか、牙をむき出しにて、にちゃりと笑った。

 

「っ、胡桃咲さん、あれ!」

 

 のえるちゃんが、それ(、、)を示したと同時に、リルフェンが襲い掛かった。

 

 

◆リルフェン

 

 瞬きの間に駆け抜けて、二人の首筋を掻っ切ったつもりだった。

 だが、手応えがない、血の匂いもしない。くんくんと鼻を鳴らすと、二つの匂いが遠くへと移動していた。

 

「――――? 逃げた?」

 

 もう一人の、桃色の髪の毛の魔法少女の仕業だろうか、と首を傾げた瞬間。

 匂いが一瞬で(、、、、、、)近くまで来た(、、、、、、、)

 

「は……?」

 

 今、リルフェンが立っている場所、二人が先程まで立っていた場所。

 道路のど真ん中、都会でなくても、ごくごく普通に存在しているモノ。

 足元にあるマンホールが光を放ち、その向こう側に、のえるちゃんと胡桃咲ラヴがいた。

 

 

 

◆胡桃咲ラヴ

 

 『輪っかを通してワープが出来る』、というのは、極論すると「円形で、平たければ、魔法によってワープゲートに変化させられる」という意味だ。マンホールは蓋がしてあるが、構造としては『輪っかの上に蓋が乗っている』だけだ。条件が成立するには十分だった。

 

 とはいえ、試してみるまでは成功するかわからなかったし、試して出来て物凄く驚いた。移動先も視界内でなくてはならないので、とりあえず、見える範囲で一番遠いマンホールにワープした。

 

 リルフェンが困惑している間に、再度ワープゲートを開く。ゲートが繋がった状態ならば、お互いの姿が視認出来る。

 

「――見えました(、、、、、)

 

 ダンッ、と銃声が響いた。ゲート越しに、弾丸がリルフェンの眉間に刺さり、そのまま後頭部を抜けていった。

 

「はぁ、はぁ……や、やりました?」

「……まだ、ユーコと一緒なら、これじゃ倒せない」

「えええええええあれで駄目なら不死身じゃないですかどうするんですか!?」

 

 視界に収まる範囲にしかワープできない、ということは、リルフェンも視界に収まる範囲にいる、という事だ。胡桃咲ラヴが、ちらりと横目で、倒れているはずのリルフェンを見ると、今まさに、起き上がろうとしている最中だった。

 

「っきゃーーーーーーーっ!」

「任せてください!」

 

 銃声が、再度鳴り響く。起き上がろうとするリルフェンの身体を、弾丸が容赦なく貫いていく、それでも、ぎりぎりと首を動かし、悪鬼もかくやという形相で、こちらを凝視している。

 

「なんでなんでなんで……なんで動けるんですか、あれぇっ!」

「キイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイ!」

 

 金切り声、あるいは、怒りの咆哮か。リルフェンが動き出した。のえるちゃんが撃つが、頭が砕けても、心臓を撃たれても、構わず向かってくる。

 

「胡桃咲さんっ!」

「は、はいはいはい!」

 

 一秒か、二秒に満たない時間で、リルフェンはもうすぐそこまで迫ってきていた。慌ててワープゲートを開き、今度は更に遠くのマンホールへ移動する。が。

 

「ギャフ、シャアアアアアアアアアアアアアアッ!」

 

 ゲートの出口、向こう側に。二人の逃げた、移動先に(、、、、)、リルフェンが居た。

 

 

◆リルフェン

 

 雑魚の分際で、許せない。頭を撃ち砕かれた痛みは、野生の獣の本能を思う存分呼び起こしてくれた、ワープが出来るとは想定外だったが、そこまで遠くにはいけないらしい。本気になったリルフェンの鼻は、ゲートが繋がった瞬間、変じた匂いを正確に捉えていた。

 

 ワープゲートがつながって、二つの地点が行き来出来るようになる、ということは、空間がつながって、空気や、塵のような細かいモノにも影響を及ぼす。その匂いの差異で、ゲートの移動先を特定し、先回りした。

 

 胡桃咲ラヴを押し倒し、肩に爪を食い込ませ、首を掴んで持ち上げて、のえるちゃんに向けて突き出した。

 

「あっ、いや、ああ、がはっ、げほっ! ぐっ!」

 

 痛みで叫ぶ胡桃咲ラヴ、その悲鳴が心地よい。だが、まだ気は収まらない。もっともっと痛めつけなくてはならない。勿論、あの銃使いもだ。四肢を引き裂いて内臓を引きずり出し、ずたずたにしてから食ってやる。

 

 おそらくは、見えてる場所に命中させる様な魔法なのだろう、だったら対策は簡単で、自分の姿を別の何かで遮ってやればいい、肉の盾だ。

 

 本当は首をへし折ってやりたいが、盾というのは生きていて初めて意味を成す。苦しそうにもがく魔法少女の顔を見ながら、リルフェンはのえるちゃんに距離を詰めるべく姿勢を変えた。

 

「う、ぐ、うう……」

 

 首を絞められながら、手の中の魔法少女が、片手を上げた。親指と人差指で、小さな輪っかを作って、リルフェンを睨むように凝視した。まだ動けることに腹がたって、より強く首を締め付けてやる。

 

敵の視界から隠れる以上、リルフェンからも視界は遮られるが、リルフェンには鼻がある。のえるちゃんがどこにいるか、目で見るよりも確かにわかる。

 

(――――?)

 

 正面、二百メートル先。リルフェンならば、一息で駆け抜けられる距離。間違いない。

 だが、のえるちゃんから、焦りや動揺、困惑と言った匂いがしない。追い詰められた、獲物が抱く、恐怖と怯えも感じ取れない。

 

「――――!」

 

 まさか、自分ごと撃たせるつもりか。

 その予想に対する返答と言わんばかりに、のえるちゃんが銃を構える気配がし、予想通りの弾丸が放たれた。

 

(馬鹿め! そもそも、こいつを貫いた弾丸ぐらいなら、ウチに致命傷なんて与えられへん!)

 

 ――リルフェンに失敗があったとすれば、何をさしおいても、まず胡桃咲ラヴを殺すべきだった。

 

 

 パンッ。

 

 

 

 正面から飛んできた弾丸(、、、、、、、、、、、)が、リルフェンの右の眼孔に突き刺さった。何かを疑問に思う前に、脳が吹き飛び、まともな思考機能が停止した。

 

(あれ、ウチ、まだ、平気、だって、ユーコから、貰って)

 

 混濁したそれらの意識は、更に放たれた弾丸によって、かき混ぜられて、砕け散った。

 

 

◆のえるちゃん

 

 しばらくの間、銃を突きつけてはみたものの、恐らく、もう蘇ってこないだろう、と思った。リルフェンは、頭が砕け散った、一匹の狐の死体になっていた。

 

「けほっ、かはっ、はぁ、は、はあ――ク、苦し……」

「大丈夫ですか、胡桃咲さん」

「だ、大丈夫じゃ、ないれひゅ……し、死ぬかと、おもっひゃ……」

 

 喉を潰す勢いで締め付けられていたのだから、それはそうだろう。

 

「……ありがとうございました、あそこから(、、、、、)なら、見えました(、、、、、)から」

「うう……」

 

 胡桃咲ラヴが作った指の輪っか。

 その向こう側には、微かにだが、リルフェンの顔が映っていた。

 魔法少女の視力は、その指の中を正確に捉えた。元々、のえるちゃんは狙撃が出来る魔法少女なので、視力が他の魔法少女より良かった、というのもあるのだろうが。

 

 見えているなら、弾丸は外れない。二百メートル先の、小さな指の輪っかに、寸分違わず飛び込んだ弾は、ワープゲートを通って、リルフェンに叩き込まれた。

 

「けど、驚きました……瞳もワープ(、、、、、)ゲートに出来る(、、、、、、、)んですね」

 

 輪っか状のものならば、なんでも魔法の対象になる。蓋の締まったマンホールが良いのなら、瞼という楕円だって良いはずだ。尤も、そんなゲートを通り抜けられるサイズのものなど、弾丸程度しかないだろうが。

 

指のゲートと、リルフェンの瞳に(、、、、、、、、)映った自分の瞼(、、、、、、、)でゲートを繋いで、視界を通した、だから、とりあえずこれは、作戦勝ちと言っても良いだろう。

 

「……でも、なんで蘇生したんでしょう、なんで……倒せたんでしょう」

 

 頭を撃ち抜かれても死ななかったリルフェンが、今は死んだ理由。

 のえるちゃんには、想像もつかなかった。

 

 

 

 

◆闇影切子

 

 殺人は日常だ。まして、闇影切子の魔法を有効利用しようとすれば、必然そうなる。だから、どんな仕事で誰を殺そうと、心が痛んだことはない。無関係でもなんでも、闇影切子の前に立つほうが悪い。

 

 まして、相手は魔法少女で、敵なのだ、いかに絶望させて殺すかが、吟味すべき案件だろう。

 

「あー、君が来ちゃったか。うーん、いや、いいか、ラッキーって思うことにするのだよ」

 

 肝心の獲物は、そんなぬるいことを言っている。一対一、フェスティ=バルは、途中で動きを止めて、闇影切子を待っていた。

 

「観念したのか? それともまさか、私とやる気か? それが死ぬのと同義だってこと、お前、ちゃんとわかってるか?」

「いやいや、私の仕事は、敵の戦力をこっちにひきつける事なのだね、君が来た時点で、半ば仕事はおしまいなのだよ、あとはロスタイムで、さくっとカットして皆と合流するのだね」

「理解が足りてないみたいで何よりだ、そんじゃ殺してやるよ」

 

 闇影切子の固有魔法は、『かすり傷でも致命傷になる』という、殺すためだけのものだ。

 直接この手でつける、という条件を満たせば、その傷は自然回復しなくなる。どんな小さな切り傷でも、血はコンコンと流れ続け、また塞がらない以上は広がり続ける。

 闇影切子と戦うということは、一切の負傷を許されない、ということだ。そして、魔法少女同士が切り結べる距離で戦う以上、そんなことは不可能だ。

 

「まあまあ落ち着くのだね、君、年齢はいくつ? 本名は?」

 

 何を言ってるんだ、こいつは――と思ったが、フェスティ=バルの魔法は知っている。質問に答えさせる、ただそれだけの、便利ではあるが、今この場では役に立たない代物だ。

 

「二十六歳、切妻(きりづま)葉苗(はなえ)、これで満足か?」

「じゃあ、スリーサイズを教えてくれる?」

「――は? 上から七十八、六十四、七十六……」

「出身地は? 誕生日は? 好きな食べ物は?」

 

 フェスティ=バルが、距離を詰めながら、問いかけてくる。構える前に、口から勝手に答えが吐き出される。

 

「青森県十和田市、八月六日、生ハムとアスパラガスを巻いた奴――――」

「八十八足す六十九は? 苦手なものは? 好きな芸能人は?」

 

 質問が来る、答えを体が勝手に返す。頭がその答えを出すための思考を始める。

 

「百五十な――がっ!」

 

 みぞおちに、あまりにあっさりと、フェスティ=バルの拳が突き刺さった。質問に答えること(、、、、、、、)に気を取られて(、、、、、、、)、反応できなかった。

肺から一気に空気が抜けて、臓腑を焼くような痛みが襲った。

 

「けほっ、ぐ、が、ひゃくごじゅ――うっ!」

「ほら、答えは? ちゃんと口に出してくれなきゃ、わからないのだけどね?」

 

 呼吸がしたい。一息でも吸えればいいのに、身体は質問への答えを吐き出そうとする。肺が引きつる。音を絞り出せない。だが、答えなくてはならない。質問に対する回答は、絶対だ。

 

「ヒューッ! ヒューッ! ヒューッ!」

 

 魔法少女は、人間よりも呼吸を必要としない、とは言え、限度がある。純粋な内臓の損傷と、窒息の危機、ただただ苦しい、という感覚だけが、頭から爪先までを走り、闇影切子を逃がさない。

 

 立っていられない、身体を丸め込んで、どうにか息を吸おうとして、わずかに酸素を取り込めても、すぐに回答と言う形で消費してしまう。

 

「君はさあ、勘違いしちゃってるのだね、自分では強いつもりなのかもしれないけれど」

 

 グキ、と、あまりに無造作に、体重をかけた踵によって、首を折られた。

 

「その魔法は、別に強くもないのだよ。いやあ? たしかに怖いよ? 怖いけれど、別に触っただけで死ぬわけじゃない。見ただけで死ぬわけでもない。後のことを考えなきゃ、魔法を使えない魔法少女と何ら変わらないのだよ」

 

 蘇生が始まる。闇影切子に蓄えられた生命のストックが、その体を再生させていく。チャンスだ、この間に――――

 ゴグッ、と鈍い音が響いた。再び頚椎がへし折られた音だった。

 

「あと、そのスキルもね。のえるちゃんも、最初からずうーっと、ひたすら頭を打ち続けりゃ良かったのだよ。ダメージを負っても再生するなら、再生させ続ければ、身動きは取れないんだからさ」

 

 たった一言。

 たった一言、フェスティ=バルに許しただけだった。

 それだけで、磨いた技術を振るうこと無く、自慢の魔法を使うこと無く、無抵抗を強制された。

 手元のナイフは、とっくにどこかに蹴り飛ばされて、消えていた。

 

「で、君はあと、何回殺せば死ぬのだね? 借り物の生命なんでしょう? そう長くは持たないのだよね?」

 

 知っている。こいつは、知っている。自分達の生命の仕組みを知っている。

 大した障害じゃないと思っていた。所詮、界隈に長くいるだけで、立ち回りが上手いだけの、ロートルだと、勝手に。

 

 殺し合いになれば、自分が負ける要素などどこにもないと、何故か思ってしまっていた。

 

「あ、あひょ、あほ、ひゃん、か――」

「あと三回、ね、じゃあ質問」

 

 頚椎を折られた。蘇生が始まる。

 

「助けてほしい?」

 

 頚椎が折られた。蘇生が始まる。

 

「た、たひゅけ」

 

 頚椎が折られた、蘇生が始まる。

 

「駄目」

 

 頚椎が折られた。もう蘇生できなかった。

 

 

 

 

 

◆愛死狂

 

 友達だった女の子を、氷漬けにした。

 怖かったからだ。恐ろしかったからだ。自分が死ぬのが、傷つくのが。

だから代わりになってもらった。

 

 今でも夢に見る。今でも思い出す。

 建物は壊れ、炎が街を焼き、大人も子供も男も女も犬も猫も鳥も虫も。

何もかもが死んでいく中で。

 

 災厄と最悪が生み出した地獄の中で、それでもなお、あの『真紅(ルージュ)』は壮絶に輝いていた。

 全ての死体の上に立ち、軍勢を統べて舞台に立つ。

 愛死狂は忘れない。何があっても忘れない。

 全てを記憶に刻み込んで――いつか償いが終わるその日まで、守るための魔法少女に、愛死狂はなると決めたのだ。

 

 

 

 

 よくもまあ、ここまでずらりと並べたものだ。

 タワーマンションの正面入口、その門の上に、ユーコが足を組んで座っていた。よくよく、人を見下ろすのが好きな奴だ。

 

「あ、あの……」

「何」

「気のせいじゃなければ、なんかすっげぇ数居ない……?」

 

 デスクイーン57世が言っているのは、そのユーコの足元で、眼前の獲物を引き裂き、食らってやろうと意気込み、命令が下るのを待っている、魔物たちの群れだった。

 

 サイクロプス、ミノタウルス、オーガ、オーク、ファンタジーにでてきそうな魔物のオンパレードだ。ご丁寧に大型で体力の多そうなやつが多い。軽く数えて二十匹はいる。

 

「私、あのサイクロプス、結構倒すの手間取ったっていうか、のえるちゃん居なかったら負けてた気が……」

「モテモテね、ユーコ。新しい彼氏? 似合わないけど」

「何、顔も質も悪いが、揃えばそれなりになるというものさ。折角だから相手をしてやってくれ給えよ、何、動けなくなるまででいい」

 

 ユーコがぱちん、と指を鳴らすと、魔物たちは、待ってましたと言わんばかりに声を上げて、一斉に向かってきた。

 

「くっそ……っ!」

 

 デスクイーン57世が杖をかまえた。立ち向かうつもりらしいが、流石に多勢に無勢だろう。

 

「前に出ないで」

 

 なので、愛死狂はそんなデスクイーン57世を、手で制した。

 

「い、いや、でも、どうすれば」

「平気」

 

 愛死狂は、そっと自分の唇に、両手の指をあてがった。全く不便だ。動作を介さなければ、魔法の一つも発動できない。

 

「『氷漬けの最下層(コキュートス・レプリカ)』」

 

 両手を使った投げキッス。

 勿論、可愛くキスマークが宙を飛ぶわけではない。だが、唇に触れた、空気中の水分が、一瞬で凍結する。

 

 どこからどこまで凍らせるかは、愛死狂の気分次第だ。とりあえず、今回は。

 

「――こんなもの」

 

 群れなす魔物たちは、物言わぬ氷像と化していた。愛死狂達に襲いかかろうとした姿勢のまま固まって、永遠に時間を止めた。

 

「…………」

 

 苛立った表情を隠さず、ユーコは、愛死狂の魔法の余波で、凍った自分の右腕をへし折った。むくむくと肉が再生し、新たな腕が生えてくる。何かの合成映像にすら見えるほど、気持ちの悪い速さだと動きだった。

 

「す、っげぇ……」

 

 絶体絶命の窮地を、文字通り一息で攻略した愛死狂に、デスクイーン57世は呆けて感嘆の声を漏らすしか無い。

 

「あまり、私の前にでないでね。広範囲に使うときは、基本的に相手を選べないから」

「――魔王塾にも出張していたか、知らなかったよ」

「ほんの少しの間だけ。魔王パムは、それでも色々教えてくれた」

 

 力を求め、戦いを求める魔法少女たちの集いに、死にものぐるいで参加し続け、愛死狂は『戦える』魔法少女になった。一人の戦士だ。

 

「は、外交部門の最終兵器も、今や物言わぬ屍だろうに」

「その屍が遺した、断片に、あなたは負ける」

「――良いだろう、相手をしてやるよ、愛死狂。かつてのように、敵同士に戻ろうじゃないか」

「元々、味方だった事なんてない。あなたは最初から、私の敵」

「ならば、考えを変えさせてやろう。――下僕にしてやる」

 

 翼を広げ、降下と同時に、ユーコが飛びかかってきた。

 

 カウンターで投げキッスを放つ。空気が直線状に凍っていく、ユーコは避けなかった。顔に命中し、凍りついて、砕けて、すぐにもとに戻る。

 

「やっぱり、直接じゃないと駄目か……」

 

 迎撃を諦めて、飛び退く。ユーコの拳が、先程まで愛死狂が居た場所に突き刺さる。その衝撃で、アスファルトがひび割れ、めくれあがり、余波でクレーターが生じ、破片が周囲に舞い散った。

 

「っ!」

 

 恐ろしい怪力だった。愛死狂の知っているユーコの腕力ではない。

 ユーコの魔法は『噛み付いた相手を支配する』、だ。それは昔からそうだった、知っている。だが、自己蘇生の超怪力、三つの魔法を持っているようにしか見えない。

 

「だったら!」

 

 デスクイーン57世が、ユーコが姿勢を戻す前に奇襲を仕掛けた。杖ごと身体を一回転させて、その勢いで石突の先端を眉間めがけて叩き込む。

 

「駄目、デスクイーン!」

 

 愛死狂は叫んだが、遅かった。

 パシンっ、と軽い音がした。魔法少女の力による、技術によって放たれた、物理的な破壊を伴う一撃が、ユーコの手の中に握られて、止まっていた。

 

「言っておくがね、初対面のときはあえて食らってやったのだと、教えてやろう。本来、この程度の攻撃など、受けようが避けようが変わらんのだよ」

「あっ」

 

 一瞬、デスクイーン57世の判断が遅れた。杖を、そのまま引きよせられて、手放すことを躊躇してしまった。

 結果、デスクイーン57世ごと、ユーコに向かって引き寄せられ、絵面だけ見れば、幼い少女が、姉に甘えるように、両腕でその体を抱きしめた。

 

「っ、離せよ! ぐっ」

「釣れないことをいうものだ、折角やっと手を取れたのにね」

 

 がぶり、と無造作に、ユーコはデスクイーン57世の腹を噛んだ。牙が入り込み、皮膚を突き破り、血管にまで達する。

 

「痛ったぁあああああっ!?」

「デスクイーン!」

 

 愛死狂は、攻撃をためらってしまった。今投げキッスをしても、デスクイーン57世事凍りついてしまう。

 噛みつきながら、どうやって喋っているのか、ユーコはそのままでも鮮明な声で、笑いながら告げた。

 

「品のない悲鳴だね、まあいい、すぐに私のものになる、おとなしく吸われたまえ」

 

 

 

◆デスクイーン57世

 

 腹が熱い。牙を突き立てられた所から、血液と引き換えに『何か』が流れ込んでくる。それは、体液だとか、そういうものではない、もっと、生き物の根幹になる、口で言い表せない『何か』だ。

 

 それが、入ってくる度に、頭にノイズを走らせる。頭が熱を持ち、思考が蕩けてゆく。

 

「~~~っ」

 

 気持ちがいい(、、、、、、)このままで居たい(、、、、、、、、)

 体中を未知のエネルギーが駆け抜けて、全身を克己させてゆく感覚。圧倒的な全能感、もっと浸りたい。もっと溺れたい。もっとほしい、もっともっと。

 体中をほとばしるエネルギー。牙を通じて与えられているのを、確かに感じる。

 

(簡単だ、私に従えば良い)

 

 ぬるっと、意識の隙間に入り込むように、その声は響いた。

 

(私が快楽を与えよう、私が役割を与えよう。私が楽園へ連れて行こう。私に従え。私のものになれ。私に尽くせ。私のために生きろ)

 

 想いや決意よりもはるか奥、自分自身を形成するモノに、その声は染み込んで、刻まれていく、己が己でなくなるほど揺れて、見える世界が変質しだす。

 そして。

 

 

 

◆ユーコ

 

 牙を通じて、ユーコの魔法が入り込む。もう間もなく、この魔法少女はユーコの従順な下僕となる。この時点で、愛死狂が、この魔法少女を巻き込んで攻撃してこないということは、人質としても十分機能するらしい。殺せるのならば、とっくにやっているはずだ。

 

「――――――い」

「ん?」

 

 腕の中で、びくん、と魔法少女が震えた。同時に、その唇から、音が溢れている。

 

「――夫、私は貴方の――決して離れ――抱きしめ――」

(……歌?)

「――寂し――は――涙が――なら、私は――――う」

 

 か細い歌声だが、それはたしかに一つの旋律だった。聞き覚えもないメロディを、紡いでいる。

 その音が、耳に入った瞬間、ズキン、と頭の奥が痛んだ。

 これはまずい(、、、、、、)

 何か、大事な歯車が外れてしまうような、そんな気がする。

 

「おい、止め」

 

 ろ、といい切ることができなかった。

 

「――――全力ッ!」

「ぐっ!?」

 

 後頭部を、思い切り強打された。攻撃を想定していなかった姿勢のせいで、牙が抜け、頭から地面に叩きつけられる。

 

「俺は! 戦う! お前を守る! そのためならばーなんだってー!」

 

 両手を組んで、思い切り振り下ろした、ユーコが支配したはずの魔法少女は、いきなり大声で歌いながら、次は膝を打ち込んできた。

 

 

 

 

◆デスクイーン57世

 

 戦うときに歌うならば、やっぱりヒーロー物に限る。それも、ベタベタなものがいい。

「正義の剣で、斬れ! 斬れ! 斬れ! 伝説、英雄、その歴史をっ! ここにぃーっ! 仮面バトラー! エェェェッジッ!」

 

 棒術には、無手で使える心得も存在する。放り出した杖を拾う余裕がなかったので、応用でそのまま打撃を叩きつける。思い通り以上に動く身体は、思い通り以上の威力でユーコにぶち込まれた。

 

「グッ、貴様――――」

「――ようやくわかった、お前の魔法の正体が!」

 

 もう言葉や態度を、魔法少女として取り繕う事もできなかった、何せ、自分の自我が奪われかける寸前だったのだ。怒りのほうが上回るに決まっている。

 

「デスクイーン、平気なの?」

 

 愛死狂が、駆け寄って、デスクイーン57世の隣に立った。若干、変貌具合に戸惑っているようにも見えるが、それは我慢してもらう。

 

「うん、やっぱり俺の歌は通じるみたいだな、洗脳の類も、解けるみたいだ」

「そう、なら、まりりんも助けられる。……それで、ユーコの魔法の正体って?」

「こいつの魔法は、支配じゃない。それはあくまで、元々の魔法を応用してるだけだ」

 

 手を握る。力が漲る。力比べで勝負にならなかったユーコを、渡り合えるぐらいに。

 

「お前の魔法は生命を奪ったり(、、、、、、、)与えたり出来る(、、、、、、、)んだろ。自分の生命を相手に注ぎ込んで、意識を上書きするのが、支配の正体、お前が殺しても死なないのは、他の誰かから生命を吸い上げて、自分にストックしてるんだ」

 

 リルフェンや闇影切子が、殺しても死ななかったのは、ユーコが余分に死ねる生命(、、、、、、、、)を予め与えていたからだ。

 生命を残機制に、あるいは、無数のHPゲージが重なるように。

 

「……なんでそう思ったの?」

「こいつが俺に噛み付いた時、頭の中を支配しようとする声と一緒に、何かが流れ込んできた……多分、シルヴェストリが言うところの、生命のエネルギーって奴が」

 

 そう、シルヴェストリと同系統の魔法だったのだ。生命を与えて(、、、、、、)操る魔法(、、、、)

 他者にも干渉出来たり、失った分を奪ったり、蓄えたり出来る分、上位互換と言っても良いかも知れない。攻撃や防御にも、エネルギーとして消費することだって出来る。

 ユーコの生命を大量に注がれ、それが、元々、生き物が有する生命の総量よりも上回った時、相手を支配し、自由に操る事ができる。

 

「だから、噛みつかれて、エネルギーを注がれるだけ注がれた俺は、絶好調ってわけだ……。立てよ、ボッコボコにしてやる!」

 

 相手の外見が幼いから、とか、そういう感情は全て吹き飛んだ。

 なにせ、こいつは、死んだ回数だけ(、、、、、、、)誰かを殺している(、、、、、、、、)のだから。

 

「…………ふ、はははは! はははははっ!」

 

 ユーコは笑いながら、立ち上がった。

 

「ははは! こいつはお笑い草だ、なるほど、認めよう、確かに私の魔法は、生命の略奪と譲渡、生命を支配し、生命を操る魔法だ。だから、何度殺しても無駄だよ、私が蓄えた生命、全てを殺し尽くさない限り、私に死はない。リルフェンや切子は、保険程度のストックしか蓄えられなかったが、私は違うぞ?」

 

 魔法を暴かれた所で、その中身が変化するわけではない。

 

千回だ(、、、)

「…………は?」

千回分の(、、、、)命のストック(、、、、、、)を、私は蓄えている。構わんよ、いくら死んでも、あとでいくらでも補充すればいい。私を千回殺す間に、私はお前達を二回殺せばいい。何より、支配しないのであれば、生命なんぞ、奪うだけで事足りるのだからな」

 

 千回蘇生できる。それは当然、千人殺した、という意味にほかならない。

 殺して殺して殺し尽くして、それを浪費して、悪びれることなく、ユーコは嘲笑う。

 

「最初から、お前達に勝ち目など無いのだよ、殺せるかね? 千回を。出来るかね? その生命が擦り切れる前に! 可能だというのならやってみたまえ! 私は何度でも蘇り、お前達を蹂躙するぞ、はは、はははははっ!」

 

 自分の身体を抱きながら、叫ぶように、狂ったように嘲笑い続ける。

 

「そうだ、この力があれば真紅(ルージュ)にも魔竜(ドラゴン)にも負けなかった! 私はやり直すぞ愛死狂、あの地獄を味わったお前なら、わかるだろう、何者にも屈しない事の意味が! あらゆる理不尽に逆らう力が! やっとこの手に入る! 私の魔法とリップ・ロップの魔法があれば、生命と道具、あらゆる資源が無限に揃う! 今度こそ支配されてなるものか、私が支配するのだ! 私を支配しようとするモノ全て! 敵も! 魔法の国も! 全てだ!」

「………………」

 

 何がそこまで、ユーコという存在を突き動かすのか、デスクイーン57世にはわからない。ただ一つ、理解できるのは、この魔法少女は、ずっと狂気の中に居た、ということだけだ。

 あるいは。

 

「……そりゃ、そうだよな」

 

 無数の生命を喰らい続けたユーコ。

 生命を介することで、相手の自我を奪えるというのなら。

 命を奪うことで、侵食してくる自我もあるはずだ。

 千人分の生命とともに、千人分の自我に侵されて。

 狂わずにいられる(、、、、、、、、)わけがない(、、、、、)

 

「――愛死狂、昔のよしみだ、もう一度だけ聞いてやる」

 

 ユーコは、半笑いの表情で、言った。

 

「私に従え、かつて同じ戦場で、連中に蹂躙された者同士」

 

 対して、愛死狂は、ほんの一瞬だけ、悲しそうに目を伏せた。そして、一歩、ユーコに近寄って、首を横に振った。

 

「私は、あなたとは違う。まして、あの二人になりたいなんて思わない」

「なんだと」

「私は、あの二人のように、奪って生きてゆくんじゃ無い、奪われるモノを、守りたい。あなたは――奪うモノだ、ユーコ」

 

 それは、デスクイーン57世からみてもわかる、決別の言葉だった。

 

「そうか――なら、ここで死ね。お前を尊重して、支配せずに、殺してやる」

 

 ユーコが動いた、愛死狂も動いた。

 速いのは、やはりユーコだった、手が、愛死狂が何かするより先に、その体を貫こうとする。

 

《――――生きとし生ける者の為に、世界の全て思い通りに》

 

 だから、デスクイーン57世は歌った。

 ユーコは狂気に堕ちている。狂気とは、即ち精神的な疾患だ(、、、、、、、)

 

「な、がっ!?」

 

《――――だけど君の幸せのために。私は機械仕掛けの神に》

 

 デスクイーン57世の歌は、聞いたものの心を、たとえ求めていなくても、強引に癒やす(、、、、、、)。自分で実証済みだ。生命を汚染した意識の本流は、歌によって洗い流せる。

 一度、デスクイーン57世の歌を少しだけ耳にしただけで、ユーコの精神は揺さぶられた。

 ならば、少しぐらいの隙は、出来るはずだ。

 

《――――あなたが居てくれるその時に。私の役目はここで終わり》

 

 愛する人を守るために、機械仕掛けの神へと変じた少女を巡る、有名ではないけれど、デスクイーン57世の好きな、RPGの挿入歌。

 

「やめろ、その歌を、止め――――」

 

 その隙で、十分だった。愛死狂がユーコの頬に、ちょん、と小さな口づけをした。

 空気すら一瞬で凍らせる、愛死狂の魔法が、直接触れた。

 びしっ、と音がして、ユーコは、ユーコの形をした氷になった。

 

「……死ねば、蘇る、じゃあ、凍ったら?」

 

 生きても死んでもいない。止まっているだけ。

 

「おやすみ、ユーコ」

 

 もう動かなくなった魔法少女に、愛死狂は目を伏せて、一瞬だけ、黙祷した。

 

 

 

 

「――いいや、眠らないさ」

 

 

 

 

 氷像が、喋った。

 

「!?」

 

 二人でとっさに飛び退く。ユーコだった氷の塊は、プルプルと震えたかと思うと、全身に亀裂が入り、砕け散った。砕け散り、即座に溶けて、肉の塊が蠢き、ユーコを再形成していく。

 

「氷漬けの対策など、しているとも。お前と相対することを想定して、なぁ」

「どう、やって――――」

「言うと思うかね、そのロジックを、わざわざここで!」

 

 ユーコが再び歩み出す。ここまでで、何度倒しただろうか。十回は数えただろうか、あと九百九十回やれば、倒せるのか。

 

「あ、あれ」

 

 その時、デスクイーン57世の視界に、新たな存在が映った。

 

「なんだ、あの娘――」

 

 タワーマンションの出入り口、自動ドアが開き、近未来的なスーツを着込んだ――魔法少女が、突如姿を現した。

 

「何――?」

 ユーコも気配を感じたのだろう、振り向こうとした直後。

 ずぶ、と前触れ無く、その心臓を貫かれた。

 

 

 

 

◆ロジカルカオス

 

 状況確認。

 領域内に侵入者あり。

 充填率三十四%。

 回収効率、良好。

 魔法少女(いけにえ)の確認、完了。

 支配領域(さいだん)内での魔力抽出、完全稼働。

 ラジカルマキナを機動、投入。

 これより、フェーズⅡに移行。

 魔法少女を、殺戮せよ。

 

 

 

 

◆シルヴェストリ

 

 プリマステラの作戦は、予想を超えて上手く行った。恐るべきは、その反射神経だ。刺された瞬間に蹴り返し、死ぬ寸前で蘇生する。そんな荒業をやってのけたのは、偏に彼女の、針を通すような戦闘行為の結果にほかならない。

 

「う、ぐ――」

 

 ミラクルまりりんは、縛られて、地面に転がっていた。プリマステラが持ち込んだらしい、魔法のロープによって、拘束を抜け出すのは、困難な状態だ。

もはや姿を消す余力すらないのだろう、執拗に内臓を蹴られた結果なのだから、当然かも知れないが。

 

「あとはデスクイーンさんの所に連れていけば、よいのですわよね」

 

 最終的に数えると、心臓を貫かれ、右目をえぐられ、脊髄を絶たれ、首を斬られ、頭を割られた当人であるプリマステラは、シルヴェストリの生命の水のおかげもあってか、思いの外ピンピンしている。

 

「はい、まりりん、もうちょっとだけ、我慢して……………………え」

 

 様子を見るため、近づいて、シルヴェストリは、目を疑った。

 

「あれ、そんな、なんで、え…………嘘、どうして?」

「? どうしましたの? シルヴェストリさん」

「……なんで、茉莉菜ちゃん、死んでる(、、、、)、の?」

「……え?」

 

 それは、シルヴェストリには知る由もないことだった。

 ユーコの魔法は、生命を操る。シルヴェストリと違うのは、死体にも生命を吹き込める点だ。強制的に動かす分には、元の身体などどうでも良い。

 ミラクルまりりんは、ユーコに噛みつかれ、弄ばれた時点で、既にその生命が終わっていた。シルヴェストリは、それに気づいてしまった。

 

 感覚が、まりりんの死と、それを動かす呪いのような生命を、捉えてしまった。

 

「そん、な……茉莉菜ちゃん」

 

 魔法少女としての名前を呼ぶことを忘れ、本人の名前を、口にしてしまった。

 

「え、い、生きてるじゃありませんの! 呼吸も、脈もありますわ! なんとかなりませんの!?」

 

 プリマステラが駆け寄って、シルヴェストリの肩を揺する。

 

「わから、ない……でも、可能性があるとしたら、もう……」

 

 死んでいる、あるいは死にかけた人間の蘇生。

 シルヴェストリの魔法は、例外を除いて、死者の蘇生は不可能だ。

 

「……何をするつもり、ですの?」

 

 自らの命が詰まった水瓶を、シルヴェストリは掴んだ。プリマステラの傷を治すために、恐らく今日一日で、自分が魔法少女になってから使用した量を、遥かに超える水を使ってしまった。

 それは後悔となる事かもしれないが、見方を変えれば、こうも言える。

 

 『ここまでやったんだから、これ以上使っても変わりはしない』と。

 

「……茉莉菜ちゃんを、助けます」

「待ってくださいな、シルヴェストリさん、あなたはどうなりますの? その水は……」

「…………わかり、ません」

 

 最大体力が百の人間が居たとして、ダメージを受けて、五十になったなら、シルヴェストリは自分の命を五十削って分け与えれば、その人間は最大値まで回復する。

 

 だが、人が死ぬと、その体力はマイナス百まで一気に下がる。零になって終わりではない。シルヴェストリの感覚から測る、生命の残量の捉え方は、そんなイメージだ。

 

 だから、マイナスを帳消しにするぐらい注ぎ込めば良い、ただし、それも死んだ直後の話だ。時間が経てば経つほど、マイナスはどんどんと、加速的に膨らんでいき、やがてシルヴェストリの手に届かなくなる。

 

「今しか、ないんです、私の魔法が、茉莉菜ちゃんを、助けられるのは、今だけ」

「………………後悔、しませんのね?」

 

 プリマステラは、止めなかった。綺麗事を言わなかった。シルヴェストリがやろうとしていることを、見守ってくれた。

 

「……しません、私にとって、茉莉菜ちゃんは」

 

 水瓶を、ひっくり返す。外見からはわからないほど、大量に詰まっていた水が、逆向きにあふれて、ミラクルまりりんを濡らしていく。

 

「この生命よりも、ずっと、大事なんです……!」

 

 

 

 

◆ミラクルまりりん

 

 真っ白な空間に一人ぼっちで取り残されている、そんな感覚だった。

 

「あー、私、死んだんだ」

 

 空っぽになった自分の中に、別のものが入り込んできて、それが勝手に体を動かしている。どうにもならず、抵抗も出来ない。そんな考えすらも、少しずつぼやけて消えていく。

 そもそも、今まで何をしてたんだっけ。思い出すことも出来ない。私ってなんだっけ?

 きっとこのまま、何もわからずに消えていくのだろう、けれど、それを悲しいとか悔しいとか思う感覚も、残っていない。

 

「…………茉莉菜ちゃんっ!」

 

 声が聞こえた。同時に、空っぽのはずの内側に、何かが満たされていく感覚があった。

 その量が、あまりに多くて、あまりに澄んでいて、代わりに入っていた、淀んだ何かは、洗い流されて、消えてしまった。

 

「……私、そうだ」

 

 調に謝らなきゃ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「茉莉菜ちゃんっ!」

 

 目を覚ました途端、ガバッと抱きしめられた。その力があまりに弱いので、逆に拍子抜けしてしまった。

 

「よかった、よかったぁ……ありがとう、よかった……」

「しら……べ………………って、あんた、それ、馬鹿、瓶っ!」

 

 調――シルヴェストリの傍らに置かれた水瓶、その中身が、半分以上減っていた。記憶にある限り、その中身は常になみなみと満たされていたはずなのに。

 

「どうしたのよ何したのよ何やってんのよ! まさか、まさかあんた、私に!」

 

 どうにも、正解らしい。シルヴェストリは、目に涙をためて、こくりと頷いて、だって、だって、と泣きながら言った。

 

「茉莉菜ちゃんがいないと、私、嫌だもん、助けるよ、当たり前、じゃない、私、まだ、謝ってない、あんな風に、喧嘩したまま、お別れ、したくない……」

 

 その顔を見ていたら、怒鳴る気なんて、どこかへ吹き飛んでしまった。そもそも、助けられておいて、文句を言うのも筋違いだ。

 

「あたしだって……あんた、馬鹿、もう……逃げようとするわけ、ないじゃん、あんた置いて……一人で……」

 

 釣られるように、涙が溢れてきた。上手く言葉にできない。感情が操作できない。

 そんな二人を、プリマステラは、苦笑しながら見守っていた。

 

「お二人とも、喜ぶのはよいですが、まだ終わってませんのよ。とりあえず、皆と合流、し――――」

 

 言葉が止まった。

 シルヴェストリとミラクルまりりんは、向かい合った状態で、お互い手を取って、立ち上がろうとした所だった。まりりんの視界からは、何も見えない。だが、シルヴェストリには、何かが見えている。目を見開いて、まりりんの後ろを凝視している。

 

「何」

 

 がいるの、と言う前に、シルヴェストリがミラクルまりりんを突き飛ばした。

 そして、プリマステラが魔法を発動するより一瞬早く、伸びた腕がシルヴェストリの胸を貫いた。

水瓶が手からこぼれ落ち、地面に当たって、パリンと砕け散り。中身が飛び散って、襲撃者である、機械仕掛けの魔法少女にぶちまけられた。

 

 

 

 

◆愛死狂

 

「がっ、はっ、な、誰……ぐぁっ!?」

 

 背後から胸を貫かれ、ユーコの心臓が露出した。

 持ち前の生命力の強さからか、未だ血管の一部がつながって、どくんどくんと力強く脈打ち、臓器の役割を果たしている。

 今はまだ。

 

「離せ、貴様、誰に、何を……ぎゃっ」

 

 ぐしゃ、とあまりに簡単に、心臓が握り潰された。その魔法少女がゆるく手を開くと、肉が蠢き、ユーコの心臓が蘇生する。

 

「ぎ、あ、ぎゃあああああああ!!」

 

 蘇生した瞬間、また握りつぶす。蓄えた命のストックは、手をぐーぱーに開く動きだけで、命の最重要器官を破壊し、殺していく。

 

「ふざ、がっ、ふざけるなっ! 私が! ここまでっ! ぎっ! ぐるのにっ! どれだげ、がげだ……ぎあっ!」

 

 どれだけもがいて暴れても、なんの抵抗にもならなかった。ユーコが、蓄えた生命をエネルギーとして消費して、底力をあげても、それがどれだけの痛みを伴い、それがどれだけの絶望を伴うのか。

 

 想像もつかない。想像もしたくない。

 潰れる。治る。潰れる。癒える。潰れる。蘇る。潰れる。吹き返す。

 愛死狂だって、苦痛にだって慣れている。死ぬ覚悟だって決めている。戦うというのはそういう事だ。

 

 ユーコもそうだろう。痛みも、死も、ねじ伏せて、隣人として、そうして耐えながら、堪えながら 、それでも傲慢に嘲笑えるのが、彼女の強さだったはずだ。

 

「やめて、やめてやめてやめでっあぎぉ、ぐぁあああぎぃあああやぁぁぁごぁぁ!!!」

 

 けれど。

 痛みを感じ続ける覚悟は無い。

 ただ死に続ける覚悟はない。

 怒りは懇願に変わった。心臓は潰され続けた。

 

 どれだけ暴れて、もがいても、その魔法少女はびくともしなかった。

 ユーコは、千人分の命をその身に蓄えた、と言った。

 なら、千人分の命が終わるまで、この地獄は終わらない。

 

「おねが、ごろじで、ごろじでごろじでごろじでえええ! ごろじでぇぇぇぇええもうごろじでぇぇぇああああ!!!」

 

 懇願は、慈悲を求める声に変わった。

 心臓を潰されるためだけに、蘇り続ける輪廻。

 どんな罪を重ねたら、こんな罰を受けることになるのだろう。魔法少女は、ただただ、無機質に動作を繰り返すだけだ。そのあまりの空虚さが恐ろしくて、歴戦の戦士であるはずの愛死狂を以てして、ただ、その処刑を見て、怯えて、震えることしかできない。

 

◆ユーコ

 

 心臓を握り潰されると、全身の血管を血液が逆流する。神経を押しつぶし内臓を焼き尽くし脳を吹き飛ばす痛みが駆け巡る。頑丈な魔法少女の肉体は、即死を許してくれない。

 

 死ぬまでの間が、こんなにも長い。蓄えられた命を消費して、蘇生は速やかに行われるが、途中からはもう、その一瞬の治療の時間は、次の苦痛への前準備に過ぎないとわかってしまった。

 

 ユーコの思考は既に壊れている。ただ、この痛みから逃げたい。それだけだ。

 抱いた理想も、その為の犠牲も、地獄のような過去も、竜に蹂躙された怒りも、紅の靴を舐めた屈辱も、自分を信じた友人も、自分を愛した従僕も、とうに頭から消しとんだ。

 

 心臓を潰されないのなら、死んでもいい。それ以外の望みはもうない。

 そうして気づく。一つだけ、この状況で死ぬ手段がある。こんなにも簡単な方法があるなら、早く選べばよかった。

 

 早くしないと殺される。

 殺される前に死ななくては。

 

「がぎゅえっ」

 

 心臓がばん、と弾けて、もう蘇生は起こらなかった。

 ユーコは、変身を解いた。魔法少女でなくなれば、ただの人間ならば、速やかに確実に死ぬ事ができる。

 

 目論見通り、狙い通り、痛みからは解放された。

 代償として何も感じることはできなくなり、逆流した血液の流れに皮膚も血管も耐えきれず、内側から爆ぜて、ユーコだった何かは、ようやく死ねた。 

 

 

 

◆デスクイーン57世

 

 魔法少女をやめて、ただの女性になったユーコは、バラバラに吹き飛んで、巻き散らかされた。 

 

「……まさか、なあ」

 

 そして、ユーコを殺した魔法少女は、ランチタイムのバイキングで、スクランブルエッグの次はウィンナーにしよう、ぐらいの気軽さで、デスクイーン達に視線を移し、そして向かってきた。

 

「っ、だよなあっ!?」

 

 緩慢で直角的なのに、その動作に無駄は無く、その攻撃に遅さはない。

 突き込まれた抜き手を、反射的に杖で受けた。

 

「うっ、そだろ!?」

 

 魔法少女の武器である、よくわからない金属でできた、それでも、いくら振り回して叩きつけても、傷一つつかなかったデスクイーン自慢の杖が、めきょっと音を立てて、曲がった。

 

 かろうじて折れはしなかったが、次食らったら間違いなく壊れる。そもそも、力比べにならない。メリメリと杖が音を立てて、敵の魔法少女は、デスクイーン57世の心臓めがけて、手を伸ばしてくる。押しきれない、どころか、杖が完全にへし折れる。

 

「ちゅっ」

 

 その瞬間、愛死狂が敵の皮膚に唇をつけた。魔法が発動し、凍りついて、動かなくなる。

 

「はぁっ、はぁ、あ、ありがとう、愛死狂、マジで怖かった……」

「いや、隙を作ってくれて、ありがとう、でも、何、こ……れ……」

 

 先程のユーコの比ではないぐらい、一瞬の出来事だった。ブブブブブ、と氷漬けの表面が揺れたかと思うと、じゅわあ、とそのまま融解していく、その視線は、ぎょろり、とデスクイーン57世と、愛死狂を見据えた。

 

「――――マジでちょっと待ったぁっ!」

 

 飛び退くのと、腕が振るわれるのが、ほぼ同時だった。指先が、デスクイーン57世の肩をかすめ、その衝撃で関節が外された。

 

「っつ、ぐああっ!」

「デスクイーン!」

 

 痛がっている暇はないが、痛いものは仕方ない。だが、その間に、魔法少女は接近してくる。

 

「何なんだお前! 誰だ!?」

 

 答えは期待していなかったが、思わず口に出てしまった。

 予想外だったのは、その質問に、律儀に答えてきたことだ。

 

「 ラジカルマキナ 」

 

 少女の声と、機械音声が混ざりあったような、歪な声。

名乗りを上げて、手を振り上げる。

 

「 神の忠実なる下僕、あなた方を排除します 」

 

 振り下ろす。デスクイーン57世の心臓めがけて。逃げられない。

 ――――カインッ

 だが、既の所で、抉られる前に、ラジカルマキナの頭に弾丸が飛び込んできた。衝撃で一瞬だけ停止した隙に、全力で転がって、逃げる、痛みは無視だ。

 

「あれ、見て!」

 

 愛死狂が指差した先は、駅の方面にたっている、ビルの看板だった。104(マルシー)と書かれた服飾店の看板、その0の部分の突き出た場所に、のえるちゃんと胡桃咲ラヴが居た。

 

「のえるちゃん!」

 

 あの看板の位置から、この場所を見下ろせるらしい。銃撃は絶え間なく降り注ぎ、一発残らず、ラジカルマキナに命中した。カイン、カイン、と、金属が金属を弾く音が響く。

 

「あれ、効いてるように見える……?」

「絶対にノーダメージだと思う」

 

 愛死狂に問いかけると、苦々しくそう答えられた。

 

「 攻撃を確認、魔法少女観測。排除 」

 

 銃撃を受けながら、ラジカルマキナは看板、のえるちゃん達の方を向いて、動きを止めた。何をするつもりだ? と思った瞬間、その瞳が光り輝き、赤い一条の光線が、看板を貫き、直後に爆発した。

 

「っ、のえるちゃんっ!?」

「はい、先輩!」

「うわああああああああああああ!?」

 

 今のビームで蒸発してしまったと思った後輩が、いきなり姿を現した。

 

「死ぬかと思った死ぬかと思った死ぬかと思った死ぬかと思った」

 

 その後ろで、胡桃咲ラヴがガタガタ震えていた。二人の足元のマンホールが、淡い光をこぼしていた。看板の0から、ここまで、着弾前にワープしてきたようだ。

 

「おしゃべりしてる時間は……っ!」

 

 愛死狂が、投げキッスを連続して放つ。空気に触れて、氷を形成し、壁を作り出す。

 数秒稼げればいいほうだろう、実際、歩き始めたラジカルマキナは、氷の壁に、自らが凍結することを厭わず突き進んでくる。

 

「ターミネーターかこいつは……!」

「クイン先輩、ご無事で何よりです、それで、あれは……」

「わかんない、わかんないけど……アイツを倒さないと、駄目だ。胡桃咲ちゃん!」

「は、はいぇあっ!?」

 

 まさか自分に話が振られると思っていなかったのか、胡桃咲ラヴが甲高い悲鳴を上げた。

 

「ちょっと聞きたいんだけど――――――って出来る!?」

 

 

 

 ラジカルマキナが前進する。デスクイーン57世は、折れ曲がった杖を、それでもかまえて突撃した。

 

「らぁっ!」

 

 回転とひねりを加えた一撃を頭部に当てる。がんっ、と硬い感触がかえってきた。ダメージが有るようには、やはり見えない。

 その背後から、銃弾が絶え間なく、ラジカルマキナに降り注ぐ、カンカンと弾かれる、やはり意味はない。

 

「 排除します 」

 

 意味がない攻撃である以上、相殺も出来やしない。

 それでも必死で、杖で受ける。曲がりに曲がった愛用の獲物は、とうとう完全にへし折れて、二つになってしまった。

 二つに、してもらった。

 

「ありがとうよっ!」

 

 片方をかなぐり捨てて、半分になった杖で再度殴り掛かる。肩の痛みを無視して、この長さなら、棒術ではなく杖術だ。短い分、小回りと、一撃の速さで勝る。

 全力で突けば、一ミリぐらいは動かせる――と思ったのが浅はかだった。ラジカルマキナの身体は、全身が、文字通り金属のように硬く、強引で押し込もうとしても、硬度で跳ね返されてしまう。

 

 乱雑に、ラジカルマキナが腕を振るった。折れた杖が更にねじ曲がって、デスクイーン57世は吹き飛ばされた、かはっ、と強引に空気が絞り出された。骨が折れたかもしれない。

 

「 排除します 」

 

 無機質に歩み寄るラジカルマキナ、その足元に、霜が舞った。

 

「 ? 」

 

 思いの外、可愛げのあるリアクションだった。つるりと足を滑らせて、ラジカルマキナは両手をアスファルトについて、小首をかしげた。

デスクイーン57世を追い詰めて、ラジカルマキナはその場所に入った。愛死狂が凍結させた、マンホール。

 

「――――胡桃咲さんっ!」

 

 叫びながら、身体を起こそうとするラジカルマキナに、もうとにかく構わずに銃弾を叩き込む。一瞬、一秒でも動きを止められたらいい。果たして、効果はあった、がくん、と腕を曲げたが、特にそれでダメージがあるわけでもないようで、すぐにまた起き上がる動作に入る。ここまで、ほんの数十秒。

 

「 ! 」

 

 今度は、驚いた表情をした。それはそうだろう、転んでいた身体が、今度は虚空に投げ出された。自らが体を乗せていたマンホールがワープゲートとなって、下半身がすっぽりと、別の場所へと移動してしまった。出口は、そう離れていない、隣のマンホールだ。どこでも良かった。

 

「ごごごご、ごめんなさいっ!」

 

 そして、ゲートにラジカルマキナの身体が全て入り切る前に、胡桃咲ラヴは魔法をキャンセルした。ゲートが閉じて、元のマンホールに戻る。

 

「 あ 」

 

 ブツン、と音がして、ラジカルマキナの上半身と下半身が分断された。中身まで機械かと思ったら、中からごぼり、と赤い臓物がこぼれ出て、ばしゃりとアスファルトにぶちまけられた。

 

「ひゃあああっ! ご、ごめんなさ――――ひええええっ!」

 

 その状態でも尚、ラジカルマキナは、上も、下も、動いていた。手足をばたつかせ、瞬きをし、何事か、混戦したラジオのような声を出し続けていた。

 おおよそ三十秒近く、そうしていただろうか。やがて、その動作も少しずつ鈍くなり、完全に沈黙した。

 

「――――――もう、大丈夫、かな?」

 

 その後、数分間、誰も何も言わず、やがて、デスクイーン57世がぽつりとつぶやいた言葉が、全員の染み渡るようにして広がり、ようやく、緊張の糸が切れた。

 

「か、肩、痛……っ!」

「外れてるもの、ハメてあげる」

 

 愛死狂が、無造作に肩を掴んで、ゴギっと嫌な音を立てさせた。か細い悲鳴が上がって、無事に肩がくっついた、死ぬかと思った。

 

「は、はぁ……びっくりしました、先輩たちが、いきなり、変な魔法少女に襲われてたから、もう、慌てて」

「上から様子見てたんですけど、もう、ビーム撃たれるなんて、考えてなかったです……」

「いや、誰も想像出来ないと思うけど、本当に、こいつ、誰なんだろう、ユーコのナカマじゃ、ないだろうし」

 

 何せ、ユーコを真っ先に殺したのがラジカルマキナなのだから。

 

「私も、見たこと無い。魔法の国のホムンクルス? でもなさそう」

 

 百戦錬磨の愛死狂も見たことがない、というのなら、もう誰も知ってなさそうだ。可能性があるとすればフェスティ=バルぐらいか。

 

「とりあえず、一旦休もう、ちょっと、痛みが引くまで……………………」

 

 本当に、なんとはなしに、タワーマンションの入り口を眺めただけだった。しかし、見なければよかった、と現実逃避ながら、真剣に後悔した。

 自動ドアが開く。ゾロゾロと、出て来る。全く同じ顔、全く同じ姿、全く同じラジカルマキナが、三体、四体、五体。

 

 ユーコを一方的に虐殺し、愛死狂の凍結も効かず、デスクイーン57世の棒術が通じず、のえるちゃんの弾丸が通らなかった、化物が、五体。

 

「 002Bの活動停止を確認 」

「 003Cから007G、合流完了 」

「 対象を排除せよ 」

「 魔法少女を排除せよ 」

「 排除せよ、排除せよ、排除せよ、排除せよ、排除せよ 」

 

「……………………いや、嘘だろ?」

 

 昔、大好きなアニメの映画で、そういえば、こんな展開があった気がする。敵が機械っぽいところまで、そっくりだ。笑えない。

 

「せ、せんぱい」

 

 のえるちゃんが、デスクイーン57世の手を握った。震えていた、無理もない、そして、どうしようもない。

 

「わ、わたし、先輩のこと、ずっと、前から、ですね、あ、あの、こんな時に、その……」

 

 ボロボロと涙をこぼして、カチカチと歯を鳴らしながら、のえるちゃんが紡ぐ言葉を、止める理由も手段も、デスクイーン57世には残っていなかった。胡桃咲ラヴは、ぺたんと座り込んで、呆然として、力も入らないようだ。デスクイーン57世も、似たようなものだ。

 唯一、愛死狂は、ラジカルマキナ達を見つめていた。

 

「……時間を稼ぐ」

 

 無理なことは、本人が一番わかっているだろう。だが、魔法少女たちの前にたって、背中を見せながら、少女は呟いた。

 

「もう、見捨てて逃げたくない。戦って、やる……!」

 

 ラジカルマキナ達は、その様子を、淡々と、感情のない瞳で見つめながら、歩みをすすめる。あと十秒かからずに接敵するだろう。それで。

 

 ……死ぬ? 俺が? ここで? こんなよくわからない奴らに、やられて?

 

 それはどうにも、理不尽なことに思えた。突如として湧いてきた怒りは、しかし、動かない身体の前に、役立ってはくれない。

 

「畜生……っ」

 

 だから、溢れた声は、悔しさのそれだった。結局、何も解決しないまま、ここで――――

 

「まって」

 

 たたた、と小さな足音が、聞こえた。

 その音は、デスクイーン57世とのえるちゃんの横を通り、胡桃咲ラヴを追い越し、愛死狂より前へと向かっていった。

 

「な――――朱姫ちゃん! 何やってんだ、逃げろ!」

 

 赤緋朱姫。小さな、九歳の女の子が、駆けつけた。

 

 

 

 

◆愛死狂

 

 なんでこんなところに。危ないから逃げろ。

 そんな言葉を叫んだように思う。ただ、それが耳に入ったかは怪しかった。

 

「あのね、守ってくれて、ありがとう」

 

 朱姫は、そんな魔法少女たちに向かって、背を向けたまま言った。

 

「すごく、すごく、うれしかった。わたし、ほんとうに、うれしかった」

 

 ラジカルマキナ達が、近づいてくる。もう、手を伸ばせば届く距離に。

 

「やさしくしてくれて、うれしかった。だから――だからね」

 

 

 

 

 

「 障害物確認、排除 」

 

 先頭の一体が、少女の頭部に触れた。それで、中身が弾けて、終わりだと、誰もが思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――頭が高いな」

 

 

 剣閃が走った。銃で貫けなかったラジカルマキナの装甲が、あっさりと切断されて、血が吹き出た。

 

「――――――」

 

 愛死狂の前に、真紅が立っていた。

 忘れもしない、絶対に忘れない。あの日、あの時、自分から全てを奪い、蹂躙し、焼き尽くし、滅ぼした、最悪の魔法少女。

 

 ラジカルマキナ達が、一斉に、暴君に飛びかかった。腕が突き刺さり、ビームが身体を焼く。

 すべてが無駄だ。すべてが無意味だ、なぜなら彼女は暴君で、絶対者だから。

 

余が貴様ら風情に(、、、、、、、、)倒せるわけがない(、、、、、、、、)

 

 その決定事項を告げて、終わり。

 すべての傷は無かったことになり、すべての痛みは彼方へと消える。

 真紅のドレスに身を包み、真紅の剣を手に、鮮やかな金髪を光らせて、魔法少女、プリンセス・ルージュは高らかに宣言した。

 

「余に逆らうな、余に歯向かうな、余に抗うな、余に立ち向かうな」

 

 群がっていたことが、ラジカルマキナ達の不幸だった。

 プリンセス・ルージュが横に振るった剣の一閃で、もれなく全員が、断裂し、断絶し、転がり落ちて、そして死んだ。

 

「――余の家臣に手を出すな。不敬であろうが」

 

 ルージュが、振り返る。愛死狂と視線が交わる。

久しいな(、、、、)愛死狂(、、、)

 その瞬間、ありとあらゆる、己を縛るすべての束縛を投げ捨てて、愛死狂は暴君に飛びかかった。

 

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