「高速戦艦、榛名、着任しました。あなたが提督なのね? よろしくお願い致します」
「……は、榛名ぁ!!」
「ええ!?」
急に私の両手を握って大声をあげた提督に、私も戸惑ってしまい大きな声をあげた。
これは……歓迎されていると受け取ってもいいのだろうか。
「結婚してくれ榛名! 俺が幸せに……、ゔぇっ」
なんの脈絡もなく求婚してきた提督を、加賀さんは首根っこを掴んで引き剥がし、呆れたようにため息をついた。
隣でその様子を、まるでいつものことのように鳳翔さんは苦笑を浮かべて見守っている。
未だに、状況が理解できずおろおろと戸惑ってしまう。
「少し目を離した隙に……どうしてあなたはいつもいつも……」
「ちょ、加賀……首が、締まって……るん……ですけど……」
次第に提督の顔が青白くなっていき、なにやら口から魂のようなものが抜け出て行くのが見える気がした。
「あ、あの……提督が死んでしまいます!」
「心配いらないわ。それよりごめんなさい、榛名。着任早々私の提督が迷惑をかけてしまいましたね」
ぺこりと頭を下げて、加賀さんはそのまま提督を引き摺っていった。
呆気にとられているうちに、私はその場に取り残されてしまう。
隣の鳳翔さんは申し訳なさそうに「ごめんなさい」と苦笑した。
「い、一体どういうことですか……」
「……ええと、提督は、決して悪い人ではないのですが、その……」
気まずそうに困り眉を作って、鳳翔さんは頭の中で言葉を選んでいるようだったが、提督をあらわす最適な言葉が見つからないのだろうか。
なにかを口にしようとしては、すぐに閉ざしてしまう。
「……なんとなく、わかる気がします」
「まあ! 本当ですか?」
「はい。ここにくる途中で駆逐艦の子たちや、いろんな艦娘に会いましたが、みんなとても楽しそうに、活き活きとしていました。……愛されているのだな、と。そんなふうに感じました」
そう告げると、鳳翔さんはやわらかく微笑した。
この人や、さっきの加賀さんを見ても、それは感じとれた。
もちろん上官としての威厳や、規律は大切にされるべきものであり、それを悪だとはまったく思わない。
けれどきっと、ここの提督は、それよりも大切なものがあるのだと、そう考えているような気がした。
「榛名さんは、優しくてとてもよい子なのですね」
そう言って、まるで我が子を慈しむような、そんな目を向けてくる鳳翔さんの笑顔がくすぐったくて、私は苦笑した。
まさか、子ども扱いされているのだろうか。
そう思ったけれど、不思議と嫌な感じはしなかった。
その後、鳳翔さんが執務室へと案内してくれて、そこにはきりりと眉をあげた提督と、未だ不機嫌そうな加賀さんが待っていた。
「先程はうちの加賀が失礼した。改めて、これからよろしく頼むよ」
「失礼したのはあなたでしょう……」
隣で不満をもらす加賀さんを無視して、提督は言葉を繋げた。
「で、早速なんだが俺がこの鎮守府を案内してあげよう」
「まあ、よいのですか?」
「だめよ。提督、あなたにはまだやるべき仕事がたくさん残っているでしょう? わざわざ今から案内しなくても明日でも問題ないはずです。そもそも鎮守府を案内するだけならべつに提督じゃなくても私や青葉でいいはずですがなぜあなたが自らその役目を買って出るのでしょうか」
「めっちゃ早口だな……」
提督自ら、という嬉しい申し出だったのだが、加賀さんは不服らしい。
まあ、加賀さんの言っていることは間違っていない。
「え、ええと……榛名はどうすれば……?」
「安心しろ榛名。美少女──……艦娘の面倒を見るのは提督としてあたりまえのことだ」
「は? 今美少女がどうとか言いかけましたか?」
「言ってないよ?」
ケンカするほど仲がいい、みたいなものだろうか。
提督と加賀さんは相変わらず言い合っている。
「加賀、お前はわかってないんだ。見ろ、榛名のあのルックスを。顔、声、性格、スタイル。どれをとっても200点満点だろうが。今ここで榛名の好感度を稼がなくてどうすんだ」
「あ、あなたという人は……」
得意げに語る提督に、ギリギリと歯を噛み締めて怒りをあらわにする加賀さん。
私の目の前で私のことを存分に褒められて、頬が熱くなるのを感じた。
私は俯きながらぱたぱたと手で顔を扇ぎ、小さく息を吐いた。
せめて、私のいないところでやってほしい……。
「ちなみにこれ以上俺の邪魔をすると、赤城の晩飯を抜きにする」
「んなっ!? それは聞き捨てなりませんよ提督! 私が一体なにをしたと言うのですか!」
どこから聞いていたのか、突然執務室の扉を開けて入ってきた赤城さんは提督に詰め寄っていた。
「そうだよな、許せないよな。だから赤城。加賀をとめてやってくれ」
「──加賀さん! 考え直してください。どうせ提督はフラれるのですから、ここで意地を張る必要はないはずです」
「おーい、赤城ちゃん? そういうのはせめて俺がいないところで言おうね? おい、聞いてるか、赤城」
ぎゃいぎゃいと3人で揉めていたが、ようやく話はついたのか、加賀さんはしぶしぶといった表情で執務室をあとにした。
去り際に、提督の頬をつねっていった。
そのあとに続いて赤城さんも執務室を出て行った。こちらも、去り際に提督の頬をつねっていた。
「というわけで、明日は外に出かけよう」
両頬を赤く腫らした提督は、極めてまじめな表情を作って言った。
「なにか用事でもあるのですか?」
「いいや、とくに用事はないな」
「でしたら演習や出撃に……」
「デートだよ、榛名。俺とデートしよう」
私の言葉を遮った提督は、そんなことを言った。
表情があまりにまじめなので、ふざけているのか判別がつかない。
どちらにせよ、私たち艦娘は戦うための存在だ。
デートなどしている暇はないし、そんなことをしている間にも深海棲艦たちは──
と、そんな考えを見透かされたのか、提督は苦笑した。
「君の気持ちはわかるよ。赤城や加賀も初めはそうだったんだ。気持ちばかりが前に出て、被弾することが多かった。……傷ついて帰ってくるあいつらを見ると、どうしても怖くなってしまうんだ」
遠くを眺め、小さく息を吐く。
やがてこちらを向いた提督の瞳は、とてもまっすぐに私を捉えていた。
「誰ひとり欠けることなくこの戦いを終わらせる。それが俺の願いなんだ。……だから、焦らずいこう」
「……ですが、」
「君を必要としてないわけじゃない。この先必ず君の力が必要になるから、だから最初からがんばりすぎてほしくないんだ」
だから、まずは俺のことを知ってほしいし、君のことを教えてほしい。
そう言って微笑した提督に、それ以上私は意見できなかった。
この人を信じたい──そう思ったから。
「……わかりました。榛名、がんばります!」
「あれ、俺の話聞いてた?」
──翌日、約束通り提督とデートをした。
街まで出かけて、甘味処と書かれた店に入り、提督がお気に入りだと言うフルーツ白玉あんみつと、ほうじ茶をごちそうになった。
そのあとは呉服屋に入り、着せ替え人形のように、着物を数着試着させられた。
どれを着ても提督は「かわいい」、「綺麗だ」、「結婚してくれ」と私を褒めそやす。
もったいないと断ったのだが、結局提督は私に、真っ白な無地の着物と桜の花びらが刺繍された帯を買ってくれた。
榛名だから春。だから桜、と笑顔でよくわからないことを言っていたが、私は「そうなのですね!」と返した。
× × ×
──やがて冬が過ぎ、桜が散って……暑い夏がやって来た。
花火を持ってはしゃいでいる金剛お姉さまや駆逐艦のみんな。
蛇玉という花火に少し驚き戸惑っている加賀さんとそれをくすくすと可笑しそうに見ている赤城さん。
そんなみんなを写真に撮っている青葉さんと、スイカを切って渡してあげている鳳翔さん。
……この鎮守府に来られてよかった。
少し遠くからそんなことを思ってみんなの姿を眺めていると、うしろから声をかけられた。
「榛名もどうだ? こういうの好きそうだと思って線香花火持ってきたんだけど」
「……提督。ありがとうございます」
手渡された線香花火を受け取り、蝋燭に近づけた。
すると提督はふっと息を吐いて、目を細めて微笑した。
「榛名、逆だよそれ」
私が持つ花火を取り上げて、提督はもう一度私に花火を手渡した。
「こっちに火をつけるんだ」
そう、教えてくれた。
「古来より、線香花火と勝負は切っても切れない間柄にあるんだ」
「勝負……ですか?」
「そ。先に火が消えた方が負け。負けた方が勝った方の言うことをひとつきく。受けて立つか?」
挑発するように、流し目で問いかけてくる。
「そういうことなら榛名、全力で参ります!」
「よし、じゃあ決まりだな」
お互いが同じタイミングで蝋燭に花火を近づけると、やがて勢いよく小さな炎がパチパチと音を立ててふき出した。
私と提督の花火の先端が丸い玉に変化したのは同時だった。
火花が玉のまわりをさらさらと弾けて、私たちの手の先で儚く燃えている。
しかしその炎はやがて小さくなり、提督の方が先に消えた。
「榛名の勝ちですね!」
「……くそ。榛名に『お兄さま』と呼ばせる計画が……」
悔しそうに呟いた提督に、苦笑した。
それくらいならいつでも頼まれれば応えるのに。
「あ、あんまり無茶な要求は勘弁してほしいな……」
「──榛名の願いは、」
少し不安そうに榛名を見つめる提督。
榛名の願いは、今も……これからも……。
「ずっと、榛名の傍にいてください」
────それだけです。