魔法少女育成計画 -Deicide Side-   作:天都ダム∈(・ω・)∋

8 / 11
*** 第七章 戦う以上は覚悟を決める必要がある ***

◆プリマステラ

 

 通信装置のあるフロアまでの移動は、容易に行えた。湧いてくる魔物を蹴散らし、ラジカルマキナは、もはや力づくで突破していく。

 

「あの三人、平気かな」

 

 愛死狂(アイシクル)がポツリと呟く。結局、どうにも出来ないまま、置き去りにしてきてしまった。

 

「なあに、デスクイーンがいるから大丈夫なのだよ、あの子は強いよー」

「随分と、信頼なさってるんですのね」

「そりゃもう、何せ私自らばっちり教育したのだからね」

「若干不安になりましたわ」

「どういう意味かな!?」

「冗談です、でも、即死トラップという感じにも見えませんでしたし……デスクイーンさんが頼りになるというのは同感ですわ。男の子がいれば、胡桃咲さん達も頼りやすいでしょうし」

 

 その言葉に、ズンズン進行していた魔法少女たちが一斉に足を止めた。

 

「………………は? え、何、男?」

 

 以前から顔見知りだったミラクルまりりんに至っては、目を見開いてものすごい形相だった。フェスティ=バルはあちゃー、と額を押さえ、愛死狂(アイシクル)もフードの耳が直立していた、動くんですねそれ。

 

「え、ええ、身体の重心のかけかたとか、男性のものじゃありませんでした? 他の魔法少女に極力触らないようにしてましたし」

「そんな所まで見てない……や、言葉遣いは時々荒れてたけど、そっか、男子なんだ」

「むしろ私はここで暴露されてしまったデスクイーンの今後が心配なのだよ……」

「別にわざわざ言ったりしないけど」

「あー、のえるちゃんには絶対内緒ね? おっけー?」

 

 シルヴマキナを除く全員が《首を傾げて意味がわからなそうにしていた》頷く。傍から見ていて、彼女の懐き具合も相当だ。多分、特別な感情があるのだと、なんとなくだが察せられる。

 

「はぁ、恋とかしてみたいですわねー」

「おや、未経験かいプリマステラ、経験豊富そうに見えるけどね?」

「魔法少女なんてやってると、普通の恋愛なんて遠ざかっていくじゃありませんの」

「そりゃあ違いないや」

 

 激戦の前の、ふわふわとしたお喋り。気の抜ける感じは、なんとも彼女達(、、、)の事を思い出す。

 

(ええ――だいぶリラックス、出来てますわね、私)

 

 これから行うのは、大事の前の小事だ。失敗は許されない、敗北も許されない。

 プリマステラの役割は、常に危険だ。誰より敵に狙われて、誰より攻撃にさらされる。それでも一番星(プリマステラ)の様に輝き続けるからこそ、自分は自分でいられる。

「さあ――始めましょうか」

 妨害装置のある部屋の前、予想通り、情報通り――まずはお出迎えと言わんばかりに、四体のラジカルマキナが並んでいる。

 

 

◆のえるちゃん

 

「痛た……?」

 

 水晶に引きずり込まれる胡桃咲ラヴを掴んで、一緒に引きずり込まれ、デスクイーン57世に助けを求め、手を伸ばしたところまでは覚えているのだが。

 あたりを見回すと、中央に柱、眼前に八面体のクリスタル、と先程と同じフロアに居るようだった。違いがあるとすれば、壁も天井も床も、水晶ではなく、ただただ真っ白に染まっている、という事だ。

 

「あれ?」

 

 よく見たら、クリスタルの上を、ふわふわと漂っている、白と黒のマスコットが居た。

 

「あれ、ファズさん?」

『お、起きたか……ぽん、。おおい、デスクイーン57世、お姫様がお目覚めだぜ……ぽん』

 

 なんでこの子は毎回こう芝居がかってるんだろう?

 

「のえるちゃん、気がついた?」

「先輩!」

 

 そのような瑣末でどうでもいい疑問は、柱の陰から、デスクイーン57世が駆け寄ってきたことでどこかに吹き飛んだ。差し出された手をとって身体を起こす。

 

「よかったぁ……来てくれたんですね」

「とっさだったから……私も引きずり込まれちゃったけど」

「いいんです、助けようとしてくれただけで嬉しいです、ありがとうございます、先輩」

 

 むずがゆそうに頬を掻くデスクイーン57世の顔を見て、のえるちゃんも勇気づけられた。

 

「……その、ところで、胡桃咲さんは?」

 

 そう尋ねると、デスクイーン57世は眉をひそめた、それは怒っているとかではなくて、どう説明していいかわからない事を、なんとか言語化しようと考えている、と言った感じだった。

 

「その、ごめん、見当たらない……」

「……え、えええええ!?」

「他の部屋にも移動できないし……とりあえず、付いてきて」

「は、はい」

 

 言われるがままに、手を引かれ、柱の裏へと向かう。

 

「っ!」

 

 そこに居たのは、プリンセス・ルージュ(、、、、、、、、、、)ロジカルカオス(、、、、、、、)だった。

 

「な、なんで――」

 

 ただし、その光景はかなり不思議でいびつだった。目にも留まらぬ速さで動き、お互いを斬り結びあっているが、音が一切聞こえない。

 

「ひゃっ」

 

 ロジカルカオスの放った雷が、のえるちゃんへと向かってきた。が、すかっと素通りしてしまう。動く二人の傍らに、何やら光る文字が浮かび上がり、付随して移動している。

 

「あれ――は……」

 

 プリンセス・ルージュがロジカルカオスの首を跳ね飛ばす。その瞬間、ロジカルカオスの横にある数字が、大きく減少していく。が、ほんの一瞬で、減少は増加へと反転する。あっという間にもとに戻ってしまった。

 

「999,999……って、なんですか、あれ」

 

「……多分、HP(、、)だ」

 

 HP、ヒットポイント、ライフ、体力、なんと言っても構わないが、ゲームにおける、生命の残量を数字で示したものだ。よく見れば、プリンセス・ルージュの真横にも同じ物が存在している、そちらは『42,341/85,000』と表示されており、ロジカルカオスの攻撃を受ける度に、少しずつだが着実に減少している。

 プリンセス・ルージュの一刀が、ロジカルカオスの腕を断つ。

 すぐ横に、『Regen(自動回復)』の表記が浮かぶ。減ったHPがすぐ元に戻る、その繰り返し。

 

「せ、先輩、これって……」

「…………」

 

 デスクイーン57世は無言で、再び柱の裏、八角形の水晶の前へと戻った、のえるちゃんも後を追う。

 

「……外に出れないか、まず最初にこいつを触ってみたんだ、そしたら、これが出てきた」

『あーーーーくっそわっかんねぇぽん!』

 

 ファズがキレ散らかしながら、クリスタルの表面にそっと触れる。すると、空中に光の文字と、恐らく、入力ができるのであろう文字列が浮かび上がった。魔法というよりは、かなり近代的か、未来的な技術を感じる。

 が、肝心なのはそんなものではなく、その上に表示された文字だ。そこには、デジタル調のフォントでこう記されていた。

 

 『DEBUG MODE』と。

 

「で、でばっぐ、もーど? って、なんですか? 先輩」

「えーっと、そうだね、ゲームからバグを取り除くために、色んな状況下でテストするためのモード、簡単に言うと、ステータスいじり放題、アイテム増やし放題、みたいな事が出来るわけ」

「……えっ、じゃあ、ここからならもしかして!?」

『……と、思って接続してみたけど、あらゆる項目に共通のパスワードが要求される、ぽん。それがわからないと何も出来ないぽん、コマンドは色々あるんだけど』

「例えば……?」

『座標指定移動、イベント発生トリガー、ダンジョンの配置変更、デバッグモード終了の、四つだぽん、デバッグっていうには項目が少ないから、他にも開放できる物があると思うんだけど……ぁー、スペック不足が恨めしいぽん……』

 

 ファズが文字列を適当に一つ押すと、『PASSWORD』と共に、九桁の数字の入力画面が出てくる。

 

「適当に打ち込んじゃえばどうですか?」

「一度ミスったらおしまい、みたいな設定かも知れないから、ちょっと怖いかな、多分これ、私達にとっての生命線になる気がする……」

 

 暴君と神の戦いは、未だ続いている。着実に目減りする赤のHPを、今ののえるちゃん達は、黙って見ているしか出来ない。

 

 

◆胡桃咲ラヴ

 

 胡桃咲ラヴは、乱雑に物が散らばった部屋の中央に、ぽつんと立っていた。

 壁には多数のモニタが所狭しと取り付けられ、何台ものパソコンがごうごうと音を立てていた。

「こ、ここは……」

 

 思わず後ずさると、硬い何かを、ガツ、と踏みつけてしまった。

 

「ひゃ、何…………きゃああああああああああ!?」

 

 それは、魔法少女だった。金髪を丸く束ね、サイバー風の衣装に身を包み、至る所からケーブルが零れ落ちている。

 それが、八角形のクリスタルに包まれて、目を閉じて眠っていた。生きているのか、死んでいるのか、判別がつかない。

 

「え、こ、これ、リップ・ロップ……?」

 

 【熾天使】から渡された写真と相違ない、目的の人物、その人だった。

 

「あの、これ、どうなって……」

 

 どうしよう、ととりあえずモニタを見てみると、何やら小難しい数字が並び、増えたり減ったりしている、どれも胡桃咲ラヴの知識ではよくわからず、触るのも恐ろしい。

 

「とりあえず、元の部屋に戻らないと……」

 

 室内を見回す。扉は一つだけ、部屋の隅にぽつんとあった。開けて、もしラジカルマキナが居たら嫌だなあ……と思いつつ、しかしここにただ居るのも怖い。

 

「あ、そうだ……」

 

念の為、室内に無造作に転がっているケーブルを、いくつか拝借して、丸めて端を縛る。これでいざという時は魔法が使える、逃げるにせよ攻めるにせよだ。

 意を決して扉を開く。

 ガチャン。

 

「…………」

 

 ガッチャガッチャガッチャガッチャガッチャガッチャ。

 

「鍵かかってんじゃんかああああああああああ!」

 

 バーン、と怒りのままに蹴りを入れた、魔法少女の力でもびくともしなかった。

 代わりに、室内の棚が軒並み揺れて、積まれていた書類がバサバサと落ちてきた。埃が舞って、口元を抑えて咳き込んだ。

 

「けほっ、もう、最悪…………んぅ?」

 

 散らばった用紙の一枚が、たまたま目に入ってきた。

 『サークル フリップ・フロップ マジカルファンタジー 設定書』

「……こ、これ、え、じゃあ……。」

 

 リップ・ロップが具現化したゲーム、『マジカルファンタジー』。

 

「自分で作ったゲーム……っていうこと?」

 

 

 

◆ミラクルまりりん

 

 いまだかつてない緊張感で、ミラクルまりりんは歩みを進めた。触れたり、攻撃したりしない限り、ミラクルまりりんの存在が気取られることはない。

 言い換えるなら、わずかにでも、このラジカルマキナの群れに触ってしまったらアウトということだ。

 ラジカルマキナ達は、時折首を三百六十度回転させたり、走り出したりする。見てて落ち着かない。何かしらの行動ルーチンに沿っているのだろうが、動きに法則性がなさすぎておっかなびっくりだ。

 

(急がないと……)

 

 もうすぐ、陽動が始まる。ラジカルマキナ達が部屋の外に魔法少女達を倒しに行った隙に、妨害装置を破壊する。

 ボンッ! と大きな音がした、作戦通りだ。ラジカルマキナ達ははっと顔を上げて、ミラクルまりりんを素通りして、隣の部屋へ殺到していく。

 

(今のうちっ)

 

 制御装置は、上のフロアにあった八面体を、もう少し小さくしたような形をしていた。色も青く、バチバチと電気をまとっている。

 

「…………」

 

 そして、その両隣に、ラジカルマキナが二体立っている。揺動の戦闘には一切見向きもしない。

 

(……あれだ、こいつら、イベント戦闘の敵なんだ……)

 

 ミラクルまりりんも、多少はゲームを嗜むから、なんとなく想像はつく。イベントをクリアするために絶対に戦わないと行けない中ボス、という奴だ。

 制御装置を破壊すれば、ラジカルマキナ達は(、、、、、、、、、、)同期ができなくなる(、、、、、、、、、)という影響を受けることになる。直接触ったわけではなくとも、彼女らの機能に影響を与えてしまえば、下手人であり、真横にいるミラクルまりりんは、気づかれてしまうのではないだろうか。

 

(……わかんない、自分の魔法をそこまで研究なんてしてない)

 

 きっと、他の魔法少女は違う。愛死狂(アイシクル)やプリマステラは、それこそ、魔法がどの様に効果を発揮し、どこまで効果を及ぼし、何が出来て何が出来ないのか、全て知っているはずだ。ミラクルまりりんは、そんなトレーニング、したこともない。しようと想像したことすらない。覚悟も、努力も、何もかも、してこなかった。

 

(けど――)

 

 危ないかも知れないからやめます、で引き下がるわけには、いかない。

 シルヴェストリならきっと、そうするはずだ。

 ミラクルまりりんは、包丁を振り上げて、結晶に思い切り叩きつけた。

 スイカを割るよりもあっさりと、妨害装置は砕け散った。同時に、両脇のロジカルマキナが、ぎょろりと顔をコチラに向けた。

 

「 不審な対象を 」

「 確認 」

「そう来るわよ――ねっ!」

 

 一度気づかれたら、再度魔法を使うのにはインターバルが居る。もとい、何秒必要なのか、あるいは視線から外れられればいいのか、とか、そんな事すら気にしたことがなかった。もし把握していれば、もっと違う動きができたかも知れないのに。

 

(悔やむのは、後だ、諦めるのも、まだまだ後だ――!)

 

 今できることを精一杯、一秒でも長く生き抜いてやる。

 ラジカルマキナの手が伸びる。遅いその動きを、間一髪かわして、走り抜く―――

 

「ぐぇっ」

 

 首を急激に引っ張られた。マフラーの端を、ラジカルマキナが掴んでいた。しまった、と思ったときには、もう遅い。首を絞め上げながら、マフラーごと持ち上げられ、壁に向かって投げつけられた。

 

「ぎゃっ、はっ! くふっ」

 

 全身、くまなく叩きつけられて、ドっと床に身体が放り投げられた。狂った方向感覚と、全身の痛みで、呼吸もままならない。視界が暗い。頭がくらくらして何が何だか分からない。

 早く立ち上がらなければ、という焦りと、恐怖。

 

(くそっ、くそっ、まだ、まだ――!)

 

 諦めたくないのに、体が痛みで動かない。こんなにあっさり死ぬことになるなんて、思ってなかった。

 目を開ける、霞んだ視界に、腕を振り上げるラジカルマキナの姿があった。無機質な瞳が、ミラクルまりりんを見下ろしている。

 

(調、私)

 

 上手くやれたかな、と聞いてみる。答えはない。それはそうだ。

 直にあったら聞いてみよう、きっと答えてくれるはずだ。

 覚悟した衝撃は、一瞬後にやってきた。

 

「 警告 即時離脱を推奨 」

 

 ガッ、と全身を強く打ち付ける衝撃。

 

「けふっ」

 

 反射的に引きつる肺、だが、あるのは激しい衝撃だけだ。まだ生きている。

 

「あ――――」

 

 何かが、ミラクルまりりんに覆いかぶさっている。そして、ラジカルマキナ達は、その何かごと押しつぶして、殺してやろうと、殴打を加え続けている。

 

「なん、で――」

「 当個体の ガッ 存在理由 ハッ 」

 

 シルヴマキナが、ミラクルまりりんを押し倒し、攻撃を一身に受けている、その身体越しに伝わる衝撃が体を揺らす。

 

「 ミラクルまりりんの 保護 で―― 」

 

 埒が明かない、と判断したのだろう、元より、ラジカルマキナには異様な物理攻撃耐性があって、ラジカルマキナ同士の戦いでも適用される。たとえシルヴマキナが壊れかけても、それは変わらない。

 ラジカルマキナは、シルヴマキナの腕を掴むと、強引に、力づくで引きちぎり始めた。メキメキ、ブチブチ、という音が、すぐ前から聞こえてくる。

 

「 014Nが発見した 異常個体と認定 」

「 破壊し 廃棄します 」

「「 がんばります 」」

 

 シルヴマキナは、ぎこちない動きで、首を回転させた。残った片目に光が収束していく。

 

「 拒否 」

 

 ビームを発射する前に、ラジカルマキナの手が残った目に食い込んだ。グチャッと音がして、潰れた。

 

「 が ガガガ 」

「うう、ううう――――」

 

 役割は終えた、もう通信はできるはずだ。今頃、愛死狂(アイシクル)か誰かが攻略情報を暴いているに違いない。だからここで終わっても、もう大丈夫。

 

「死に――たく……」

 

 ない。死にたくない。負けたくない。

 

「まりりんさん!」

 

 プリマステラの声が聞こえた。吹き荒れる殴打の中、シルヴマキナの装甲の隙間から覗き見る。ドレスの裾は破け、片腕を抑えて、それでも、ラジカルマキナを引きつけていたであろう彼女は、まだ生きていた。

 他のラジカルマキナはどうしたんだ? という答えは、すぐに出た。プリマステラの後を追い、囲むようにゾロゾロと付いてきている。ほとんど倒せていない。

 助けが来たのではなく、囲まれただけだった。愛死狂(アイシクル)とフェスティ=バルはどうしただろうか。

 

「……っ」

 

 答えはわかる。言わなくても。プリマステラは、魔法でラジカルマキナたちを引きつけて、二人を逃したのだ。ここに来たのは、ミラクルまりりんを助けるためではなく、ラジカルマキナたちを一箇所に集めるスペースが欲しかっただけだ。

 

「……シルヴマキナ」

「 は   イ 」

 

 とうに四肢は破壊され、もうミラクルまりりんをかばうというより、上に乗っているだけになったシルヴマキナは、それでも返事をした。

 

「……無駄死には、私、したくない」

 

 とうとう、シルヴマキナは首を掴まれて、持ち上げられた。ブチブチと、身体と頭が分かたれようとしている。もう一体のラジカルマキナも、ミラクルまりりんに手を伸ばす。頭を割られて、おしまいだ。

 

「だから……やっちゃえ(、、、、、)

 

 その言葉に、シルヴマキナの残った口が。

 くす、と笑みの形になった。気に食わない事に、シルヴェストリのそれとよく似ていた。

 

「まりりんさ――――」

 

 シルヴマキナの首が完全にちぎれるより早く。

 その全身がまばゆく発光して、瞬く間に部屋一面を埋め尽くした。

 

 

 

愛死狂(アイシクル)

 

 ラジカルマキナ達を倒すのは到底不可能だ、と結論づけ、プリマステラが囮を買って出た。

 愛死狂(アイシクル)達の仕事は、妨害装置が壊れたと同時に、とにかく攻略情報を探す事。

 だから、死ぬ為に戦場に赴くというのに、笑顔で『後はよろしく』と告げたプリマステラを、見送ることしか出来なかった。

 

「……情けない、こんな時に、戦闘の役に立てないなんて」

 

 強くなった。はずだった。どんな敵にも、誰が相手でも、立ち向かえると思っていた。それが、この有様だ。

 魔王パムならどうだろう、それでもあの人なら、この数のラジカルマキナもなんとかしてしまうだろう。他の魔王塾の面々なら?

 

 愛死狂(アイシクル)は、結局の所、肝心な時に役に立てない、未熟者の、愚か者だった。

「…………っ」

 

 一度変身を解除して、持ち直したスマートフォンは、未だ圏外表示だ。せめて、なにかしたい。力になりたい。いっそ、死んでもいい、一緒に戦いたい。

 

「……なんて思っちゃ駄目なのだよ? 与えられた役割をこなすのだね、お互いね」

「……お見通し?」

「自分の無力さを嘆くのは良いことなのだよ? だって出来ないことがわかってるんだからね。だけど、わかってて死にに行くのは、そりゃあ馬鹿なのだよ。他にやることがないなら、それでもいいけどさ」

「……そうね、出来ると思ってた、けど、出来なかった。プリンセス・ルージュに一矢も報いられない。今まで……何の為に生きて来たんだろう、私」

「そりゃ勿論、世界を今ここで救うためなのだよ、他になにかある?」

 

 あっけらかんと言うフェスティ=バルを、愛死狂(アイシクル)は顔を上げて見つめた。

 探偵の魔法少女は、モノクルを持ち上げ、ぷかりとパイプをふかして、ニヤッと笑う。

 

「君が無力を嘆いて指を一つ動かさないだけで、誰かの死が無駄になるのだよ、生き延びるのは恥じゃなくて幸運だから、その分頑張る義務がある。次は自分かも知れないけど、その時は無駄死にじゃなくて、誰かに何かを託して逝こう。そーやってこの世は回ってるのだね。で、今の私達のやるべきことは――――」

 

 ぴ、とスマートフォンが、小さな音を立てた。顔を見合わせ、次に画面を見る。アンテナが二本、確かに立っていた。

 

「――やった! ヘイ! 検索、ロジカルカオス!」

「っ」

 

 そうだ、これからやるべきことが、まだある。愛死狂(アイシクル)も、後を追うように検索画面を立ち上げた。

 

 

◆胡桃咲ラヴ

 

 設定書を読み進めても、門外漢の胡桃咲ラヴには、正直な所、半分も理解できなかった。イベント分岐とか、アイテムの設定だとか、そういうのを見てもピンと来やしない。

 書類をパラパラと流し読みして、やっぱり意味ないかな、と思ったその時、手書きのメモがあった。

 

「ん? えと……なにこれ、えーっと、えふ、える、あい……パスワード?」

 

 書かれている単語を見て、それから、なんとなくモニタ群を見つめてみる。

 各種モニタの数字は、やっぱりまったくわからないが、一つ、机とキーボードが備え付けられた、メインモニタだけは、入力待ちの画面のまま、放置されていた。

 

「…………」

 

 試しにエンターキーを押して見る。ERROR。そしてPASSWORD。

 

「うー、苦手なんだけどな、パソコン……」

 

 拙い指使いで、紙を見て、一文字ずつ入力していく。途中わからない記号がでてきたので、てんやわんやして、ようやく打ち終わった。

 

「これで…………わ」

 

 OKボタンを押すと、すぐに変化が生じた。画面が一度消えて、すぐに光る。

 

『…………これを誰かが見ているということは、幸運にも、あるいは不幸にも、辿り着いたってことだ。うんうん、凄い運だよ、あるいは、実力かもねー』

 

 魔法少女、リップ・ロップの姿が、映し出された。

 

「リ、リップ・ロップ……」

 

 傍らに転がる、クリスタルの中で眠る本人の姿を、ちらりと見る。

 

『さて、ここに来れたということは、君は《天使の祝福(エンゼルブレス)》、あるいは《本当の貴女(トゥルークオリア)》の誰か、だよね。だから私はこう言わせてもらおう、ざまーみろ、ってね。君は、愛死狂(アイシクル)? それとも【熾天使(セラフィム)】? いやあ、君は現場に出てこないか。そういう奴だもんね』

 

 リップ・ロップは表情を変えぬまま、カメラに向かって語り続ける。

 

『ロジカルカオスは、私の最高傑作……マジカルファンタジーから生み出された。あれがこの世界に出てきた以上、人は消えるしかない、滅ぶしかない。私は、そういうふうにあれを設定した。散々使わされた魔法で、どれぐらいゲームを作り込めば、どのレベルで現実に反映されるかも、わかってたからね。あれは、本物の神になる』

 

「するなあああああああああああああああああああああああ!」

 

 今日一番の叫び声を、全力であげた。何だこいつ、破滅願望でもあるのか、一人で勝手に死んでくれ。

 

 

『さて。けど、でも、だけど、の話だよ。私も、魔法少女である前に、クリエイターの端くれなもので。絶対にクリアでき(、、、、、、、、)ないゲーム(、、、、、)ってのは流石に不公平かな、と思ったりするわけさ。だから、君達にも勝利の鍵を用意した』

 

 暴れだしたかった気持ちが、ピタリと収まった、代わりに、どっと冷や汗が湧いてくる。

 今、リップ・ロップはこう言った。『ロジカルカオスに対抗する手段がある』と。

 もはや他人事ではなかった、画面を食い入るように見つめる。リップ・ロップは、なんだったかなぁ、と少し悩むような素振りをしてから、言葉を続ける。

 

『もし君が。あるいは君達が。ラジカルマキナを超えられるほどの力があって、ロジカルカオスと対面できるだけの何かを持っていて……確固たる意志でもって戦うというのなら、その扉を開けるといいよ』

 

「しまってるんですけど、扉ぁ!」

 

 鍵の開かなかった、蹴り飛ばしてもびくともしなかった扉を睨みつける。

 画面の中のリップ・ロップは、構わず語り続ける。

 

『あぁ、もしラジカルネットワークのデバイスをまだ破壊してないなら、引き返したほうがいいよ、あれが攻略条件の一つだから』

 

「うわぁぁんじゃあまだ妨害装置壊せてないんだー!」

 

『他にも、隠しダネはいくつもある。これは、私と君達との遊戯(ゲーム)だよ。あらゆる手段を駆使して、あらゆる方法を探って、あらゆる発想を絞り出して、挑んで……世界を救えるものなら、救ってみるといい。それじゃあ、健闘を祈るよ。バイバイ。私の知ってる、あるいは見知らぬ誰かさん』

 

 その言葉を最後に……繰り返し設定になっているのだろう、映像が最初に戻り、リップ・ロップが再び喋りだした。

 胡桃咲ラヴは、むう、と唸り、それから扉を見た。アレを開けば、何がしかがあるらしいが、しかし。

 

「開かないものは開かな……あれ?」

 

 試しにもう一度、ドアノブに触れてみる。ガチャっと音がして、軽く回った。

 ドクン、と心臓が高鳴る。もしかして、この先に、

 

「……ある、の? 勝てるの? 戦えるの?」

 

 ロジカルカオスを打破出来る何かが。

 

「…………」

 

 意を決して、念の為、ケーブルで作ったリングを片手に扉を開け放つ。槍でも矢でもかかってこい、なんだろうと相手をしてやる、という気持ちが湧いてきた。

 

「っよし、行くぞぉっ!」

 

 ロジカルカオスがいた。

 

「ぴいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい!?」

 

 全力で後退し、扉を勢いよく、叩きつけるように閉めた。何だ何がどうなってるんだ話が違うどういうことだもうヤダお家帰りたい。

 ……だが、そこから数分待っても、部屋に入ってくる、と言った様子はなかった。そもそも、ちょっと思い返してみると、よく見たらロジカルカオスだったかな? という気もしてくる。

 

「……………………」

 

 もう一度、ゆっくり扉を開けて、覗き込む。

 その部屋は、全体が水晶で囲まれた……先程まで、自分たちが居た部屋と同じ構造をしていた。

 違う点があるとすれば、その中央に、大きなクリスタルが、どんと設置されていることだ。その中に、ロジカルカオスが収まって……いや。

 

 ロジカルカオスではない(、、、、)

 

 ロジカルカオスとラジカルマキナが無彩色の機械天使ならば、クリスタルの内部で、目を閉じて眠っているのは、有彩色の機械天使だ。

 近寄って、まじまじと見てみれば、瞳を閉じているその顔も、どこか優しげで、無機質なロジカルカオスのそれとは、まったく印象が異なる。

 

「な、何だろ、これ……」

 

 近寄って、軽く触れてみた。きんっ、とピアノの高い鍵盤を鳴らした時のような音が響く。

 

『私の声が聞こえますか?』

 

「…………………………」

 

 それをトリガーにしたのか、クリスタルから、声が響いてきた。

 

『誰か、居ますね。私の声が、聞こえますか?』

「え、ええと、いちおうその、はい、居ると言えば、居るかも……」

 

 なんだかよくわからないもの相手に、なんだかよくわからないものいいになってしまった。だが、クリスタルの中の天使は続ける。

 

『……アナタは、ロジカルカオスと戦う者ですか?』

「! は、はい、そうよ……そうです」

『……よかった。この世界に、まだ彼女と戦う意志を持つものが居て』

 

 クリスタルの中の天使は、瞳を閉じたまま告げた。

 

『私の名前はマジカルロウ。ロジカルカオスと対をなす、機械神の片割れです』

 

 

◆デスクイーン57世

 

 プリンセス・ルージュの残りHPが5,000を下回った。

 それでも、見ていることしか出来ない。

 

『あー、くっそ! 駄目だ駄目だぽん! パスワードがないと話にならねぇぽん!』

「なんとかならないのかよ!」

『僕だってなんとかしたいぽん! けど、これ普通のデバッグモードじゃないのは確かだぽん』

「……? どういう意味?」

『これ、管理者がゲームバランスをいじるためのデバッグルームじゃないぽん、多分、ゲーム内のイベント(、、、、、、、、、)で使われる部屋(、、、、、、、)なんだぽん、他の項目だって数値をいじれたりするわけじゃないしイベントトリガーも一個しかないし』

「じゃあ……これもロジカルカオス突破に必要な工程、ってこと?」

『そうだと思うぽん。多分、パスワードを手に入れてからここに来るべきだったんだ、ぽん』

「あ、あの、それって、私達、ここから出ることも出来ない、ってことじゃ……」

『……ゲームの攻略情報にパスワードが載ってることを祈るしか――――』

 

(エッジ! 全てを切り裂き、守り斬れ! 俺が、お前の側にいてやるから!)

 

『……なんだぽん、この音楽』

「あ、ごめん、私の着信――着信!?」

 

 のえるちゃんとファズが、ばっと振り向いた。スマートフォンの画面には、待ち望んでいたフェスティ=バルの文字がある――回線が繋がっている。

 

「もしもし!」

『ああ、繋がったのだね! デスクイーン! 今君達、もしかしてだけど真っ白な空間にいたりしない!?』

「――居る! デバッグルーム!」

『オッケー! 災い転じて福となすなのだね! 落ち着いて聞いて、そこはロジカルカオス撃破イベントに経由しなきゃいけない必須地点なのだよ!』

「そうだろうってファズと話してた、それで!? そろそろプリンセス・ルージュがヤバい! 早くしないと!」

『わかってるのだね急かさないで! 結論から言うけど、ロジカルカオスを倒すにはマジカルロウっていう、対になる神様の協力が必要なのだね、そいつを目覚めさせるイベントのトリガーが、そのデバッグルームにある!』

『これだぽん! イベントトリガーがあるぽん!』

「それで!?」

『パスワードを入力するのだね!』

「そのパスワードは!?」

『――――――――――』

「…………………………何だその沈黙」

『……か、書いてなかった……』

「ふっざけんなそれじゃ何も好転してないじゃねーか!」

『こっちだって必死に探してるのだね! けど、その手の直接回答、みたいな要素はこう、上手く避けてる感じで……それと、マジカルロウ本体も探さないと行けないのだよ、ダンジョンのどこかにそれを祀ってる神殿があって……』

「そんな時間ないっての!」

『とりあえず、そっちに今、ダッシュで助っ人が向かってるのだね! なんとか時間を稼いで、パスワードを探して――――』

 

「フリップ・フロップ、よ!」

 

 通話に、唐突に声が割り込んだ。しかも、なぜか耳元から響いてくる。

 

「この声、く、胡桃咲さん? どこ!?」

「あ、先輩、目、目!」

 

 のえるちゃんが、慌ててデスクイーン57世の顔を指す。

 

「目、って…………うわ!」

 

 デスクイーン57世の右目の視界が、いつの間にか、違う場所を見ていた。眼の前に胡桃咲ラヴの顔があり、声もそこから聞こえる。

 

「よっし、凄いわ千里眼……!」

「な、何が起きてるの、これ!?」

「今、私からはそっちが見えてるの、凄いでしょ、マジカルロウ様様よ!」

 

 敬語というキャラ作りもふきとばして、興奮したように叫ぶ胡桃咲ラヴ。

 

「マ、マジカルロウ? なんでその名前を……」

「今目の前にいるのよ! 封印されてるけど、アイテムくれたの! 遠見の水晶! これがあればダンジョンの中、どこでも見れるの! 私の魔法も繋がる!」

「マジ!?」

 

 一緒にクリスタルの中に入ったのに、何で胡桃咲ラヴだけそんな所に、という疑問には、ファズが答えた。

 

『多分、エリア移動の判定が違うんだぽん』

「っていうと?」

『特定の条件を満たしてクリスタルに入ると神殿に、そうじゃないならデバッグルームにって設定なんだぽん』

「特定の条件って何だよ」

『そこまでは、中身を見てみないとなんとも。それより、パスワードはそれでいいのかぽん?』

「ええ、フリップ・フロップ……【flip - flop】! 全部小文字で!」

「了解ぽん。どぉれ……」

 

 ファズが羽を動かすと、何もせずとも文字が入力されていく。

 

「頼む頼む頼む頼む頼む……!」

 

 焦りながら、プリンセス・ルージュを見る、数字はもう、1,000を切っている。

 

 

 

◆プリンセス・ルージュ

 

「粛清の光、クラウソラス」

 

 ロジカルカオスの手から放たれる雷が、体を焼く。腕が焦げ炭になってちぎれる。

 この程度、何ということはない、瑣末事だ、断じて屈しない。そう決意した瞬間、プリンセス・ルージュの腕は元の形に戻っている、問題なく剣を振るう。

 

「愚か。神に逆らうなどと」

 

 ロジカルカオスの首を刎ねる。すぐに粒子が新たな頭部を形成する。腕を断っても同じことだ。起こっている現象は、傍目から見たら同じだが、内容は全く違う。

 どれだけ斬り分けてもこれだ。本当に腹が立つ、これほど思い通りにならないことが、いまだかつてあっただろうか。

 

 プリンセス・ルージュの魔法が及ぶのは、結局、自分一人だけだ。どこまでも孤独で、どこまでも傲慢で、ただ、自分が『そうあること(、、、、、、)』しか出来ない。

 余に殺せぬ訳がない、という殺意を込めた一撃は、防御を貫き必殺たらしめるが、それは自分が放つ攻撃の威力をこの上なく〝必殺〟にするのが限度だ。ダメージを与えた後、その回復を防ぐ力はない。もしこれがドラゴンハートなら、『治るはずだ』という期待を裏切って、そのまま殺せるだろう。

 

「不敬、不敬不敬不敬、神だと? 愚かしい!」

 

 プリンセス・ルージュは吠えた。

 

「神が居ないから、余がいるのだ。神が救わぬから、余がいるのだ」

 

 ――――暴君だったプリンセス・ルージュなど、とうの昔に死んでいる。

 プリンセス・ルージュは知ってしまった。

 誰かに情を向けられる(、、、、、、、)、という感覚を、知ってしまった。

 あの日、彩恋静(さいれんしずか)がプリンセス・ルージュに――否、赤緋朱姫に向けたのは、代替の愛情だ。自分の子供に重ね合わせて、代わりに与えたものだ。

 それでも、初めてだった。この心が感じた、はじめての情愛だった。

 赤緋朱姫とプリンセス・ルージュの人格は、分かたれている――厳密にいうならば、赤緋朱姫という少女はプリンセス・ルージュである時の記憶を、ある種の夢のようにとらえており、プリンセス・ルージュは赤緋朱姫の記憶や感情を、地続きで知った上で『理想のお姫様』の人格を有する。

 だから、小さな少女が感じた、喜びや、嬉しさを、プリンセス・ルージュは自分のものとして知っている。それが己に与えられたものでなくても、その感情を知っている。

 

「はっ――――」

 

 出来ることなら、もっと早く知りたかった。そうすれば、暴君ではなく、只のお姫様としていられたかも知れないのに。

 プリンセス・ルージュと赤緋朱姫が、同一の存在で居られたのは、魔法少女になったその日が最後だ。教育係と名乗り、自らに何らかを施した、魔法少女メイククイーンの手によって、プリンセス・ルージュの手は、そのドレスよりも真っ赤に染まった。

 

 殺して殺して殺して殺し。

 殺めて殺めて殺めて殺め。

 壊して壊して壊して壊し。

 踏み躙り踏み潰し蹂躙した。

 

 誰も許さないし、誰も認めない。世界の誰も、赤緋朱姫とプリンセス・ルージュを別の存在とは見做さないだろう。

 

「余は王だ」

 

 自ら望み、自ら認め、自ら作り上げた暴君という定義が、プリンセス・ルージュなのだ。

 だから、これからも、謝るつもりはないし、認めるつもりもない。

 けれど、これからも、殺し続けるつもりはないし、(にじ)り続けるつもりもない。

 生き続けるのであれば、生き続けても良いのであれば。

 

「あぁ――怨むがいい、憎むが良い、呪い祟り怒るが良い、全て余の物だ、誰にもやらぬ」

 

 許されないことを知っている。だからこの身にできるのは。

 

「それは余が持っていくべきものだ、だから神よ」

 

 ロジカルカオスの両指に、光が収束する。何度も受けた、あの熱線だろう。

 神のあまりに過剰な攻撃力の前に、プリンセス・ルージュの体は何度も殺された。その体験は『攻撃など通じるわけがない』という思い込みを不可能にしている――デスクイーン57世(、、、、、、、、、)の歌によって(、、、、、、)メイククイーンによる(、、、、、、、、、、)育成が消え去った(、、、、、、、)今、狂気のままに自己認識(おもいこみ)を続けることなど、とうに出来なくなっている。

 最強の暴君は、もうこの世に居ない。

 そして、その程度の事は、プリンセス・ルージュが(、、、、、、、、、、、)負ける理由に(、、、、、、、)なりはしない(、、、、、、)

 

「貴様は余が討つ。余が殺す」

 

 結果を持ち帰るまで待つと言った。自分が吐いたその言葉を、プリンセス・ルージュは信じている。

 決闘の約束がある、愚かにも王に刃を向けた逆賊だ、手ひどく懲らしめ、要求を飲ませなければならない。

 万物を下せるなどとは、もう思えない。その様に立ち振る舞い続けることはできない。

 けれど、その約束を叶えたいという感情を、信じることは出来る。

 

「消滅せよ」

 

 熱線の雨が放たれる。プリンセス・ルージュは、神に向かって吠え、そして駆けた。

 全身を焼き斬られ、また生命が削られる。それでも、即座に「余が死ぬわけがない」と立ち上がり――――そして、体が動かないことに気づいた。

 力が入らない。剣を取り落とし、膝をつく。初めての経験だった。初めての体験だった。

 肉体が持つ物理的限界を、生死と言う概念を、精神の思い込みで凌駕できるプリンセス・ルージュは、その実、心の限界を迎えたことが無かった。

 繰り返される死と生を、一瞬も油断出来ない状況で、無限に繰り返せるほど、強くはなかった。

 

「――――はは」

 

 この体たらく、このざまだ。何が暴君だ。

 限界を超えて、全て取り払った、剥き出しのプリンセス・ルージュは、こんなにも弱く、こんなにも脆い。

 

「なぁドラゴンハートよ、貴様はどうだ……」

 

 殺し合った、憎み合った相手を、今になって思う。

 なぜあれほどまでに許せなかったのか。なぜあれほどまでに認められなかったのか。

 少しぐらい、話をしてみても良かったのではないか。

 後悔を抱いている間、暴君は暴君でいられなくなり。

 その生命を速やかに刈り取るべく、ロジカルカオスは手の中に生み出した火炎弾を解き放った。

 

 

◆胡桃咲ラヴ

 

 マジカルロウを封印するクリスタルから剥離して生まれた遠見の水晶は、ダンジョンの内部ならば自由に見ることが出来、またその視界は胡桃咲ラヴのものとして扱われる。

 つまり、輪っかさえあればどこにでもワープゲートを作ることが出来るということだ。これは革命だ、胡桃咲ラヴの魔法は、何倍、何十倍にも強化された。

 自分がここにいることをどうやって伝えようかとも思ったが、ゲートが――空間が繋がるのだから、つまり声も繋がるという事だ。くしくも、攻略情報が手に入ったタイミングだったらしく、まさに奇跡的なタイミングだ。

 水晶の中のデスクイーン57世達は、パスワードを打ち終え、マジカルロウの封印を解きそうだ。今か今かとそわそわする。

 

『――ありがとうございます、戦士たちよ』

 

 クリスタルの中のマジカルロウが告げた。

 その表面に、細かな罅がビシビシと刻まれ、増えていく。

 数秒もしないうちに、頂点から花が開くように、キラキラ光る砂となって、砕け散る。

 

「あ――――」

 

 パチリ、と、もうひとりの機械神が目を覚ます。マジカルロウは、悠然と翼を広げ、ニコリと微笑んだ。

 荘厳だった、壮大だった。ロジカルカオスは、圧倒的な力を備えながら、感情も意志もなかった。それ故、対面した時の圧と恐怖は、比較にならなかった。

 マジカルロウは違う。ふわりとした笑み、聖母のような暖かさ。ロジカルカオスにない物を、彼女は全て持っている。

 まさに救世主、まさに神様、D市に来てから、絶望しかなかった胡桃咲ラヴの心に、希望の火が宿る。

 これで戦える、自分だって、やってやれる。一人で全部救える英雄じゃなくていい。それでも、小さな事でも、たった一つでも、何かが出来るという事実が、人を前に進めるのだ。

 

『私の名前はマジカルロウ、混沌(カオス)を戒める(ロウ)。神に抗う貴女達に、力を――』

 

 ぐっと拳を握りしめて、指の輪っかで作ったゲートに向かって声を掛ける。

 

「デスクイーンさん! マジカルロウ、目覚めました! すぐに合流します!」

 

 その言葉に応じるように、マジカルロウは手の平に小さな光の玉を生み出した。

 

「?」

 

 マジカルロウはコクリと頷き、ぴん、と指でそれを弾く。光はまたたく間に膨れ上がり、胡桃咲ラヴもろとも部屋にある全てを飲み込んだ。

 

 

 

◆デスクイーン57世

 

「うわっ!」

「きゃっ!」

 

 急に感じた熱に、思わず顔を押さえた。ゲートの繋がっていた右目が激しく光ったと思ったら、一瞬、すごい熱を感じて、それから元の視界に戻った。若干焼き付いてしまった感覚がある――すぐに元に戻るだろうが。

 

「だ、大丈夫ですか?」

「うん、平気、それより――――――」

 

『戦士たちよ』

 

 荘厳な声は、いつの間にかクリスタルの上に立つ天使が発していた。

 

『私の名前は、マジカルロウ――ロジカルカオスの対となる、機械神の片割れです』

 

「マジカル、ロウ――」

 

 機械の翼、機械の手足、首から上と剥き出しの肩が、かろうじて柔らかそうな人の皮膚を持っている。

 魔法少女と並ぶか、それ以上の美貌、デスクイーン57世は、その存在に、ただ圧倒された。

 

『ロジカルカオスの権能……傷を負わず、生命を損なわず、ありとあらゆる万物を統べる力――――その力を、私が押さえましょう。ですが――』

 

 機械仕掛けの、もうひとりの神は、悲しそうに首を振った。

 

『私の手では、殺められない。誰かが、ロジカルカオスと戦わなくてはならない。仮に権能を失ったとしても、あれは神――――貴女達が倒せる保証はありません、それでも』

 

「いいから早くしろっ! 急いでるんだこっちは!」

 

 神の言葉を遮って、怒鳴った。マジカルロウは、一瞬ぱちくりと、まるで普通の少女のように瞬きをして、それからこほん、と咳払いをし。

 

『わかりました、では――その様に』

 

 マジカルロウが、タクトを振るうように、指をついっと動かした。クリスタルの色が、まばゆい虹色に変化する。

 

『――――きたきたきた! いけるぜ! ぽん! 見るぽんこれ! 常時HP最大回復! 物理攻撃無効! 全属性耐性にカウンター! どんだけチート詰んでんだぽん!』

 

 クリスタルの前で、データの羅列を観測していたファズが、歓喜の声を上げる。

 

「なんとかなるのか!?」

『するのが僕の仕事ぽん! 全部取っ払ったステータスは――――ああもう、普通に考えたら倒せねえけど、どうせ止めても聞かないし、なんとかするつもりなんだろ!? ぽん!』

「そりゃあ勿論、やるだけやるさ!」

『だったら行って来いぽん! データはこっちで見てる、いじれそうなチートがあったらガンガンぶっこんでやるぽん! とりあえずふたりとも、元の部屋に戻すぽん、おっけー!?』

「オッケー!」

「了解です!」

 

 デスクイーン57世とのえるちゃんが声を揃えた。視界が白く染まり、移動は一瞬でなされた。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。