顔だしNGのアイドルA   作:jro

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暑い夏の日に

お休みをいただいてからというモノ私は家から出ていない。俗にいう引きこもりという奴だろうか。なるほどこれは悪くない。好きな時間に起きて好きな時間にご飯を食べ好きなことをして好きな時間に寝る。

 

ダメだこれはダメになる。

 

休みをもらって数日で気づいたことこのままでは本当に私は終わってしまう。問題は山積みだ、だけども考えたくもない。

やらなければいけないとは分かってはいるのにやりたくないと遠ざけてしまう。

 

今日も今日とて私はベットからズルズルとはい出し、いつものサイトを開いた。

久し振りにサイトを開いたので私の知らない歌や動画が上がっていた。現実を逃避するように新しい動画をあさることに没頭していた。

 

昔からそうだった。何か逃げたい事があるときはこのサイトを利用していた。他の人の歌を聞いて新しい曲を知ったり、その人のファンになったり。そして歌うのだ、嫌だ、したくない、逃げたいという思いを込めて自分の気持ちをぶちまけるように歌っていた。そして歌い終わった後は決まって何か気分がスッキリしていた。

 

 

「あぁ、歌えば何かわかるかもしれない」

 

 

しばらく動画を漁り続けていた私はいつもの衝動にかられた。そしてすぐ行動に移した、機材を用意し歌いたい歌の音源を探しヘッドホンをつけた。

 

今日歌うのは最近のアニメの曲だ。いつものようにその曲に身をゆだねるようにして歌う。自分の心情を吐き出すように。

 

途中までは気持ちよく歌えていた。だけれども歌っている中でどうしても違和感が拭えなかった。

 

この息継ぎの仕方では音が残っちゃう 今のはもうちょっと伸ばした方がよかった 抑揚をもっとつけないと 音程をもっと正確に 声を震わせるな テンポが速い そこのフレーズはもっとハッキリ

 

歌いながらもいろんなところが気になる。歌に集中できない。私は途中で歌うのをやめた。

 

録音を止め、一度再生してみる。前ならこんなことはしなかった。だけどもう自分の歌を確認しないと怖くて仕方がなかった。

 

聞こえてくるのは普段通りの私の声、だけれども足りない。あらゆる技術が足りていない。ここはこうしたほうが、そこはこうやった方がという思いがどんどん湧き出てくる。

 

結局最後まで聞き終えることなくその録音データは削除した

 

こんな歌ではだめだ、満足してもらえない。もっともっと練習しないと。

 

それからひたすらに録音を繰り返す。歌詞を印刷してそこにペンで修正を加えながら何時間もかけて完璧な歌を作り上げる。

何度も何度も時間を忘れるほどに歌い続けた。そして日が傾きかけてきたころ、ようやく納得できる歌を完成させることができた。それをいつも通りに投稿しようやく一息つく。

 

今まで続いていた集中力が切れ、どっと体が重くなる。流石に長時間歌っていたからか疲れていながらも空腹感に苛まれる。

ベッドに横になりたくなる衝動を抑えて立ち上がり、フラフラとした足取りで冷蔵庫へ。そして中をのぞいて驚愕した。

 

 

「なにも・・・ない。」

 

 

中に入っていたのは飲み物ばかりで食べられそうなものはお弁当に詰める冷凍食品や少しだけ残った野菜ぐらいだった。さすがにお腹が空いているとはいえこれではまともなものは作れない。

 

仕方ない。と立ち上がり服を着替える。財布だけ手にし外へ出る。私の家からスーパーまでは若干距離がある。自転車で行くことも考えたが自転車の前まで行き自転車の鍵を持ってくることを忘れ結局歩いていく事にした。

 

外は日が傾き、オレンジ色に染まっているというのに空気が異様に熱気をまとっていた。

一歩一歩歩くたびに顔がほてっていくのがわかる。もう夏も終わりに近づいているというのに未だ真夏日のような気温。

 

外へ出てからスーパーへと歩いているはずなのだが頭がボーっとして今自分がどのあたりを歩いているのかわからない。

夕方でこれだけ暑いのなら真昼はどれほどなんだろうとボーっとする頭で意味もなく考える。

 

ニュースで見たが今日も何人も熱中症患者が病院に運ばれたらしい。最近の気温では熱中症は朝昼夜関係ないらしい。

そういえばそのニュースでも外でも家でも水分補給を大切にと注意を呼び掛けていたような気がする。

あぁ、何もない冷蔵庫にも水分はあったのに。家を出るときに確認すればよかった。

 

後悔してももう遅く、とりあえず近くに自動販売機でもあればとあたりを見渡すが視界がゆがんで自動販売機がどこにあるのかわからない。頭もボーっとするし視界が揺れる。

 

あぁ、まずい。と思った時にはもう遅い。視界が白く染まっていく。そして不意に訪れる浮遊感と虚脱感。体から力が抜けていきスローモーションのように膝から崩れ落ちていく。

 

目の前に地面が近づいてきた。

あぁ、痛そうだな。と他人事のように考えていると不意に体がガクンと揺さぶられるのと同時に腹部に圧迫感。

 

 

「お─!───か!?」

 

 

誰かが耳元で叫んでいる気がするがハッキリと聞き取れない。少なくともその誰かに支えられているのは分かる。

 

あぁ、ごめんなさい顔も知らない誰かさん。足に力も入っていないから重いでしょうに。

 

 

「──っ!────ごめんなっ!」

 

 

唯一ハッキリと聞こえたその声とともにまた今度は上に浮き上がるような浮遊感を感じる。不意に抱えあげられたようで、うっすらと目を開けるとぼやけていながら私を抱えている人が眼鏡を掛けていることだけは分かった。

 

視線ををずらすと世界が90度傾いてみえた。どうやら私は横向きに抱えられている、いやお姫様抱っこというモノををされているらしい。

 

あまり揺らさないようとか早く涼しい場所にとかいろいろ気を使ってくれているのが朦朧としながらも分かる。

 

初めての御姫様抱っこ。

それはドキドキするとかうぶな反応をするわけでもなくただひたすらに申し訳ない気持ちでいっぱいだった。


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