「航空母艦、赤城です。空母機動部隊を編成するなら、私にお任せくださいませ」
「──赤城さん! 結婚してくれ!」
「な、なんですかいきなり!?」
初対面でいきなり抱きつこうとしてきた男の人の顔を咄嗟に掴み、押し返した。
ありえない。一体なんのつもりなのだろうか、この人は。
常識というものが欠落しているのだろうか。
「おお……見かけによらず乱暴なんだな……」
どうやらこの変た……この方はこの鎮守府の提督らしい。
どこからどう見ても変た──変人なのだが、困ったことに提督らしい。認めたくはないが。
「いや、ほんと悪かったって。君がうちに来た初めての正規空母だったからさ、ほら、つい舞い上がっちゃっただけなんだよ。だから機嫌直してくれよ、な?」
「べつに気にしていませんが初対面の艦娘相手にそういった行為は避けるべきだと思いますよ。提督である自覚を持っていただかないと困ります」
「悪かったよ。お詫びにたい焼きでもご馳走するから」
「まあ! たい焼き!」
たい焼きはとてもよいものです。
中にはたっぷりと餡子が入っていて……って、食べ物で釣られてはだめよ。
それにしても、もので釣ろうとするその精神も、ひどく気に入らない。
こんな男が提督で、本当にこの鎮守府は大丈夫なのだろうか。
着任して早速ではあるが、異動の打診も考えておくべきなのかもしれない。
「ついでにうちの艦娘たちも紹介するよ」
まったく信用できない提督に連れられ、鎮守府の食堂へとやって来た。
普通じゃない人間が提督を務めているこんな鎮守府に、まともな艦娘がいるのだろうか、という私の不安は目の前で笑顔を浮かべている彼女によって簡単に拭い去られた。
「こちらが鳳翔さんだ。今はもう前線には立っていないが俺の中で鳳翔さんは最高の艦娘でありいつか膝枕をしてもらいながら耳かきを……」
「航空母艦赤城です! お会いできて光栄です!」
気持ちの悪い提督の言葉を途中で遮り、鳳翔さんの両手をきゅっと握った。
嬉しい。ずっと尊敬していた鳳翔さんにこんなところで会えるなんて、思ってもみなかった。
「あら、そんなふうに思ってもらえるなんて、私の方こそ光栄ですよ」
ふわりと花が舞うように、やわらかく笑った鳳翔さんの笑顔は、イメージと違ってとてもかわいらしいものだった。
まさか、これから鳳翔さんとともに過ごせるなんて、夢のようだった。
提督という変な男がいるのは誤算だが、それを差し引いてもお釣りが来てしまうくらい、鳳翔さんの存在は大きかった。
「ほ、他にも吹雪とか球磨とか何人かいるんだけど、今は出撃していていないからあとで……ってまったく聞いてませんねこの子……」
隣で提督がぶつぶつとなにか言っているようだったけれど、目の前の鳳翔さんに気を取られてまったく耳には入ってこなかった。
──それから少し経ったある日、加賀さんがやってきた。
「航空母艦、加賀です。あなたが私の提督なの? それなりに期待はしているわ」
「加賀さん!!」
「な、なんですかこの人!」
私のときと同じく、出会い頭に抱きつこうとした提督の頭を掴んで押し返す加賀さんを見て、深くため息をついた。
どうしてこの人は同じことを繰り返すのか。
もういっそのこと憲兵に突き出してしまった方がいい気がするのだが、そんな提督を見つめる鳳翔さんの優しい瞳が、私の思考を鈍らせる。
「どうしてこんな人が……」
どうして、鳳翔さんに好かれているのだろうか。
いくら鳳翔さんが綺麗でかわいらしくて、優しくて上品でおだやかだといっても、こんな人を好意的に見ていることが信じられなかった。
もしかして鳳翔さんの心は海よりも広いのではないか。だとすれば納得はいく。
まあ私の心はペットボトルのキャップ一杯ぶんくらいなので、この人を好意的に見ることは絶対にないのだが。
「……」
その後も青葉さん、金剛さん、榛名さんとどんどん人数が増えていき、最初はまだ少し寂しかった鎮守府もいつしか騒がしいくらいになっていた。
「テイトクゥー! 書類なんて放っておいてワタシとティータイムにするネー!」
「ゔっ! ……お、お前は何度言やぁわかんだよ! それ痛いからやめろって! いやまじで! 本当に!」
「ワタシの愛をしっかりと受けとめてほしいデース!」
そう言って提督に抱きつき、頬擦りをする金剛さんになんとか抵抗する提督。
〝ご主人様ったら、やめろと言っておきながらどうして少し嬉しそうなんですか?
金剛さんも私のご主人様にあんなに抱きついて……。許せないわ、秘書艦である私を差し置いてこんな……〟。
「あの、漣さん……。私のうしろで変なことを言うのはやめてください……」
「あは、バレちゃいましたかー」
「言っておきますが、私は提督に好意を抱いたりはしていませんよ」
そもそも金剛さんたちも提督のどこに惹かれているというのだろうか。
悪い人ではないということはわかったのだけれど、いつもふざけてばかりだし、仕事も途中で投げ出したりするし……。
「あれのどこがいいのかしら……?」
小さく呟いた私の声は、金剛さんたちの騒がしい声にかき消された。
「……」
ふと、目が覚めてしまい身体を起こした。
壁にかけられた時計は0320を少し過ぎたところに針がきている。
なんだか眠れなくなってしまい、水を飲みに食堂へと続く廊下を歩いていると、執務室から明かりがもれているのが見えた。
「……」
はあ、とため息をついて、執務室へと行き先を変えた。
明かりを消し忘れて自室に戻ってしまったのかと呆れて執務室の扉を開くと、眉を顰めて書類を見つめている提督の姿が目に映った。
「……おお、こんな時間にどうしたんだ赤城」
「いえ……明かりがついていたので気になって……。提督の方こそこんな時間までなにをされていたのですか?」
問いかけると、提督は苦笑を浮かべた。
それから手にしていた書類を置いて、背もたれに身体を預ける。
「最近、お前たちが被弾することが増えたからな。もっと安全な作戦や編成を考えていたんだ」
「そう、ですか……」
おかしい。私が知っていた提督は、こんな時間まで起きて仕事をするような人ではなかった。
毎朝私が起こしに行かなければ起きてこないし、あと5時間……などとわけのわからない駄々をこねるし。
そういえば、彼の顔をまじまじと見たことがなかったので、ようやく気づいたのだが、目の下にクマができている。
まあ、こんな時間まで起きているのだからそれは──
「ってもしかして毎日こんな時間まで起きていたのですか!?」
「あー、いや……毎日じゃ、ないぞ。いやほんとほんと」
提督がうそをついているときはとてもわかりやすい。
つい笑ってしまいそうになるくらいに目を右往左往と泳がせるから。
絶対に目があわないし。
──私が提督を起こしにいく時刻は0630だから、提督は毎日3時間ほどしか睡眠をとっていないということになる。
「はあ……」
ため息をついた私に、提督は口もとを引き攣らせる。
その表情はまるで母親にいたずらがバレてしまった少年のようで、私はゆるむ口もとをきゅっと引き結んだ。
「もしかして、怒ってます?」
「あたりまえです。もう少し、私たちを信用してください」
「……信用してないわけじゃないんだ。ただ……誰も失いたくないんだよ」
今までの態度と違い、少し低い声音で俯きがちに言った提督の表情は、伸びた前髪で隠れてよく見えなかった。
「本当は、できることなら、もう傷ついて帰ってくるお前たちを見たくない。いつ沈んでしまってもおかしくないような場所にお前たちを送り出しているのは俺自身なのに、そんな矛盾したことをいつも思っている。だからせめて、俺にできることはなんだってしたいんだ。睡眠時間くらいいくらでも削る」
言って、ようやく顔をあげた提督の瞳を、私は初めてしっかりと見つめた。
今までは彼がどんな顔をしているかとか、おぼろげにしか把握していなかった。
どうでもよかったからだ。
嫌いだとか、そういう感情ではない。
ただ提督がどんな人間であれ、私たちのやるべきことは変わらないから。
気にしたこともなかった。
ただ────
「そんな俺は、気持ち悪いか?」
揶揄うように、いたずらに笑いかけてくる彼の瞳は、私が尊敬する鳳翔さんと同じくらい、綺麗だった。
「──……いえ、」
とくとくと、規則正しく脈打っていた心臓が、どくどくと騒がしくなっていく。
──ああ、提督はこんな顔をしていたのかと、そんなことを頭の中で考えていたせいで、言葉が詰まる。
いつものだらしない提督はどこへ行ってしまったのだろうか。
とても綺麗なその瞳に、私の心は釘づけになってしまった。
「ええと、だからこれを、君に贈りたいんだが……」
なにやら提督は複雑そうにうしろ髪をいじりながら、もう片方の手でポケットから小さな箱を取り出した。
「これは?」
「ケッコン指輪だ」
「はい!?」
たしかに提督を見直しはしたが、それは今の今だ。
私と提督はまだそんな仲ではないし、それにこういうものはもっと順序というかなんというか、とにかくそういうものがあるだろう。
「ちょっとまってくれ、違うんだ。これはそういうのではなくて──」
熱くなった頬をぱたぱたと手で扇ぎながら、むっとした表情を作った私に、提督は慌てて弁明を始めた。
〝ケッコンカッコカリ〟。
ふざけた名称であることは置いておいて、大本営から正式に支給されたものであるのだと、提督は説明を続けた。
簡単に言えば、艦娘の性能を底上げさせる装備品らしい。
「……」
「……お前の言いたいことはわかる。俺だって同じ気持ちだ。なんで指輪なんだよとか、ケッコンってなんだよとか、色々と思うことはある」
私のうんざりした表情を見て、提督も同じような表情を浮かべていた。
「それでもな──」
はあ、とひとつため息を落とした提督は、一変して真面目な顔つきで、深く私の瞳の奥底を覗き込むように視線をぶつけてきた。
「それでも、さっきも言ったが俺はなんだってする。少しでもお前たちが無事に帰ってくる確率が上がるなら、指輪だろうがケッコンだろうが、なんだって構わない」
深く椅子に腰かけていた提督は立ち上がり、ゆっくりとこちらへ向かって歩いてくる。
その真剣な眼差しが熱すぎて、私は一歩うしろへ下がった。
とん、とすぐに背中が真後ろの扉にぶつかって、私はそれ以上下がれなくなった。
「だから、受け取ってほしい」
私の目の前まで歩いてきた提督は、逃げ場を失った私の左手をそっと取って、私の薬指を親指で撫でた。
──どくどくどくどく。うるさいくらいに、鼓動が鳴りやまない。
わかっている。所詮はカリだ。特別な意味なんてないことくらい、理解できているはずなのに。
「俺とケッコンしてくれ、赤城」
右手で口もとを押さえながら、なぜだかあふれそうになる涙をぐっとこらえて、私はただだまってこくりと頷いた。
意味はない────それでも、私の薬指に指輪をそっと嵌めた提督の仕草に、あふれた様式美が、ただただ嬉しかった。
「……絶対に沈んだりするな。ずっと、俺の傍にいてくれよ。赤城」
「──……はい」