私がアイドルになると決めてから早一日。アレからいろいろなところに顔見せやら書類作成やら方針会議やら連れまわされ、帰ってきたのは結局夜中。
家に入り直ぐにベッドへバタンキューそのまま熟睡してしまったようで服が昨日のままだ。とりあえず服を着替えねば、と立ち上がり床に投げ捨てられていた封筒を手に取る。中にはシンデレラプロジェクトの資料や、私のこれからのアイドル活動に関する資料が入っている。
それを見てようやく実感する。
「あぁ、私・・・アイドルになったんだ」
全く実感がわかない。というより「なった」というより「なってしまった」という感情しかわかない。
これからどうするのか顔を出さないアイドルなんてどうやって活動していけばいいのか。
今は武内プロデューサーの『私に任せてください』という言葉を信じるしかない訳なのだが・・・。
「あっ大学」
慌ててケータイを開き時間を見ると、既に11時。本日1時間目からあった講義は終わっており二時間目も間に合いそうにない。
残るは3時間目だけだがさすがに今日はもう行く気になれなかったため自主休講を選択。
服を着替え、顔と歯を洗い、トーストとハム、レタスを挟んだサンドイッチを摘まみながらテーブルに資料を広げる。
とりあえず目に通しておくべきなのは『浅間 凪』というアイドルはどのように活動していくかということ。
アイドルネームに関しては[アマギ]とは違う『ナギサ』という名前で行くことになった。相変わらず本名を入れ替えただけではあるが、これは仕方ない。
私と武内Pの名づけのセンスの無さが招いた結果だ。『ナギサ』もちひろさんが言った名前だし。
其れとアイドルになるにあたって二人の呼び方も変えることにした。一応これからは一緒に活動していくわけなので、それに伴った呼び方にすることにした。
そして[アマギ]に関しても投稿は止めないことにした。
これは私が武内Pにお願いしたことで、[アマギ]を応援してくださっている人に申し訳ないと思ったからだ。
[アマギ]と『ナギサ』は別人。それが私と武内Pが下した決断である。
[アマギ]はこれからも活動していくのに対して『ナギサ』の活動はとりあえずトレーニングから始めていくようだ。
とりあえず毎週日曜日を丸1日使いレッスンや打ち合わせをするということになった。
本来ならもっとレッスンを重ねた方がいいのだろうが徐々にということらしい。
初めは一日に纏めてほしいといった私のワガママを聞いてくれた武内Pには感謝しかない。
ここから346プロダクションまでは地味に遠いので毎日通うのは流石に厳しい。寮は他のアイドルと顔を合わせてしまうことになるので論外。近くに部屋を借りればいいのではとも思ったが大学が通いにくくなるので結局こういう形で落ち着いた。
ちなみに日曜日にレッスンに行くときは極力顔を隠しながら行く所存である。怖がらせる怖がらせない以前に私は顔出しNGアイドル。同じ事務所のアイドルから顔バレしてしまう可能性もなくはないのだ。リスクは最小限にする必要がある。
とりあえず本日は学校も休講したから取りあえずアイドルについて研究するべく動画サイトを検索することにした。
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日高舞や765プロオールスターズ。高垣楓等いろいろなアイドルのライブやらバラエティやらを見て一週間を過ごし、日曜日を迎えた。
初めてのレッスンなので武内Pも見学してくれるらしい。
朝早くに起き家を出て346プロダクションに到着。エントランスホールには武内Pが先に待っていてくれ、スムーズにレッスンルームへ。
深めの帽子にサングラス、そしてマスクをつけ完璧な不審者スタイルだったのだが、武内Pは私が中に入ると同時に気づいた。道中にどうしてわかったのか聞いてみると『ナギサさんが私のアイドルだからです』と言われた。プロデューサーってすごい。
レッスンルームに入ると中にはちひろさんのほかにもう一人ジャージの女性がいた。
長身でキリッとした目つきから厳しそうな印象を受ける女性だ。
「おはようございます!ってどうしたんですかその恰好!?」
「一応事務所内でも顔を隠さなければと思いまして」
「隠すって・・・それはもう不審者じゃ」
言いたいことはわかります。だけど急に顔を見られてはいけないなんて思うとなんだが難しいんですよ。どこまで隠せばいいのかわからないし。
武内Pもちひろさんと全く同じ意見なのか困った顔で首の裏側を掻いていた。
「帽子とマスクはいいと思いますがサングラスは・・・」
あろうことか武内Pはサングラスを否定してきました。これを外してどうやって私の目を隠せばいいというんだ。
まさか私と同じ思いを抱いていた武内Pに否定されるとはこれは裏切りとしか思えない。
私がサングラス越しに武内Pに非難の視線を送っていると先ほどのジャージの女性が私の肩をたたいた。
「まぁそう責めてやるな。私はトレーナーの青木麗だ。君はナギサだな。今日は君のレッスンを担当する事になっている、よろしく頼むよ」
言動からもわかるがかなり男前な女性のようだ。「よろしくお願いします」と頭を下げるととりあえず早く着替えて来いとの御達し。
更衣室はレッスンルームの外にあるらしく、あたりに注意を払って素早くジャージに着替え髪をポニテにし、素早くレッスンルームへと帰還。その動きまさに忍者が如く。
帰ってくるともう武内Pとちひろさんが隅っこに寄っていて、麗さんが大きい鏡の前で帰ってきた私に手招きしていた。
もうレッスンを始めるようだ。
私は少し駆け足で、麗さんの元まで向かった。
「ほう、なるほどな」
「どうしました?」
近づいていく私の顔を見て何かを察したのか武内Pにチラッと視線をやった麗さん。私も武内Pに視線を送ってみるが武内Pは麗さんに一回頷いただけ。
なんだがそれだけで通じ合っているような気がする。これがプロデューサーとトレーナーの関係なのだろうか。
「いや、なんでもない。それではレッスンを始めていくが。まず初めに聞きたい。ナギサ、お前が一番自信があるといえるものは何だ」
「自信がある・・・ものですか?」
「べつにダンスとか笑顔とかアイドルに関するものだけじゃなくても何でもいい。例えばスポーツとか絵を描くとかでもな」
自信があるもの・・・と言われて、真っ先に思いついたものは歌だった。
歌が好きで好きで、私が今まで生きてきた中で熱中できたものがあるとしたらそれは歌だけだろう。
だが、自信があると言われればそれはわからない。
自信がないとは言わない。動画内でではあるが私を応援してくれる人が少なからずいる。それが少しの自信につながっていることは確かだ。
だがそれ以上に自信になるものが私にはある。それは
「目つきの悪さですね」
私がそういった瞬間、大きい鏡に武内Pが目をそらすのがちらりと見えた。
おい、あなたもそれは同じだろう。こちらを見なさいこちらを。
「あー、それ以外で頼む」
「愛想のなさ」「それ以外で」「髪の長さ?」「他」「身長」「・・・他に何かないのか」「んー・・・」
「ナギサさんは歌がお得意ですよね!」
私が言ったことをことごとく却下され他に何があるかと悩んでいると、ちひろさんがおもむろにそう言った。
それに見事に食いついたのは麗さん「ほう?」と小さくつぶやくと部屋の隅に歩いていき、そこにあったCDプレイヤーを鏡の前に持ってきた。
「歌に自信があるとは大きく出たな。私も多くの歌を聴いてきたからな、自信があるというなら楽しませてもらおう」
「自信があるとは言っていないんですが・・・」
「うるさい。とりあえず一曲歌ってみろ、曲は『お願い!シンデレラ』でいいだろう。しばらく聞いていていいから頭に入れておけ、歌詞もあるから必要なら使え」
CDを流しながら麗さんから手渡しでもらった歌詞を見ながら口ずさむ。実を言うと私この曲を何度か聞いたことがあった。
346プロダクションのCMやらこの前見ていた動画でやらいろいろなところで耳にしている分、すんなりリズムや歌詞は頭に入ってきた。
これなら問題なく歌えそう。
数回軽く発声練習もかねて声を出し、準備はできた。のだが・・・
人前で歌うのなんていつ以来か。ただ歌に集中すればいいと考えれば楽なのに見られていると考えると急に意識がそれてしまう。
できれば何時も歌っている状況と同じにしたい。目を閉じ、自分がここに一人でいることを想像し少しはましな状態にはなったがまだまだ本調子には程遠い。武内Pと麗さんが話しているわずかな音で気持ちが切れてしまう。
「なんだ、もう歌えるのか?」
私が目を閉じながら歌っていたことに気づいたのか、今まで武内Pと話していた麗さんが戻ってきた。
「なんとか歌うだけなら・・・聞いたことがありましたから」
「なるほどな。まぁ、今完璧に歌う必要はないし一回歌ってみろ」
CDからメロディが流れる。急に始まったものだから気持ちの準備ができていない。集中しなければ。
取り合えずいつもの状況に近づけるために目は閉じて一人でいることを強くイメージする。
メロディーに合わせ歌い始め、曲から意識をそらさないように必死にイメージを固めながら歌っていく。
何とか歌のパートを歌い切り、あとはアウトロのみ。歌い切った私を待っていたのはいつもの余韻ではなく疲労感だけだった。
ゆっくりと目を開けると目の前の鏡に疲れた顔をした自分が映っていた。
「初めてにしてはなかなかいいじゃないか。目をつぶって歌っていたのは癖かなにかか? まぁ様になっていたがな」
「あ、ありがとうございます」
息を整え、軽く滲んだ汗をぬぐいながら麗さんにそう返す。
取りあえず何か飲みたい。いつも以上にのどを使った気がする。
水を取りに行こうとした時、ちょうど武内Pが私にペットボトルの水を持ってきてくれていた。
「ありがとうございます武内P」
「あの・・・今日はどこか調子が悪いのですか?」
水を渡すと同時にそんなことを聞かれた。困ったような、心配してくれているかのような表情でわたしを見ていた。
武内Pは私の歌を聞いてスカウトしてくれた。だからいつもと違う感じで歌っていた私の状態に気づいていたのかもしれない。
「そう・・・見えましたか?」
「ハッキリと解ったわけではありませんが・・・歌っている最中少し苦しそうに見えました」
武内Pにはすべて見透かされているのかもしれない。私が彼のアイドルだからだろうか。本当に私のことをよく見ていてくれている。
「実は・・・」
私は歌っている間に感じたことをすべて話すことにした。
普段とは感覚がまるで違ったこと。イメージがいつものように固まらず集中できなかったこと。そして歌っていても気持ちよくなかったこと。それを武内Pと麗さんは真剣に聞いていてくれた。
「確かに普段と違う環境でパフォーマンスをしてうまくいかないことはよくあるが・・・どうやらそれだけではなさそうだな」
「暗い場所で一人で歌える場所・・・それならサウンドブースを借りましょう」
「サウンドブース・・・ですか?」
「はい、防音機能が備わっていて普段CDなど楽曲をレコーディングするときに使われている部屋です。今の時間ならまだ使われていないでしょうし・・・千川さん」
「はい、たった今1室確保できました」
おおう、ちひろさん仕事が早すぎではないですか。
武内Pがサウンドブースという言葉を口にした瞬間にPADに何か打ち込んでましたし、流石アシスタントですね。
取りあえずサウンドブースというところでもう一度歌うみたいだ。武内Pと麗さんの話を聞くに確かにその場所であればいつも通りに歌えるかもしれない。
私は簡単に着替え、3人につれられるままサウンドブースへ。どうやら武内P達はコントロールルームというところで私のことを見ているらしいがこちらからだと薄暗く良く見えない。
『ではナギサさん。曲は同じで、準備ができたら合図をお願いします』
武内Pのその言葉を聴いて、ゆっくりと深呼吸。耳にヘッドフォンをはめ、そしてコントロールルームに見えるように片手をあげ、合図を送る。
照明を弱くしてもらい、自分の中心にして部屋が薄暗くなる。
私が手を挙げてから少し間を空けて曲が始まる。
暗さ、空気、周りの状態、すべてが完璧とはいかない。だがそれでも今なら十分歌える。
さぁイメージしよう、思い描くのは大勢のファンの前で歌い、みんなに笑顔を与え、声援を受け取る。
一人のアイドルだ。
ちょっとこれから立て込みますので投稿が遅れますすみません
1/15 相変わらず誤字が減りませんすみません