──わたしがこの鎮守府に来てから1年が過ぎたある日、事件は起きた。
「あ、青葉のカメラが……!」
レンズも画面も割れていて、ボタンを押してもなにも反応しなかった。
そんな壊れたカメラを持ってきたふたり──電ちゃんと暁ちゃんは真っ赤に腫らした目もとを隠すように、しゅんと俯いていた。
「ごめんなさい……。電の、せいで……」
「違うの……! 暁が……電を追いかけたりしたから……」
どうやら電ちゃんと暁ちゃんがふざけて追いかけっこをしていたときに、棚にぶつかった拍子に落っこちて壊れてしまったらしい。
ぽろぽろと涙を流して謝るふたりに、わたしの罪悪感が限界突破した。
ふたりの頭を撫でながら、少しも怒っていないということを伝えるために、できる限り明るく、にっこりと笑顔を作ったが、あまり効果はなかった。
「あんなところに置いていた青葉も悪いんです。だから、青葉もごめんなさい」
ひとつ息を吐いて、苦笑を浮かべてそう告げると、彼女らは余計に泣き出してしまった。
「青葉さんは悪くないのです……。電が……」
「ううん……暁のせいだわ……」
……こういうとき、司令官ならどうするのだろうか。
あいにく司令官は鳳翔さんと備品の買い出しに出ていて、いてほしいときにばかりいない司令官へ、心の中で愚痴をこぼした。
「ああっ! ふたりとも泣かないでください! そ、そうだ! 一緒に甘いものでも食べにいきましょう! 青葉がご馳走しちゃいますよ!」
ぽんと手を打って、そう提案したが、やはりふたりはすぐには泣きやんでくれなかった。
結局、ふたりが泣きやむまでに十数分ほどかかってしまったのだが、たまたま通りかかった間宮さんが事態を把握して、急いでホットココアを作って持ってきてくれた。
それを飲んでようやく笑顔になってくれたふたりを見て、ほっと胸を撫で下ろす。
小さい子に泣かれちゃうと、胸が痛くなっちゃうのでやめてほしい。
× × ×
「カメラ、壊れたんだって?」
波止場に腰を下ろして、俯いていたわたしの背中にようやく声がかけられた。
カメラが壊れたのは昼前のできごとで、今はもうすっかり日は暮れて、あたりは薄暗くなっている。
苦笑したまま司令官はわたしの隣に腰を下ろし、元気出せよ、と呑気に言った。
肝心なときにいてくれなかった司令官に、逆恨みだとは理解しつつジト目を向けて応える。
「……悪かったよ。大変だったみたいだな」
「大変でした。司令官が思っているよりもずっと」
「ごめんって」
ぽんぽんとわたしの頭を叩いて、司令官は微笑した。
そんな司令官を横目に、放り出していた足を身体に寄せて、膝を抱き抱えて大げさに落ち込んでいるアピールをする。
「……ちょっぴり悲しいです。大切な思い出がいっぱい詰まっていたから」
「……また買ってやるから、そんなに落ち込むなよ」
頭に触れていた手を少し乱暴に動かして、司令官はわたしの髪を乱した。
その手をそっと払いのけて、乱された髪を手櫛で整えながら、わたしは言葉を繋げた。
「あれは、青葉がこの鎮守府に来て……初めて司令官がくれたものだったから……」
──誰かの話を聞くのが好きだった。
いろんなことを質問して、答えてくれたものを記録するのが好きだった。
そんなわたしに、司令官はカメラを買ってくれた。
文字だけでなく、これがあればそのときの表情まで記録できるのだと、嬉しそうに笑って。
その日からわたしは、スクープ、スキャンダル。それから日常のありふれた瞬間を切り取って記録に残し続けた。
みんなとたくさん、色んなことをした。
色んなところに行って、色んな写真を撮った。
それは色褪せることなく記録として、ちゃんと形に残っているけれど──やっぱり司令官から初めてもらった贈り物は、壊れてほしくなかった。
「それもさ、きっと〝思い出〟なんだよ」
「……?」
司令官の言っていることが、言いたいことがわからなくて、ことりと首を傾げた。
「きっと、長い人生だ。そりゃあ、いいことばかりじゃないって」
言って、司令官は口の
その表情はいつも見ているハズなのに、なぜだか、とくべつ綺麗に見えた。
司令官の瞳の中に落ちた月明かりが、わたしを照らすようにきらめいていた。
「これからもっと色んなことを経験するだろう。いいことも、悪いことも。きっとたくさん増えていく。──だからさ、悪いことばかりを切り取って悲しむんじゃなくて、ぜんぶ思い出に変えていくんだ」
「……でも、悲しいものは悲しいですよ」
「わかってる。落ち込んだり、立ちどまってしまうことは悪いことじゃない。でもさ、そのすべてを受け入れて、いつの日か──いつまで経っても昨日のことのように思い出せて笑い話にできたなら、それはとてもロマンチックなんじゃないか?」
そう言って微笑した司令官に、不思議な感覚を覚えた。
とくんと、鼓動が跳ねる感覚。
「ほら、見ろよこの星空」
夜空を指した司令官の指の先をなぞって、わたしは俯いていた顔をあげた。
「──……」
今まで、あまり気にしたことがなかった。
いつも立っているこの場所から見上げた夜空には、星たちがひしめきあっていて、少し離れたところにはひときわ大きな月が浮かんでいる。
わたしたちの頭上に、いつもこんなにもロマンチックな星空があったなんて。
「大切なものが壊れた悲しい夜に、こんな綺麗な星空を見上げたこと──ちゃんと記憶しておけよ」
月明かりに照らされた司令官は、無邪気に笑った。
悪いことばかりじゃないだろう? そう言って。
「ほら、あれだ。ええと、人生万事なんとかの馬、みたいな?」
「人生万事塞翁が馬って言いたいんですか? しかもそれ、なんか少し違う気がしますけど」
ああ、それそれ、馬ってほんとかわいいよな、と下手くそな誤魔化しかたをする司令官にジト目を向ける。
本当に、この司令官は締まらない。
けれどそこがらしくて、かわいくて────愛おしいのだと、そう思った。
「……カメラ、また買いに行こう。電と暁に出させるのは心苦しいから、費用は金剛の給与から天引きしておくよ」
「うわ、まじで最低ですね。ていうか普通に犯罪ですよそれ」
「やっぱりだめ?」
「あたりまえです」
変わらず目を細めたまま、窘める。
司令官は気まずそうに目を逸らしたけれど、やがてふっと、小さくふきだした。
「──元気出てきたか?」
「……はい。おかげさまで」
わたしも、つられて笑った。
──第一印象は変な人で、頼りない司令官だった。
それは今もあまり変わりはしないけれど、今はそこに、わたしの大好きで大切で、愛おしい人という感情が加わっている。
「……ありがとうございます、司令官」
「なに、気にするな。お礼は金剛に言ってくれ。遠慮するなよ、一眼レフでもいいからな?」
「あ、それ本気だったんですね」
──やっぱり、変な人。