顔だしNGのアイドルA   作:jro

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アイドル生活は思ったより早く進む

前回初めて歌ってからというものの、ここ最近レッスンをしに来てはサウンドブースに放り込まれ歌をずっと歌っている。

基本的にはカバーであり、今までのアイドルが歌った歌を一通り歌わされている。色々な曲を歌うことができて自分的には嬉しいのだが、アイドル的にはどうなのだろう?一度武内Pに聞いてみたことがあるのだが、真顔で『ナギサさんは今はこれでいいんです』と返された

 

取りあえず言われた通り歌っては録音、歌っては録音を繰り返し、私のカバー曲はもはや片手で足りないほどになっている。

 

なぜこんなことになっているのかというと今西さんという方のお陰らしい。武内Pが私の音源を会議に持ち込んだところ、その今西さんが私の曲を絶賛してくれたらしく、私のカバーソングを346プロダクションのCMやラジオ等のBGMとして流してくれるように計らってくれたらしい。

 

それを聞いたときに私は深夜とかあまり聞かれない時間帯に流されるのかと思っていたがそれは大間違いで、ゴールデンタイムや346が関わっている番組の合間にも入れてくれたらしい。

初めて家でテレビを見ていたら唐突に自分の歌声が聞こえてきた時、まさかという衝撃と予想外という驚きに口に含んでいた水を危うく噴射するところだった。

 

初めて自分の声がテレビから流れると思うと投稿している動画を見られるよりも何倍も緊張感があった。ここ最近自分の歌が流れるたびに体がビクッ!と反応してしまうのは最早癖になりつつあった。

 

そして今日も今日とていつも通りサウンドブースで歌を歌っていると、武内Pに一度オフィスルームに来てくれとお達しがあった。

ここ最近武内Pとはサウンドブースでしか話していなかったためオフィスルームに来るのは久し振りだ。

 

 

「急に御呼び立てしてすみません」

 

「いえ、別にいつも通りレッスンしていたので・・・。武内Pは先ほどまで会議だったと記憶していますが、そちらで何か?」

 

 

先程まで武内Pが出ていた会議はシンデレラガールズに関するものだ。私も一応そのメンバーに入っているのだが聞いていた話では残りのメンバーの動向についての話だったと記憶している。

私がその話にかかわる理由は少ないと思うのだが

 

「えぇ・・・実は」

 

 

それに武内Pもなんだか変だ。いつものようにずっと真顔でいるわけではなく困惑しているような、しかし少しうれしいようなけれども不安があるようなそんな表情をコロコロと変え、簡潔に言って少し気持ち悪い。

 

しかし、武内Pがダメならそのパートナー(自称)たる私がしっかりしなければ、さぁどんとこい!

 

 

「ナギサさんのファーストシングルが決まりました」

 

「・・・・・・・・・・・・・はい?」

 

 

 

 

 

 

 

★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★

 

驚きで固まってしまっているナギサさん。それも仕方のないことだろう。この間ようやくレッスンがスタートしてまだそれ程たってもいないのにもうファーストシングルが決まったなど驚いても仕方ないだろう。

 

私自身この話をいただいたときはびっくりして会議中に口を開けて固まってしまった。

 

『ナギサ』というアイドルは346プロダクションの中に一応在籍しており、ホームページから閲覧できるアイドル紹介ページにもきちんとある。名前と年齢、趣味など文字だけで画像は一切ないのだが。

ナギサさんより早くアイドルになった子たちでも自分の曲を持ってない子は何人かいる。私が言うのもなんだが、顔すら見せておらず、知っている人がいるかも怪しいナギサさんに先にファーストシングルを歌わせても良いモノだろうか。

 

 

『なぜ・・・いくらなんでも早すぎるのでは』

 

 

私は会議中にそう質問した。提案されたことはうれしいことなのであまりこういった質問はしたくはなかったのだが聞かずにはいられなかった。

私が返答を待っていると返ってきたのは上層部の方々の愉快そうな笑い声だった。

 

 

『はっはっは。君はシンデレラガールズのほうもあっていろいろ忙しい身だから知らないのも無理はないか』

 

『えっ・・・と』

 

 

つまり何を言いたいのか。私が知らないところで何か起こっているのか、今西部長に視線を送ると、今西部長はニコニコと大変面白そうな顔で笑っていた。

 

  

『実はだね、この前今西君の提案でやっている事があるだろ?それが今回の原因になっているのだよ』

 

『この前の、と言いますとナギサさんのカバーソングを使ったことでしょうか?』

 

『そう、それだ』

 

 

しかし、あれが原因ならますます疑問が深まる。

確かに今西部長の提案通りCMでつかわれていたがそれでも時間はごくわずか。画面の右下に名前のテロップを入れたわけでもなく歌っている人物は完全にわからないようになっていた。

私はこれをきっかけにナギサさんの声だけでも知ってもらう事とメディアに出ることの抵抗感をナギサさんから無くせればという期待から賛成したがソロシングルをいただける程のことはしていないはず。

 

 

『実はだな、あのCMを公開してから事務所にいくつもの問い合わせがあったんだ。CMを歌っていたのは誰ですか?という内容のな』

 

『初めは電話対応だけで済んでいたのだが次第に対応しきれなくなってホームページに名前は明かさず本社のアイドルであるということだけ公表したら今度は『デビューは何時ですか』というメールが殺到してな』

 

『最早彼女が売れるのは確定しているのだよ武内君。ならできるだけ早いうちにデビューさせておきたい』

 

『まさか・・・そんなことが』

 

 

信じられなかった。たったワンフレーズ、サビだけの歌を聞いて人々の心をつかめるようなものなのか。それ以上にこうなることがわかっていたかのように笑っている今西部長に畏敬の念を感じずにはいられなかった。

それにどうして上層部の方々はここまで乗り気になっているのだろうか。普段であれば企画一つ通すのも難しいというのに。

 

 

『実のところもう曲も決まっている』

 

 

困惑する私にさらに爆弾が放り込まれた。早い、何もかもが早い。私が知らない間にどんどんと話が進んでしまっている。

 

 

『もう、ですか?』

 

『あぁ、実のところ彼女に曲を提供したいという人がいてだな。またそこは話を詰めてもらわなければならないのだが、我々はナギサ君さえ良ければもうデビューさせる準備はできている』

 

 

そういわれて会議は終わった。

まるで嵐のような会議だった。私にとってではなくナギサさんにとってだが。さて、これはどう伝えたらいいモノか。と部屋の外で考えていると先ほどまで一緒の会議に出ていた歌手部門の部長さんに『やっぱりナギサ君はうちの部署のほうがいいんじゃないか』等と声をかけられたがそれについては割愛しておく。

 

取り合えず提供していただいた方に連絡を取らなければ。

 

 

 

 

 

 

そうナギサさんに会議の内容最後の部分だけ省いて伝えた。

すると彼女は恐る恐るといった様子で口を開いた。

 

 

「デビュー・・・ですか」

 

 

やはり実感がわかないのだろう。普通ならもっと時間をかけてアイドルの体も心も準備を整えてからデビューするものだ。レッスンを重ね、先輩アイドルに付き添い現場を見て学ぶ。それを繰り返して気持ちを作る。ナギサさんにはそれがない。不安になる気持ちは仕方ない。

 

 

「無理に今直ぐデビューする必要はありませ「やります」・・・んが」

 

 

私がそういうと、彼女はまっすぐと私に視線をぶつけてきた。普段は視線を合わせることすらあまりしないのにこの時だけはナギサさんの意思というものがハッキリと伝わってきた。

 

私はその時初めてナギサさんの本当の気持ちを見た気がする。私が言うのもなんだがナギサさんはかなり流されやすい性格だと思う。

アイドルになるという言葉も本当に嫌ならその場で断るなり始めてからやめるなりするはずだ。しかし彼女は続けている。ただ言われるがままにやっているように見えた。

それが今、彼女は自分の意志でやりたいと言っている。これを応援せずして何がプロデューサーか。

 

 

「本当によろしいのですか?皆さん言っておられましたがナギサさんの気持ち次第だと」

 

 

最後の確認として問いかけた私にジッと視線を逸らすことなくぶつけてくる。これは本気だと折れることにした私はUSBを取り出して彼女に差し出した。

 

 

「これは?」

 

 

私が急に物を差し出したことに困惑して目を丸くしていたが、彼女はゆっくりとそのUSBを受け取った。

 

 

「それはデビューする際の音源になります。こちらに来る前に連絡を取りまして音源を送っていただきました。歌詞もその中に入っています」

 

「この中に・・・」

 

「一度聞いてみますか?」

 

 

私がそういうと彼女は嬉しそうにハイ、と答えUSBを私のPCに差し込んだ。

最近知ったことではあるが彼女は歌の話をしている時はよく笑っているように見える。笑っているというよりは微笑んでいるという表現のほうが正しいのだろうか。ちひろさんに聞いても良く分からないと言っていたがこれは表情が乏しい同士だからこそわかるのだろうか。

 

ファイルの中にある歌詞を開き、プレイヤーで音楽を再生した。

 

リズミカルな音と共にナギサさんが歌う部分のメロディーが流れ始める。

 

ナギサさんも曲を聴きながら歌詞を口ずさんでいる。

 

歌詞を見るに夢を忘れないように大人になっていくようなそんな感じの歌詞だろうか。

 

 

この曲がナギサさんの声で歌われるのが楽しみだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 






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