「──お待たせしました」
テーブルの上にできあがった料理を並べ、提督の向かいに腰を下ろす。
並べられた料理を前に、提督は子供のようにきらきらと瞳を輝かせていた。
「……いやいや、天才ですか? めちゃくちゃ美味そうなんですけど」
「ふふっ。ありがとうございます。では冷めないうちにいただきましょうか」
「それじゃあ遠慮なく、いただきます」
「はい、どうぞ」
期待に満ちた眼差しで料理をとって口に運んだ提督を見て、少しだけ、鼓動が速くなるのを感じた。
どうやら私は緊張しているらしい。
それはそうだろう。料理を誰かに振るまうのは初めてで、しかもその相手が上官なのだから。
「……」
先ほどとは打って変わり、何度か咀嚼してゆっくりとのみ込んだ提督は無表情だった。
味付けが濃かったのだろうか、それとも薄かったのか。
嫌いな食材が入っていたのかもしれない。
そういえば、なにも聞かずに作ってしまった。
不安が次から次へと募っていき、私はおそるおそる目の前の提督へと問いかけた。
「……もしかして、お口にあいませんでしたか……?」
「いや、すみません。こんなに美味しいものを食べたのは初めてで、どんな表情をすればいいのかわからなくなりました」
不安げに上目遣いを向けていた私に、提督は揶揄うような笑みを返した。
──ほんの少しだけ、むっとした。
けれどすぐに、嬉しさのほうが大きくなった。
ほっと息を吐くよりも先に、くすくすと笑みがこぼれてしまう。
「おかわりもありますので、ゆっくり食べてくださいね」
「うぅ……涙が出る! 犯罪的だ! うますぎる!」
本当に美味しそうに食べてくれる提督のコップに冷えたお茶を注ぎ、目の前に差し出した。
提督は口いっぱいに頬張りすぎて言葉が出せないのか、こくこくと首を縦に振った。
……ありがとうと言っているのだろうか。
やっぱりどこか子どものようでかわいらしい提督を眺めながら、私も箸を手にとった。
「もう……。よく噛んで食べないと喉に詰まりますよ?」
「ごめん、母さん」
「誰が母さんですか……」
極めてまじめな
────まだ、そんな歳ではありませんからね?
「──鳳翔さんって、料理上手いですね」
並べた料理をすべて綺麗に平らげてくれた提督は、空になった器を重ねて洗い場へ持っていこうと立ち上がった。
すぐに私はそれを制止して、そういうのは私の仕事だと伝えた。
すると提督は、「こういうのは役割分担と言うんですよ。鳳翔さんは俺にこんなにも美味しいご飯を作ってくれたんですから」と、歯を見せて笑った。
結局どちらも譲らず、ふたりで片付けるということで話はついた。
そうしてふたりで洗い場に立ち、隣で私が洗ったお皿を拭いてくれていた提督は、ふとひとりごちるようにつぶやいた。
「いやほんと、まじでうまかったですよ」
「そう言っていただけると作った甲斐がありますね」
洗ったお皿を提督へと手渡す。
それを受け取って提督が拭きあげる。
「顔も性格もよくて、料理もうまい。──モテたでしょう?」
「そんなことありませんよ」
「えー、そうですかあ……。じゃあ逆に、鳳翔さんは誰かを好きになったこととかありますか?」
恋バナ──というものが好きなのだろうか。
提督は興味津々だった。
「鳳翔さんの初恋とか、気になるなあ!」
「初恋なんてそんな。誰かに好きだと言われたことも、誰かを好きになったことも、私には一度もありませんでした」
「……そうですか、意外ですね」
一目でわかるくらいしゅんと落ち込んだ提督を見て、少し申し訳ない気持ちになった。
そんなに恋バナというものがしたかったのだろうか。
「私は──ただの兵器ですから」
「……」
言って、ちらと隣の提督に視線を移すと、俯いた彼の表情は前髪で隠れて窺えなかった。
「……知らなかったな。こんなにもあたたかくて優しい兵器があったなんて」
自嘲した私に、提督は視線を落としたまま不機嫌そうに応えた。
悪気はなかったのだが、嫌な思いをさせてしまったなと、反省した。
けれどそれ以上に、私は嬉しかった。
「──ふふっ」
「……なにがおもしろいんですか」
「いえ、なんでもありません」
目を細めて不服そうな表情を向けてくる提督に、つい頬がゆるんでしまう。
この提督は……本当に綺麗な瞳を持っていて、本当にまっすぐな人だ。
「じゃあ俺もう寝るんで、鳳翔さんも早く休んでくださいね」
「はい。おやすみなさい、提督」
今朝干していた私の洗濯物を畳むのを手伝おうとしてくれた提督を何度も引きとめると、ようやく自室へと戻ってくれた。
「気持ちは嬉しいのですが……」
取り込んだ下着を手に取り、苦笑する。
こんなものを見られてしまったら、きっと私だけでなく提督も困ってしまう。
「……」
見られてしまっても恥ずかしくないような、かわいい下着も買っておいた方がいいのだろうか……と一瞬変なことを考えてしまった自分に恥ずかしくなり、その場でふるふると首を横に振った。
なにを考えているのだろうか、私は。
──熱くなった頬を冷ますように手でぱたぱたと扇いで、急いで洗濯物を畳み終えた。
暗くなった鎮守府をまわり、電気などの消し忘れがないかを確認してから寝室へと戻る。
布団に顔をうずめ、これからのことを想像しながら眠りについた。
「──……んっ、」
翌朝、目覚ましが鳴るより少し先に、鳥たちが鳴く声に目を覚ます。
私はまだ自分があわせた目覚ましの音を聞いたことがない。
どうしてか……いつもそれより少し前に起きてしまう。
「ん〜っ!」
上半身を起こし、伸びをした。
そのまま立ち上がって窓を開けると、まだ寒いくらいの冷たい風が入ってくる。
頭がすっきりと冴えて、心地よかった。
「……」
着替えて、髪を結ぶ。
顔を洗って歯を磨いて、服装に乱れがないかを鏡で確認して整えた。
そうして身支度を整えてから、提督の朝食を作るため食堂へと向かった。
──たまご焼きと鮭と味噌汁に、それからきゅうりの浅漬け。
おかずはこれくらいあれば足りるだろうか。
昨夜わかったことだが、提督はよく食べる。
提督以外の人に料理を振るまったことがないので基準は曖昧だが、間違いなく少食ではないだろう。
もう少しおかずを用意したほうがよかったかもしれないと、顎に手をあてて並べたおかずを見つめていると、入口の方から物音がした。
「おはようございます……」
今にも眠ってしまいそうな声で、身支度を整えてなおまだ半開きの目を擦る提督がそこにいた。
ぽやぽやとしている。
思わず笑ってしまいそうになるのをこらえて、作ったおかずをテーブルまで運んだ。
「おはようございます、提督」
昨夜と同じ様に、腰をおろした提督の正面の席に、私も腰をおろした。
「……おお、目が覚めました。なんて綺麗な朝食なんだ」
「提督は大げさですね」
「いやいや、言っておきますが鳳翔さんの手料理はまじで金を払いたくなるレベルですよ。ぜひ払わせてください」
「そう思ってくださるなら、冷めないうちに召しあがってくださいね」
言って微笑すると、提督は手をあわせて深々と頭を下げた。
冗談なのか本気なのか相変わらずわからないけれど、美味しそうに食べてくれる提督を見て、心があたたかくなった。
「ガシャガシャ。ぐァつぐァつ」
……できることならもう少し、ゆっくり食べてほしいのだけど。
──朝食を食べ終え、洗い物を片づけてから執務室へと向かう。
今日から本格的に執務に取りかかることになった。
記念すべき、私と提督の初陣だ。
「昨日執務室を案内してもらったときにちらっと見えたんですけどね、書類が山の様にありましたよね」
執務室の扉に手をかけたまま、うんざりとした様子で振り返った提督に苦笑で返す。
「規律や、妖精さんたちの使役、任務や哨戒、資材に備品。目を通さなければならない書類がたくさんありますので」
「……そういえば、洗い場の水をとめるのを忘れてた気がするな」
「だめですよ」
ドアノブから手を離して引き返そうとした提督の腕を掴み、引きとめる。
駄々をこねる提督のすぐうしろの窓から見える空は抜けるように青く、こんな天気のよい日は執務が捗りそうだと、私は微笑した。
「よく考えてくださいよ鳳翔さん。仕事も大事ですが、それ以上に大切なこともあるはずです。まずは俺とあなたの仲をもっと深めてよりよい関係づくりを──」
「おやつに桜餅も用意してありますから、わがままを言わないでください」
「わぁいさくらもち。ていとくさくらもち大好き」
長々と言い訳を繰り出す提督の言葉を遮り、目に見える報酬があることを告げると、なんとかやる気を出してくれた。
──最初のうちは私が秘書艦として提督を支えていかないと!
そう心の中で意気込み、山積みにされてある資料を手に取り、執務に取りかかった。
「────終わる気がしないんですけど」
頭から煙を吐き出しそうになっている提督を見兼ねて、少し早いが休憩をとることにした。
提督の希望に添って作った昼食の蕎麦を啜りながら、提督はため息をもらした。
「もとより一日で終わらせられるものではありませんし、焦る必要はありませんよ」
「……鳳翔さんは、すごいですね」
「……? どうしてですか?」
「だって嫌な顔ひとつせずに執務も手伝ってくれて、俺の世話までしてくれるじゃないですか」
「私は提督の艦娘なのですから、嫌なことなんてひとつもありませんよ」
「ほ、鳳翔さん……」
言って笑いかけると、提督は大げさに涙を拭うふりをした。
「だから、これからもふたりでがんばっていきましょうね」
「……はい。善処します」
──それから昼食を食べ終えて、再び執務に取りかかる。
何度か休憩を挟み、陽が傾き始めた頃、提督の夕食を作るため再び食堂へと向かった。
今日の夕食は提督希望の親子丼。
食べたいものをはっきりと伝えてくれるのは助かる。
「……うん。これなら提督も喜んでくれるはずです」
味見を終えて、綺麗に盛りつけてテーブルまで運んだあと、提督を呼びに執務室へと向かった。
ぱたぱたと廊下を駆ける自分の足音が響く。
今はまだふたりしかいないこの鎮守府は、夜になると余計にしんと静まり返る。
だから私のこの軽快な足音は、執務室まで響いているのではないかと、そんなことを思って口の
「提督。夕食の準備ができましたよ」
「おお……。待ってました……」
お腹を押さえ、ふらふらとした足取りで執務室から出てきた提督と並んで食堂へと向かう。
ずっと手と頭を働かせていた提督はすっかり意気消沈していて、その様子もなんだか少し可笑しくてかわいらしい。
「今日のところはひとまず、お疲れ様でした。また明日もがんばりましょうね」
「いやあ、明日はなんか……ええと、そう。風邪を引く予定があるので……」
「だめですよ」
にっこりと、満面の笑みを浮かべて提督の言葉を遮ると、彼は大げさに目を細めてあとずさった。
「うわ、やめてください。そんなに眩しい笑顔を向けないでください……。かわいすぎて直視できない……」
「……」
冗談だとわかってはいるけれど、熱くなる頬をぱたぱたと手で扇いで、私は提督を置いて先に向かった。