どうしてか。どうしてこんな陰湿な空気が漂っているのだろうか。
「……」
「……」
「先輩―、お疲れ様でーす」
ここはジョーク交じりの会話を切り出すべきだろうか。いや無理。他二人さんが雪ノ下をめっちゃ睨んでるし。
「お久しぶりね、二人共」
「久しぶり……てっきり海外の大学に行っちゃったと思ってた」
「流石に買い被り過ぎよ」
「ふーん……ところで何でうちの大学に?」
腕を組んでいるのもあるせいか、益々威圧感が増しているように見える。隣の折本は先程挨拶した先輩とまだ話しているご様子。コミュ力大事だよなぁ、本当。
立ち話も何だからと、食堂へ移動した俺達。着いた時間が時間なだけに少々混み具合が激しい。やっぱり適当に離れて、ぼっちポジ探さないとなぁ。
「いえ。ただ比企谷君の大学がどういうものか興味があったから」
「だとしても、何で今頃? 来ようと思えば、いつでも来れたじゃん」
「それは……まあ色々事情があるのよ」
そう言いながら、こちらに目線を向けてくる雪ノ下。あのー……川崎さん? 標準をこちらにロックオンしないでくれる?
「にしても、雪ノ下さん? よく私の事、覚えてたねー」
「ええ。印象に残ってるから」
「やっぱり?」
自覚あったんですね……。まあ高校時代に比べれば、色々と落ち着いた折本だし、むしろそのせいかかなりモテるようになってしまった。
「でも比企谷と二人って事はー……そういう事?」
「そういう事とはどういう事かしら?」
「んー、まあそういう事でいいのかな?」
まるで雪ノ下がからかうかのようにいたずらな笑みを浮かべる中で、折本も「ふーん」と謎の笑みで対抗する。その禍々しさに川崎も加えると、外からはエデンの園かもしれないが、中は互いに謎のマウント取りが始まってるかのような……いや川崎と折本にマウントを取る意味ないから違うか。何なら雪ノ下も違うよな。
「さて。そろそろ私も自分の大学へ行くわ」
と、立ち上がり、鞄を肩にかけて、後にした。
「そうそう。今日の夕飯は私が作るから、早めに帰ってきなさい」
爆弾を投げてから。
「比企谷? どういう事? 夕飯ってもしかして雪ノ下とど、どどど同棲してる……の?」
「へえー、意外とやる事はやってんだね、比企谷」
ラノベ主人公っぽいハーレム展開なんだが、実際に体験すると決して幸せでもない。
やっぱ三次元ってクソ……。
「俺がそんな勇気ある行動すると思うか? 相手は雪ノ下だぞ、雪ノ下」
「それはそうだけど……かなり仲いいじゃん、二人」
「うんうん、昔から仲よさそうだよねー。バレンタインの時とかあたしの発言気にしてたし」
お前も同調するな。つかバレンタインとか懐かしいな。
「そもそも何でお前がそこまで気にするんだ?」
「……別に何も気にしてないけど。ただ聞きたかっただけ」
「それを気にしてるっていうんだよなぁ」
川崎は顔を俯き、ぷるぷると震えている。耳まで真っ赤になっているところが見える辺り、顔を隠しているのだろう。
一方で折本はふふーんと頬杖をしながら、楽しそうに眺めてる。
「にしても、比企谷と会うのもなんだかんだ久々だよねー? 毎週何曜にここ来てるのー?」
「一応火曜と木曜と金曜」
「おっけー、じゃあまたご飯食べようよ。何なら三人で飲み行こ、どーせ川崎さんも暇でしょ?」
「ま、まあ木曜と金曜なら私も来てるけど」
「じゃあ決まりー!」
人の意見を聞くことなく、折本と川崎は携帯を取り出す。二人共じっと俺の顔見てくるので、黙って携帯を取り出し、SNSアプリを表示する。
こういうのは得意なのか、折本はすぐに『H.S.K』という名前のグループを作った。
「ちなみにグループ名の由来は?」
「それぞれの名前の頭文字取って」
単純過ぎだなと思ったが変に名前をつけられても嫌だし、こんなところか。
と、ちょうどよくチャイムが鳴る。
「そんじゃ俺、ゼミなんで」
「おーまたねー」
「……また」
それぞれ後にして、ゼミがあるゼミ棟へと向かおうとすると、ぶるぶるとポケットからの振動を感じる。SNSの通知だ。
『ねえ、明日って暇?』
『ねー、明日の夜とか空いてない? サシで飲みいこ! 飲み!』
「これはモテ期なのか?」
疑問が残ったままだが、この後の返信が面倒だなぁと思った。
てか煮干しつけ麺と池袋散策の予定、いつの間にか潰されてるし……。
× × ×
ゼミ終了後は真っ直ぐ帰ろうとしたが、問題が発生した。
うちのゼミは研究熱心や出席重視等色々と厳しい面がある中で、毎回飲み会が開催されるというオールラウンドサークル並みの陽ゼミである。
「比企谷君は? 今日はどうするの?」
「あーすいません。パスで」
「またー? 前も断ってたじゃん」
無駄金を使いたくないからな。
うちの大学は二年からゼミに所属する事が出来るので上級生との関係も自然と出来ていく。その中でも飲み会は親睦を深める為に重要なイベントだ。アルコールの前では人は自然と本音がこぼれるので腹を割って、話せる。
「たまには行こうよー。いいじゃん」
「いやーあのすいません。用事あるんで」
半ば強引に誘ってくる先輩人を退け、研究室を後にする。
このまま家へ帰宅なのは間違いないが、その前に川崎と折本の返信をどうするかだよなぁ。
とりあえず明日は無理だと言っておくか。いや予定はないけど、予定ない事が予定みたいなもんだし。
まずは川崎から。
『悪い、明日は無理』16:45
『何かあるの?』16:45
一分も経ってないんだけど。何なの、ずっとSNSの画面を表示してるの、あいつ。
『ちょっと用事がな』16:46
『雪ノ下?』16:46
『やっぱ付き合ってるの?』16:46
やっぱ気になるんじゃねえか。まあ俺も雪ノ下に彼氏できたら、流石に気になるだろうからそれと似たようなもんだよな。もっとも高校どころか大学入ってからも男の噂の一つもたたないんだよなぁ、あいつ。
その話題を出すと、何故か不機嫌になるし。その場にいる由比ヶ浜も一色も。女心わからない、八幡。
『付き合ってねえよ』16:48
『じゃあ何で夕食作るから早めに帰ってこいとか言ってたの?
てか、やっぱり一緒に住んでるよね? 何で嘘ついたの? いつから一緒に住んでんの? 付き合ってんの? この事由比ヶ浜も知ってるの? そもそもさあ、付き合ったならきちんと言うべきだと思うんだけど? 何で黙ってたのかな、ねぇ?』16:48
「……」
身震いしたのはいつぶりだろうか。周囲をきょろきょろと見渡し、敵がいない事を確認した俺はすぐに駅のホームへと向かい、電車へ飛び込んだ。
しばらくは気を付けないと……。
結局、川崎の返事は保留して、そのまま家へと帰宅。既に雪ノ下がエプロン姿でキッチンに立っており、料理を開始している。
「おかえりなさい。まだ時間かかるから、適当にくつろいでて」
「ん、悪いな」
「いえ……ふふ」
「何がおかしいんだ?」
「いえ。何だか……新婚みたいな会話みたいで」
楽しそうに頬を染める女子大生、雪ノ下雪乃。
というか結婚できるから、若妻でも通ろうと思えば通りそう。こいつスパルタ教育とかしそうだよなぁ。んで、娘には間違いなく自分の同じパンさんの着ぐるみパジャマを着させるに違いない。
……流石にこの歳では着てないよな?
「着てますよ。こないだ夜中にお手洗い行った時に雪乃先輩の部屋の扉がちょっと空いてたので、何してるかなーって覗いたら、着ぐるみパジャマ着ながら、パンさんの映画見てましたし」
「……見てみたい気もするな。あと心読むな、心」
「てなわけでただいまです、先輩」
隣でびしっと敬礼のポーズを取る後輩も揃い、これで全員集合でござる。
しかし肝心の料理はまだ時間かかりそうで、一色は自室へ。俺も戻ろうと思ったが、何もしないのは少々面目ない。
「手伝う」
「あ、別に」
「早く食いたいから。どこから手つければいい?」
「……しょうがないわね」
ため息を吐きながらも顔は笑っている。どうやらお許しをもらえたようだ。
そんな訳で今日の八幡クッキングスタート。
まず鍋に水と昆布を入れて、だしを取っていく。火は中火で。また火をかける前に水と昆布は一時間程漬け置きした方が味が染みる。沸騰直前で昆布は取り出し、火を止める。
その次に唐辛子を一本と、
「雪ノ下、それ」
「はい」
雪ノ下が作ったある調味料を一緒に入れる。材料は酒、ポン酢、鶏がらスープの素、コチュジャン等。続いて、もつをボウルに入れ、水洗いをする。
すでに野菜の準備は雪ノ下が出来ているようなので、もつの水洗いが終わったら、白菜、もやし、ニラ、もつ、最後にスライスしたにんにくと赤唐辛子を乗せて、具材が煮込むだけ。
待っている間、俺達はリビングのソファへそれぞれ腰を下ろす。
「にしても、鍋なんて珍しいな」
「ちょっとした事情でモツが手に入ってね……そういえばどうだった?」
「そういえば?」
「川崎さんよ」
そっと目を逸らすが、雪ノ下の口は止まらない。
「大方、色々聞かれたんじゃないかしら」
「一応聞くが、爆弾投下したのお前だからな」
「そうね……でも仕方ないじゃない」
「は?」
再度彼女の方へ顔を向けると、そこには優しくこちらを見つめた人差し指を口元に当てながら、微笑んだ雪ノ下が。
うん、めっちゃ笑顔。
「誰かに自慢したくなるんだもの」
「……楽しそうで何よりです」
「また会いに行こうかしら」
「勘弁してくれ……」
ちなみにもつ鍋の〆は麺系でもご飯でもいいです。
やっぱ鍋って季節関係なく美味しいよね!
にしても、煮干しつけ麺と池袋探索……同人誌……。
「そういえばさっき先輩の部屋覗いた時にベッドの下にあった薄い本に雪乃先輩似の女の子の絵が」
「おっけー。そこを動くな」