花苗ちゃんは出てきません。貴樹くんと明里ちゃんのお話です。
以下、本編に何ら関係の無い読む必要の無い前書き。
タイトルから分かる通り、今作おっさん向けです。
これ96年ドラマ版イタキス最終回のパクリじゃねえ?と思った方。オマージュです。
あ、そうだ。ポケットの中の戦争のブルーレイCMを見ると咽び泣くから見ないほうがいいゾ。
バーナード・ワイズマン伍長に乾杯。
踏み切りの遮断機が下りると、遠い記憶を思い出す。
幼かった夢。悲しい事ばかりじゃなかった、あの日々。
―――今振り返れば、きっとあの人も振り返ると、強く感じた。
◇
例えばこんな貴樹君と明里ちゃん
貴樹編
鹿児島の冬は暖かいものだった。
TVであふれている安手のニュースを見ると、東北や北海道はもっともっと寒いし豪雪が降るらしい。
だから比較的、この弓道場内は肌を刺す寒さも殆ど無く、こうして真冬でも春夏と同じように皆稽古に励む事が出来ていた。
「よしッ!」
矢が的に命中した事を教えてくれる掛け声を聞くと、やっぱり嬉しいのか?と以前友人から聞かれた事があった。
特に嬉しくは無いと答えたような気がするけど、今はもう記憶が定かではない。
老けた? まさか。
僕はまだ十代だよ。
「貴樹。次、矢取りを頼む」
「引退した三年をこき使うなよ」
「一年だろうが三年だろうが、これは弓道の所作事だからな」
「・・・分かったよ。そう睨むなって」
元部長に手を振って、僕は表に出た。
高校生活最後の大会が滞りなく終わり、三年生の部員は引退したが、僕は弓矢を手放す気にはなれなかった。
弓道は時間と雑念の潰しに適している。敵は己と的しかいない。性に合っている。
「矢取り入りますッ!!!」
「お願いしま~す!」
ザクザクと安土を踏み、片膝立ち。片手で的を押さえながら矢をひたすら引っこ抜く。
無心で、無想で。
「・・・・」
数メートル歩き、道場に設置してある雑巾で回収した矢を全て拭いていく。
無駄なく、淀みなく、不備なく。
―――年が明けたら、受験の時期だ。
曰く、高校生活の大見せ場。
曰く、将来という途方も無い道筋の、開始点。
「・・・開始点」
自分で言って、なんだか仰々しいなと思った。
僕の人生はもうすでに十数年前から始まっているのだし、
受験のことをそう言うのなら、高校受験の時だって。だろう?
「はは、下らないな」
そう。この先どんな道を歩いていくのなんて、分からない。
未来は自分自身で作るんだ。とある映画でドクがそう言ってた様に。
今の僕が決めつけるもんじゃ無い筈だ。
「下らない下らない・・・」
―――今日はもう上がろう。
部員達に挨拶と神前に礼をして、足早に弓道場を後にする。
その道中、肩に下げた矢筒と弓が、いやに背中を叩いた。
マイ弓具よ、主人を激励してくれるのか。それとも道を間違えるなと、怒っているのか。
そうかそうか。
「今日の晩御飯は何だろう」
家の門に辿り着いて最初に思う事は、これだ。
暖かい飯にありつける。それは一日を無事に頑張り、生きた証だと何かの本に書いてあった。
「・・・・」
備え付けてある郵便受けを覗き込む事をしなくなったのは、一体いつの頃からだっただろう。
ただいまの挨拶と同時に、二階の自室に向かいながら、僕はまた思い出している。
あの頃から続いているこの心と、あの手紙。
―――駄目だ。 いい加減切り替えるべきだ。
「いい加減、忘れるべきだ」
手で膝を打ち、
意識を忘却の彼方に追いやる為、自室にあるゲーム機の電源を入れる。
瀟洒な起動音。
タイトルコールが見える。ジオン独立戦争記。
「・・・反乱軍達を一掃したら、次はベルファスト攻略だったかな」
一定の条件下で反乱が起こるのが、このゲームの特徴。
戦力は絶望的で、現在味方の将はビッター閣下とドズル閣下しかいない。が、無人の軍団を活用すれば意外と何とかなる、かも。
諜報部の情報によると彼我の戦力差は6:1。
こちらは最新鋭機で固め、ビグ・ザムを持ち出し、艦砲射撃と遠距離狙撃を間断無く。陣形を維持。
・・・いける。ギャンキャノンの援護射撃が効いている。
いけるぞ。
この戦、勝てるんだ。
「・・・・勝てる、か」
反乱が起こる条件と参加者は、各キャラクターの忠誠度で決まる。
休暇を出したり提案を是認すると忠誠度は上がり、
戦いに出しまくったりキャラが乗ってる機体が落ちたりすると、忠誠度は下がる。
そして一定以下まで下がったら、反乱イベントが起きる。
「ゲームとはいえ、世知辛いな」
今まで共に戦ってきた彼らが、かつての仲間達が敵となって襲ってきている。
ハワイ、キャリフォルニア、ペキン、そしてあの地獄のマドラスを乗り越えた、戦友が。
そんなにも僕が嫌だったのか。そんなにも、僕は。
「・・・・」
きっと上手くいくと思っていた。
ゲームでも、現実でも。
「貴樹~、ご飯よー?」
「・・・・」
ずっと初心を忘れず、思い描いている未来へと。
あの人を離したくなんてなかった。
あの人を、ずっと守っていきたかった。
あの時手紙を渡せなかったのは、なるべくしてなったのだと今は思う。
だってこんなにも、彼女の手の温もりとあの瞳が忘れられない。
「僕は、まだ・・・・」
「ごッ!飯ッ!よ~!!!?」
このやり取りにも、慣れてきた。
早く現実に帰れという母の声。
僕は湿ったコントローラーを座布団に投げ出し、こちらの勝利間近という所で居間へと向かった。
◇
「言うまでも無いと思うけど、受験頑張ってね」
「ホントにね」
晩御飯は豚の生姜焼きだった。
自慢じゃないが、僕は豚の生姜焼きには一家言ある。ミニストに時たま置いてある生姜焼き弁当クラス以上でないと、満足できない。
お袋の味は?と聞かれたら豚の生姜焼きと答えるだろう。たぶん生涯。
「何時食べても美味しい。ご馳走様」
「お粗末様でした」
何となしに携帯を見る。メールのチェック。明日の天気予報の確認。
北関東は晴れらしい。
「そういえば貴樹」
「ん?」
洗い物をする音が、今日は嫌に心地悪い。
「…小学生の時同級生だった、明里ちゃんの事憶えてる?」
「・・・・。 まあ」
別段驚くようなことじゃない。
あの頃、あっちとこっちの親同士は仲が良かった。憶えていたって不思議じゃない。
「でも急にどうしたの。 母さん」
「最近携帯?電話が流行してるでしょう? だから連絡、今でも取り合ってるのかなと思っちゃって」
「・・・いや。 取り合ってないよ」
「?あらそう」
意外だという風な顔をする母を見るのは久しぶりだった。
そんなにも、僕とあの人は今も繋がっていると思っていたのだろうか。
「だって、ねえ…?」
あの人の夢を見る事はもう無い。
「・・・なんだよ」
あの人以外に欲しいものは、今はもうたくさんある。
「貴樹、…あんた」
未来への展望。受験。勝利。生きる為に必要なお金。健康。その他もろもろ。
いつでもあの人を探していたのは、もうだいぶ過去の話。
何故ならこんな所に。 彼女が居るわけなんて無いから。
繋がりなんて、自分から絶ち切ったから。
「―――あんた。 明里ちゃんからの手紙、まだ捨ててないでしょ?」
・・・・。
「ずっと思ってたの。ごめんね貴樹。 私達親の都合で、貴方の幸せを奪ってしまって」
あの人の・・・・。
「二人ともまだ子供だからなんて、大人の言い訳よ。今更だけど、謝らせてね」
あの人の他に。
「もし貴樹が、あの頃の想いをまだ捨てていないなら、」
あの人の他に大切なものなんて、今はもう。
「……このままでいいの?」
今はもう。
「―――ッッッ!」
階段を駆け上がる。コントローラーを握り、反乱軍を完膚無きまでに叩き潰し、
僕はそのセーブデータを消した。
◇
『―――ねえ。秒速五センチなんだって』
『うん?何の速さ? 明里』
夢を見ている。
『桜の花の落ちる速さなんだって。 貴樹くん』
これが夢だと分かっていて見る、明晰夢。
このまま醒めずにいれば、夢を自分の意思で自在に操ることが出来るんだとか。
『待ってよ。明里』
手を掴み、抱きしめようとする。
『来年も。一緒に桜、見れると良いねっ!』
―――だけど迷信は信じない性質なので、僕はここで眼が覚めた。
「・・・集中だ。今日は一世一代の日だぞ、遠野貴樹」
玄関に置いてある靴を履き、再度荷物のチェック。
戦支度は万端。
いざ。
将来という途方も無い道筋の、開始点を始めよう。
◇
明里編
栃木の冬は寒いものだった。
外で活動しているサッカー部や弓道部といった運動部を見ていると、文化部に所属していて良かったなと思う。
冷暖房完備の、実に身体に良い一室。
・・・・鹿児島はここみたいに暖かいだろうか。
窓の外には雪が舞っている。
頬に触れていた右手の指先を額に当てて、目を閉じる。その後、部屋の電気類を全て消し、
扉を施錠し、
私は学校を後にした。
「…懐かしいな」
最近のマイブームである受験戦争は順調の一言だ。
曰く、受験生とは嵐や大雪、雷や三が日にすら恐れず屈せず勉学に勤しむ者。
曰く、将来という途方も無い道筋の、開始点を決める者。
つまり東京の大学を志望する今の私は、恐れを知らぬ戦士という事だ。
電車に揺られながら、
私は自嘲気味に笑った。
「………」
自宅の郵便ポストの蓋を開くと、雑誌やらDMやらが入っていた。
両親はあまりこのポストに手を掛けない。
小さな時分から、私だけが郵便受けのチェックをしている。
つまりこれは私の仕事なのだ。
「…懐かしいな」
昔。
この蓋を開けるごとに一喜一憂していた頃があった。
淡い想いと痛い心が、このポストには存在していたのを思い出す。
「………」
そんな無駄な物、今の私にはもう無いけど。
「ただいま」
「おかえり、明里。寒かったでしょ?」
「うん、今日は中々冷える日だよ」
「お風呂沸いてるから。さっさと入っちゃいなさいね」
「うん」
特に目を通していない郵便物を居間のソファに投げつける。
階段を上ってカバンを置くと、私は何となしに携帯電話を開いた。
メールのチェック。明日の天気予報の確認。
南九州は曇りらしい。
「……今日は早めに寝ようかな」
どうも最近疲れが溜まっている。
夜中まで行っている日課の勉強は、今日は止めておこう。
もしかしたら風邪かも。
両手でカーテンを強く閉める際に見えた雪は、思いのほか強く吹雪いていた。
―――あの日と同じように。
「………」
ミシッという音を立てながら、私はお風呂場に向かった。
湯に浸かり、湯船から上がり。
髪をタオルで乾かしながら、居間へと進む。
今日の晩御飯はおむすびと豚の生姜焼き。
食欲が無い私は、おむすびをあまり食べなかった。豚の生姜焼きは残したくないから全部食べたけど。
「美味しかった。 ご馳走様」
「はい。お粗末様」
厚手のパジャマを着ているけど、やっぱり今日はひどく冷える。
そういえば白湯を飲んでコタツに入ると、その冷たさは幾分和らぐって何処かの本に書いてあった。
「…よし」
「何?何か作るの?」
「白湯」
「さゆ?」
「お母さんも飲む?」
「いらないわ」
「そう」
母はこちらに眼もくれず、コタツに入りながら郵便物に眼を通していた。
それを尻目にヤカンを温める炎を見つめてると、ひどく哀しい気持ちになるのは私だけだろうか。
「雪、強いわね」
「うん」
出来上がった湯飲みの中の白湯は、ほんのり湯気がのぼっている。
白湯というのは、コーヒーのようでは駄目だと本に書いてあった。
熱すぎず、冷めすぎず。
口の中に、ほんのりとした柔らかい温かさが広がった。
「………」
じんわりとした熱が全身に行き渡る。何だか元気が出てきた。
よしよし、私は独りでもちゃんとやっていけている。
遠く彼方の、強くて優しいあの人のように。
貴方のお陰で、貴方との想い出のお陰で。
この先、私はきっと大丈夫。
「そういえば、憶えてる?明里」
「………え?何が」
母の眼が、私の瞳を見つめた。
「昔こんな雪の夜。 貴女、貴樹くんに会いに行ったでしょう?」
「………。そんな事も有ったね」
寒気が、止まった気がした。
「懐かしいわよね、いつも二人仲が良くて」
白湯のお陰だと思う。きっと。
「お母さんもお父さんも、彼の事気に入ってたのよ?ご両親は良い人だったし、
皆明里の事を笑顔にしてくれていたし、」
「ごめんお母さん。ちょっと具合悪いから、もう、寝るね」
正直な話。
私はこの人の口からあの人の事が出るのが、好きじゃない。
行きたかった学校。成し遂げたかった想い。あの場所あの時間。
私は転校なんて、したくはなかった。
「明里」
テーブルに打ち付ける空っぽの湯飲み茶碗。ミシッという足音。
欲しかったものは、もう何も消えて無くなった。
今欲しいのは、大人になる力。
そう。
どちらも決して、こんな所には無い。
「―――はい、これ」
「………、?」
眼に映ったそれは封筒だった。
篠原明里 様 と懐かしい文字で書いてある。
「これって………、これ…」
立ち塞がり、手渡す母。
風邪のせいで、私は夢を見てるのか。
本当は自室に行った時に疲れて寝てしまって、明晰夢を見続けているのだとしたら。
今日という日が、もう昨日の事なのだとしたら。
「ごめんなさいね、明里」
封筒を受け取り、差出人を確認。封を切る。
「私達の都合で、明里の幸せを断ち切ってしまって」
秒の速さで、中身に眼を通す。
「そんな貴女を、見たいわけじゃなかったのよ」
眼が霞む。再度読む。
「貴女に、…こんな顔をさせたくなんてなかったの……」
再度、読む。
文字が滲んだ。
「貴女達には、―――邪魔の無い恋をしていて欲しかった」
ふわりと、お母さんが私を包み込んだ。
いつの間にか、へたり込んで震えている私を。
それはとてもとても、暖かかった。
◇
戦争は無事終わった。
長く苦しい闘いだったけど、この結果には満足している。
今、懐かしい町並みを歩いていると、あの日の桜を思い出してしまう。
東京の大学を受験すると言った時、父も母もこちらを暖かく笑って、一つだけ言葉にしてくれた。
何だか嬉しい様な、恥ずかしい様な。
不可思議な感覚が身体を包んでいた事を憶えている。
それはシンプルな、自覚だった。
『今の明里の姿は、貴樹くんが作ってくれてたのね』
『今の貴樹の姿は、明里ちゃんが作ってくれたのよ』
あの雪の夜。
渡さなかったあの手紙。去年の暮れの、あの手紙。
「………」
「・・・」
言わなかった言葉。
伝えられなかった想い。
「・・・良くなんて無い」
「………言いたい」
子供の頃、二人一緒に待っていたこの線路。
「傍に居てくれ」
「何処にも行かないで」
大好きな明里に、恥ずかしくないよう頑張るから。
強くて優しい貴樹くんと、ずっとずっと。
諦めないから。
悔やまないから。
・・・・でも。
「言えるだろうか」
「伝えられるかな」
直接。もう何年も会ってないのに。
「………・・・」
視界が広がる。
桜の花と、遮断機が上がった。
遠い記憶を思い出す。今も忘れてない、あの人の。
「―――久しぶりだね。手紙、有り難う。 貴樹君」
「明里ッ!!」
あの人はきっと、そこに居ると思っていた。
今振り返れば、きっと。
「あのね? 来年も、来年も一緒に桜見れると良いね。 貴樹君っ!」
「ああ。だからもう、何処にも行くな」
―――この先。
大切なものも、欲しいものもたくさん出来るだろう。この人と一緒なら。
だってここが僕の。
だってここが私の。
忘れもしない、開始点。