顔だしNGのアイドルA   作:jro

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うまくいかない日は

城ヶ崎美嘉ちゃんのライブが終わった後、あのライブでバックダンサーとして踊ったシンデレラプロジェクトの3人の子たちが正式にグループとしてデビューすることが決まったらしい。グループ名は『ニュージェネレーションズ』で島村卯月ちゃんと本田未央ちゃんと渋谷凛ちゃんの三人組らしい。

あのライブが決まってからとんとん拍子に進んでいることからこのグループは武内Pも考えていたのだろう。

そしてニュージェネレーションズの他にもう一グループ『ラブライカ』というグループもデビューが決まったらしく、メンバーはロシア人のアナスタシアちゃんと新田美波ちゃんによるペアユニットらしい。二人とも面識がなく顔は分からないのだが新田美波ちゃんは大学生でシンデレラプロジェクトの中でもお姉さん的立場にいるらしくアナスタシアちゃんはその風貌も合わさって凄い神秘的な女の子だそうだ。

 

二組ともデビューシングルがもう決まっているらしく初ステージまでもうすぐといったところまで来ているらしい。そのためトレーナーさんたちも忙しいらしくそちらについていることが多く、ここ最近は私一人で歌うようになったがそれについて別段何か思うところがるというわけではない。忙しい方に人が集まるのは当然のことで仕方のないことだ。

 

それに時折ちひろさんもトレーナーさんも顔を出してくれ、シンデレラプロジェクトの状況や私の歌を聞いてくれる。

 

今日も今日とていつも通りのレッスンルームで一人歌を歌う。今歌っているのは『お願い!シンデレラ』だ。私が初めてレッスンしたときに歌った歌であり初めて世に出た歌でもある。

前回歌った時はそれの一部をBGMとして流したが今回はこの歌をカバーしてソロシングルとして売り出すらしい。一度歌った歌なのでレッスンですることはそう多くはない。通して歌ってそれを録音して聞いて悪かったところをメモしてまた歌ってを繰り返して精度を上げていくだけだ。歌の雰囲気や歌詞を覚える必要がないので一人でもできる。

 

また一回歌い終わり録音した歌を聞きメモを取る。

ふと部屋の時計に目をやるともう12の数字に針が乗っていた。ここにきてレッスンを始めたのが10時ごろなのでかれこれ2時間ほど歌っていたことになる。それなのにあまりレッスンをした気にならない。歌っている最中にいろいろと考えてしまうのがダメなのだろうか。

 

アイドルとしてあんな風にステージを盛り上げられるような歌を歌わなければと何度も何度も他のアイドルのライブ映像を見直して自分なりに研究して今日はレッスンしている。歌っている間も呼吸の取り方からフレーズの切り方までとことん色々なことに意識を向けた。だが、この2時間で納得する歌を歌うことはできなかった。

 

私は他の子たちと違ってステージの上でファンを笑顔や動きで魅了し熱狂させることはできない。だからこそ私は唯一の武器である歌だけで妥協することは許されないのだ。ファーストシングルの発表でこんな私にもファンがいてくれている事は少なくとも分かった。なら私はそのファンにガッカリされないように、アイドルである『ナギサ』のファンで良かったと思ってくれるような歌を歌わなければいけない。

それが他のアイドル達のようにライブで熱狂させることができない私のファンになってくれた人への精一杯返せるモノだと思う。

 

そのクオリティに近づけるために歌っているはずが今日は悪くなる一方だ。これまで歌ってきた中でどんな曲でも歌い続けて曲に没頭していき良くなっていくことはあったが悪くなっていくのは初めてだ。こういった時にどうすればいいのか・・・。

 

レッスンルームの壁にもたれかかりながら考えること数分取りあえずお昼ということもあり休憩をはさむことにした。一旦レッスンルームに散らばった私物を片付け簡単に清掃する。一通りきれいにした後荷物を詰めたカバンをもち、外用の暗い色の眼鏡を掛けレッスンルームを後にする。

お昼はいつも買ったおにぎりや総菜パンで済ませるのだが今日はいつもより早く目が覚めたから自分でお弁当を作ってみた。

 

取りあえずどこで食べようか、346プロダクション内をうろつく。人が多いところは避け、できるだけ人気がないところを探す。しばらくぶらぶらとさまよっていると建物の外に大きな木とそれを囲うようにしているベンチが目に入った。大きな木陰のお陰でベンチが日陰の中に入っていて中々快適そうな場所だ。

幸いにもあたりに人はいない。私はベンチに腰掛け、カバンの中からお弁当を取り出した。

 

本日のメニューは定番の卵焼きにほうれん草のおひたしときんぴらごぼう、メインはピーマンの肉詰め。それとおにぎりが二つ。久し振りに作ったにしてはいい出来だと思う。

 

さて早速食べようとおにぎりに手をやった時、ふいに背後から女の子の話す声が聞こえてきた。

 

 

「うわー、事務所内にこんなところがあったんですね!」

 

「へぇー、こんな大きな木があったなんて知らなかったなー。しぶりん知ってた?」

 

「ううん、それにしても落ち着けそうな場所って・・・あれ?」

 

 

無意識のうちにお弁当をかたずけ、立ち去る準備を着々と整えていた私だが立ち上がる暇もなく発見されてしまった。いや、別に見つかっちゃいけないとか日常でそんな縛りをしている訳ではないのだが体が無意識のうちに反応してしまっている。

どうしようか思考を巡らせているうちにいつの間にか女の子のうちの一人が近づいてきていた。

 

 

「ねぇ・・・あんたあの時の人だよね。」

 

 

座っていた私を上から見下ろすように話しかけてきたのは渋谷凛ちゃんだった。今日は青色のジャージを着ている。今日はレッスン日だったのだろうか。

それにしてもあの日以来私に会っていないのに覚えていてくれて少しうれしく思う反面今は深い色の眼鏡もかけているのに渋谷凛ちゃんは私を私だと分かって話しかけてきている事に驚きを隠せない。

 

 

「お、お久しぶりです?」

 

「本当にね。事務員だって言ってたのに探しても見つからないし、プロデューサーに聞いてもはぐらかされるしで気になってたんだ。」

 

 

そりゃそうだ。事務員じゃない上に普段から人にあまり見られないように行動しているからそう簡単に見つけることはできなかったはずだ。今日もいつもなら事務所の外で食べるかレッスンルームの中で食べるかしているはずだったからこうして渋谷凛ちゃんと出会うこともなかったはずだ。

 

 

「急に歩いて行ったと思ったらそのお姉さんしぶりんの知り合いなの?」

 

 

渋谷凛ちゃんと一緒にいたであろう二人も私の正面にきてようやく全員の顔を見ることができた。

一人はショートヘアーの女の子で元気で活発そうな印象を受ける女の子でもう一人は逆に長い髪で笑った笑顔がとてもかわいい・・・ってどこかで見たと思ったらこの二人城ヶ崎美嘉ちゃんのライブでバックダンサーしてた子たちで、デビューも近い・・・

 

 

「ニュージェネレーションズ・・・?」

 

 

私がそう小さくつぶやくと、渋谷凛ちゃん以外の二人が不思議そうな顔でわたしを見返してきた。彼女たちの反応を見て私は口走ったことに気が付いた。

 

 

「あれ?もう私たちがデビューするって知ってるんですか?」

 

「発表はまだじゃなかったっけ?」

 

 

確かに彼女たちと関わりが深いわけでもなく346プロダクション内で立場が高いわけでもない私がまだ発表前のことについて知っているなんておかしい。ましてや彼女たちの中で私はまだ渋谷凛ちゃんの知り合いという認識しかないのだ。

 

私がどう説明しようと内心で慌てていると冷静に渋谷凛ちゃんが言った。

 

 

「ほら、この人武内Pと仲良いみたいだし。それで聞いてても可笑しくないでしょ」

 

「へぇー、そうなんだー・・・ってじゃぁしぶりんがずっと探してた武内Pにスカウトされたときにいたなんかすごい女の人ってこの人のこと?」

 

 

なんかすごいって・・・あの時渋谷凛ちゃんに私はどんな風に見られていたんだろう。とても気になるけれど聞いたら立ち直れなくなりそうだから触れないでおこう。っていうより、渋谷凛ちゃんは思っていたより真剣に私のことを探してくれていたようでなんだか申し訳ない。こんなことなら連絡先を交換しておくべきだったかと思うがそれももう後の祭りだ。それよりも

 

 

「確かになんだか凛ちゃんが言うこともわかります・・・。」

 

 

先程からジーっと私の顔を見てくるこの子が怖い。純粋さを詰め込んだかのような目でそんなまじまじと凝視されると日陰に生きてきた私は溶けてしまう。

 

 

「あ、そうだ。グループ名知ってるなら名前も知ってるかもしれないけど一応紹介しとくね。こっちのオレンジのパーカーが本田未央、それでピンクのジャージの方が島村卯月」

 

 

渋谷凛ちゃんの紹介で二人が「はじめまして」と口をそろえて言う。周りにいるのが年上ばかりだからか一応しっかりしているようだ。

私も座ったままではあるが挨拶を返すために出来るだけ笑顔を心がけ、口を開いた。

 

 

「初めまして、私は浅間凪っていうんです。よろしくお願いしますね」

 

 

様式というかなんというか挨拶をすると無意識にお辞儀をしてしまうのが日本人の性質のようで私は座ったまま小さく頭を下げた。

挨拶した後、簡単に三人について質問してみると皆高校生なのだが年齢的には島村卯月ちゃんが一番年上らしい。とても意外だ。

 

出会ったのもここにきてからで、それまでは全くの他人だったらしい。渋谷凛ちゃんは前回私が遭遇した通りの状況だが、島村卯月ちゃんは一度シンデレラプロジェクトのオーディションに落ちたらしく、そのあとに武内Pに見つけてもらったそうだ。『ニュージェネレーションズ』という名前もこの三人で決めたグループ名ではなく仮で武内Pが付けたグループ名をそのまま使っているらしい。

 

ニュージェネレーションといえば意味は新しい時代か、武内Pもなかなか挑戦的なグループ名をつけたものだ。

 

 

「そういえば普段あんたはここでお昼食べてるの?」

 

 

渋谷凛ちゃんにそう言われて私は本来ここに来た目的を思い出した。よくよく見ればそれなりに時間もたってしまっている。あまり休憩しすぎるのもダメだろう。

 

 

「毎日ここで食べているわけじゃないですよ。今日はたまたまです。」

 

 

私がそう言うと島村卯月ちゃんが私が一度カバン中に戻したお弁当に気づいたようだ。

 

 

「あっ、お弁当なんですね!手作りなんですか?」

 

 

私はカバンの中のお弁当を取り出し、もう一度広げた。私がお弁当を広げると上からそれを覗き込むようにしていた三人が「おー」と声をそろえていった。

 

 

「へー、結構料理とかするんだ。」

 

「そんなにしないですよ。今日はたまたま早く目が覚めたので、久し振りに作り出したら思いのほか没頭してしまって・・・。」

 

「うわっ、このピーマンの肉詰めすごいおいしい!」

 

「未央ちゃん!?」

 

 

いつの間にやら本田未央ちゃんにピーマンをつままれていたようだ。お弁当にあったはずのピーマンの肉詰めが一つ消えている。もぐもぐとおいしそうに口を動かす本田未央ちゃんは実に幸せそうだ。

 

 

「す、すみません浅間さん!」

 

 

慌てて島村卯月さんが謝ってくるが、食べられたことについては気にしていない。それよりももぐもぐと口を動かしている本田未央ちゃんをうらやましそうな目で見ている二人のほうが気になる。恐らくレッスン後でみんなお腹が空いているのだろう。

私のように歌っているだけでもそこそこ空腹は感じるものだが、この娘たちは歌うだけでなくダンスのレッスンもしているだろうから私よりも消費しているだろう。

そう思った私はお弁当を二人に差し出した。

 

 

「別に良いですよ。あ、もしよろしければお二人もお一つどうです?」

 

「・・・いいの?」

 

「はい」

 

「そ、それじゃぁ・・・」

 

 

恐る恐るといった様子で二人は卵焼きをつまむと、そのまま口に運んだ。もぐもぐと口を動かす二人を見ている時間が少し緊張したりする。料理する人ならわかるんじゃないだろうか。

私は卵焼きは砂糖派なので甘めに作っているのだがそれは口に合っただろうか。

 

 

「この卵焼きすごくおいしいです!」

 

「うん、少し甘くておいしい」

 

 

どうやら口には合ったようでホッと一息。とついでに体を少し持ち上げて島村卯月ちゃんの頬についていた食べカスをティッシュで払う。

どうやら頬についていたことに気づいていなかったようで、私が払うと顔を真っ赤にしてわたわたし始めた。

 

未央ちゃんがつまみ食いしたときは慌てたり、食べていた時は幸せそうな顔をしていたり私が口元を拭ったら恥ずかしそうに頬を染めたり、何とも感情表現が豊かな子だこと。見ていてとても心がほんわかする。

 

 

「すす、すみません!」

 

「いいえ、お口に合ったようなら何よりです。」

 

 

私がそんな島村卯月さんを見てほんわかしていると、ぐぅ~と気の抜けた音が聞こえた。

 

 

「うぅー、ちょっと摘まんじゃったせいでよけいにお腹すいちゃったよー。」

 

「そうだね。そろそろ私達も食べないと次に遅れちゃう」

 

「あわわ、急がないと!」

 

 

「またね!」「ありがとうございました!」と本田未央ちゃんと島村卯月ちゃんはこちらに手を振りながら駆け足で去っていった。

渋谷凛ちゃんも歩き出した瞬間、何かを思い出したかのように私の方へと振り返った。

 

 

「またここに来たらあんたに会える?」

 

「そう・・・ですね。」

 

「そう、それじゃぁまたね。」

 

 

歯切れの悪い返答をした私に渋谷凛ちゃんは少し視線を落とした後小さく私に微笑んだ。

初めて会った時には見ることのできなかった笑顔。ライブ会場で初めて見た笑顔とはまた違っていたが、それは確かに人を惹きつけるだけの魅力を持った、少なくともたった今私を魅了した笑顔だった。

 

武内Pが言っていた笑顔とはこれのことだったのだろうか。武内Pはあの時から渋谷凛ちゃんのこの笑顔を見出していたのだろうか。そうならやはり武内Pは才能があるのだろう。アイドルの才能を見抜く能力が。

 

完全に見えなくなった渋谷凛ちゃんの背中。彼女たちは良いアイドルになるだろう。アイドル素人な私でもわかるぐらい彼女たちは魅力的だった。少し接するだけでもうファンになってしまった。

 

さて、私も早く食べないと。と思った時だった。

 

 

「あの娘たちと仲がいいんだねぇ。『ナギサ君』。」

 

 

ふいに聞こえた男の人の声、完全に気を抜いていた私は突然聞こえた私のアイドル名にビクッと大げさに体を跳ねさせた。

346内でも私の名前は知っている人は多くても私の名前と顔を両方知っている人は少ない。それは武内Pが私の素顔や事情を上層部を含めた重要な会議でしか話していなく、事務所内でも私に話しかけてくる人は私も知っているごくわずかの人だけだった。そのため私の知らない人が接触してくることなく、それ故に今回の衝撃は大きかった。

 

 

「すまない、驚かせてしまったかな?」

 

「い、いえ。」

 

 

振り返った先にいたのは渋い細身の男性だった。若すぎることもなく、老けすぎているわけでもなくイイ感じのチョイ悪おっさんのような感じの人だ。

その男性はニコニコと人のよさそうな笑みを浮かべたまま自然に私の横に腰を掛けた。

 

 

「僕は君のことを知っているけど君は僕のことを知らないだろうからね。簡単に自己紹介しようかな。」

 

 

そういうと胸ポケットに手を入れ中から名刺を取り出し私に差し出した。

私は差し出された名刺を受け取り、確認し小さく目を見開いた。

 

その名刺はこの人の名前であろう4文字の上に、『歌手部門 部長』とそう書かれていた。

 

 

「僕はこの346プロダクション歌手部門部長の江崎というんだ。君と少し話がしたくてね」

 

 

彼・・・江崎部長はそういうと眼鏡越しの私の目を見て小さく笑った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




ご飯食べてる最中に急に先生とかに話しかけられて結局食べれないとかよくあるよね。


感想で頂いたので掲示板については活動報告にて書かせていただきます。教えてくださったあーき様、ありがとうございました。

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