346プロダクション前に立つ私。
結局服装は通販で買った薄い色のワンピースにカーディガンというシンプルかつ無難な選択。髪はアイロンで整えてきたものの、目は出したくないため前髪は伸ばしたままにしてきた。
一応、大企業にお邪魔させていただくので軽くメイクは施してはいるものの周りの視線が嫌というほど刺さっているのがわかる。
何か変なところでもあるのかしら、という不安感に苛まれながら女性にしては大きい体を小さく丸めるように中に入る。
「うわ・・・」
思わず声が漏れてしまうぐらい豪勢なエントランス。あまりこういう場所に来たことがないのもあるが、照明が少し強くて目がちかちかする。
もともとここは私なんかが来るはずのない世界だ。
よくよく見ると眼鏡をかけている女の子・・・高校生ぐらいの子が歩いている。私はアイドルについて詳しく知らないので良くはわからないのだが彼女はもしかしなくても346プロダクションのアイドルなのだろう。
うん・・・とてもまぶしい。
ずっとエントランスで立っていても仕方がない。とりあえず受付の人に話しかければいいらしいからそうしよう。
エントランスホールの中央にあるカウンターまで進む。とりあえずは無い愛想を出来る限りよくしなければ・・・。下手すればすぐに企業のブラックリストに入れられてしまうというではないか。
普段は動かさない頬をモミモミ。よし、これなら愛想のない私でも少しはましだろう。というわけでいざ
「おはようございます。今よろしいですか?」
「・・・・・・・・」
勇気を出して声をかけてみたは良いものの受付の女性からの反応がない。
気づいていないわけではなさそうだ。こちらを凝視しているし・・・もしかして声が小さくて聞き取れなかったのだろうか。
確かに普段から歌以外では声を出さないし、大企業のエントランスということもあるのかもしれない。
仕方がない、二回もするのは恥ずかしいがもう一度声をかけるしかなさそうだ。
「あ、あの?」
「はっ、ハイッ!ほ、本日はどういったご用件でっ、しょうか!」
今度はちゃんと反応してくれたが忙しかったのだろうか。ところどころ詰まっているし、かなり焦っているように見える。
まぁ、今は朝で一番忙しい時間帯だろうからかな。時間にもまだ少し余裕があるし落ち着くまで私は時間を空けた方がいいかもしれない。
「お忙しいようですのでまた後で来ますね」
「ええっ!?ちょ、ちょっとお待ちくださいっ!えっと!だ、大丈夫ですぅっ!」
一度時間をおこうと思い踵を返すと背中越しに受付嬢が急に痛そうな声を出した。さすがに驚いて振り返ると、何故だか先程とは別の受付が私の前に立っていた。
その受付の女性は受付のデスクを回り込み、私の近くまでくるとゆっくりと頭を下げた。
「申し訳ありません。同僚が大変ご迷惑をおかけしました。本日はどういったご用件でしょうか?」
「あぁ、よかったんですか?お忙しいようであればまた時間を改めますが・・・」
「いえいえ、お客様のご用事が第一ですので何なりとお申し付けくださいませ」
おお、この人はずいぶんと落ち着いているな。もしかしてベテランさんなのだろうか。穏やかそうな笑みで話しやすそうな人だ。
まぁ、できることならデスクから出てこないでほしかったかな。急に受付が立ち上がって頭を下げたから周りの社員の人からチラチラと見られているのがわかる。
デスクの裏側で足を抑えて転がっている先ほどの受付の子が先程から視界に入り非常に気になるが気にしてはいけないのだろう。
ここにいるといつまでも視線にさらされる、用件を伝えて早めに立ち去ろう。
「えっと本日武内さんと会う約束をしているんですけれど」
「武内プロデューサーと?・・・そういえば」
そういうと急にデスクまで戻りタブレットに何かを入力しだした。
それにしても武内さんはプロデューサーさんだったのか。まぁプロデューサーがどんなお仕事かわかっていないけれどそれなりに凄い立場の人なんだろう。テレビでもよく聞くし。
「お待たせいたしました。アマギ様ですね。予定されている部屋は武内プロデューサーのオフィスとなっておりますがそちらまで誰か案内をお付けしましょうか?」
確かにここに来たのは初めてでオフィスまでの行き方はわからないがまだ時間もあるしカフェもあるそうなのでそこで少しゆっくりしていきたい。
だからオフィスの行き方だけ聞こうとした矢先だった。
「その必要はありません」
此方に歩いてくる大きな影。
その声を聴いて分かった。
あの男の人は武内さんなんだと。
そして近づいて来るにつれ私は知った。
彼と私は似ている。
★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★
武内さんの登場後、私は連れられゆっくりすることも迷うこともなく武内さんのオフィスに到着。
とりあえずソファーへと誘導され淹れてもらったコーヒーを飲みながら向かいあう。
個室に入れたことで少し落ち着き、ゆっくり顔を観察してみるとやはり思う。
三白眼の据えた目つきにあまり変わらない表情。そして私ですら少し見上げてしまう体躯。
私と一緒に歩いている時もアイドルであろう女の子たちからチラチラと視線を向けられていたことから言い方は悪いが怖がられているんだろう。
うんうん、その気持ちは十分にわかる。私も初めて顔を見たときは少しばかり硬直してしまったものだ。
似ていると知った今では同じ境遇にいる仲間みたいな認識しかないが。
じっと見つめていると武内さんもさすがに私の視線に気づいたようで首の裏側に手を回しすこし落ち着かない様子。
「すみません、やはり驚かせてしまいましたか」
「え?あぁ、そういうわけではないですよ。なんだか私と似ていると思ってしまって、つい・・・」
一瞬何の事だか分からなかったが武内さんが申し訳なさそうに視線をそらしているのを見て合点がいった。
この人は私が武内さんの顔に驚いて怖がっているとでも思ったのだろう。あぁ、まったく良く分かりますよその気持ち。
「似ている・・・でしょうか」
「えぇ良く分かります。私もよく目が合った時に避けられてしまいますから・・・。あんまり目つきが良くないのは分かってはいるんですが・・・」
目つきが悪いせいで道端で目が合ってもすぐにそらされ、クラスメイトとは目が合った後に走り去られ、何かの列に並んでいれば何かとんでもないものを見たかのような顔をされて列を譲られる始末。
そのせいで私は自分の目を隠すようになったし、話すことも少ないものだから笑おうとすると頬がこわばってしまうようになった。
武内さんにも私と似たようなことがあったのだろう。私よりも高い身長でかつ人を殺せそうなほど鋭い目つき。武内さんの苦労は一度や二度じゃなかったはず。
「そ、そうでしょうか?綺麗な瞳だと思いますが・・・」
「お世辞はいいですよ。切れ長の上に釣り目だから怖がられちゃうんですよね」
「そう・・・ですか・・・」
「先日も学校で・・・」
武内さんがあまりにも聞き上手なのか私は自身の経験談をいろいろ話してしまっていた。
やはり自分と似ている人と話すと自分がため込んでいたものを話せて良い。愚痴っぽい話もしてしまったがすっきりできた気がする。
長々と話してしまい流石にのどが渇いた。コーヒーを飲もうとテーブルのカップに手を伸ばし、それを口に近づけたところでカップの中が空になっていたことに気づいた。
コーヒーが飲みたいが、武内さんに言えばいいのか。いやでも淹れてくれというのは失礼じゃないだろうか。
どうしたものかと空になったカップの底を眺めていると不意に背後から声がかかった。
「なくなっちゃいましたか?すぐに淹れますね」
驚いて振り返るとそこには緑色の制服を着た三つ編みを肩から下げた女性がニコニコとした笑顔で立っていた。
っていうよりいつからいたのだろう、私がはいってきたときにはいなかったと記憶しているのだが。
「彼女はここの事務員で私のサポートをしていただいておりまして。・・・アマギさんが話している間に入ってきたのですが」
「そ、そうです・・・か」
本当に久しぶりのお喋りに夢中になりすぎていたらしい。まさか人がはいってくることにも気づかないとわ・・・うあ、思ったより恥ずかしい。
っていうか話すのに夢中になりすぎて自己紹介をしていないことに今気が付いた。冷静になってぞっとする。
私は自己紹介すらせずにひたすら自分のことを話し続けていたのか。順序が逆だろ、これは死ねる。
「お二人ともすみません。自己紹介がまだでしたね。私はアマギという名前で歌わせていただいているものです」
私が頭を下げながらそう言うと武内さんも背筋を伸ばし、千川さんもその武内さんに寄り添うようにして立った。
「いえいえ、本日はお越しいただいてありがとうございます。私はアイドルのプロデューサーをしている武内と申します。こちらはアシスタントの千川さんです」
よろしくお願いします。とお互いに頭を下げ、武内さんが差し出してくれた名刺を受け取る。
本当にプロデューサーなんだと思いながら、シンデレラプロジェクトという所に目が行く。とりあえず名刺をすぐに左上側に置く。ガバガバマナーだが許してほしい。
先程は恥ずかしさから直ぐに視線をそらしてしまいよく見ていなかったが、アシスタントの千川さんは非常にきれいな人だった。
このレベルでアシスタントってアイドルだったらどれほどのレベルが求められるのか。アイドルは顔だけじゃないと聞くけれども結局は顔だと思っている私からしたら恐怖でしかない。
視線を武内さんに戻すと、先ほどまでの困った表情から人を今にも殺しそうなほど真剣な表情をしていた。
「それで本日お越しいただいた理由は電話でもお話した通りですが、もう一つ。一度考えていただきたいお話があります」
「それは・・・いったい?」
武内さんが背後の千川さんから何やら紙を一枚受け取ったかと思うと、それをテーブルの上に置き私の方へと滑らせる。
それを手に取ると、そこにははっきりとシンデレラプロジェクトと書かれていた。
「これは・・・」
「私はアマギさんに自分の企画したプロジェクトであるシンデレラプロジェクトに参加してほしいと考えています」
「シンデレラプロジェクトというのは個性的なアイドルの発掘・育成を目標としたアイドルプロジェクトです」
まずシンデレラプロジェクトのことを良く分かっていなかった私に、千川さんが説明してくれた。
まぁ、そういった話はされるだろうなというのはわかっていた。むしろそちらからしていただけるのであれば話は早い。
「再度に申し上げます。アマギさん・・・アイドルに「なれません」・・・理由をお聞かせ願えませんか?」
武内さんがここまで薦めてくれるのは素直にうれしい。だがそれでもアイドルになるということはそれすなわち世間様に顔を出し、ファンの皆さんに笑顔を与えなければならない存在になるということ。
憧れはなくないですが、私に笑顔を与えることは不可能でしょう。よって
「私にはアイドルの皆さんみたいに笑顔を与えることはできないでしょう。普通に生活していても怖がらせてしまうのですから。武内さんも私の容姿を見て少なからず驚いたのでは?」
「っ!そんなことはっ!」
「気を使っていただく必要はありません。自分でもわかっていることですから。それにもし、もしですよ。私がアイドルになったとして初めてのライブをさせてもらった時、私を見ても皆私を見てくれず視線が合えばそらされてしまう。・・・それが怖いんです」
全てはこれに尽きるだろう。慣れたこととはいえ視線をそらされるとかなり傷つく。一度一度ならまだしも大勢いる中で誰も目を合わせてくれないというのはどれほどのモノだろうか。
私の告白を聞き、武内さんは俯いて沈黙してしまった。
もうこれ以上は私がここにいる理由はないだろう。
「私がアイドルになれるとすれば・・・顔出しNGのアイドルでしょうね」
そう私がつぶやいた瞬間、俯いていた武内さんが急に顔を上げた。そして、私の手を両手で優しく握った。
「それです!顔出しNGのアイドル・・・私はいいと思います!なってみませんか、貴方だけのアイドルに」
男らしい手で手を握られ、真剣な瞳で見つめられ、そんなことを言われてしまえばまた私は。
「は、い」
そう答えた私はこの時とても間抜けな顔をしていただろう。
そして私がそう答えたことにより状況は一気に加速。アイドルになるにあたって様々な資料に目を通し、契約書にサインをし、いつのまにやらアイドルになる事が決定していた。
目まぐるしく状況が動き、ほとんどのことを曖昧にしか覚えていない私だが、ずっと武内さんに寄り添っていた千川さんがとてもいい笑顔で武内さんのことを見ていたことだけははっきりと覚えている。
今回少し疲れた
主人公がチョロく見えてきたあなたは正常
1/14 相変わらず誤字が多く申し訳りません
1/14 サブタイトルを修正