月香の狩人、アカデミアに立つ   作:C.O.

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お待たせしました。
また、誤字報告助かっています。ありがとうございます。


28.期末試験、対A組

 学期末を迎えた雄英は通常科目の筆記試験も終わり、残すは演習科目を残すのみとなっている。

 A組の生徒達と教師陣はそれぞれ各コスチュームに着替え、各運動場へと向かうためのバス発着所に集まっていた。全員が揃ったことを確認するとイレイザーヘッドが演習試験の説明を始めた。

 

「それじゃあ演習試験を始めていく。この試験でももちろん赤点はある。林間合宿行きたきゃみっともねぇヘマするなよ」

 

 早々にイレイザーヘッド流の檄が飛ぶが、生徒達は存外緊張感は薄いように見える。それよりも、教師陣がなぜこれほどここにいるのかと不思議に思っているようだった。

 

「諸君なら事前に情報を仕入れて、何をするか薄々わかっているとは思うが」

 

 イレイザーヘッドがそう前置きをすると、上鳴電気から「入試みてぇなロボ無双だろ!」と声が上がった。それに呼応して、芦戸三奈も林間合宿を楽しみにしている旨の相槌をしている。

 そんな歓喜の声を切り裂くように、根津校長がイレイザーヘッドの捕縛布の中から飛び出してきた。

 

「残念! 諸事情あって今回から内容を変更しちゃうのさ!」

 

 その一言で幾人かの顔から血の気が引いていき、何を言っているかわからないといった様子で身体を硬直させてしまっている。

 演習試験の内容は直前まで知らせてはいけないことになっていたので、全員が呆気にとられていたが、試験内容が担当官との戦闘だと聞くや何人かはすぐに切り替え校長の説明を聞き逃すまいと顔つきが変わっていった。

 まずは事前に決められていた二人一組(チームアップ)と各担当官が発表されていった。オールマイトを始めとした各トッププロたちを相手にしなければならないこともあり、どのチームも担当教官が発表されると俄かに顔を強張らせている。

 

「そして、芦戸さんと上鳴くんは私が担当します」

 

 そう私が告げると、なぜか二人ともアルカイックスマイル然とした笑みを浮かべ頬に二筋の雫を伝わせながらクラスメイト達の方へと向いたのだった。

 

「みんな、林間合宿楽しんできてね」

「俺らの分もよろしくな」

 

 力なく二人が言い放つとすかさず緑谷出久がフォローに入った。

 

「だ、大丈夫だよ! ほ、ほら試験だから!」

「なにが大丈夫だァ!? これどう考えても俺らナイトメアモードだろォ!? 狩人先生に勝てって!? 訓練の組手で今何勝何敗だと思ってる!? ゼロ勝八十一敗だぞォ!?」

「み、皆もベリーハードモードではあるからさ! ナイトメアモードだってあまり変わらないよ! ビデオゲームなら倍難しい程度だし!」

「フォローになってねぇ!」

 

 上鳴電気の悲鳴に芦戸三奈も続く。

 

「ううっ、キモ試ししたかった……花火……カレー……恋バナ……」

「三奈ちゃんもやる前から落ち込んでちゃダメよ」

「でも梅雨ちゃん……ううっ! どうやっても勝てるビジョンが視えないィ!」

 

 思わず額に手をやり頭を振ってしまった。やる前から諦めているようでは、ヒーロー以前の話だ。

 イレイザーヘッドは、そんな生徒達の様子を無視するかのように説明を続ける。

 

「それぞれステージを用意してある。十組一斉スタートだ。試験の概要については各々の対戦相手から説明される。移動は学内バスだ。時間がもったいない。速やかに乗れ」

 

 そう言い伝えると、イレイザーヘッドは踵を返しバスへと向かって行ってしまった。轟焦凍と八百万百は困惑しながらも後をついていきバスへと乗り込んでいった。

 イレイザーヘッド達がバスに乗ったのと同じくして、他の教師たちも引率を始める。それぞれの試験官がペアに声を掛けバスへと誘導していく。

 私もそれに倣い、芦戸三奈と上鳴電気へと声をかけバスに乗り込んでいった。生気の抜けた二人と私を乗せたバスが数分間走り、試験会場である運動場γへと辿り着いた。

 運動場γは、密集した工業地帯を模した造りになっており、大面積の倉庫や重機が所狭しと立ち並んでいる。

 とぼとぼと降りてくる二人に声を掛け、今回の試験用に建て付けられた校長の趣味なのかやたらとファンシーな校長の絵が描かれているゲートの前に並ばせた。

 

「さて、改めて試験内容についてお話しします」

 

 二人はしょぼくれたままだが、時間も差し迫っている。手短に説明を終わらせてしまおう。

 

「まず、今回の試験は対敵シミュレーションです」

「対敵シミュレーション? それって前にやった戦闘訓練みたいなものですか?」

「それに似ていますね。制限時間である三十分以内に、この手錠(ハンドカフス)(ターゲット)に掛けるか、このゲートから脱出するかのどちらかを達成することが目的です」

「ってことは戦わず逃げてもいーんすか!?」

 

 生気の無かった芦戸三奈と上鳴電気の顔に俄かに血色が戻ってくる。二人は顔を見合わせ、胸の前で小さく両の拳を握りしめていた。

 

「ええ。逃げても構いません。先ほども言ったように今回は対敵シミュレーションです。戦闘訓練と違うことと言えば、明確に相手が自身の力量を上回る相手だということが分かっているという状況ということですね」

「知ってます。ものすごく知ってます」

 

 芦戸三奈が残像が見えるほど素早く何度も首を縦に振っている。上鳴電気も腕を組んでゆっくりと首肯していた。

 

「ただし、お互いに個性が割れているという状況なので、私もお二人の個性を知っているという動きをします。つまり、貴方達が実際にプロヒーローとして現場に立ったときと同じような状況設定だと仮定してください」

「プロヒーローは個性が知られていることが前提……ということッスね」

「そういうことです」

 

 二人とも呑み込みは早いが、それ故か諦めも早い。それでは、対敵した際に本来見えてくる打開できる機会も逃してしまうことになる。彼らにとっての戦闘力以上の課題はこの部分だろう。

 

「対敵シミュレーションということですので、私のことは(ヴィラン)として考えてください。対敵した際に勝てると思うのなら戦闘し制圧するもよし、敵わないと思うなら撤退し応援を呼ぶもよし。そこはお二人で判断してください」

 

 試験概要を聴いて二人は顔を再び見合わせている。

 

「ただし、まだ皆さんと教師陣では実力差として大きなものがあります。ですのでハンデとして、体重の半分程度の錘を両手両足に着けます。本来の動きより制限が入るということも考慮に入れてください」

 

 リストバンド形状の錘を装着する。ずしりと身体が沈む感覚を覚えた。動きに対する影響もあるが、それ以上に感覚が通常と違うため身体運用に慣れるまでに時間がかかりそうだった。

 

「とりあえず、狩人先生――(ヴィラン)を見つけて私たちはこっそり後を追ったけど見つかって戦闘になってしまったって感じかな。実力が割れた状態で撤退するか拘束したらクリアってことは」

「試験だからいいけど狩人先生が(ヴィラン)とかマジで考えたくねぇ……被害者どれだけだよ……最低でも応援ないし情報を持ち帰らないとヤバイ状況ってことか。全滅だけは避けねーと。その後の被害考えたくねー」

「いい考え方です。上鳴くん、芦戸さん」

「へ?」

 

 上鳴電気も芦戸三奈も何気なく零した一言だろうが、常に思考することが身についてきた証拠でもある。訓練のための訓練ではなく、実戦で実力を発揮するための訓練をと思い放課後の時間を使ってきたが無駄ではなかったようで何よりだ。

 

「シチュエーションをより実戦に近くするためにそういう考え方はとても良いことです。私が(ヴィラン)ならばどれほどの被害が出るのか。そのために自分は何ができるのか。何をしなければならないのか。この試験では、それをよく考えてください」

「は、はい」

 

 まだ瞳に不安げな色は消えていないが、私が思っているよりこの二人も成長していたようだった。

 

「……私も、まだ眼を鍛える必要がありそうですね」

「どうしました、先生?」

「いえ、なんでもありません。さっそく試験の準備に入りましょう、とその前にもう一つだけ。今回、私は徒手空拳ではなく武器を使用します」

「へあ!?」

 

 今回の試験に使うため特注の武器をパワーローダーに作成してもらっていた。

 

「それがこの直剣と銃です。といってももちろん本物ではありませんから安心してください。剣は刃の部分はこの通りゴム製ですし、銃も当たってもそこまで痛いものではありません」

 

 細身の刀身をもつ諸刃の西洋剣を模したゴム剣である。剣先を指先で押せばぐにゃりと刀身が曲がる。銃そのものは十四年式拳銃であるため本物だが、これを改造し特製弾を射撃できるようにしたものである。十四年式は個性社会以前のこの国で使われていたものであり、グリップは細身で持ちやすく、連射も可能でトリガープルも軽いためとり回しも良好。その無骨さと物々しいながらも機能美ともいえる形状が気に入っていたため、パワーローダーに願ってこのモデルにしてもらったのだった。

 私は少し離れた地面に向かって、トリガーを引いた。乾いた火薬の音と共に、着弾地点の地面にピンク色の液体を撒き散らす。

 

「ペイント弾、ですか?」

「このように当たると塗料が付きます。このゴム剣も同じく刃の部分に触れると同じ塗料が付着するようにできています。といってもこれに当たったからと言って、その時点で試験が終わるわけでもありませんし、試験の雰囲気をより実戦に近づかせるためのギミック程度と考えてください。弾速もかなり遅めですし実際このどちらに当たったとしてもそれほどダメージはありませんから」

「わ、わかりました」

 

 私は二人に待機するための初期位置を伝えた。生徒達が初期位置、ステージ中央に着いてから五分間の後に私が事前に取り決めてある初期位置へと移動。その後に全会場で一斉に試験開始となる。

 

「では、試験会場に入ってください」

 

 ゲートが開き、上鳴電気と芦戸三奈は運動場γの奥へと姿を消していった。

 私も定位置である倉庫裏につき、周囲に設置されているカメラに向かって準備が完了した合図を出す。

 

『それじゃあ今から雄英高一年期末テストを始めるよ』

 

 会場に設置してあるスピーカーから、試験開始を報せるアナウンスが入った。

 

『レディーゴー!』

 

 その合図と同時に、倉庫の壁に着けてあるパイプの取り付け金具を足場にして屋根へと上がる。錘のせいで取りつけてある金具が足場にした傍から崩れていくがどうにか屋根へとたどり着けた。

 

(思った以上に感覚が違う。もう少し慣れるまで時間がかかるか)

 

 屋根から屋根へ伝いながら二人の走行ルートの予測を立てる。

 

(まず考えられるのは、最短ルートである一直線にゲートへ向かうルート。次は迂回路。逃走を前提として心理的に標がない状況では、右利きの人間は重心の置き方の関係上無意識に左方向へと向かう。ゲート方向を正面と考えた場合はあちらだが)

 

 最短ルートを通る際、必ず通らなければならないポイントに到着すると、遠方から二人が走ってくる姿を視認できた。

 

(作戦があるのか、それとも速攻で勝負を仕掛けにきたのか。どちらにせよ周囲の警戒が薄すぎる)

 

 時間にして一分ほどで私の眼下を通り過ぎるだろうが、進行方向からみて死角になる路地を警戒するだけで上方向に対しては絶無に近い。これはただ単に経験不足によるものだが、(ヴィラン)は経験不足を理由に手加減をしてくれないのだから、安全である内にその経験を積ませることもこの試験の役目だ。

 私は南部十四式を構え、照準を上鳴電気に向ける。

 

(ここからでも当たるが、もう少し引き付ける。あと十秒以内に気付けば合格。さてどうなる?)

 

 だが、やはり上方向に気を配ることはなく相変わらず路地だけを確認している。相手()が接敵機動を前提としているのだから、その確認は不足していると言わざるを得なかった。

 距離が十分縮まったところで私がトリガーを引くと、上鳴電気のコメカミにピンクの花が開いたのだった。

 二人は何が起こったのかわからない様子できょろきょろと周囲を確認し、ようやく上方向に視線を向けた。そして私に気付くとすぐさま路地に入ろうと方向転換をし私に背を向けたため芦戸三奈にもペイント弾を撃ち込む。背中に着弾し上鳴電気と同じようにピンクの塗料が広がっていた。

 

「これでまず二回。何度まで耐えられるかな?」

 

 これは精神力を試す試験でもある。私の意図に気付いて、そのときにまだ心折れずゲートを目指すことが出来るか。依然として冷静な判断をすることができるか。

 

「十五回以内に試験をクリアできれば上出来」

 

 遠眼鏡を取り出し覗き込むと先程逃げ込んだ路地を二人が反対方向へ抜け出て行くのを確認できた。

 私は屋根上から大路へと降り、二人に先回りすべく別の路地に入っていった。

 狭い通路を進んで行き、予測地点に回り込むと正面から悲愴な顔を携えて走ってきていた。

 

「残念ですが、ここは通せません」

「先回りされてるぅうぅうぅ!」

 

 芦戸三奈の悲鳴と共に急ブレーキをかけて、構える二人だがそれでは中途半端であり最悪手でもある。逃げるにせよ、戦うにせよ接敵し会敵したのなら判断を迷ってはいけない。迷いは思考を鈍らせる。

 

「そして、脚を止めることはもっとも良くない判断です」

 

 二人が迷っている最中に間合いを詰める。普段よりも二ステップほど多いが戸惑っている二人に対しては十分すぎるほどの速さだったようで、私の攻撃に両名とも反応しきれず防御も間に合わず直撃した。すれ違い様に直剣で二人の胴を薙ぐと真一文字に腹部にピンクの線が引かれる。ゴム剣とは言え、インパクトの瞬間に思い切り振りぬけば吹飛ばすことくらいはできる。

 ごろごろと二人が地面を転がっている間に私はそのまま路地裏へと姿を隠した。そして先程と同じくパイプ管の取り付け金具を足場に屋根へと登って行く。

 

「いったぁ! 狩人先生は!?」

「わかんねぇ! だけどいないなら今のうちにゲートに向かおう!」

 

 起き上がった二人は周囲を見回しながら前を向くが、すかさず銃撃し二人の胸部に着弾させる。

 二人は着弾後にようやく上を見上げるが、さらに眉間に銃弾を撃ち込んだ。

 

「そんなに簡単にここを通すと思っていますか?」

 

 二人は顔をひきつらせそのままゲートから反対方向へと戻って行ってしまった。

 私はさらに高い倉庫へと飛び移っていき、ゲートを通過するために通らなければならない箇所を見渡せる場所に陣取る。

 そろそろ二人もただ逃げ切ることは不可能と踏んで戦闘を視野に入れてくる頃合いのはずだ。今は身をひそめてそのための作戦会議をしているといったところだろう。

 数分後、先ほどとはまた別方向から走ってくる姿を確認する。ビルと工場に挟まれたやや狭い路地を走り抜けようとしていた。

 

(しかし、来るのは上鳴電気だけ。つまるところ囮だな。芦戸三奈は私が上鳴電気と交戦を始めてから逆方向ないし最短ルートを通ってゲートを抜ける、といったところか)

 

 試験の作戦としては悪くはないが、実際の会敵を考えればこれもまた悪手である。戦力が分散しては戦闘が視野に全く入ってこなくなってしまうし、なによりも助力もなく単独で戦闘に臨むことは致死率が飛躍的に上がってしまうのだ。

 

(少し、きつけをくれてやろう)

 

 私は屋根を飛び伝い上鳴電気の元へ向かった。

 上鳴電気の進行方向に立ちふさがるよう屋根から飛び降りる。

 

「やっぱりどこからともなく来た!」

「やっぱりということは、この状況を想定しているというわけですね? 大方このまま逃げて上鳴くんが私を引き付けている間に芦戸さんがゲートを抜けるといったところでしょうか」

「あ、あはは。なんのことですかねー!」

「それも作戦として悪くはありませんが、問題は実戦でできるかどうか。そしてその判断を本当にすることができるのか。試験だからといった甘えでこの作戦を取っているのなら囮になるということがどれほどリスキーなことか気づいてもらわなければなりません。では、上鳴くんには囮になる覚悟があるかどうかを見極めましょう」

 

 私はゆっくりと上鳴電気に向かって歩いていく。

 上鳴電気も私から視線を切ることなくじりじりと後退しつつ、それでいていつでも個性を使える準備をしていることが窺えた。

 私は殺気を全開にし上鳴電気へ向けて放つ。そして悪意をもって上鳴電気を害するという意志を叩きつける。

 本来ならば気取られる可能性がある以上、殺気などというものは漏れださせることは論外だし、ここまで駄々漏れにする(ヴィラン)は絶無に近いため実戦に近いかと言われれば甚だ遠いと言わざるを得ないが今回はあえて放出していった。過剰な程度に分かりやすく殺戮機械(キリング・マシーン)として振る舞ってやろう。

 視線から送られる殺意を受けてみるみる内に上鳴電気は脂汗を流し、後退する脚も徐々に覚束なくなり鈍っていく。

 

「どうした。立派に囮という役目を果たして見せたまえよ。役目を果たした先には惨たらしい無為の死が待っているだけだろうがそれが本望というものなのだろう? まさか、死ぬことになるとは思わなかった、なんて蒙昧な戯言をいうつもりはないことを祈るばかりだ。それこそ興醒めというもの。しかしてならば貴公の断末魔で最期の興を彩ろうではないか」

 

 やや芝居がかっていると思いつつも効果はあったようで上鳴電気の顔からはみるみる血の気が失せていった。ひっ、と上鳴電気が上ずった声を上げると同時にステップを踏んで近づき首元をゴム剣で撫でつけると、他の部分と同じようにピンクの塗料が付着した。

 その場で尻餅をついた上鳴電気に銃を向ける。

 

「さようならだ。ヒーロー。もう一人の居場所をいえ。そうすれば、楽に逝かせてやろう」

「……嫌だ」

 

 その言葉を言い終るか否かのところで、二回トリガーを引く。上鳴電気の右脚と左肩に着弾しピンクのペイントが広がった。

 

「ヒロイックに酔うことは結構だが、力が無ければ何者にもなれない。苦しい時間が長引くだけだ。もう一度だけ言う。もう一人はどこにいる」

「絶対に嫌だッ!」

 

 トリガーに指を掛けた瞬間だった。

 上鳴電気の目つきが変わる。諦観を踏破し絶望を振り払った者にしかできない目をしていた。真の意味で戦うこと決めた者の目だった。

 

「だが、威勢だけではどうにもならない現実を知ることも重要だ。せめて囮として満足に役割を全うしたまえ」

「……そうですよ。立派に役目を果たして見せますよ! この囮の役割を!」

 

 啖呵と同時に放電の様相を見せバチバチと身体中に電気を纏いだしたのだった。

 電撃が直撃すればしばらくは動けなくなってしまう。すぐさまバックステップで距離を取るが、錘のせいで思ったよりも距離を稼げず腕に電撃を受けてしまった。腕から流れ込んでいく電流が身体中に奔り痺れるが、狩装束のおかげで行動不能とまでは行くことはなさそうだ。しかし僅かながらに身体が硬直する。

 その数瞬の隙に不意に上空から違和感を覚え見上げると、目を瞠るほどの多量の液体が降り注いできていた。

 

「いっけぇ!」

 

 芦戸三奈がビル上から巨大な水槽のようなものを傾けている。

 成り行きを見守っていたのかこちらを無防備に覗き込んでいたため、腕を垂直に上げ銃を放ち芦戸三奈の喉元に着弾させた。

 着弾したが液体はそのままビルの屋上から撒き散らされたのだった。

 液体は広範囲に撒かれ且つ狭い通路のため避けきれないと判断し咄嗟に眼を覆う。降りかかった液体はやはり芦戸三奈の溶解液のようで、私の狩装束を徐々に溶かし始めていた。

 

(なるほど。工業地帯であるならば、腐食耐性のある石英ガラスの容器もある道理。芦戸三奈は逃げたわけではなくこれを準備していたのか)

 

 囮を使った逃亡という悪手を取らなかったことに感心しつつも、まだ決定打には及んでいない。狩装束を溶かしつつあるだけで私にダメージはほとんど通っていないのだ。

 しかし上鳴電気が立ち上がり、液体の全てが降り注ぎ終わった頃合いに私目がけて突進を仕掛けてきた。

 

「残念ですが、もう動けます。近接格闘なら判断ミスですよ」

「動けることも想定内ッス! これで決めるッ! 放電、二百万ボルトォ!」

 

 上鳴電気が、脳がショートしないギリギリの放電攻撃を繰り出そうとしていた。

 確かに狩装束が溶け、一部の皮膚が露出した現状ならば、通電により大きなダメージが見込めるといった判断は間違っていない。おそらくこの液体も電気をよく通すものなのだろう。ここまでの連携は見事だが、まだ試験は終わりではない。

 私は、剣と一緒に手に握りこんでいた小さな機械を地面に突き刺した。

 その機械を起点に上鳴電気までの直線上を指向性をもつかのように青い雷が何本も降り注いでいく。

 上鳴電気の電撃とぶつかりあうと相殺され、電撃は私のところまで届いてこなかったのだった。

 

「な、なんだこりゃァ!?」

 

 私が使用した小さなトニトルスという手のひらサイズに収まる機械は、五寸ほどの小さな鉄棒の先端に蒼雷を生み出す機構を内蔵した金属製の球体を取り付けたものだ。パワーローダー謹製の傑作品でもあり、さらに私の血にも反応する代物でもある。

 ただこの血の反応は単純に威力を底上げするもので、なにぶん聖歌の鐘のような特殊な効果はない。血を反応させた本来の威力は常人ならば一瞬で丸コゲのタンパク質の塊を生成できる程度である。当然ながら今回の試験のために威力を弱める調整を施したものであり、間違っても電気に耐性のある上鳴電気ならば致命的なダメージを負うことはないものだったが、上鳴電気の威力を相殺する程度の出力はあるようだった。

 今の電撃をあえて喰らい試験を終わらせてもよかったのだが、もうひとつだけ見ておく必要があった。

 最後の課題。勝利を確信した後に誤算が生じた際にどう動くか。それを視ておかねばならない。

 

「電気を扱えるのは、上鳴くんだけではないということです」

「へっ?」

 

 上を見上げれば、芦戸三奈もなにが起こったかわからない様子で混乱の最中にいるようだった。

 

「さあ、渾身の作戦は失敗。ここからどうしますか?」

 

 改めて銃を構え直しゆっくりと上鳴電気へ向かって歩きだした。

 絶望を振り払った先に、更なる絶望が顔を見せたとき、それは人の本質を鏡のように映し出す。

 

「へ、へへ」

「この状況で笑いますか」

 

 何かを企んでいる。というよりも、近づいてくるように仕向けているように思う。確定的ではないものの十中八九何らかの作戦をもっている。

 

(流石にここでそれを回避してしまうのは酷過ぎるか)

 

 あくまで試験。私へ如何に抗戦できるかをみるものではない。圧倒的に不利な状況に置かれた際の判断力と打開のための適正な機転を視るための試験であり、ひたすらに追い詰めるためのものではない。出口のない試験などただの悪問と切って捨てられるべきだろう。

 実際に、なにか作戦があったとしても私に現時点で完全には看破されていないのだから、それで十分だ。

 

「笑ってる? そうか、俺は笑ってたんスね」

「まあ、いい。もう一人がどこにいるかも割れた。用済みだ」

 

 我ながらお喋りが過ぎる。作戦があろうがなかろうがこれ以上時間をやる必要もあるまい。

 トリガーに掛かる指に力が入る。

 

「先生、知ってますか……先生が立っている場所、広範囲で濡れているんですよッ!」

 

 再び上鳴電気が電流を迸らせ、地面に拡がる液体へと流そうとする。確かにこの位置からでは小さなトニトルスを起動し迎撃していては発動前に私は電撃に襲われてしまう。また地面も溶解液に浸されているため、滑りやすく大きな力を掛けることもできない。

 

(ならば)

 

 地面を蹴り、隣接する工場の外壁に沿っているパイプ管へと飛び移った。直後に上鳴電気は地面に電流を奔らせているが私には届いていない。このままパイプ管を伝って上へ上がれば上鳴電気の射程から完全に離脱できる。

 

「そうですよね! 先生なら、そこまで避けられますよね!」

 

 上鳴電気の言い回しに眉を顰めていると、上方から不穏な音が鳴り、見上げると外壁に亀裂が入りパイプ管が段々と外壁から剥がれ倒れ込んでいく。それに合わせ私の身体も傾いていった。

 

「そこはもう、溶解済みですよー!」

 

 にしし、と笑みを含んだ芦戸三奈の声がビル上から降ってくる。

 どうやら私の行動を読み切り、上鳴電気に私の意識が向いている間に溶かしておいたということか。つまり、最後のこの一手までは全てがブラフということだった。

 

(作戦も連携としても悪くない。及第点といったところだな。だが、よく考えたものだ)

 

 あえて苦言をいうならば、パイプ管が倒れる速さを重力による自由落下に任せてしまっているせいでこの状況からも脱出しようと思えば脱出できる()の身体能力を考慮していないことだが、それは野暮というものだろう。

 接地した途端に私の全身に電流が流れ込んでくる。流石に、狩装束が万全でない状況で受ける彼が放つ全力の電撃はなかなかに堪える。しばらくすると放電が終わるが片膝を突いたまま数秒立ち上がることができなかった。その間に私の腕に芦戸三奈がカフスを掛けてくる。

 カフスが掛けられたのと同時に上鳴電気、芦戸三奈組のクリアを報せるアナウンスが鳴り響いたのだった。

 

 

◇◆◇

 

 

「怪我があればリカバリーガールのところで見てもらってくださいね」

 

 試験を終え、バスの中で上鳴電気と芦戸三奈に簡易的な講評をしていた。

 

「これは正式なものではないので、聞き流していただいても構いません」

 

 前置きをしたが、二人の眼差しは真剣そのものだ。

 

「まず、十一回。この数字が何を意味するかわかりますか」

「え、えっとぉ……私たちが実際に会敵してた場合に死んでいた回数ですか?」

 

 芦戸三奈がおずおずと答える。

 

「半分正解です。正確には戦闘不能になった回数ですね。フィクションの世界では腕や脚を撃たれたり、大きな裂傷を負っても平気で動き回っていますが、実際は悶絶するほどの痛みが全身を支配してしまうため思考も阻害されますし体力も時間が経つにつれて大きく減少していきます。よほどの精神力がない限り戦闘の続行は不可能ですし精神力が強くても這いずりまわることが精々です。ですからペイントのついた回数イコール戦闘不能回数と考えてください」

「つまり、試験前に言っていた情報を持ち帰るということか制圧するということに失敗した回数でもあるんですよね……?」

「そういうことですね」

 

 それを聞くと、二人は分かりやすく落ち込む。

 

「正直にいいまして、私は十五回以内にクリアできれば上出来だと思っていました。ですから、お二人は私の予測を上回ったことは確かです。最後の作戦も大局的に見れば見事でした」

「え?」

 

 二人は顔を見合わせる。その表情には、驚きと喜色が混じっていた。

 

「ですが、芦戸さんが言ったように実戦として考えれば、死亡回数と変わりませんし、今回のように試行錯誤ができないことも事実です」

「うっ……はいぃ……」

「ですから、今回は試験でしたが実戦ではどうすべきだったかということを反芻してください。実戦で行える試行回数は一回きりです。その一回きりを成功させるために訓練があるのですから」

 

 ここから先は、本来私が言うべきことではないが、伝えておくべきことでもあるのだと思う。

 

「上鳴くん。今回の試験を通じてヒーローとはどんな仕事だと思いましたか」

「え? えーっと、そうッスね……ただ逃げることやただ追うことでも危険が付きまとってくるし、何にしても命がけだってことですかね。あとやっぱり基礎的な戦闘力は必須の仕事だってことも思ったッス」

 

 上鳴電気は試験を思い返しながら、ゆっくりと言葉を発する。

 

「それも、ヒーローの一面として正しいことです。芦戸さんはどうですか?」

「私は……力不足が言い訳にならない仕事なんだって思いました。私たちがどうにかしなきゃいけない場面で、どうにもできないことがあるってことがこんなに悔しいとも思いませんでした」

「それも正解です」

 

 私は、一旦言葉を区切り、二人の眼を交互に見回す。

 

「ヒーローは、闘うだけが仕事ではありません。反対に災害や人災から救助することだけが仕事でもありません。それぞれのヒーローに得意不得意があり、その様相は多種多様ですが、どのヒーローにも共通することがあります。ヒーローとは職業ではなく生き方なのです。自己犠牲を大前提とした中で危険が付きまとい、常に自身の限界を見せつけられる。そしてその危機感や無力感に相対したとき、それでも取ることのできる行動こそ、その人自身の生き方であり、その人のヒーローとしての在り方であり、その人が成せる仕事へとなると、そう思っています。なので今回のお二人の行動は紛れもなくヒーローのそれだったと、そう思います」

「……はいッス!」

「……ありがとうございます!」

 

 柄にもないことを言ってしまい気恥ずかしくなった。

 その後も講評を続けていく内に私たちを乗せたバスは雄英の本校舎へと戻ってきたのだった。




【小さなトニトルス】

とある工房で変人として知られた職人の手になる独特の「仕掛け武器」トニトルス。

これは、その奇妙な鉄球槌の同型であり、水銀弾を触媒とするもの
地面に突き刺し、厄災が纏うという青い雷光を人工的に再現する。

触媒の効果は高く、雷光は強い。
変人の傑作とされる所以である。

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