魔法少女育成計画 -Deicide Side-   作:天都ダム∈(・ω・)∋

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** 第五章 わかり合う以上は話し合う必要がある ***

◆ロジカルカオス

 

 神を世界に降ろした時点で、彼女の役割は終わった。

 自らを現世に顕現させた当の本人の抜け殻を、ロジカルカオスはなんの感慨もなく見下ろしていた。

 否、感慨どころではない。なんの感情も、なんの意志もない。ロジカルカオスに存在するのは、淡々と定義された行動を実行するロジックのみだ。

 己が居る世界が変わっても、彼女のやる事になんの変化もない。

 

 《世界を総て思い通りに》

 《私は機械仕掛けの神に》

 《ありとあらゆる全ての為に》

 

 歌が流れてくる。自らのなすべき事を刻んだ、叡智の歌。

 神の軍勢《ラジカルマキナ》は起動した。神に刃を向ける不届き者共を、間もなく殲滅するだろう。

 

愛死狂(アイシクル)

 

 脳裏にこびりついた〝赤〟を忘れた事など、一度たりともなかった。

 あの色を乗り越えるために、戦うために、愛死狂(アイシクル)は死に物狂いで自分を鍛え上げた。

 

「プリンセス・ルージュ!!」

 

 キスしたものを氷漬けにするよ、という愛死狂(アイシクル)の魔法は、重ね上げた修練の末、『唇に触れさえすれば』あらゆる物を即座に凍らせる事が出来る。

 世界には空気が満ちている、それに軽い口づけをすれば、気体が凍り、何条もの細い線となって襲いかかる。そのどれか一つでもターゲットに触れれば、ほんの一瞬で人の形をした氷塊の完成だ。

 

 最大出力で放てば、視界内の空気全てに魔法の効果を及ぼす事だって出来る。魔王塾の戦闘狂共をして、間違いなく強い、と認めさせる程に、愛死狂(アイシクル)の魔法は強力無比なのだ。

 凍結のラインは寸分狂わず、プリンセス・ルージュに直撃した。右腕から瞬時に全身が凍りつき、砕け散るまで五秒もかからない。

 

余が(、、)

 

 そのはずなのに――――それ以上、愛死狂(アイシクル)の魔法が続くことはなかった。

 

凍りつくワケがない(、、、、、、、、、)

 

 その一言だけで、凍てついた腕はすぐさま元に戻る。更に他の凍線が直撃しても、何の影響も及ぼさない。

 舌打ちの暇もなく、愛死狂(アイシクル)は次の動作に移った。遠距離が無理なら、直接凍らせるしかない。プリンセス・ルージュまでの距離を一歩で詰める。

 

「無礼だな」

 

 逃さぬようにと伸ばした腕、視界がくるりと回転して、虚空に踊った。

 

「ガッ」

 

 足払いをかけられたのだと愛死狂(アイシクル)が気づいたのは、頭に衝撃が走ってからで、その時にはもう遅い。

 プリンセス・ルージュは剣の柄を両手で持って、切っ先を愛死狂(アイシクル)の頭部に向けていた。

 ザグッ、と、嫌な音が響いた。

 

 

 

 

◆デスクイーン57世

 

 赤緋朱姫が魔法少女に変貌し、一体倒すだけで精一杯だった化物共を蹴散らしてくれた。しかし、直後に愛死狂(アイシクル)が、助けてくれたはずの相手に襲いかかり――そしてやられた。

 デスクイーン57世の視界の中で繰り広げられる展開は、急すぎてついていくのがやっとだった。

 体を動かせたのは、転ばされた愛死狂(アイシクル)に、プリンセス・ルージュが剣を突き立てようとした瞬間だった。

 

「ま、待って!」

 

 ザグッ、と、呼びかけ虚しく、剣先が突き立てられた。

 

「ひっ!」

「ぎゃあ!?」

 

 のえるちゃんが思わず顔を塞ぎ、胡桃咲ラヴがアイドルが上げてはいけない悲鳴を上げた。

 

「――――ふん」

 

 剣は、刀身半ばまで――愛死狂(アイシクル)の頭の真横スレスレを、かするようにして、石のタイルを貫いていた。

 

「だが、許そう。余は優しい故な?」

 

 ふん、と鼻で笑い、剣を引き抜くと、振り返ることもせず、プリンセス・ルージュは、堂々とマンションに向けて歩き出した。

 

「…………ってちょっとまった、朱姫ちゃん!」

 

 慌ててデスクイーン57世が駆け寄ると、プリンセス・ルージュは無表情に振り返り、剣を持ち上げた。

 

「!」

 

 首の横にその刃が当たるまで、刹那すらなかった。デスクイーン57世だって、別に油断していたわけじゃない、むしろ、非常事態が何度も起きたせいで、緊張と警戒は最大値だった。

 それでもなお、その剣閃の速度を、見て取ることすら出来なかった。

 

「余に声をかけ、あまつさえ足を止めた、その無礼は生命で償うか?」

 

 冷たい声とトーンは、あの幼い少女の姿とは、まったく重ならない。

 戸惑いを隠せぬまま、デスクイーン57世は口を開いた。

 

「――君、本当に朱姫ちゃん、なの?」

「違う」

 

 問いに対して、真紅の暴君はこともなげに答える。

 

「余はプリンセス・ルージュ、もはや赤緋朱姫はこの世に居ない。余に体を明け渡す事を選んだのだから」

「…………な、に?」

「余とあやつは同じ考えを有さない。同じ存在ではない。まったく、折角外に出られたのだ、余を閉じ込めておけばよかったものをな」

 

 それはつまりこういうことだ。

 魔法少女の形態が(、、、、、、、、)別に人格を有している(、、、、、、、、、、)

 

「とはいえ」

 

 プリンセス・ルージュは、刃を引いた。冷たい感触が消え去っても、デスクイーン57世に身動きをする、という選択肢は出てこなかった、それほどまでに、眼前の魔法少女の放つ〝圧〟が強い。

 逆らったらどうなるかわからない、ということだけが、かろうじてわかる。

 

あれ(、、)はお前達を気に入っていた様だからな、目溢しをやろう。余の邪魔をせず、余に歯向かわず、余に逆らわず、余の視界に入らねばそれで良い」

「…………」

 

 これ以上話すことはない、と態度で示して、プリンセス・ルージュは、タワーマンションに向けて歩き出した。姿が見えなくなるまで、微動だに出来なかった。

 

「……くっそ」

 

 何がどうなっているのか、わからない。ただ一つ言えることは。

 事態はまだ何も解決していないし、戦いはまだ終わっていない、という事だ。

 

 

◆ミラクルまりりん

 

 シルヴェストリの心臓は、綺麗な赤い色をしていた。

 シルヴェストリの吐き出した血は、綺麗な赤い色をしていた。

 シルヴェストリの体からこぼれた全てが、綺麗な綺麗な、赤い色をしていた。

 

「か、はっ」

 

 〝何か〟がシルヴェストリの胸を正面から貫いている。

 彼女の命そのものである水瓶は、あっけなく砕け散り、中身は全て零れ落ちた。

 

「何――――」

 

 ミラクルまりりんが、なにか判断を下す前に、プリマステラが動いていた。襲撃者の首筋に、足を一閃させ、そのつま先を叩き込んだ。

 

「っぐぅっ!」

 

 しかし、ダメージを負ったのはプリマステラだった。襲撃者の体が、あまりに硬すぎて、蹴りの勢いがそのまま、反動として返ってきたのだろう。ぺきぺきと小気味よく響いたのは、足の指の骨が折れた音だろうか。

 

「……………………」

 

 襲撃者――全身灰色の、機械仕掛けの天使とでも言うべき存在は、全身を濡らした水を意に介さず、首を傾げた。

 

「 ERROR……?? EEEE  ???? ? 」

 

 あっけなく、その腕を引き抜くと、ごぼっと音を立て、シルヴェストリの胸から、更に血が流れた。それを気にする様子もなく、襲撃者は血に濡れた手をじぃ、と見る。

 

「 ……再定義 必要 確認…… 」

「っ、待ちなさい!」

 

 プリマステラの制止が、届くことはなかった。襲撃者は、背中の硬質的な羽を震わせると、ふわっと宙に浮き上がった。

 

「飛行まで出来るんですの……っ!?」

 

 そのまま……恐らく、タワーマンションへ向かったのだろう。その姿は、すぐに見えなくなった。

 

「――あ、あああ……」

 

 そこで、ようやくミラクルまりりんは、現状を認識できた。出来た所で、全ては遅く、何も取り戻すことは出来ない。

 シルヴェストリが死んでいるのは、もう明らかだった。長い髪の毛を有する、女神のような魔法少女は、ただの少女に戻っていた。

 

「調、調……」

 

 胸の空洞と、だくだくと流れ続ける血は、生存の可能性、などという生易しい夢を打ち砕くには十分だ。この状態で生きていられるなら、それはもう、人を超越したなにかだろう。

 

「嘘でしょ、ねえ、ねえってば!」

 

 チェーンで繋がれた、胸元の小瓶を握りしめる。シルヴェストリから渡されていた、非常時に傷を治す為の魔法の水、彼女の生命の欠片だ。

 ほんの少しだけ延命できるかも知れない。わずかにでも目を開けてくれるかも知れない。そんな考えが、ミラクルまりりんの手を動かした。

 

「っ」

 

 誰もいなかったら、そのまま、中身を零していただろう、そして、死体は死体のままだっただろう。

 ミラクルまりりんの手を止めたのは、プリマステラだった。目を伏せて、静かに首を振った。

 

「……残念ですが」

「――――」

 

 わかっていても、認めたくない。目を背けたい。知りたくない。

 それらの感情をひっくるめて、客観的に指摘される事で、強制的に現実になる。

 

「…………いや、嫌だよ、調、何で、何で……」

 

 感情が、泣き声になってあふれるのに、時間は要らなかった。

 誰も止めることの出来ない、涙が、ただただ、こぼれ続けていた。

 

 

◆プリマステラ

 

 しばらく、調の亡骸を抱きしめたまま、すすり泣くミラクルまりりんを、プリマステラは見守ることしかできなかった。

 親しい人間の死を悲しむ気持ちも、心を抉るような痛みも、感情に空いた穴の感覚も、全て知っている。

 それでも、時間は流れる。十分間待った後、プリマステラは告げた。

 

「私は、他の皆さんと合流しようと思いますの。先程の魔法少女も、放ってはおけません、まりりんさんは――――」

「私も行く」

 

 返答は、すぐにあった。ドス黒い感情の煮詰まった、低い声。

 

「許さない、絶対許さない、調を殺したやつは、私が殺す」

「…………」

 

 恨みで、憎しみで、強い感情に任せて動けば、視野は狭まり、思考は固まる。命がけの、極限の領域の世界では、きっとすぐに死ぬ。プリマステラが、師匠に何度も繰り返し、言われていたことだ。

 止めることはできない、やめろとも言えない。他ならぬプリマステラが(、、、、、、、、、、、)そうなのだから(、、、、、、、)

 

「……お手伝いしますわ」

「あんたには関係――――」

「ありますわ、私、命がけであなたを助けたんですのよ?」

「っ」

「言っておきますけど、目をえぐられるのも心臓を貫かれるのも、もう二度とごめんですわ。死んでないだけで、死ぬほど痛かったので」

「そ、それは、その、ご…………」

 

 ごめんなさい、で済ませていい問題でないことは重々承知なのだろう、居心地悪そうに目をそらす少女を見て、プリマステラは微笑った。

 

「気にしてないとは言いませんけど、自分で決めたことですわ。シルヴェストリさんは、命がけであなたを助けようとした。だったら、そのあなたを守るのが、彼女を助けられなかった私が、彼女に報いる唯一の方法、というだけのことですの」

「…………なんで?」

「はい?」

「他人じゃない、あなたにとって、私も、調も。どうして、そこまでしてくれるの」

「どうして、と言われても、そうですわね……」

 

 プリマステラは、再度、微笑んだ。雲の隙間から射す、柔らかな光のような笑顔だった。

 

「約束しましたもの。約束は、守るものでしょう?」

 

 

◆のえるちゃん

 

 嵐の様に現れて、風のように立ち去った。

 のえるちゃんからしてみれば、真紅の暴君のイメージは、そのようなものだった。明快な事実として断言できるのは、なんとか危機を切り抜けられたと言うことだけだ。

 

「あ、あの、とりあえず、傷の手当をしましょう」

 

 のえるちゃんのその提案に、反対する者は居なかった。もとより魔法少女の治癒力は、個体差はあれど人間とは比較にならないほど高い。怪我に関しても、直撃は受けなかった《もとい、直撃したらその時点で死んでいた》事もあって、思いの外、被害は少なかったと言ってよいだろう。

 

「…………」

 

 ただ、空気は間違いなく最悪だ。のえるちゃんは今どきの若い娘であるからして、重苦しいよりは明るく楽しい方が良い。しかし、この場でどの言葉をチョイスすべきか、という判断を下すには、まだまだ経験が足りていなかった。

 

「…………じゃ、じゃあ、帰りましょうか」

 

 沈黙を破ったのは、胡桃咲ラヴだった。

 

「どこに?」

 

 応じた愛死狂(アイシクル)の視線は、口づけよりも冷たかった。

 

「どこにでもですよ! どうなってもですよ!」

 

 路面に敷き詰められたタイルにバンバンと手を叩きつけて、胡桃咲ラヴは叫ぶ。

 

「あんなの私達の手に負えますか! 負えないでしょう! 私達じゃ背負えないでしょう! 命をかけてなんとかなるとかそういう次元じゃないですよ! あんなのが、あんなのがたくさん居るんですよ!? 逆に聞きますけど、愛死狂(アイシクル)さんはどうするつもりなんですか!?」

 

 正論を言っているのは、この場合間違いなく、胡桃咲ラヴの方だ。だが、愛死狂(アイシクル)は表情を変えない。

 

「私はプリンセス・ルージュを追う、あいつだけは殺す」

「は、はいぃ!?」

「ちょ、ちょっと待ってください!」

 

 流石に、のえるちゃんも口を挟んだ。現状、倒すべき敵はあの機械の魔法少女(なのかどうかも定かではないが――)、ラジカルマキナと、ミラクルまりりんたちが目撃したという親玉であり、達成すべき目的はリップ・ロップを捕らえこの現象を終わらせる事であり、朱姫を本体とする魔法少女ではないはずだ。

 

「朱姫ちゃんは、私達を助けて――」

「関係ない」

 

 ピシャリと言い放つその口調と表情に、妥協や交渉の余地と言ったものは見受けられなかった。

 命がけで戦い、のえるちゃん達を守り、助け、恐るべき敵に立ち向かった、強く優しいベテラン魔法少女、愛死狂(アイシクル)の姿はそこにはない。その魔法と同じく、全てを凍てつかせ、砕く、冷酷な雪女、という表現がとても良く似合う。

 

「あいつを放っておいたら、こんな被害、比にならないほどの災害になる。あいつの行動も思考も言動も、所詮気まぐれ。気まぐれに助けて、気まぐれに殺して、気まぐれに笑う、そういう魔法少女。あいつにとって、あの魔法少女は……」

 

 デスクイーン57世も、のえるちゃんも、愛死狂(アイシクル)も、結局ほとんどダメージを与えられなかったラジカルマキナが群れなしても、構わず虐殺してのけた、赤い暴君。

 

「邪魔だったから斬っただけ。目障りだから殺しただけ。それ以上の理由はない」

「そ、そんなの……」

「あなたたちは、あれ(、、)がどういう存在だか知らない。あれは災害なの。生きてる災害。街一つを、たった二人の魔法少女の戦争のついで(、、、)で焼き尽くした。何万人も殺された。あいつは、その片割れ」

 

 立ち向かい、一蹴されても、なお、愛死狂(アイシクル)の殺意は消えない。

 

「二度とあんなことが起こらないようにするために、生きてきた」

「……で、でもぉ、実際問題、愛死狂(アイシクル)さん、勝てるんですか?」

 

 愛死狂(アイシクル)の佇まいに威圧されながらも、胡桃咲ラヴがおずおずと尋ねた。

 

「わからない」

 

 その評価が、ものすごく甘い見積もりである事は流石にわかる。客観的に見て、戦闘力の差は明白だ。戦えば今度こそ負けて、死ぬ。誰でもわかる。それでも。

 

「けど、私がプリンセス・ルージュから逃げることだけは、ありえない。それをするなら、死んだほうがいい」

 

 その口調に、一切の妥協や嘘を感じられなかった。

 

「あなた達は、ついてこなくていい。私の問題だから、外なら、逃げ隠れする場所もあるでしょう、何なら、胡桃咲の魔法で逃げてもいい」

 

 それ以上、のえるちゃんは何も言えなくなかった。タワーマンションへ歩く愛死狂(アイシクル)の背を、ただ見送った。

 

「……せ、せんぱぁい……」

 

 のえるちゃんは、沈黙を続けている先輩、デスクイーン57世をちらりと見た。

 

「………………」

 

 立ち尽くし、腕を組み、むむむむ、と唸り声を上げている。なにか考え事をしているのなら、邪魔をしてはいけない気がする。結局、また沈黙が続く。

 それから更に一分溜めて、デスクイーン57世がようやく口を開いた。

 

「よし、決めた」

「そそそ、そうですよね! さあ逃げましょうすぐ逃げましょう、大丈夫フラフープがあれば私の魔法で結界の外までひとっ飛び」

「私も後を追う」

「なんでえええええええええどうしてええええええええええ」

 

 胡桃咲ラヴは再度絶叫した。

 

「あ、あの、先輩、本気……ですか?」

「うん、愛死狂(アイシクル)の言ってることも気になるけど、私は朱姫ちゃんを放っておけない」

「……どういう意味です?」

「プリンセス・ルージュがもし本人の言う通りの存在――(あか)()(しゅ)()をのっとって存在してる人格なら、プリンセス・ルージュを倒すことで朱姫ちゃんを取り戻せるかも知れない。敵対するにせよ味方にするにせよ、一度話さなきゃ駄目だと思う」

「そんな事出来る余裕、あると思いますか……?」

 

 胡桃咲ラヴの視線はもはや怯えを通り越して理解不能(エラー)な何かを見る目だった。

 

 

 

◆デスクイーン57世

 

 タワーマンションの中は、もはや現代の日本に建築された建物とは思えないほど変質していた。

 壁や地面は淡い色を放つ鏡のような水晶体に変じている、と思えば、パイプと歯車で構成された機械仕掛けが随所にある。

 構造も変質しているらしく、エレベーターを開けてみたら魔物が大量に詰まっているわ、階段を上った先に次の階段がないわ、部屋と部屋が繋がったり分断されたりしている。

 少なくとも、もともとあったマンションの形そのままという事は絶対にないだろう。

 

「ウバーシャシャシャシャシャシャ!」

「これって、要するにあれだな! ダンジョンだ、ゲームの!」

 

 下半身が馬、上半身が人の形をした魔物……多分ケンタウロスを、折れた杖で叩き、首をへし折りながら、デスクイーン57世は叫んだ。

 

「マンションそのものが、書き換えられちゃった、ってことでしょうか……」

 

 のえるちゃんも、銃を撃ちながら首を傾げた。

 愛死狂(アイシクル)を追いかけて中に入ったデスクイーン57世は、様々な魔物の出現という形で迎えられた。

 基本的には弾数無限ののえるちゃんが撃ちまくり、仕留めそこなったらデスクイーン57世が相手をする、というスタイルだ。

 

「多分、ただ、結構律儀だな、って感じはする」

「ど、どういう意味です?」

 

 現状戦う手段が拳で殴るしかない上に、身体能力が(魔法少女としてみれば)そこまででもない胡桃咲ラヴは、戦闘の際はのえるちゃんの更に後ろで縮こまっているだけだ。

 

「いや、ある程度、法則性がつかめてきた。まず、一度に出てくるのは多くて三体、立ち止まってる限りは新しい魔物は出てこない、逆に言うと、少し歩くとどこかしらから魔物が出てくる…………多分三百メートルぐらい?」

「……そういえば、さっきから魔物が出てくる間隔、同じぐらいな気がします」

「多分、本当にゲームのダンジョンを魔法で具現化してるんだと思う。だから、先に入ったルージュや愛死狂(アイシクル)が戦ってるはずなのに、敵の数が減ってるってこともない」

「あー……パーティごとに敵の出現判定が違う、みたいな……? じゃあこのまま立ち止まってれば少なくとも安心だったり……」

 

 納得する胡桃咲ラヴだったが、デスクイーン57世の顔はうかなかった。

 

「そういうこと……ってわけで、このままだと非常にまずい」

「? 何がですか」

 

 のえるちゃんの問いかけに、デスクイーン57世はうん、と頷いた。

 

「いい? 一定のペースで魔物が出てくる。私達はそれを倒して進んでる。このマンションが何階建てか知らないけど、大ボスが最上階にいるとしよう」

「はい」

「…………このままだと、私達、愛死狂(アイシクル)にもルージュにも追いつけない(、、、、、、)

「へ?」

「幸い、今の所出てくる魔物はそんなに強くない……のえるちゃんの銃が急所を抜けるから、近づく前に大体倒せるし。けど、やっぱりそこそこ時間食うでしょ」

「はい、でも、それは仕方ないんじゃ?」

「そうなんだけど……多分、あの二人は魔物を倒すのに、十秒も二十秒もかけてないはずなんだよね……」

 

 愛死狂(アイシクル)は空気に口づけ一つで。プリンセス・ルージュは言うに及ばず剣の一振りで。複数体出てきても変わらない、まとめて倒してしまえる。

 デスクイーン57世達のように、先に進むのに警戒しながら、安全を確認しながら、といった面倒な手順は、当然ながら踏んでないだろう。

 

「そもそも私達、結構迷ってるしね、行き止まりだったり、部屋を間違えたり……マッピングもしてるし」

 

 いざとなって帰り道がわからないと困るので、ダンジョンに入って少しした段階で、胡桃咲ラヴの仕事は地図作りだった。

 

「いやいやいや、でも二人が最短ルートを進んでる保証はないわけじゃないですか」

「それもそうなんだけど、その場合私達のルートがあってて、二人が間違ってないといけないから、結局あまり変わらないっていうか」

 

 その時、三人の進行方向から、キシ、キシ、と物音がした。水晶質の床を金属でこするような、不快な音。

 

「……あのー」

「これって……」

 

 のえるちゃんと胡桃咲ラヴが、顔を見合わせる。

 

「…………あと、さぁ」

 

 嫌な予感がして、デスクイーン57世は手を広げて、のえるちゃんと胡桃咲ラヴを一歩下がらせた。二人は即座に応じた。これから来るオチが見えている。

 

「この流れで行くと、多分あいつは――――」

 

 壁の向こうから、ぬっ、と顔を出したのは、予想通り、ラジカルマキナだった。

 

「――――多分徘徊型の中ボスなんだと思う!」

「 対象、確認 」

 

 三人が悲鳴を上げて踵を返すと同時、天使は勢いよく迫ってきた。

 

 

 

◆胡桃咲ラヴ

 

 最悪に最低を重ねて塗り重ねるとこんなんになるに違いない。

 そりゃそうだ、馬鹿だった。あの天使共は建物の中から出てきたんだから、そりゃあ中にいるに決まってる。

 外で待ってれば――――いや、でもそうすると魔物が出てきた時、結局自分ひとりじゃ対処できない。

 胡桃咲ラヴが倒せるぐらい弱い魔物だけならいいけど、強い魔物だってちゃんといるのだ。この状況下では、誰かに守ってもらわないと胡桃咲ラヴは生存できない。

 

「死にたくないよぉーっ!」

 

 思わず叫んでしまった。絶叫だ。心からの悲鳴だ。当たり前だ、あの天使が化け物じみていることなど百を重ねて千も承知だ。

 なのによりによって、物理的に倒せるのは胡桃咲ラヴの魔法だけと来ている。空間ごとぶった切る以外に頑丈すぎる装甲を貫く手段がない。

 幸いなのは、ラジカルマキナの動きは、意外と俊敏ではないということだ。もちろん胡桃咲ラヴからすれば速い強い怖いのだが、速さ自慢のデスクイーン57世なら速度では勝るようだし、ダンジョンの構造、曲がり道の多さも手伝って、逃げ続けることには成功している。

 しているのだが。

 

「 攻撃 」

「ぎゃあーっ!?」

 

 直線上に立つとビームが飛んでくる。発射された、と認識した瞬間には、もう着弾している。

 数秒の溜めモーションを見て、のえるちゃんが顎に銃弾を叩き込み、ほんの僅かだけ角度が変わることで着弾点をずらして、ギリギリ運良く、しのげている。それだけだ。

 

「ゲ、ゲゲゲ、ゲーム的にあれって対処法あるんでしょうか!?」

「レベルが足りないんじゃないかなあ……!」

 

 なんてことだ、この糞ゲーの製作者は現実がレベル制ではないことを知らないらしい。

 走るたびに硬い感触を返してくる、水晶も厄介だ。銃弾があたっても、デスクイーン57世の杖で引っ掻いても、傷がすぐに再生してしまう。

 ついでに敵が放つビームも何度か反射する、幸い直撃しなかったが、それは本当に幸いなだけだ。

 とにかく、突入前にラジカルマキナ対策として企んでいた、円を描いて落とし穴を設置するといったトラップが使えない。ラジカルマキナを倒す手段があっても実現する手段がない、絵に描いた餅は食べられないのだ。

 

「せ、先輩!」

 

 先行していたのえるちゃんが叫んだ。

 

「い、行き止まりです……」

 

 青白い水晶の壁が、魔法少女たちを阻むように立ちふさがっていた。

 あ、詰んだ。終わった。もうダメだ。心の底から実感が湧いてきた。

 

「 確認 」

 

 もちろん、敵はその手を緩めることはない、逃げ場のない直線距離。

チカっとラジカルマキナの片目が光った。あ、ビーム来た、死んだ、と思ったが、まだ生きている。横をちらりと見ると、水晶に反射し、鏡になった壁に映る、胡桃咲ラヴの頭に赤い点が灯っていた。

 あ、なるほどね? これビームの着弾点なんだ、なるほどなー、と認識して、その瞬間、今までの自分の人生が一気に流れてきた。

 

 胡桃咲ラヴ――――相原くるみの小さい頃のあだ名はアーモンドだった。

 ナッツ類つながりというわけではなくて、顔が細長くて、逆さにしたアーモンドの形をしていたからだ。

 

 大きな瞳も、小さな鼻も、厚めの唇も、パーツだけ見れば美少女だったけれど、皿が駄目なら台無しだ。おおよそ、出会った全員に言われた、『この顎さえなければな』と。

 

 だから高校生になったくるみが、バイトで資金を必死に作り、同意書を偽装作成し、整形手術を試みたのは当然だった。これさえなければよいのなら、削ってしまえばよいのだ。

 

 実は小さい頃からアイドルになりたかった。この尖った顎さえなければ、世界一とは言わなくても、堂々と美少女を名乗れる。その権利を得られる。

 かくして、皿の形を整えたくるみは、その顔を親に見せた瞬間、灰皿で顔を殴られた。

 

『親からもらった体になんてことをするんだ!』

 

 というのがその暴力を正当化する理由だったようだが、そこまで言うのならば、子供の頃からネチネチと、コンプレックスを刺激し続けた理由はなんだったのだ。

 その一撃でもって鼻は潰れ顎は砕け、片目は白く濁り、くるみの顔はおおよそまともな人間と呼ぶには無理のあるものになった。

 

 手に入れかけた希望が一瞬で絶望になり、無気力に溺れ、適当に始めたゲームアプリが、彼女を魔法少女にした。

 愛らしくてキュートで、可愛くて汚れない、本物の美少女になった。その美貌は、魔法少女たちの中でも平均値を遥かに上回る。

 

 その瞬間、世界は光に満ち溢れた。両親を捨て、地元を離れ、魔法少女として生きていくことに全てを費やすことに決めた。

 そのためにはお金が必要で、だからこそ今、胡桃咲ラヴは《天使の祝福(エンゼルブレス)》に所属している。

 

 まだまだこれからだ、世界が、魔法の国が、胡桃咲ラヴを認め、アイドルとして永遠になるのはこれからなのだ。

 

 死を覚悟した瞬間、本当に走馬灯は流れるんだあ、とのんきな考えが頭をよぎり、そして次に浮かんできたのは怒りだった。

 何で私が、こんな目に?

 そもそもこれって、アイドルの仕事じゃなくない?

 私は可愛いの。誰より可愛いの。

 だっていうのに、どいつもこいつも。

 

 怒りは世界をスローモーションにした、胡桃咲ラヴはその一瞬、恐怖を忘れた。

 機械天使の目に光が集まる。光点は正確に胡桃咲ラヴの頭部を捉えている。

 ビームが放たれた、超高温の熱線が精密に着弾し、ターゲットを焼き尽くし――

 

「ふざけんなあああああああああああああああっ!」

 

 数秒間、熱線が照射され、すぐにその熱に耐えきれなくなって、頭蓋骨が融解して、直後に中身が消滅し、その予熱で首から下も即座に燃えて、その余波で残りが吹き飛んだ。

 

 ビームの持つ破壊力は想像以上だった、何せあのラジカルマキナを(、、、、、、、、)破壊することが出来ている。自分の目から出るビームで自分の頭が溶けるというのは構造的に問題がありそうなものだが、もはやそんなことは胡桃咲ラヴの知ったことではない。大事なのは殺せるということだ。

 

「はぁ――はぁ――はぁ――はぁ……」

「く、胡桃咲サン……?」

 

 恐る恐る問いかけたデスクイーン57世を、胡桃咲ラヴはきっと睨んだ。怒り半分、思い出した恐怖半分、もはやその表情を形容する言葉もないほど涙で歪んでいた。

 

 ……胡桃咲ラヴの魔法は『輪っかを通してワープができるよ』だ。

 自分が触れている円を対象にワープゲートを作り出し、視界内の円をその出口にできる。

 正確に狙いが定められていたので、胡桃咲ラヴはその射線に人差し指と親指で作った輪を置いた。もう片方の手も同じく輪っかにして、出口にした。

 

 ビームはワープゲートに飛び込んで、出口で方向を逆転して、ラジカルマキナに向けて放たれた。

 

「どうよ! 私だってねえ! やりゃあできるのよ! どうよ! 舐めんじゃないわよ! くそーっ!」

 

 やけくそなまま怒り猛る胡桃咲ラヴに、デスクイーン57世とのえるちゃんは顔を見合わせ、そして少し怯えた。

 

 

 

愛死狂(アイシクル)

 

「私、あまり長生きできない気がする」

 

 ゴロゴロとベッドに転がりながら、タブレットをいじるリップ・ロップは、部屋を訪ねた愛死狂(アイシクル)に、開口一番そう言った。

 《天使の祝福(エンゼルブレス)》に所属してからは、よく顔をあわせる間柄だ。リップ・ロップの作り出したアイテムを回収し、受取人に渡す仲介が愛死狂(アイシクル)の役割だったからだ。

 

「……そりゃあ、そんな生活をしてればそうだと思うけど」

 

 空になったジュースのペットポトル、ポテトチップスの袋、アイスのゴミ、その他諸々。

 魔法少女は積極的に食事を必要としないし、栄養バランスの崩れ程度でどうこうなるほど軟弱な体では当然ないのだが、不健康であることには変わりない。

 

「そういう話じゃなくてさ、なんだろう、人って運命ってのものがあると思うんだよね」

「運命?」

「人でも物でもさぁ、存在したその瞬間、もう滅びる時が決まってる、って感じ?」

「……バカバカしい」

「かもねー、馬鹿かも。でもさー、感じるんだよ、死神の足音っていうか」

 

 いつもと同じ、何事にもやる気がなく、何事にも興味の無さそうな、力の抜けた顔だった。

 だが、その瞳の奥に、ほんの少しだけ、愛死狂(アイシクル)は「本気」を感じ取った。

 

「……死神って浮いてる物じゃない?」

 

 けれど、そんな漠然としたなにかに付き合ってはいられない。愛死狂(アイシクル)がそう言うと。

 

「……そりゃそうだ、足音なんてしないか」

 

 と、リップ・ロップはけらけらと笑った。

 

 

 迷宮を構成するほとんどは水晶で、凍らせて砕くことはできなかったが、雑魚はそれこそ、唇一つで塵にできる。警戒すべきは複数体いるであろうラジカルマキナだ。

 

(リップ・ロップ……)

 

 あるいはあの時から、ダブルスパイを行っていたのだろう、そしていずれバレることも理解していたのだろう。

 自分に襲い来るであろう脅威から身を護る為に、あんなものを生み出した。どれだけ底なしの魔法なのだと思う。

 あるいは――――あるいはリップ・ロップなら、プリンセス・ルージュに一矢報いることもできるのではないか。

 

(なんて、馬鹿げてる)

 

 愛死狂(アイシクル)が手も足もでなかったラジカルマキナを、プリンセス・ルージュは苦も無く屠ってみせた。

 結局それが答えだ。あの暴君を殺せるのは、竜だけだろう。まして自分など。

 

「っ」

 

 愛死狂(アイシクル)の聴覚が、キシッ、という僅かな音を感知した。この硬質な床に金属が擦れる音。

 

(ラジカルマキナ――)

 

 近づいてくる。他の魔物たちと違い、恐らくこのダンジョンの中をぐるぐるとまわって、外敵を探しているのだろう。

 すばやく物陰に身を隠し、ちらりと見る。予想通り、灰色の天使が周囲を見回しては、少し歩く、を繰り返していた。

 このまま息をひそめれば、やり過ごせるかも知れない。或いは熱感知などでこちらを見つける手段があるかも知れない。

 

(さて…………)

 

 愛死狂(アイシクル)が選んだのは、奇襲だった。

 

「ちゅっ」

 

 空気を凍てつかせて、氷の線を作り出す。どう口づけをすれば、どう凍り、どう操れるのか、愛死狂(アイシクル)は自分の能力を完全に熟知している。

 背後から迫る凍結に、ラジカルマキナは着弾してから気づいた。時は既に遅く、両膝両肘、関節部位に直撃し、即座に凍結する。

 

「 目標、確に 」

「邪魔」

 

 先の戦闘の際、胡桃咲ラヴの魔法を除いて、唯一有効打、といえたものが二つある。

 愛死狂(アイシクル)の凍結によって、一瞬だけ停止した事、そしてのえるちゃんの関節狙いの銃撃だ、あの一撃は、僅かながらラジカルマキナの動きを封じ、ダメージを与えていた。

 ラジカルマキナの装甲、体表面は、おそらく異常な硬度と耐熱性を備えている。表面は凍らせられても、中身まで凍らせることは出来なかった。だが、中身に関しては生身のそれだ、機械で覆われた生体、それがラジカルマキナの構造だろう。

 

 ならば、中身まで凍らせれば、理屈上は倒せるはずであり、構造的にどうしても装甲が薄くなり、凍らせることで動きを制限できる関節は、ラジカルマキナの弱点だ。

 

「 ん――――ガッ 」

 

 重点的に関節狙いで凍らせて、勢いに任せて、右膝を踏み抜く。きつい反動と硬い感触が返ってきたが、同時にビシッ、という明確な『割れる音』が返ってきた。

 

(行ける――――)

 

 体中の力を振り絞って、蹴りぬく。僅かにだが、ラジカルマキナの膝が、曲がってはいけない方向に曲がった。

 

「 凍結状態確認、再起動します 」

 

 ブブブブブブ、とラジカルマキナの全身が振動する。

 氷を溶かすための熱を生んでいる。凍りついた表層が、即座に溶けてゆく。だが。

 

「最初から凍らなければよかったのにね……凍ったあとに、治すんじゃあ」

 

 ラジカルマキナが完全に再起動する、その一瞬前に、割れた関節目掛けて、愛死狂(アイシクル)は口づけを放った。

 ほんのかすかな装甲の隙間、ひび割れた向こうの中身に向けて。

 

「 再起動、完、かん、かん、か、かかかかか 」

 

 どうだ、とラジカルマキナの顔を見る、血管から凍結の口づけが流れ込み、内部の肉が凍りついてゆく。この状態からも再起動できるなら、愛死狂(アイシクル)に打つ手はない。

 

(これで駄目なら――――)

 

 死ぬしかない。

 ギシ、ギシ、と体をきしませながら、ラジカルマキナは愛死狂(アイシクル)を凝視した。その瞳に赤い光が収束する。膨大な熱量を持つビームは、当然ながら愛死狂(アイシクル)の天敵となる。氷の壁で防ぐことが出来ない。

 

 ――数秒待っても、ビームは飛んでこなかった。熱がたまりきるより早く、凍結が全身を周り、ラジカルマキナは完全に動きを停止した。

 

「…………ふう」

 

 一対一で、背後から奇襲を仕掛けれられれば、なんとかなる。

 結果を得ることが出来た。形は不格好で、過程も、注いだ労力も、挑むのに賭けた物も、何もかもが違いすぎるが、それでも、プリンセス・ルージュと同じ結果を出すことが出来た。ただ、負けたまま終わったわけではない。

 

「よし……」

 

 愛死狂(アイシクル)は一つ頷いて、念の為、ラジカルマキナの表面も再度凍らせてやろう、と近づいた。

 

「 ど 」

「!?」

 

 凍りついたはずのラジカルマキナが、音を発した。とっさに飛び退く。

 数秒間待っていたが、動き出す様子はなかった。代わりに、ラジカルマキナはこういった。

 

「 どウキ……かンりょ…… 」

 

 それで、完全に止まった。氷の彫像となって、二度と動かないはずだ。はずなのだが。

 

「どうき……同期?」

 

 同期完了。

 それはつまり、このラジカルマキナが見知りした情報を、他の個体に転送した、ということだろうか。

 だとすると。とても、非常にまずい予感がする。

 キシっ、と新たな足音がした。他の個体と通信が取れるのであれば、まあ、救援を呼んだりは、当然するだろう。

 ちらりと、足音の方向に目をやった。新しいラジカルマキナが二体、愛死狂(アイシクル)を見つめていた。

 ラジカルマキナ達は、次にお互い顔を見合わせ、『あれだよね?』『あれあれ』というように、お互い顔を見合わせて、指差し、頷いて、確認を終えると。

 

 ブブブブブブブブブブブ――――

 

 両肘両膝が、凄まじい勢いで振動し始めた。キキキキカカカカカカカカ、と、小刻みに足と床がこすれる音が響き渡る。

 

「……学習機能、あるのね」

「 排除します 」

「 がんばります 」

「頑張らなくていい……!」

 

 愛死狂(アイシクル)は踵を返して逃げ出した。

 前言撤回、やっぱりあれは、相手にし続けていいものじゃない。

 

 

◆のえるちゃん

 

「きゃああああああああああああああ!」

 

 カシャンカシャンと足音を立てて迫ってくる二体のラジカルマキナから、三人は必死に逃げ続ける。

 

「くっそ、ビーム撃てよビーム!」

「私あれもっかいやるんですか!?」

 

 しかし、ラジカルマキナ達はいっこうにビームを撃たなかった。明らかに、反射されることを警戒し、近づいてきて殴ったり蹴ったりを繰り返す。直撃したら死ぬので、避け続けるしかない。勿論、正面から挑むのは愚の骨頂だ。

 曲がり角を上手く利用して、なんとか撒いている、徐々に距離は広がっていくが、振り切れるほどの速度差ではなかった。デスクイーン57世単独なら、あるいは……と言ったところだが、愛しの先輩は勿論、そんな事をするわけがない。

 

「っ」

 

 距離を保てているのは、通路が比較的狭い事と、のえるちゃんが壁や天井に反射して映るラジカルマキナを視認して、走りながらその膝を撃ち抜いて、少しだけでも足を遅らせるという神業を決めているからだ。

 

「ていうか再出現(リスポーン)早くないですかぁぁぁぁ!!」

「多分、お互いの位置とか情報を共有する機能があるんだと思う……だからあいつら、さっきからビーム撃たないんだ、跳ね返されるから!」

「えええええええ――それじゃあ……」

 

 曲がり角に差し掛かる。最悪なことに、魔法少女の聴力が、その向こうからも聞こえる足音を聞き取ってしまった。立ち止まって確認する余裕は一切ない。僅かでも足を止めたら、折角ひらけたラジカルマキナとの距離を詰められる。詰められたらぐしゃっとされる。とはいえ、前方からもラジカルマキナが来ていたら本当に詰みだ。

 

「せせせ、先輩……!?」

「……っ、突っ込んで、なんとかかわす!」

「は、はい!」

 

 絶望的な状況で、どうにもならないことは理屈でわかっているのに、デスクイーン57世の激励は、のえるちゃんの胸によく響く。

 デスクイーン57世を先頭に、何か居たら即座に撃つ。その心構えを決めて駆け抜ける。

 

「っ!」

「やあやあやあやあ君達! 無事で何より!」

 

 ラジカルマキナじゃありませんように、そう祈りながら、視界に入ってきたのは、見覚えのあるマントにベレー帽、モノクルとパイプを携えたその魔法少女。

 フェスティ=バルだった。

 

「あ」

 

 あまりに笑顔かつのんきな姿に一瞬我を失い、緊張が変なふうにブレて引き金を引いてしまった。

 

「うおあああああああああああああああ!?」

 

 狙いを定めていたわけではないので、命中はしなかったものの、飛び出した弾丸は器用にフェスティ=バルの頬をかすめていった。

 

「何すんのだねーーーーーーーーーーーーー!?」

「フェスティ=バルさん! 無事だったんですね!」

 

 のえるちゃんはその咆哮を無視してフェスティ=バルに駆け寄った。

 

「って、再会を喜んでる場合じゃないぞ、逃げろ逃げろ!」

「そそそそそうですよ急がないと急がないと!」

 

 デスクイーン57世が叫び、胡桃咲ラヴが慌てて先に向かおうとする。

 眼前にはフェスティ=バルが走ってきた直進路と、左への曲がり角があった。

 必然、四人の魔法少女は角を曲がることになる。一拍遅れて、背後からキシキシと例の足音が聞こえてきた。

 フェスティ=バルはああそうだ、と手を打った。

 

「そうだそうだ、一個謝らないといけなかったのだよ」

「あぁ!? それ今言わないといけないことか!?」

 

 半ギレ気味に叫ぶデスクイーン57世に、フェスティ=バルはいやぁ、と言いづらそうにして。

 

「実は私も追われていてだね」

「は?」

 

 のそり、と今しがたのえるちゃん達が曲がった道の両角から(、、、、)顔を出すラジカルマキナ達。

 五つの無表情が、魔法少女たちを睨めつけた。

 

「嘘でしょーーーーーーーーーーーーーー!?」

 

 胡桃咲ラヴの絶叫が響くと同時、我先にと体を押し合いながら、五体のラジカルマキナが一斉に群がってきた。

 

「倍以上に増やすんじゃねええええええええええ!」

「むしろ三体しのげてた私を褒めるのだねー!?」

「あれ全部引きつけて逃げ続けろよ!」

「無茶言うんじゃないのだね!」

 

 本人は隠せているつもりらしいが、デスクイーン57世の言葉遣いはテンパると荒くなっていく。のえるちゃんからすると、割といつものことなのだが。

 

「おいフェスティ=バル! なんか対処法はないのか!?」

「あるにはあるのだけどー!」

「あるんですか!?」

 

 走って角を曲がり、角を曲がっては走り、時に階段を駆け上り、駆け下り、それでも絶妙にラジカルマキナ達を振り切れない。

 やがて、追いかけてくる五体の内、一体のラジカルマキナが、立ち止まって両腕を前に突き出した。四体はその背後で整列し、じぃっとのえるちゃんたちを凝視している。

 

「あ?」

 

 ちらりと背後を覗き見るデスクイーン57世。つられて、のえるちゃんも見た。

 ラジカルマキナの、肘の関節部位から、シュゴッ、と音を立てて、煙と炎が噴射され始めた。腕はガタガタと揺れて、今にも外れそうな程振動している。

 

「――――――――嘘だろおいおいおいおいおいおい」

「な、なんですかあれ……」

「何ってそりゃあ……」

 

 のえるちゃんは、そっち方面の造詣が深くない故にわからなかった。けれど、言葉にして言われたら、一発で理解できただろう。

 

「飛ばしてくるのか、あれ――――!?」

 

 正解、と言わんばかりに、二つの拳が、爆音の尾を引いて放たれた。

 

「逃げろぉおおおおおおおおおおっ!」

「いやああああああああああああ!」

 

 

 

◆デスクイーン57世

 

 今度こそまずいと思ったのか、胡桃咲ラヴは、それはそれは速かった。限界を超えた速度で我先にと逃げ出す。のえるちゃん達も後に続く。足の回転数を上げて、なんとか曲がり角の向こうへと逃げ込む。

 

「せ、先輩――!?」

「止まるな走れ!」

 

 後輩たちの背を見送って、デスクイーン57世は足を止めた。慣性を強引に足で殺して、振り返る。

 ロケットパンチは直線距離を、ラジカルマキナとは比較にならない速度で突き進む。みるみる距離が詰められていく。しかも、その向こう側にいる、残りのラジカルマキナ四体も、同じ様に両腕を突き出していた。あと八発、同じのが来る。

 

「当たったら死ぬよなぁこれ――――!」

 

 それでも。デスクイーン57世は、驚異的な精神力で、ロケットパンチを引きつけた。瞬きの間に距離を詰めて、直撃するであろう、まさにその瞬間まで。

 

「っ――――!」

 

 デスクイーン57世はその場で体を投げ出した――膝を曲げる、などという動作をしている暇はない。全身を脱力させて、床に向けて落下したと言う方が正しい。鼻先をかすめた拳は、なんとかギリギリ回避が間に合ったことを意味していた。

 

「そのまま壁にめり込め――――!」

 

 そう期待していた。だが。

 あろうことか、デスクイーン57世の視界の真上で、直角に方向転換し(、、、、、、、、)、のえるちゃん達を追いかけて更に速度を上げた。

 

「はぁ!?」

 

放たれたロケットパンチは、フェスティ=バルと、彼女が強引に引きずり倒したのえるちゃんも避けて、最前線を突っ走る、胡桃咲ラヴに向かっていった。

 

「やべ――――」

 

 それはそうだ、連中からしてみれば、攻撃を反射できる――ラジカルマキナに対抗できるのは、胡桃咲ラヴだけで、あとの魔法少女はそもそも敵ではないのだから。

 追いつくのが難しいから、反射できない攻撃で、確実に仕留める。学習している。

 

「――――避けろぉおおおお!」

 

 その言葉が間に合うはずもない。背を向けて逃げる胡桃咲ラヴの、まず右肩に拳が命中し、ありえない方向に体を曲げた。

 

「うぎぃ――――っ!?」

 

 勢いのまま、くるんと一回転する。その顔の真正面に、次の拳が来ていた。

 悲鳴をあげる暇もないまま、殺意の拳が叩き込まれた。

 

「――――小煩(こうるさ)い」

 

 ――――はずだった。

 

「……あ」

 

 デスクイーン57世は見た。真っ赤なドレスの魔法少女は、いつの間にか胡桃咲ラヴの前に立って、細い首を掴んで引きずり倒し、迫る拳を両断していた。

 正面から二つに裂けた拳は、勢いを殺さぬまま左右の壁に激突して、水晶に大きな穴を穿った。

 

「余の視界に入るな、と言ったはずだったのだがな」

 

 言いながら、真紅は小さく動いた、ように見えた。

 その小さな、たった一歩でもって、デスクイーン57世の真横に、プリンセス・ルージュは立っていた。

 

「余の言葉を愚かにも無視した者共を、どう裁こうか? 手足を斬り晒すか、火で炙るか」

 

 後から放たれた、八発の拳。プリンセス・ルージュはこともなげに剣を振るう。一度、二度、振るう度に拳が断たれ、砕け散る。遅れてきた最後の一発は、その狙いをプリンセス・ルージュに変えた。

 

「無礼だな」

 

 肉を打ち叩く音を立てて、命中した。いや、それを命中と呼んでいいのかどうかわからない。迫りくる拳を、プリンセス・ルージュは、その手のひらで、簡単に受け止めていた。

 存在していた筈の衝撃や、質量や、熱など一切関係なく、そうであるのが当然の様に。

 暴君が力を込めると、ビキビキと罅が刻まれて、あっけなくぐしゃり(、、、、)と砕け散った。

 硬い外殻の中にある肉が潰れて、血が溢れ出た。

 

「貴様ら如きが、余に敵うわけがあるまい」

 

 腕を失った機械天使達が、一斉に顔を見合わせる。

 

「 確認 確認 」

「 例外 戦闘続行不可 」

「 否 」

「 神に 」

「 混沌の神に 」

「 仕えよ 」

「 神を 」

「 我ら忠実なる神のしもべ 」

「 ラジカルマキナ 」

 

 (恐らく)何らかの話し合いが終わったのだろう、ラジカルマキナ達が、プリンセス・ルージュを、ただ一人の天敵を見据える。

「――遺言はそれで良いのか?」

 その言葉を合図に、五体は一斉に襲いかかった。

 それから、ラジカルマキナ達が殲滅されるまで、僅か三十秒もかからなかった。

 

 

「やあやあやあやあ助けてくれてありがとう! いやあ凄いのだね、アイツらをばっさばっさと一刀両断! さっすがはあのプリンセスー――――」

 

 軽い調子で語りかけてくるフェスティ=バルへの返答は、眼前にピタリと突きつけられた刃だった。

 

「余への無礼、死を以て償うか?」

「――――ステイステイステイステイステイ」

 

 表情をそのままにじりじりと下がって、フェスティ=バルは速やかにデスクイーン57世の後ろへと隠れた。

 

「ひー、怖い怖い。機嫌を損ねちゃ駄目なのだね」

「何がしたいんだお前は……」

「何がも何も、私達がこのダンジョンで生き抜くためには彼女の協力が必要なのだね。ラジカルマキナが出てきたらゲームオーバーなのは変わってないんだから」

 

 ラジカルマキナを退けて、無言で突き進むプリンセス・ルージュを先頭に道をゆき、広いエリアに出た所で、胡桃咲ラヴの治療の為に立ち止まった。

 プリンセス・ルージュは構わず先に行こうとしたが、それをフェスティ=バルが《その手段が最良かどうかはさておいて》留めた形になる。

 

「っぐううう……痛い、痛いぃ……」

 

 胡桃咲ラヴの右肩は、骨が砕けて、折れた部位の一部が肉を破っていた。どう控えめに見ても大怪我だ。シルヴェストリが居ればまだ治療の目処が立ったのだが、贅沢は言えない。衣装を裂いて、きつく縛って、止血を施して気持ち固定してやる程度だ。

 

「……フェスティ=バル、お前は今までどこで何してたんだよ」

「デスクイーン、口調荒れてるね?」

「………………フェスティ=バル、あなたは今まで何してたの?」

 

 激闘の連続で、すっかり『デスクイーン57世』として取り繕うのを忘れていた。指摘したフェスティ=バルは、ニヤニヤと笑いながら。

 

「闇影切子を倒して、その後こっちに来たのさ。ファズが言うには、プリマステラとミラクルまりりんもこっちに向かってるって言うから、合流できればと思って」

 

 そう言って、フェスティ=バルは魔法の端末を取り出す。白黒の電子マスコットが表示された。

 

『ふう、どえらい目にあった……ぽん』

「あ、マスコット同士なら連絡がとれるのか?」

『いや、基本的に無理……ぽん。通信も相変わらずうまく使えない……ぽん、魔法少女のサーチ機能は生きてたから、それを見ていた、ぽん』

 

 そう言えばカラオケボックスで、そんな事を言っていた気がする。

 

『一応、伝えておく……ぽん。プリマステラとシルヴェストリは、ミラクルまりりんを救出できた……ぽん。フェスティ=バルが闇影切子を、君達がユーコとリルフェンを倒したから、《本当の貴女(トゥルークオリア)》は事実上、これで終わりだ……ぽん』

「本当ですかっ!」

 

 ミラクルまりりんは、デスクイーン57世達にとっても知らない仲ではない。救出の一報に、のえるちゃんが声を上げた。

 

『……ただ、シルヴェストリが殺られた、ぽん。状況はわからないけど、死んだのは間違いない……ぽん』

「…………え」

 

 ただ、その声はすぐにかき消されることになる。シルヴェストリ、癒やしの魔法少女。その死の一報は――彼女たちの心に楔を打つのに十分だった。

 

「……まー、この状況で誰も死なねーってのが無理があるのだね。特に、ラジカルマキナ共はえげつない。私は正直、自分のことめちゃくちゃつえー魔法少女だと思ってたけど、ありゃあお手上げなのだね、強い上に数も多い、中ボスにしちゃやりすぎなのだね」

「……慰めのつもりなら、失敗してるぞ、それ」

 

 もはや、口調を取り繕う余裕もなかった。事件が起きてから、何度となく、そばにあり続けながらも凌いできた『死』という概念が、一気に現実感を増す。

 

「……………………」

 

 胡桃咲ラヴの落胆具合も、わかりやすく顔に出ていた。それはもう凄かった。シルヴェストリと合流できれば、傷を治してもらえると思っていたに違いない。他者の死に抱く感想がそれか、という不満もわずかながらにあったが、それを責めるには彼女の傷は余りに大きい。

 

「……ファズ、愛死狂(アイシクル)とか、他の魔法少女の居場所は?」

『このダンジョンではサーチもできない……ぽん。マッピングはしてるから、フェスティ=バルが歩いてきたルートはわかるけど、どの範囲に誰がいるかは不明ぽん、ていうか、わかってたらもっと早く合流してるぽん』

「そりゃあそうか」

 

 そこで、魔法少女たちは一度沈黙した。勢い勇んで挑んだものの、敵があまりに強すぎて、ダンジョンはあまりに大きすぎる。横の範囲はともかく、縦に高いタワーマンションが迷路構造になっており、上下を頻繁に行き来させられる為、方向感覚がとにかく狂う。

 デスクイーン57世達に至っては、途中からはラジカルマキナに追われて地図なんぞ作ってる場合じゃなかったこともあり、そもそも脱出が困難なレベルだ。

 肉体的にも、精神的にも、消耗が激しい、このまま最上階に辿り着いたとして、待っているのは恐らくラジカルマキナの親玉だ。

 先を考えるだけで、若干陰鬱な気分になってくる、何より。

 

「…………で」

 

 壁によりかかり、腕を組んでいた暴君、プリンセス・ルージュは、会話する魔法少女たちを睨めつけた。そう、現状最大の危機が、現在進行系で存在している。

 

「まだ答えを聞いていなかったが――――貴様らは、何故ここに入ってきた? 余は告げたはずだ、邪魔をするなと」

「…………いやその」

 

 改めて『何故』を問われると非常に困る。デスクイーン57世としては、心配なのは赤緋朱姫であって、プリンセス・ルージュではないのだから。

 

「……心配で」

「ほう、余の心配を出来るほど、貴様は強いのか」

 

 嘲りが大いに含まれた笑みを浮かべる暴君。彼女にとっては取るに足らないラジカルマキナ相手に、あれほど翻弄されていたのだ。嘲笑する権利はあるだろう。

 

「……あなたの心配はしてない、私が心配なのは、朱姫ちゃん」

「ふん?」

 

 努めて、デスクイーン57世の、魔法少女の口調を保つ。

 

「単刀直入に聞くけど……どうやったら変身を解除してくれる(、、、、、、、、、、)?」

 

 その言葉に。プリンセス・ルージュは、真紅の暴君は。

 

「ふ、ふははははは! はっーっはっはっは! ははははは!」

 

 両手を叩いて、腹を抱えて、盛大に笑った。

 

「……そんなにおかしいことを言った?」

「ひははははは! はははは! い、いや何、余りに滑稽な問いかけだったものでな! ははははは! 何だ貴様、わざわざ貴様にとっての死地に、余の本体を取り戻しに来たのか! ははははは!」

「………………」

「ふふっ、いや、何、そう睨むな。あれ(、、)は余にとっても切り離せぬ存在よ。あれなくして余は成り立たん故にな? だが、今一度、この身体をあれ(、、)に委ねれば、もう二度とプリンセス・ルージュ()になろうとは思うまいよ」

「……でしょうね」

 

 デスクイーン57世の溜息を合図に、のえるちゃんがおずおずと手を上げた。

 

「その……プリンセス・ルージュ……さん、は……ひえっ」

 

 『プリンセス・ルージュさん』の時点で、暴君の鋭い視線が飛んだ。思わず怯えてしまったが、のえるちゃんはいやいや、と首を振って。

 

「その、愛死狂(アイシクル)さんが言ってました。あなたの事を、その、放っておけないって。あれって、どういう意味なんですか?」

 

 問いに、プリンセス・ルージュはふん、と鼻を鳴らし。

 

「余がわざわざ語る理由はないな。おい、そこの」

「え? あ、はい、私?」

 

 あえて話に参加せずに白を切っていたフェスティ=バルは、プリンセス・ルージュに顎で指されて慌てて居住まいを正した。

 

「許す。語り部となり伝えるが良い。余がどういう存在であるか。余がどれだけの事をした(、、、、、、、、、、、)のかを」

「……あ、私は知ってる前提なのだね?」

「余の名前を知っていただろう。許すと言ったのだ、貴様はその通りに動けば良い」

 

 まさに暴君、という物言いで、フェスティ=バルは慌てて魔法の端末を開いた。ファズが出現し、求められた情報を画面に表示してゆく。

 

「えー、プリンセス・ルージュっていうのはだね、一言で言うと大犯罪者(、、、、)なのだよ」

「大……犯罪者?」

 

 ちらりとプリンセス・ルージュを見る。暴君は語らず、腕を組んだままだ。

 

「そ。とある魔法少女の選抜試験で、『望み通りに振る舞える』魔法を持つプリンセス・ルージュと、『他人の願いを否定する』魔法を持つドラゴンハート、二人の魔法少女の戦争(、、)が始まったのだね。二人の名前にちなんで、その名も第一次紅竜戦争。街一つが文字通り、炎の海に飲まれて、死者は四桁を数え、物理的被害はそれより甚大、魔法の国の歴史にも残る、魔法少女のA級クラスの大事件なのだよ」

「……その魔法で、こんなに強いの?」

「そこが誰が考えても誤算でねー。要するに、プリンセス・ルージュは『願望を現実に変えてしまう』魔法少女なのだね。斬れると思ったら斬れる。殺すと思ったら殺す。イメージさえ頭の中で成立してしまえば、後は結果が勝手についてくる、と」

 

 攻撃が通じないのは、何のことはない、『攻撃を受けても通じない』様に振る舞っているから。その願望は、望み続ける限り叶う。

 最強の魔法少女。

 

「け、けど、だからといって、二人だけで、そんな被害が出せるんですか?」

 

 のえるちゃんの疑問に、フェスティ=バルは目を細める。

 

「いや、その時、選抜試験に参加してた魔法少女は、どっちかについて戦うことを強要されたのだよ。逆らったものは殺され、あるいは魔法少女同士で、生き残るために殺し合った。ちなみに」

 

 ファズが映し出す資料を指でめくって、全員に見えるように示す。名前と、魔法、何が起こったか。何をしたか。何故、どこにいたのか、当時の状況が、事細かに記されている。

 

「ユーコはドラゴンハートの陣営に、愛死狂(アイシクル)はプリンセス・ルージュの陣営に、それぞれ参加させられて、戦ったのだね」

「!」

 

 そもそも、選抜試験というのはその地域の魔法少女たちが集まって行うもので、そこにいた、ということは即ち、プリンセス・ルージュの手によって、住んでいた場所を焼かれた――あまつさえ、それに加担させられていたことになる。

 愛死狂(アイシクル)が何故、プリンセス・ルージュを敵視するのか、その答えがはっきりと示された。

 

「あの、第一次ってことは、第二次があったんですかぁ……?」

 

 肩を押さえながら、胡桃咲ラヴが呻くように言った。つらそうではあるが、なにかで気を紛らわさないとやってられないのだろう。

 

「うん、第一次の四年後にね。封印されたはずのプリンセス・ルージュとドラゴンハートが、何者かの手によって解放されたのだよ。そんで犬猿の仲の二人は再度バトル――になる前に、現地の魔法少女がそれを防いだ。その後の顛末については、資料が残ってないなあ」

「防いだ、って簡単に言うけど、その、こいつを? どうやって?」

 

 こいつ呼ばわりされた、ラジカルマキナを一刀で両断する暴君から、心なしか凄まじい殺気を感じる。気のせいだと思いたい。気の所為ということにしよう。

 

「さー、せっかくなら聞いておけばよかったねえ。デスクイーンは会ったことあるでしょう? ジェノサイダー冬子ちゃん」

「ああ、あのツインテールの」

 

 その名前は知っている。デスクイーン57世が魔法少女になったばかりの時、フェスティ=バルの案内で連れて行かれた、〝アクリル・ブラッド〟という魔法少女の屋敷で、とある騒動に巻き込まれた際、一緒に事態の収束をする事になった魔法少女である。

 とにかく、変わった魔法少女だったことは覚えているのだが。

 

「あの子、そんなに強かったんだ……」

 

 戦闘力に長けた印象は無かった。魔法もそんなに派手ではなかったし、むしろ裏方に向いているタイプで、プリンセス・ルージュと戦って、勝てるようにはみえなかった。少なくとも、ラジカルマキナが目の前に居たら、首をポキリと折られてやられそうだ。

 

「強弱の問題ではない」

 

 その名前が出た瞬間、プリンセス・ルージュは、露骨に不機嫌そうに呟いた。

 

「奴はただ狂っていただけだ。余以上に、あるいはドラゴンハート以上に。単純に戦えば、余が勝つだろうが、そんな些末な領域に、奴は居なかった」

「…………」

 

 その言葉の真意はわからないが――ふと、デスクイーン57世はふと疑問を口にした。

 

「……ねえ、一つ気になったんだけど、それ、いつの話?」

「ええーっと、第一次紅竜戦争が、十年以上前の話だね?」

「だったらおかしいでしょう、朱姫ちゃん、どう見ても十歳以上には見えなかったけど?」

「そりゃそうだよ、重罪人は時間の止まった魔法の牢獄に封印(、、)されるのが通例なのだからね。実際、第二次紅竜戦争でも、プリンセス・ルージュは封印刑に処されたはずなのだよ。むしろ何で、今ここにいるの? って話なのだね」

 

 は、と――これは恐らく自嘲なのだろうが――問いには答えず、笑い飛ばし、プリンセス・ルージュは改めて、デスクイーン57世達に向き直った。

 

「言っておくが、全てが事実だ――余は余が余である為に、殺して、犯して、嬲り、辱め、蹂躙し、奪い、潰し、挽いて、断ち切り、壊し尽くした。余はお姫様(プリンセス)だからだ、その権利がある」

 

 それは余りに暴論で、それは余りに暴君だ。その理屈が、どれだけ身勝手か知っていて、なお力づくで突き通す。

 

「……ねえ、フェスティ=バル」

「ん?」

「魔法少女の人格と、その本体の人格が違う、ってことは、あり得る?」

「プリンセス・ルージュなら、あり得るのだね。朱姫ちゃんが知らないような言い回しや立ち振舞いに、戦闘技術もあるんだし。多分、『望み通りに振る舞う』という魔法によって、自分の語彙や知識を超越した人格を作ってしまったのだね。それが、プリンセス・ルージュなのだと推測するけれど――――」

「ふん、その通りよ。紅緋朱姫は、余であって余ではない、余もまた、紅緋朱姫であって、紅緋朱姫ではないのだ」

「……疑問は解けたよ」

 

 紅緋朱姫が変身したがらなかったのは、その姿になった瞬間、自分が自分でなくなるから、か。

 一度魔法少女になってしまえば、プリンセス・ルージュが自ら紅緋朱姫に体を明け渡さない限り、戻ることが出来ない。だが。

 

「余が、わざわざこの体を返すと思うか?」

「……思わない。それに、プリンセス・ルージュ。あなたの力は、必要だ」

 

 このダンジョンの最深部に『ボス』が居るとして、それを倒せるのは、恐らくプリンセス・ルージュだけだろう。

 

「だから、この戦いが終わったら、あなたに決闘を申し込む」

 

 

 

◆プリンセス・ルージュ

 

「…………………………………………は?」

 

 プリンセス・ルージュは、ぽかん、と口を開けた。のえるちゃん他、魔法少女たちも全員、同様だ。

 何を言われたのかわからない。プリンセス・ルージュが王としてこの世界に降り立ってから、正面見据えて喧嘩を売ってきた存在など、それこそドラゴンハートや、あの女ぐらいのものだ。

 

「私が勝ったら、朱姫ちゃんに返して欲しい。そのかわり」

 

 デスクイーン57世は、そんなプリンセス・ルージュの瞳を見据えて言った。

 

「あなたに怨みを持つ全ての人から、私が朱姫ちゃんを守る」

「せ、せせせせ先輩! それはそれはそのあのええとちょっと待ってくださいタンマ!」

「の、のえるちゃん? 落ち着いて!? そもそもそういう問題じゃないですよ!」

 

 慌てふためく魔法少女たちの声が耳朶を打つ。だが、それら全ては瑣末事だ。

 プリンセス・ルージュは口争いでも負けはしない。その様に振る舞う。故に、思考が追いつかなくても口は勝手に動く。

 

「……余が勝ったら? その無礼の償いを首で払うか?」

 

 デスクイーン57世は、不敵に笑ってみせた。自信ありげに腕を組み、うんうんと頷き、それから、一歩下がって、すすす、と目をそらし。

 

「…………うーん、その……まぁその時はその時で」

 

 逃げた。この真紅の暴君に啖呵を切っておいて。

 

「なんでそこでちょっとふわっとしちゃうのだねー!」

「思いつかなかったんだよ良い対価が!」

「そりゃあそうだよ交渉になってないもの!」

「うるっせーなあるだろ色々!」

 

 探偵姿の魔法少女の言う通り、交渉自体が成立しない、そもそも、プリンセス・ルージュが交渉の舞台に立つ必要がない。暴君は取引をしない。欲しい物は奪い、求めるものは力づくで下す。

 そのはずなのに。

 

「クク、ハハハハ」

 

 生意気な口を叩く女が以前にも居た。その時の愉快な気持ちを、少しだが、思い出した。

 

「よかろう」

「だからつまりさーあ! 私がいいたいのは………………え?」

 

 なんとか話を続けようとするデスクイーン57世を、プリンセス・ルージュは笑いをこらえながら見据えた。

 

「死なれても目障りだ。余の後ろで旗を持つ事を許す。この騒ぎを起こした愚者の首をはねたら、貴様の望み通り、決闘とやらに応じてやろう」

「……マジで?」

 

 もしこの場に愛死狂(アイシクル)が居たらなんと言うだろう。ふざけるなと怒り、また通じずとも、敵わずとも立ち向かってくるのだろう。

 かつての暴君なら斬り伏せる。今のプリンセス・ルージュなら、どうするだろうか。

 

「貴様は自身の命運を、天秤の皿の上に載せたと知れ。余が勝った、その暁には――――」

 

 

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