戦闘訓練の翌日、私はイレイザーヘッドへ昨夜制作したカリキュラムを渡した。
まだ朝が早いためか、職員室にはまだそれほど人はいなかった。
一応彼が雄英における直属の上司ということになっているため、基本的に彼と随伴し私のやることは彼に報告しなければならないのである。
「昨日の戦闘訓練の
「ご覧になられたのですか。粗末なものを見せてお恥ずかしい限りです」
「ああ、一応1年A組の担任だしな。そのついでに」
気怠そうな表情のまま、私が渡した書類に目を通していく。
読んでいるのか読んでいないのかわからないような速さでイレイザーヘッドは次々とめくっていき、三分も経たないうちに書類を置いてしまった。
「ま、こんなもんだろ。問題ないからこれで回しておく」
「もう読み終わったのですか」
「個性柄な。情報を読み取るのは素早く的確に行う必要があるから、その副産物だ。それに書類程度に時間をかけるのは合理性に欠ける。必要なのは実のほうだからな」
そういいながら、回転いすを回し私の方へ身体を向けた。
「ところで、これとは関係ないが一つ訊きたいことがあるんだが」
「なんでしょう」
「狩人。あんた、何者だ?」
気怠そうな表情と言葉づかいは変わらないが、イレイザーヘッドの眼だけが鋭く私を睨み付けていた。
「相澤先生にしては、珍しく合理性の欠ける抽象的な質問ですね。その問いでは私は新米教師としか答えられません」
「……ああ。そうだな。質問を変えよう。どこでプロ活動をしていたんだ?」
「どういう意味でしょう。力不足でしたか?」
「いいや。狩人の実力を疑っているというわけじゃない。逆なんだ。
嫌なら話さなくてもいいが、と付け加えつつも疑いと興味が混じり合った視線は隠さない。
確かに一般的に考えれば、イレイザーヘッドのいうことは道理である。
マスコミ嫌いのイレイザーヘッドでさえトッププロなら周知の人物。世間には知られずとも上位のプロには知られていくというのは、仕事を重ねれば自然と起こり得る。ましてやここは、雄英高校。所属している者もトップレベルだ。その誰もが知らないというなら、不自然に思うのも仕方がないし理解している。
正確には、校長とオールマイト、それにもう一人だけは知っているのだが、訊かれたとしても彼らは知っているが話さないのスタンスを貫くだろう。
しかし、これくらいのことは想定内。方便は用意してある。
「それは――」
「すみません! 失礼します!」
突然事務員が血相をかえつつ職員室のドアを乱暴に開けて飛び込んできた。
「うるせぇ。静かに開けろ。まだ朝だぞ」
「す、すみません、相澤先生。ですが、緊急でして。どなたかいらっしゃらないものかと……」
「合理的に要点だけ話してくれ」
「その、正門にマスコミがまた殺到していまして……オールマイト先生を出せって。もう我々では収まりがつかなくてヒーローのどなたかにお願いしたく」
イレイザーヘッドはそれを聞くと大きく溜息を吐いた。
これだからマスコミは、と地獄の底から漏れ出るような声でイレイザーヘッドは独りごちつつ、露骨に不機嫌な顔へと変わっていった。
「……わかった。俺が出てくる。狩人、また話でも聞かせてくれ」
先ほどの気怠そうな顔を数倍気怠そうにして立ち上がり、事務員に案内を促しつつイレイザーヘッドは職員室を出ていった。
オールマイトの雄英就任を発表後、連日大挙してマスコミが押し寄せていた。
ある程度の仕方のない部分はあると思うが、それでも明らかに報道合戦は加熱しすぎであり、報道各社も日に日に遠慮が無くなってきている。雄英としても騒ぎがこのまま収まらないのならば大々的に対策をする必要があるのではと提案がされるほどにまでなっていた。
(まあ、マスコミはイレイザーヘッドが何とかするとして、問題は……)
マスコミの押しかけは、オールマイトが就任を発表したときから続いていたが、新年度になってから一気に増えた。
そして、私も何度か駆り出されてマスコミの対応を行ったのだが、そのときに一度だけ僅かだが違和感を感じていた。
あえてその違和感を言語化するのならば
針先ほどの極々小さな違和感にすぎなかったが、対応していたマスコミからの反感や抵抗ではなく明確に敵対を意図した悪意をぶつけてきたものがいた。
その時は、すぐに悪意の向けられた方向へ眼を向けたのだがそこに姿はなく、マスコミの中に紛れているかもしれないと手練れの
その後も警戒はしていたが特段なにかが起こる気配もなく今日に至っている。
何よりも
(一応、報告はしたが議題にも上がらないところを見ると私の杞憂だったのだろう)
校長曰く、雄英はヒーロー育成の本丸であるため
おそらく、いつものようにその手合いだろう、と。
(校長がそう判断したのなら、私が気に病む必要もないな)
私は自分のデスクに戻り、今日の日程の確認を行うことにした。
しばらくしてイレイザーヘッドが不機嫌をまき散らしながら職員室へ戻って来た頃には始業時間が迫っていたため、すぐにイレイザーヘッドと共に一年A組へ向かった。
本日は最初にクラスの委員長とやらを決める行事を行うことになったのだが、何をする役職なのか私にはよくわからなかった。わからなかったが、ほぼ全員が我先にと手を上げていたので、それなりに重要な役目であり彼らにとってメリットのあることなのだろう。
だが、その中で手を上げていない者が三人いた。
麗日お茶子と轟焦凍、それと爆豪勝己だ。
轟焦凍は机の一点を見つめて動かないし、爆豪勝己は頬杖をついて窓の外をつまらなさそうにみていた。麗日お茶子は周りの熱気に圧されているようだった。
飯田天哉の発案により一人一票の投票で決めることになったのだが、意外にもクラス委員長を射止めたのは三票を獲得した緑谷出久だった。次いで八百万百が二票。
緑谷出久はよほど意外だったのか目に見えて動揺をしている。
結果、複数票を獲得したその二人が委員長と副委員長をやることになったのだった。
ふと黒板に書かれた名前を見ていくと、ほとんどの生徒が自分でいれたであろう一票を持っていたことに対し書かれていない名前が三人いた。
一人は投票を発案した飯田天哉。もうひとりは麗日お茶子。そして、三人目は爆豪勝己だった。
だが、その結果に一番投票前との反応の差があったのは轟焦凍だった。
一番意外そうな顔をしているところから推察すると、彼も他の誰かにいれて0票のつもりでいたのだろう。
「はい、じゃあホームルーム終わるぞ」
イレイザーヘッドのその一言で、ざわつきはぱたりと止み午前中の授業が始まったのだった。
◇◆◇
昼休憩の最中に、異変は起こった。
高校にはとても似つかわしくない警報が鳴り響いたのである。
『セキュリティ3が突破されました。生徒の皆さんは速やかに屋外へ避難してください』
研修の際に説明されていた雄英の被侵入用プログラムが作動したようだった。
職員室が俄かに殺気立つ。
「侵入!?
「正門が破られたようです! 人数は三十以上!」
「三十ぅ!? ヤクザのカチコミかよ! カメラつなげ!」
ざわつきが大きくなる中で、イレイザーヘッドとプレゼント・マイクが真っ先に職員室から飛び出していく。
私も防犯カメラに映し出された画面を一瞥したあと、それに続くように二人を追っていった。
角を一つ曲がったところで前方を走る二人へ追いつく。
「YEAH!! お嬢ちゃん! 新人にしちゃいい反応だぜ! なあイレイザーヘッド!」
「……今は後にしろ、マイク」
流石にプロヒーローなだけはある。かなりのスピードで廊下を疾駆していく。
私が追いつくのに十秒弱かかった。増強系の個性でない二人だが、生易しい身体の鍛え方はしていないらしい。
とりあえず確認した分だけでもイレイザーヘッドに報告しておこう。
「現着前に報告します。カメラで確認したところ侵入者のほとんどはマスコミでした。視認できた分だけなので詳細は不明のままです」
「わかった。だが
イレイザーヘッドはさらにスピードを上げる。
それに合わせるように、私とプレゼント・マイクも加速した。
「お嬢ちゃん、あの一瞬で確認して追いついてきたのかよ!?」
「ええ。状況が不明だったので最低限をと思いまして」
「クールなやつだぜ! 気に入った!」
正門前に着くと、マスコミが今にも校舎に雪崩れ込もうとしていた。
「……ちっ。これだからマスコミは無遠慮で嫌いなんだ」
まさにドアに手を掛けようとしているマスコミの前に私たちは強引に割って入り堰き止めた。
「ここはもう雄英の敷地内です。許可のない立ち入りは禁じられておりますのでご退去を願います。また校舎には生徒も多くおりますので混乱を避けるためにもご協力お願いします」
イレイザーヘッドがあくまでも丁重に接する。
マスコミ嫌い故に、マスコミがどのように反応するのかよく知っているのだろう。
しかし、マスコミは口々にオールマイトを出せの一点張りで退く気配がない。
プレゼント・マイクも加わり根強く我慢強く、できる限り丁寧に退去勧告を続けるものの誰一人帰る様子はなく、またこちらの言うことへの聞く耳を持っていないようでさながらシュプレヒコールのように声は大きくなっていった。
「どうする、イレイザーヘッド。あきらかな不法侵入だし
「やめろ、マイク。相手はマスコミだ。俺達個人はどうでもいいが、雄英に迷惑がかかる。警察を待とう。狩人、お前もだ。余計なことは言わなくていい。いいな」
私は頷くとマスコミを堰き止めることに専念する。
彼らには、どんな正論を言っても無意味だろうし、ここに
力尽くで排除できない相手である以上、イレイザーヘッドの言うとおり警察を待つことが賢明だろう。
ただ一つ、不可解なことがある。
彼らはどうやって、ここへ入ってきたのだろうか。
正門をちらとみると四層にも分かれた分厚いゲートドアが全て粉々に砕け散っていた。
堰き止めながら、私は思考を巡らせる。
あれをマスコミがやった?
いや、ありえない。
侵入してくるまでなら、まだ警告や精々書類送検程度で済む。
だが、あのゲートの破壊は明らかに個性の無断使用によって引き起こされているものだ。意図的な個性の無断使用における器物損壊は、
オールマイトのインタビューを取るためだけにそんなリスクを負うだろうか。
いや、負うわけがない。あまりにもリターンとリスクが釣り合っていない。
つまりそれは、このマスコミの中に
いたとしてだ、それでもまだ不明点が多い。
何よりも目的はがわからない。
ゲートの破壊からもう既にかなりの時間が経っているが襲撃される様子もない。混乱を誘うだけの愉快犯なのだろうか。
「みなさーん! 大丈夫ですかー!」
結論がみつからないまま、時間は過ぎ他の雄英教師が続々と応援に駆けつけてくる。
今日、非番でいない者以外のほとんどがここに集結していた。
セメントスがマスコミをかき分けてこちらにやってくる。
「相澤先生、生徒のほうはミッドナイトと13号に任せてきました」
「わかった。俺達はこちらに注力できるな」
「ええ、リカバリーガールと校長以外はほぼ全員ここにいますから、おおよそ考えうることには対処できるかと」
セメントスのその言葉で、最悪の予想が頭をよぎる。
「相……いえ、イレイザーヘッド。持ち場を離れる許可を」
「どうした」
「校内の警備が薄い。もし
「わかった……急げ。ここは俺たちに任せておけ。お前のスピードが一番適任だ」
「了解」
私は一足でマスコミの頭上を飛び越えると職員専用の通用口から校内へ戻った。
確証はまだないが、もはや
ゲートを破壊した目的が、もしプロヒーローをあそこへ集めるためならば、
ゲートを破壊できるということは即ち、校内にある他のセキュリティも役に立たないということ。
その上で、校舎に侵入して何をするつもりなのか予測する。
おおよそ考えられる目的は三つ。
一つは、生徒へ危害を加えるため。
もう一つは、リカバリーガールか校長もしくは両人を殺害するため。
最後は手薄になった校内から何かを盗み出すもしくは破壊するため。
(可能性として一番考えられるのは二番目)
雄英そのものの評判を落とすだけならば一番目の可能性が高いが、それだと愉快犯の域をでないし、なによりこんな真昼間にわざわざ雄英に侵入する意味がない。
マスコミを嗾けている点を考えると、ある程度の計画性があるものとみていい。
計画ならば相応のリターンが見込めるもののはずだ。
そのリターンを考慮すると雄英の屋台骨であるリカバリーガール、雄英の
ただ計画された襲撃ならば、解せない点がある。
ここにはオールマイトがいるのだ。
どんな
(なんにせよ意図が不明すぎる)
三十秒ほどで校長室まで辿り着くと、そのままの勢いでドアを開けた。
「び、びっくりしたじゃないか!」
「ご無事でしたか」
ネズミの身体に人以上の頭脳を持った校長は暢気に毛づくろいをしていた。
とりあえず無事なら構わない。
「なに、どうしたの。マスコミは帰ったのかい?」
「いえ、今はまだ何も。もう一度戻ってきますが、とにかく騒動が収まるまで鍵をかけてこの部屋から出ないようにしてください」
「え、どういう――」
校長の言葉を最後まで聞かずに、ドアを閉め再び廊下を駆ける。
保健室までの最短距離を突き進み、辿り着くやすぐに保健室のドアを乱暴に開けた。
「ここは保健室だよ! 騒ぐなら他に行きな!」
ドアを開けるなり、リカバリーガールから叱責される。
なにはともあれ、もっとも危害を加えられる可能性の高いと懸念していた人物が二人とも無事で何よりだった。
「リカバリーガールもご無事でなによりです。しかし今はまず避難をお願いします」
「どうしたんだい、この騒ぎは」
混乱の原因と
リカバリーガールの負担にならないよう、それでも出来る限り素早く移動し、校長室へ戻ってきた。
「だからどうしたと――」
「すみません。まだやらなければいけないことがあるので。校長、リカバリーガールをお願いします」
「あ、うん……」
ドアを閉め、再び走り出す。
廊下を駆けつつ、不審者の気配を探る。
今のところ生徒側に
そして、二人は無事だった。
(ということは愉快犯、もしくは窃盗か破壊を目的とした線が濃厚)
愉快犯ならこれ以上はもう起こらないだろうし、それに破壊ならもう事が起こっていて十分な時間は経っている。
しかし窃盗ならまだ目的のものが視つけられず、どこかに潜んでいる可能性がある。
手がかりはないため、しらみつぶしに探していくしかない。
だが、窃盗だとしたら何を。
ここはいくら大きい学校だからといって直接多額の金品が置いてあるわけでもない。
通帳に類するものを盗って行っても、現代セキュリティの主流である登録された個性による照会をパスしなければ引きだすこともできない。
それに、その類は校長室に保管してあったはず。
校長室が襲撃されていないのなら、それが目的ではないことは明白だ。
(他に盗る価値のあるものとすれば……情報、か)
私は一気に踵を返し反転した。
なんの情報を欲しているのかまではわからない。
だが、この学校で情報が詰まっている場所は一ヶ所しかなかった。
(職員室。そこにいなければただの愉快犯で結論付けていい。だがいる、もしくはいた形跡があった場合、これは別の襲撃の前段階の準備ということになる)
おこりうる事態を想定しつつ、職員室へ到達し思い切りドアを開いた。
「おや、惑わされず戻ってくる者がいるとは。やはり雄英。優秀な人材がそろっている」
「ちっ、みつかっちまったじゃねーか
「いや、ここは我々の落ち度というより彼女を褒めるべきでしょう」
「
そこにいたのは黒い靄に包まれた人としての輪郭があやふやな者と顔面をはじめ身体中に手首をぶら下げ生気というものをおよそ感じない肌から水分が枯れ果てひび割れた顔をした異様な風体の男だった。
だが、脱出させなければ問題はない。
「動くな。警告する。その場から動く素振りを少しでもみせた場合、身の安全は保障しない」
慈悲の刃を懐から取り出しつつ、
「ははは、警告だってよ。手を挙げたほうがいいか?」
手首男の下卑た笑いが職員室に響く。
笑うだけで、人の心を逆なでし不快感を募らせられるとは、もはや才能だ。
「ばーか、誰がお前の言うことなんて――ぐああぁっ! 痛ぇ!」
「
ナイフを投げつけ、手首男の右肩と左腿に命中させる。
疾さを重視したため、傷はそれほど深くはないが十全のパフォーマンスはもうできないはずだ。
「警告という意味が分からなかったか? それとも私がそんなに優しそうに見えたか?」
「うるせぇよゴミが! おい黒霧、あいつ殺せ!」
「動くな、と言ったはずだ」
こちらを指さそうとする挙動に合わせさらにナイフを二本投擲する。
「させません」
黒い靄の男が手首男の前に立ちはだかり、迫っていくナイフを靄で覆った。
直後、背後に僅かな風切り音が聞こえ咄嗟に頭をずらす。
すると、私の投げたはずのナイフが目の前のデスクに突き刺さったのだった。
「まさか、避けるとは……どんな反射神経をしているんですか。バケモノですね」
「
これで得心がいった。
なぜ、この職員室へ至るまでのセキュリティが作動していなかったのか。
一度行ったことのある場所へ行ける個性か、座標を指定して移動するタイプの個性。
おそらく後者。そうでなければ、正確に私の後ろへワープを開くことはできないはずだからだ。
どちらにせよ、貴重でいて、やっかいな個性であることに変わりはない。
あの黒い靄の
だが、それを悟られるわけにはいかない。
あくまで、こちらが優位に立っているように見せておく必要がある。
「
「ダメだ! 殺せ!」
まるで
みっともないわがままをまき散らす子供にしか見えない。
黒霧と呼ばれた
だが、そんなことは今はどうでもいい。
「最終警告だ。次は、命の保証もしない」
「とてもヒーローが吐く台詞とは思えませんね……ですがあなたに付き合っていられるほど私たちも暇ではないのです」
黒霧は靄を一気に拡げ、死枯木弔を包み込んでいく。
私は飲み込まれていく死枯木弔に向かって十数本のナイフを投げつけつつ猛進した。
「黒霧ィ! 誰が退けっつった!」
「すみません弔。ですが、私たちはこんなところで果てるわけにはいきません」
迫るナイフを前に黒霧は冷静にワープゲートを展開しナイフを飲み込んでいった。
私の周囲に投げつけた分の黒い靄が現れる。
(座標の複数指定もできるのか。本当にやっかいだ)
私がナイフを避けている間にもうすっぽりと靄は手首男を包み込もうとしていた。
(この距離だと間に合わない。逃げられる)
ナイフを回避しつつ、そのうちの一本を
「うぐっ……! 回避しか選択肢がない状況で攻撃につなげるとは。本当にバケモノだ」
黒霧に命中した感触はあったものの致命打を与えることは叶わず、しかし反撃があるわけでもなく黒い靄の中へ呻き声と共に一緒にナイフは吸い込まれていった。
「あなたのような人がいたのは予想外でした。ですが、
徐々に収束していく黒い靄に向かって最後に投げつけたナイフは、そのまま職員室の壁へと突き刺さったのだった。
上からの許可もなく殺すことはできなかったとはいえ、まさか取り逃がす羽目になるとは。
「次、か」
逃したことによる悔恨に歯噛みしつつ奴が言っていた言葉を咀嚼する。
窓の外からは、ようやく警察のサイレンの音が近づいて来ていたのだった。
【トニトルス】
この奇妙な鉄球の槌は、マッチのように擦ることで
青い雷光を人工的に再現する。
※2018/01/25 一部表現の修正