午後に入り、ヒーロー基礎学の授業が始まった。
一年A組も、ヒーローらしい授業が始まるとなると自然とテンションも上がっていく。さらに講師が、オールマイトというのならば尚更だ。
それに、拍車をかけるように入学前に要望をだした自分だけのオリジナルの
各々が渡された
「おお、君がその恰好をしているのを久しぶりに見たよ!」
「オールマイトはそうかもしれませんね。ここ数週間ずっとリクルートスーツでしたから」
昼休憩の間にオールマイトに言われ、私も自らの戦闘服である狩装束に身を包んでいた。
私の狩装束は夜の闇に紛れるために誂えた漆黒の革のコートである。
現代では革製品などという前時代的な衣服はもうほとんど見ることはない。
現代衣服、特に戦闘服の主流は頑丈な特殊繊維を使うものが多く、革製品は一部の好事家が収集する程度の嗜好品と化している。
しかし私は、革独特の重厚感のある色味が好きだった。現代の特殊繊維を使った軽量且つ頑丈な衣服では絶対に出せない重量感もまた素晴らしい。
被打撃の防御面では特殊繊維よりも革に軍配が上がるものの、対
衣類程度の防御力では、ダメージカットは大して効力がないとされているからだ。
特に機動力の面においてどちらに軍配があがるかは自明であり、この一点で革製品は淘汰されたと言ってもよい。
だが私の身体能力を考慮した場合、あまり大差はないものと判断し私は革を好んで着ているのである。
もちろん、ただの革のコートではない。
革の表面に炎や冷気、通電や一定の毒素に対して完全な遮断とまではいかないが、ある程度の耐性を付加する特殊塗料を塗布した加工を施してある。
特徴的なのは、縁が上方へ反り返った枯れた羽を彷彿とさせる三角帽、肩から肘までを覆う血を掃うための小さいマント、そして瘴気等を防ぐための鼻から首下までをぐるりと囲うマスクである。
そして、革の手袋から膝下までを覆うブーツも当然コートと同等の素材、同等の加工を施してあり、これらを全て着用することで狩装束は完成する。
「やはり、この恰好が一番落ち着きます」
「うんうん。ヒーローたる者、そうでなくっちゃな! これからはリクスーじゃなくてこっちでいいよ。君機会がないとずっとリクスーのままだとおもったから、ちょっとお節介した」
「お心遣いありがとうございます」
ヒーローと名乗るには、この装束はあまりにも
私がオールマイトと話していると、俄かに生徒たちがざわつき始めていた。
「すげぇ、真っ黒だ」
「深淵の闇を従える者」
「眼しか露出がありませんわ。息苦しくないのでしょうか」
「革って動きにくくないんかなぁ」
「カムバック! ぴちぴちリクスー! 健康的なエロス!」
「やっぱり、あんな恰好のヒーローなんて視たことないぞ……」
「かっくいー!」
どうやら、それぞれこの姿に思うところがあるようで、漏れ出るように感想が聞こえてきた。
多くの視線を感じるが、直接私に訊いてくるような者はいない。やはり、昨日の件が響いているのだろう。
「さあ! 戦闘訓練を始めるぞ!」
オールマイトが、今回の戦闘訓練の趣旨を説明し始めた。
くじ引きで
私は昼休憩に事前に聞いているので、特に新鮮味はないものの、やはりシチュエーションにおける設定が不足してるように思ってしまう。
今回想定されている状況は、
確かに対
昼に聞いた際に、このシチュエーションにおける
まあ、ただの案であり、オールマイトの決めたことに必要以上に口を出すつもりもない。
それにオールマイトから、「これくらい緩くしないと彼らが
確かに、彼らの中にある
彼らの年頃に私が思っていた想像上の
しばし、昼にした会話を思い出しつつ考えに耽っている間にくじ引きは終わり、さっそく最初の組が訓練を開始した。
訓練を行う者たち以外は、同ビルの地下にあるモニタールームで観戦をするようになっている。
一組目のヒーロー側は緑谷出久、麗日お茶子ペア。
見た目は派手だが、やはりというか、ヒーロー側と
ヒーロー対
(仕方のないことかもしれないが、これではシチュエーションの意味がない)
それとも彼らの中の
結局、緑谷出久対爆豪勝己の子供じみた(実際子供なのだが)喧嘩のような戦闘の終わりと共に、麗日お茶子が核とされているハリボテへ触れることによってヒーロー側の勝利で終えたのだった。
◇◆◇
戦闘訓練自体は、大きな問題が起こることもなく進行していった。
オールマイトは一組一組訓練が終わるごとに、丁寧に講評を与えていった。
(恵まれている。あのオールマイトがこんなに丁寧に教えてくれるなんて)
かつての彼の多忙さを思えば、こんな光景は考えられなかった。
呼吸をするように人の救済をする彼は、食事と睡眠とトレーニング以外の全ての時間をヒーロー活動に費やしているようなものだった。
私も一時オールマイトに師事していたが、これほど丁寧に教わったことはない。ほとんどは見て盗むか、組手の相手をしてもらう程度だった。
だから彼らを純粋に、羨ましいと思う。
「お疲れさん! 緑谷少年以外は大きな怪我もなし! しかし、真摯に取り組んだ!! 皆、初めての訓練にしちゃ上出来だったぜ!」
オールマイトから締めの言葉が入る。
まだ時間は少しあるがオールマイトのマッスルフォーム維持時間を考えれば、余裕をもっておいた方がいいだろう。
あと三十分も保っていられないはずだ。
「さあ、これで終わりだが、最後に君からも少し講評をしてもらおうかな!」
突然、オールマイトからびし、と指を突き付けられ話を振られた。
予想と違っていたが、やってもらいたいことというのはこれのことか。
「クラス全体をみて、どう思ったか言ってもらうだけでいいから」
しん、と静まり返り、緊張した面持ちへと変わる生徒達。
どうやら私に対してはオールマイトとは正反対の印象らしい。
だが、彼らにどう思われようと私には関係はない。
オールマイトの言うとおり、私が思ったことを言うだけだ。
「そうですね。オールマイトの仰っていたように、初めての手さぐり状態にしてはそれらしく動けていたのではないですか」
その言葉を聞くと、生徒の間からほっという胸をなでおろす安堵の声が聞こえた。
辛辣に言及されると思って身構えていたのだろう。
ただ、私は未熟を前提とした評価を与えるつもりは、全くない。
「ただ全員に言えることですが、誰一人シチュエーションを正確に理解していませんでした。ヒーロー側も
生徒達の間に再び緊張が戻る。
表情をこわばらせているものもいるし、真剣な顔つきのものもいる。
これ以上は自分で考えさせるべきだろうと、言葉を飲み込もうとしたら生徒の中からゆるりと手を上げる者がいた。
「どういうことか、ぜひとも教えてくれ」
やや怒気を含んだ冷徹な口調。質問というより詰問に近い物言いだ。
そして、私との勝負で、もっとも粘った生徒でもある。
彼の個性である半冷半燃は、相反する属性を併せ持つ稀有なものだった。
一般試験の入試でみない顔だったので戦闘を見たのは初めてだったが、その稀有な個性が飾りではなく爆豪勝己に勝るとも劣らない素質の持ち主であることを、見事に示した。
しかし、使うことができないのか、わざとなのかわからないが、私との勝負では"冷"の部分しか使用しなかったため、まだまだ彼は実力の全てを見せていないように思う。
彼もまた、今はまだ粗削りではあるが鍛えればそれなりに様になるであろう一人だ。
「私が答えてしまっていいのですか? 考える機会を与えているつもりなのですが」
「あぁ。センセイに講義してもらいたいね」
彼の反発には心当たりがある。この反発は私に敗北したからではない。
私が彼に「個性の全てを使わない限り結果は変わらないし、ヒーローを志すにもかかわらず今持ちうるベストを尽くせないものが大成することはない」といった後から反発がはじまったからだ。
どうやら彼自身、自分の個性に思うところがあるらしい。
その証拠に、今回の戦闘訓練でも彼は"燃"の部分を訓練終わりに自身の起こした凍結の解除にしか使わなかった。
確かに彼の実力は他の生徒よりも頭一つ抜けているが、それでも今回の彼がやったビルを丸ごと凍結させるような派手なことをせずとも、両方の個性を使えばもっと消耗も疲労も少なく楽に、そしてなによりも現実に即して制圧ができたはずだからだ。
「で? 何がダメだって? 少なくとも俺はシチュエーションもクリア要件も完璧にこなしたつもりなんだがな」
「完璧、ですか。あれが」
「あぁ。攻略時間もどのチームよりも早かった。何の問題がある」
「笑わせますね」
「あん?」
本当に笑わせる。あれで
「轟くんは
「意味がわかんねぇ。動きも封じた。核も回収した。どこに問題があるんだよ」
「いいですか。今回のシチュエーションの要点は
「だからどうした」
「核兵器は最大級の攻撃手段であるのと同時に最大級の危険物でもあることは、轟くんも承知しているかと思います。それを自らのアジトに持ち込んでいるという状況は、つまるところいつでも自爆する覚悟があることを想定して動かなければならないのですよ」
「はあ?」
まだ学生には、
どんなに分析しても彼らを私たちは完全に理解することはできない。
そして
だからこそ、あらゆる可能性を先にあげておかねばならない。想定外の事態による動揺が、自身の身を危険に晒す最大の原因なのだ。
その点、今回のシチュエーションはわかりやすい部類に入るのだから、絶対的に考慮をしなければ訓練として無意味なのである。
「どこかを攻撃するためだけならば、アジトへ持ってくる必要などありません。核を所有できるほどの資金力があるにも関わらず、その他の拠点がないとは考えにくいでしょう。しかし
「……他の拠点は既に潰されていた、で十分だろ」
「それならば尚のことです。
「……もう勝負は決していた。だから――」
「決していません。凍らされた時点で
「そんなことするわけねぇだろ! 核を起動したら自分たちも死んじまうんだぞ!」
「だから、
「……まるで、見てきたかのような言いぐさだな」
ようなではない。実際にこの眼で見てきたのだ。
流石に核兵器クラスの武器を所有した
その自爆行為は私を巻き込んで殺すためだけに行われており、今のところ民間人を巻き込んだことはないが、それはただの偶然に過ぎない。自爆をされ、『目覚め』た後に荒野と化した爆心地の光景を視るたびに臍を噛む思いをしてる。
もしこれが住宅地や商業地ならば取り返しのつかないことになっていた、と。
しばらくの間、轟焦凍は無言で睨みつけてきた。
「ハイ、そこまでだよ。お二人さん」
オールマイトが私と轟焦凍の肩を叩く。
「君は、妥協をホント許さないね!」
「訓練のための訓練では意味がありませんからね」
「その通り! だけど、物事には段階ってものがある。昼にも言ったが、この条件まで考えるのはセミプロレベルからだ。まだ彼らには早すぎる。今はまだ屋内で戦闘をすることだけに集中させて、その難しさを知ってもらうことの方が先決なんじゃないかな? 詰め込みすぎたら伸びるものも伸びなくなってしまうよ」
「……ええ、オールマイトの仰る通りです。言いすぎました」
「ああ! でも、君のいうことも間違っちゃいない。だから私も『初めての訓練にしちゃ』という言葉を使わせてもらった!」
柄にもなく、少しムキになってしまった。私らしくない。
「轟少年も、受け取るべきところはしっかりと受け取ろう。確かに彼女の言ったとおり、凍らせたからと言ってのんびり構えていたのは感心しないぞ」
「……はい」
オールマイトは力強く笑んだ後ぽんぽん、と私の肩を叩き、生徒達の方へ振り返った。
「いいかい、みんな。
オールマイトに背中を押され、生徒の前に立った。
「ヒーローは確かに、派手な活動が一番に思いつく。だけど、その派手さだけに囚われていてはダメだ。成功させるために事前の地道な準備を重ねて重ねて、その結果だけが民衆の眼に止まる。今までの皆ならば憧れだけでよかった。だけどこれからは見えなかった部分のことも知らなければならない。ヒーローが何を考えて、どう行動へ繋げているのか。彼女は誰よりも考えて行動するヒーローだ。きっと生徒諸君のお手本になる。君たちも今のでそれが分かっただろう?」
頷く者、視線を逸らす者、自身を顧みる素振りをみせる者。
さまざまな反応があったが、オールマイトのおかげで概ね好意的に捉えられているようにみえた。
あれだけ悪かった雰囲気を、一発で戻してしまった。
まさにヒーローを体現する者だ。
(本当に、この人には敵わないな)
轟焦凍も、集団の中に戻された。
私も、歪であっても教師だという自覚を持たなければならないと認識させられたいい機会だったと思う。
「さあ、これにて本当に解散! お疲れ様でした! ……といいたいところだけど、実はあと二十分ほど時間がある。実はかなりスムーズに進んでしまったのだ! どうしたものか」
「ですが、もうやることもないですし解散でいいんじゃないですか」
「でも、授業時間は守らないと怒られちゃうから」
「何を大英雄がお茶目さを気取っているんですか」
時間があると言っても、生徒ももう緊張の糸が切れて解散の雰囲気になっているし、それこそこれ以上何かをやらせても効果はないだろう。
オールマイトも自習でいいかな、と独りごちていた。
「オールマイト先生」
突如、八百万が手を上げ、オールマイトを呼びとめた。
「なにかな」
「もしよろしければなのですが、オールマイト先生と狩人先生の戦闘訓練が見たいです。オールマイト先生は言わずもがなのトップヒーロー。そして狩人先生も実力は相当に高い。そんなお二人の訓練を見せていただけたら私たちが自習をするよりはるかに勉強になると思いますわ」
それをきいた生徒は、大半が同意し一気に熱となって膨れ上がった。
「いいな、それ!」
「流石にオールマイトが勝つだろ」
「いや、条件によっては狩人先生も負けないと思うぞ」
期待の眼を一身に受けたオールマイト。
ナチュラルボーンヒーローである彼がそれを裏切れるはずもなく。
「いいよ! やってみよう! 丁度二人とも戦闘服着てるし」
と二つ返事を返してしまうのだった。
もちろん私に断る権限はない。
こうして、私対オールマイトのマッチアップが決定されてしまったのだった。
【ノコギリ鉈】
狩人が敵狩に用いる、「仕掛け武器」の一つ。
変形前は異形の皮肉を裂くノコギリとして
変形後は遠心力を利用した長柄の鉈として、それぞれ機能する。
刃を並べ血を削るノコギリは、特に敵狩りを象徴する武器であり
酷い敵にこそ有効であるとされていた。