「──……ッ!」
凄まじい爆音と衝撃に飛び起きた。
吹き飛ばされ、足もとに転がっていた時計は0237で針が止まっている。
「赤城、加賀! 無事か? 敵襲だ! すぐにここを離れろ!」
私たちが飛び起きたのと同じタイミングで、提督は私たちの部屋へ飛び込んできた。
急いで駆けつけてくれた提督に従い、私と赤城さんは鎮守府の外へと向かった。
「一体なにが起きているの? 他のみんなは無事なんですか?」
「わからない……。青葉たちのほうは鳳翔さんに任せたから大丈夫だとは思うが……」
次々と落ちてくる天井と、燃え盛る炎を避けてなんとか外へとたどり着き、振り返る。
見慣れた鎮守府はそこにはなく、寮舎は大きな炎に包まれていて、真夜中の闇を明るく切り裂いていた。
……私たちの帰るべき場所。帰りを待ってくれる人がいた場所。
そこはもう、原形をとどめてはいなかった。
「みんな無事か!? 全員揃っているか?」
「鳳翔さんが……アタシたちを庇って……」
ただ呆然と立ち尽くすだけの私は、その声にハッとなり意識を取り戻した。
そちらの方を見やると、泣きながら言葉を絞り出した朧を、提督がぎゅっと抱きしめていた。
「お前たちが無事でよかったよ。鳳翔さんは、まだ中にいるんだよな?」
嗚咽を漏らしながら、朧は何度も頷く。
漣も潮も曙も、みんな腕や足から血が出ていて、火傷の跡もある。
みんなを見ていてあげてくれ、そう言った提督の指示に従い、私は彼女らの手当てをした。
「──テイトク! 気持ちはわかりますが、こらえてくだサイ!」
彼女らにつきっきりでいた私の背後で、いつもと全く違う、荒立った金剛の声が響いた。
驚きそちらに目をやると、火柱をあげ今にも崩れそうな寮舎に戻ろうとしている提督と、それを必死に押さえる金剛の姿があった。
「離してくれ……一刻を争うんだ! 鳳翔さんが……鳳翔さんが……ッ」
「テイトクまで死ぬ気ですカ!」
私は、とめどなくあふれ出てくる涙を抑えられなかった。
今の彼には鳳翔さんしか見えていない。
きっと、取り残されたのが誰であろうと彼は同じ選択をするだろうけれど、それでも……わかってしまった。
彼には──なによりも誰よりも、鳳翔さんが必要なのだと。
自分の命すら惜しまないほどに、鳳翔さんを愛しているのだと、それがわかってしまった。
私たちを残すことになったとしても……私たちの……鳳翔さんの心にさえ大きな穴を開けることになろうとも、彼の気持ちは揺るがないだろう。
「お願い……行かせてあげて……」
「加賀!? あなた、なに言って──」
「お願い……、……します……」
ぽろぽろと、情けないくらい涙を流してしまった私を見て、金剛は提督を離した。
──きっとこの人はとまらない。
どれだけ押さえつけようと、とめられない。
その先に、後悔だけが待っているのだとそれをわかっているのに……それがあなたの選択だというのなら、
「ごめん、ふたりとも……。それから、ありがとう。……赤城たちと一緒に、みんなを守ってやってくれ。敵はまだ近くにいる。俺は、必ず鳳翔さんを連れ帰るから」
────私は、それに従います。
「鎧袖一触よ……心配いらないわ」
──それからどれくらいの時間が経っただろう。
敵の深海棲艦たちを退け、消火活動を行いながら、提督と鳳翔さんの帰りを待った。
今まで待っていてもらうばかりだったから、知らなかった。
待つことが……こんなにも怖いことだったなんて。
「提督……ッ!」
ようやく、鎮圧し始めた寮舎から鳳翔さんを抱えて出てきた提督は、全身に火傷を負っていて、頭から多量の血を流していた。
「加賀……俺……」
私に鳳翔さんを預け、そのまま地面へと倒れ込む。
その肩を抱き上げ、必死に叫んだ。後悔を振り払うように、間違いじゃなかったと言い聞かせるために。
私の選択も、あなたの選択も。
なにひとつ間違っていなかったと、そう言い聞かせるために。
「提督!」
「俺のことはいいから……早く鳳翔さんを、ドックに……」
「私が連れて行きます! 加賀さんは提督をお願いします!」
言って鳳翔さんを抱き抱えた赤城さんにこくりと頷いて、私は提督を背負って走り出した。
「提督、しっかりしてちょうだい。すぐ医療施設に連れて行きますから……お願いだから、死なないで……」
ひとりごとのように、縋るように、祈るように。
とにかく話しかけていなければ、今にも提督が死んでしまうのではないかと、不安だった。
そんな私の気持ちを察してか、彼は私の肩を力の入らない手できゅっと掴んで、大丈夫だと、そう言って笑い声を落とした。
「加賀……。どうか、自分を責めないでくれ……」
「──……」
……提督の身体が、どんどん冷たくなっているような、そんな気がした。
声も掠れていて、喉はひどく炎症を起こしているのだろう。
それでも彼は、表情が見えなくても笑顔でいることがわかるくらいに、明るく言葉を繋げた。
「加賀」
私はだまったまま、彼の最後になるであろう言葉を一言一句、聞き逃さないように意識をすべてそちらへ向けた。
「きっと、バカなことだと、お前はそう思うかもしれないけれど……俺は、この戦争を終わらせて、
バカなことだなんて、思うはずがない。
あなたがいつだって本気でそう思っていたことを。
この鎮守府にいるみんな、誰もがそれを知っていた。
あなたの優しい心は、すべての艦娘にちゃんと伝わっていた。
「……死んでも、お前たちを忘れないよ……。……だか、ら……俺のことは……安心して忘れて……──」
全身に、鳥肌が立った。
初めて戦場に出たときでさえ、平然と戦えたのに……今はなにより恐怖が私を支配した。
もう会えない。もう話せない。
そんな直視できない現実を目の前に、突きつけられた。
「みんなにも……直接伝えたかったな……。加賀……お前が、伝えてくれるか……?」
〝俺と出会ってくれて、傍にいてくれて、支えてくれて〟。
〝────ありがとう〟。
背中に伝わっていた心臓の音が途切れたのと同時に、私の足もその場から動かなくなった。
ただ立ち尽くし、あふれ出る涙は次々と地面を濡らす。
──とまらない。
あなたの心臓も、私の足も……時間さえもとまってしまった気がするのに。
頬を伝う涙だけは……とまってくれなかった。