彼が召喚されたのは煌々と光る星に見下ろされた地球。魔術が廃れて何百何千と経ったいま、呼び出したのはなんと日本人の青年。何もかもがおかしいが、この青年にも理由があるようで――。

「これからの未来の証言者になってほしい」

1 / 1
1話

天上に広がるのはどこまでも続いている夜空。

 

今はもう見えないが昔はよく数えきれないほどに星が散らばっていたものだ、とばあちゃんは言う。地上の明るさで見えなくなっているだけであって実際にはそこにある。無数の星が。たとえ雲がかかろうがはたまた朝であろうが、いつも変わらずに存在し続けている。けれども見えない。そんだけ小っこいのだ。人間が。

 

夜に光を求めていた時代。

そんなもの夜の明るさしか知らない僕には分かりっこないだろう。家を出れば街灯が夜道を照らし、近所からはテレビの音が漏れ聞こえてくる。それが今の地球だ。これが仮に全て取っ払われたとしよう。電気という電気が存在せず、道も固いコンクリートではなく雨が降ったらぬかるむ土や砂利。光は手に持った提灯くらいだろうか。そんなのだったら心細いに違いない。昔のヒトが暗闇を恐れたのも納得がいく。だからこそ余計にすがるのだろう。

 

 

月という輝きに。

 

 

月という魔力に。

 

 

永らく閉じられていた扉が開かれた。

 

期間にしてどれくらいだろうか?1000年?1万年?それとも1億?

……1億は盛り過ぎか。とりあえず、それくらい久しぶりの外界だ。

 

外への扉がゆっくりと開かれる。実際に扉なんてものは無いが、んまぁイメージ的なものだ。外へ出られたのは良いとして、周囲がまだ真っ暗だ。それもそのはず、鬱陶しいくらいに黒煙が纏わりついてくるからだ。おそらく、召喚された際の演出だろう。何で無駄に凝った登場をさせるかねぇ。んまぁ俺としても初登場のインパクトは大事だと思っているから文句は無い。

煙の中で色々と五感を研ぎ澄ませてみる。……うん、無味無臭。ちらりと舌を出して舐めてみたが何も感じない。これだけ真っ黒なら煙たさを感じてもいいだろうに。最初の使役者を考えれば、本当にただの演出にしか過ぎないのだろう。

 

やがてゆっくりと雲が晴れ、閉じていた瞼の裏側からでも光を感じた。長い間ずっと暗黒の中に閉じ込められていたため、すぐに開くと目がやられる。完全に無防備であるから今襲われたとしたらあっけなく首を刎ねられるだろう。んまぁわざわざ呼び出したのにいきなり切りかかってくるとも考えにくい。退治しに来た騎士という可能性も捨てきれないが、だったら何故封印を解く必要があるのか。……と、ここまで引き延ばしておいて何もアクションが無いということは俺の力を欲しているとみて間違いないだろう。

 

目が慣れるまで存分に時間を使い、おもむろに瞼を開いた。時間は夕刻なのか薄暗い。それといまいち場所が分からない。狭いのだが、屋内ではないような。

口から大量の息を吐きながら顔を上げると一人の青年が立っていた。

 

「俺を呼んだのはお前か?」

 

「そうだ」

 

青年は臆することなく俺の質問に答えた。恐怖を隠している様子も無い。相手が俺にビビッていたのならちょっと脅してボロを出させて殺してしまってもよかったが、少しは骨のある男のようだ。これなら楽しめそうである。

思わず笑みが零れ斜め下を向くと、信じられないことに気が付いた。

 

「……お前、魔法陣はどうした?書いてないじゃねぇか。どうやら魔術書や指輪、壺なんかも持ってる気配はねぇし」

 

「僕の力だけで呼び寄せた。これからの未来の証言者になってほしい」

 

そう、口にしたのだ。俺は思わず呆れ果て、こめかみを押さえて目をぐっと閉める。

 

「……はぁー、そうだよな。前に活躍してから一体どんだけ経ってるんだって話だよな。最近の人間が知るはずもねぇか。しかも飼い殺しにするって……なぁ?」

 

あえて聞こえる程度の声量で嘆いてみせる。しかし、青年は一切の表情を変えずこちらの回答を待っているようだった。余程の自信があるのか、はたまたただの愚か者なのか。

 

「理解してないかもしれねぇから教えてやるけど、魔道具無しに召喚ってのは何の拘束力も無いし、身の安全も保障されてねぇんだぞ?」

 

こういった儀式には必要不可欠である魔道具が何一つ用意されていなかった。普通召喚や使役の際に無くてはならないものだが、それらは術者本人の安全のためでもある。わざわざ呼び出すということは、呼び出した対象の力、能力を必要としているということだ。それはつまり、術者よりも呼び出した相手の方が圧倒的に強力であることを意味している。それを制御して無理矢理支配下に置くために先程の魔道具が重要となってくるのだ。下級の魔族を奴隷にするなら別だろうが、俺の場合は自慢じゃないがそこそこ上位だ。

手ぶらで召喚できたこと自体おかしいのだが、こいつは更に常軌を逸していた。

 

「勿論分かっている。けど、そんなものは見つからなかった」

 

それがどういうことを表しているのか本当に分かっているのだろうか。ここまで説明してやっているのに理解が追い付いているようには到底感じられない。時が経つにつれて、人間は退化の道を辿ってしまったようにしか思えなかった。

俺はひときわ深いため息を吐くと、じっと男の両目を貫かんばかりに睨み付ける。

 

「最終確認だ。間違えて呼び出したのなら今回は特別に見逃してやる。……が、そうじゃなかったら俺に殺されても文句は言えねぇよな?」

 

威嚇と言わんばかりに、腰から下げた反りの入ったサーベルの柄に手を掛ける。その動作を男は視界に入れたが、動じずに俺を睨み返してくる。だが、何も喋らない。今更全身が固まって動けないとでもぬかすのだろうか。それはそれで拍子抜け過ぎてつまらない。だったらせめて、強がり、命乞いくらいはしてほしいものだ。そうでないと、召喚をおざなりにされ侮辱されただけで終わってしまう。命の灯火が消える直前まで弁解でもしてもらわないと割に合わない。

だが、やはりこいつは異端であった。見つめたまま瞬き一つせずにいた青年の口が漸く開かれ、ぽろりと思考が零れ出る。

 

「僕は望んで君を呼び出した」

 

その言葉を聞いた瞬間、俺は構えていたサーベルを抜き放ち男へ向けて腕を伸ばす。抜剣した勢いのまま手首を返し、そのまま刺突へ移行する。刃が上を向き、吸い込まれるようにしてその首元へ進んでいく。

正直、俺はあまり戦闘が得意ではない。だが、それは周囲の武人や魔術師と比較した場合だ。当時は戦闘に特化した奴が多かった。理由は己の身を守るのが己しか居なかったからだ。窃盗、殺人、罰は定められていても生き抜くために罪に手を染める。その罰で命を落とすことになるとしても、だ。

けど、現代ならどうか?傷害が起こればすぐに警察が駆け付け、火事が起これば救急が飛んでくる。平和に慣れている人間には負ける要因などこれっぽちも存在していない。加えて、身動き一つ取らない相手なんてそこらに生えている木と一緒だ。

 

 

「……どうして逃げなかったんだ?」

 

そう。こいつは動かなかった。動けなかったのではなく、動かなかった。

刃物を握った左腕をしっかりと伸ばしながら、囁くように口にする。サーベルの切っ先は青年の喉仏にぴたりと触れている。だが、そこから朱い鮮血は流れ出ていない。少しでも力を籠めたり、腕を揺すったりするだけで薄い首の皮など糸のように容易く千切れるだろう。こんな状況下においても男からは恐怖というものを微塵も感じられない。

 

「僕を殺すつもりだったら初めに魔法陣が敷かれていないと気付いたときにでもできたはずだ。でも君は僕に忠告だけで済ませてくれた。その時に実感したよ。君が人間を恨んではいないって」

 

「……そんなのはお前の都合の良い解釈にしか過ぎねぇ。あの時はあまりにも馬鹿馬鹿しくて拍子抜けを食らっただけだ。それに生き物は、一瞬一秒でものの捉え方が180°正反対になることだってあるんだ。一貫性に欠けているからな。今、この状況からすっぱりいくことだってあるんだぞ?」

 

ここまでくるとこいつは日常生活の中で疑いを知らないクソ平和な世界で生きてきたのか、とびっきりにぶっ飛んだ阿呆なのかどちらかでしかない。こちらが少し哀れになって同情したくなるくらいに。

だが、それが留まるところを知らないのであれば、その感情すらもぐちゃぐちゃになってしまうだろう。

 

「だったら僕は信じるよ。自分の直感を」

 

どうやら後者であったようだ。俺は眉を吊り下げ、半目になる。もう救いようがない。

停止させていた左腕に僅かな電気信号を発信し、振り解くようにサーベルで薙ぎ払った。そのまま剣舞のようにくるくると回し、しっかりと刃を鞘に納める。

脂や血液が付着した刃物は、放っておくと見る見るうちに状態が悪くなる。それを理解しながらもそのまましまったのには訳がある。そもそも斬っていないからだ。

 

青年は命を奪われる心配がないと悟ったのか、首に手を当てて怪我が無いか確認している。

 

「そういう救いようがない人間は嫌いじゃない。見ていて飽きないからな」

 

青年は右手を首に置いたままゆっくりと表情を崩していく。目を細め、口角を上げる。これまで感情が乏しく不気味な雰囲気を醸し出していたが、こうしてみると年相応の一人の人間に変わりない。弱冠ばかりの子供がそこに居た。

 

「ありがとう。僕を殺さないでいてくれて」

 

「んまぁ暇してたからな。殺してやってもよかったが、言葉を交わせる相手が欲しかったってのもある」

 

「弁論家っていうのも伊達じゃないね」

 

青年の言葉にピクリと反応する。改めて青年を品定めするかのように見返し、落ち着いた言葉で途切れた会話を再開させる。

 

「……てきとうに呼び出したって訳じゃなさそうだな。見たところアジア人か?確かそっちの方ではあまり魔法は栄えてなかったはずだが」

 

「そうだよ。日本人」

 

頭の中で地図を開き、日本の場所を思い出す。ユーラシア大陸の反対側、中国のそのまた東、太平洋に浮かぶ島国だったはずだ。また随分と僻地に召喚されたものだ。

 

「……んまぁいいか。それで、俺を呼び出した用件は何だ?青ね……おっと、まだ名前を聞いてなかったか。これから不便だから教えろ。あ、真名じゃなくて――」

 

「チグサ カズナリだよ」

 

「――いいからな」

 

言い終えるのと同時に頭を抱える。こいつは他人に本名を明かすことの危険性を理解していないからだ。日本は魔術とはほぼ無縁だから仕方無いことかもしれないが、こうして俺を呼び寄せているのだから少しは知識を備えておいてほしいものである。……いや、日本にも呪術と呼ばれる儀式があったはず。やはり平和な日常に慣れてしまっているせいだろう。

と、ここでその名に聞き覚えがあることに気付く。

 

「……その名前、本名か?」

 

「うん」

 

経験上相手の嘘を見破ることができるのだが、どうやら嘘は吐いていないようだ。それを理解したうえで、先程の名前を思い出そうとする。昔の話ではなかったはずだ。比較的新しい、それどころかここ数年の間に出てきたような。記憶を呼び起こそうと顎に手を当て唸る。その時、上を向いた拍子に絶景が視界に飛び込んできた。ミッドナイトブルーのキャンパスに煌々と光る満天の星粒。

そこでその名前を思い出した。記憶が蘇った途端、身体の内から笑いが込み上げてきたのだった。

 

「思い出した。チグサカズナリ……変革犯か!!」

 

「……その呼び方は止めてよ」

 

 

ここは地球。

 

 

一人の人間によって強制的に巻き戻された世界。




碓氷 修夜です。

暇潰しに書いたもので、続きがあるかどうかは気分や反響次第です。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
一言
0文字 一言(任意:500文字まで)
※評価値0,10は一言の入力が必須です。参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。