よろしくお願いします。
「あの……これから、よろしくね? 加賀さん」
俺の正面に立ち、弓を構えてじっと俺を見据えてくる加賀はまるで石像のように身動きひとつとらない。
なぜ初対面で弓を向けられるのか。なぜ初対面で敵意を向けられるのか。
心当たりなど無いし、唐突すぎて心が追いついてこない。が、とりあえず俺は困惑しながらも微妙な笑顔と共にありきたりな言葉を投げかけた。
少し間が空いて、彼女は一度目を伏せてからもう一度こちらを睨めつけ、
「これからなんて必要ないわ」
吐き捨てるように、どこまでも冷たい声音で言った。
まあもちろん、出会って5秒──いや1秒でわかったことなのだが、どうやら俺はまったくと言っていいほどこの鎮守府に歓迎されていないらしい。
なんだろうか。現時点で思い当たるフシがあるとするならば、もはや俺の顔が気に入らないとかそれくらいだと思う。
容姿で判断するのはやめてほしい。
え? そんなにひどいですかね、俺の顔。
「やめなさい加賀さん!」
「……赤城さん」
「仮にもこの方は私たちの上官なのよ?」
仮にも、ときました。
青い方だけでなく、赤い方にも嫌われていたらしい。
となるとやはり俺の顔が原因なのだろう。
っていやいや、さすがにそんなことはないと信じたい。
着任初日からここまで毛嫌いされているのは、前任がなにかをしでかしたのだろう。つまり嫌われているのは俺ではなく、提督そのもの。ひいては大本営の可能性だってないこともなくはないまである。
ていうかそうであってほしい。頼むから。
と、頭の中で神頼みをしていると赤城に窘められた加賀は、ようやく構えていた弓をおろしてこちらをキッと睨みつけ、ぺこりと頭を下げた。
「申し訳ありません」
それは謝罪というには程遠い。なんとも不服そうだ。
他の艦娘たちも俺────提督への『嫌悪』を露骨に表している。
……先行きが不安ではあるが、とにもかくにもできる限りの笑顔で俺は問いかけた。
「まあとりあえず、執務室まで案内してもらえるかな? 赤城さん」
この鎮守府に辿り着いてすぐ、門の前で待ち構えていた加賀に捕まったせいで俺はまだ大荷物を抱えたままだった。
──帰りたい。まったくその一言に尽きる。
べつに、俺のなにかが気に入らないのならそれはそれでいいのだが、せめてなにが気に入らないのかくらいははっきりと言葉にして伝えてほしい。
俺は宇宙人でも未来人でも異世界人でも、ましてや超能力者でもないのだ。言ってくれなければわからない。
言ってくれ。直すから。たぶん、おそらく、きっと。
「は? 私が、ですか……」
とても、かなり、めちゃくちゃ嫌そうな顔。
加賀のこと止めてくれたし、最低限のコミュニケーションが取れるのならこの艦娘しかいないだろうと期待したのだが、どうやらあては外れたらしい。
とはいえ加賀は当然選択肢から除外しているし、他の艦娘は俺と目が合うとすぐに逸らしちゃうし、彼女が一番マシだとは思う。つまり消去法。
「まあまあ、そんな嫌そうな顔せずに頼むよ、赤城さん」
「……」
苦虫を噛み潰したような、この世の理不尽を恨むような、なんとも言えない表情を浮かべていた赤城へ精一杯の笑顔を送ると、やや不機嫌ながらも、しぶしぶといったふうに彼女は執務室へと案内してくれた。
──実家へ帰りたいなあ。
× × ×
「はあ……。それにしても前任はなにをやらかしたんだろうか。さすがに嫌われすぎだろう」
執務室に着き、この提督自らお茶を淹れた。
いやべつに、そういった仕事は女の役目だろう! とか一昔前の亭主関白や男尊女卑は持ち合わせていないが、お茶くらい淹れてくれたっていいじゃんか……と少しは思ってしまう。
だって、俺一応上官なんだけど……と心の中で多少の愚痴をこぼしつつ、淹れたお茶を一口喉の奥へと流し込んだ。
ふう、とわざとらしく一息ついてから、とりあえず引き継ぎ用の書類に目を通す。
「…………」
驚くほどにまっさらだった。驚きの白さ。どこぞの洗剤でも使ったのかってくらい。〝白さ輝く、香りキラめく〟ってか? やかましいわ。
廊下ですれ違った駆逐艦の子たちも挨拶どころか目を合わせることすらしないし。最悪だ。ほんの少し前まで女性に囲まれて日々を過ごせるなんて天国のような職場だと、浮かれていた自分を殴ってやりたい。
目を覚ませ。お前が向かう先は地獄だと。
「……くそ、泣けてくる」
しかしいつまでも落ち込んではいられないので、とりあえずこの鎮守府にいる艦娘たちの資料に目を通すことにした。
……現在この鎮守府にいる艦娘は10。思った以上に少ない。
それに不可解な点が幾つかある。赤城、加賀……共に練度は極めて高い数値を記しているが、出撃をした形跡が皆無だ。
なにか出撃できないような事情でもあるのか。あるいは……。
いや、まあなんにせよまずは信頼を得ることが先決だろう。
──大きなため息をつき、館内放送用のマイクのスイッチを入れ、なるべく刺激しないよう穏やかに声をかけてみる。
「この鎮守府の全艦娘に告ぐ。ヒトゴーマルマルに執務室に集まってほしい。よろしく頼む」
さて、15時まであと10分なのだが、一体何人集まってくれることやら。
× × ×
「──失礼します」
時間になってやって来たのは赤城、加賀、鳳翔、青葉の4人だけだった。
正直ひとりも来ないだろうと思っていたから、いざ来られると緊張する。
なに話そうとしてたっけ。忘れた。そうだ、とりあえず自己紹介でもしてもらおう。
いやなんだそれ。新学期初日の学生かよ。
「急に集まってもらって悪いな。今か……」
「用があるのなら早くしてもらえるかしら? こちらも暇じゃないので」
なるほどおもしろい。いい度胸だ。
俺の言葉を遮っておいてよく言うぜこのクール気取りの一航戦。俺が温厚な性格でなければ今頃地べたに這いつくばってたところだぞ、俺が。
俺が這いつくばっちゃうのかよ。
……とかひとりでしょうもないノリツッコミを心の中で繰り広げたところで、この場の雰囲気は一切よくなったりしないのだ。
時間の無駄。さっさと進めよう。
「いや、ひとりずつ自己紹介してほしくてさ。左から順に頼むよ」
「それに一体なんの意味があるのですか? そんなくだらないことなら……」
「青葉」
不機嫌そうに愚痴を連ねる加賀の言葉を遮った少女は、青のシュシュでまとめられたポニーテールがとても魅力的だった。
どうでもいいことではあるのだが、ポニーテールは本当に素晴らしいと思う。
この世の中にはとても数えきれないほどの様々な髪型があると思うのだが、俺はもちろんポニーテール1択です、はい。
「青葉です」
などと本当にどうでもいいことを考えながら青葉のポニーテールを凝視していると、彼女はもう一度自分の名を繰り返して、力のない瞳で俺の瞳の奥底を覗き込んでくる。
それはなにかを確かめられているようで、ひどく居心地が悪い。
なのにどうしてか、逸らすことができなかった。
居心地の悪さと、良さと……どちらも混在しているかのような曖昧な気持ちの悪い感情が纏わりつく。
冷たくて、でも吸い寄せられてしまうほどに美しい瞳。
「あの、私もよろしいですか?」
貼り付いたように動かなかった俺の瞳が、落ち着きのある大人しい声に反応して、自然とそちらに視線が移った。
この人もまた、不思議な存在感がある。なんとなくそう思った。
「あなたは……」
「鳳翔です」
青葉と同じように、名前だけを告げ小さく頭を下げた。その動作ひとつで心を奪われてしまう。
初対面なのになぜ──ってよく見たらこの人もポニーテールなんだ! なるほど! そりゃ心を奪われるわけだ。
いやあ、実に眼福──と癒されていると、いつからかスカした一航戦の青い方──加賀が鋭くこちらを睨めつけていた。
痛いくらいの視線を受けてそちらに目をやると、加賀はすぐに目を逸らした。
つんと目を伏せたまま、顔は明後日の方を向いている。
「あの……加賀さん?」
「なに?」
「自己紹介を……」
「必要無いわ」
「……まあそうだね。君には着任早々手厚く歓迎してもらったし……。よろしく、加賀さん」
「気安く呼ばないで」
──彼女が心を開いてくれる気がしません。
「赤城です」
以上。実りのない自己紹介は幕を閉じた。
べつになにかを期待していたわけではないけれど、あまりに情報が少なすぎる。
あわよくばティータイムと洒落込んで警戒心を解いてもらおうと考えていたが、思っていたよりずっと複雑なのかもしれない。
未だこちらを睨めつけている加賀の瞳がひしひしとそれを物語っていた。
「どうか、あなたが早々に諦めてここを出ていくことを願っています」
「ははは……。そうならないように頑張るよ……」
口元を引き攣らせ、ひどい苦笑いを浮かべた俺から視線を外し、加賀は静かに執務室を出て行った。
それに続き、赤城、青葉、鳳翔も順に出て行き、誰もいなくなった執務室で盛大にため息をついた。
結局前任がなにをしたのかはわからないが、抱えているものはきっと、人が代わったからといって割り切れるようなものではないのだろう。
べつに彼女らに好かれたいわけではないのだが、嫌われているよりは、そちらの方がなにごとも円滑に進むというもんだ。
ならば第一に掲げる目標はきっと、信頼を得ることなのだろう。
好かれなくてもいい。信じるに値する人間だと、そう思ってもらえれば御の字だ。
ということはつまり、どういうことなのだろうか。
ええと、信頼を得るには、
「……」
ことさら大きなため息をついて、窓の外へと視線をやった。
「働きたくないでござる……」