顔だしNGのアイドルA   作:jro

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趣味が歌投稿の女子大生です

 

薄暗い部屋の中、耳にヘッドフォンをして流れてくる音楽に身を任せながら一心不乱に歌っていく。

 

私はこの狭い部屋の中で一人で歌っているこの瞬間が大好きだ。

 

バラード系にポップ系、アップテンポな曲にスローテンポな曲。情熱的な歌もあれば悲しい恋愛の歌。どんな歌でもその歌を歌っている間だけはその歌の中に入ってけるような気がするから。

 

目を閉じて歌いあげる。

今歌っている曲はあるアニメのワンシーンで歌われた曲でスローテンポの悲しい歌。病弱だった少女が最後の場面で恋人だった少年に思いを伝えて死んでしまうのだ。

アニメを実際に見て、その曲が流れるところも見た。そのおかげで歌っている最中にそのシーンが頭から離れず、何度も声が震えてしまった。ところどころつまりもしたが私は最後まで歌い上げる。

 

最後のワンフレーズを歌い、アウトロが流れる。そこまで来たらもう限界だ涙がボロボロこぼれて止まらない。マイクにしゃっくりの音や鼻をすする音が入ってしまうがもはや気にしてはいられない。

 

アウトロを聞き終え、マイクのスイッチを切る。

ふーっと体にたまった熱を吐き出しながら余韻に浸る。

 

 

ひとしきり落ち着くまでボーっとした後、私は今録音した私の歌を動画サイトにアップロードした。

 

 

「これで終わり。・・・早く学校に行く準備しないと」

 

 

部屋に散らかっているコードやマイクを片付け、服を着替える。本日はジーパンに白のシャツ、それに薄いベージュのジャケット。着替えたら洗面所に行って顔を一度洗い、薄いメイクを施す。

 

自分のことにあまり頓着しない私だが、さすがに目をはらした状態で外を歩きたくはない。

 

メイクも終わり、髪に手を伸ばす。黒く長い髪は無造作に伸ばされており、目元が若干隠れてしまうほど。最低限の癖毛だけ直し、準備は完了。

 

いつもの学校用のバッグを肩にかけ、いざ学校へ。

 

 

 

 

私、浅間 凪 21歳。 大学生しながら趣味で歌を歌っています。

 

 

 

 

 

大学までは最寄りの駅から歩いて15分ぐらいのところ。今日の講義は昼過ぎからなので電車の中も空いていて簡単に座ることができた。

 

電車から降りて大学がさほど遠くはないとはいえなんといっても真夏日。駅そばのコンビニでミネラルウォーターを購入。それを口に含み、日陰を選びながら何とか大学へ。道中に私と同じ時間の講義を受講している生徒たちとすれ違ったりもしたがみんな私が近くを通るとどうしてだがチラッと見た後にすぐ目をそらしてしまう。

 

目をそらされてしまう理由はやっぱりあれなんだろうな。わかってはいるのだがやっぱり目をそらされるというのは少し傷ついてしまう。

 

 

少しブルーになりながらも学校へと到着し、講義を受ける。今日の講義は自由席で仲の良い人同士が隣り合って授業を受けているがあいにくながら私の周りは切り取られたかのように空席になっている。

 

 

べ、別に友達がいないわけじゃない。今日はとっている講義が合わなかっただけ。

誰に言うまでもなく心の中でそう吐き捨てるも虚しさしか残らない。

 

本日の授業は5限まで。家に帰る頃にはもう暗くなっているだろう。

 

全ての授業を一人で受け終え、ひとりぼっちで帰宅。靴を脱ぎ、カバンをその場に落とし、ジャケットを放り投げ、リビングにあるPCに電源を入れる。

 

家に帰ってきてこういう風にいい加減にできるのは一人暮らしの特権だろう。家の中で歌っても怒られることは無い。まぁ周りのことを気にせずに大声で歌ってご近所に迷惑のはダメだから歌うときは仕事などで家にいない昼間などにしている。

 

 

PCに電源を入れ真っ先に開くのはメッセージボックス。これは動画投稿サイトに付属している機能の一つで動画の投稿者に視聴者から個人的にメッセージを送れるという機能だ。[アマギ]という私のハンドルネームのボックスを見ると、新しく投稿した動画のメッセージがいくつか届いていた。

 

届いたメッセージ読みながら下へスクロールしていく。いつも通り投稿を始めたあたりから私を応援してくれている人からのメッセージ、新しく見てくれた人たちからも応援や要望のメールもちらほらと送られてくる。

 

 

私が歌の投稿を始めたのは別に有名になりたいからではない。

 

 

歌を歌うことが好きだから。だけど人前で歌うのは恥ずかしい。なら顔を隠して歌を歌えばいい。

 

そう思っていた時に出会ったのがこのサイトだった。

 

顔や体をさらす必要もなく、誰かの前に出ることもなく、ただ自分の歌を歌って聞いてもらうだけ。

 

このサイトを見つけた瞬間。すぐにアカウントを作成し、動画を作った。それが一年前の話。

 

投稿するペースも早くない上に何か歌の中でアレンジしているわけでもない。ただ其れでも聞いてくれる人がいる。それだけで私は続けることができた。

 

「今回も良かったよ!」「やっぱ泣けるよねぇこのシーン・・・」「思いが伝わってきて貰い泣きしちゃった!」

「相変わらずちゃんと元ネタを見てから歌うその姿勢に感服します」「泣きました!今度はこの作品とかお願いしたいです!」

 

いろんなメッセージを読んでいく中で私はある一通のメッセージの前で止まった。

 

ハンドルネームが346プロダクションという名前。

 

芸能界やアイドル業界にあまり詳しくない私でも知っている346プロダクションという名前。勝手に使っているのならすぐに運営から削除されそうな名前だが・・・

 

私はカーソルをそのメッセージを開き、中身を覗くとそこには

 

 

「アイドルになってみませんか?」

 

 

そう書かれていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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