急遽マッチアップされた私とオールマイトとの屋内戦闘訓練。
基本的なシチュエーションは同じ。ヒーローが
だが、生徒の行ったものと違う点が一つある。
麗日お茶子がオールマイトに挙手をしながら近づいていく。
「オールマイト先生。その変更って意味があるんですか? 結局使うのはハリボテですよね?」
「大きな意味はないよ。ただお互いの勝利条件を少しだけ変更を加えた! 君たちのときよりちょこっと違うのさ」
「どうしてわざわざ……」
「皆に考えながら見てもらいたいからね! だから人形もとってきたよ!」
麗日お茶子がおずおずと大股開きでストレッチをしているオールマイトへ質問をすると、彼はサムズアップのジェスチャーをしつつ大きな笑顔で答えた。
さっき一瞬いなくなったのは、これを小道具室にでも取りに行っていたのだろう。
オールマイトからの提案によりヒーロー側と
ヒーロー側の勝利条件は、
つまり、生徒達のようにハリボテに触れれば終わりではなく、この施設からの人質のハリボテを連れて脱出までがクリア条件なのである。
「ひゃあ~! 厳しい……それって脱出まで人質を庇いながら戦闘するってことですよね」
「当然だが実際こういうことが起こった場合では、触れたら終わりなんてことはないぞ! 人質を安全圏まで連れて行かなければ救出したとは言えないからな! もちろんハリボテだからと言ってブン投げたり乱暴に扱ったりするのはNGだ! あくまで人間として扱うことが大前提!」
ヒーロー側からすれば、本来人質を取られた時点で敗北に等しい。
ヒーロー側の理想は、事件を解決するのではなく事件を起こさないこと。
しかし抑止力として力を誇示するヒーローの存在を把握し、なおかつ犯罪に手を染める者は後を絶たない。その覚悟と自信を持つ
だからこそ訓練と言えども、いや訓練だからこそヒーローは常に苦境へと追い込まなければならないのである。
「じゃあ、
「そうとも限らない。
「どうしてですか?」
「設定として、攫ってきた人質の個性を利用しようとしているから、だね。現代社会で起こる誘拐という事件は、こういった背景が事実として多くあるのさ」
超人社会における誘拐事件は往々にして攫った者の個性の不正利用を動機としたものが大半を占める。
わざわざ人質をとって脅迫をせずとも、倫理観とモラルの枷を外してさえしまえば有用な個性を使い、いくらでも金を生み出すことはできるからだ。
「ただし人質のハリボテを事故でもなんでも壊してしまうようなことがあれば、その時点でドローということになる。いや、ドローというより両者共敗北という形だな」
「ヒーロー側は、守るべきものを守れなかった。
「その通り! そのあとは、お互いに撤退戦ないし退却戦になるだけだから、訓練では割愛するぞ!」
ストレッチを終えたオールマイトは、よし、と一息つくと私の前に天辺に円形の穴が開いた正立方体の箱をもってきた。
「じゃ、これで役割を決めようか。Aの玉が出たら君がヒーロー側。Bを引いたら私がヒーロー側だ。さあ、引いて」
「はあ」
私は言われるがままに、箱の中に手を入れると確かにボールが二つあることが確認できた。
適当に手元にきた方を掴み、そのまま引き上げる。
「君が引いた球は……Bか」
「ということは私が
「そうなるね。くぅ~! 本当は私が
「平和の象徴が何をいってるのですか」
「だって、君。
「どちらになっても容赦はしないつもりです」
「ま、そういうと思ったよ! どちらにせよ生徒たちに恥ずかしくないように見せてやらねばいかんな」
生徒達に目を向けると、どちらが勝つかの予想でざわついていた。
大半はやはりオールマイトが勝つと予想しているらしく、オールマイトがどういう風に助けるのか、どういう風に勝つのかという方に既に関心が傾きつつあるようだった。
「はいはい! どちらが勝つかが重要じゃないんだよ! 君たちが何を学ぶかが重要なんだ! 勝敗は二の次。結果は大事だが、結果だけを見ていても意味はないぞ!」
オールマイトは生徒に注意を促しつつ、私にハリボテ人形を渡してきた。
大きさは、160センチメートルほど。体重も50キログラム程度はありそうだ。
成人男性としては小さ目。子供ないし女性あたりを想定しているようだ。
「さあ、君は先にビルに入ってこの人形をどこかにセットしてくれたまえ。柱に括りつけてもいいし、どこかに隠してもいい」
「わかりました」
人形を肩へ担ぎビルへと向かう。
オールマイトに手合せをしてもらうのはいつ振りだろうか。
少なくとも、オールマイトがあの戦いで怪我を負う前である。
ビルの入り口で、もう一度オールマイトの方へ振り返った。
「私の成長。見て下さいね、オールマイト」
生徒の方へ向いてたオールマイトの背に向かって、誰にも聞かれず私の独り言は空に溶けたのだった。
◇◆◇
五階建のビルの最上階の一室へ人形を隠した後、階下へ降り通路の陰に潜んだ。
私の現在地は、三階である。
当然だが、オールマイトを五階まで行かせるつもりはない。四階までで決着をつけるつもりだ。
開始の合図があるまで私は持ってきていた得物の確認を行っていた。
今回持ってきた得物は一種類だけ。
右手用の得物である『慈悲の刃』のみである。
本来の私の闘い方は近接用の右手武器、遠距離用の左武器を両手に持つというものだ。
左右二種類ずつ、計四種の武器を状況に合わせて適宜持ち変えていくというものだが、今回は授業だったのでこれしか持ってきていなかったため仕方がない。
慈悲の刃は、私の腕の長さほどある長い刃渡りと二度反り返る緩いS字のような薄刃が特徴的な武器である。
そして
宇宙より飛来した隕鉄をもって鍛えたこの刃は、多少のことでは刃こぼれをしない。継戦能力の高いもので、私はとても気に入っており尚且つ私の所有する武器のなかでは殊更に軽量だ。
だから使わないとは思いつつもこれを持ってきていたが、裏目に出たようだ。
継戦能力は高いものの、一撃の火力はそれほど高くない。
対オールマイトならば、もっとパワーをダイレクトに伝えるような武器の方が効果的だったように思う。
(道具もいくつかあるとはいえ、オールマイト相手に慈悲の刃は少々不利、か)
慈悲の刃がいくら長い刃渡りと言ってもオールマイトの繰り出す拳とほとんど同等の間合い程度でしかない。
彼の間合いで真正面から戦えば私に勝機はほとんどないと言っていい。
ラッシュの速さを競えば勝てる道理などないからだ。
(だが、それはヒーロー対ヒーローでの話。今の私は
今持てる全力をオールマイトにぶつける。
勝算がないわけではない。あとは、どこまで通用するかだ。
『狩人先生、それでは始めさせていただきますわ』
八百万百の声が、耳に着けたイヤホンから聞こえた。
私は右手を挙げて、準備ができた旨をビル内にあるカメラに伝える。
『スタート!』
これ以上生徒達から音声を拾わないためにイヤホンをはずし、握りつぶした。
その言葉とほぼ同時に、大仰な足音が階下から聞こえてきた。
一分もしない内にオールマイトは探索を終えたらしく、階段を駆け上がり即座に二階の探索へと入ったようだ。
相当なスピードである。ゆっくりと探索をしてくれるのならば、気配を消しての奇襲がしやすかったがこれでは、そうもいかない。
(それならば、もう一つの策をつかうまで)
思案を巡らせている間に、オールマイトは二階の探索を終え、三階への階段を駆け上がる音が響く。
私は、潜むのをやめ、通路の真ん中へ、あえて姿が見えるように立つ。
階段から飛び出すように上がってきたオールマイトの姿を通路の最奥に視認した。
「おやおや! あまりの速さに驚いて降参かな!」
オールマイトの挑発を意に介さず、手に持った
「投げナイフ! 意外! だけど私には無意味だよ!」
オールマイトは、ナイフを全て正面から拳の弾幕で撃ち壊してく。
銃弾の速さとまでは行かないまでも、オールマイトがこちらへ向かってくる相対的な速度も相まってナイフはかなりの速さで迫っていたはずだが、全く意に介さず叩き落とされてしまった。
「流石ですね」
バックステップで距離を取りつつ、同じように数本のナイフをオールマイトへ投げつける。
「む! またか!」
先ほどと同じようにオールマイトは拳で迎撃しながら一気に距離を詰めてくる。
だが、これはあくまで牽制。突破されることも想定内だ。
そして回避ではなく拳で迎撃してくれるのなら、好都合である。
通路の角をバックステップのまま曲がり、オールマイトの死角になるように移動する。
「鬼ごっこなら私の方が、ってまたナイフ!」
オールマイトが曲がってくるタイミングを予測してナイフを置いておくように投擲しておいた。
だが、オールマイトはすぐさま拳で応戦し、やはり全てのナイフは叩き落とされてしまう。
「だけど私には届かな――!? 冷たっ! 臭いっ! なんだ!?」
そして、それを想定しナイフと一緒にあるものを投げておいたのだ。
「この臭い、油か! 臭っ!」
オールマイトは油のたっぷりつまった壺を思惑通り叩き割り、がしゃりと陶器の割れる音と共に頭から油をかぶった。
ナイフに視線誘導をするように投擲したが、オールマイトなら真正面から投げても、正体不明のものは流石に警戒されてしまうし、何よりも見てから反応されてしまう。
だから、オールマイトが曲がり角を曲がった直後にナイフが襲い掛かるように置き、ギリギリで迎撃ができるタイミングを見計らった。
つまり咄嗟の判断になるように仕向けたのだ。
咄嗟の判断ならば、オールマイトは一番得意な行動をとるはず。
そしてオールマイトの一番得意な行動は、回避ではなく迎撃であることは先ほど見た通りだ。
「だけど、これだけなら支障はないぞ!」
「これでもですか?」
私は再度、バックステップを踏みつつオールマイトへ向けて投擲した。
今度はナイフではなく、瓶の縁に火の灯った火炎瓶を。
「んな!?」
オールマイトも投げてきたものが何かわかったようで、迎撃ではなく初めて大きくその場から下がる回避行動をとった。
火炎瓶は地面に叩き付けられると、一瞬だけ猛りながら燃え上がり、すぐに炎は弱まっていった。
「油に火炎瓶……えげつなっ!」
「本気でいかなければ、あなたには勝てませんから」
もう一度、火炎瓶を投げつけ、後を追わせるようにナイフの弾幕を張った。
「くぅ! 見えているのに攻めきれない!」
私は、オールマイトが回避行動をとるのと同時に、オールマイトへ背を向けて四階への階段を全力で駆け上がった。
オールマイトから距離を保ちつつ、ここまで移動してきたのだ。
「ここで全力逃走かよ!」
オールマイトの恨み節を置き去りにして四階へ到達する。
飛び込むように着くなり、すぐさま両足で慣性を殺し反転、そのまま思い切り床を蹴り階段方向へ向かって突進した。
「私を撒こうなんて――おおっ!?」
階段を上がってきたオールマイトは驚愕の表情を浮かべている。
虚を突いた完璧なタイミング。遠距離攻撃に意識を向かわせての突然の近接攻撃。
私は勢いを乗せたまま、慈悲の刃を真横に薙いだ。
「く、浅いっ……!」
「あっぶな!」
オールマイトは脚力に任せて強引に後ろに飛びつつ、両腕でガードをした。
その身体はあまりにも頑強で、増強型でもない並の
私は四階から踊り場を見下ろす。
「いやあ、危なかった。久々に全力で避けて全力で防御したよ」
「何を言ってるんですか。完全に捉えたと思ったのに。本当に、あなたを相手にする
「それはこっちの台詞さ! さっきからえげつないよ!」
完璧な奇襲を筋力で無理やり防がれてしまった。
正直これで決めるつもりでいたため、些かショックではある。
「さあ、タネは尽きたかな? では、そろそろ……」
オールマイトが、体勢を沈めタメを作った。
拙い。
私は、回避に全力を注ぎ、バックステップとサイドステップを織り交ぜ射線をずらしながら一気にオールマイトから距離をとった。
「
一足とびで階段を上がり、掛け声とともに繰り出された右ストレートは暴風を伴いながら通路を一気に駆け抜けた。
通路を抉り最奥の壁がただの拳圧で撃ち抜かれ、がらがらと崩れている。
建物そのものを壊さないように範囲を絞ったものだったが相変わらずなんてデタラメな威力だろう。
「避けられたか! 流石だなぁ!」
オールマイトは鷹揚に笑いながら、崩れた柱の陰から出てきた私を睨む。
「だが、次は決めるぞ」
オールマイトはもう一度タメを作ろうと構える。
仕方がない。あまりやりたくないが、今の私は
使えるモノは、全て使ってこそ
「本当に撃つんですか? 人質がこの階にいるのに」
ピタリとオールマイトの動きが止まった。
「どうせ嘘だろう?」
「嘘だと思うなら、撃てばいいのではないですか? その代り私が喰らえばそのまま人質を巻き込むように動くだけです」
勿論はったりである。
確かに
「私ははっきり言ってはったりだと思っている! だけどその確証がないから撃てない! 汚い! さすが
「さあ、その汚い
といっても、私自身も決定打を持っていないのもまた事実である。
オールマイトと睨み合いながら、間合いを探る。
奇襲が通じない以上、これから即席で作戦を練っても強引にねじ伏せられる可能性が高い。
それにそもそもそんな悠長に作戦を練る時間もオールマイトはくれないだろう。
ならば、奇襲はもう使わない。
体勢を低くし、前傾姿勢でステップを踏みながらオールマイトへ肉迫する。
「肉弾戦か! 受けて立つ!」
オールマイトの腰を据えた左ストレートを紙一重で右に交わしつつ、左腕で死角となり見えなくなる左脇腹へ向けて慈悲の刃を両手で突きだした。
だがオールマイトは、超人的な反応で一歩前へ踏み出し、突きを回避しながら左腕を引き肘鉄を繰り出してきた。
(全力で撃った拳を、そうも簡単に
顔面へ迫る肘鉄を前に、私は思い切り体勢を沈ませることでどうにか回避する。
頬にかすり、一筋の血が流れるが大きなダメージではない。
しかし、沈みこんだことで体勢は不十分。このままでは次に繋げる攻撃がない。
(ならば、次に繋げることができるようにするまで)
持っていた慈悲の刃の柄の部分にあるロックを外す。
私の持っている武器。その全てに共通する特性、それは。
「これ……は!!」
水平に銀閃が奔った。
オールマイトが飛び退くが、左の太ももから出血が見受けられる。
私の左手に握られた、もう一枚の薄刃からは真紅の液体が滴り落ちていた。
「私の武器は、全てが仕掛け武器。ご存知ですよね?」
「……そうだったな!」
仕掛け武器。一つの武器に全く別の二つの性質を持たせたものだ。
仕掛けを展開させ変化させれば、武器の特性やとれる戦術も大きく変えることができる。
そして、この慈悲の刃は重なり合った刃が分離し左右両手にもつ双刃へと変化する。攻撃の手数とバリエーションを圧倒的に増やすことができるのである。
手応えはあった。
ガードされたときとは違い、数センチにも満たないが確かに肉を裂いた感触があった。
「攻撃がようやく通りました」
「うーん! 痛い!」
そういいつつも、既に筋肉を操作して止血は終わっている。せっかく与えたダメージも、ほとんど意味がなかったらしい。だが、防御をされなければダメージを与えられるとわかれば十分だ。
「まさか君が不利とわかっている近接戦闘をしてくるとは思わなかったから驚いたよ。でも、次はない。もうわかったからね」
「まだですよ」
怪訝な顔をするオールマイトを他所に、私は頬から流れる血を親指で拭い、そのままコートの内ポケットに手を入れた。こつん、と固い感触が手に伝わる。
今回持っている、最大のとっておき。奇襲が通じなかった場合、
私の個性、死血から得た力を我が物とし自らの力に変える能力において、向上する能力はおおよそ六種類に分類することができる。
私が死に至るまでの許容ダメージ量を引き上げる体力。
単純なスタミナである持久力。
腕力や脚力を引き上げる筋力。
扱いの難しい武器の取り回しや戦闘経験等を引き継ぐ技術。
自分自身に流れる血の性質を引き上げる血質。
特定の物体に込められた隠れた力を引きだす神秘、の六つだ。
私の戦闘スタイルは、体力と持久力以外の四つの能力の内、二つを
あくまでも、強化箇所のオンオフができるというわけではなく、私の頭の中の意識としてスイッチを切り替えているというだけの話なのだが、二つ程度に絞った方が散漫にならずより効率的、効果的に自身の能力を行使することができる。
そして現在使っている慈悲の刃は、とり回しの難しい部類の武器であるため技術を主に行使し、また神秘を用いることで慈悲の刃の素材である隕鉄から切れ味をより鋭く、より頑強にする力を引きだすことができるのである。故に、『技術』と『神秘』を使うこの戦闘スタイルを私は頭から一文字ずつとって『
今から使うものは、この慈悲の刃の力を最大限に引き上げるものだ。
「……私の
ポケットにあるのは、ある人骨の一片。
かつて"ある個性"を持っていたものの亡骸の一部である。
「何をするか知らないけど、ポケットに手を突っ込んで動きがとりにくくなっているところを見逃すほど甘くないよ!」
腕を顔前でクロスし迫りくるオールマイト。
私は、その骨に親指に付いた自分の血を染み込ませ、思い切り握りこんだ。
「
「消えていませんよ」
オールマイトのXを描くような両手刀は空を切った。
背後を取った私は、右太腿を二本の刃で切り上げる。
「くおおっ!?」
遠心力を加えた裏拳を放つオールマイトだが、再度空振りをする。
「そちらではありません」
オールマイトの眼前に立つ。オールマイトはその事態に混迷をさらに深めた顔をしていた。先ほど私が使ったものは『古い狩人の遺骨』。私の前任者、『狩人だった者』の亡骸だ。
発動条件は私の血をこの遺骨に『飲ませる』こと。私は神秘の力により、この遺骨から彼の個性を引きだし使っているのである。
前任者の特性は『加速』。たとえ超人であろうとも肉眼で追うことの敵わない疾さを手に入れることができる。ただし、これの持続時間は極めて短い。およそ十五秒程度しか持たない代物だ。故に大振りになる一撃が重い武器よりも手数で圧倒する武器の方が適している。
つまり、この慈悲の刃と遺骨の組み合わせこそが最大の効果を引きだすことができるのだ。
先ほど斬りつけたが、止血をされてしまった部分を再度攻撃する。苦悶の表情を浮かべるオールマイトを他所に、私は無数の斬撃を浴びせ続けていた。一撃一撃は致命傷には到底なりえない軽いもの。だが、蓄積がされていけば話は別だ。
『加速』によりオールマイトの視界から外れ攻撃、そしてカウンターを再度『加速』することにより回避し、別の角度から攻撃を繰り出す。こちらの攻撃を当てて離脱し相手の攻撃はもらわないという本来ヒット&アウェイのメリットをインファイトの間合いを維持したままで無理やり実現するこの戦法は、カウンターを視てから反応することができる『加速』があってこその技である。
一方で縦横無尽に動く私をオールマイトは捉えきれず拳は空を切るばかりだ。
(あと五秒もない。これでケリをつける)
さらに攻撃の手数を増やし、畳み掛けるように斬撃を放つ。
油断はしていない。オールマイトの動きには細心の注意を払っている。
だが、決定的に違和感があった。
(なんだ、何がおかしい)
思考を巡らせながらさらに攻撃を続けていく。
そうだ、先ほどからカウンターがない。
顔を片腕で隠し、身体を捩じったオールマイトの体勢は一見防御のように見える。
(違う! これは!)
私が気づき、回避に全力を注ごうと思ったころには既に
「
捩じったタメを解放した、上下左右360度全方位攻撃。オールマイトを中心に拳圧を周囲へ拡散する多対一のときに使う彼の得意技。床や天井や周囲の壁を破壊しながら衝撃が迫りくる。腕でガードをしたが、私のガードを易々と貫通し衝撃が身体を駆け巡る。
そのまま私は、後方の壁へ叩き付けられ前のめりに倒れ込んだ。身体が動かない。バックステップを咄嗟に行い衝撃方向へ跳んでダメージを軽減してこれだ。直撃していたら、下手をすれば死んでいた。
「はあっ、はあっ。これで、確保すれば、私の、勝ちかな」
「そう、ですね」
お互いに満身創痍。だが、勝者と敗者は明確に分かれていた。
現状の最善手を打った。持てるすべてを出し尽くしたが、まだ届かなかった。オールマイトも全盛期の力からはもう程遠い。なのにまだ届かない。
世界一高い壁を否が応にも見せつけられてしまった。オールマイトが私の身体に確保テープを巻きつけながら、耳元で囁いた。
「すまないね。威力を加減できなかった。でも、君なら直撃を避けてくれると、信じていたよ」
「加減されては、訓練の意味がありませんから。でも人質を巻き込んだら、どうするつもりですか」
「君のことだ。人質は五階の階段から、一番遠い部屋。そうだろう?」
「そこまで、バレていましたか。でも確証はなかったのでしょう? よく撃ちましたね」
「気づいてなかったのかい? 意図的だと思っていたけどね。あの高速攻撃のとき、頑なに攻撃をしてこなかった角度があっただろう? 私のカウンターで万が一にでも巻き込ないように立ち回っていたんだとばかり思っていたよ」
「意図して、いません……そうだったんですか。私が……」
「つまり君も、本質はヒーローだってことさ。それに、できる限り戦闘に、巻き込まない場所を選ぶと思っていた」
「私も未熟ですね。無意識に、そんなことをしていたなんて」
「そんなことはない。本当に、本当に強くなったな。私は嬉しい」
「……ありがとう、ございます」
胸の奥底から湧き上がる正体不明の感情。私の頬に生暖かいなにかが流れる。きっと血に違いない。私はそれ以外知らなかった。
さて、といいながらオールマイトは立ち上がる。
「
訓練だから、この時点で終わっていい。彼も辛いはずだ。決して小さいダメージじゃない。
だけど、それでも。彼は笑いながらこういったのだ。
「人を救けてこそ、ヒーローだからな!」
ふらふらとした足取りで五階へと上がっていく。彼の背中はどこまでも英雄そのものだった。
こうして、オールマイトと私の戦いは、オールマイトの勝利で幕を閉じたのだった。
【慈悲の刃】
敵狩りに用いられる「仕掛け武器」
仕掛けにより2枚に分かれる、その歪んだ刃には、星に由来する希少な隕鉄が用いられ
ステップなど、高速にのった攻撃で真価を発揮する。