あの日の約束   作:喬 

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14話

「──……ッ!」

 

 凄まじい爆音と衝撃に飛び起きた。

 吹き飛ばされ、足もとに転がっていた時計は0237で針が止まっている。

 

「赤城、加賀! 無事か? 敵襲だ! すぐにここを離れろ!」

 

 私たちが飛び起きたのと同じタイミングで、提督は私たちの部屋へ飛び込んできた。

 急いで駆けつけてくれた提督に従い、私と赤城さんは鎮守府の外へと向かった。

 

「一体なにが起きているの? 他のみんなは無事なんですか?」

「わからない……。青葉たちのほうは鳳翔さんに任せたから大丈夫だとは思うが……」

 

 次々と落ちてくる天井と、燃え盛る炎を避けてなんとか外へとたどり着き、振り返る。

 見慣れた鎮守府はそこにはなく、寮舎は大きな炎に包まれていて、真夜中の闇を明るく切り裂いていた。

 ……私たちの帰るべき場所。帰りを待ってくれる人がいた場所。

 そこはもう、原形をとどめてはいなかった。

 

「みんな無事か!? 全員揃っているか?」

「鳳翔さんが……アタシたちを庇って……」

 

 ただ呆然と立ち尽くすだけの私は、その声にハッとなり意識を取り戻した。

 そちらの方を見やると、泣きながら言葉を絞り出した朧を、提督がぎゅっと抱きしめていた。

 

「お前たちが無事でよかったよ。鳳翔さんは、まだ中にいるんだよな?」

 

 嗚咽を漏らしながら、朧は何度も頷く。

 漣も潮も曙も、みんな腕や足から血が出ていて、火傷の跡もある。

 みんなを見ていてあげてくれ、そう言った提督の指示に従い、私は彼女らの手当てをした。

 

「──テイトク! 気持ちはわかりますが、こらえてくだサイ!」

 

 彼女らにつきっきりでいた私の背後で、いつもと全く違う、荒立った金剛の声が響いた。

 驚きそちらに目をやると、火柱をあげ今にも崩れそうな寮舎に戻ろうとしている提督と、それを必死に押さえる金剛の姿があった。

 

「離してくれ……一刻を争うんだ! 鳳翔さんが……鳳翔さんが……ッ」

「テイトクまで死ぬ気ですカ!」

 

 私は、とめどなくあふれ出てくる涙を抑えられなかった。

 今の彼には鳳翔さんしか見えていない。

 きっと、取り残されたのが誰であろうと彼は同じ選択をするだろうけれど、それでも……わかってしまった。

 彼には──なによりも誰よりも、鳳翔さんが必要なのだと。

 自分の命すら惜しまないほどに、鳳翔さんを愛しているのだと、それがわかってしまった。

 私たちを残すことになったとしても……私たちの……鳳翔さんの心にさえ大きな穴を開けることになろうとも、彼の気持ちは揺るがないだろう。

 

「お願い……行かせてあげて……」

「加賀!? あなた、なに言って──」

「お願い……、……します……」

 

 ぽろぽろと、情けないくらい涙を流してしまった私を見て、金剛は提督を離した。

 

 ──きっとこの人はとまらない。

 どれだけ押さえつけようと、とめられない。

 その先に、後悔だけが待っているのだとそれをわかっているのに……それがあなたの選択だというのなら、

 

「ごめん、ふたりとも……。それから、ありがとう。……赤城たちと一緒に、みんなを守ってやってくれ。敵はまだ近くにいる。俺は、必ず鳳翔さんを連れ帰るから」

 

 ────私は、それに従います。

 

「鎧袖一触よ……心配いらないわ」

 

 

 

 ──それからどれくらいの時間が経っただろう。

 敵の深海棲艦たちを退け、消火活動を行いながら、提督と鳳翔さんの帰りを待った。

 今まで待っていてもらうばかりだったから、知らなかった。

 待つことが……こんなにも怖いことだったなんて。

 

「提督……ッ!」

 

 ようやく、鎮圧し始めた寮舎から鳳翔さんを抱えて出てきた提督は、全身に火傷を負っていて、頭から多量の血を流していた。

 

「加賀……俺……」

 

 私に鳳翔さんを預け、そのまま地面へと倒れ込む。

 その肩を抱き上げ、必死に叫んだ。後悔を振り払うように、間違いじゃなかったと言い聞かせるために。

 私の選択も、あなたの選択も。

 なにひとつ間違っていなかったと、そう言い聞かせるために。

 

「提督!」

「俺のことはいいから……早く鳳翔さんを、ドックに……」

「私が連れて行きます! 加賀さんは提督をお願いします!」

 

 言って鳳翔さんを抱き抱えた赤城さんにこくりと頷いて、私は提督を背負って走り出した。

 

「提督、しっかりしてちょうだい。すぐ医療施設に連れて行きますから……お願いだから、死なないで……」

 

 ひとりごとのように、縋るように、祈るように。

 とにかく話しかけていなければ、今にも提督が死んでしまうのではないかと、不安だった。

 そんな私の気持ちを察してか、彼は私の肩を力の入らない手できゅっと掴んで、大丈夫だと、そう言って笑い声を落とした。

 

「加賀……。どうか、自分を責めないでくれ……」

「──……」

 

 ……提督の身体が、どんどん冷たくなっているような、そんな気がした。

 声も掠れていて、喉はひどく炎症を起こしているのだろう。

 それでも彼は、表情が見えなくても笑顔でいることがわかるくらいに、明るく言葉を繋げた。

 

「加賀」

 

 私はだまったまま、彼の最後になるであろう言葉を一言一句、聞き逃さないように意識をすべてそちらへ向けた。

 

「きっと、バカなことだと、お前はそう思うかもしれないけれど……俺は、この戦争を終わらせて、艦娘(みんな)がずっと笑っていられるような……そんな優しい世界にしたかったんだ……」

 

 バカなことだなんて、思うはずがない。

 あなたがいつだって本気でそう思っていたことを。

 この鎮守府にいるみんな、誰もがそれを知っていた。

 あなたの優しい心は、すべての艦娘にちゃんと伝わっていた。

 

「……死んでも、お前たちを忘れないよ……。……だか、ら……俺のことは……安心して忘れて……──」

 

 全身に、鳥肌が立った。

 初めて戦場に出たときでさえ、平然と戦えたのに……今はなにより恐怖が私を支配した。

 もう会えない。もう話せない。

 そんな直視できない現実を目の前に、突きつけられた。

 

「みんなにも……直接伝えたかったな……。加賀……お前が、伝えてくれるか……?」

 

 〝俺と出会ってくれて、傍にいてくれて、支えてくれて〟。

 

 〝────ありがとう〟。

 

 背中に伝わっていた心臓の音が途切れたのと同時に、私の足もその場から動かなくなった。

 ただ立ち尽くし、あふれ出る涙は次々と地面を濡らす。

 

 ──とまらない。

 

 あなたの心臓も、私の足も……時間さえもとまってしまった気がするのに。

 

 頬を伝う涙だけは……とまってくれなかった。

 

 

 

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