あの日の約束   作:喬 

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34話

 私が提督を殺した。

 

 あの日の出来事を、毎日のように夢に見る。

 悪夢に起こされ、眠れない日々が続いた。目を閉じれば昨日のことのように思い出す。

 いつしか食事も喉を通らなくなり、私の目にはひどいクマができた。

 それでも体を動かすことをやめてしまえば、罪悪感と後悔に押し潰されてしまいそうになるから。

 私なんかを心配してくれる赤城さんの声も無視して、ただひたすらに働いた。

 わかってる。そんなことをしても、なにをしたって私の罪は消えない。

 

 ──真っ暗な執務室で、私は今日も涙を流した。

 

 

 

 

 

 咲きほこっていた桜が散り、夏が終わり、秋が過ぎて冬がきた。

 降り積もった雪が辺り一面を白く染める。

 肌を刺す冷たい風と、なにひとつ映し出さない真っ白な雪景色は、この先はないのだと……そう告げているようだった。

 

「……」

 

 寒さで赤く腫れた手を擦りあわせ、吐息であたためる。

 罪悪感は降り積もるばかりで溶けてはくれないから、私ごと春がきたらこの雪と一緒に溶けて消えてしまいたい。

 そんなこと、提督が望むはずがないとわかってはいるけれど、どうすれば私は許されるのだろうか。

 

 ────提督。

 ────それを、教えてください。

 

 

 

 

 

 春になると、また綺麗な桜が咲いた。

 提督とふたりで見た桜も、この鎮守府のみんなで見た桜も大好きだったはずなのに……その色はもう見えない。

 雲ひとつなくどこまでも続いているこの空は、変わらず青く晴れ渡っているのに。全てが黒く塗りつぶされたようで、真っ暗で冷たくて、なにも聞こえない。

 気づけばまた、涙は頬を伝い落ちていた。

 ──とまらない。

 日が経つにつれ、あなたへの想いが膨らんでいく。

 戻らないことも、許されないことも……もう二度と進めないこともわかっているのに……。

 あなたへの想いだけが、

 

 ──消えない。

 

 

 

 

 

 蝉の鳴く声が頭に響く。

 提督が好きだった風鈴を執務室に飾り、窓の外を眺めた。

 

 いつだったか、そのときはふたり肩を並べて窓の外を眺めていた。

 開け放した窓から入ってくる風はぬるく、それに反して風鈴は涼しげな音を鳴らしていた。

 提督は「詐欺ですよね」と、風鈴を指さして笑っていた。

 よくわからなかったけれど、私もつられて笑った。

 

 そんなふうに、笑いあえる時間がいつまでも続くのだと疑わなかった。

 隣で微笑んでくれる提督の優しい声が好きだった。

 言葉を交わさずとも心地がいいと思える関係が好きだった。

 

 提督は不意に目を細めて、「でも、あなたのいる夏は……どれだけ暑くても耐えられる」と、さらに熱くなってしまうようなことを平然と言った。

 ぶわっと、汗がふき出すような感覚がして、私はぱたぱたと手で頬を扇いだ。

 

 そんな私の気も知らず、恥ずかしげもなく微笑した提督とふたり、ここから見渡せる鎮守府の様子が大好きだった。

 楽しそうに笑いあうみんなの姿が一望できたから。

 なのに、今はもう……誰もいない。

 壊してしまったのは他の誰でもない、私なのに……。

 

 ──涙だけがとまらない。

 

 

 

 

 

 鎮守府のまわりを紅一色に染め上げた秋。

 集めた落ち葉で焚き火をすると、いつも一番に提督が暖をとりに来ていた。

 寒がりの提督は、部屋にいたほうが間違いなくあたたかいはずなのに、それでも外へ出てきて私の隣にしゃがみ込む。

 悴んだ指をあたためながら、眉をしかめながら提督は言った。

 

 〝こんな寒い日くらい、部屋でゆっくりくつろいでいてください〟と。

 

 私は苦笑して、提督の隣に同じようにしゃがみ込み、「提督の方こそ、風邪をひいてしまっては困りますので、部屋に戻っていてください」と返した。

 提督は不服そうな表情を浮かべて、「お断りします」と。

 それがなんだかかわいらしくて、私はそっと距離を詰めて、ぴとりと身体をくっつけた。

 提督は照れくさそうにしていたけれど、やがてひとりごちるように「あたたかいですね」とつぶやいた。

 

 ──今でも、鮮明に思い出すことができる。

 あの楽しかった日々を。あの幸せだった時間を。

 

「……」

 

 集めた落ち葉に火をつけた。

 煙が目に染みて、また涙が出てしまう。

 

 

 

 

 

 そうして何度目の春を迎えただろう。

 もう涙も出なくなった頃、提督の机の引き出しにそっと指をかけた。

 そこには一通の手紙が入っている。

 提督が亡くなってからしばらくしたある日、執務室の掃除をしているときにたまたま見つけたものだ。

 

 封筒には、〝鳳翔さんへ〟と、そう書かれていた。

 それを見つけた日からずっと、私はそれに触れられなかった。

 それはきっと提督の最後の言葉だと知っていたから。

 

 後悔の言葉かもしれない。私を責めるような言葉かもしれない。

 怖かった。もしそうだとしたら、私はきっともう、ここにはいられない。

 戻ることも進むこともできないのなら、せめてずっと、同じ場所に立ちどまっていたかった。

 提督の後悔を知ってしまえば、それさえできなくなってしまう。

 

「……」

 

 それでも私は……提督を殺した私は、すべてを受けとめなくてはならないから……封を開けて、懐かしい提督の文字を目で追った。

 

 

 

 

 


 

 鳳翔さんへ

 

 

 戦争に身を置くということは、いつ、誰になにが起こってもおかしくありません。

 だからこうして手紙を残すことにしました。

 

 考えたくないですが、今鳳翔さんがこれを読んでいるということは、俺はもうこの世にはいないということなのでしょう。

 

 だとしたら、まずは謝りたい。

 

 あなたを、みんなを残して去ってしまったことを許してください。

 

 それから、伝えたいことがたくさんありました。

 たくさんありすぎて手紙では伝えきれないから、本当に伝えたかったことを3つだけ、今この場で伝えさせてください。

 

 

 俺の願いは、誰ひとり欠けることなくこの戦いを終わらせることでした。

 それは死んでも諦めきれるようなものじゃありません。

 

 だから鳳翔さんにお願いがあります。

 

 もし仮に、俺が誰かを守って死んだのだとしたら、それは俺にとってとても誇らしいことです。

 だから俺が死んだことで自分を責めるようなやつがいるのなら、叱ってやってください。

 

 提督は職務を全うしたのだと。

 前を向いて歩けと、そう言ってやってください。

 

 仮にこの鎮守府の誰かに撃たれて死んだとしても、俺はそいつを決して恨んだりしない。

 

 提督はそんな男だと、そう言ってやってください。

 

 

 ふたつめは、

 

 いつか、平和な海を取り戻して、みんながずっと笑っていられるような、そんな優しい世界にしたい。

 そう思い続けています。

 だからきっと、死んでも生まれ変わって、また同じ道をたどるでしょう。

 バカなことだと、そう思われるかもしれませんが、それくらい俺は本気です。

 

 だから鳳翔さん。

 また俺を見つけたら、声をかけてあげてください。

 きっとなにもかも忘れていて、きっとあなたに悲しい想いをさせてしまうと思います。

 それでも、挨拶程度でいいので、微笑んであげてください。

 

 

 最後に、

 

 毎日、あたたかいご飯を作ってくれてありがとうございました。

 ずっと長い間秘書艦として支えてくれて、優しい言葉をくれて、心があたたかくなるような笑顔をくれて、たくさんの思い出をくれて、返しきれないほどの、抱えきれないほどの愛をくれて、俺なんかの傍にいてくれて、

 

 

 ありがとうございました。

 

 

 大好きです鳳翔さん。

 

 あなたをずっと、ずっと愛しています。

 

 


 

 

 

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