魔法少女育成計画 -Deicide Side-   作:天都ダム∈(・ω・)∋

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*** 第六章 遊戯(ゲーム)である以上は攻略(クリア)できる必要がある ***

◆ミラクルまりりん

 

 魔法を使って姿を消し、先行する。歩く度に響く軽い足音も、衣擦れの音も、ミラクルまりりん一人ならば感知されることはない。ある程度の範囲を捜索し、安全を確認したら、プリマステラに合図を出して少しずつ進む。

 時折でてくる魔物は、プリマステラが、指を負傷していない方の足で、不意打ちで首をへし折っていく。戦闘能力という面においては、ミラクルまりりんもシルヴェストリも高い方ではなかった為、その頼りになることと言ったらない。

 尤も、あの憎き灰色の魔法少女に関しては、発見次第即撤退、の方針をとっていた。理由は単純明快で。

 

「倒す方法が今の所、思い当たりませんの。私の蹴りが通じない、つまり、私達では戦闘になりません」

 

 そう言われてしまっては、悔しいが頷くしかない。いつかチャンスが来ると信じて、今はとにかく先へ先へと進む。

 探索を続けてわかったことは、ある程度移動すると魔物がどこからか湧いてくる事……魔法を発動しているミラクルまりりんがどれだけ歩き回っても魔物はでてこなかった、先行して確認した通路や部屋にも魔物は一体もおらず、プリマステラが移動して初めて出現する仕組みになっている。

 

「本当にゲームなんだな……リップ・ロップ、か」

 

 振り返れば、そいつのせいで、ミラクルまりりんは事件に巻き込まれ、シルヴェストリが死んだのだ。絶対に許さない。灰色の魔法少女は強敵かも知れないが、それを操るリップ・ロップはただの魔法少女のハズだ。ミラクルまりりんなら、隙を突いて必ず殺せる。

 

「…………ん?」

 

 奥の通路から、何やら物音がする。キシキシと何かが軋む音。床を蹴る音、何かが固まるような音。

 

「…………誰かいる、戦ってる?」

 

 その答えは、すぐに視界の中に飛び込んできた。だっと走り込んできたのは、白いうさみみフードを頭からかぶった、魔法少女だった。その背後から、両膝のへし折れた、あの灰色の魔法少女が転がってきた。

 

「!?」

 

 全身に霜を走らせて、ピクピクと小刻みに震えている。この魔法少女がやったのか、と思っていると、後を追いかけるように、更にもう一人――まったく同じ外見の、灰色の魔法少女が姿を現した。

 

「はぁ!?」

 

 思わず声が出た、だって、もう一人いる。いや、もしかして、沢山いるのか?  たくさんいるモブエネミーの一体で、そんな奴に、シルヴェストリは殺されたたのか?

 心の中に渦巻く声が、冷静さを飲み込んで、反射的に手がでそうになる。

 うさみみフードの魔法少女は、背後を確認しながら、とにかく灰色の魔法少女から距離を取ろうとしているようだった。接近戦は苦手なのだろうか。なにか出来ることはあるだろうかと考えた所で、一条の熱線が、灰色の魔法少女の瞳から放たれた。

 

「がぁ、っ、ぐっ!」

 

 熱線はまっすぐ伸びて、とっさに避けて、それでもかわしきれなかった魔法少女の右腕を、肘の先から消し飛ばした。その衝撃で、バランスを崩し、転んでしまった。もう逃げられない。

 

「 無力化 実行 」

 

 なくした腕を押さえて転がる魔法少女に、第二射が放たれようとしていた。ミラクルまりりんに出来ることは、なにもない。

 戦っても勝てない、でていった所で助けられるわけもない。プリマステラを呼んできても結果は同じだし、そんな時間だって残ってない。

 ミラクルまりりんの目的は、リップ・ロップを殺して、この事態を収束させることだ。

 この場で、無理に、無謀に、無意味に命を賭ける理由なんて――――

 

「――っだらぁ!」

 

 足元に転がっていた、水晶質の破片を投げつけた。カツン、と当たって、跳ね返り、ぎょろり、と灰色の魔法少女の顔が、姿を現したミラクルまりりんに向いた。

 

「――殺させるもんか、これ以上」

 

 眼の前の魔法少女が、どこの誰かは知らないが、きっと目的は同じだ。このふざけた事件の解決のため、リップ・ロップと戦う魔法少女だ。

 眼の前で何もせずに死なせたら、シルヴェストリに合わす顔がない。

 

「か、かかって、来なさいよ……っ!」

 

 声は震えた。足も震えている。恐怖がある。何も出来ないとわかっている。

 それでも立ち向かわないと、ミラクルまりりんは、ミラクルまりりんではいられない。魔法少女でいられない。細かい理屈とか、合理的な判断とか、そんな物はどうでも良いのだ。シルヴェストリなら、きっと、今のミラクルまりりんと同じことをするはずだ。

 

「 標的 確認 攻撃 」

 

 敵の瞳から、赤い光が瞬いた。

 

愛死狂(アイシクル)

 

 なんとか一体を仕留めて、もう一体にやられた。ビームが右腕に当たったのは、不幸中の幸いだ。頭や内臓だったら、死んでいた。とはいえ、それは即死か数十秒後に死ぬかぐらいの差でしかない。

 それでも、生きているなら抵抗できる。愛死狂(アイシクル)は、顔を上げた。最後まで戦って、最後まで足掻いて、最後まで生き抜いてやると、そう思った。

 だが、視界に映っていたのは、見たことのない、マフラーの魔法少女が、自分にとどめを刺そうとしていたラジカルマキナに啖呵を切っている姿だった。今この場に、突如姿を現した事と、聞いていた容姿から、シルヴェストリが言っていたトモダチ、ミラクルまりりんであることは判断がついた。だが、どう贔屓目に見ても、ラジカルマキナと戦える戦闘力は有していないはずだ。

 

 ラジカルマキナは、一瞬、倒れた愛死狂(アイシクル)に目をやって、それから、ミラクルまりりんを見つめ直した。今の愛死狂(アイシクル)よりも、得体の知れない――データの採れていない、ミラクルまりりんに、攻撃の優先順位を変更したのだろう。こいつらは、どこまでも機械的で、どこまでも自動的だ。自我や感情と言ったものはなく、ただただ与えられた役割を実行するだけのシステムなのだ。

 ゲームデータ上に存在する、ただの強敵。

 そんな奴に負けたくない、積み重ねてきた研鑽がかなわないなどと思いたくない。

 

「っぎ――」

 

 痛みをこらえて、唇を動かす。かすかなキスが、空気を凍らせる。未だ関節部の振動を続けるラジカルマキナにどれだけの効果があるかわからないが、何も出来ないよりはいい。

 果たして、氷の線は膝裏に当たり、微かな凍結を与えて、そしてすぐに溶けた。駄目だ、やはり出力が足りない。

 意に介さず、光線が放たれた。ミラクルまりりんの顔が、灼けて溶けて、消滅――――しなかった。

 それより一瞬早く、何か(、、)が飛んできて、ミラクルまりりんの腹に当たって、突き飛ばした。

 

「な……」

 

 それは、愛死狂(アイシクル)の鍛えた動体視力が間違いでなければ、ラジカルマキナの腕(、、、、、、、、、)だった。

 答え合わせをするように、キシキシと足音を立てながら、もう一体、片腕を射出《!?》したラジカルマキナが、姿を現した。

 

「げほっ、がはっ」

 

 ミラクルまりりんは――生きている。ひどく咳き込んでいるが、内臓が潰れたわけでも、上半身と下半身が泣き別れになったわけでもなさそうだ。

 腕はそのまま後ろに向かって戻り、乱入したラジカルマキナの腕に収まる。

 二体のラジカルマキナが向かい合った。

 

「 同期要請 」

「 拒否 」

「 連携要請 」

「 拒否 」

「 個体識別開示要請 」

「 拒否 」

 

 乱入したラジカルマキナは、あらゆる回答を拒み、そして目に光を宿した。

 

「 我らが神に従い 任務を遂行せよ 」

「 拒否 」

「 行動理由 開示要請 」

 

 そのラジカルマキナが応じたのは、その問いかけにのみだった。

 

「 当機体は ミラクルまりりんを守護します それが 当機体に与えられた 至上命題です 」

「 ――――全個体通知 異常個体(イレギュラーモデル)発sssssss 」

「 焼却 」

 

 放たれたビームは、愛死狂(アイシクル)を追っていたラジカルマキナの頭部に当たり、発言を遮った。形を保てていたのは数秒で、その後はチョコレートが溶けるように溶解し、そのまま蒸発させた。首から下が崩れ落ち、動かなくなった。

 

「 撃破 確認 」

 

 ラジカルマキナは、そのまま愛死狂(アイシクル)には目もくれず、ミラクルまりりんに近寄った。

 

「けほっ、な、何、あんた――――」

 

 腹を押さえて体を丸めたミラクルまりりんに、手を差し出し、言った。

 

「 当個体名は ラジカルマキナ010J です ミラクルまりりんの 生命を保護します 」

 

 味方なのか? という疑問が湧いてくるが、思考が、徐々に右腕の痛みに飲まれていく。くそっ、と悪態をついて、愛死狂(アイシクル)は自分の、失われた右肘に口づけをした。

 

◆プリマステラ

 

 約束した一定時間が過ぎても、ミラクルまりりんが戻らなかったので、プリマステラは先を歩いた。やがて戦闘音が聞こえて、慌てて駆け出した。

 そして、辿り着いた場所で見たものは、右腕を失った愛死狂(アイシクル)と、両腕を振り回して暴れるミラクルまりりん、それを抱きかかえるようにして抑え込んでいるラジカルマキナだった。

 

「あ、あのぉ?」

 

 床に座り込んで、深く呼吸をしていた愛死狂(アイシクル)に近づくと、プリマステラに気づいたようで、肘から先を失い、凍りついて《恐らく、止血したのだろう》いる右腕を掲げた。

 

「プリマステラ、無事だったんだ、よかった」

「え、ええ、愛死狂(アイシクル)さんも――無事、と言っていいのか、わかりませんけれども」

「生きてるから、平気。傷も凍らせたし。けど、あれは、どうしたらいいのかな……」

 

 そう言って愛死狂(アイシクル)が視線を向けたのは、ミラクルまりりんと機械天使――ラジカルマキナだ。

 

「離しなさいよ、くそっ、殺してやるっ! 絶対に殺してやる――!」

「 拒否 当個体が破損した場合 ミラクルまりりんの保護が実行不可能になります 」

「ふざけるなっ! 何なのよ、お前えっ!」

 

 ミラクルまりりんは、ラジカルマキナに対して敵意を剥き出しにしているが、ラジカルマキナの側は、とりあえず暴れているので押さえ込もうという感じで、特に害意はなさそうだった。

 

「……まりりんさん、落ち着いてくださいまし」

「これが、落ち着いてられるかッ、何なの、お前っ!」

「 当個体は ラジカルマキナ 010Jです」

「そうじゃなくて……!」

 

 プリマステラは、ラジカルマキナの首筋を見た。厳密に言うと、自分が、ラジカルマキナに蹴りを叩き込んだ部位を見た。先端が鋭く研がれたトゥシューズによる一撃は、ラジカルマキナに何のダメージもなかったが、一切合切無傷というわけではなく、筋のような、僅かな傷跡が残っていた。

 ミラクルまりりんを抑え込んでいる手には、乾いた血がベッタリとこびりついていた。その色も形も、プリマステラは知っている。

 あの時、シルヴェストリを殺傷した個体だ、間違いない。

 

「……何故、まりりんさんを守ろうと?」

「 回答 それが当個体の存在意義です 」

「はぁ!? 何でよ!」

 

 対するラジカルマキナは、まったく抑揚なく、それが当然であるかのように、機械的に応えた。

 

「 ミラクルまりりんの守護 及び リップ・ロップ確保を 目的とする活動への協力 それが シルヴェストリが(、、、、、、、、)私に与えた命令(、、、、、、、)です 」

「………………は?」

 

 ミラクルまりりんは呆けた顔をして、プリマステラは、納得した。

 事前に魔法の内容を聞いていた愛死狂(アイシクル)も、ああ、と当たりをつけたようだった。

 

「……そのラジカルマキナ、シルヴェストリの水を浴びた(、、、、、、、、、、、、、)のね?」

 

 浴びたどころではない。生命の水が詰まった水瓶を、直接砕いて破壊したのだ。全身余すところなく濡れて、そして魔法の対象(、、、、、)となった。

 シルヴェストリの魔法は、自分の生命の水を分け与えることで、生き物に対しては傷の治療を、そして無生物に対しては、生命を与え命令することが(、、、、、、、、、、、、)出来る様になる(、、、、、)ものだ。

 ただの石に水を浴びせて、ゴーレムとして使役できたように。

 シルヴェストリは、その生命が終わる直前の、最後の最後で。

 生命の存在しない、データを具現化した存在であるラジカルマキナは、シルヴェストリの、最後の命の水でもって、機械天使を自らの従僕(しもべ)にしたのだ。

 

「 肯定 当個体はシルヴェストリの命令を受諾し それを実行しています 」

「何、それ。ねえ、何、調を殺したあんたが、私を守る!? 冗談じゃないわよ! 要らないわ、どこかに消えて、今すぐ消えて!」

「 拒否 当個体に与えられた命令は変更できません ミラクルまりりんの保護が 当個体の最優先目的です 」

「――――――っ」

 

 怒りは尤もだ。最愛の友人をその手で殺した相手こそが、その忘れ形見になってしまった。

 しかも厄介なことに――味方にするなら、これ以上頼もしい存在は居ない。戦力に数えていいなら、このダンジョンで強制される「逃走」という選択肢を排除できる。

 倒して、進んで行ける。

 

「――まりりんさん、残酷なことをいいますけれど」

「わかってる!」

 

 プリマステラの言葉を遮り、ミラクルまりりんは叫んだ。

 

「わかってるよ! 調が最後の最後まで頑張ったって、わかってる! わかってるけど……納得行くわけ無いじゃん、どうして、よりによって……くそ……っ」

 

 感情と理屈が一致しない。よりによって、目の前で友達を殺した、張本人だからこそ、ミラクルまりりんは苦悩する。

 数十秒、無言を貫いて、やがて言う。

 

「……ねえ、あんた」

「 質問 その呼称は当個体を示す言葉ですか? 」

「………………じゃあ、シルヴマキナで」

「 シルヴマキナ 」

「……気に食わないけど、他の奴と呼び分けられないと面倒だし」

「 了解 当個体の名称を設定します シルヴマキナ 」

 

 気の所為かも知れないが、固有名詞を与えられて、どことなく満足そうに見える。

 

「……さて、シルヴマキナさん、いくつか聞きたいことがあるんですけども」

「 情報開示 許可? 」

 

 シルヴマキナは、ミラクルまりりんを見て首を傾げた。どうやら、命令権やその他の権限も、基本的には彼女にあるらしい。

 

「許可許可、許可するからなんでも喋って」

「 了解 情報を開示します 」

「単刀直入に聞きますけど――このマンションのマップとかってわかります?」

「 回答 」

 

 シルヴマキナが手を広げると、その中央から、青白い光が浮かび上がる。縦に長く、複雑に入り組んだ迷宮のミニチュアが表示された。立体映像だ。青い光点がいくつも存在し、細かく動いて、一箇所に集まり、そして消滅したりしている。

 

「 『ロジカルタワー』のマップ ラジカルマキナの配置 表示します 」

 

 つらつらと並べ立てられる情報は、プリマステラ達にとって、値千金のものばかりだ。これなら、最上階まで一直線で行ける。

 

「……ねえ、この一番上の、黒い光は何?」

 

 愛死狂(アイシクル)が、残った左手で指さしたのは、一番頂上、屋上にある光点だった。他の青い光がラジカルマキナだとして、それより二回りほど大きい。

 

「 当個体の元管理者 唯一無二の絶対神 機械神ロジカルカオスの現在地です 」

 

 シルヴマキナは淡々と、その内容を告げた。

 

「 交戦時の勝率は0% 戦闘は非推奨です 」

 

 

◆胡桃咲ラヴ

 

 桁も次元も違う存在というのは居るんだな、というのを、つくづく思い知らされる日だった。

 肩の痛みはまったくマシにならないが、胡桃咲ラヴ自身がある程度慣れてしまった。戦闘できるほどではないが、動けません歩けませんと泣き言を言っても始まらない。

 

「うう……」

 

 プリンセス・ルージュは、あらゆる物を意に介さず進んでゆく。出てくる魔物は剣の一振りで。ラジカルマキナも剣の一振りで。後ろにいる他の魔法少女達は、お陰で戦う必要がない。

 

「で、だ」

 

 三体のラジカルマキナを事もなげに屠ったプリンセス・ルージュは、くるりと振り返って、胡桃咲ラヴ達を見た。

 

「どこに行けば頂上にたどり着く? 答えよ」

「……いや、どこって言われても、それがわかったら苦労しないですよぉ……」

「いい加減、余は飽きた。歩いても歩いても景色が変わらん。雑魚を斬り伏せるのも飽きた」

「あ、ルージュさんも迷ってたんですね……」

 

 暴君の視線が、カッと鋭く光り、ポツリと呟いたのえるちゃんを貫いた。ズガズカ近づいて、顔をぴったり近づけて、不機嫌を隠そうともせず頬を膨らませた。

 

「迷って、いない」

「は、はい!」

「余は迷ってない。余は間違えない。余は迷子ではない、いいな? い・い・な?」

「は、はいはいはい! ルージュさんは迷子になってません!」

「良い、許す」

 

 ふんす、と鼻息を鳴らして離れるプリンセス・ルージュ。

 

「でも、実際、ルートの問題はあるよね」

 

 デスクイーン57世が、ファズの表示するマップを見ながら言った。踏破率27%、という数字が左上にあるが。

 

『それは予測値だ……ぽん。でも、単純に登ればいいって構造でもなさそう、ぽん』

「そうなんだよね……このペースだといつになるやら。下手すると一日かかるよね。胡桃咲さん、結界の期限っていつまでだっけ?」

「私達が突入してから二十四時間だから……あと八時間ぐらいです、余裕ありませんよぅ」

「だよねえ……」

「あの灰色のを捕まえて拷問するのはどうだ」

「流石にそれは……っていうか喋らないと思う」

「あのー、ちょっと気になったんですけど」

「ん? どうしたの、のえるちゃん」

 

 マップをじぃっと見つめながら、のえるちゃんが首を傾げた。

 

「いえ、中央の部分には、通路が無いなーと思って」

 

 ファズの表示するマップは、縦長の3Dモデルと各フロアの平面マップの二通りで、実際に通った場所だけ色がついて判別できるようになっている。

 のえるちゃんは、平面マップの真ん中を指した。

 

「どのフロアも、ここだけ空いてるんですよ、四角いドーナツみたい」

「あー、多分、もともとエレベーターがあった空間だと思うのだね? 私、真っ先にエレベーター行こうとしたら、壁で塞がっててねえ」

「ダンジョン化したくせに、その辺はいじらなかったんだ」

 

 エレベーターは残しておけよ、と悪態をつくデスクイーン57世。

 

「既存の建物がある場所は置き換え出来るけど、最初から何もないところは弄くれないって感じなのかもね?」

「ふむ」

 

 何を思ったか、プリンセス・ルージュは、ヒールを鳴らしながら壁に向かっていく。はて? と首を傾げた次の瞬間、ギン、と硬い物同士が擦れ合う音がフロア中に響いた。

 

「はぃ!?」

 

 何してるんだろう、と見ていたはずなのに、意識をそらしてもいないのに、プリンセス・ルージュは気づけば剣を振り抜き終えていた。コマ送りの様にいつの間にか剣を片手に持っていて、一拍遅れて、ズルル、と水晶質の壁が、横にずれて落ちた。

 

「え、えええ……」

 

 この女、壁を斬りやがった。なんてことを。

 

「なるほど、確かに空洞だ」

「えっ、あ、ホントだ」

 

 プリンセス・ルージュが斬り裂いた壁の向こう、マップで言うなら、ちょうど中央の位置。たまたま、今いる場所が隣だったからという理由で、試してみたらしい。

 エレベーターが本来通るべき場所だからなのか、太いワイヤーが何本か、上から垂れ下がっていたが、肝心の箱が見当たらない。

 

「エレベーターに乗れれば楽だったんですけどねぇ……」

 

 胡桃咲ラヴが残念そうに言うと、プリンセス・ルージュはあろうことか、首を傾げた。

 

「何故だ? 登れるではないか」

「は?」

 

 思わず『は?』って言ってしまいそうになった、いや、言ってしまっている。物言いが無礼だと首をはねられないか一瞬ひやっとしたが、プリンセス・ルージュは特に気にした風はなくて大変良かった。

 

「えっと、それは……ワイヤーを掴んで(、、、、、、、、)、ってこと?」

 

 デスクイーン57世が尋ねると、うむ、と鷹揚に頷いてみせた。

 

「どう見ても上に繋がっているではないか。無闇矢鱈にこのふざけた迷路を歩くより遥かに楽だ。さすが余、天才だな」

「……ワイヤー切られたらどうすんの!?」

「そのような不敬な真似をする輩は余が殺す」

「そうじゃなくて!」

「……いや。案外いい手かも」

「正気かフェスティ=バル!」

「いや、正気正気。ほら、見てごらんよ、このワイヤー」

 

 フェスティ=バルが指し示したワイヤーは、金属を束ねた頑丈そうなもので、ある程度使い込まれたからか、色落ちなどが見受けられる。エレベーターに使われている、どこでにもよくある奴だ。

 

「これがどうかしたって?」

「どうもしてないのが重要なのだね。いいかい? このマンションはリップ・ロップの魔法で、ある種の異界と化してる。本来の構造は失われているし、建物の材質自体も変化してる。でもこのワイヤーは?」

「……あ、変わってない(、、、、、、)、ってことですか?」

「そゆこと。多分、完全に隔離して、使う予定のない場所だったんじゃないかな?」

「それを強引にこじ開けたと。ってことは……」

「うん、途中経過を全部すっ飛ばして……ショートカットできる(、、、、、、、、、、)かも」

 

 このダンジョンがゲームの中にあるものを具現化したというのならば、このルートはいわば〝バグ〟だ。そもそも物理的に壁を破壊できる魔法少女が居ることを想定していなかったのもあるのだろうが。

 

「………………」

 

 胡桃咲ラヴは、穴に顔を突っ込んで、上を見てみる。天辺が全然見えない。下を見てみる。底が全然見えない。当然、足場なんてものもないので、ワイヤーまでは飛びつかないといけない。魔法少女の身体能力なら可能だろうが、負傷した肩では流石に厳しい。

 

 トボトボと引き返して、首を振った。

 

「あ、あのぉ、流石に私はきついかなって……」

「ならここで震えているが良い。そのうち何かしらがでてきて楽にしてくれるであろうよ」

「私に当たり強くないですかこの人!」

「今、余に向かって言ったのか? ん?」

「ごめんなさいすいません許してくださいでも置いていかれるのは嫌ですぅ!」

 

 凄まれて即座に謝ってしまう辺り、完全にこの暴君に負けている。負けているがしかし、妥協するわけにも行かない。胡桃咲ラヴにとっては文字通りの死活問題だ。

 ちらりと他の魔法少女たちを見ると、フェスティ=バルが明るい口調で。

 

「大丈夫大丈夫、胡桃咲ちゃんはデスクイーンがおんぶしてくれるって言ってるのだよ」

「言ってねえけど!?」

「じゃあ置き去りにするの?」

「そうじゃないけど、お、お前……!」

 

 フェスティ=バルは終始ニヤニヤして、デスクイーン57世はうろたえていた。なんだろう、自分というお荷物の押し付け合いを傍から見ているのは、大変気分が良くない。

 

「勝手にせよ、余は行く」

 

 そして、自己中心的な暴君様は穴にひょいと飛び込んでしまった。

 

「ああ、待ってください! ど、どうしましょう」

「どうするもこうするも、今ラジカルマキナが来たら詰むのだね」

 

 フェスティ=バルが後を追い、急かされるようにのえるちゃんが続く。

 デスクイーン57世は、少しためらった後、自分のマントを抜いで、胡桃咲ラヴにかぶせた。

 

「ふぇっ」

「ごめん、預かっててくれる? マント付けたままだと、背負えないから」

「え、あ、はい、も、勿論です、ありがとうございます」

 

 そりゃそうだ魔法少女の衣装ってごてごてしてるし、この人マント抜いだら結構露出高い格好してるし女の子同士でもそりゃあちょっとためらうよごめんなさい誤解して。

 心の中で一気に吐き出した言葉は、当然口には出せず、しゃがみこんで、剥き出しの白い肩を見せる背中に、片腕をそっと首に回してしがみつく。

 

「バランス崩しそうになったら言ってね」

「き、気をつけますよぅ」

 

 ワイヤーを登るには、いかに魔法少女と言えど両手を使う必要がある。片腕でしがみつき続けるのは、お互いにとってもかなり負担だが、魔法少女の腕力と体力なら、その辺りはどうにかなるだろう。

 

 

 

◆ミラクルまりりん

 

 不愉快だし、認めたくないし、許せない。けれど、ラジカルマキナ010J――改め、シルヴマキナの持つ情報は、この状況下に於いて値千金だった。

 

「あんたらって弱点とかないの?」

「 回答 ラジカルマキナは 対物理耐性85% 対各属性耐性85% 各状態異常耐性90% 愛属性の武器や魔法による攻撃が有効です 」

「愛属性って何よ」

「 愛属性は 特定の武器や魔法に設定されている 基本四属性とは違う―― 」

「はいはいはい、わかったわかった、ゲームの話ね」

 

 物理攻撃も属性攻撃も、八割以上は無効化してしまう『設定(、、)』、だから通じないし、強い。戦闘力の理屈とするなら、恐らく『攻撃力』みたいなパラメータも高いのだろう、というか、ほぼ上限値なのではないだろうか。

 

「……攻撃手段は?」

 愛死狂(アイシクル)が尋ねても、先程のミラクルまりりんの命令が生きているのか、スムーズに答えた。凝視してジィっと見つめるのは流石に怖いが。

「 回答 通常物理攻撃 ロケットパンチ アイビーム フロストブレス ウインドカッター サンダーパルス データスキャン マキナ通信 マジカルサーキットオーバーヒート です 」

「……最後のは何?」

「 動力を限界稼働させ 周囲の敵を巻き添えに自爆する魔法です 」

「自爆機能まであるの……!? ていうかそれ魔法なの!?」

 

 呆れ半分、驚愕半分で、ミラクルまりりんは引きつった声を出した。

 

「 残りHPが2%以下の時 30%の確率で 実行します 当個体 シルヴマキナは ミラクルまりりん保護の実行のため 自主的に封印中です 」

「そりゃ、どうも……」

 

 とにかく、ラジカルマキナが、何をどこまで出来るのか、がわかった。

 だが、何より嬉しいのは、マップがわかることだ。全体図を確認できた瞬間、最上階までの最短ルートを、プリマステラのマスコット、ファムが即座に割り出してくれた。

 シルヴマキナ本人(?)は、

 

「 ロジカルカオスとの交戦 非推奨 」

 

 と、ひたすらに繰り返しているが、こちらとしてはそういう訳には行かない。リップ・ロップの確保には、どうあがいても最上階に行かねばならない。如何にそのロジカルカオスとやらが強くても、本体をなんとかできればこっちのものだ。

 

「ただ、ラジカルマキナ同士は個体間で情報を共有するのでしょう? こちらの動向が筒抜けになったりしませんの?」

「 回答 当個体は 数分前より 攻撃対象として 設定されていると推測します それに伴い 遠隔同期のネットワークから 隔離されています 」

「裏切ったことはバレてる、と……まあ、やりようはいくらでもありますわね」

 

 それからのペースは速かった。構築したルートを、ミラクルまりりんが先行して駆け抜け、ラジカルマキナがいたら、プリマステラが囮になって背後からシルヴマキナが仕留める。

 

「そのビーム、めちゃくちゃ強いわね……」

 

 数多のラジカルマキナを屠った、目から出るビームを見て、ミラクルまりりんは半目で言った。

 

「 防御無視属性があります 」

「………………なるほど?」

 

 そんなこんなで、更に一時間を費やし。

 魔法少女たちは、とうとう最上階手前のフロアまで、辿り着いた。

 そのフロアは広く開けており、中央に大きな柱が一つ。その手前に、細長い八角形のクリスタルが、ぽつんと浮遊している以外、特に見るべきものはなかった。

 柱の裏には、ひときわ横幅が広い階段があり、恐らくは――――

 

「明らかに、あの先にボスがいる、って感じよね」

「 肯定 」

「……あのクリスタルは何?」

「 セーブポイントです 」

「セーブポイント!?」

 

 確かにゲームならそういうのある! マジで!? セーブできるの!? と魔法少女たちは一瞬沸き立ったが。

 

「 現在は未実装です 」

「「「……………………」」」

 

 皆、一様に落胆した。ゲームを現実に反映できると言っても、限度はあるのだろう。

 

「どうせなら回復スポットとかあればよかったのに……」

「ま、まあ、無い物ねだりしても仕方ありませんわ。師匠がよく言っていました」

「なんて?」

「『事前準備もたしかに大事。でも結局は出たとこ勝負になることが多い』と……」

「行き当たりばったりってことじゃない!」

「そうともいいます。さて、どうします?」

 

 プリマステラが尋ね、愛死狂(アイシクル)とミラクルまりりんは、お互いの顔を見る。

 

「まず私が先に行って、様子を見てくるってのは?」

「あり……かな。ボスを無視して、リップ・ロップにたどり着ければ、しめたものだし」

「……うーん、相手方の能力がどれほどのものかわからない状態ですと、安易に単独行動するのは危険な気もしますけど……」

 

 プリマステラはあまり気が進まない様だったが、偵察で得られる情報の有無はやはり大きい。何より、ミラクルまりりん本人がやる気だ。

 

「ちらっと見てくるだけでも違うだろうし、うん、行って――――」

 

 来る、といい切る前に。

 部屋の中央にある柱が、内側から切断された(、、、、、、、、、)

 

「―――――え?」

 

 水晶質の壁が、ずるるとズレて、甲高い音を立てて落ちた。空いた穴から、ひょいひょいと、人影が飛び出してくる。

 

「っ!」

 

 赤いドレスに身を包んだ、豪奢な印象の魔法少女。ミラクルまりりんは、まだ見たことがなかった。

 

 

 

◆デスクイーン57世

 

 魔法少女とはつまり少女でありだから女性なのでとても柔らかい。

 胡桃咲ラヴは決して豊満と言えるスタイルではない、むしろその辺は控えめだからこそのアイドル魔法少女なのだろう。それでも、背中にがっしりと密着されると、その感触は、もうダイレクトに伝わってくる。

 

(邪念邪念邪念邪念……)

 

 まして、耳元で、痛みを堪えながら、必死に声を耐えている有様がよくわかるのである。間違ってもやましい気持ちを抱いてはならない。

 かといって、ワイヤーを登ることに集中しようと思って上を見ると。

 

「ん、っしょ、よい、しょ」

 

 ひらひらと短いスカートをはためかせるのえるちゃんを、真下からストレートに見上げる形になる。勿論直視するわけに行かず、顔をまともにあげられぬままの登坂作業だ、ただの地獄である。

 

「ご、ご迷惑をおかけしますぅ……」

 

 その動きを、自分が掛けている負担のせいだと思ったのだろう、胡桃咲ラヴが申し訳無さそうな声を出した。とろりと甘いはちみつのようなトーンでもって、耳元で囁かれるののだからたまらない。

 

「き、気にしないで、私は、ほら、そういう役回りだし」

「……なんていうか、デスクイーンさんは、本当に勇敢ですねぇ……」

 

 どこか、呆れをにじませたニュアンスを含めて、胡桃咲ラヴは、くたり、とデスクイーン57世に、より体重を預けてきた。冷静さを意識して保つため、より声は低くなる、かえって落ち着きがあるように聞こえるかも知れない。

 

「そう? どうしたの、いきなり」

「いえ、私は……逃げることばっかりしか、考えてないですからぁ。ラジカルマキナに挑みかかったり、あんなに強い魔法少女を、本体が小さいから助けてあげよう、とか……やろうと、思わないですよ」

「それを言うなら、一番体を張ってるのは、胡桃咲さんだと思うけど」

 

 デスクイーン57世達が遭遇して、プリンセス・ルージュに頼らずにラジカルマキナを撃破出来たのは、胡桃咲ラヴが居てこそだ。だからこそ、こうして真っ先に狙われ、負傷する羽目になっている。

 

「自分からやったわけじゃないですよ、身を守るために仕方なく、やらざるを得なかっただけで……でも、それって自分の意志じゃないと思うんですよね」

「自分の意志?」

「私、ここに来たのはお仕事ですから、街の人を助けるつもりもありませんでした、リップ・ロップさえ確保できれば、あとは全部丸投げにして、逃げるつもりでしたし……ッ! 正直、今もそうしたい……」

「気持ちはわかるよ、それが悪いことだと思わない」

「……私は思います、罪悪感が凄いです、そして罪悪感を抱えて生きていく自分に若干酔ったりもして、それに自己嫌悪したりします」

「…………」

「私、自分が好きですからね、だから……私、この先、もっともっとヤバい敵が出て来たら、多分、皆を置いて、一人で逃げようとするんだろうな、って思います。私って、、そういう奴なんです」

「――それも、悪いとは思わない、かな」

「……どうしてですか?」

「私も同じだからさ。怖いし、逃げたいし、実際逃げられないかな、ってちょっと考えたりするよ」

 

 硬いワイヤーは手に食い込むが、魔法少女の身体ならなんてことはない。もう十階分ぐらいは上がっただろうか。

 

「……でも、逃げてないじゃない」

「そうなんだよね、自分でも不思議」

「なにそれ」

「多分、後輩が見てるからかな……格好悪い所を、なんか見せられなくて」

 

 そう、だから決して上を見ることはできないのだ、視界の端でひらひらしているあれやちらちら見えてしまう白いあれを直視してはならないのだ。

 

「…………かっこ悪い所かぁ」

 

 いつの間にか、胡桃咲ラヴから敬語が消えていた。少しは距離が近づいたのかも知れない。

 

「おーい、デスクイーン? 遅れてるのだよー?」

 

 そんな事を考えていたら、上からフェスティ=バルの声が聞こえた。こいつは完全に愉快犯だ。というかわかっててデスクイーン57世が最後尾になるようにしやがった。こいつだけなら間違いなく見捨てて逃げれる、とデスクイーン57世はそっと思った。

 それから三十分近くかけて、ようやく天井が見えてきた。真横の壁を、プリンセス・ルージュは躊躇いなく、片手で持った剣を振り抜き、切断して穴を作り、飛び移った。フェスティ=バルとのえるちゃんも後に続く。

 

「ごめん、ちょっと急ぐよ、痛んだらごめん」

「大丈夫、だいぶ引いてきたし……うん」

 

 デスクイーン57世も、慌てて速度を上げる。穴の横にたどり着き、飛び移ろうとした所で――――。

 

「きゃあっ!?」

 

 という、のえるちゃんの悲鳴が響いた。

 

 

愛死狂(アイシクル)

 

 暴君と相対するのは、これで二度目だ。穴から這い出てきたプリンセス・ルージュは、こちらを見るなり、ん? と首を傾げ。

 

「余より先に辿り着いているとは、小生意気よな」

 

 などとほざいた。反射的に攻撃しそうになるが、背後の穴から、更に姿を見せたフェスティ=バルを確認して、舌打ちをする。この距離だと、彼女にも魔法の影響が出る。

 更に続けて、のえるちゃんがでてきた。コイツラは一体、どんなルートを通ってきたんだ――と、プリマステラもミラクルまりりんも目を丸くしていた。

 

「はぁ、やったぁ地面だ…………きゃあ!?」

 

 そして、床に降り立って一息ついたのえるちゃんは、こちらを見て悲鳴を上げた。いや、厳密に言うと、愛死狂(アイシクル)の背後でミラクルまりりんの前に立つシルヴマキナだ。

 

「な、ななな、なんでラジカルマキナが……!」

「安心してくださいな、この子は味方ですの」

 

 言いながら、両手を伸ばして、プリンセス・ルージュと愛死狂(アイシクル)の間に入った。

 

愛死狂(アイシクル)さん、この場は一旦、矛を収めてくださいな。事情もあるかと思いますが、私達が争い合っている場合ではありませんわ」

 

 知ったことか! と攻撃に打って出る事も、その時点で出来なくなった。プリマステラは魔法を発動している。今この状態では、憎きプリンセス・ルージュよりもプリマステラに視線を奪われ、目を逸らせない。同時に、仮にプリンセス・ルージュが攻撃してきても、まずプリマステラが斬られる立ち位置に居る――ということが、歴戦の戦士である愛死狂(アイシクル)にはよくわかった。

 

「…………ええ、わかってる」

 

 その意を汲むのであれば、そう答えるしか無い。幸か不幸か、プリンセス・ルージュはその物言いと行動を、特に咎めようとは思っていない――というより、興味も湧かない、といった目で、見ているのみだった。

 

(――――)

 

 以前のプリンセス・ルージュならば、この時点でまずプリマステラを斬り殺し、返す刀で愛死狂(アイシクル)を殺し、ついでにシルヴマキナを破壊するだろう。

 認めたくもないし、認めたからといって、何をどうするでもないが、あの暴君の中で行動方針に何らかの変化が生じているのは、間違いないようだ。

 

「のえるちゃん、大丈夫―!」

 

 壁に空いた穴の中から、更に声が響いた。

 

「は、はい! すいません、大丈夫です先輩!」

「なら良いけど――よっと」

 

 穴から這い出てきたのは、予想通り、デスクイーン57世だ。背負っていた胡桃咲ラヴをおろし、ふう、と一息ついて。

 

「あれ、皆居る――――ぎゃーーーーラジカルマキナーーー!」

「もうその反応はいいですのよ!」

 

 

◆のえるちゃん

 

 魔法少女たちが一堂に会した。デスクイーン57世、のえるちゃん、フェスティ=バル、胡桃咲ラヴ、愛死狂(アイシクル)、プリマステラ、ミラクルまりりん、ラジカルマキナ、そしてプリンセス・ルージュ。総勢九人。結構な人数だ。

 

「――お互いの状況は把握しましたわ。ファム、ファズさんにもマップの共有を」

『了解ぽん』

『……受信したぽん、直接なら、データのやり取りが出来るみたいだぽん』

 

 情報のやり取りをしている間、プリンセス・ルージュは壁に肩を預け、終始無言だった。正直、何を言い出すか、何をしでかすかわからないので、ヒヤヒヤしていたが……。

 

「シルヴェストリは……残念だったのだね」

 

 ただ、ここに居てほしかった魔法少女が一人居ない、ミラクルまりりんが居るということは、救出には成功した、ということなので、良かったと安心したのも、つかの間だった。

 

「……その話は良いわ。私、今は割り切ることにしてるから」

 

 ベッタリと側について離れない、ラジカルマキナ……もとい、シルヴマキナを横目に、ミラクルまりりんは言った。

 

「それで、どうするの? 人数に任せて、上にいく?」

「 提案否定 対ロジカルカオスと交戦した場合、勝率は―― 」

「耳タコだから、言わなくていいわよ」

「 しょぼーん 」

「……え、何その擬音」

「 感情表現を 豊かに 」

「……いやまぁ、いいけど」

 

 二人(?)のやり取りはどことなく微笑ましい。

 

「……でも、ラジカルマキナより強い相手に、私達がついていっても役に立たないですよね……」

 

 ロジカルカオス、というのがそのボスの名前らしい。如何にも強そうだ。のえるちゃんの銃弾が通じるだろうか。デスクイーン57世だって、今は武器が半分に折れているのだ。

 

「…………………………」

「……先輩?」

 

 こういう時、積極的に意見を出す、存在感のある人――というのが、のえるちゃんがデスクイーン57世に抱いている印象なのだが、今の彼女は、何かを考え込むようにうつむき、顎に手を当てていた。

 

「なにか気になることでもありましたか?」

「あ、いや、うん、ちょっとね」

「おんぶはそんなによかったですか」

「なんて?」

 

 しまった、思わず封印していた本音が漏れてしまった。いえいえ、と笑顔で誤魔化す。

 

「いや――ロジカルカオスって、どっかで聞き覚えがあるんだよね……」

「ふぇ?」

「気の所為じゃないと思うんだけど、どこで聞いたか思い出せない……」

「せ、せせせ先輩、もしかしてそれは超重要情報なのではっ?」

 

 リップ・ロップの魔法は『ゲームを現実に具現化する』事だ。それはつまり、具現化する元ネタになっているゲームが確実にある、という事だ。

 もし、タイトルがわかれば、大きな攻略のヒントになりうる。……のだが。

 

「でもなあ、自分でやった事があったら、忘れるわけないし、ラジカルマキナって名前は初耳だから、どこかで聞きかじっただけかも知れないし……何だったかなぁ」

「そ、そうだ、困った時は検索ですよ、検索! ファズさんファズさん!」

『何だ……ぽん』

「ロジカルカオスで検索してください、検索!」

『通信通じねえつってんだろぽん!』

「そうでしたぁー!?」

「あはは……」

 

 苦笑するデスクイーン57世、のえるちゃんは恥ずかしくなった。穴があったら入りたい。真横に開いてる奴があった、どうしましょうこれ。

 

「……スマホも、当然圏外ですわね」

 

 プリマステラが、いつの間にか、自分のスマートフォンを操作していた。変身中は、変身前に身に着けていたものは不思議な力でどこかに消えてしまうものだが、分けて持っていた様だ。

 

「街がこんな状況なら、無理もないと思いますけど……」

 

 胡桃咲ラヴが、肩を押さえながら言った。やはりまだ痛むようで、時々顔をしかめている。だが、プリマステラはピクリと眉を動かした。

 

「……この圏外は魔法の結界の影響じゃないんですの?」

「へ? 違いますよ、結界が通さないのは魔法の端末を介した通信です、通常の電波に関しては影響ないはずですよ?」

「電波を管理してる人間も石になってるからでしょ?」

「それでも設備は残るはずですわよ」

『 否定 通信妨害装置が存在する 』

 

 答えをもたらしたのは、意外にもシルヴマキナだった。

 

「通信妨害装置ぃ?」

 ミラクルまりりんが『何はた迷惑なもん用意してんだ』と言わんばかりの表情でシルヴマキナを睨んだが、当人はどこ吹く風で答えた。

 

『 肯定 ラジカルマキナの同期ネットワーク構築に 既存システムを上書きする装置を使用しています 』

「……それ、どこにあるの?」

「 ここです 」

 

 シルヴマキナが指さしたのは、自分で表示したマップの、下から七割ぐらいの位置にある、ダンジョン内の一フロアだ。赤い光がピカピカと明滅し、『EVENT』と表示されている。

 

「……ね、これぶっ壊したらどうなる?」

「 ラジカルマキナの同期機能 及び 通信機能が使用できなくなります 」

「……壊しに行く?」

 

 愛死狂(アイシクル)の問いかけに、胡桃咲ラヴはいやいや、と首を振った。

 

「駄目ですよ見てくださいよこれ赤い点の前に青い点たっくさんありますよ」

 

 通信妨害装置があるフロアの、中にも外にも、ラジカルマキナを示す青い点が、ぽつぽつと存在する、ざっと数えただけで十個以上、つまりそれだけの数、ラジカルマキナが防衛している、という事だ。

 

「これは、プリンセス・ルージュじゃないと無理だな……」

 

 デスクイーン57世のつぶやきに、のえるちゃんはちらりと赤い暴君を見た。くぁ、とあくびをして、その視線に気づいたのか、目線をコチラに向けてきた。

 

「話は終わったのか?」

「あ、い、いえ、そういうわけでは……って、待っててくれたんですか?」

 

 のえるちゃんが思わず言ってしまった(何せこの人にそんな発想があると思っていなかった)言葉に、プリンセス・ルージュはほう、と顔を上げた。

 

「そうかそうか、余の与えた慈悲と時間をまさか自覚していないとは思わなんだ、どうしてくれようか、なぁ?」

「え、えええええっとそのすいませんごめんなさーい!」

「口先だけの謝罪で許せとは、豪胆なものよな」

「だって一人で勝手にガンガン行くものだ思ってたからつい!」

「のえるちゃん君嘘つけねえな!」

「正直苦手です!」

 

 プリンセス・ルージュは、凄まじい威圧感と共にカツカツと近寄ってきた。視界の隅で愛死狂(アイシクル)が反射的に身構え、動こうとするのが見えたが、その手をフェスティ=バルが掴んで止めた。

 

「――――ふん」

 

 プリンセス・ルージュは目にも留まらぬ速さで、のえるちゃんの頭部に向けて。

 

「――――ぴっ! ぎゃっんっ!」

 

 一拍置いて、悲鳴が上がるほどの衝撃が頭部を襲った。皮膚に弾けるような痛みと、頭が揺さぶられる感覚、くらくらする。

 

「あ、あうあうあうあうあ……」

 

 ……目にも留まらぬ速さの、デコピンだった。指を弾いただけでこの威力、さすが暴君だが、やられた方は堪ったものではない。

 

「今更そのようなもの、破壊した所で何になる、すぐ上がゴールなのだろう、そのまま行けば良いではないか」

 

 プリンセス・ルージュは、呆れたように言う。

 

「……どういうつもり」

 

 愛死狂(アイシクル)は、そんな暴君を睨んだ。

 

「口答えを許そう、何がだ?」

「……なんで今、殺さなかったの」

 

 その問いに、頭を押さえたのえるちゃんはえ? と困惑した。肝心のプリンセス・ルージュは、少し考えるようにしてから、は、と嘲笑い。

 

「加減というやつを覚えたのよ、なぁ、良いことであろう?」

 

 

 

愛死狂(アイシクル)

 

 まるで(じゃ)れ合うかのような、プリンセス・ルージュの言葉と行動は、愛死狂(アイシクル)の怒りを一瞬で沸点まで突き上げた。

 

「ふざ……けるなっ、じゃあなんで、ファラシドを殺した! 私達を支配した! 殺し合わせた! なんなんだお前は! お前はあの(、、)プリンセス・ルージュなんだろう!? 私は忘れない、お前のしたこと全部忘れてない!」

 

 その激情が、真に迫っているからか、流石に他の魔法少女たちも、唖然として見守るだけだった――――愛死狂(アイシクル)が飛びかかるのを押さえ込むプリマステラを除いては。

 戦うのはやめよう、と進言して、その場で首をはねられた魔法少女のことを思い出す。お互いの生命を賭けて――負けたものは手ずから殺すと言われ、殺し合ったユーコの事を思い出す。

 

「貴様が」

 

 対するプリンセス・ルージュは、どこまでも愛死狂(アイシクル)を見下して、どこまでも他人事の様に、どこまでも平然と告げる。

 

余にそれを望むのであれば(、、、、、、、、、、、、)、そう振る舞ってもよいぞ、愛死狂(アイシクル)

「――――――っ!」

「貴様に言われなくても、殺す必要があれば殺す。だがな」

 

 プリンセス・ルージュは、僅かに目を伏せた。そして、顔を上げた。

 愛死狂(アイシクル)は、その金色に輝く瞳を見た。

 見てしまった(、、、、、、)

 

「もう、誰も居ないのだ。ドラゴンハートも、流流流も、誰もな」

 

 何があった。

 愛死狂(アイシクル)が知らなかった、第二次紅竜戦争で、この暴君に何があった。

 ふざけるな、と思った。許せない、という憤怒が湧き上がった。

 

「お前――――――――」

 

 プリマステラの制止を、全力で振り切って、愛死狂(アイシクル)は口づけを、今度こそ放とうとした。

 その時。

 

「 警告 」

 

 と、シルヴマキナが割り込むように言葉を発した。

 

「 来ます(、、、) 」

 

 何が? と、誰かが問う前に、それ(、、)は、上のフロアに続く広い階段の前に現れた。

 

 

◆プリマステラ

 

 ラジカルマキナとの差異を上げるならば、髪の毛の長さと、翼の大きさだろうか。

 ショートヘアのラジカルマキナに比べて、もみあげの部位が異様に長く、機械質な翼はおおよそ、その倍のサイズを誇っている。

 だが、何よりも纏うオーラが違う。ラジカルマキナが無機質な金属塊だとするなら、眼前の存在は、徹底的に磨き上げられた、神秘を纏う宝石だ。

 機械仕掛けの天使がラジカルマキナなら、これは機械仕掛けの神そのもの。

 名前は、何度も聞いていた、これが――――

 

「ロジカルカオス……!」

 

 天井スレスレに、ふわりと浮いて。集まった魔法少女たちを、静かに見下ろす。

 

「私は、憐れむ」

 

 その第一声は、悲しみに満ちていた。

 

「生きとし生ける全てを、憐れむ。不完全な形として存在する汝らを、憐れむ」

 

 あまつさえ、それは涙さえ流してみせた。無表情のまま、一筋頬を伝い、床に落ちた。

 

「私が救おう。私が施そう。私が管理し、私が変えよう。世界を、全てを……」

「………………」

 

 プリマステラは、自分のことを『戦う魔法少女』だと思っている。

 徹底的に仕込まれた戦闘術、それを裏付けに積み重ねた経験、思考も、身体も、技術も、あらゆる物を磨き上げてきた自負がある。

 その彼女を以てして、底冷えするほどの恐怖を抱いた。

 ラジカルマキナを相手にした時は、その圧倒的な戦力を警戒こそすれ、怯えはしなかった。恐怖は、支配して、管理するものだ。ねじ伏せるのではなく、飲み込んで、次の対処を間違えないよう、冷静になるための材料にすぎない。

 けれど、ロジカルカオスを前にして、プリマステラは、恐怖した。それは、最愛の家族を失った時の感情とよく似ていた。

 

「汝らは、我が支配に逆らいし愚者として、ここで――」

 

 ロジカルカオスが語る言葉全てに、一切の中身が無いこと(、、、、、、、、、、)を、瞬時にして悟ったからだ。

 これは、プログラムだ。与えられた役割を、与えられるがままに果たすだけのシステムだ。生命を与えられたシルヴマキナの方が、まだ自我というものを感じられる。

 

「処分する――――」

 

 何より恐ろしいのは、この中身のない空虚な機械の神が、それこそラジカルマキナなど比較にならないほど、強いだろうということだ。

 なぜなら、ロジカルカオスが現れた瞬間、手から飛び出した光の刃が。

 一瞬で、プリンセス・ルージュの(、、、、、、、、、、)心臓を貫いていた(、、、、、、、、)から、だ。

 

◆プリンセス・ルージュ

 

 熱を感じたのはいつ以来か。肉と内臓と骨を焼かれる感触を覚えながら、プリンセス・ルージュはそんな事を思った。

 

「我が名はロジカルカオス、唯一無二の、絶対神なり」

 

 ひ、と誰かが悲鳴を上げた。まったく騒がしいと思う。何を怯える必要があるのか。

 だが、プリンセス・ルージュの視界には、驚愕し、恐怖する臣下達の姿があった。まあ無理もない。臣民はいつだって愚者だ。導くのが王の役目というものだ。

 

 だからとりあえず、心臓を貫いた無礼者の腕を両断し(、、、、、、、、、、、、、、、)、床に降りることにした。

 

「――――」

 

 着地し、振り返ると、無礼者は首を傾げながら、切断された自らの腕を眺めていた。どこかで見た構図だ、どこだったか。

 

「しゅ、朱姫ちゃ、む、胸――――」

 

 声を震わせながら言うデスクイーン57世を、プリンセス・ルージュは舌打ちして睨み、デコピンを放った。

 

「痛っっったぁ!?」

「余を朱姫と呼ぶな、馬鹿者め」

「い、いや、で、でも、傷――」

余がこの程度で死ぬわけがなかろう(、、、、、、、、、、、、、、、、)

 

 そう、プリンセス・ルージュは絶対だ。だから死なない。その自覚が、プリンセス・ルージュをその様に振る舞わせる。理想の前に現実が屈し、その身体にはもう傷の一つも残らない。

 

「神と言ったな、ロジカルカオスとやら」

 

 プリンセス・ルージュが剣を向けると、ロジカルカオスは、腕から視線を外して、真紅の暴君を凝視した、それでよい。

 

たかだか神風情(、、、、、、、)が余を見下すという大罪、死を以て償うほかあるまいよ」

 

 ジジジ、と音がした。ロジカルカオスの切り離した腕が、粒子となって消えて、代わりに本体に再構築される。

 

「プリンセス・ルージュ」

 

 デスクイーン57世が、愛死狂(アイシクル)が、プリマステラが、戦える魔法少女たちが、駆け寄って来ようとした。

 その足元を、プリンセス・ルージュは斬り裂いた。剣の先端は水晶質の床に食い込み、斬り裂き、深い溝を刻んだ。

 

その線から先を超えるな(、、、、、、、、、、、)

 

 それは暴君が下す、絶対命令だ。逆らうことは何人たりとも許されず、歯向かうことは死を意味する。もっとも、この場合、手を下すのはプリンセス・ルージュではないだろうが。

 

「何を――――」

余は守れぬ(、、、、、)

 

 言葉を待つこともしない。暴君の決定は絶対だ。

 

「余の力は余だけの物だ。余を絶対とし、余を完全とし、余を王とするためだけの魔法だ。貴様らは来るな、ついてこれぬ」

 

 ロジカルカオスの両目に、赤い光が宿ってゆく。両手を広げ、その五指の先端にも、同じ光が収束していく。

 

「命令だ――――今すぐ失せよ、死にたくなければ!」

 

 その言葉を真とするかのように、合計十二本の熱線が、魔法少女たちに襲いかかった。

 

 

 

◆デスクイーン57世

 

 そのビームの太さは、ラジカルマキナのそれの、三倍は大きい。しかも、一瞬で終わりではなく、這うように継続的に照射され、動き回る。

 

「柱の裏に隠れろ!」

 

 誰かが叫びにしたがって、飛び込んだ。

 基本的な原理は同じらしく、水晶質の壁や床に当たることで、乱雑に反射し、フロア全体を埋め尽くすような動きへと変化した。構造上、届かないこの場所に逃げ込んでいなければ、まず間違いなく死んでいた。

 

「全員、無事っ!?」

「な、なんとか……で、でも」

 

 のえるちゃんの声がした、慌ててそちらを見る。全員揃っている、よかった、と安心したのもつかの間だった。

 

「ッ、アンタ……」

 

 シルヴマキナの右腕が、肩から先まで存在していなかった。背中の装甲も大きく溶けてめくれ上がり、中の皮膚も灼けていた。片目は熱線が斬るように通ったのか消失しており、バチバチと火花をちらしている。

 

「シ、シルヴマキナさんが、当たりそうなビームをかばってくれたんです、けど……」

「 64%の損傷です 活動可能 」

「それで64%とは随分頑丈なのだね……」

 

 呆れたように言いながら、さすがのフェスティ=バルも冷や汗を流していた。

 

「こりゃあ、ちょっとどうしようもないぞ……見てみなよ」

 

 柱に隠れるようにして、ちらりと覗き込む。

 

「はっ!」

 

 プリンセス・ルージュが斬り込み、腕を、足を、首を跳ね飛ばす。

 すぐに粒子となって再生し、反撃の光が、氷が、雷が、刃が、拳が、暴君をねじ伏せる。

 暴君もまたすぐに立ち上がるが、回復速度が違う。その僅かな時間の差が攻撃回数の負債として積み上がっていく。

 

「な、なあ、あれ、倒せるのか(、、、、、)?」

 

 脳裏に浮かんだのは、負けバトル(、、、、、)、という言葉だ。敗北することでイベントが進行する、絶対に勝てないことが(、、、、、、、、、、)システム的に裏付けられている戦い(、、、、、、、、、、、、、、、、)

 だが、ここは現実だ、負けたら死に、プレイヤーが居なくなる、ゲームオーバーだ。

 

「……いや、リップ・ロップの魔法は、そのゲームが完成していることが条件なのだね。勝てないボス、クリアできないゲームだったら、具現化出来たとしても、再現度が著しく落ちるのだよ」

 

 フェスティ=バルは指折り数えながら。

 

「この大本のゲームは、クリアできるようになっている……それも、相当に作り込まれている。だから、ラジカルマキナもロジカルカオスもスペックに忠実なのだね。それは間違いない」

「だったら――考えられるのは、何か倒す条件(、、、、)がある……か」

 

 そのギミックもまた、昔から様々なゲームで取り入れられてきた仕組みだ。最後の迷宮に控える魔王に、特定のアイテムを使うことで、無敵のバリアを剥ぎ取ったり、特定のコマンドを入力し続けることで、膨大なHPをそぎ取ったり。

 

「ここに来るまで、私達はショートカットして、まりりん達は最短ルートで来ちゃったから、もしかしたらロジカルカオスを倒すための何かを、見落としたのかも……」

 

 プリンセス・ルージュとロジカルカオスは、共にほぼ互角だ。お互いの攻撃が必殺で、そして同時に致命傷にならない。千日手になるならまだいいが。

 しかしロジカルカオスは、システムだ。消耗や消費をしない。しかしプリンセス・ルージュは生きている(、、、、、)。魔法を使い続け、戦い続けなければならない。

 どんな暴君にも、永遠はない。プリンセス・ルージュは、自らの理想を体現できるが、この場合、どれだけダメージを負ってもその理想を保ち続けなければならない(、、、、、、、、、、、、)

 いつかどこかで、肉体か精神のどちらかが、絶対にゼロになる、その瞬間、デスクイーン57世達に勝ち目はなくなる。

 

「シルヴマキナ、なんか無いの!? あいつを倒せるような!」

 

 ミラクルまりりんが叫ぶが、シルヴマキナは首を横に振った。

 

「 回答 当個体にその情報は備わっていません 存在しているとしても 知りえません 」

 

 元々はロジカルカオスの配下で、中ボスだ。その返答は当然だろう。

 

「でも攻略法はあるはずなのだね、仮に負けイベントだって、進め方を間違えなければいいのさ」

「それを具体的にどうするかって話をしませんと。ファンタジーなら伝説のアイテムかなにかで弱体化させるとか……」

 

 プリマステラが何気なく言ったその一言で。

 デスクイーン57世の頭の中で、突如として記憶が蘇った。

 

「そうだ、ファンタジー(、、、、、、)だ」

「え?」

「思い出した! ロジカルカオス! マジカルファンタジー(、、、、、、、、、、)!」

 

 魔法少女になったあの日、ダウンロードした体験版のPCゲーム。

 

「ボスの名前、ロジカルカオスだ、思い出した! これやったことある!」

「もっと早く思い出して欲しかったんだけど、それ」

 

 ジロっとミラクルまりりんがデスクイーン57世を睨む、言い訳するように手を振って。

 

「いや、だってだいぶ前に体験版をやっただけだったんだよ、それから製品版が出回らなかったから、すっかり忘れてた……」

「製品版がでてないって。それじゃあそもそもリップ・ロップの魔法で具現化できないのだね」

「いや、ゲーム自体は完成してるんだ。ただ大規模な同人イベントで、限定先着100本しか頒布されなかったんだよ、ダウンロード販売もなし、再販も委託もなし。有名なサークルの最新作だったから、それで一度メチャクチャ荒れたんだ、思い出した」

 

 勿論、デスクイーン57世だってプレイしたかった、ハチャメチャにプレイしたかった。一念発起して東京の逆三角形の建物まで足を運んだ。しかし出店側のチケットを早買いに使った卑怯者達の手によって、新作は会場が開場する前に消滅してしまった。

 

「ふうん……それで、一体どういう設定のゲームなのだね」

「確か……平和な現代の日本に、異世界からの侵略者、ロジカルカオスが現れて、地球を機械と水晶の惑星に変え始めて……って奴、体験版だと、これからいろんな世界を回って、仲間を探そう、って所で終わった」

「ふーんふーんふーん……」

「……でも、プレイしてないんじゃ、攻略法もなにもないですよね」

 

 のえるちゃんが、落胆したように言う。それは大変申し訳なく思うし、デスクイーン57世もできればここでプレイした知識をひけらかし、何かの手がかりを提示したかった。

 

「…………ねえ、そのゲーム、世間に一応流通したのよね」

 

 ミラクルまりりんが、確認するように問いかける。

 

「うん、あと、違法なコピーも結構。それも問題になったんだけどね……」

「じゃあさ、攻略サイト(、、、、、)とかプレイ日記(、、、、、)とかないの?」

「…………………………」

「100本だけしか出回ってないんでしょう? 流石にそういうサイトを作るようなモノ好きは……」

 

 プリマステラが嘆息しながら言ったが、デスクイーン57世はそれを遮った。

 

「……………ある」

「え?」

「ある。マジカルファンタジーを買えなくて、サークルも再販はしないって言ったから、せめてプレイ動画を見せようって、実況してたプレイヤーが居る、動画のログも、ブログもある」

「そこまで知っててなんで君はゲームの内容を知らないのだね」

「自分でできないのが悔しくてあえて見ないようにしてたんだよ!」

「あ、うん、ごめん」

「とにかく、そうだ、あのブログになら載ってるはずだ! これなら――――」

「……あの、先輩」

「どうしたのえるちゃん」

「ここ……スマホ、通じません、さっき、シルヴマキナちゃんが言ってました……」

 

 そうだった。

 ラジカルマキナ同士の同期ネットワーク構築の為、既存の通信回線を上書き(、、、、、、、、、、、)している。

「……ならやることは一つ」

 

 愛死狂(アイシクル)が、立ち上がった。背後で、未だ戦うプリンセス・ルージュを、一瞬だけ、睨むように見た。

 

「妨害装置を破壊して、通信を取り戻す。攻略法を、見つける」

「それしかありませんわね、現状、私達は、ロジカルカオス相手に完全な足手まといですもの、ここで隠れてるより、やる価値はありますわ」

「で、でもでもでもでも、待ってくださいって、見たでしょうあの部屋! ラジカルマキナ、沢山いるんですよ!? 辿り着く前に殺されちゃ……」

 

 愛死狂(アイシクル)のフードの裾を掴んで、すがりつくように言う胡桃咲ラヴ。

 

「……私が行く」

 

 それに反応したのは、ミラクルまりりんだった。

 

 

 

◆ミラクルまりりん

 

「ま、まりりんさん?」

 

 驚いた顔を見せるプリマステラに、ミラクルまりりんは、マフラーを巻き直しながら、真剣な顔で応じた。

 

「私ならラジカルマキナに気取られずに、装置まで行けるし、壊せる。途中まで護衛して貰えれば嬉しいんだけど」

 

 その瞳に、何らかの決意を感じ取ったのか、あるいは他に手段がないと思ったのか、プリマステラは、少し沈黙してから、ええ、と頷いた。

 

「了解ですわ。シルヴマキナさん、どれぐらい動けます?」

「 回答 一部機能損傷 アイビーム出力半減 しかし 」

 半壊以上の体を起こしながら、シルヴマキナは返答した。

「 当個体の存在意義は 変わらず ミラクルまりりんの保護 よって 問題ありません 」

「……面倒見がいいのね、誰かと一緒で」

「 ? 」

「私、アンタが嫌い」

「 はい 」

「シルヴェストリを……調を殺したアンタが許せない、憎い、アンタの親玉のロジカルカオスも、それを生み出したリップ・ロップも、今すぐ殺したくてたまらない」

「 はい 」

「……でも、今私が生きてるのは、アンタの……調が遺してくれたモノのお陰だから」

 

 ギリ、と拳を握りしめて、行き場のない感情を飲み込んで、ミラクルまりりんは、しっかりと、壊れかけたシルヴマキナを見た。

 

「シルヴェストリは人助けを躊躇わない、命がけで、迷わずやる。私は……あんな魔法少女になりたい。あの子みたいになりたい。アンタが私を守るなら、手伝いなさいシルヴマキナ。壊れるまで使い潰してあげる」

「 拒否 当個体が全壊した場合 ミラクルまりりんの保護を継続できなくなります 」

 

 ふんっ、と鼻で笑い飛ばす。

 不満も、疑問も、沢山あるけれど、全部飲み込んで、できるだけのことをしよう。

 大丈夫。まだ、誰も負けてない。

 その時、未だ柱の陰に隠れる魔法少女達の真横を、炎の塊が通り過ぎた。

 ひっ、と誰かが悲鳴を上げる。更に膨れ上がろうとする炎を、内側から一刀両断して斬り払い、真紅の暴君が現れた。

 

「方針が決まったのなら行動せよ、あれは余が手ずから殺す、だが忠臣の進言を受け入れるのは(やぶさ)かではない」

 

 プリンセス・ルージュは、一度だけ、魔法少女たちをちらりと見て、そのままロジカルカオスに向かって駆けていく。

 

「許す、余に勝利の鍵をもたらせ。貴様らが結果を持ち帰るまで、余は果てん!」

 

◆胡桃咲ラヴ

 

 なんで皆こんなにやる気なんだ。なんで皆諦めないんだ。どう考えたって無理だろうあんなの。立ち向かおうなんて発想がバカバカしい。そもそも手に負えるわけないのだ、なんでそれがわからないんだ。

 憤りが胸の中で膨らんでいく。これから起こる出来事の、これから始めるあらゆる役割の中で、今の胡桃咲ラヴに出来るのは足を引っ張ることだけだ。

 

「あそこまで言われちゃあねえ――――それじゃ、胡桃咲ちゃん」

「は、はい?」

 

 そう思っていた矢先に、フェスティ=バルに名前を呼ばれた、何だ、これ以上私なにかさせるつもりなのか、という内心を封じ込めて、頑張って笑顔を作った、アイドル万歳。

 

「君はここか……ひとつ下のフロアで待機、いい? 通信が回復したら伝えるから、すぐにブログを見つけて頂戴、攻略情報を、とにかく最速で手に入れて、プリンセス・ルージュに伝える、おっけー?」

 

 それは、いわゆる『安全地帯で行う必要のある、しかも結構重要な仕事』ではないだろうか、やる気を失っていた身体に、わずかながら力が戻る。

 

「は、はい、わかりました……」

「デスクイーン、君はこれ預かってて」

 

 魔法の端末を、ひょいと投げ渡す。デスクイーン57世は受け取り、首を傾げ。

 

「これは?」

「ファズの端末。君の方がすばしっこいから、最悪逃げる時の為にそれ持っててほしいのだよ」

「ああ、了解」

 

 そんなやり取りを見ながら、胡桃咲ラヴは、立ち上がる為に、体重を預けようと、深い考えを持たずに〝それ〟に触れた。

 シルヴマキナが、『現在は未実装』と言い切った、八面体の水晶に。

 

 ヴンッ

 

「……へ?」

 

 手が、ずぶっと、液体に沈むように、水晶に飲み込まれていた。身体がどんどんと、意志に関係なく、飲み込まれていく。

 

「え、ええええええ!?」

「っ、胡桃咲さん!?」

 

 のえるちゃんが反射的に、その腰にしがみつく。ずしりと重みがかかるが、それでも身体は止まらない。あっという間に全身が飲み込まれ、視界が真っ白に染まっていく。

 

「きゃ、きゃあああああ!」

「せんぱ――――」

 

 のえるちゃんが助けを求める様に振り返る。

 

「っ! フェスティ=バル! あと頼む!」

「え、ちょ!」

 

 デスクイーン57世がこちらに伸ばす手が、胡桃咲ラヴが意識を失う、最後に見た光景だった。

 

 

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