顔だしNGのアイドルA   作:jro

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この後の展開をいろいろ考えていたら遅くなりました。ごめんなさいでした。


時間は大事

武内さんの前から逃げたあの日から私は武内さんとは極力出会わないようにしていた。基本的に電話やメールでの対応。レッスンの為に事務所に来たときはコソコソといつも以上に警戒した。

幸いにもこれまでも事務所内では周りに警戒して人通りが少ない道を選んで歩いていたので遠目に武内さんを見かけることはあっても私が見つかることは無かった。

 

武内さんは非常に目立つ。社内では比較的見つけやすい彼から逃げることは難しくなかった。

 

別に武内さんのことが苦手になったとかそういうことではない。ただ、なんといえばいいのか。喧嘩してしまった友人と顔を合わせづらい感じか。勝手に私が思っているだけなのだが。

 

まぁ、しばらくの間こういったことをしていれば嫌でもちひろさんには気づかれてしまう。

彼女から話を聞くとどうやら武内さんも今の私との現状をどうしていいかわからないらしくちひろさんに頼んでいたらしい。

 

これは私自身の問題だ。武内さんに迷惑をかけるつもりはない、いや、もう迷惑はかけているのか。だとしたらどれだけ度し難いんだ私は。

 

あれから武内さんと会わずにしばらく過ごして何か自分の中で解決できたかといえば進展はない。むしろ前よりもひどく、ずっとみんなが輝いて見える。

 

なんていうのだろうか、隣の芝は青い?まぁ、そんな感じだろう。

 

『ナギサ』というアイドルが持っていないものをたくさん持っているあの子たちに酷く劣等感を抱いてしまうのだ。

 

別に仕事がないわけではない。基本的には歌だが、CMソングを歌うだけでなく少しずつラジオにも出ている。非常にありがたいことだ。非常にありがたいことなのだがそれが余計に私を揺さぶってくる。

 

 

そして本日、ちひろさんに連れられて武内さんのプロデューサー室へ。

 

 

 

「・・・おはようございます、ナギサさん。」

 

 

「おはようございます。」

 

 

 

中に入ると武内さんが迎えてくれた。いつも通りのように見えるがやはり少し動きがぎこちない。私になんて気を使わなくてもいいのに・・・という言葉を心の中で思いながらも私も平静を心掛ける。

 

促されるままにソファーへと腰かけ、ちひろさんが出してくれたコーヒーに視線を落とし両手で覆うようにして持つ。

掌で温かさを感じているうちに武内さんも正面のソファーに腰を掛けた。

 

しかしいつまでたっても武内さんが話を始めない。チラリと上目で見てみると長くなってきた前髪の隙間から何かを話そうとして口ごもっている武内さんが見えた。

 

沈黙している間がとても気まずい。それを見かねたちひろさんがふいに武内さんの横に座った。

 

 

 

「ナギサさん、最近何かありました?」

 

 

「何か・・・ですか?」

 

 

「ここ最近、プロデューサーさんを避けているようでしたので」

 

 

 

眉を下げて心配そうに聞いてくる。

確かに今回一番板挟みにあっているのはちひろさんなんだろう。全く関係無いのに心配をかけてしまって心苦しいばかりだ。

 

 

 

「もしかしてプロデューサーさんに何か言われた・・・とか?」

 

 

 

そうちひろさんが言った瞬間、ビクッと肩を震わした。私と同じようにちひろさんの隣で居心地悪そうに体を小さくしている武内さん。

それを見て私の心の中にも罪悪感が募っていく。

 

 

 

「そういうわけではありません。ただ、これは自分の問題で・・・武内さんは、関係ありません。」

 

 

「その問題を話していただくことはできませんか?」

 

 

 

今まで沈黙していた武内さんが不意に口を開いた。

 

 

 

「すみません。少しまだ自分の中で整理ができてないので・・・」

 

 

「話していただけるだけでも少しは変わるかもしれませんし」

 

 

「でも・・・」

 

 

「何か私に問題があるのでしたら言っていただければ気を付けますし、何か事務所内に不便があればできる限り改善させていただきます。ですから」

 

 

 

私に相談してはいただけませんか?

 

暗にそう言ったであろう武内さんの表情は真剣そのものだった。

あぁ、そうでした。そうでしたね。武内さんはこういう人でしたね。彼自身にそういった気がなくとも、渋谷凛ちゃんの時を見ていれば自ずとわかること。

 

彼も私も諦めが悪い・・・いえ、私に関してはズルズル引きずっているだけでしょうか。

 

 

 

「・・・今は待ってください。恥かしい話ですけど自分がどう思っているかもわかっていないんです。ですから、自分なりの答えが出たら。相談・・・させてもらってもいいですか?」

 

 

 

私がそう言うと、武内さんは小さくうなずいた。

 

 

「ナギサさん・・・これは一つの提案なんですが。・・・今度のCMソングの収録が終わり次第、しばらくお休みをとってはどうでしょうか?」

 

 

「それは・・・」

 

 

「深い意味があるわけではありません。ここ最近仕事も重なってきてますし、次の仕事が終わり次第休みを取っていただきじっくり考えてみてはどうですか?日程調整はこちらで済ませておきますので」

 

 

「それは確かにありがたいですが・・・まともに活動してもいないのにお休みなんて頂いてしまっていいんでしょうか?」

 

 

「何か不安や悩みがあり、それが活動に影響するのであれば一度休むことも大事です。私が悩みを解決できることが一番良いんですが無暗に詮索しない方がいいだろうと思いまして。」

 

 

「それなら・・・お言葉に甘えてもいいでしょうか?」

 

 

そこからはトントン拍子に話が進んだ。前もって休暇を進める為に武内さんは用意をしていたらしい。

大まかな内容としては私が次の仕事を終えてから休養を取るということ。そして次の仕事はまた武内さんと話してその時に武内さんが良いと判断したら活動を再開させてくれるらしい。レッスンも普段通りの予定ではあるが参加不参加もこちらに任せてもらえるそうだ。

 

何とも優遇されすぎているような内容だがアイドルをやっているみんなもこんな感じのお休みを頂いているのだろうか。アイドルってすごい。

 

ともあれ私は武内さんのくれたこの時間ではっきりさせないといけないのだろう。できるだけ早急に

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★

 

 

休養を取ってもらうということをナギサさんに話した。久し振りに話した彼女は俯きがちではあったが、少しは落ち着いた様子だった。

 

 

 

「では、ゆっくり休んでください。」

 

 

「今度ご飯でも行きましょうね。」

 

 

「はい。・・・楽しみにしてます。」

 

 

 

私は彼女が出ていった後、ソファーの背もたれに深くもたれかかり大きく息を吐いた。普段通りに話すだけのはずなのにひどく緊張した。理由はわかっている。ここ最近の態度の変化だ。ナギサさんに避けられていたのは嫌でもわかっていた。

 

自分のことを避けている相手と話すことがひどく緊張するものであるということはよくあることだ。それが異性であればなおさらである。

 

 

 

「お疲れ様です。やっぱり、ナギサさんの御休みを取るのは簡単ではなかったみたいですね?」

 

 

 

私の空になったカップに千川さんが温かいコーヒーを注ぎなおしてくれた。

 

 

 

「そう・・・ですね。私の想像以上にナギサさんの影響力は強いみたいです」

 

 

 

先程話していた時にはナギサさんには嘘をついたが千川さんの言う通り今回、ナギサさんの休日を用意するために各方面を駆けずり回った。ナギサさんを指名して仕事を持ってきてくれる企業の皆様や元々あったラジオのお仕事。これらの仕事を調整するのもかなり苦労をしたのだがそれ以上に苦労したのは会議においてその旨を伝えた際に少なくない反対の声があったからだ。

 

346プロダクションという企業としてみればナギサさんは休ませたくはないというのは当たり前の考えだろう。今売れ始めている彼女をもっと押せという声が非常に多かった。

 

だが私はその声を制して今回の件を通した。結果として周りには睨まれることにはなったがそれ以上に今回の休養は価値のあるものだと思う。

 

元々ナギサさんをアイドルの道に誘ったのは他でもない私だ。ナギサさんはアイドル活動を始めてからというもののどこか焦っているように思えた。レッスン中の彼女の様子を麗さんやちひろさんから聞いても普通ではない。

まるで作業のように、コンピューターのように悪かった部分を修正していく。

休憩時間中もひたすらに自分の歌を聞きこんでおり、何もしないのはお昼の時だけらしい。

 

 

 

「ナギサさんの悩みっていったい何でしょうね・・・」

 

 

 

先程までナギサさんが座っていた場所に座った千川さんがそうつぶやいた。

 

 

 

「・・・これは先日聞いた話なのですが。江崎部長・・・歌手部門の部長の方がナギサさんに接触したそうなんです。」

 

 

「えぇっ!」

 

 

私がそういうと、千川さんは目を大きく見開いて体を乗り出してきた。

驚くのも仕方がない。私も初めて聞いたときは千川さんと同じように腰を浮かせてしまった。その話をしに来たのが江崎部長本人だった為にあの時の衝撃は計り知れなかった。

 

 

 

「プロデューサーさん・・・それって」

 

 

「はい、ナギサさんに歌手への転向を勧めたとのことでした。」

 

 

 

江崎部長は唐突に私のプロデューサー室までやってきたかと思えば、ナギサさんへ歌手部門に来ないかと誘ったこと、そしてその話の中でナギサさんが思っていたことを堂々と言ってきた。

本来ならばそういった他部門所属に干渉、勧誘するのは346プロダクション内ではやってはいけないこととして暗黙の了解があった。

それを堂々と破った挙句、私に言ってきたということはそれだけ江崎部長が本気ということに他ならない。

 

今回の件に関しては間違いなくタブーなのだが、江崎部長には346内でも小さくない権力がある。

 

 

 

「プロデューサーさん・・・もしナギサさんが、えっと・・・その」

 

 

「ナギサさんが歌手になりたいというのであれば私は止めるつもりはありません。」

 

 

「ど、どうしてですかっ!?」

 

 

 

私個人の願いとしては初めから変わっていない。ナギサさんにはアイドルを続けてもらいたい。しかし、江崎部長から先のことを告げられたのはあのナギサさんが走り去っていったあの後のことだった。

部屋でずっと考えていた私は江崎部長のその話を聞いて、あの時のナギサさんの反応が結びついたのだ。

 

笑顔に対して過剰に反応するのは自分がファンの人に顔を見せることができないから。何度も何度も繰り返して練習するのは自分には歌しかないと思っているから。そして初めてのライブでアイドルを見た時のキラキラ輝いているアイドルたちを見て余計に焦りが生まれたのだろう。

 

自分はああはなれない。だからこそ、歌だけは。そう思っていた彼女に江崎部長の勧誘。揺れ動いているのだろう。

 

 

 

「私は・・・ナギサさんにアイドルとして輝いてほしいと思っていますし、その力も十分にあると思っています。」

 

 

 

あの歌を初めて聞いたときから。その思いは一切変わってはいない。しかし

 

 

 

「ナギサさんが心からアイドルではなく歌手になりたいというのであれば、私は・・・」

 

 

 

応援する。背中を押す。色々といい方はあるだろう。しかし、どれも今の私の心境とはほど遠いものだった。

もやもやとした気持ちを隠すこともできず眉が寄っていくのがわかる。

 

そんな私の気持ちを察してくれたのか千川さんは私の手に手を重ねた。

 

 

 

「信じましょう・・・大丈夫です。ナギサさんもアイドルを続けたいはずですよ。なんたって、アイドルは全女の子のあこがれなんですから。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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