346プロダクションの中にはさまざまな施設があり、346プロダクションに所属する多くの歌手やアイドル、俳優、女優たちがレッスンする為のレッスンルームやトレーニングルーム、レコーディングルーム等。所属する個人が使用するための施設もあれば、進行しているプロジェクトが使用する大きな部屋もいくつかある。プロジェクトはアイドル部門や歌手部門。様々な部門のプロジェクトが各々専用の部屋を持っている。
プロジェクトルームではそのプロジェクトの仲間たちで交友を深めたり、担当のプロデューサーからそのプロジェクトの進展や仕事などの説明を受ける等重要な部屋で在ったりするのだが、所属する子たちにとってはプロジェクトの仲間と時間を共有できる空間であり、各々自分の好きなものを持ち込んでプロジェクトルームを華やかにしたり、仲間同士で共有していたりすることが多く、プロジェクトごとに個性が出ている。
その数あるプロジェクトルームの中のアイドル部門のプロジェクトルームに彼女はいた。
そのプロジェクトルームはあまりものが多くなく、質素なプロジェクトルームだった。大きなテーブルと、それを囲うようにしておかれたソファー。彼女はそのソファーに腰掛け、自前のイヤホンを耳に着けていた。
彼女はイヤホンから流れる音楽に身をゆだねていたが、そこはプロジェクトルーム。彼女以外にもそのプロジェクトに所属する子たちが部屋にはいた。
「しぶりん何聞いてるのー?」
ソファーに座っていた彼女、渋谷凛を後ろから覗き込むようにして顔を近づけてきたのは同じプロジェクトのメンバーで同じユニットとして活動をしている未央だった。
未央は私の返事を待たずに私の右耳のイヤホンを取り、自分の耳へと着けた。
「ちょっと、未央!」
「まぁまぁいいじゃん・・・ってこの歌ナギサさんの歌じゃん!」
イヤホンを私から奪い取った未央は、耳に着けてから直ぐに聞いていた曲が誰だったのかを言い当てた。まぁ別に聞いていた曲が未央にバレるぐらいなら構わないのだが、未央の声が思いのほか大きくプロジェクトルームにいたほかのメンバーにまで聞こえてしまったようで、みんなの視線が私に集中しているのがわかる。
良くも悪くもシンデレラプロジェクトにおいてナギサさんは非常に話題のアイドルだった。
私たちより少し前に活動を開始したアイドルなのだがデビューするにあたってのライブをやっていないらしく、突然に姿を現したアイドルだったそうだ。姿を現したといっても本人の写真は一切なく、事務所のホームページのプロフィールにも名前はあったのだが基本的なプロフィールだけで写真は一切なかった。
そんな謎に包まれているアイドルだが、ひっそりとデビューをしたのにもかかわらず彼女の人気は確実に出てきている。
デビューして直ぐにCDをだしたり、大きな企業のCMのCMソングを歌ったりと新人アイドルとは思えないような活躍を見せている。
彼女がどんなアイドルかだけでなく素顔すら公表していないのにアイドルとして活躍している彼女に一部からは純粋な好奇心やら嫉妬心やら良く分からない感情がシンデレラプロジェクトでは発生していた。
「凛ちゃんナギサさんの歌聞いてるんですか?いいですよね!私もCD買っちゃいました!」
未央の後ろから歩み寄ってきたのは未央と同じく同じユニットの卯月だ。卯月ともナギサさんについて話すが、卯月は純粋にナギサさんのファンのようで『いずれお会いして話してみたいです!』とよくいっている。
「私も買ったよ!なんかこうーあれだよね!えーっと、そうロックだよね!」
「至上の旋律。我が魂を震わすに相応しい音色っ!」
「なんというか・・・引き込まれちゃいますよね」
上から李衣菜、蘭子、智絵里。蘭子は相変わらず何言ってんのか良く分からないけど褒めているのだけはわかった。
概ねプロジェクトのみんなからはナギサさんの歌は人気らしく、各々自分が気に入っているフレーズやメロディーを話し合っている。
そんな中で一人だけ眉をひそめている少女がいた。それは私の正面のソファーに座っていた猫耳アイドルだった。
うーんうーんと顎に指を当てながら考え込むみく。自分の口から言っていた通りみくもナギサさんの歌は気に入っているようだが何か納得できない様子。
「確かに歌はうまいし、みくもナギサチャンの歌は好きなんだけど・・・。」
「だけど・・・何か気になることでもあるの?」
「ナギサチャンって本当にアイドル?って・・・思っちゃうにゃ」
それはみくだけじゃなくほとんど全員が心の内に思っていたことだろう。
346のアイドルとして活動しているはずなのに顔は出さず、アイドルが本来しているであろう仕事はほとんどしていない。それは本当にアイドルなのか?と思った人は少なくないはずだ。
シンデレラプロジェクトの中でも真面目なみくはそこが引っかかるのだろう。
「そう、そうにゃ!顔出してないアイドルなんてアイドルって言えないと思うにゃ!」
「確かにー!アイドルって言われるより歌手って方がピッタリくるよねー。」
そう声高に主張するみくに賛同する未央。ナギサさんの話になると毎回のようにこう言った話が出てくる。そして共感できるもの同士でひたすら語りだすのだ。だがその話し合いの中にナギサさんを中傷するような内容はなく、ひたすらに疑問だけが飛び交っている。本日もそんな話し合いをしている二人を見て私は小さくため息をつき、視線を卯月に向けた。
「卯月はどう思う?」
「私ですか?私は凄いなぁって思います!お顔は分からなくてもお歌を聴くだけで応援したくなっちゃいますよね!いつか一緒のステージに立ってみたいです!」
「そっか」と私が告げると、いつものようなまぶしい笑顔で「はいっ!」と返す卯月。あぁ、やっぱり卯月はすごいなぁと思いながらも実際に一緒のステージに立つことを想像して少し胸が高鳴る。ステージに立った彼女が一体どんなパフォーマンスをしてくれるのか、そんなライブを1ファンとしても見てみたい。
そんな事を考えていると、イヤホンから流れる曲が変わった。その歌はスローテンポの悲しい歌。病弱な少女の悲しい恋心が綴られた歌詞。歌っている人は女性でその歌声はところどころ声を震わせ、今にも泣いてしまいそうなほどにこの歌に対する想いが聞いているだけで伝わってくる。
最後のフレーズを歌い切り、アウトロが流れている最中も小さなしゃっくりや鼻をすする音が聞こえてくる。そして一番最後に「あ、りがどう、ござっ、ました」と涙声で言ってその歌は終わった。
聞き終えた私はその余韻に浸っていると、イヤホンをつけていない方の耳からぐすっぐすっと小さな泣き声。ハッとして泣き声の方へと振り向くといつの間にか私のイヤホンのもう片方を耳に着けていた卯月がぽろぽろと涙をこぼしていた。
「う、卯月!?」
「うぅ・・・すごく、すごくいい歌ですね・・・なんだが聞いているうちに・・・涙が、ぽろぽろ出てきちゃって・・・ぐすっ」
自前のハンカチで目元をぬぐう卯月。涙をぬぐい終えると、いつも通りの笑顔を私に見せた。
「なんだか凄い引き込まれちゃって・・・思わず泣いちゃいました。」
「分かる。私も初めて聞いたときはウルッとしちゃったし。歌詞もメロディーも良いんだけどそれを泣きながら訴えかけてくる感じが・・・もう、ね」
「そうですよね!もう、感極まっちゃって!」
私も初めて聞いたときは卯月のようになってしまったのを覚えている。聞き終えた後にその場でボーっとしばらくの間涙を流したまま呆然としていた。
ずっと固まったまま動かなかったからかお父さんに真剣に心配されるほどだった。
偶然彼女を見つけたのはある動画サイトを見ていた時だった。
その日は一日中暇だったから最近有名な歌手やアイドルの歌を聞いていた。そしてまた一曲聞き終えた時、関連動画の枠に彼女の動画があったのだ。次に聞く曲も決まっていなかったのでその動画を再生したのだ。
見つけたのは本当に偶然だったのだがあれ以来私は彼女のファンになっている。
「ところで、この歌どなたが歌っているんですか?」
「あぁ、この人歌手じゃないから。アマギっていうんだけどネットに歌を上げてる人だからたぶん卯月は知らないと思う」
「えぇ!プロの方じゃないんですか!それにネットってことはアマギさんは歌い手という方なんでしょうか?」
「うん、多分そうだと思う。」
私自身歌い手という人たちについてあまり詳しいわけじゃない。最初だって卯月と同じようにアマギはプロの歌手だと思ってた。必死でCDやらライブ映像やら探したけれど見つからなくて、ようやく歌い手という言葉を知ったぐらいだった。
アマギ以外の歌い手の歌も聞いたがどの人もうまいとは思ったがアマギほどの感動を味わう人はいなかった。
まぁ、それ以降アマギが曲を投稿する度に聞くようにしていたのだがここアイドルの活動を始めてから時間があまりとれずに聞いていなかった。
卯月もアマギの曲を聞いていたく気に入ったようで、「他の曲はないんですか!」と興奮している。せかされるようにしてケータイの画面をスライドさせていくと、見たことのない動画が欄にあった。
「ちょっとまって・・・ってあれ?新しい動画がある。」
どうやらアニメソングらしいその歌。その曲名を検索してみると、最近やっているアニメのEDテーマであることが分かった。
「新しい曲ですか?早く聞いてみましょう!」
卯月に急かされるままに再生ボタンを押した。
動画が再生され、イヤホンからイントロが流れ始める。そして聞こえてくるアマギの歌声。アニメの内容に沿っているであろう歌詞を丁寧に歌い上げていく。
強弱やビブラートを利かせたりフレーズの切り方や息づきどれも丁寧でとても聞きやすい。声も通っていてやっぱり歌が上手だということが再認識させられる。
だけど、その歌を聞いている私には違和感がどんどん募っていった。
「やっぱり上手ですねアマギさん!私もこれだけ上手に歌えたらなぁ・・・ってあれ?凛ちゃん?どうかしたんですか?」
「卯月はさ、今の歌聞いて何か思わなかった?」
「えーっと・・・ごめんなさい。凄い上手だった事しかわからないです。」
「そっか」と卯月に返し私はスマホを操作し、アマギに当ててメッセージを送る。アマギの新曲を聞くたびに1ファンとしてメッセージを送っていた。いつもは純粋に曲の感想を書いていたのだが、この曲に関してはそれ以上に聞きたいことがあった。
メッセージを送信し終え、スマホをカバンにしまう。そして未だに先ほど私が聞いたことに関して難しい顔をしている卯月へと顔を向けた。
「さっきの歌さ・・・確かに上手だった。うん、プロって言われても分からないぐらい上手だったと思う。だけど・・・」
「だけど?」
「アマギはそういう歌い方じゃなかったんだよ。ただ自分の好きなように歌って感じたことをそのまま表現して。感動する歌だったら泣いて、楽しそうな歌だったら凄い元気よく歌ったり。だけどこの歌はただ・・・うまく言えないけど、上手いだけなんだよ。これはアマギじゃない。それに─────「皆さんそろっていますか。」
私が言葉を続けようとした時、プロジェクトルームの部屋のドアが開いた。
「「「「「「「プロデューサー!(さん)」」」」」」」
「先日も話しましたが本田さん、渋谷さん、島村さんの『ニュージェネレーションズ』と新田さんとアナスタシアさんの『ラブライカ』のデビューイベントであるミニライブの詳細が決まりました。つきましては────」
プロデューサーが私たちのライブについての説明をしているが全く耳に入ってこず。私は全く別のことを考えていた。
それは先ほど聞いていたアマギの歌のこと。ずっと気になって仕方がなかった。
プロデューサーが一通りの説明を終えみんなに何か質問があるかと聞いている時、みくが手を挙げて聞いた。
「Pちゃん!ナギサさんってどういったアイドルなの?顔とかも出してないしそもそもレッスンしてる姿すら見かけない。それなのにデビューしてるなんてなんかずるいにゃ!」
「そ、それは・・・。すみません、個人情報ですので私の口からお伝えすることはできません。」
「それはナギサさん自身が隠してるってことなの?」
「・・・・・・・すみません。」
みくが質問した内容。そしてプロデューサーがその質問に対して口ごもったこと。それを聞いて私はふとあることを思い出した。
それはあの日会って以降ずっと引っかかっていた『浅間 凪』のことだった。
咲さんとかみほさんとかのお話も書いてみたいと思う今日この頃