私が提督を殺した。
あの日の出来事を、毎日のように夢に見る。
悪夢に起こされ、眠れない日々が続いた。目を閉じれば昨日のことのように思い出す。
いつしか食事も喉を通らなくなり、私の目にはひどいクマができた。
それでも体を動かすことをやめてしまえば、罪悪感と後悔に押し潰されてしまいそうになるから。
私なんかを心配してくれる赤城さんの声も無視して、ただひたすらに働いた。
わかってる。そんなことをしても、なにをしたって私の罪は消えない。
──真っ暗な執務室で、私は今日も涙を流した。
咲きほこっていた桜が散り、夏が終わり、秋が過ぎて冬がきた。
降り積もった雪が辺り一面を白く染める。
肌を刺す冷たい風と、なにひとつ映し出さない真っ白な雪景色は、この先はないのだと……そう告げているようだった。
「……」
寒さで赤く腫れた手を擦りあわせ、吐息であたためる。
罪悪感は降り積もるばかりで溶けてはくれないから、私ごと春がきたらこの雪と一緒に溶けて消えてしまいたい。
そんなこと、提督が望むはずがないとわかってはいるけれど、どうすれば私は許されるのだろうか。
────提督。
────それを、教えてください。
春になると、また綺麗な桜が咲いた。
提督とふたりで見た桜も、この鎮守府のみんなで見た桜も大好きだったはずなのに……その色はもう見えない。
雲ひとつなくどこまでも続いているこの空は、変わらず青く晴れ渡っているのに。全てが黒く塗りつぶされたようで、真っ暗で冷たくて、なにも聞こえない。
気づけばまた、涙は頬を伝い落ちていた。
──とまらない。
日が経つにつれ、あなたへの想いが膨らんでいく。
戻らないことも、許されないことも……もう二度と進めないこともわかっているのに……。
あなたへの想いだけが、
──消えない。
蝉の鳴く声が頭に響く。
提督が好きだった風鈴を執務室に飾り、窓の外を眺めた。
いつだったか、そのときはふたり肩を並べて窓の外を眺めていた。
開け放した窓から入ってくる風はぬるく、それに反して風鈴は涼しげな音を鳴らしていた。
提督は「詐欺ですよね」と、風鈴を指さして笑っていた。
よくわからなかったけれど、私もつられて笑った。
そんなふうに、笑いあえる時間がいつまでも続くのだと疑わなかった。
隣で微笑んでくれる提督の優しい声が好きだった。
言葉を交わさずとも心地がいいと思える関係が好きだった。
提督は不意に目を細めて、「でも、あなたのいる夏は……どれだけ暑くても耐えられる」と、さらに熱くなってしまうようなことを平然と言った。
ぶわっと、汗がふき出すような感覚がして、私はぱたぱたと手で頬を扇いだ。
そんな私の気も知らず、恥ずかしげもなく微笑した提督とふたり、ここから見渡せる鎮守府の様子が大好きだった。
楽しそうに笑いあうみんなの姿が一望できたから。
なのに、今はもう……誰もいない。
壊してしまったのは他の誰でもない、私なのに……。
──涙だけがとまらない。
鎮守府のまわりを紅一色に染め上げた秋。
集めた落ち葉で焚き火をすると、いつも一番に提督が暖をとりに来ていた。
寒がりの提督は、部屋にいたほうが間違いなくあたたかいはずなのに、それでも外へ出てきて私の隣にしゃがみ込む。
悴んだ指をあたためながら、眉をしかめながら提督は言った。
〝こんな寒い日くらい、部屋でゆっくりくつろいでいてください〟と。
私は苦笑して、提督の隣に同じようにしゃがみ込み、「提督の方こそ、風邪をひいてしまっては困りますので、部屋に戻っていてください」と返した。
提督は不服そうな表情を浮かべて、「お断りします」と。
それがなんだかかわいらしくて、私はそっと距離を詰めて、ぴとりと身体をくっつけた。
提督は照れくさそうにしていたけれど、やがてひとりごちるように「あたたかいですね」とつぶやいた。
──今でも、鮮明に思い出すことができる。
あの楽しかった日々を。あの幸せだった時間を。
「……」
集めた落ち葉に火をつけた。
煙が目に染みて、また涙が出てしまう。
そうして何度目の春を迎えただろう。
もう涙も出なくなった頃、提督の机の引き出しにそっと指をかけた。
そこには一通の手紙が入っている。
提督が亡くなってからしばらくしたある日、執務室の掃除をしているときにたまたま見つけたものだ。
封筒には、〝鳳翔さんへ〟と、そう書かれていた。
それを見つけた日からずっと、私はそれに触れられなかった。
それはきっと提督の最後の言葉だと知っていたから。
後悔の言葉かもしれない。私を責めるような言葉かもしれない。
怖かった。もしそうだとしたら、私はきっともう、ここにはいられない。
戻ることも進むこともできないのなら、せめてずっと、同じ場所に立ちどまっていたかった。
提督の後悔を知ってしまえば、それさえできなくなってしまう。
「……」
それでも私は……提督を殺した私は、すべてを受けとめなくてはならないから……封を開けて、懐かしい提督の文字を目で追った。
鳳翔さんへ
戦争に身を置くということは、いつ、誰になにが起こってもおかしくありません。
だからこうして手紙を残すことにしました。
考えたくないですが、今鳳翔さんがこれを読んでいるということは、俺はもうこの世にはいないということなのでしょう。
だとしたら、まずは謝りたい。
あなたを、みんなを残して去ってしまったことを許してください。
それから、伝えたいことがたくさんありました。
たくさんありすぎて手紙では伝えきれないから、本当に伝えたかったことを3つだけ、今この場で伝えさせてください。
俺の願いは、誰ひとり欠けることなくこの戦いを終わらせることでした。
それは死んでも諦めきれるようなものじゃありません。
だから鳳翔さんにお願いがあります。
もし仮に、俺が誰かを守って死んだのだとしたら、それは俺にとってとても誇らしいことです。
だから俺が死んだことで自分を責めるようなやつがいるのなら、叱ってやってください。
提督は職務を全うしたのだと。
前を向いて歩けと、そう言ってやってください。
仮にこの鎮守府の誰かに撃たれて死んだとしても、俺はそいつを決して恨んだりしない。
提督はそんな男だと、そう言ってやってください。
ふたつめは、
いつか、平和な海を取り戻して、みんながずっと笑っていられるような、そんな優しい世界にしたい。
そう思い続けています。
だからきっと、死んでも生まれ変わって、また同じ道をたどるでしょう。
バカなことだと、そう思われるかもしれませんが、それくらい俺は本気です。
だから鳳翔さん。
また俺を見つけたら、声をかけてあげてください。
きっとなにもかも忘れていて、きっとあなたに悲しい想いをさせてしまうと思います。
それでも、挨拶程度でいいので、微笑んであげてください。
最後に、
毎日、あたたかいご飯を作ってくれてありがとうございました。
ずっと長い間秘書艦として支えてくれて、優しい言葉をくれて、心があたたかくなるような笑顔をくれて、たくさんの思い出をくれて、返しきれないほどの、抱えきれないほどの愛をくれて、俺なんかの傍にいてくれて、
ありがとうございました。
大好きです鳳翔さん。
あなたをずっと、ずっと愛しています。