次元の海を走る霊脈が多数集まった特異点の一つを孕んだ霊山である《メルクーリア連峰》の気候変化は大変変態的である。
その霊山の頂上に建てられている時空管理局の裏に存在する非公式の特務遊撃支援部隊ロストウィングの隊舎……その裏側に広がる此処、ロストウィングの模擬戦場の中央では20mの距離を挟み、一人のチャラ男と四人の少年少女がそれぞれ起動したデバイスとバリアジャケットで武装してピリピリとした空気の中、互いに向かい合っている。
二人の男が互いの持つ守護の意志に懸けて己の中の渇望と渇望を秘めた拳と拳を衝突させて泥臭く殴り合いを繰り広げていた、前の試合の時まではバトルフィールドの土の底まで凍り付く程の極寒の風が吹いていたが。 今現在になってはフィールド外野の周囲に層厚く積もっていた積雪があっという間に全溶けして微温湯の水溜まりへと融解され、そしてその瞬く間にその水溜まりが爆速で熱気体へと変化し蒸発されていくという、普通の自然気候ではありえへん神速の相転移変化が見られる程までに気温が急上昇し、真夏の熱帯風へと激変されていた。
「暑──っついわああああああッッ!!?」
変態過ぎる気温急上昇に我慢ができず、己の全身から流れ出た汗によって内からぐしょ濡れになった局員制服の上着を乱暴に脱いだはやてが大声で発狂しながら手に持った上着を自分が座っている外野ベンチの真下に叩き付けた。 若干十九歳の若い娘から生成させた汗水が上着から弾けるように飛び散って、暑さに乾いた地面に刹那の一瞬だけ染みを付けては、一秒待たずして直後にそれが瞬く間に水蒸気と化し熱帯の空気に同化されていく。 乙女の流した汗水すらも、永遠には成れない刹那であった。
「うっほぉー♥ はやてちゃんの汗ずぶ濡れスケブラワイシャツ姿キターー!」
「おっ? な~んだ着痩せするタイプだったか? チビタヌキ娘の割には意外とおっぱい有るじゃねーかよ。 まあ、アタイと其処のパツキン執務官のダイナマイトおっぱいと比べたら全然小っせーけどな♪」
「そこ、やかましいわ!! セクハラ発言の罰として後で迷彩柄見せブラっ娘の方はそのダイナマイトおっぱい揉ませろや! てか、この山は変態気候もええ加減にせんかーーーいっ!! 経ったの数分で真冬から真夏になっとるやんけーーー!!!」
相手側ベンチのスケベ金髪男と迷彩柄見せブラっ娘に自分のあられもない恰好をガン見してセクハラ発言させた為、二乗になった暑さの苛立ちを叩き付けるようにして二人へ指をビシビシと差しつつ盛大なる文句とセクハラ発言返しをブチ撒けるはやて。 彼女の苛立ちも理解できる。 この隊舎へは徒歩で山登りして来た為、機動六課一同はなるべく動きやすく寒暖温度両用のトレーニングシャツや局員制服を着ているが、流石に-10℃から40℃への気温激変は堪ったものではないだろう。 両側のベンチを見渡せば機動六課陣営もロストウィング陣営も皆全員が身に着けている衣服を自分の汗でびしょ濡れにしていて、タオルで汗を拭いたりクーラーボックスから冷却された飲料缶を取り出しては開けて飲んだりをしている様子が見られる。 特に、この変態気候環境に不慣れである機動六課陣営は急激過ぎる気温変化に体温調節が上手く出来ずに皆それぞれ大小さながら参った様相を曝している。 試合に負けて未だにベンチの上に横になっているままであるヴィータにはシャマルが氷入り袋を頭に乗せて冷やしてやっているが、その氷も40℃の熱帯気温によってあっという間に溶けてしまうのだった。
「いやー、急に暑くなったねー。 ボクが寒いの苦手なのを知って、お山が気を遣ってくれて気温を暖めてくれたのかな? でもここまで暑くし過ぎると流石に喉がカラッカラになって困っちゃうなぁ。 おチビ君ちゃん達は大丈夫?」
「は、はい! バリアジャケットの体温調節機能のおかげ様で、僕とキャロはなんとか平気です」
「それはそうなんですけど……」
「ふあぁ~あ(ほじほじ)」
「……ギリッ!」
さっきまで積雪の湿気に湿っていた模擬戦場の土はすっかり乾燥して硬くなり、辺り一面が陽炎に歪んで見える程の熱気の最中、暑さに堪えるながらもバトルフィールド内の中央に試合開始準備万端で立つ機動六課FW陣四名。 中央司令塔役のミクティーヌが年少コンビであるエリオとキャロに調子を確認する傍ら、自らの鼻の孔を指でほじりながら、だらしなく欠伸を掻いている対戦相手を殺意に近しい敵意の籠った眼で睨むスバルは、その完全にこちらを侮りきった相手の態度に益々大きく苛立ちを募らせて耐えかねぬ忌々しさに噛み締めた歯を鈍く軋らせている。
「スバルさん、ずっと対戦相手の人を凄く怖い顔で睨みつけて怒っていますけど。 大丈夫なんでしょうか……」
目前の余裕ぶったチャラ男の憎たらしい顔面に今すぐ殴り掛かりたいという衝動に駆られているのを隠そうともしていないスバルの危な気な様子を見て、キャロが心配を口にする。
自分が最も敬愛する最高の魔導師の背中への憧れと、その背中を追い掛けて追い付きたいという己の夢を、このフォックスというふざけた男は「犬の餌にでもすれば?」などと最大に許し難い暴言を吐いて馬鹿にした。 絶対に許さない。 そういった腹の底から湧き上がる溢れんばかりの義憤と憎悪がスバルの純粋無垢な心をドス黒い感情に塗り潰しているのだ。
試合が開始された瞬間、この激情に身を燃やすこの青髪の魔法格闘少女の鉄拳は待った無しに目の前のピアス面へ向かって振るわれる事になるだろう。 しょうがないねとミクティーヌが肩を竦めて嘆息を吐いた。
「まっ、そこは気を遣ってボクら三人でフォローするしかないよね。 隊長達からも“決して一人で無茶をしない事”と口酸っぱく命令されてる訳だし。 それに、シャーリーさんから此処に来る前にFW陣は新型デバイスをプレゼントしてもらって、ちょっぴり戦力アップしたからね。 頑張ればなんとかなるんじゃない?」
「ええぇ……」
「そんな楽観的に考えていて大丈夫なんでしょうか。 あの対戦相手のフォックスっていう変な人、なんだか妙な雰囲気を感じますよ」
キャロは若干不安そうな顔をして、二枚のプ○ングルズチップを口に銜えてアヒルの嘴を作る遊びをしている対戦相手を一瞥してみる。 彼の纏う戦闘衣装は前開きのフード付きベージュ色ローブの中に薄紅色シャツと黒色ズボンと茶色皮ブーツいう、普段着が目に痛い風な流行遅れファッションである割には意外と簡素な恰好をしている(だがしかし、中身は顔面ピアスのガングロチャラ男のままである為に、そのギャップで何処かの秘密結社にでも居そうな不良黒魔術師っぽいビジュアル感が凄まじい事この上ないww)が、妙なのは得物の方である。
手に持っている簡易魔導術式演算仕様のストレージデバイスと思われる錫杖も変わった得物ではあると思うが、それ以上に彼の両手の指に嵌められている七つもの指輪型ブーストデバイスに奇怪な目が行く。 注目すべきは指輪の中心に嵌められているものは宝石ではなく、無骨に光る“金属の塊”が七種類、それぞれ別々の指輪に一塊ずつ分けられて納まっている。 右手の人差し指に“鉄”、中指に“銅”、薬指に鉛。 左手の人差し指に“金”、中指に“銀”、薬指に“水銀”、小指に“錫”……古の占星術において7惑星と結び付けられる【七金属】を施した、神妙不可思議な感じのアクセサリー端末機器だった。
「ボク(錫杖型デバイス)っのなまえは《マグヌス》ッ! ボク(七金属の指輪型デバイス)っのなまえは《オプス》ッ! 二人合わせて“マグヌス・オプス”だ~♪ き~みとボクとでマグヌス・オプスだ~♪ グワッ、グワーッ☆」
フォックスが口にプ○ングルズアヒル嘴芸をしたまま、全身大汗だくで水分補給をしていたなのはが聴いていて「なんだか、わたしの子供の頃に故郷の世界のテレビCMで、似たような歌を聴いた事があるような……」と首を傾げながら呟かせる、幼児教育音楽風に天真爛漫の明るい曲調のオリジナル(?)デバイス紹介ソングを口ずさんでその場をクルクルと踊り、決めポーズに右手に持った錫杖型デバイスの《マグヌス》を正面に向き合う対戦相手四人に差し向けてアヒルの鳴き真似をしつつ、キリッとしたドヤ顔アピールをかます。 このチャラ男、試合開始直前の普通緊張する場面においても、ひたすらにウザイ事この上ない。 あまりの相手のウザさに沸騰したやかんの如く顔面真っ赤にして怒りの臨界点をMAXにまで引き上げたスバルがもう我慢の限界だと言わんばかりに、この試合の審判を務める事になった、メイド服を着てオドオドしている童顔少女──《リゼル・アントニー》へ怒鳴りつけるように催促する。
「審判ッ! 向こうもこっちも、もうとっくに戦る準備はできているから、さっさと試合開始の合図を出せ!!」
「ふひゃあああ!? は……はい!! でででは、これより、ロストウィング対機動六課の団体模擬戦第三試合を執り行いますぅぅ! りょりょっ、両者各選手、各自戦闘配置に着いて──」
とばっちりによって浴びせられた怒声に竦み上がり、リゼルは慌てふためきつつもバトルフィールド中央線の奥に立って、フィールド内の試合参加選手五名へと戦闘準備を呼び掛け、合図を切る為の右手を垂直に天へと掲げる。 東──ロストウィング陣営側のフォックスが二枚のプ○ングルズを口に銜えたまま錫杖型デバイスの《マグヌス》を右手にだらんとぶら下げるようにして適当な構えをしながらフィールド中央線の手前に立ち。 対する西──機動六課陣営側のFWチーム、狙撃手でFWリーダーであるミクティーヌは中央司令塔、俊敏な機動力を有するエリオは側面遊撃、味方への支援補助を得意としている召喚師であるキャロは後方支援、そして近接格闘戦を得手として高い突破力を持つ攻撃の要であるスバルは最前衛へ、それぞれが新型デバイスと緊張感を持って戦闘配置に着く。 スバルは目の前で未だこちらを侮りきった態度を崩そうとしない憎き相手を射殺しそうな眼力で睨みつけ、益々と戦意を滾らせている。 まだ始まらないのか? 早くこの舐め腐ったアヒル嘴ガングロ野郎をブン殴らせろと溢れきれんばかりの昂ぶりを抑えきれず、構えた右手を苛立ち横薙いで、今にも飛び出ししそうに前のめりになった……その時、孔を空ける程敵意を乗せて睨んでいた対戦相手が唐突に口に銜えていたプ○ングルズを嚙み砕いて飲み込んだ。
「バリバリッ、ゴックン! あ、そうだ。 ピキーンッと良いこと閃いちゃった、ちょんまげ。 ねーねー、キミタチ」
「……何よ?」
「もしよかったらさ、僕は左手だけで戦ってあげようか? そうしたら、少しはマシな試合になりそうじゃないカナ? カナカナ?」
「──ッッ!!!」
左腕を上げて鳴らしながら、自分は手加減を付けて相手してあげようか? などと、相手からこちらを最大に愚弄する提案を持ちかけてきた瞬間に、スバルは己の中にある堪忍袋の緒を『ブッツリッ!』と切断する。 そしてその直後──
「試合──開始ッ!」
審判が上げた手を勢いよく振り下ろし、遂に第三試合開始の火蓋が切って落とされたのだった。
「舐めるなあああああああああーーーっ!!」
「えっ……!? ちょ、ちょっと待ってくださいスバルさん。 一人で突っ込んだら──!!」
試合開始と同時にスバルが抑圧されていた激情を爆発させて、武器を持たない左手の指で『COME ON BABY』と宙空に魔力光文字を描いて挑発しているフォックス目掛けて脇目も振らずに飛び出していく。 背中を引き留めようとする味方の声などまるで耳に入っていない。 火山の大噴火の溶岩の如く解き放たれ、止めどなく吹き出る相手への敵愾心によって剣の刃のように鋭く細めた青い目の中心で見開き切らした瞳孔と、激怒のあまりに歯茎から血管が浮き出る程に強く食い縛られた歯によって、元々は15歳という若輩の幼さを残しながら精悍に整っていた彼女の美貌は怒りに狂った獣の如く醜烈に歪まされ。 両足に履かれたマッハキャリバーの車輪が相棒の激怒を主張するように地面に真っ赤な轍を引いて火花を上げて駆けていく。 それが齎す爆発的な加速に勢い乗せて、己の大切な憧れを馬鹿にしたチャラ男野郎を思いっきりブン殴るべくして握った右拳を大振りに振り上げ、相手へと正面突攻を仕掛ける。
神風の如き速度をもってこちらが拳打攻撃有効範囲に迫っても尚、未だに右手にぶら下げている錫杖を構えようともしないフォックスの余裕ぶったピアス塗れの顔面に狙いすまし、周囲の空気を歪ませるレベルの衝撃波を拳に纏わり付かせる程に超速回転させた回転式六弾倉を伴って肩の後ろに大きく引き絞られた右拳を弾丸を撃ち出すようにして突き放った。
「くらええっ、《リボルバーキャノン》──ッ!!」
「【ふっ】とな☆」
「って、のわああああーーー!?」
スバルの繰り出した渾身の鉄拳は、フォックスが半身をズラして軽々と躱された。 空を貫いた右拳にそのまま上半身を引っ張られてつんのめったスバルは一瞬覚束なくなった足もとをフォックスに足払いされて、突攻の勢いのまま地面にキスしてコメディーのキャラクターように足を大きく上げてスッテーーン! と転倒した。
「足もとがお留守だぜぇ、ベイビ~♪ そんなプッツンした闘牛みたいな、おバカ一直線のパンチングゥ~が当たる訳なんて、あ~りまへんがな~。 カトちゃんペ」
「くっ……こぉんのおおー!」
無様に顔面と全身を砂塗れにして倒れ伏したスバルに、鈍間な子供を揶揄う感覚をもって煽りまくるフォックス。 益々頭に血を昇らせたスバルは直ぐさまに立ち上がり、指二本を鼻の下に据えた挑発ポーズをする相手へと再度突撃。 ワン・ツーと連続で右左のストレートパンチを繰り出すが、煽りを受けて破れかぶれに放つ攻撃など、幾ら身体魔力強化と彼女の人並み外れた身体能力でプロボクサーを大幅に上回るスイングスピードと打撃力を発揮したとして、ベテランの戦闘経験値を持つ魔導師に通用する道理はない。 防御結界魔法を張る事もせず、フォックスは飛んで来る拳を当たるギリギリまで引き付けてから素早く首を左右に傾けるだけの最小限の動作でそれを避け、眼前に映る魔法格闘少女にほくそ笑みを浮かべる。 それを見て完全に見縊られたと受け取ったスバルは更に輪をかけて憤りを増大させ、我武者羅になって続けざまにフォックスへ殴り掛かる。
「オラアッ! てりゃあ! うらああっ!」
右ストレート、そして左アッパーからの二回回し蹴り……それからも猛然と疾風怒濤の連続打撃を放ち続けるが、しかし、どれだけやっても攻撃は当てられない。 防御どころかこの期に及んで武器を構えることすらしていない相手に上半身のフットワークのみを使って躱され続ける。
「クソッ! 逃げっ! るなっ! ちゃんとっ! 戦えっ!!」
「お~にさ~んこっちら~、手~の鳴~る方~へ~♪」
こちらは必死になって攻撃しているのに、相手は真面目に相手をしてくれず鬼ごっこ遊びのように手を叩いてはこちらの苦労を、煽って、煽って、煽りまくりながらも汗一滴流さず余裕綽々と躱し続ける。 それが実に腹立たしくて堪らず、スバルは止まる事なく溢れ出る憤怒で思考を塗り潰してしまい、拳を打つ型も無茶苦茶にして、猪突猛進にフォックスへ殴り掛かっては避けられて拳を空に切らす事をひたすらに繰り返すばかりだ。 まるで公園の砂場で丹精込めて造りあげた砂の城を他人の子に蹴り崩された子供が癇癪を起こし、壊した子へと有無を言わさず恨みの暴力を振るうような、直線的で不格好な有様であった……。
「ダメだ。 あんな単調な攻撃で当たる訳がねぇ。 スバルの奴、完全に怒りに飲み込まれてやがる」
「未熟者め。 だから言っただろうが、相手の挑発を受けて簡単に怒り冷静さを失う者を戦いに出す事など出来んと……」
最早元のシューティングアーツから掛け離れた下手な喧嘩殺法で無駄な正面攻めを自棄になってやり続けるスバルの姿を眺め、外野ベンチの機動六課陣営は早くも難色を示しはじめている。 特に元航空武装隊のヴァイスやヴォルケンリッターの将であるシグナム等、長年の戦歴を持つ古兵から観てして今のスバルの醜態は見るに堪えない様子だった。 無論、なのは達隊長陣も部下の異常な暴走ぶりを観て非常に険しい色を浮かべていた。
「あっちゃー。 スバル、あのウザい死語しゃべくるガングロチャラ男に完全に遊ばれとるやんけ……」
「うん……。 スバルの精神状態の不安定さを事前に視て、たぶんこうなるだろうとは予想できていたんだけど……」
「相手への怒りで完全に我を忘れているようだね。 実力が未知の相手に対し様子見で測りもせず、味方を置き去りにして、無茶苦茶な突攻を繰り返すだなんて、愚の骨頂もいいところだよ……」
大振りのパンチを放っては相手に軽く避けられ、その度に足を引っ掻けられて地面に転がされては、立ってまた相手へと猪突猛進に突撃していく愛弟子を目の当たりに、なのはは嘆かわしく空を仰いだ。 南国レベルの灼熱の日差しが眼の中に射し込むのも相俟り、頭が焼けるようだ。
「わたしに憧れる気持ちや自分の目指す夢の事を馬鹿にされたから許せない、というスバルの憤りは十分に理解しているよ。 だけど、シグナムさんの言う通り、その怒りに自分を支配されて冷静さを見失う事は、戦う相手に対して大きな隙を見せる事になる。 そうなったら勝てるものも勝てないし、格上が相手なら尚の事危険になってくる。 これが実戦だったなら、今のスバルは一発で返り討ちになっているだろうね……」
そのようになのはは戦技教導官として教え子の愚行に対し手厳しいコメントを語る一方、その後方で佇んでいるもう三人の教え子達へ何かを期待する目を向けていた。
──ベンチで観ている事しかできないわたしじゃあ、スバルの目を覚まさせてあげられない。 今は一緒に試合を戦っている君達だけがあの子の助けになれるんだ。 だから頼んだよ、ミクティーヌ、エリオ、キャロ……。
「これなら……どうだあああっ!!」
「パラグライダー!」
「こっの! ちょこ! まかとっ!」
「ジュ○アナトーキョー、朝までランバダ、ランバダー! フォーウ♪」
外野ベンチの上司等と仲間達から大変な心配を向けられても尚、スバルは気にも留めず一人でフォックスへ猛攻を加え続けるが、彼女の拳は一向に相手へ当てられず空音を鳴らすばかり。 腕を引きに引き絞って撃ち放った大砲の右ストレートは背中を屈めて手足を左右に大きく開き伸ばしたヘンテコな恰好跳びによって股下に潜り抜けさせられ、ならば手数で勝負だと切り替えて矢継ぎ早に爆裂拳を繰り出そうともバブル世代を思わせるクネクネした踊りの前に翻弄されて上手く狙いが定まらない。 あまりに相手が真面目に戦ってくれない所為でスバルの苛立ちが益々と募っていく。
「いい加減にしろ! 何でさっきから、ふざけた変な動きして避けてばっかりで、全然反撃して来ないんだ?」
「マ○リックス回避! そんなのキミがみそっかすに弱っちいから、手加減してんに決まってるジャンww。 パンチはエリマキトカゲよりもスロウリィで、戦法もただ真正面からバカマルダシでブッ込みジョートーくれて来ているだけ。 今は戦後ではないッピ。 そんなんじゃオハナシにな~りま千年☆」
「ふ……ふっざけるなああああああああっ!!!」
こちらがはち切らしそうな程に濃い青筋を額に浮かべて、まともに応戦せずふざけまくる相手への抗議を物申しながら突き放った右ストレートを、某SFアクション映画の主人公が飛んでくる銃弾を華麗に躱すアクションシーンを再現するようにして大きくエビ反る体勢になってやり過ごしつつ相手が返してきたこちらへの侮辱千万を受けて、スバルは烈火の如き激怒の叫びをあげる。 彼女自身が己が魔導師として憧れのエースや隊長陣のような一流にはまだまだ程遠い未熟者である事は先刻承知である。 だが、顔中にピアスを付けてふざけた死語で他人の夢を馬鹿にするばかりか、試合になっても手に携えた得物を構えたりもせず真面目に戦わない、そのような失礼でふしだらな低俗者相手から「お前超ザコだから手加減してあげるww」などと挑発をされて、黙ってなどいられる訳がないのだ。
「だったらこれで、やる気にさせてやる! マッハキャリバー!」
『OK相棒。 術式展開!』
完全に頭にきたスバルはどこまでも自分を舐め腐ってくれた相手に目に物を見せてやると思い、マッハキャリバーのAIに高ランクの魔法発動術式を展開させる。 自分の足下に自らの魔力光と同じ水色の近代ベルカ式魔法陣を出現させ、開いた両手を前方へ突き出し、掌に魔力を練りあげて集中させていく。
「うおおおおおおお!」
そうして雄々しい咆哮を轟かせながら練り上げる魔力によって水色に輝いた両掌を掲げたその前方にバレーボール程の質量を持つ魔力球体を形成した。
「ヒュウ♪ これはアッと驚く為五郎。 意外になかなかの魔力出せるジャンよ」
「ハン! 今更驚いたところでもう遅いよ。 なのはさんを馬鹿にした暴言の数々、この一撃を受けてみてから取り消してもらうよ!」
スバルは作り出した魔力球体の膨大さを目の当たりにして粋に口笛を鳴らしながらも一瞬だけ物怖じをしてみせたフォックスを見て、少しだけ機嫌を和らげさせて不敵に笑む。 だがこれだけで自分の大切な憧れを貶したこの相手を許す訳にはいかない。 この男にはお前が侮辱したなのはさんへの憧れによって得られたスバル・ナカジマのチカラを骨の髄まで思い知らせてやらなければ気が済まない。
「あれだけ馬鹿にしておいて、一発で倒されないでよねっ! くらえ、一撃必倒──」
スバルは完成した魔力球体を突き出したままにした左掌で保持しながら、弓の弦に番えた矢を引き絞るようにして後ろに下げた右手をチカラ強く握り締め、前方に棒立ちの相手へ狙いをすまして魔力球体を叩き撃とうとするような体勢を取った。 ……というよりか、この“魔砲”は真実そのようにして撃ち放つ技であるのだ。
そう……この“魔砲”こそが、スバル・ナカジマが最も尊敬し目に焦がれて憧れ続ける不屈の《エース・オブ・エース》高町なのはの代名詞たるその大技を自分なりにアレンジした彼女が持ち得る最大威力の一撃──
「ディバイィィィン──バスタアアアアァァーーーッ!!!」
スバルの渾身の鉄拳が水色の魔力球体を叩いたと同時にそれが特大の砲弾と化し、前方のフォックスへと向けて撃ち出された。 蒼き暴力の塊が大気を貫いて模擬戦場全体に充満していた常夏の南国の如き熱気を丸ごと吹き飛ばし──
「……えんがちょ」
まるで諦観したような表情でそう一言呟いたチャラ男魔術師を呆気なくも飲み込み、盛大な大爆発を巻き起こしたのであった……。