黄金の獣の廻り者   作:征嵐

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 だーれも書いてくれないみたいだから書いた。

 ···はい。まさかの本編です。いやーいつまで続くんだろうなー()


ほんへ
1


 異様なほど大きく、丸い月。

 つい声が漏れてしまいそうに近い、満月。

 辺りが普段の倍は明るく照らし出されると、自然、日付の変わりそうな時間帯でも気が高ぶる。遅めの散歩や、敢えて遠回りしての帰路に出る者も少なくないだろう。

 

 駅前の塾二つをハシゴした少年、扇寺東耶もその一人だった。彼は疲労感と無力感に覆われながら、時折空を見上げつつ、家までの最短ルートを迂回して歩いていた。

 近所の川の上を通る高架、その下を通りかかったとき、彼の足が止まる。

 高架下は、煌々と照らされた辺りと反比例するように、その闇を濃くしている。その闇の奥で、神経を逆撫でする湿った音がする。打撲とも刺突とも違う、ダイレクトに生命の根幹へ不快感と根元的な恐怖を叩き込む音──咀嚼音が。

 

 「え···?」

 

 東耶が漏らした声は、捕食者には届いていないようだ。途絶えることなく、肉を裂き骨を噛み砕く、食事の音が聞こえている。よほど大きな獲物を食っているのだろう、辺りに撒き散らされた血痕は、どう見ても人間一人分以上はあった。

 

 だが、この都会のど真ん中に、そんな動物が居るものか? 最低でも鹿くらいのサイズがなくては、こんな無残な血の撒き散らし方をして死ぬことはないだろう。そして鹿をこの出血量で殺せる動物と言えば。

 

 「熊、とか?」

 

 それこそ、この都会のど真ん中に? という話だ。深夜とはいえ車通りはあるし──と、東耶はそこまで考えて、少し離れたところで停車している一台の車が目に入った。高架の太い柱の陰に停まった、特徴的な、見間違えようのない車。子供に人気のあの車。上にランプが付いている、タクシーじゃない方の車。···というか、パトカーである。

 

 だが、パトカーといえば白黒のボディに赤いランプが目印だ。

 

 断じて、ボディまで赤ではない。

 

 「···っ!?」

 

 パトカーが血塗れになっていて、中は無人。飛び散った大量の──人間一人では足りない血液。謎の捕食者。

 

 Q,そいつは、何を喰っている?

 

 「···?」

 

 その問の答えに辿り着くのに、何秒も掛からない。だが、その答えに辿り着くより早く、東耶は違和感を覚えた。

 

 静寂。

 

 先ほどまであれほど嫌悪感を想起させた水音が、いまはぴったりと途絶えていた。残るのは空の大穴のごとき満月に相応しい、静かな夜の帳のみ。

 

 そのいっそ気味が悪い無音を破る足音が聞こえ、東耶は咄嗟に柱の陰に身を隠した。

 

 (捕食者か!? ···足音が複数ある、不味いな。逃げられるか?)

 

 河原の石を踏み締める、複数の足音。それは、人間の歩行に伴うそれと近く──加えて、複数の人間の話し声まで聞こえてきた。

 

 (人? ···助かった。)

 

 複数の人間の接近に、捕食者が気づいたのだろう。相手が複数と知り、そいつも逃げ──待て待て。それはおかしい。

 

 (警察だって複数人で行動してるはず。それも拳銃だけとはいえ武装してる···それを喰っておいて、なんで逃げる? 僕の勘違いか? ···そうだよな、警官が食われるとか、そもそも人間を食う動物なんて──)

 

 パトカーの陰から、東耶が塾の帰りに何度か見たことのある三人組が顔を出す。東耶が必死に理論武装という名の現実逃避をする間にも、三人組は血塗れのパトカーに近付き、写真を撮って騒いでいる。そこそこ距離のある東耶のところまで、ヤバイだの事件だのと聞こえるくらいの大声で。あれだけ騒がれたら、動物もビビって逃げるだろう。

 

 東耶が願望混じりにそう結論し、踵を返したときだった。

 

 咀嚼音。

 

 背後から聞こえたそれに、咄嗟に振り返り──悲鳴を上げて食い散らかされる、三人組が見えた。

 

 「な、ぁ······!?」

 

 驚愕のあまり、喉が悲鳴を放棄する。

 

 人を、()()()()()()()

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 「──彼に相違ないな、ノイマン。」

 

 全面を無数の液晶ディスプレイが多い尽くす、だだっ広い空間。そこかしこに落書きが散見される、殺風景な場所。そこに、聞くだけで頭を垂れるほどの威厳と、即座にその身を捧げたくなるほどの愛が籠った声が響く。敵意の一欠片も、誇示の響きの一片もないのに、視線を吸い寄せる声が。

 

 「は。相違ございません、ハイドリヒ卿。」

 

 返すのは、車椅子に掛けたまま、片手を胸に当て頭を垂れる異形の少女。異形とは言ったものの、その容貌は非常に整っており、幼く小さな体が成熟すれば、いや、10台前半であろう今既に、魔性の輝きを持っていた。では何が彼女を人外と見做させるのかと言えば、頭部。流れるような銀髪を裂いて生える、二本の角だ。左側のそれには、小さなディスプレイが取り付けられている。

 

 彼女の他にも何人かが、ディスプレイが積まれ、普通より三段高い場所に据えられた玉座に、そこに座る男に跪いていた。

 

 髪と同じ、黄金の玉座。背もたれに奇怪な──ルーン文字と呼ばれる紋様が刻まれたそれは、ノイマンが掛ける普通の車椅子とは違い、なんの美術的見識が無くとも感動を呼ぶ、見事としか言い様のない威容を持っていた。

 

 しかし、そこに座す男が放つ覇気は、椅子がもつ無機質なそれとは比較にならないほどの熱気を、生気を、そして威圧感を持っている。なみの人間であれば、即座に自死を選びかねないほどに。ただ傅き服従を示す彼女たちは、ある種の異常とすら言えた。

 

 「ハイドリヒ卿、私は──反対です。」

 

 その異常から、さらなる異常が生まれる。

 

 ノイマンが発した、ただの一言。だがその一言は、絶対者への反駁。首が飛ぶか、心臓だけが体外に飛び出るか。そうなっても不思議はない態度に、彼女に並んで跪づく者の数名が殺気と呼んで差し支えない怒気を発する。残る者も殆どが、微動だにしなかった服従の姿勢を僅かに揺るがせた。

 

 「良い。──故を聞こう、ノイマン。」

 

 その殺気を一言で抑え、黄金の男が玉座に背を預けて問う。頬杖をついた口元は、微かに愉悦に歪んでいる。それに気付くのは、直接問われた──顔を上げることを許可されたノイマン一人。その事実に喜びを覚え、それを抑え込んで彼女は答える。

 

 「確かに彼──扇寺東耶は()の弟ではありますが、彼が廻り者かどうか、その資格があるかどうかは未知。不確定要素のために、御身を危険に晒すわけにはいきません。」

 

 絶対者への異。黄金の視線に射抜かれ、つい伏せそうになる、透けるような銀色の瞳を固定する。

 

 「未知、か。···素晴らしいことだ。」

 

 ノイマンはその呟きを聞き取れず、謝罪と共に慈悲を乞おうと口を開く。だがそれよりも、黄金の獣が嗤う方が早い。

 

 「私があの程度の相手に遅れを取ることなどありはしない。それに···未知とは、誰も知らないからこそ未知なのだよ、ノイマン。」

 「···は。」

 

 要領を得ない、詩のような答え。彼がこの手のことを口にしたとき、その意はどうあっても覆らないことを、ノイマンは経験的に知っていた。

 

 そもそも、絶対者の意を覆そうとすることが誤りだと、ノイマンは重ねて自分に言い聞かせ、頭を垂れる。

 

 「申し訳ございませんでした、ハイドリヒ卿。なんなりと罰を。そして、その意のために我が身をお使いください。」

 「良い、許そう。──では、出立する。」

 

 金の瞳が動き、右側のディスプレイの殆どを使って写し出される映像を見る。ちょうど、黒髪黒目の少年が、灰髪灰目の少女に、食人鬼の魔手から助け出されるところだった。

 

 「城は出さん。アイン、任せる。」

 「はっ。」

 

 隠しきれない歓喜を浮かべた、銀髪の女性が歩み出る。跪づき続けていた疲労を感じさせない軽やかな足取りで玉座の下まで進むと、立ったまま頭を下げた。

 

 金の長髪を靡かせ、黒い軍服を翻しながら、そこまで男が歩き──鍵のかかるような音を立てて、二人の姿が掻き消えた。

 

 

 ◇

 

 

 

 

 (人が人を食べてる。うん、間違いない。···通報して逃げるか。今なら()も三つあるし)

 

 そんな、異常なほど冷静な思考が、東耶の脳裏に浮かぶ。即座の逃走に出なかった理由は、東耶自身にも分からない。恐怖に竦んだ、それだけではない気がする。驚愕、でもない。興奮、近い。けれど、もっと別の──

 

 「──嫉妬。アレを見て妬める奴は、才を掴めるよ。」

 

 背後から聞いたことのある、前兆の全くなかった声がして、東耶は驚愕と共に振り向いた。

 

 「灰都、さん?」

 「よっ、さっきぶり。」

 

 軽薄に片手を上げて応じる、灰髪灰目の少女。見えていない訳がない惨状を前に、整った容貌には笑みしか浮かんでいない。

 

 「おーおー、やってるやってる。ノイマンの予測通り···あれ? ノイマン? のいまーん···集合掛かったのかな。行きたかった···」

 

 血溜まりで食事に勤しむ人影を見て感心を、携帯電話を振って困惑と落胆を。ころころと端正な顔立ちを動かし、いつもと変わらず振る舞う灰都。

 

 灰都=ルオ=ブフェット。東耶と同じクラスの高校生だ。一見して分かる荷物は竹刀袋と携帯電話だけで、パーカーの下には年相応の華奢な身体が包まれている。だが侮るなかれ。彼女は剣道特待生として入学し、圧倒的な強さでその剣道部を瞬く間に廃部に追い込んだ──らしい。

 

 だが、拳銃で武装した警官も喰ったであろう食人鬼相手に、剣道が強いだけの女子高生がどうこうできる訳もない。東耶はそう判断し、無造作に食事場へ歩き出す灰都の腕を掴む。

 

 「灰都さん、逃げましょう。アレは──」

 「ん? なに、心配してくれんの? ダイジョブダイジョブ!」

 

 ぐっ、と、サムズアップする灰都。

 訳がわからない顔をする東耶。

 

 そして──

 

 「おや、お久しぶりですね。灰都さん。」

 

 それに気付き、にこやかに笑う──口元に、その服に、腕に、掛けられたナプキンに、手にした鉈に、べったりと血液と内臓と肉片と体液を、獲物の残骸を、食事の残りという意味での残飯を飛び散らせた、食人鬼。

 

 「ちょっとばかしやり過ぎたな、フィッシュ。」

 

 表面上はにこやかに殺気を撒き散らす食人鬼と、本当になんの気負いもなく接する灰都。

 

 東耶の目から見ればどちらも異常だったが、より嫌悪感を掻き立てるのは前者で、より恐怖を掻き立てるのは、へらへらと笑い続ける灰都だった。

 

 「やり過ぎた、ですか。私は才能に従っているだけなのですが···」

 

 才能に、従う。

 

 意味が通じない言葉に首を捻るのは東耶一人。灰都は肩を竦めて苦笑するだけだ。

 

 「悪いものがあるとすれば···()()()()()でしょうかね。とはいえ感謝していますよ、貴女には。」

 

 食人鬼──フィッシュがそう言って笑う。灰都はその笑顔を見て少し眉をひそめ、続く言葉を待った。

 

 「感謝のしるしに──貴方たちを、料理して差し上げます。」

 

 獰猛に。肉食獣のように。フィッシュに対しては、どちらも比喩でもなんでもない文字通りの形容となってしまう笑みを浮かべて、食人鬼が鉈を振りかぶる。殺気というには野性的すぎる空気を撒き散らして、フィッシュが灰都を見据え──その視線を浴びてなお、灰色の瞳は苦笑を湛えたままだ。

 

 「ま、いいけどさ。コイツは部外者だし、放っとけよ?」

 「ふむ────」

 

 灰都が東耶を指して言うと、フィッシュも一考する姿勢を取る。

 

 (い、意外と交渉の余地が······え?)

 

 瞬き一つ。

 

 東耶がコンマ以下数秒だけ目を離した食人鬼の薄ら笑い。それが、東耶の肩に手をかけて迫っていた。

 

 振り上がる鉈。月光を反射させる死が袈裟斬りに振り下ろされ──

 

 

 「···おや?」

 

 

 地面を抉って終わる。

 

 フィッシュは二つの餌が顎から逃げた事実を知覚し、落胆のため息をついた。

 

 

 

 

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