今日も鴉天狗が絡んできます【完結】   作:秋月月日

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第七報 交渉開始

 そしてついに、運命の日がやって来た。

 妖怪の山にある自宅にて、鴉天狗の射命丸文は彼女の生涯史上、最も真面目に準備をしていた。いつもみたいに適当に化粧をするのではなく、一人の女の子として真面目に化粧に挑戦していた。――だがまぁ、なるたけすっぴんを意識していたせいか、ものの十数分で終了したわけなのだけれど。

 化粧を終えた後は、衣装選び。最初はいつも通りの軽装でいいやとか思っていたが、今日は彼女にとって大事な日なので、鴉天狗の正装である黒と白を織り交ぜた配色の着物を選択することにした。鴉天狗の集会のときや友人の結婚式などに参加する時ぐらいしか使わない正装を、文は慣れた手つきで身に着けていく。

 ――そして、全ての準備が整った。

 家の灯りを全て消し、戸締りを完璧にする。玄関に祀ってある何らかの神(昔から祀られてるが、何の神なのかは文は知らない。興味すらない)にパンパンと柏手を打ち、

 

「今日という日が上手くいきますよーにっ!」

 

 一陣の風が吹きすさび、文の姿が忽然と消えた。

 

 

 

 

 

  ☆☆☆

 

 

 

 

 

 整えた髪が乱れないように気を付けながら飛行した後、文が辿りついたのは――件の案山子がいる荒れ果てた畑だった。

 二十年以上前から存在しているその畑に昔の面影はなく、昔は多くの野菜が植えられていた土には、時間の流れを感じさせる無数の雑草が生い茂っている。誰か整備しろと言いたくならないでもないが、それは不可能な話だろう。――だって、この畑の持ち主はすでにこの世にいないのだから。

 パンパン、とお参りするように両手を合わせ、静かに黙祷する。別にこの畑の主と親交があったわけではない。ただ、今はこれをしておかなければならないと思っただけだ。理由なんてそんなもの。射命丸文の行動理由は、いつだって適当なのだ。

 黙祷の後に目を開き、数回深呼吸を繰り返す。

 そして、畑の中央に向かって突き進む。意外と広いこの畑の中央には、彼女がずっと想い続けてきた件の案山子が立っている。二十年以上も通い続けてきたのだ。今更どうってことはない。

 

 

 どうってことはない、はずなのに。

 

 

 一歩踏み出すごとに胸が苦しくなり、自分でも分かるほどに呼吸が乱れていく。首筋には一筋の汗が流れ落ちていっていて、ぎゅっと握った拳には脂汗が浮かんでいる。なんて私らしくないんだ。もっとしゃんとしろ、射命丸文!

 形の整った胸に手を当て、深い呼吸を繰り返す。一回、二回、三回、四回――よし、もう問題ない。これでいつも通りの、清く正しい鴉天狗の射命丸文として行動できる。

 ついに畑の中央に辿りついた文は額に手刀を当てて片目を瞑り、

 

「あやややや? 今日も似合わないほどに落ち込んでらっしゃいますね、案山子さん! もしかしてあの日到来ですか?」

 

「…………帰れ」

 

 帰ってきたのは、二十年前とは違う――しかし、ここ最近はいつも通りの冷たい言葉。感情なんてどこにもなくて、そこにあるのはただの虚ろな言葉だけ。中身なんて伴っていない。ただ、そこに存在するだけの虚言だ。

 きゅーっと、胸が締め付けられる。覚悟はしていたが意外と堪えている自分自身が、少しだけ悲しくなる。

 だけど、自分以上に悲しんでいるのは、何を隠そうこの案山子自身。二十年もの間悲しみ続けたこの案山子を元気づけるためならば、どんな痛みにだって耐えてみせる!

 心の動揺を無理やり押さえつけ、文は飄々とした態度で続ける。

 

「あややっ、相っ変わらずの毒舌っぷりありがとうございます! そんな毒舌でツンデレで捻くれ者な案山子さんに、なんとこの私、清く正しい鴉天狗こと射命丸文から朗報です! なんとっ! 今日の日暮れ頃から、博麗神社で大宴会が催されちゃうんですよー!」

 

「………………」

 

 言葉は、返ってこない。

 だが、文はめげることなく言葉を並べる。

 

「なんと、今回の宴会は今までと一味違うらしく、幻想郷中の妖怪や神様や人間たちがこぞって参加するそうなんです! 地底組の皆様も参加の意思を見せているとかいないとか! これはもう参加するしかないですよね! 参加するっきゃないですよね!」

 

「…………それで? 俺にそんな戯言に参加しろって言いてーのか?」

 

 久し振りに、会話が成立した気がした。

 だが、その会話はあくまでも、マイナスな感情だけが伴った虚しいもの。文が求めていた言葉とは、お世辞にも言い難い。

 しかし、会話が続いただけでも大きな前進だ。勝負はここから。これから一気に畳み掛け、この案山子を土俵にまで上がらせる!

 

「もちのろんです! 貴方も一応はこの幻想郷の住人なんですから、宴会にぐらい参加した方がイイですよ? 『主の人間が死んだぐらいでいつまでもガキみてえに落ち込んで』ないで、少しは気分を変えようとし――っつぅっ!?」

 

「――もう一度言ってみろ、テメェ……ッ!」

 

 気づいた時には、襟首を掴まれていた。妖怪としての実力的には文の方が断然上のはずなのに、その文が捉えられる速度の更に上の速度で、襟首を掴まれていた。

 初めて見せた、怒りのリアクション。案山子がキレるようにあえて嫌味な言い方をしたわけなのだが、まさかここまで上手くいくとは思っていなかった。というか案山子さん、気ィ短すぎでしょう。

 ぐぐぐっ、と首を絞めるように襟首を掴まれながらも、文はニヤリと笑い、

 

「幼い子供じゃないんですから、いい加減に元気出せっつってんですよクソ案山子。二十年間も落ち込みやがって。アンタは恋人を失くした思春期のガキですか? 心はまだまだ中二病、とでも言うつもりですか?」

 

「殺されてーんならそう言え。言っとくが、俺は鴉天狗だろーがなんだろーが、容赦なく打ち殺せるヤツだ。今すぐにだってテメェの眉間を撃ち抜けんだよ」

 

「それでは、今すぐにでもやってもらっていいですか? 貴方にそんな、度胸があるのなら」

 

「………………上等」

 

 チャキ、と何か堅いものが押し付けられた。――それは、彼が愛用している猟銃だった。

 しかし、二十年前と違い、銃身は赤く錆び付いている。おそらくだが、中身も相当ガタがきているハズだ。引き金も引けるかどうかわからない。ただのガラクタ、という言葉が何よりも似合いそうだ。

 そんなガラクタを右手で掴み、額からずらす。案山子も本気で撃つつもりはなかったのか、吐き捨てるように舌を打ちながら猟銃を地面へ放り投げた。

 彼は言う。

 

「何なんだよ、お前」

 

「清く正しい鴉天狗です」

 

「違う、そーじゃない。ずっと相手にしてなかったのに、毎日毎日懲りずに俺ントコに来て、一体何がしてーんだよ……普通、諦めてどっか行くだろ」

 

「放っておけないんですよ、今の貴方は。隙あらば自殺しそうで、怖いんです、今の貴方は」

 

 そう言いながら真っ直ぐと目を見つめてくる文から、案山子はふいっと目を逸らし、

 

「……そんな、こと」

 

「絶対にしない、って本気で言えますか? そんな人生に疲れたような世界に絶望したような面持ちの貴方に、自殺なんてしない、なんて言葉、胸を張って堂々と言えますか?」

 

「…………それは」

 

「言えませんよね? 言えないはずです。だって、今の貴方は、今の貴方には――何も、無いんですから」

 

 彼の主に子供がいたならば、まだ良かったのかもしれない。その子供がこの畑を受け継ぎ、その子供をこの案山子が見守る。そんな、何気ない現実だったら、まだ良かったのかもしれない。

 だが、現実問題、彼の主には子供がいなかった。実際問題、この畑の持ち主の家系は、事実上の根絶を迎えてしまっていた。今の畑の荒れようが、その悲劇をあまりにもはっきりと表してしまっている。

 誰が悪いという訳ではない。誰が悪いと責任転嫁をする場面でもない。――ただ、運が悪かっただけ。不幸に不運が重なって起きた、ただの偶然だっただけ。

 そんな不幸で不運な偶然のせいで、とある案山子は絶望に包まれた。

 これ以上、悲しみを背負わせるわけにはいかない。不器用な私が彼を救えるかどうかなんて分からないし、不器用な彼が私に救われるかどうかなんて分からない。彼の心は彼自身しか知らないし、私の心は私自身しか知らないのだから。

 だが、それでも、私はやらなければならない。

 だって、私は、射命丸文という一人の女として、この案山子を救いたいと思ってしまっているから。

 彼の腕を払いのけ、間髪入れずにその腕を掴む。軍手を外して放り捨て、彼の指と私の指を絡めるように、ゆっくりと手を繋いでいく。初めて触った彼の身体は、とてもとても暖かかった。

 彼は創られた存在のはずなのに、何故か体が暖かい。おそらくだけど、それは彼に『心』があるからだと思う。願いを込めて作られた人形には、時として心が篭ることがある。――幻想を生かす幻想郷ならば、尚のこと。

 文は案山子の手を握りしめながら――泣きそうな自分を抑えつけながら――笑顔を浮かべ、

 

「私のことを嫌いになってもいいです。私を殺してもいいです。――だけど、その前に。私を嫌いになる前に、私を殺してしまう前に……どうか、今日だけでいいですから、私の願いを叶えてください」

 

 そこまで言って、文は「ふぅ」と息を吐いた。次に発する言葉に自分の心の全てを込めるためだけに、射命丸文は肺に酸素を取り込んでいく。

 そして文は、手に力を込めて彼の手を握りしめながら、

 

「――今日だけでいいですから、私の傍にいてください」

 

 求めていた言葉は、返ってこなかった。

 ただ、その代わりとでも言うかのように――

 

「――――――、勝手にしろ」

 

 ――相変わらずの冷たい言葉だけが、返ってきた。

 思わず涙をこぼしてしまいそうになるも、そこは女のプライドというよく分からないものでグッと堪えた。ここで泣いたら女が廃る、と変な言い訳をしながら。

 無愛想にそっぽを向く案山子に呆れながらも、文は彼の両手を握りしめ――

 

「はい。それではご要望通り――勝手にさせていただきますっ」

 

 ――子供のように無邪気に笑った。

 




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 次回もお楽しみに!
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