彼女はとても勇敢で、優秀な娘だった。それは確かだ。帝国陸軍により銃殺される前に、己を恥じて自ら腹を切った提督の残した遺書の最後の一文だ。
龍驤型 一番艦 軽空母 龍驤
それが彼女の名前。彼女を含む艦隊の指揮をしていた提督は、以前から二隻の艦娘を轟沈させた事で知られていた。それに見合った戦果を挙げてはいたが……それ故に本部も三度目はないぞ、という警告だけをして、特に処分はせず、厳重注意で済ませていた。にもかかわらず、彼は戦果を優先して彼女の損害、大破状態を無視して進攻。そして彼女は南方海域における敵洋上戦力排除の任務遂行中、不運にも深海棲艦の砲撃の直撃を受け2013年8月24日午後0時、轟沈……つまりは死亡した。
書類によれば、彼女はかの提督の四番目の空母だったそうだ。それは比較的どうでもいいことだが、艦載機の運用数で上回る飛鷹、隼鷹が来るまでは主力として大切に運用されていたらしい。私も青葉殿が新人提督の取材をしている最中、彼女と話をしたことがあるが、頑張って一航戦の赤城、加賀に追いつこうとする様は、見た目相応の少女のようだったと記憶している。私は当時はまだ独身なのだが、娘ができるならば彼女のように向上心に溢れた人間に育ってほしいと思ったものだ。
閑話休題。彼女の活躍はなかなか目覚ましいものだ。南西諸島海域、カムラン半島。バシー島沖。東部オリョール海において多くの敵艦をその艦載機で撃沈するという正規空母顔負けの活躍を見せた。時には一度の戦闘で敵旗艦を含む3隻を撃沈したとの報告もある。
しかし沖ノ島海域においては火力不足から艦載機搭載数で勝る飛鷹型2番艦、軽空母隼鷹に第一艦隊6番艦の座を譲る。それでも、そこを突破した後の北方海域キス島において、その経験を活かし新人達の出撃、実戦経験の蓄積に一役を買いつづけた。出撃の頻度こそ下がったものの、確かに彼女はあの提督に大きく貢献していた。しかし、それほど重要な艦娘をなぜあの提督は沈めたのだろうか。本人の遺書には『慢心ではない。彼女を失う事を覚悟した上で侵攻した』と書いてあるが……自害はやはり責任をとってのことだったのか。
何にせよ、彼女にはもう会えないのだろう。彼女のあの可愛らしい笑顔はもう見れないのだろう。会えるとすれば海の底へ沈み、無念の果てに深海棲艦となった彼女の成れの果て。海軍に所属しているわけでもない私が会うのは、旅行中の客船の中くらいか。会ったとしても、彼女の成れの果てとなった深海棲艦は私を殺すだろう。私でなくとも、民間の舟を襲えば多くの罪なき人が死ぬ。彼女がそうなるのは、私としてはとても悲しい。
海軍提督にはできるだけ速く、彼女を鎮めて欲しいものだ。いや、彼女だけではない。今まで海に沈んでいった多くの艦娘。彼女たちを全員、本来守るべき人々を手に掛ける前に鎮めてもらいたいものだ。
帝国海軍提督達には、より一層の活躍を期待している。