雪ノ下雪乃がいて、一色いろはがいて。   作:コウT

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第3話

「……誰もいないか」

 

 四月中旬。

 起きてから、リビングに行くと、既に白いご飯とお味噌汁、焼き魚に漬物なんていう古典的な朝食が用意されている事はなく、音もない静かな空間だけが広がっていた。

 同棲生活が始まってから既に一週間近く経過はしていた。思っていた以上にストレスも感じる事はなく、上手くやれている方だと思っている。いや思っているっていうのは俺からの感想っていうだけで、彼女達からはどうかはしらない。

 

「……朝飯、どうすっかな」

 

 このまま大学へ向かう途中で牛丼屋にでも入るか。いや朝抜きにして、お昼は大学近くの煮干し系のつけ麺という選択肢もあり……まあどっちでもいいや。

 新しいキャンパスは都内、池袋駅の近くにあるので今日の帰りはそのまま散策でもしようかね。今までは行く機会は全くなかったがこれから卒業まではほぼ毎日通ることになる道だ。いやまあ単純に買い物しやすくなったから、今後通販ではなく、店頭で買う事で店舗特典も手に入るというメリットがある。

 さてと。それじゃあ行くか、と玄関のドアノブに手を伸ばした時、後ろから声がかかる。

 

「ん……比企谷君……?」

「俺以外にこの家に男性いたら、おかしいだろ。おはよう、雪ノ下」

「ん、おはよう……これから大学?」

「ああ」

 

 まだちょっとは寝ぼけているせいだろうか、小さく開けた目を擦りながら、聞いてくる。髪もちょっとばかり乱れているし。こういう姿を見れるというのもシェアハウスの特権とも言うべきか。まあ一般男性ならこんな美少女の寝起き姿を見れるってだけでも憧れるかもしれないがそこは付き合い長いせいなので、物珍しさを感じない。

 

「朝ご飯は?」

「ないから、行く途中にでも」

「そう……何食べるの?」

「ん? 多分牛丼とかだけど」

「牛丼……」

「……その、来るか?」

 

 不意にそんな事を口にしていた。

 最もこれだって不思議じゃない。高校卒業してからは雪ノ下も由比ヶ浜も一色もそして俺も普通にご飯や遊びに誘うようにはなっていた。まあほとんどはあいつからだけど。

 ましてや同じ家に住んでいる者同士だ。

 雪ノ下は言葉には表さないものの、こくりと縦に首を振り、そのまま駆け足で洗面所へ向かって行った。準備に時間がかかるのは女の子にとっては仕方のない事。

 準備できたら教えてくれと言い残して、俺も部屋に戻ろうとする。

 

「あ、そうだ。一色もついでに誘うか」

 

 一人だけ仲間外れよくないからね。

 二階の女子部屋へと向かい、一色の部屋の前に立つとノックを二回鳴らす。

 ……返事がない。ただの屍のようだ。

 ……また返事がない。もしや応答できる状況じゃない!?

 ……うん、返って来ない。もしかして圧倒的無視されているとか?

 

「一色さんならサークルのビラ配りがあるからと朝早く出ると昨日言ってたから、いないわよ」

「ん? ああそうなのか」

 

 なら部屋に戻るかと、階段へ向かおうとすると、自室に戻ろうとする雪ノ下とバッチリ目が合う。

 普通、家の中じゃ化粧する女の子はいない。誰だって楽したいだろうし。つまりはスッピンという訳です、はい。

 それは雪ノ下も例外ではないのだが、元々そこまで化粧をする方ではなく、ナチュラルメイクで済ます事がほとんだ。だから大して変化はないと言えば、そうなんだけど、改めて見るとどうしてか心臓の辺りの鼓動が早くなる。まあ平たく言えば、緊張した。さっきまでしないとか言っておいて、こういう不意打ちに弱いのは未だに直ってない。

 

「あ、その……あんまり見られると恥ずかしいのだけど……」

「わ、悪い」

 

 すぐに目を逸らして、逃げるように階段を降りていく。そのまま自室へと戻って、ベッドへとダイブ。あーこの歳でこんなラブコメはちょっと受け止められる程ピュアじゃないっていうか……何、この初恋男子の典型的なイベントみたいなもの。もう正直言えば、素直に恥ずかしい。普通に顔を赤らめて、しかも寝間着姿って……あー反則。ひどい。人生不条理! それはまあ昔から言ってるけど。

 しかしまあ……成人しても、可愛いって事ですね。

 

 

 × × ×

 

 

 私服姿の雪ノ下と歩くこと数分。駅近くの牛丼屋に入った。店内にはこれから出勤するであろうサラリーマンが今にも死にそうな顔でどんよりしてる。お疲れ様です……!

 一方で現役女子大生お嬢様は券売機の前で、現在戸惑いのご様子。

 

「どした?」

「えと……どうすればいいのかしら?」

「どうすればもボタンを押すだけなんだが」

「……どれがいいのかしら?」

 

 おっともしかして牛丼屋デビューでしたか。なら朝食メニューが豊富な駅の反対側の方に行くべきだったか。その方が雪ノ下も選びやすいだろうに。

 結局、無難な焼き魚定食を選び、並びながらカウンター席座る。

 

「成人したというのに牛丼屋に来たことないとは……」

「し、仕方ないじゃない! 別に知らなかった訳じゃなくて……興味はあったのよ」

「行く勇気がなかったと?」

「……はい」

 

 顔を俯き、白状する雪ノ下。こいつもここ数年でかなり丸くなったというか素直っていうか……早い話が随分彼女との距離も短く、いやなくなったと言ってもいいくらいの近さだ。

 

「ちなみについでに聞いていいか?」

「何?」

「今日の予定は?」

「……そうね。ゼミの研究室にでも行こうと思っていたけれど」

「なるほど。じゃあ夕飯は遅くなるか」

「そんなには遅くならないわよ……また作ってくれるのかしら?」

「気が向いたらな」

 

 タイミングいいのか、ちょうど定食がやってきた。

 話の逃げ口としてはちょうどいい。そのまま箸を手に取る。

 どうしてか食事中は雪ノ下が機嫌良さそうなのはまた謎なものだ。

 

 

× × ×

 

 

「えーと」

「どうかしたのかしら?」

「お前の大学、こっち方面じゃないだろ」

「今日はフィールドワークよ」

「環境系の学科でもないだろ、お前」

 

 言い訳が苦しいにも程がある。

 牛丼屋から家に帰らず、そのまま電車へ乗り込むまでは特に気にしてなかったが、流石に最寄りまで来られるのは……。

 

「そういえばあなたの大学って川崎さんがいたわよね?」

「あー……ああ、うん。いたね、そういや」

「……忘れてたでしょう?」

「忘れてたというか会わな過ぎるというか」

 

 学科が違うんだから、それも当然だ。向こうは向こうでキャンパスライフを満喫しているようだし(小町情報曰く)。そもそも入学してから、一回くらいしかろくに話していないか。

 それにしてもこいつ大学までついてくるつもりか? 俺の隣の並び、チラチラとこちらに視線を伺いつつ、目が合うと、微笑む。当然その様子は周囲の皆さんにも見られている訳であり、ひそひそ話が沸き出してしまう始末。

 

「えーと、もう大学ついたんだけど」

「そうね。では行きましょうか。授業はガイダンスで終わりよね?」

 

 このままだと煮干しつけ麺も池袋散策の予定も無くなってしまう。ここは上手く言い訳するべきか……。

 

「あれー? 比企谷じゃん」

 

 と、考え込んでいると聞き慣れた声が聞こえる。

 忘れてた……この大学にはよくよく考えたら、とんでもない巡り合わせが起きている事に。

 

「……雪ノ下?」

 

 そして更に聞こえてくるまた聞き慣れた声。

 もう顔を見る必要はない。

 

「確か折本さんに……川崎さん?」

「よく折本の事、覚えてたな」

 

 そんなツッコミを入れつつ、ギャルゲ主人公のような修羅場が起きてしまいましたとさ。

 

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