黄金の獣の廻り者   作:征嵐

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 side ノイマン

 

 

 「それでハイドリヒ卿、次はどちらへ?」

 

 彼がアインシュタインを呼んだので、私はそう問うた。彼がアインを呼ぶときは、外出するとき以外にない。便利な輸送車扱いだが、彼の役に立てるならそれで十分だろう。羨ましいことこの上ない。私の才能『予測演算』と『電子の王』が彼の役に立つことがないか──私にも、貴方に貢献できることはないか、と、そういう意味を込めて行き先を尋ねる。

 

 「ノイマン。そう畏まる必要は無いと言っているだろう? 卿がこの偉人の杜のリーダーなのだから。それで質問の答えだが···監禁されている少女たちを、助けに行こうと思っているよ。」

 

 被監禁者の救助。偉人の杜の行動理念にも沿う、大義ある行いだ。彼らしいといえば彼らしい。だが、私がこの"杜"のリーダーというのは···確かに、私は創設時からここに居るが、それは彼も同じこと。より統率力のある彼にこそ相応しい役の筈なのだが、彼に「神にも届く先見性を持ち、冷静に現状を見据えられる卿にこそ、組織の長は相応しいよ。」とまで言われてしまえば、それを固辞する方が失礼になってしまう。本当に···狡い人だ。──おっと、あまり思考の海に沈んでいる暇はなかった。

 

 「その被監禁者も、廻り者なのですか?」

 「ちょっと、ノイマン──。」

 

 アインが咎める声を上げた。確かに、絶対者の行いにあれこれ疑問を挟むのは間違っている。だが、私には『予測演算』という才能がある。彼の目的を知っていれば、それを達成する一助になれるかもしれない。

 

 「良い。アインシュタイン。ノイマン、答えはイエスだ──そうだな。卿の力も借り受けよう。通信端末の電源を入れておく。何か不都合が生じるようなら、予め知らせてくれたまえ。」

 「──御意に、ハイドリヒ卿。」

 

 歓喜に震える体を抑えつけ、車椅子の上で身体を折って一礼する。彼が困ったように笑う雰囲気を漂わせ──鍵のかかるような音を残して消えた。

 

 

 side out

 

 

 「ありがとう、アインシュタイン。卿はここに残ってくれたまえ。」

 「え? で、ですがハイドリヒ卿···。いえ、ここでお待ちしております。」

 

 アインシュタインは言い募ろうとしたようだが、取り止めて頭を下げた。彼女に背を向け、一件の民家のインターホンを押す。静かな──と言うには些か静かすぎる住宅街の風景に溶けるその家と違って、黒い軍服に派手な金髪という出で立ちだが──まぁ、気にすることもない。数分置いてもう一度押すと、ようやくドアが開いた。

 

 「はい、どな···た、でしょう、か···?」

 

 ドアを開けたのは一人の男性だ。特筆すべき風貌ではないが···どことなく、気分を害しているように見える。時刻としてはもう夕刻。夕食の準備をしていたのであれば不機嫌になるのも無理はない。まぁ、そうでない事は分かっているが。

 

 「宗教の勧誘とかなら──」

 「ふ、ふふふ···いや、失礼。この格好だと、宗教家に見えるのか。」

 「或いはコスプレイヤーか、ですかね···で、なんです?」

 

 同調したような笑いを顔に貼り付けた男に近づき、耳元で囁く。

 

 「卿のお嬢さん方に合わせて頂きたい。」

 「あぁ? ウチに娘なんて···」

 

 いない、と、男が言い切るより早く、彼の顔面に裏拳を飛ばす。顔を弾かれ、胴体をそのままに首を二回転させた男が倒れる。

 

 「ちょっと、アナタ──ッ!?」

 

 家の奥から妻らしき人間が歩み出てくる。当然、彼女は首の捻れた夫の姿と、下手人たる私の姿を見る訳だが──

 

 「まぁ、卿でもいい。絶対に危害は加えないと誓うし、なんなら警察立ち会いの元でもいいのだが、卿のお嬢さん方に会わせて──」

 「お前が──私の娘たちに余計な事を吹き込んだのか!!」

 

 包丁を持って突進してきた女性の膝を蹴り砕く。衝撃で手から離れた包丁を右手で掴み、男の死骸に向けて投げ棄てる。

 

 「···まぁ、場所は知っているから、案内は不要だがね。」

 

 悶絶する女性を避けて家の奥へ進み、地下へ続く階段を降りる。地下室とは言うが、4畳もない小さな空間だ。真っ暗なそこに、確かな気配を感じる。

 

 「二人とも、元気だったか?」

 「ラインハルト様?」

 「ラインハルト様なの?」

 

 返答が二つ。涙に濡れているというのに、掠れきった声。何日何月何年と泣き続けたのだろう。それだけが、自分達に許された行為だと悟って。何もせずただ発狂するよりは良い対応だと言える。お陰で、こうして助けに来れた。

 

 「以前に、卿らには聞いた事があった筈だ。"ここを出る為に、自分の喉を掻けるか"、と。」

 「姉さんはこう答えた筈よ。"ここを出る為に死んでしまっては意味がないわ"と。」

 「えぇ、そうね。でもラインハルト様、貴方は同じ質問を繰り返すような人ではないでしょう?」

 

 二、三度ここを訪れ、二つ、三つ質問をしただけだと言うのに、随分と私のことを理解している。良し良し···──何回か前に勧誘した偉人の口癖が移ってしまったか?

 

 「君たちの両親を殺した。···いや、母親はまだ死んでいないだろうが、帰りに殺すつもりだ。よって、卿らはここを出る必要がある。ここにいても、最早食料も水も与えられないのだから。」

 「ラインハルト様が、あいつらを?」

 「ラインハルト様が、私たちを解放してくれるの?」

 「そうだ。そして···このナイフで喉を切れば、私の所属する組織に入る資格が得られる。」

 「どのナイフですか?」

 「何も見えません···。」

 

 沈黙。そうだった。私と違い、彼女たちには完全な闇を見通すような眼はないのだった。

 

 「失敬、失念していた···。」

 

 指を鳴らす。合図に反応し、私の足元から金色に光る骨の手が現れ──やはり金色のランプを置いて戻っていった。

 

 「あ···。」

 「え···。」

 

 二人が私の顔を見て目を見開いている。ただ監禁されていただけで、拷問や凌辱の類いは受けていなかったのか、二人とも痩せて疲弊こそしていても、服装や体は綺麗なものだった。いや、一般的に見ればかなり汚いし、服もかなりよれているが、強制収容所よりマシだ。

 

 「以前に言ったと思うが···卿らにこの暗闇以外の風景を見せて閉幕、では、些か後味が悪いんだ。私の──」

 「貴方に従います。ね?」

 「えぇ、姉さん。私たちを──貴方のために。」

 

 いきなり跪かれ、流石に面食らう。が、まぁ、穏便にことが済むならそれに越したことはない。私はナイフ──前世を巡り才能を引き出す『輪廻の枝』を渡すと、その場を去った。

 

 

 side ???&???

 

 

 今までも何度か話した事はあった。この闇の外、幼い頃に何度か見た世界のこと。ジャンプしても届かない、高い天井(そら)。バケツよりも沢山水を湛えた『海』。ここより空気の澄んだ外の世界でも一際空気の綺麗な『森』。姉さんと二人で、いや、ラインハルト様と三人で巡れたら、どんなに楽しいだろうか。

 

 妹と一緒に外の世界に思いを馳せ、眩いばかりの太陽を想って泣くのにも飽きてきたころだった。彼はいきなりここに現れ、自分のお陰で外に出られるとして、卿らは私の下に来てくれるか? とか、 ここから出られるなら、首を掻き切る決意はあるか? とか、益体のないことばかり話して帰っていく。勿論、鍵が閉まっているこの地下室でそんな事はありえない。

 

 

 姉さんと二人で幻聴を聞いているのだと思っていた。でも、今日、その疑念は払拭された。

 

 私の見た男の人といえば、私たちを地下室に閉じ込めたあの男と、昔何回か話した近所のお兄さんくらい。その私のイメージとはかけ離れた、およそ妄想することすら出来ない程に整った顔が、ランプで照らし出されたとき、二人揃って絶句してしまった。

 

 

 そして、今。私達の目の前には小ぶりのナイフが二振り置かれている。

 

 それで喉を裂くことに、躊躇いはない。ここを出て彼の下に行く。その為になら。

 

 

 「喉を裂くくらい、何てことないわ。」

 「えぇ、姉さん。一緒に、あの人の所へ──。」

 

 

 それでもやっぱり怖かったから、姉さんと手を繋いで、

 

 首に当たる刃の冷たさに負けそうになったから、妹と手を繋いで、

 

 

 

 私たちは、首を掻き切った。 ────そして、翼を手に入れた。

 

 

 side out

 

 

 「お帰りなさい、ハイドリヒ卿。」

 「アインシュタインか。待たせたな。ここに来るのも今日で終わり。登録座標から消しても構わん。ご苦労だった。」

 

 アインシュタインが深々と頭を下げたとき、バキバキバキ!! と、背後から凄まじい音がした。アインシュタインが私を庇おうと前に出るのを静止し、口元を歪めながら音のした方向を見る。あの姉妹が、互いに腕を回して腰を抱き、もう片方の手を翼に変えて空を舞っていた。

 

 「すごいわね、姉さん!!」

 「えぇ、ラインハルト様には感謝しないと──ラインハルト様!!」

 「え? どこ?」

 

 遥か上空から、凄まじい速度で急降下してくる二人を見て、アインシュタインがその目に敵意を宿す。が、その腕を掴んで引き留めると、彼女も漸く理解してくれた。

 

 「あの二人が、今回の目的ですか?」

 「そう。空に憧れ、空を手にした偉人の、その廻り者だよ。」

 「まさか、彼女たちは──?」

 「ライト兄弟──いや、ライト姉妹だよ。」

 

 私の胸に文字通り飛び込んできた二人を、私はしっかりと受け止めた。

 




 やりたい事は終わったんだよなぁ···
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