私のデビューシングルは無事に発売された。まだ発売されてあまり日数がたっていないのでどれぐらい売れたかという正確な数は解っていないそうなのだが、ちひろさん曰くかなり順調に売り上げを伸ばしているらしい。
別に宣伝とかもしたわけではないのだが346プロダクションの力はやはり強く、無名の私の歌を各CDショップの店内の中でも目立つ位置に置いてもらっているらしい。
まぁ歌自体を聞いてもらえるのは素直にうれしいのだが、ひっそりと置いてもらえればよかったのに好待遇が過ぎやしないだろうか。
私なんかの為に頑張ってくれている武内Pには申し訳ないのだがちょっと委縮してしまう。
そういえば武内Pなのだが最近会うことができていない。というのもシンデレラプロジェクトのアイドルが見つかったとか何とかで今必死にスカウトに行っているらしい。私が言うのもなんだがあの顔で『アイドルになりませんか』って言われても怪しすぎていずれ警察のお世話になってしまってもおかしくない。
まぁそれは置いといても着々とシンデレラプロジェクトのメンバーは集まってきているらしく。もう顔合わせも済ませたメンバーもいるらしい。
私も一応メンバーではあるのだがほかのメンバーの顔は見たことは無いしあちらも知らないだろう。名前だけは武内Pとちひろさんの会話の中から何人か聞いたことはあるだけだ。
シンデレラプロジェクトのメンバーがもうすぐそろうということで武内Pも前より忙しそうに動き回っているのを目にする。自分のプロジェクトがようやく始動できるからか目に活気が宿っている気がする。
楽しそうなのは何よりだが体調には気を付けるようにスタミナドリンクを差し入れしておく。
本日も武内Pはお眼鏡にかなった女の子を追い回しているのだろうか。私は本日は休日。普段は外出しない私だが本日は近所のCDショップまで足を運んでいた。
お目当てはあるアニメのエンディングテーマの曲。
前にも言った通り私は『アマギ』の活動も続けている。今日は今度歌う曲を買いに来たのだ。今回のアニメは今期の中でもかなり人気のある作品。それなりに大きいCDショップの店内でもすぐに見つけることができた・・・のだが。
(・・・取りづらい)
というのも、私の欲しいCDが私の歌ったシングルの並べられているすぐ横に置かれており、その前で私のCDを手に取りじっと見ている女子高生がいたからである。
長い黒髪で学校の制服に緑色のネクタイ、カバンを肩から下げている。
自分と関係ないCDであればあんまり気にならなかっただろうが自分のCDを真剣に見られていると思った以上に気になる。
棚に設置されているヘッドホンを耳につけ、聞いているのはおそらく私の曲だろう。
何を考えているのか気になり棚の陰でまごまごしていると、その女の子はCDを一つもって私の横を通り過ぎた。レジのほうから「ありがとうございましたー」と声が聞こえたから買っていってくれたのだろうか。
一応買ってくれている人がいるのは知っていただが、こうやって実際に目にすると嬉しいやらありがたいやらで胸がほっこりする。
ふぅ、と一息吐き自分のお目当てのCDを買い、本日外でやるべきことは終わった。あとは家に帰ってこの曲を頭に叩き込んで、いつものように歌うだけ。
レジの人から商品の入った袋を受け取り、さぁ帰ろうとした時出口にあった765プロのライブポスターに目が止まった。
765プロといえば天海春香さんや如月千早さんの他大人気のアイドルばかりのプロダクション。誰かしら毎日テレビで見るし、歌も聞いたことがある。が、こういった全員そろったライブというのは久し振りなんじゃないだろうか。
ライブには実際に行ったことは無いが、ネットで見ているにすごい盛り上がるそうだ。
このポスターに写っている天海さん達もみんな笑顔で、アイドルとしてファンを楽しませているんだろうな。
(まぁ、私には関係のないことか)
店を出てまっすぐ自分の家へと歩を進める。ポスターの天海さん達の笑顔が私を責めているように感じたのはきっと気のせいだろう。
いつも通りの見慣れた道を通って家に帰っていると、唐突に別の道を使って帰りたいことがある。それが今日だった私は普段右に曲がる道を左へ、こういった探検のようなことをしていると知らなかった事が知れたり、普段は気にも留めないようなことがよく見えたりする。
良さげなアクセサリーショップやおしゃれなカフェ、小さな交番。いつもは気づかないような小さな花や小鳥。どれもが新鮮に見える。さしずめ探検MAGICといったところか。
ふらふらと歩いていると、よさげな公園を発見した。それなりに広そうで子供たちが遊具で遊んでいてもゆっくりできそうな公園。ベンチの裏側にある大きな木が木陰を作ってくれ、ベンチのあたりは暑い日でも気持ちよく休めそうだ。
私は何かに導かれるかのように公園の中へと入り、そのベンチに腰かけた。私が腰かけたそこからは公園中が一望でき、公園に来ていたいろんな人が目に映った。
ブランコや砂場で遊んでいる子供たち、それを眺めながら談笑しているママさん達や散歩に来ているおじいさんそして、女子高校生に絡んでいる武内P・・・・・・・武内P!?
跳ねるようにしてベンチから立ち上がりバレないように武内Pの近くへ、武内Pから陰になってて話している女の子の顔はわからないけれど少なくとも好意的ではなさそうだ。武内Pが女の子に差し出しているのはおそらく自分の名刺だろうか、ということはあの子がスカウト候補なのだろうか。でもはたから見たら不審者が女子高校生に迫っているようにしか見えない。
って、悠長に観察している暇はない。周りの人もひそひそとしだしてるし、公園の近くに交番あったし・・・。
武内Pが捕まる前に止めないと、そう思うと体が考える前に動いていた。
「武内プッ・・・さん!こんなところで何してるんですか!」
「ナギ・・・さん!どうしてここに?」
一応アイドルということは隠しておくべきかと思いとっさに呼び方を変えたがどうやら武内Pにもそれは伝わってくれたみたいだ。
取りあえず武内Pの肩をグイっと引っ張り顔を寄せる。
「周りを見てください、警察のお世話になりたくないならとりあえず離れましょう!」
「い、いえ。しかし・・・」
私が必死に武内Pを説得しようとしても頑なに動こうとしない。そんなにこの子に魅力を感じているのか。
「あんたもこの人と同じプロダクションの人?」
私と武内Pがヒソヒソと話していると、スカウトされていた女の子が私たちの近くまで来ていた。そこでようやく私は彼女の顔を見ることができた。そして気づいた、この子はさっきCDショップであった子だと。
長い黒髪にで、ちょっと吊り目。さっきは横からしか見ていなかったらからはっきりとはわからなかったのだが、正面から見ると控えめに言ってかなりかわいい子だ。武内Pがスカウトする理由もわかる。私もアイドルやらモデルのスカウトだったら声をかけているだろう。
「い・・・えぇ、はい。一応・・・そうですね。」
「ふーん、何?あんたもアイドルなわけ?只の事務とか受付とかじゃなさそうだけど」
「別に・・・事務所で普通に働いているだけですよ」
彼女を正面に見てようやく落ち着けた私は彼女が私をみて全く動じないことに気づいた。思えば、先ほど武内Pと話していた時も好意的ではなかったものの初めて武内Pと会ったことがある人特有の怯えたり怖がったりということはしていなかったように思える。
まっすぐ目を見て話してくる子だ。
「質問の答えになってないけど・・・まぁいいや。あんたもこの人みたいに私をアイドルにスカウトするつもりなの?」
「いえ、私は・・・「アイドルに」武内さんは黙っててください」
「まぁいいや、とりあえず私は行くから。」
そういい踵を返した彼女に頭を下げる。これ以上引き留めると彼女に申し訳ないし、何より周りの視線がそろそろ痛い。あんまりアイドルに乗り気でもないようだし、武内Pにはあきらめてもらおう。
「今、あなたが夢中になれる何かを持っていますか。」
いつの間にか私の横にいた武内Pが彼女にそう声を掛けた。いつもの無気力のような瞳ではなく、何らかの力が宿ったその瞳でそういった。後ろを向いている彼女にはその眼力はわからないだろう。だが、武内Pの言葉に思うところがあったのだろう。立ち止まった彼女に畳みかけた。
「一度ゆっくり話してみませんか。」
彼女は私達の方へとゆっくりと振り返り、私の方へと指をさした。
「あんたも来るならいいよ」
というわけでやってまいりましたのは公園近くにあったお洒落なカフェ。私と武内Pとテーブルをはさみまして彼女・・・渋谷凛さん。
お互いに自己紹介をしたところ渋谷さんは高校一年生でこの近くの高校に通っているらしい。武内Pとの出会いは渋谷さんが警察の人に誤解されたところからだそうで、そこからずっと付きまとっているらしい。
ここ最近忙しそうにしていたのは渋谷さんを追っかけていたからかと思うと何だか恥ずかしくなってきた。
其々が頼んだ飲み物が運ばれてきてとりあえず一服。
「んで、あんたは私のどこを見てスカウトしたの」
少し落ち着き、さぁ話を始めようとするも私は状況がわからないし武内Pは何を考えているのかわからなく、沈黙が続いていた状況が彼女のその一言で動いた。
私から見てみると渋谷さんは十分アイドルになれる魅力があると思う。長い黒髪はきれいだし少しキツイ印象を受けるけれど顔も可愛いし、女子高校生とは思えないほどに落ち着いている。いうなれば765プロの如月千早さんみたいな。
さて、武内Pは渋谷さんにどんな答えを返すのだろう。顔?スタイル?声?武内さんはどこにひかれたのだろうか。私も武内Pからスカウトされた身として非常に気になるところだ。
私がチラッと武内Pを見ると、まっすぐと渋谷さんを見つめながら口を開いた
「笑顔です」
「「は?」」
思わず私と渋谷さんの声が重なりお互い顔を見合わせてしまった。
いや、それにしても笑顔とはいったいどこを見て思ったというのか。失礼だとは思うが渋谷さんはあまり笑うような子ではないと思う。もしかして追っかけているうちにそういう一面を見たのかもしれないがそれにしたってそれだけでスカウトするものなのか?
渋谷さんも少し困惑しているようで首をかしげている。
「私、あんたの前で笑ったことあったっけ?」
うんうん、そこが大事だ。どういう場面で武内Pは渋谷さんの笑顔を見たんだろう。その笑顔と普段のギャップというやつでスカウトを決めたのだろうか。
「いえ、今はまだ」
「はぁ!?」
思わず口を手でふさぐ。
武内P・・・それはあまりにも無理がないだろうか。笑顔を見たことがないのに渋谷さんの笑顔がスカウト理由って・・・。暗に笑ったところを見てみたいという願望があったりするのだろうか。
渋谷さんも呆れたように溜息を吐くと「もういい」と言って立ち上がった。私が待ってもらおうと声をかける前に武内Pが立ち上がった。
「今、貴方は楽しいですか」
凛ちゃんと武内Pの合う場所を変更しています
1/31 誤字修正
渋谷さん→彼女 修正しました