「よーっしお前ら! 明日は出撃も演習も遠征もなしだ! 第二回、鎮守府お花見大会すんぞ!」
「ちょっとクソ提督! 私たちには遊んでる暇なんてないんだから! ていうか第二回ってどういうことよ! 一回目を知らないんだけど!」
「ははは、曙は今日もかわいいなあ」
「質問に答えろっての! ……ああもうっ、うざい! 頭撫でんなクソ提督!」
食堂の真ん中で第七駆逐隊の子たちと昼食を囲んでいた提督は唐突に立ち上がり、叫んだ。
遠目からではどんな会話からの流れでそうなったのかはわからないが、少なくとも同じように立ち上がった曙ちゃんは納得していないらしい。
「うう……。曙が反抗期だ。つらい」
「はあ!? 子ども扱いしないでよ!」
「まあまあ、ふたりともケンカはやめるクマ」
大げさに腕で涙を拭うふりをする提督に向かって叫ぶ曙ちゃんの肩をぽんと叩いて、球磨さんが間に割って入る。
のんびりとしたやわらかい声音に、曙ちゃんはなにかを言おうとして、けれど諦めたようにひとつ息を吐いて席に座った。
「そ、そうだよ曙ちゃん。提督にそんなこと言っちゃだめだよ……」
「ふんっ! 潮はクソ提督に甘すぎるのよ」
「本当はご主人様とふたりっきりでお花見をしたいのに素直になれない曙……キタコレ」
「漣! 変なこと言うな!」
「朧はお花見行きたいなあ。きっと楽しいよ、たぶん」
いつのまにか、わいわいとはしゃぐ提督たちのまわりに、自然と他の子たちも引き寄せられてくる。
赤城さんや加賀さん、金剛さんに榛名さん、それから青葉さんと──本当にいろんな子たちが。
「お花見、よいですね! 私は花より団子なのですが」
「まあ……赤城さんが行くというのなら私も行きます」
「テイトクゥ! 桜もいいけどワタシのことも見てくれなきゃ〝NO!〟なんだからネ!」
「榛名も……! 榛名も参ります!」
「はいはい! 青葉も行きます! 写真いっぱい撮っちゃうぞー!」
そんな人だかりの中を提督はこそこそと抜け出ようとしていたが、あえなく朝潮ちゃんと吹雪ちゃんに捕まっていた。
「司令官! この朝潮もご一緒してもよろしいのでしょうか!」
「もちろんだ。……いやあ、それにしても朝潮ちゃんは今日も声が大きくていいね!」
「し、司令官! 私も行っていいんですか?」
「おお、吹雪ももちろん来てくれ。ていうか全員連れてくし」
堰を切ったように次々とはしゃぎ出すみんなを見て嬉しそうに笑う提督に、私まで嬉しくなってしまう。
私と提督のたったふたりで始まったこの鎮守府が、こんなにも騒がしくなるなんて。
私たちしかいなかった頃も、寂しいと感じたことは一度もなかった。
なにげない、とりとめのない会話も。ペンを走らせる音とページを繰る音しか聞こえてこない静かな執務室も。そのすべてが愛おしかった。
けれどこんなふうに賑やかな時間も、私たちはずっと望んでいた。
だから、こんな穏やかな日々がいつまでも続けばいいなと──ようやく輪の中から抜け出して隣へやってきた提督へと視線を移す。
「……いやあ、これだけ艦娘が増えると収拾がつかなくなりますね」
「ふふっ。笑いごとじゃないですよ、提督」
「鳳翔さんも楽しそうじゃないですか」
「ええ。それはもう、楽しいですよ」
目を細めて微笑した私に、提督もふっと笑った。
「暁や扶桑たちが帰ってきたら、みんなで明日の準備をしましょうか」
「そうですね。腕によりをかけちゃいましょう」
──それから、出撃などに出ていたみんなが帰ってきたあと、明日の準備を始めた。
みんなの笑い声であふれ返る食堂が大好きで、自然と頬がゆるんでしまう。
「提督! お花見もいいけどさ、夜戦しよ! や・せ・ん! ……あっ、夜桜もありだよね!?」
「川内。夜戦もいいけどさ、お花見しよ!」
名案! とでも言いたげにきらきらと瞳を輝かせる川内さんの肩にぽんと手を置いて、提督はもう片方の手で親指を立てて見せた。
「もー! 提督ってばー! 適当に流さないでちゃんと夜戦してよ!」
「……ああ……私の手で握ると大きくて不恰好で……不幸だわ……」
「いや、山城ちゃん? べつに普通に美味そうだと思うし、不幸じゃないと思うけど。なんなら俺は山城が握ってくれたおにぎりを食べれることが幸せまである」
「──……」
「しれいかん、うーちゃんのハンバーグはすごいぴょん! えっへん」
「おいおい、なんて小さくてかわいいハンバーグなんだ卯月。その小さなおててで一生懸命こねたのか? 卯月……立派になって……」
またしても大げさに腕で涙を拭うふりをしている提督に向けて、苦笑を浮かべた。
それ、使いすぎじゃないですか? と。
「司令官、私のはもっとすごいんだから!」
「おお、雷もできたのか? 今行くからちょっと待ってくれ」
「提督! あたしのも見てくださいよー!」
「ああ、阿武隈。すぐ行くから待っててくれ」
「提督!」
「司令官!」
卯月ちゃんや雷ちゃんを筆頭に、再びみんなが提督のまわりに集まってくる。
こっちも見てと、提督の袖や裾をぐいぐい引っ張り、その様子に提督は困惑して苦笑を浮かべるばかりだった。
あちこちからも提督を呼ぶ声が聞こえる。
艦隊の指揮を執る者として、みなさんから好かれているのは悪いことではない……むしろよいことのはずなのに、どこかもやもやしている自分がいた。
こうしてたくさんの子たちが惹きつけられるのは、心を許して、それだけ信頼されている証。
それがとても嬉しくて、同時に……少し寂しいとも感じてしまう。
胸の奥がちくりと痛んで、不思議な感覚に襲われる。
この気持ちは……一体なんなのだろうか。
「……?」
胸もとを押さえて、私はことりと首を傾げた。
──それから、はしゃぎ疲れたのか大広間で雑居寝をしてしまったみんなに毛布をかけていると、うしろから私を呼ぶ声が聞こえた。
「──鳳翔さん」
「どうされましたか、提督」
「見せたいものがあります。ついてきてください」
言って提督は私の手をひいて、鎮守府の外へと向かって歩き出す。
その背中を、じっと見つめた。
大きな背中……。線は細いけれど、その軍服の下にはしっかりと引き締まった筋肉がついている。
空調が壊れてしまったうだるような暑い夏の日に、提督は服を捲って扇風機の前でお腹を冷やしていたことがある。
綺麗に割れた腹筋を見て、頬が熱くなるのを感じながらも目を逸らせなかったことを思い出す。
そういえば提督は意外とデリカシーがない一面もあったなと、そんなことを思い出していると、前を歩いていた提督が立ちどまった。
連れられてきたのは、鎮守府からそう遠くないところにぽつんとある小さな公園だった。
それはちょうど一年前に見たような舞い降る桜並木ではなく、たった一本の桜の木だけだったけれど、
「どうですか? 夜桜も中々綺麗でしょう」
「……ええ。とても、綺麗ですね」
月明かりに照らされた夜の桜は幻想的で、風に吹かれた桜の花びらが舞っている。
風は少し冷たくて、それがなんだか心地いい。
耳を澄ませば波の音も聞こえてくるような気がして、私はそっと目を閉じた。
聞こえてくるのは風の音と、揺られて踊り出す木々の音だったけれど、その上から重なるようにあたたかい声も聞こえた。
「どうしても鳳翔さんとふたりで見たくて。夜遅くに連れ出してしまってすみません」
「いえ……。私も……同じことを考えていました……」
少し照れくさそうに私を見下ろす提督を、上目遣いで見上げる。
少しの間沈黙が訪れて、
「──あの、」
ふたり、同じタイミングで声を出した。
「……鳳翔さんからどうぞ」
「いえ、提督から……」
お互い見つめあったまま、再び沈黙が続く。
提督はばつが悪そうに右手でうしろ髪を撫で、苦笑を浮かべている。
そんな提督に私も苦笑を返し、少し強い風がふたりの間を通り抜けたあと、提督は小さくつぶやいた。
「来年も……またふたりでこうして桜を見ていたいです」
「……私も、同じことを言おうと思っていました……」
また、見つめあう。
熱くなった頬を冷ますように吹いた風が頬を撫でていく。
この想いを形にするのなら、どんな言葉が似合うのだろう。その答えはまだ得られそうになかったから、提督の頭上にひらひらと舞い落ちた桜の花びらに目をやった。
「提督」
「……?」
「少し、屈んでいただけますか?」
そう言うと提督は察して、照れくさそうに、けれど膝を折って私と目線の高さをあわせてくれた。
私は手を伸ばして、桜の花びらを掴み取る。
「……ありがとうございます」
「提督は、愛されているのですね」
冗談めかして言った私を見て、提督はふっと笑った。
「俺、鳳翔さんのことが好きです」
「──……」
「あっ、いえ……その、なんというか、ええと。鳳翔さんといると、居心地がいいんですよ」
「そう……ですか……?」
「はい。……だから、これからもずっと傍にいてほしいです」
まっすぐな瞳で、まっすぐな想いを伝えてくれる提督に、きゅんと胸が高鳴った。
こんなにも嬉しい言葉をいただいてしまって、本当にいいのだろうか。
そんな意を込めて上目遣いで見上げると、彼は目を細めて微笑した。
「……私の方こそ。……ずっと、提督のお傍においてくれますか?」
「俺が──そう願ってるんですよ」
月明かりに照らされた提督の笑顔は……月よりも明るく、舞い降る桜よりも綺麗に見えた。
× × ×
──翌日、鎮守府の全員がお花見に参加してくれた。
たくさんの子たちに囲まれて、お酒を片手に大声で笑う提督の声がよく響く。
「あれ? おかしいな、ぼのたんがふたりいるぞ?」
「このクソ提督! 昼間からどれだけ呑めば気が済むのよ!」
「て、提督……大丈夫ですか?」
「おお? 潮の胸がいつもの三割増しで大きく見える!」
「ご主人様っ。調子にのると、ぶっとばしますよ!」
まあ、最低な発言をしていることには今は目を瞑っておこうと思う。
鎮守府に帰ってから、ゆっくりと、じっくりと問い詰めよう。
「司令官! 司令官はやはり大きい方がお好きなのでしょうか!」
「あ、朝潮ちゃんは今日も声が大きくて、いいね」
「テイトクゥ! ワタシの作ったお弁当も食べてほしいネー!」
「……やめろ金剛! こっちに来るな! 今それやられたらまじで吐くから!」
「司令官! この朝潮も胸が大きくなれば秘書艦にしていただけるのでしょうか!」
「……いやどっちかと言うと俺は控えめなほうが好き……ゔぇっ!」
「テイトクはワタシぐらいのバストが大好きデスネ! もう! 触ってもいいけどサー、時間と場所を弁えなヨ!」
提督のお腹をめがけて飛び込んだ金剛さんに押し倒され、提督は顔を青くしていた。
いつものように引き剥がそうとする素振りすら見せない。
そんな提督のお腹に、金剛さんは嬉しそうに頬ずりをしていた。
「吐きそう……」
「だ、大丈夫ですか提督!」
「……朧……できることなら、最後は君の膝の上がよかっ……た……」
「提督ー!」
大げさな演技に、他の子たちは呆れたように苦笑していた。
春の陽射しが、戦いの中に身を置いていることを……今だけは忘れさせてくれる。
いつか本当に、なにもかもが終わって……こんな平和なときが毎日のように続くことを願い、
「……」
──私も苦笑した。