シェアハウス生活を初めて二か月が過ぎようとしていた。
生活は思った以上に不便はない。むしろ家事は三人でローテーションしているので一人暮らしの時より助かっている。まあ勝手に自室を見られる時があるのは困るが、これ以上見られて困る物はない。十八禁同人誌とかエロゲはカモフラージュしているから、バレてないし。
閑話休題。
ここ最近、とある事で悩んでいる。
「ねぇ比企谷。何か飲み物」
「あ、私も。ハイボールでいいや」
「さいですか」
タッチパネルからハイボールと適当な飲み物を三つ注文し、ため息を吐く。
H.S.K会。それがこの飲み会の名前である。ただタベるだけの飲み会だが、この二人は満足しているようなのでいいとしよう。
いやよくねぇ。毎週やってるんだぞ、これ。俺のバイト代がどんどん減ってくんですけど、それは。
「なぁ、二人共」
「ん?」
「何―?」
「そろそろこの会議を月一くらいに」
「無理」
「嫌」
ハモるねぇ、君達。
メンバーである川崎沙希と折本かおりは上機嫌である。大人な女性になったピチピチの女子大生に。いや意味深はないよ? このままの意味だよ? 二人の恋愛事情は知らないので何も言えないけれど。
更に言うと、それぞれからも誘われており、川崎は土曜に。折本は日曜とバラバラに誘ってくれるのでダブルブッキングという事にはならないが毎週のように誘ってくるのはその……勘弁してほしいというか。ちなみに一回はデートしたが、それ以降は理由を付けて、断っている。
別に嫌とかいう訳ではない。ただどうしても女の子と二人きりデート、ドキッ!? な展開は色々と心の準備も必要になるし、そりゃあ慣れなくない訳じゃないが……結論話すと、こんな沢山の頻度で誘われるのは八幡、無理ぃ……ハーレム主人公になれないよぉ。
「あ、私お手洗い行ってくる」
立ち上がり、折本が席を外す。
川崎と二人っていうのも何かと不思議な光景だが、まあここは沈黙と、
「ねぇ」
いきたかったなぁ……。
「何だ」
「どうして誘っても、毎回予定詰まってるの?」
「そりゃあ大学生だから」
「私も女子大生なんだけど。つかやっぱり雪ノ下と……」
疑い深いなぁ。
川崎の目はそれを表すかのように俺の顔をじっと見ている。ロックオンされてる気分だ。
「さすがに疑い過ぎだ」
「でも一緒に住んでるのは事実じゃん」
「それも小町が勝手に」
「嫌なら引越せばいいのに」
「それは……まあ引っ越し資金とか」
「足りないなら出す」
「いやだから」
言葉に詰まり、髪をかきむしる。
女心に鈍感なラノベ主人公でもここまでいじっぱりな態度ならわかるだろう。しかしそれを口にするのも野暮なものだし、何より今すぐ川崎の想いに答えようというのも失礼というもの。
無論、本人も気付いてほしくて、こんな態度を取っているだろうがそもそもこんな男のどこがいいのだろうか。小町も「お兄ちゃんのどこがいいんだろうねぇ。邪魔なだけなのに」とか言ってたし。邪魔って表現ひどくない?
「たっだいま」
「おう」
「そういえば注文してなかったね。何飲もうかなー? 比企谷は?」
「まだ手元にビールあるんでパス」
戻った折本はメニュー表とにらめっこ。その間に川崎がお手洗いへと向かって行った。
今度は折本ターンですか。
「きーめた」
タッチパネルの注文ボタンが押された。一瞬画面が見えて、追加のビールが頼まれていたのは気のせいだと思われる、うん。
「ねぇ比企谷」
「何だ」
「最近忙しいみたいだけど、いつ暇になるの?」
「大学生だからな」
「私も女子大生なんだけどなー」
タイムリープでもしたのかと思わせるくらい同じような会話。というか君達って結構暇なのね……。
「忙しいなら来週の木曜は私の家で映画でも見ない? 木曜なら暇でしょ?」
「まあ木曜は空けろって言われてるからな」
「じゃあいいじゃん! けってーい」
お前は俺の話を聞いてなかったのだろうか。
月一にしてくれってさっき言っただろ。様子を見る限り、聞き入れてもらえなかったようだけど。
「ちなみに三人でか?」
「それ言っちゃうと想いを寄せている女的にはマイナスだよ?」
「そういう風に言っちゃうのもマイナスな気がするけどな」
「つれないなぁ」
気付かせようとしている気もない。こちらが気付いていると判断した上でそう言っているのだから、川崎よりもタチ悪い。魔性の女に育ったってしまったなぁ、こいつ。
「そもそも私とのデートを断る理由がわからない」
「は? いや毎回誘ってくるのはさすがに金が」
「だって私の事好きだったじゃん」
で、でた~w 昔の事を持ち出してくる奴~w そうやって傷をえぐってくる奴~w
うん、八幡そういう人良くないと思う。駄目、絶対。
もちろん二人きりの時じゃない限り、こんな事を言わないのはわかっている。
「何か楽しそうな話してるけど何の話?」
間の悪い感じで川崎が戻ってきた。
そろそろお会計、とタッチパネルに手を伸ばそうとしたが、川崎に止められる。
「何の話?」
口元は笑ってるのに、目が笑ってないのは一致してないですよ……?
「さ、さすがにもうすぐ終電だろ? 続きはまた」
「あーそういえばそうだね。この辺に近い家とかあればなー」
「そうだね。この辺に近い家があるといいねー」
二人共何でこっちを見てるのかな?
え、えーと俺の家は確か千葉、そう千葉……間違ってもここから一駅の新木場に家はない。そう……ない。
× × ×
「こんな夜中に女子大生を家に連れ込むなんて何を考えているのかしら。大体ここはあなただけの家ではないのだけれど」
「そうですよー。これから雪乃先輩と映画を見る予定だったのに」
玄関先で俺を出迎えてくれたのは不満げな表情の雪ノ下と頬を膨らませた一色だった。
ちなみに一色が手に持っているのは例のアニメのブルーレイだった。まだハマってるのかよ、お前。
「ごめんねー、一色ちゃんと雪ノ下さん。終電逃しちゃってさー」
「悪いね。比企谷が家じゃないと話さないっていうから」
「だからって本当に来ることはないと思うんだけどなぁ」
どんよりとした表情の俺をよそに二人は家に入って行くのでそれに続く。俺の部屋を通り過ぎ、最初にリビングへと進んで行く。
「うわぁ。広―い。シェアハウスってこんな感じなんだね」
「ふーん、ちゃんとそれぞれ個室もあるんだ」
女性二人のチェックが始まった。何か探偵が空き巣に入られた家を見るかのように浴槽、キッチンと回り、ソファー、テレビ等の家具も細かく見ている。犯罪者扱いされているようだ。
するとキッチンを見ていた川崎が何かを発見したようで、口を開く。
「ふーん、比企谷は月、火、金が料理当番なんだ」
ぽつりと呟いた言葉に本棚を見ていた折本が声の方に振り向き、雪ノ下、一色も見つめる。何か空気変わったんだけど……。
「そ、そうなんだーへえー。じゃあ来週の月曜とか食べにこようかなー」
「ま、まあ比企谷が遊びにきていいなら、一緒に御馳走になろうかなー」
謎の笑みとわざとらしい口調。君達もうちょっと演技力磨いたほうがいいよ? そんな三流な誘い方で落ちる馬鹿はどこぞの童貞男子……あ、俺の事でしたね、さーせん。
しかし先程も会話に出たようにここは俺の家ではない。同居人の方から文句の声が上がらない訳がない。
「悪いけれど、食材は限られてるの。ルームメイトでないあなた達に分けられないくらいにね」
「そうですよー、残念でしたね」
小悪魔飛び越えて魔女のようにニヤっと挑発をかけてくる雪ノ下と一色。何故油に火を注ごうとするのか。言い方ってもんを考えろ。
「だったら私が食費をあげればいい話じゃん」
「つかそれって自分達以外に比企谷の手料理食べてほしくないからむきになってない?」
「意味がわからないわ。大体その男の手料理なんて食べて、体調を悪くしても責任取れないのだけど」
「とかいいつつ、雪乃先輩がいつも美味しいと喜んでいる件について」
「あなたどちらの味方なのかしら」
ぎゃーぎゃー騒ぐ四人を放置し、自室へと戻る。
入るなり、カレンダーが視界に入る。六月と大きく書かれたその文字。その横に小さく書かれている夏を始まりを表す文字。
「……コミケが始まるのか」
まるで異世界大戦がはじまるかのように呟いた俺の声は誰にも届かない。しかしあそこは異世界のような場所であり、勝ち残った者だけが世にも珍しい報酬を……。
と、脳内で語っているとスマホがぶるぶる震えだす。画面には『材木座』と表示。予想は出来ているので放置。
ぶるぶる、放置。
ぶるぶる、放置。
ぶるぶる、放置。
ぶるぶ……切れた。
が、すぐにまたぶるぶると震えだす。ああ、しつこい!
『おかけになった電話番号は現在使われておりません。ピーっという発信音と共にコミケの原稿を諦めましょう』
『はちまああああああああああん! 頼む! イラストを描いてくれええええええ!』
この事が後に大きな波乱を巻き起こす事を俺はまだ考えてもいなかった。
なんてフラグを立てておくが何もない……何もないよな?