346プロダクションなる者からメッセージをもらってからはや1ヶ月。私はなぜか346プロダクションの前にいる。
メッセージをもらった直後私はそのメールを真に受けることもなく流していたのだが、そのメールは一日置きに毎日のように流れてくるもんだからいい加減に不審に思えてくる。運営にも問い合わせてみたが対応は無し。警察に話してみようかとも思ったがさすがに警察に相談しづらい内容。
まぁ、もちろん私には相談できる友人はいなかったので仕方なく無視する日々が続いていた。
そして本日もPCを開きメッセージボックスを見るとやはり346プロダクション(仮)からメッセージが来ていた。
内容はいつもと変わらず「アイドルになってみませんか」という短文が一番上に来ている。が、本日はその下にもう少し文章があるようだ。
ゆっくりと下にスクロールしていく。するとそこには
「346プロダクション 武内 TEL ***-****-**** 一度こちらまでお電話いただけると助かります」
名前と電話番号まで書かれていた。これが本当かどうかはわからない。だけど普通に考えれば偽物なんだろうなと思う。この電話番号にかけた瞬間、個人情報が抜き取られて転売・・・なんてことも普通に考えられる。
今まで私は送られてきたメッセージに対して返信を全くしていなかったので逆にあちらから接触するための情報を提示してきたと考えれば自然なのかな?
だけどもどうにも気になる。
こういったことが初めてだからわからないけれど数日無視されれば諦めるものなのではないだろうか。ここまで執着される理由は何なのだろう。
所詮趣味で歌を投稿しているだけの素人だ。加えて顔を出したこともないし生放送?というものをしてファンと話したこともない。
つまりこの武内(仮)さんは私の顔を見たこともないしどういう人物かもわからないのにアイドルになってみないかと仰っているのだ。
そんなことを一人で考えているうちに私の手はケータイへと延びており、メッセージに書かれている番号・・・ではなく346プロダクション本社へと掛けていた。
念には念を。私はそんなに安易にホイホイ信じる女ではない。それに346プロダクションに確認をとればはっきりすることだ。なんで最初にそうしなかったんだろう。
まぁそんなこと今更考えても仕方ないということで携帯に耳を当てる。1コール、2コールしないうちに女性が電話に出た。
『お電話ありがとうございます。こちら346プロダクション受付でございます』
「あ、すみません。えっ・・・と[アマギ]と申しますがそちらのプロダクションに武内さんという方はいらっしゃるでしょうか?」
『武内ですね。少々お待ちくださいませ』
やはり大手の受付、対応も丁寧だ。そういえば武内さんって名前だけで聞いちゃったけど分かるようなものなのだろうか?
『お待たせいたしました。アイドル部門の武内でよろしかったでしょうか?』
「あー、はい。その武内さんです」
『失礼ですがもう一度お名前をうかがってもよろしいでしょうか?』
「?えっと、名前は[アマギ]です」
『アマギ様ですね。おつなぎしますので少々お待ちくださいませ』
受付嬢の声がフェードアウトし、また保留音が流れる。アポ取らなくてもつなげてくれるんだなー、じゃなくてアイドル事業部に武内さんという方がいらっしゃるということはもしかすると今までのメッセージは本物になるということではないだろうか。
まぁ、まだ本人が送ったという聞いたわけではないから分からないが。もし本物だったところでキチンと「アイドルにはならない」と伝えれば済む話だし。偽物ならこれからも無視し続ければいいだけ。焦ることは何もない。
またケータイから流れてくる独特の保留音を聞きながら待つ。
急な電話ではあるし少し待つことなるかなーっと思いベッドにもたれかかると、予想とは裏腹に早くつながったようで渋い男の人の声が聞こえた。
『お待たせいたしました。アイドル部門の武内です』
「いえ、こちらこそ急にすみません。えっと、最近346プロダクションの武内さんという方から毎日メッセ・・・メールが届くのでその確認にお電話させていただいたのですが」
『はい。確かに私が送らせていただいております』
私がまくしたてるようにそう説明するとあっさりとその答えは返ってきた。
こんな渋い男の人が?本当に私の歌を聞いて?
ありがとうございます?迷惑ですからやめてください?なんて返せばいいのかわからなくなり言葉が詰まってしまう。
そんな私を知ってか知らずか武内さんは話をつづけた。
『初めて[アマギ]さんの歌を聴かせていただいたときに思ったのです。貴方はアイドルになるべきだと。なって輝ける存在だと。そう思えるほどあなたの歌は素晴らしかったです』
真剣な声音で。それが世界の真理であるかのように彼は告げる。
というよりかなり積極的じゃなかろうか?初めて話した女性にこんなことを言う男性がほかにいるだろうか。
私の浅い交友範囲の中でも初めてのタイプで少し顔が熱くなってしまう。
「で、でも私と武内さんはお会いしたこともないですよね?会ったこともないのにアイドルになれるかなんて・・・それに」
『では一度お会いしませんか?もし場所を指定していただければ其方に向かいます』
「えっ!?あ、会うんですか?」
『もしよろしければですが。・・・私は一度[アマギ]さんに会ってみたいです』
そこまで話して私は頭が真っ白になった。
もともとコミュ障(自称)だった私。電話といえ一対一で話したことも少ない私が同性ではなく異性と話し、かつぐいぐいこられ私のCPUはオーバーヒートしてしまった。
そのあとはとんとん拍子に会う日時と時間、場所が決められた。場所は家の付近であまり会いたくなかったため少し遠いが346プロダクションの事務所にさせてもらった。
電話を切り。カレンダーを確認。私はとりあえず通販で服を買うことにした。
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その日も夜遅くまで残業をしていた日だった。
新企画であるシンデレラプロジェクトを発表したことにより多くの応募があり、毎日残業して履歴書に目を通し、選考する。
女の子の輝く夢を叶えるためのプロジェクトということで発表したプロジェクトだが、幼稚園にも通っていないほど幼い子や80歳以上の高齢の方からも応募が来るため選考に非常に時間がかかってしまっていた。
デスクの上に置かれた蓋の開いたエナジードリンクがここ最近のハードさをより感じられる。
まずは目の前にあるこの履歴書の束を捌いてから次は書類選考に合格した人の為にメールを送り、オーディションの準備など・・・まだまだ仕事は終わる気配はない。
千川さんも手伝ってはくれているが日に日にやつれていっているのが分かる位には疲労がたまっているだろう。
本日も時計の針は12の数字を回りそうな時間だ。
私は千川さんに声をかけるために自分のデスクから立ち上がり、千川さんのデスクへと足を進める。
「千川さん、もうこんな時間ですしそろそろ・・・千川さん?」
千川さんの後ろまで行き声をかけるが反応がない。もしや疲れすぎて眠ってしまっているのかもしれない。
そう思い彼女の横まで移動すると、彼女の耳にイヤホンが挿さっていることに気づいた。ヒーリングソングでも聞いているのだろうか?昨日も残業だったのに昨日より生き生きしているような気がする。
少しためらったが彼女の肩をゆすり声をかけた。
「千川さん。もう12時を回りますし本日はそろそろ・・・」
「うひゃぁ!プ、プロデューサーさん!」
「すみません、驚かせるつもりはなかったのですが・・・」
よっぽど聞いていた音楽に集中していたのだろう。普段は驚かない千川さんがここまで驚かれるなんて。
外れたイヤホンからうっすらとバラードのような音楽と綺麗な歌声が聞こえてくる。
声の感じからして女性の方だろうか
聞いたこともないような曲だったがなぜだか無性に気になってしまった私は千川さんに許可をとることも忘れてイヤホンの片方を手に取っていた。
「この歌は・・・」
「あ、聞いてみますか?私も最近聞き始めたんですけど凄い人気の歌い手さんなんですよ」
「歌い・・・手?」
歌手ならわかるのだが歌い手というのはいったいどういったものだろう?
「えっと、簡単に言うとネットに自分が歌った歌を投稿している人?でしょうか。私も比奈ちゃんに教えてもらって聞き始めたのであまり詳しいことはわからないんですけれど。はい、聞いてみてください」
そういってもう片方のイヤホンを差し出してくる。私はそれを受け取り、両耳へとつけた。
そこから先は世界が変わっていた。
初めて聞いた歌詞のはずなのに実際に自分がこの場面にいるような錯覚にさえ陥るほど心に響く歌声。
そして本当に目の前で歌っているかのように思うほどの臨場感。
まるで一つの物語を目の前の女性が読み聞かせてくれているかのような、一緒にその場にいてその感情を共有しているかのような。
時折声が震えて居たり、嗚咽がはいる度に目頭が熱くなってくる。
どうして私は泣いている彼女を抱きしめ、慰めることができないのか。
もはや自分が何を思っているのかもわからない。それは歌っている彼女なのか。物語の中の彼女なのか。それでも何かをせずにはいられなかった。
ただどうしようもないほどに自分の中の枯れた感情がよみがえったかのような
あぁ、この人はどれだけの思いを込めて歌っているのか。どんな顔で歌っているのか。
そして、ふと顔も名前も知らない彼女が、ステージの上で大勢のファンの前でその歌を披露し、ファンを笑顔にさせている。そんな光景がまぶたの裏に浮かんだ。
歌が終わる。アウトロを聞き終わり、私はイヤホンを千川さんへと手渡した。
「どうでした?凄く心にきませんか?私もはじ「千川さん」えっと、どうしました?」
思わず千川さんの話を遮ってしまうほど私は熱くなっていた。彼女の歌に魅了されたというならばそうなのでしょう。ですがこの感情はそれ以上に彼女をアイドルにできないかという気持ちでいっぱいになっていた。
全てはあの光景を現実にするため。
「今歌っていた人は名前は・・・」
「ハンドルネームでしたら[アマギ]さんですね」
ハンドルネーム・・・まぁ、ネットに動画を投稿しているとのことですから本名ではないとは思っていましたがどうやって接触したものか。
「あ、もしかしてプロデューサーもはまっちゃいました?もしよろしければサイト教えましょうか?」
「っ!お願いします!」
私は千川さんに教えてもらったサイトを検索するべく、あれから直ぐに自分のデスクへと戻った。
直ぐにPCを起動しサイト名を入力。アカウントをさっそく作り[アマギ]と入力し動画を検索。
とりあえず動画の検索まではできたもののどうやって話しかけたらいいのだろうか。動画にコメントを書いたところで見られる可能性は低い。出来れば[アマギ]さんに直接送れるような機能が・・・
それを探し、ようやく見つけたのはメッセージボックスなる機能。
これでどうやら個人あてにメッセージが送ることができるらしい。
私はすぐさまそれをクリックし、宛先を[アマギ]さんに指定。さて文章を書こうとしたところで固まった。
(一体何と書けば彼女はアイドルに興味を持ってくれるのでしょうか)
いきなりメールで何を言われても荒唐無稽すぎて無視させるのが落ちだということはわかっている。だが、ここで諦める選択肢はない。
PCの前で一人、唸り続けること20分。私は結局いつも通りのやり方で行くことにした。短くはあるが一文打ち込んだ。
『アイドルになってみませんか』
これしか知らないともいえるが、これは私の本心だ。貴方にアイドルになってほしい。この気持ちが彼女に届けばもしかすれば・・・。
そんな淡い期待と共に送信を押そうとしてふと気づいた。
(送信者の名前が・・・)
そう、メッセージボックスの機能は基本的なメールの機能と一緒だが名前のところにはハンドルネームが登録される。つまり、今回『アイドルになってみませんか』という文が[武内]というハンドルネームの人物から送られるということだ。
(これはまずい)
[武内]なる人物からそんなメールを送られてもただの迷惑メールとしか認知されないだろう。それではだめだ。
何か別の名前を考えなくては。
彼女に見られて少しでも本物だと思ってもらえるような名前は・・・
そうして私は閃いた。
私はすぐさま自分のアカウントページへと飛び、そこで名前を変更。変更した名前で同じ文章を打ち、[アマギ]さんへと送信を完了した。
[346プロダクション]
私が働く芸能事務所の名前である。
武内プロデューサー(壊)
1/13 誤字修正 アサギ→アマギ
1/13 誤字修正 恒例→高齢 専攻→選考
1/14 誤字修正 新規格→新企画
1/14 誤字修正 アサギ→アマギ
指摘してくださった方感謝です