ダンボールを自室に全て運び込んだ後はリビングのソファに腰を下ろす。天井にはシーリングファンが完備されており、我が家には見慣れない光景が広がっていた。
さてそろそろ聞いてみますか。
「まずいつからここにいるんだ?」
「昨日からですよー。だから私達もまだ部屋の掃除が終わってないんです」
「そうね。でもあなたが来るって言うから、先に当面の生活用品だけはきちんと用意しておこうと思ったから」
「うん、まあそれはそうだね。確かに必要だね、うん」
でも一番に聞きたいのはそこではない。
「簡潔に言うと、どうしてお前らいるんだ?」
「雪乃先輩が前のマンションから引っ越すって言うから、一緒に住みましょうーって提案して、最初は断られるかもだったんですけど、先輩も一緒にって言ったら、OKでした」
「判断はええな、おい」
「まあ家に一匹くらい用心棒いてもいいと思うし」
「なら番犬扱いじゃなくて人間扱いしてくれ……」
ある意味目つきだけなら番犬以上かもしれんが、戦闘力は5以下のゴミだぞ。ナメック星人にすら勝てない。でもよくよく考えてみたら、雪ノ下の方がフリーザ軍より強そうだもんなぁ。名前的にもなんかこっちの方がインパクトあるし。
「何か?」
「いやなんでも」
閑話休題。
「で、後はご想像の通りってか?」
「ええ、一色さんが小町さんにシェアハウスの情報を教え、そこからあなたが来る事になり、今に至るという訳よ」
「そうか。じゃあ短い間だったが世話になった。俺はこれで」
そう言い残して、立ち上がる。
当たり前だ。恋人関係でもない女子大生二人と同棲なんていうラブコメ展開は俺のSAN値が持たない。そもそもプライベート空間が全く無くなりそうだし。
「ここ出てくのはいいですけど、小町ちゃんから『お母さんが引っ越し費用全部出したから、あとは全部自腹で』と伝言を預かってますよ」
「……大学の寮を今から申請で」
「あなたの大学の寮って今まで通っていたキャンパスの方にあるのでしょう? 新しいキャンパスからは遠いと聞いてるわ。ここからなら電車で三十分もかからないけど」
雪ノ下の言葉に足が止まる。
そもそも何で一人暮らしが始まったというと、元々一年から二年の間も大学近くのアパートに住んでいたのだが、三年からはキャンパスが変更という面倒な仕組みになっているので、無事に進級できた頭いい子達は新しい校舎へと移動になる。
当然それにより、今までの家から引っ越す必要が出てくる。
いや本当は実家に戻るという選択肢がいいのだが、もう大学生という事もあり、うちの両親は一人立ちを強制……進めてきた。
そんな立ち尽くしてると、くるっと一色が後ろから肩に手を乗せる。
「まあまあ。今日はのんびりしましょうよ。とりあえず一か月くらいここに住んで、その後に決めればいいじゃないですか? 私達も男手が欲しいのは本当ですし」
「……嫌じゃないのか?」
「そんなの今更聞きます?」
くすっと笑みを浮かべたのは一色だけでなく、ソファに座っている雪ノ下もだ。こちらを見ながら、微笑む姿から一緒に暮らす事に何も疑問を感じていないと受け取れる。
両手を上に挙げ、軽く息を吐く。
「……降参」
「えへへ。それじゃあさっそく夕食の準備手伝ってください」
「はいはい……って何、作るんだ?」
キッチンに行くと、先程買ってきたであろう食材の数々が並べられている。
「今日は簡単なものでいいかなと思い、とりあえずカレーにしようかなと」
「なるほど。んじゃ俺、下ごしらえとかやるから、お前らは自分の部屋の荷ほどきとかしてこいよ。まだ終わってないんだろ」
「あなたに料理を任せるのは少々の不安を感じるのだけど」
「いいから、いいから」
「……無理矢理行かせようとするところがまた」
さっきの微笑む姿は俺を信用しているという事じゃなかったのだろうか。
結局は渋々納得したようで、二人は二階の自室へとそれぞれ戻って行った。本当この家どういう仕組みなんだか。明日にでもきちんと家の間取りを把握しないと。
とりあえず早速料理しますか。
「まずは……って何だ、これ」
俺が見た先にあるのはあさりだった。ボウル一杯に水で浸しており、どうやら砂抜きしている様子。
カレーにあさり……いやまあやってみるか。
適当に調理レシピを料理アプリから検索し、クッキングスタート。
まずは砂抜きしたあさりを茹でる。弱火でもいいが中火でも構わない。沸騰した後は茹で汁を空いたボウルに移して、あさりも別の皿に移す。
ここからは普通のカレーと同じ作り方。玉ねぎ、にんじん等の野菜を先にバターで炒める。先程使ったあさりの茹で汁もここで使うのだが、全部は使わない。
次にルーの作成だ。鍋に水と干しエビ、先程の茹で汁を混ぜ、沸騰した後に干しエビは回収。カレールーを入れ、完全に沸騰するまで待つ。
あさりは殻をむき、炒めた野菜も一緒に投入。熱を通し過ぎると固くなるのであまり長時間火を通し過ぎるのはよくないので、少し時間が経過したら、終了。
もちろんじゃがいもとか入れる場合なら火を通す時間をかけた方がいいが、その場合はあさりを入れるタイミングに注意。
と、かれこれ熱中していたせいで気付けば、そこそこの時間は経過していた。お米がたけるまではあと数分。
「雪ノ下―、一色―。出来たぞー」
……返事がない。ただの屍のようだ。
しかしここで下手に動くのは得ではない。何せ女の子の部屋に勝手に入るというのは流石にまずいものがある。下手すれば、明日には両手に冷たい鉄の錠が……。
「おーい。ご飯出来たんだけど……」
もちろん反応はない。
仕方ないので、適当にあった野菜で簡単なサラダを作り、そこから更に数分。
「せんぱーい。ご飯出来ました?」
「さっきから呼んでたんだけど……」
「あれ? おっかしいなー、全然聞こえなかったんですけど」
でしょうね。だって俺の目が正しければ、首にヘッドホンぶらさげてるもん、君。寝ぼけてるのか、こいつ。しかもよくよく見たら、最新のブルートゥースヘッドホンってのがまたムカつく。
「全く……こんなに時間がかかるなんて」
「……お前はどーせ本に夢中になってたんだろ?」
「何の事かしら。私は部屋の整理を」
「ダンボールから偶然出てきた小説を読み返していて、俺の声も耳に入らなかったと」
我ながら、ここまでわかる自分が怖い。
しかし俺含めて、お腹空いているようですぐにお皿にご飯とルーを盛り、ダイニングテーブルに着く……うん、着いた。
「……質問いいか?」
「何かしら?」
「何ですか?」
「どうして俺の真横なんだ? いや別に文句があるようでないとか……何言ってんだ」
どう考えても、俺の横に座るのは一人だけ。もう一人は真正面かお誕生日席配置になるはずだ。で、雪ノ下が俺の隣の席に自分の皿を置いた後、一色が椅子を移動させてきた、と。
いややっぱりこれ夢なんじゃないだろうか。こういうハーレム系ラブコメは二次元だけだからなぁ。三次元にハーレム系イベントなんてありえるはずがない……多分。
「まあ……いいか」
別に諦めたわけじゃないんだからねっ!
× × ×
「うし。こんなもんか」
ほぼ俺の部屋は本棚で埋め尽くされる形で机にはノートパソコンが置いてあるのみと何だか寂しい風景に見えるが、こんなもんだ。近々家からテレビも移動させるつもりだからゲームは出来るようになるし、しばらくは狩猟生活だな。
と、一息ついたところでコンコンとノックが鳴る。
「入っていいぞ」
「失礼します……あ。もう片付いたんですね、お手伝いしようと思ったんですけど」
お風呂上りなのかフード付きの薄いピンク色をしたルームシェアの恰好の一色だった。
顔をがほんのり赤く染まっている。
「まあ基本的にスマホ一つで何とか暇つぶし出来るからな。あんまり部屋に物は置かないようにしてるし」
「ほうほう、先輩の事だから探せば、面白そうなもの見つかるかなーって思ったんですけど」
「……ないな」
いや本当に無い。
だって、前の一人暮らしの時もこいつら勝手に人の部屋を荒らして、同人誌だのエロゲだのを見つけては文句を言ってくるし。雪ノ下と由比ヶ浜が少し興味津々だったのは今でも思い出せる。
「今日から先輩と一緒のお家ですね」
「雪ノ下もいるけどな」
「それじゃあ夫婦じゃなくて、家族ですかね。そうなるとどういう配置ですかね。私が妹でお姉ちゃんが雪乃先輩、お兄ちゃんが先輩……どうですか? お兄ちゃん」
「妹、間に合ってるんで結構です」
「むぅ……」
そんな頬を膨らませてもねぇ……。
「まあそれは置いといて。実は先輩に話しとかないといけない事があるんです」
「話?」
そう疑問符が声に出た時、再び部屋の扉が開く。
入ってきたのは同じく風呂上りの雪ノ下。こちらは薄い水色でモコモコした感じが如何にも女の子の寝間着を漂わせる、
「あら? もう一色さんがこっちに来てたのね」
「お先です、雪乃先輩。ちょうど本題に入ろうとしてたところです」
二人が俺の前に並んで、じっと目線を合わせてくる。
な、何……空気が一変したんだけど。
「そんなに怖がらなくても大丈夫ですよ。この家で暮らしていくにあたって、どうしても守ってほしい事があるんで、それを約束してほしいんです」
「約束?」
「ええ」
多分それがこれから起こるであろう一連の事件のきっかけの発言。
雪ノ下雪乃と一色いろはという二人の定義を逆転させ、そして俺自身もまた自分のあり方に今一度問いただす。
言ってみれば、これはリメイクだ。やり直し、つまりはリセット。
「今後この家にいる限りは絶対に恋愛禁止」
だけれども、感情はリセット不可。
つまりまとめると、これからの出来事は彼女達と俺の―――続きの物語。