月香の狩人、アカデミアに立つ   作:C.O.

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誤字報告ありがとうございます。
助かっています。
物間くんの個性に関しては、独自解釈です。


34.林間合宿、戦闘訓練

 三日目の林間合宿となり、生徒達もようやく身体が慣れてきたようで早朝からギアを入れることも自然にできるようになってきている。

 だが、A組の男子生徒は私と話すときにやや不自然に眼を逸らすようになってしまっていた。

 手合せをしても、大半の男子生徒は私と目が合うと顔を赤くし挙動不審に陥る始末だ。その反応を示さない数少ない男子生徒は、爆豪勝己と轟焦凍、そして峰田実だけである。ただ、その三人も三者三様の反応を示し通常とは異なっていた。

 爆豪勝己は、話をするたびにその応答はなにかを思い出したかのように矢鱈と語気を荒くしたりと情緒不安定になり、轟焦凍は反対に真っ直ぐに眼を見据え視線を不自然なまでに切ろうとせず、峰田実に至っては、眼を血走らせながら「ナゼオイラハナゼオイラハ」と呪詛染みた言葉を譫言のように繰り返しつつ異常なまでの熱意をもって訓練に取り組んでいたのであった。

 そして、緑谷出久もまた私と目が合うたびに視線を逸らしてしまっている。

 

「緑谷くん。戦闘中に視線を逸らすのはやめなさい。それに、普段と比べて防御が疎かになりすぎです」

「は、はい、すみません! でも、そのぉ……」

 

 ワン・フォー・オールを鍛えるための組手をやめ、構えを解きつつ緑谷出久へと忠告をする。現在、他の皆が訓練している広場からやや離れた、森林の中でもそれなりに開けた場所で二人きりで訓練を行っていた。

 朝食までの早朝の訓練ではA組の生徒達と組手を行うことになっており、昨日は爆豪勝己、轟焦凍らをはじめとした十人を対象として組手を行った。今日はその十人以外の残りの半分が対象であり今は緑谷出久との手合せの最中であった。

 彼は顔を紅潮させつつオドオドと両の人差し指同士を合わせて更に視線を逸らす。

 

「何か気になることがあるのなら、忌憚なく言ってください。私の訓練方法に不満があるのでしたら気にせず仰って下されば、考慮しますので」

「そういうわけではないのですが、その、あの。思い出しちゃって……」

「思い出す?」

 

 そういうと緑谷出久は赤面を濃くしていく。

 思い当たることと言えば、初日の風呂場でのことくらいだが、思春期の男子とは何とも難しい年頃である。

 

「まったく……好意を寄せている女性ならともかく、私のような者の裸体を見てもなにも面白くないでしょうに。年頃の男の子の機微はよく分かりませんね」

「そんなことありません!」

「だからといって、そのように語気を強めて言うことでもありません」

「す、すみません……」

 

 しかし、忠告をしたとして、すぐに持ち直すのは難しそうだ。これでは、訓練の効率も悪い。

 ならば、別のことをやらせるべきだろう。

 

「緑谷くん。防御訓練はここで終わりにしましょう」

「え、そんな……」

「今のままでは効率が悪すぎます。次にやるときまでに、そのぎこちなさを戻しておいてください。ですから今から、新スタイルを磨く訓練をしましょう」

「は、はい!」

 

 落胆に染まっていた緑谷出久の顔は、喜色へと戻っていった。

 

「私は、今まで通り回避に徹しますから遠慮なくどうぞ」

「はい!」

 

 間合いを改めてとり、対峙する。

 

「行きます! フルカウル、十一%!」

 

 緑谷出久は全身にワン・フォー・オールを巡らせる。そして、近場にある小石を拾い集めはじめた。

 

「お願いしまァす!」

 

 開始合図と同時に、緑谷出久は私を中心に円を描くように駆けだした。そして駆ける緑谷出久から、鋭く石の礫が弾丸の如き速度で射出され私へと迫ってきていた。

 緑谷出久が、行きついた近接格闘以外のもう一つの闘い方(スタイル)。それが、この投擲を主軸に置いた闘い方である。

 かつて個性把握テストでみせた大飛距離の投擲。それと私の与えたヒントを元に戦闘用に煮詰めたものが今緑谷出久が行っている闘い方(スタイル)だ。

 ただモノを放るだけであるならばただの固定砲台でしかないが、高速機動を組み合わせることによって、ただの増強型には成しえないワン・フォー・オール特有の投擲術として昇華させたのであった。

 緑谷出久は、これを投擲(スロー)スタイルと呼んでいた。

 迫りくる無数の飛礫を回避し、緑谷出久の姿を眼で追う。

 

「まだまだ飛礫を放るときにぎこちなさが残っています。投擲の瞬間が分かっては簡単に避けられてしまいますよ」

「はい!」

「動きの流れの中で、自然に、移動の動きに紛れ込ませることを忘れずに」

 

 あえて今は投擲のみで訓練を行っている。いずれは、近接格闘と組み合わせることにより戦闘における選択肢を大きく拡げることが出来るようになる。また個性と身体を鍛えていけば、オールマイトのように拳圧による不可視の攻撃も可能になれる。そうなれば強弱を含めて、戦術の幅は大きくなっていく。

 

「さあ、身体が慣れてきたのなら次の段階へ入ってください」

「分かりました! 神経系限定、一時限界突破(オーバー・ザ・リミット)! 三十%!」

 

 機動力を著しく上昇させ私の周りを先程の数倍速く、緑谷出久は駆け回る。大地を駆けるだけでなく木々を蹴りつけ枝を利用し、平面ではなく立体的に動き続ける。

 今の緑谷出久ならば理に適った動きでもあった。反射神経や反応速度が並みの相手ならば、木々を蹴りつけた際に発生する葉擦れの音等に相手が反応し眼を移しても、そのときには緑谷出久の姿はそこにない。つまり機動すること自体が相手の隙を誘う行為になり攻撃のチャンスへと変わるのである。

 

「では、そろそろ私も動きますよ」

 

 今までは数十センチの範囲で回避をしていたが、今度は私自身が駆け、森林の中へと入っていく。

 

「障害物の多いところではチャンスは限られます。絶対に見逃さないように」

 

 森林の中では相手の動きも鈍るが、それ以上に自身の攻撃が可能な回数も限られてくる。更に言えば機動力も削がれ逆に反撃を貰う可能性も大きくなってくるのである。

 故に反撃をもらわないためにも攻撃のチャンスは見逃してはならない。

 木々の間を抜け、飛礫が私へと迫ってくる。しっかりと私の動きを見て、予測に基づき攻撃を仕掛けてきている。

 

(針の穴を通す、とまではいかないが最初に比べれば精度は格段に上がっている)

 

 やはり環境を変えたことが影響しているのか、雄英で訓練しているときよりも大きく上達していた。おそらく初日の森を抜ける際にも自主訓練として同じようなことをしてきたのだろう。とても初めての動きではない。

 

(だが、まだまだ攻撃のタイミングは甘い)

 

 こちらからも視認できる場所からの攻撃ということは、そのまま私にも攻撃が可能な場所でもあるということ。反撃をもらわないと頭で理解しているが故の攻撃である。

 

(今はまだ構わないが、クセになる前に矯正してやる必要があるか)

 

 無意識のうちに矯正などという不似合な単語が浮かんできたことに苦笑いを浮かべつつ、緑谷出久との訓練の時間は過ぎていったのだった。

 

 

◇◆◇

 

 

 A組の早朝訓練を終え、朝食を済ませると午前の部の訓練に入った。

 私は昨日と同じく、B組の個性強化訓練の担当をする。

 

「さて、さっそく訓練に入っていきましょう」

 

 個性自体の底上げを図る訓練の組と実戦を交えながら個性運用の強化を図る組に分け、指示を出す。

 本日最初の実戦訓練のメンバーは、物間寧人、宍田獣郎太、鉄哲徹鐡、塩崎茨、泡瀬洋雪の五人である。特に組み合わせに意図はなく、完全にランダムで決めてある。理由としてはこちらで有利不利を考慮して意図的に組み合わせを作ってしまった場合、想定外が起こりにくく新たな経験や気づきに繋がりにくくなってしまうからだ。

 この場は、戦略や戦術を練る場としてではなく、実践を通じて新たな気づきとそれに伴った思考を得る場として提供すべきと考えていた。一応の合格ラインとして、制限時間である一五分以内に私に一撃を与えることを課題にしてあるが以前のA組に行ったことと同様に、当てさせるつもりは全くない。できるかぎり追い詰めることにより、思考を現時点の限界まで研ぎ澄ましてもらうことこそが目的であった。

 私は生徒達をまず森の中へ行くように促し、私は広場で待っていた。数分後、私も森の中へ入っていく。

 これから行う訓練の目的は、森林というフィールドで私に対して個性を使用して攻撃を仕掛け、自身に何ができ、何が足りないのかを改めて自覚してもらうことにある。

 しばらく歩いていくと、樹上にいくつか気配を感じとった。息を殺して身動きせずじっとしているが、それでもまだまだ不慣れなこと故か完全に気配は消しきれていない。獣にはない人特有の絡みつくような視線も強く感じ取ることが出来る。

 気づかぬふりをして、気配のする樹木の直下まで移動した。

 

「いっくぜぇえぇッ!」

 

 直上から、奇声を上げて鉄哲徹鐡が降下してきていた。

 初めて対峙した時の爆豪勝己のことを思いだしつつも、迎撃しようと構えた直後に森の奥からうねる無数の茨のついた蔦が襲いかかってきている。さらに時間差をつけて、鉄哲徹鐡が降下してきた樹上とは別の樹上からも蔦が降り注いできていた。

 

(蔦操作の練度的に、奥にいる方が塩崎茨だろう。上からくるもう一つは、物間寧人か)

 

 タイミングをずらした三方向からの攻撃。

 鉄哲徹鐡が奇声をあげることで私の視線を誘導し、森の奥から多量の蔦を這わせみせることで動揺を誘う。そして物間寧人が時間差で攻撃を仕掛けさらなる動揺を誘いつつ、判断を遅らせ攻撃を成立させようとしてきているのだろう。

 

(奇声を上げたのもただ視線の誘導のためでなく、攻撃タイミングを誤認させるように考えられている。鉄哲徹鐡自身は自由落下に身を任せることで、最初に発見されつつも攻撃が成立するのは物間寧人よりも後だ)

 

 考えたものだが、それは私にとっては無意味である。

 そもそも気配を気取られている時点で奇襲として成功していないし、攻撃の要であるはずの物間寧人の蔦での攻撃も練度不足であり、量も速度も正面からくる塩崎茨のものよりも展開が遅い。

 物間寧人がコピーできるものはあくまでも『個性』のみである。個性の規模やその個性の持ち主が修練により可能にしたことはコピーすることができても、個性に関しての知識やコピー元の人間の記憶、または経験等をコピーできるわけではない。つまりその個性の扱いに関する練度や操作は物間寧人本人に依存することになり、往々にしてコピーした本人よりも物間寧人は個性の扱いが劣る。

 これもその練度不足を補うための奇襲なのであろうが、低劣と断ずるを得ない。

 私は、樹上から迫りくる蔦に自ら手を伸ばし掴み取る。蔦に生えている茨も厚手の革手袋相手では完全に貫通させることはできず、素手には至らない。塩崎茨本人ならば掴まれた瞬間に蔦を私の腕へと絡めることもできたであろうが、物間寧人にそこまで精緻な操作は不可能だと踏んでいた。案の定、絡み来ることのない蔦を掴んだ直後に、思い切り私自身の方へと力尽くに引き寄せる。

 

「うっわ!」

 

 頓狂な声と共に物間寧人が樹葉の陰から姿を現し、その身体は宙を舞う。練度が高ければ掴まれ引きずられると判断した直後に即座に切り離したり、さらに蔦を伸ばすことで引かれることを自体を回避することも可能だろうが、蔦での実戦経験のない物間寧人にはそれは叶わない。

 物間寧人が宙を舞うとほぼ同じくして、鉄哲徹鐡の拳が直上にまで迫っていた。

 

「っらァッ! って、なんだァ!?」

 

 繰り出された拳に対して物間寧人の蔦を真横に振りぬき、鉄哲徹鐡の身体ごと巻き込み、吹飛ばす。空中であるが故に踏ん張りが利かず、鉄哲徹鐡の個性におけるメリットを大きく減らしていた。吹き飛ばされ幹と金属がぶつかった鈍い音が鳴り響いたときには、塩崎茨の蔦が私の足元に這いより足首に巻き付こうとしていた。すぐさま跳躍により回避し、直上の枝に捕まりつつ身体を振り子のように大きく反らす。迫りくる蔦を眼で捉え、蹴りつけ弾きながら揺り戻しに腕力を加え振り子運動を加速させる。その加速を利用して奥にいるであろう塩崎茨へと向かって直進的に矢の如く跳びかかっていった。

 私が数瞬の後に塩崎茨のすぐ傍に着地すると、彼女は上ずった声を上げてじりじりと後退を始める。

 

(さて、残りの二人はどこからくるかな)

 

 三人が独断で動いていた可能性は低い。この組には私が監督官として期末試験を行った宍田獣郎太もいるのだから、私の力量のおおよそを予測して作戦を立てたはずである。ならば、差を鑑みて独断での行動は無謀という判断をするだろうし、そうでなくともそれでは訓練にならないことも承知しているはずだ。

 

「物間氏ィ! だからいったではないですかァ! 狩人先生は常識で測ってはいけませんぞォ!」

 

 ……訂正。物間寧人の独断行動であったようだ。宍田獣郎太の悲痛な叫びが森の中で反響しながら木霊する。

 今の悲鳴も陽動でなければ、位置を知らせるだけの愚行だ。

 眼前の塩崎茨に歩を進めていくと、彼女の背後から猛烈なスピードでなにかがこちらへと向かってきていた。

 

「ガオンレイジッ!」

 

 宍田獣郎太が塩崎茨の頭上を飛び越え、右腕を大きく振りかぶり私へと攻撃を仕掛けてくる。バックステップで振り下ろされる右腕からの攻撃を回避し、宍田獣郎太の背後に目を凝らすと二本の木の間に何本もの茨を落した蔦が張り巡らされていた。

 

(なるほど。脚力だけでなく蔦に体重を預けることで反発を利用しスリングショットの弾よろしく自身の身体を弾き飛ばしたというわけか)

 

 ただし初撃さえ躱してしまえば、あとは普段の宍田獣郎太と変わりない。動きも攻撃も回避をすることは容易い。しかし、決定的に違和感があった。

 

(攻撃を当てることが目的の動きではない。誘導というのもわかりやすすぎるくらいだが、何をするかくらいは確かめてやらねばならないな)

 

 生徒達がせっかく考えた作戦だ。最後まで吟味し、そこで評点を与えるのが筋だろう。

 

(教師というのも、なかなかに難しいものだ)

 

 ただの狩りや戦闘であるならば、全て無力化して終わりだがそれをここでやってしまっては何の意味もない。

 意味を持たせる行為というものが、これほどまでに難しいものであるというのは雄英に来てから幾度も思い知らされてきたが、殊に生徒達との関わりというものは私にとっては最大級に精神を摩耗するものだった。

 

(だが、これを不快ではないと思う私がいることも確かだ。自身も含め、人の感情というものは斯様に複雑であることを改めて思い知らされる)

 

 立ち直った塩崎茨の蔦も再度攻撃に参加し私へと迫りくる。回避をしつつ、攻撃が直線的になっていく様子から鑑みるに誘導先に到達するのもそろそろだろうと辺りをつけたところで私の背後に気配があることに気がついた。

 背後に眼をやると、そこには既に樹木の間に蔦が張り巡らされ壁が出来上がっていた。

 

「牢屋にようこそ! 先生ェ!」

 

 どこからか発せられた泡瀬洋雪の声と共に、一瞬にして周囲の木々に塩崎茨の蔦が纏わりつき、樹上まで覆い尽くす。光も通さない半径数メートルの牢が完成していた。音も徐々に薄くなっていっている。

 

(おそらく今も何重にも蔦を巻き付けつつ、泡瀬洋雪が蔦同士、また蔦と木々を結合させているだろう。正に堅牢だ)

 

 泡瀬洋雪の個性『溶接』という物と物を分子レベルで結合させることができるというもの。

 おそらく先程宍田獣郎太がつかったスリングショットの機構も彼が塩崎茨と協力して作り上げたものだろう。数分しか猶予がない中でよく考えたものだ。

 

(しかし、最適解とはいかないな)

 

 本来ならば宍田獣郎太、鉄哲徹鐡をアタッカーの主軸とし、物間寧人が状況判断を行う司令塔として遊撃を担い、塩崎茨が後方支援で味方が有利になるように場を整え、泡瀬洋雪がサポートに徹する。それが理想形であるが、物間寧人は司令塔としてはむらっけがありやや不安が残る。そのむらっけが先の行動や作戦にも表れており、功を急くあまりか雑な行動が目立っているのである。

 そのせいもあって、彼の個性であるコピーを最大限に活かしきれていない。アタッカーとして前面に立つのではなく、コピー元の個性を補うように立ち回ることが出来れば、大きく戦略的効果の向上も見込めるが、性格として目立ちたがる故かその気配はまるで見られないのであった。

 

(物間寧人が前面に立てば、コピー元が補助に立たざるを得なくなる。そのせいで期末試験でも赤点を取っているというのに反省がないな)

 

 だが、それは後で忠告すればいい。今は脱出することを考えるべきだった。

 この蔦に触れれば塩崎茨には私の行動は筒抜けになる。まだ地面には蔦は這っていないが、このままでは拘束されるまでは時間の問題だ。

 

(樹上までは約十数メートル。問題はない)

 

 やはりというべきか僅かな隙間を縫って、蔦が這いよって来ていた。

 周囲を見渡し軸になっている木の節くれを取っ掛かりに、樹上へと駆け上っていく。

 樹木から伝わる振動を頼りに私の動きを感知してか、地を這っていた蔦が私を目掛け登ってきていた。

 腰に据えてあった慈悲の刃を取り出し双刃へと変形させる。

 

(突破をするなら、最も守りが薄い場所だ)

 

 蔦が絡まり紡ぎ合うこの牢の天井。その一点を突破する。樹木と蔦の境界線で慈悲の刃を振るった。

 

「そんな、まさか……! こうもあっさりと強度を上げた磔刑(クルセフィクション)をお破りに……!?」

 

 蔦が切り裂かれその隙間から、身を踊りださせると塩崎茨の動揺を含んだ声が耳殻を揺らした。すぐさま天井を構成していた蔦が私を絡め取ろうと迫り来ていたが、一足飛びで離脱し直近の枝へと飛び移ろうと空中へと身を躍らせる。

 

「いきますぞォ!」

 

 匂いを追っていたのか、脱出直後にもかかわらず宍田獣郎太は私を追うように正確に捉え跳びあがりつつ攻撃態勢をとっていた。

 空中であったため、取れる行動は限られていたものの身体を捻りつつ勢いをつけ踵落しを宍田獣郎太の背に叩きこむと、彼の巨体は枝を折りながら地上へと落下していく。

 蹴りつけた反動を利用し方向を転換し、近くの樹上へと降り立った。

 

「まだまだだぜぇええぇ!」

 

 私が閉じ込められている間に鉄哲徹鐡が塩崎茨たちに合流していたらしく、咆哮と同時に足場にしていた樹木が大きく揺れ、軋んだ音を立てながら傾き始める。

 どうやら、鉄哲徹鐡が個性を用いて力任せに幹をへし折ったようだった。

 

(全く無茶苦茶な闘い方をする生徒だ)

 

 再度空中へと逃れると、それを見計らったように蔦がうねりくる。慈悲の刃を再び振るい、斬り捨てることで迎撃をしていると、別方向からも数多の蔦が津波のように襲い掛かってきていた。鉄哲徹鐡と同じく、物間寧人も私が閉じ込められている間に戦線復帰したらしい。

 

(扱える個性の制限時間も戻っているとみるべきだな)

 

 あの牢は、安全に物間寧人と他のメンバーを接触させるためでもあったのかと感心しつつも、そうして得たチャンスからの攻撃に関しての一辺倒は効果的とは言えなかった。

 蔦が私へと殺到する前に、別の樹木へと飛び移ることに成功する。

 一息つく間もなく次へと行動を移す。慈悲の刃を懐に仕舞いつつ脚力に任せ枝を踏み壊しながら急降下していくと、目の前には鉄哲徹鐡がおり、先程のように樹木をへし折ろうと構えていたところで対峙をすることになったのだった。

 

「ようやく、正面からお会いできましたね」

「はっはァ! よろしく、お願いしまァーッス!」

 

 これも想定内なのか、鉄哲徹鐡は動揺も臆することもなく私へと突っ込んでくる。

 『鉄』という自身を鋼鉄化させる『個性』故に防御には自信があるのだろうが、そのせいで攻撃が威力を重視した大振りになりがちであり隙も大きい。

 隙を報せるためにいくつか攻撃を繰り出し、拳打を与えるが鉄哲徹鐡に怯む様子はない。

 

「鉄にパンチはききませんぜェッ!」

「そのようですね」

 

 私の打撃を受け後退はするものの、ダメージはまるで受けていない。攻撃を仕掛けられて尚、全身全霊の殴打を躊躇なく繰り出せるというのは彼の『個性』の大きなメリットであるが、しかしそれは汎用性があるかと言われればそうではない。

 そして近接格闘は本人にとって強みなのだろうし、自信を裏付ける経験もあるのだろう。

 だが、今日でその認識は捨ててもらう。

 

「おらァッ!」

 

 掛け声とともに繰り出される大振りの拳を回避し、懐に飛び込む。フェイントをいくつか交えつつ防御に誘導し、しゃがみ込み鋼鉄の足払いを仕掛けた。蹴りつけた脛は、インパクトの瞬間に甲高い音を立てる。鋼鉄化することで質量も密度も変化しているが、それを無視するように脚を振り抜いていく。

 

「うぉおおぉッ!?」

 

 鉄哲徹鐡の身体が宙に浮く。その浮いた鉄哲徹鐡の右腕を掴みとり彼の背後に腕を捩じり回しつつ間接技を決めながら、地面へと叩き付けうつ伏せに組み伏せた。

 

「ビビったけど、痛くねぇッ!」

 

 力尽くで無理やり私の拘束から抜け出そうともがいているが、さらに私は力で押さえつける。

 

「鋼鉄化する個性は強力ですし、防御力と共に攻撃力も上がるので錯覚しがちですが、力そのものが上がるわけではありませんよね。力で私に負けている鉄哲くんが幾らもがいてもこの体勢から拘束を逃れる術はありませんよ」

 

 私は彼の頭を後頭部から鷲掴みにし、地面へと叩き付けた。鈍い音と共に鉄哲徹鐡の顔が地面へとめり込む。

 

「むぐー! むぐぐ!」

 

 ダメージは全くないだろうが問題ない。顔を動かしどうにか脱出しようとしていたが、先程も彼に伝えたように鋼鉄化しても力そのものは上昇しない。

 故に、この時点で彼に状況を打開する力はないのであった。

 

「攻撃が通らないからといって、制圧できないとは限りません。流石にこの状況にまでなれば、理解できるでしょう? このまま続ければ鉄哲君は窒息し行動不能になってしまいますが、どうしましょうか」

 

 さらに力を込めて、地面へと顔面を深く埋めていく。

 

「鉄哲氏ィッ!」

 

 宍田獣郎太が、私へと迫りくる。それと同時に、宍田獣郎太の背に隠れていた物間寧人が飛び出してきた。物間寧人は飛び出した瞬間から、全身を鋼鉄化させていく。

 

「鋼鉄と爪のコンビネーション味わってください、狩人先生ぇ!」

 

 襲い掛かってくる二人を相手は、さすがにこの組み伏せた状態では対応手が限られるため読まれる恐れがあったが、更に二人の後方からは無数の蔦がこちら向かってきており悠長に構えている時間はなかった。

 私は、読まれたならそれはそれで合格点をくれてやってもよいと思いつつ鉄哲徹鐡を押さえつけたまま、迫りくる二人をギリギリまで引き付ける。

 

「合格、いただきまァす!」

 

 浮ついた声を上げながら物間寧人が腕を振りかぶる。それに合わせて宍田獣郎太も腕を振り上げる。

 その攻撃に全ての意識が向いたタイミングを狙い、鉄哲徹鐡の上で倒立、開脚した脚を腰の捻りを使い旋回させ二人の顔面に蹴りを叩きいれた。十分に手応えを感じたが不十分な体勢から繰り出したため、威力は減衰してしまっていたものの、物間寧人も宍田獣郎太も跳びあがっていたせいで、勢いよく吹飛ばされていく。カポエイラを我流にアレンジしたものだが、こういうときには意外と役に立つものだ。

 低威力ながらも宍田獣郎太は、期末試験のときのように顎にクリーンヒットした。意識はまだあるだろうが、脳が揺さぶられた影響で再び戦闘状態になるまでには相応の時間がかかるだろう。物間寧人は、鋼鉄化により蹴りでダメージを負うこともないだろうが成功したと思っていた作戦を砕かれた際の心理的動揺は大きく戦線復帰にはしばらく時間を要すると予測でき、また下手をすれば蹴り飛ばされた衝撃で個性を解除してしまい強かに背を打ち付け戦闘不能になっている可能性もある。

 

(宍田獣郎太の明確な課題は、間合いの取り方だな。攻撃に際して必要以上に接近をしてしまっている。なまじ突進力があるせいか、前のめりになりすぎている)

 

 自身の間合いで戦うことが出来ていれば、今の私の蹴りも当たることも無かっただろうが実際はそうはならなかった。

 それどころかあの体勢の私では何もできないという予測の油断と重なり想定以上のダメージをもらってしまっているはずだった。

 

(物間寧人に関しては、やはりというか前に出ようとするきらいが強すぎる。今の場面こそ塩崎茨の蔦を使うべきだろうに)

 

 物間寧人の闘い方には、なにかこだわりがあるのか。私が訊いても、正確には答えないだろう。修正するか、そのまま行くのかは彼次第だが、最低限今のままで上に上がることは難しいと自覚してもらう必要はある。ブラドキングに報告してカウンセリングを行ってもらう必要がありそうだった。

 

(それよりも、今は目の前の蔦をどうにかすることを考えるべきだな)

 

 この蔦はなかなかに厄介だ。蔦自体をどうにかしようとしても意味がないというのが、その厄介さの最たるものだろう。精緻な操作を可能にしつつも常に切り離しと再生を行うことが出来る点は非常に強力なものだ。

 だが、その強力な個性も弱点が存在する。如何に無数の蔦であろうとも、遠隔と言えども攻撃の起点はやはり塩崎茨であり、つまり攻撃と同時に常に自身のおおよその位置を報せ続けているのである。

 

(本意ではないが緑谷出久の技を借りるとしよう)

 

 鉄哲徹鐡の右腕を抑えている手の代わりに脚を乗せる。そして空いた手には小石を複数個握り込んだ。

 

「狩人投擲(スロー)スタイル、か。なんとも恰好がつかない名前だ」

 

 振りかぶり手首のスナップを効かせて迫りくる蔦の中心に向かって投げつける。小石は散弾の如き様相で複数の蔦を破りながら塩崎茨へと迫りゆく。彼女まで届くことはないだろうが蔦の動きから、動揺しているであろうことは見て取れたのである。

 防御を重視したせいか、蔦は私を捉えることなく数メートル横に叩き付けられる。あくまでもマニュアルによるコントロール。こちらからも視認できない以上塩崎茨からも視認はできていない。つまり視覚による操作ではなく仲間の動きや声から予測立ててコントロールを行っているのであり、一旦攻撃を受け防御に神経を割いたことで、感覚のずれを起こしているのである。

 私は更に間断なく小石を投擲しつづけ、攻めていく。わずかにだが、中心に蔦の防御が厚い部分ができあがっているのを視認できた。

 

(こういった攻め方をされたことがないのか。わかりやすい防御の仕方だな)

 

 泡瀬洋雪も後ろにいるようで、厚みのある範囲はどんどん広がっていく。拡がって行こうとも彼女の位置が分かったため次の行動をいくつか思案しつつ、眼下の鉄哲徹鐡に視線を移す。肺活量もかなり鍛えているようで、既に三分ほどたったが、まだもがきながら抵抗していた。だが、僅かに抵抗する力は弱まっている。

 

(頃合いだな)

 

 牽制として、再度塩崎茨へ飛礫を投げつけつつ、鉄哲徹鐡を拘束していた頭を押さえてつけている手と身体を押さえていた脚を離し、同時に彼から半歩ほど間合いを取るために飛び退いた。

 

「ぶっはぁ! 死ぬかとおも――」

 

 鉄哲徹鐡が両腕を立てて身体と顔を上げ、大きく呼吸をした瞬間を狙い顎を拳打で打ち抜く。

 身体を起こしていた腕から力が抜け、どさりと音を立てて再び彼は地に倒れ伏したのだった。

 切島鋭児郎もそうだが、硬化や鋼鉄化は本人の意志により行っている。そのため、個性の発動よりも別の行為へ完全に意識を向かわせることで攻撃するタイミングは簡単に作ることが出来るのである。

 特に生理現象や反射行動の直後、生体維持に必要な行為を行う場合においては、マニュアルにより個性発動を切り替えるタイプは、個性の発動よりもそちらを優先してしまうと経験上知っていたため、その瞬間を狙い打ち想定通りの結果を得たのであった。

 

(とはいっても、十分もすれば眼を覚ますだろう)

 

 鉄哲徹鐡の容態を確認し抱き上げつつゆっくりと立ち上がると、制限時間を報せる時計が鳴り響いた。

 終わりを報せるために、周りに声を掛けていく。よろよろと物間寧人と宍田獣郎太は木陰から姿を現し、塩崎茨と泡瀬洋雪も満身創痍の様子であった。

 

(もう少し、塩崎茨と泡瀬洋雪を見てやりたかったが仕方あるまい)

 

 なんにせよ全員に明確な課題が見つかったため、それを伝える役目をこれから熟さなければならない。

 だが、どんな言葉で伝えても私の意図を正確に伝える正解はないように思え、思い悩む。

 生徒達に効率よく伝えるための方法をあれこれと思案しているうちに森を抜け、元の広場へと戻ってきてしまっていた。

 思考も纏らない内に、次の生徒達がこちらへと集まってきている。同じようにルールを説明し、生徒達は森へと姿を消していった。

 物間寧人達に休憩後の指示を与え、鉄哲徹鐡をブラドキングに預け渡す。

 

(教え伝えることがこれほど難しく、神経を使い、精神を摩耗するものだとは知らなかったな)

 

 林間合宿を通じ教師という職業の難しさを改めて噛みしめ、迷いを振り払うように再び森へと脚を運んでいったのだった。




【石ころ】

あちこちに転がる、まるい石ころ。
適当に投げつけることができる。

それ以上のことはない。

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