「探し物は、本当の司令官……だったな」
「ようやく見つけてくれる気になったんですか?」
波止場に腰をおろして、投げ出した両足をぷらぷらと動かしていたわたしの背中から、懐かしい声がかけられた。
あの日失ってしまった──あの日からずっと聞きたかった、あたたかい声が。
「ああ、待たせてすまなかった。本当に……長い間……」
「……昨日、久しぶりに赤城さんと加賀さんの笑顔を見ました。司令官はやっぱり凄いです。青葉、尊敬します」
「俺が凄いわけじゃないよ。……時雨は、こんな俺の傍にいてくれて、荒潮は俺に救われたと言ってくれた。瑞鶴と翔鶴は俺を信じてくれて──鳳翔さんは俺を理解してくれていた」
「それは、司令官だったからですよ」
言って立ち上がり、ズボンについた砂を払ってからそちらを振り返った。
「みんながくれたものがあるから、俺は今こうして君と向き合うことができたんだ」
「……あはっ。……司令官はやっぱり、凄いなあ」
まっすぐにわたしを見つめた司令官の瞳は、あの日のまま、色褪せていなかった。
────綺麗な瞳。
わたしが大好きで、手放してしまった輝き。
ずっと探し続けていたものが、今日やっと見つかる気がした。
× × ×
「ども、恐縮です、青葉ですぅ! 一言お願いします!」
「……ええ、なにこの子超かわいいんですけど」
着任早々、加賀さんに首根っこを掴まれたまま、まるで腐った魚のような目でそう言った司令官に戸惑いは隠せない。
艦娘と司令官……本来の立場が逆転してしまっているような気がする。
というかこの人は本当に司令官なのだろうか。
うぅん、あまりに司令官らしからぬ……なんというか、威厳がまったくないというか。
「ええと、とりあえず……どういう状況ですか?」
「気にしないでちょうだい。この男は艦娘を見ると誰彼構わず抱きついてしまう病気だから、私が見張っているの」
「おい、俺が節操無しの変態みたいに聞こえるじゃないか。訂正しろ」
「なになに? なんの話ですか!?」
「おお、めっちゃグイグイくるね……」
なんだか頼りなさそうな司令官だけど、とっても楽しくなりそう!
「司令官、青葉……見ちゃいました!」
わたしが着任してから数ヶ月が経ち、司令官のことも他のみんなのこともある程度わかってきた頃、わたしはとんでもないスキャンダルを手に入れた。
その特ダネをもって執務室に駆け込むと、今にも干からびてしまいそうなくらいしおれながら執務をこなしている司令官がいた。
「なにを見たんだよ……。ていうか今月は君が俺の秘書艦だよね? どうして執務手伝ってくれないの? どうして……」
また、腐った魚の目をしている……。
けど、そんなことはお構いなしに、わたしは言葉を繋げた。
「なんと! あの加賀さんが街中で、司令官なんかとはまったく違ってもの凄く格好いい人とお茶してたんですよ! 事件ですよ!」
「へー、そりゃすごいや……って、マジで!? ていうか今俺のことディスった?」
「その人は軍帽に軍服……見たところ他の鎮守府の司令官ですよ!」
「う、うそだ……。そんなわけない……」
机に突っ伏し、真っ白に燃え尽きた司令官の背後からは魂が抜け出ていた。
「ふふん、諦めるのはまだ早いですよ司令官! こうなったら、青葉たちで直接真相をたしかめにいきましょう!」
「……そうだな。よーし! うちの加賀をたぶらかすやつは極刑だぞ!」
「そうだそうだ!」
ふたりして、大いに盛り上がる。
握った拳を高くかかげて、大きな声で叫んだ。
司令官の目がマジなのは置いておいて……。
さぁー! 青葉も追撃しちゃうぞ!
「見てください司令官、あの人ですよ」
翌日、司令官とふたりで加賀さんのあとを追い、昨日と同じ男の人と会っているところを目撃した。
喫茶店の、外にあるテラス席に向かい合ってお茶を嗜む加賀さんたちの姿を、少し離れた草陰から覗き見て、相手の男を見定める。
「へえ、加賀はああいう男が好きなのか。へえ、ふーん、俺はああいう爽やかぶったイケメンってほんと大嫌いなんだけどなあ。なるほどなるほど、そうですか。加賀はあれがねえ、へえ」
隣でぶつぶつと、まるで呪文のようになにかを言っている司令官を無視して、わたしはカメラを構えた。
「おいおい、見てくれよ青葉。ほら、加賀のあの
「いやいや、いつもの加賀さんと同じにしか見えないですよ……。ていうかあの男の人、なんだか司令官に似ていませんか?」
「なに言ってんだよ、似てねえよ。ていうかお前が言ったんだろ。俺なんかとちがって格好いいって」
「えー……まだ根にもってたんですかそれ。……うぅん、顔もなんとなくなんですけど、仕草とか? 雰囲気とか?」
「けっ、なんだそりゃ。俺はあんないかにもイケメンですみたいな仕草したことねえよ」
「……」
司令官の凄いところその1。
加賀さんの表情を見わけられるところ。
わたしにはまったく違いがわからないけれど。
まあ、未だに隣でぶつぶつと文句を言っている司令官は放っておいて……。
──わたしは加賀さんに向けてカメラを構え、シャッターを押した。
パシャリ。
それは、普通の人だったらわからないくらいの小さな音。
こしょこしょと話すわたしたちの声よりは、少しだけ大きかったかもしれないけれど。
「あ、青葉ちゃん? 加賀さん、なんかめっちゃこっち見てない? 俺の気のせいかな? あれ、なんかめっちゃ目があってる気がするんだけど……」
「敵は、まだこちらに気づいてないよ!」
「いやバレバレなんだよなあ……」
そのあとは予想通り、加賀さんに捕まって鎮守府に戻ってから地獄のお説教タイムが始まった。
加賀さんの些細な表情を見わけられる自信はわたしにはないけれど、怒っているときのそれは一目瞭然だった。
眉間に皺を寄せて、いつもより数倍鋭い目つきになっているから……。
「青葉だけではなく提督、あなたまで一緒になってなにをしているのかしら? 見たところ仕事もまったく終わっていないのだけど、余程余裕があるのですね」
ガミガミガミガミと、わたしたちは数十分怒られ続けた。
目をあわせないように、しゅんと俯いたまま。
そうしてなんとかやり過ごし、加賀さんのお説教も終わりかけた頃、少し不服そうに司令官はぽつりと言葉をこぼした。
「お前がヨソの鎮守府に行くって言い出したらどうしよう……って思うと、心配でいてもたってもいられなくなったんだよ……」
その言葉に、加賀さんの頬が赤くなる。
先ほどまでずっと怖い顔をしていたのに、一瞬で、仕方のない人だとでも言いたげに、その表情はやわらかくなった。
「あれは……二航戦のふたりが私と赤城さんに会いたいと言っているから今度会ってくれないかと、そう頼まれただけよ」
「……なんだよ、それ。めちゃくちゃ心配したんだぞ」
「……そ、そんなに心配でしたらこれからずっと私を秘書艦にして傍においていればいいのではないですか? 私はべつにあなたがそう望むと言うのであればそれでも構わないのだけれど」
「いやいや、さすがにそこまで負担はかけられないよ」
「…………ッ! 大概にしてほしいものね」
またしても、一瞬で加賀さんの表情は変わり果て、ぷんすかと怒ってその場から去っていってしまった。
「青葉ちゃん? 俺、どうして叩かれたの……?」
赤くなった頬をさすりながら、涙目で訊ねてきた司令官に思わずため息が出てしまった。
加賀さんじゃなくても、今のは誰でも怒る。
──司令官の凄いところその2。
あれだけの好意を向けられて気づかないところ。
「自分で考えてください……」