なんだかんだ言ってこれが初めて書いた短編だったりします。当時の自分の力のなさを改めて痛感します。
「提督ー。艦隊が戻りましたよーっと」
「え、何ですか。最近働きすぎだって?」
「そんな事ないですよー。ほら、早く書類書いた方が後々楽になりますから。それじゃー」
ギィィ…バタンッ
「はぁ…。別に、私がいくら出撃しようと、私の勝手じゃん。何で皆あんな事言うのかな…」
提督への報告を終え、私は執務室を出た。
最後に提督が発した言葉が、私の頭の中で響く。
――私の名前は北上。重雷装巡洋艦、北上。
ここの鎮守府の秘書艦で第一艦隊旗艦。長門や金剛、赤城や加賀より練度の高い雷巡、それが私。
けれど、そんな肩書きはもうどうでもいい。
今の私にとってそれはただの抜け殻にすぎない。
もう私の隣に、あの子はいないのだから――
艦娘が戦う、それはこの国や近くの国の海を深海棲艦から守ることだ。恐らくそれ以外の理由はあまり見当たらない。と言うか多分ない。
だけど私は、そんな理由で戦ってはいない。
提督の為にでもなく、国の為でもない。
私が戦う理由、それは…かつて私の隣にいつもいたあの子。私と同じ雷巡の艦娘、大井っちの為。
彼女が還ってくるその日まで、私は戦い続ける。
話は約一年前に遡る。その時の私と大井っちは鎮守府に数少ない雷巡艦娘として重宝され、練度も順調に上がっていた。様々な海域に出撃し、多くの深海棲艦を魚雷で葬り去った。
そんな中、提督の命令で私と大井っちに改二改装が施された。今までとは全く違う装備、新しく増えた魚雷発射管。それを見ただけでも、自分が強くなったと思えた。これを錯覚と言うのだろう。
その後数日は演習や近代化改修、装備の微調整などを行った。微調整が終わった後、改めて自分が強くなった事を実感した。今の私は誰にも負けない。そんな訳の分からない自信も生まれてきた。
だが、後に私はこの事を後悔した。自らの力を過信しすぎた事を。自分に慢心していた事を。
あれは数ヶ月前だった。あの日は提督からの命令で中部海域を攻略しに行っていた。もちろん旗艦は私で、随伴艦には蒼龍、加賀、長門、扶桑、他に大井っちもいた。鎮守府最強の雷巡コンビだ。
私は出撃前、提督にちょっかいを出してから出撃した。とある北風の吹く冬の日の事だった。
「いやー、やっぱり寒いねー」
出撃してから約一時間、私達は敵艦隊を被害軽微で倒しながら、奥の方へ進んでいた。
分かりきった事だが、艦隊の連携の為にも、このような他愛もない発言は必要なのである。
「北上さんは、冬はお嫌いですか?」
こんな発言も真摯に返してくれるのは、私のたった一人の親友、大井っちだけだ。他の艦娘は皆苦笑いをしてスルーするのが多い。
「うーん…嫌いじゃない、かな。私はね、大井っち。冬は最も儚くて美しいと思うんだよねー」
「ロマンチックですね…。流石北上さんです!」
「えぇー、そんな事ないよー」
顔が強ばっていた艦娘達が、少し楽になった気がした。たとえ第一艦隊に配属される程の高い練度があったとしても、緊張は解けないのだろうか。
まぁ、いっか。心の中で終止符を打ち、私は再び意識を眼前に広がる海に戻す。
だが、私はまだ、あの会話が大井っちとの最後の会話になるとは、思ってもいなかった。
「敵艦隊を発見しました。砲戦の準備を」
どうやら、加賀の艦載機が敵を見つけてきたみたいだ。私は右手の14㎝単装砲を握り直し、射程距離内に敵艦が入るのを待つ。他の軽巡は、基本連装砲を主砲にしているが、私は単装砲を主砲にしている。何故だか分からないが、単装砲のあの見た目が好きなのだ。私は変わっている。
「攻撃隊、全機発艦!」
蒼龍の後に続いて加賀が艦載機を放った。青く澄み切った空に様々な機体が現れる。
乾いたエンジンの音が空を切り、未だ見えぬ深海棲艦目掛けて隊列を組み飛んでいった。
そして、爆発音が耳に入る。音からして二隻は撃沈しただろう。やはり、正規空母がいるといないでは戦闘の安定さが大きく変わる。
後は残った残敵を、雷撃と砲撃で倒すだけ。
私は足についた魚雷発射管を発射準備状態に移行させて、敵艦隊の出現を待っていた――
その刹那、背後から砲撃音が聞こえた。
最初、この砲撃を私は長門のものだと思った。艦隊は複縦陣を取っていたので私の後ろにいる長門が戦艦の自慢である長射程を生かして砲撃をしたのだと。だが、砲撃が落ちた場所、そこは――
「っ!?」
長門と扶桑の間だった。幸い二人とも被害は軽微であったが、背後から砲撃があったならば…。
「全艦反転!背後より敵艦隊接近!」
私ははち切れんばかりの大声で叫んだ。
もしここまで察知されずに近づかれていたら、私達は確実に轟沈していた。これも不幸中の幸いなのか、まだ敵は電探の索敵範囲の外にいた。
だが、前方には先程航空攻撃を仕掛けた敵艦隊。
後方には未だ正体の掴めていない敵艦隊がいる。
この状況は危険すぎる。六隻で敵艦隊推定十隻を相手にするのはとてつもなくリスキーだ。
「くそっ…どうすれば…」
「ならば、私が一時的に盾になろう」
私が悩んでいると、長門が驚くべき事を言った。
「…そう。なら私と蒼龍は艦載機を放つわ」
「えぇ!?いいんですか加賀さん!」
蒼龍もどうやら私と同じ事を考えていたようだ。
自らの身を盾にして攻撃の機会を増やそうとするその姿勢、それには私も賛成だ。
しかし、後方から接近する敵艦隊の詳細が分からない今、貴重な戦力である戦艦を盾にするのはこの艦隊の、敗北の可能性を高める事に思えた。
「長門、悪いけど私は…」
「やりましょう、北上さん」
「…え?」
長門に自分の意見を伝えようとした時、大井っちが私の言葉を遮って、私にそう言った。
正直驚いた。普段はそんな事は言わないのに、今この場でいつもとは違う意見を言ったからだ。
私は大井っちの方を向いた。
「分かったよ。やろう。けど長門、自分の身の事を優先して。ヤバくなったらすぐに逃げる事」
「承知した」
「加賀と蒼龍は制空権を確保して」
「鎧袖一触よ」
「分かったわ」
「扶桑は長門の援護を。危険なら長門を連れて少しでも敵から離れてね」
「了解しました…」
「それじゃあ、行きますかねー」
そう言うと私は陣形を組み直し、敵艦隊の方を睨みつけた。そして息を吐くと勢い良く水面を蹴った。
ここからが、私の、運命の砲雷撃戦の始まりであった。たった数分間の。
「くっ…。敵が多すぎて的が絞りきれない…。どれを狙えば…」
「加賀さん、後ろ!」
「え…!?」
次の瞬間、加賀に軽巡の魚雷が飛んで行き、的確に加賀を撃ち抜いた。
飛行甲板に穴が空き、纏っていた服が破ける。恐らく艦載機の発着艦はもう出来ないだろう。
予想以上に多い敵艦、想像を遥かに超える戦艦レ級の装甲と砲撃の猛攻、逐次飛んでくる駆逐級や軽巡級、重巡級の雷撃。戦況は果てしなく不利だ。
現に加賀は中破状態、航空戦力が欠けた為に制空権は取られてしまった。
「仕方がない…私はここだ!」
「ちょっと長門!自分の命優先してって言ったでしょ!」
長門が更に自らの身を犠牲にしようとするのを、私は必死に制した。ただでさえ貴重な砲撃戦のエースを、こんなところで無力化する訳には行かない。
「大井さん、北上さん、今です!」
「え!?」
扶桑に言われ、私は前を見た。すると先程まで私達の視界を塞いでいた駆逐艦や軽巡が移動し、奥の方にいる戦艦等が目視で判断出来るようになっていたのだ。これはチャンスだ。そう感じた私は大井っちとアイコンタクトを取り、タイミングを合わせて魚雷を発射した。片舷20門、全40門。二人で合計80門の魚雷発射管から放たれた魚雷が、敵艦隊の大半を襲う。
直後、轟音と共に火柱が上がり、重巡や戦艦が炎に包まれた。レ級撃沈とまでは行かなかったが、それでも相当な深手を負わせただろう。
しかし、この私の判断は明らかに慢心であった。なのにそれに気がつかなかった私は、自分の力に溺れていたのだろう。
すっかり敵艦が少なくなり、後少しと気を緩め少し落ち着いていた時。
「北上!危ないぞ!」
「ええ?危ないって何…ッ!?」
気づいた時には、もう既に遅かった。
振り返るとそこには戦艦レ級がいた。
そいつは大口径主砲を構え、私を沈めようとしていた。今まで沈められた艦の仇を取ろうとしているかのように。
私の脳裏に、轟沈の二文字が浮ぶ。
ああ、私はここで沈むのか。心の中でそんな事を考えながら、私はそっと瞼を閉じた。次々と甦る記憶に、悪くない人生だったと呟く。見えてはいないがレ級はもうすぐ私を撃つ。多分他の艦娘が助けに来ないのは深海棲艦の群れに足止めを喰らっているからだろう。これで、本当に最後。
そして遂にレ級が砲撃した。1秒に満たないはずのその時間が何分にも感じられた。
私の体をレ級の砲撃が焼き払う―事はなかった。
「…え?」
誰もいないはずの私の前に立つ一人の女性。
私と同じ制服に身を包み、私と同じ魚雷発射管をつけ、私とよく似た艤装を身に付けている。
――そう。私の親友にして相棒、大井っちだ。
「どう…して…。大井っち…なんで…」
「大丈夫…ですか?北上さんは…本当に…」
「もういいよ…。それ以上喋らないでよ…。なんで私なんか庇ったのさ…」
「だって…北上さんは…私の、大事な…大事な人…ですから…。助けて…あげないと…」
体の所々から血が流れ出し、今すぐにでも治療しないと危険な状況だ。私は大井っちを抱きかかえてしゃがんだ。何が何だか分からなかった。
「でも…良かった…。北上さんが…無事で…」
「でも大井っちが…。大井っちが!!」
泣き叫んだ。ただひたすら泣き叫び、自分の愚かさを呪った。自分が慢心などしなければ、こんなことにはならなかったのに。私は馬鹿だ。
「北上さん…。後は、お願いします…」
「大井っち…?大井っち、大井っち…大井っち!」
抱きかかえていたはずの大井っちが、私に体重を預けてきたような気がした。すぐにおかしいと思い大井っちを揺する。しかし、反応はない。
「ねぇ、嘘でしょ?…嘘だって言ってよ…」
大井っちが何か言葉を返してくれる事はない。
「大井っちぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!!!!!!!!!!!!」
それからの事は、よく覚えていない。
気づいた時には周りに深海棲艦はおらず、目を覚まさないままの大井っちと私、中破状態の加賀と長門、被害軽微の蒼龍と扶桑がいるだけだった。
私達は大井っちを守りながら鎮守府へ帰還。
大怪我をおった大井っちはすぐドッグに入った。
――だが、大井っちの怪我は治らなかった。
作戦結果の報告後、提督は艦隊から大井っちを除籍し、代わりに木曾っちを編成した。
大井っちは、体に癒えることのない傷をおって。
私は、心に一生癒えることのない傷をおって。
あの運命の砲雷撃戦は、私に色々なことを教えてくれた。あの日から私は、強さを求めている。
「やぁ大井っち。今日も行ってきたよ」
執務室を出た私が向かったのは、昔、私と大井っちが二人で使っていた部屋だ。今は大井っちの個室になっている。昔のような棚や箪笥といった物は全て取り払われ、ベッドがあるだけだ。
「ん、最近顔色がいいね〜。良かった良かった」
目を覚ますことのない親友に向かって、私は話し続ける。これが、私に出来る罪滅ぼしだから。
「…ねぇ、大井っち。あの時…私がもっと強かったら、大井っちはこんなことにはならなかったのに…。ごめん、本当にごめん」
これを大井っちに聞かれれば、そんなことはないと一蹴されるだろう。だが、構わず私は言う。
「大井っちはすごいよ。自分のことだけじゃなく、他の人にも気が使えるんだから。私なんかよりも、大井っちの方が全然強いや。それに…」
話しているうちに、目から涙が流れてきた。
人の体は都合が悪い。何でこのタイミングで涙が出てくるのかが、私には到底理解できない。
「…それに、大井っちは昔から、自分が戦う理由をちゃんと導き出せてたもんね。私には…戦う理由なんてなかったよ。…でもね」
私は右手で零れた涙を拭うと、真っ直ぐに大井っちの方を見つめ、再び話し始めた。
「私、戦う理由が見つかった。そんな気がするんだ。私が何の為に戦うのか、それは…。大井っちを守る為。あの時守ってもらった恩を返す為」
涙は拭っても拭っても流れてくる。けれど私はそんなことお構いなしに大井っちに話し続けた。
「もっともっと強くなって、次は…私が大井っちを深海棲艦から守る。だから…早く帰ってきて」
私は大井っちの細い手を強く握る。
大井っちが握り返してくることはないが、私の決意を感じてもらう為にも、私は手を離さない。
「なんて、聞こえてるわけないよね…」
そう思い、私は握っている手を離そうとした。
――次の瞬間、何かに握られた感じがした。
「――!?」
その正体は、なんと大井っちだったのだ。
信じられなかった。私はつい、大井っちが目を覚ましたのかと思ったが、動いたのは手だけであった。だが、私は大井っちに気持ちが伝わったと実感した。そして何かに勇気づけられた気がした。
「…うん。それじゃあ大井っち、行ってくるね」
そう言って私は大井っちの部屋を出た。
少し空いた廊下の窓から、南風が吹いている。
今年も夏は暑くなりそうだ。そんなことを思いながら、私は廊下を走り出した。
――私の名は北上。重雷装巡洋艦、北上。
ここの鎮守府の秘書艦で第一艦隊旗艦。そして今は、未だ目を覚まさない親友を待ち続ける艦娘。
けれど、いつかあの子は還ってくる。あの子を守る為にに強くなるのが、今の私に出来ること。
だから私は、その日まで戦い続ける。
いつかあの子が、還ってくるその日まで――。