新訳 急降下爆撃   作:ヌルヌルジーベン

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あまりにも筆が遅いので3000文字到達を待たず、なんとかペースをあげるために1000文字程度で投稿します。


憧れのルフトバッフェ その2

1938年6月、私はスツーカ隊の上級見習士官としてシュタイアーマルク州のグラーツに配属された。まるで絵画のように美しい都市であったが、既に西欧の大空には戦雲急なるものがあった。

ドイツ軍がオーストリアに進駐して3ヶ月になる。現地の人々も大ドイツ建設の熱に浮かされてか、我々の到着を大歓迎してくれた。

 

 

我々飛行中隊は町外れのターレルホフという村に駐屯し、Ju87が最近配備されたらしい。これまで使われていた複葉単座のHs123はもう急降下爆撃機としては使われないのだろう。

 

スツーカの操縦は初めてだったが、意外にもすぐに慣れた。が、技術の上達は見込めないということで、中隊長の機嫌は良くない。

私は生まれつき人と付き合うということを好まない。将校の集会場にも滅多に行かず、暇さえあれば登山などの運動、たまに一緒になっても黙ってミルクを飲んでいた。異常に変わったヤツだと思われていたことだろう。

 

まもなく飛行少尉に任命された。その年のクリスマス、部隊は『偵察任務のための特別訓練員として将校1名を選抜せよ』との命令を受けた。誰も志願などしない。転任なんて今更したくなかったし、何よりも偵察なんかよりも直接戦いたかった。

中隊長は、ミルクばかり飲んでいる変わり者を転任させるためには絶好の機会だと判断したのだろう。私の名前が名簿から消えるのはそう遅くはなかった。もちろん反対したが、命令は動かなかった。

 

 

年は開けて1939年1月、ヒルデスハイムの偵察飛行学校に入学。全く退屈で、爆撃のための技術は磨かれないし、空中撮影の理論や技術を磨くなんて面白くもない。

やっと過程が終わり、私はプレンツラウの第121 二軍地区偵察中隊に配属された。

 

そこで2ヶ月間待機、そしてシュナイデミュール(現在はポーランドの土地、ピワと呼ばれている)に移動、この1939年1月をもってポーランドとの戦いが開戦された。

私は初めて国境を越えて飛んだ。その時の感激、そして高射砲弾が目の前で炸裂する最初の経験!この経験は私に戦慄さえ覚えさせた。ポーランドの戦闘機は滅多に姿を見せない。教室での退屈な話が現実になるとこんなにも興奮するものになるのか!

 

主要駅構内の撮影を終え、私たち偵察隊はブレスト=リトフスク、コーベル、ラックの線まで進み、偵察行動を行った。ポーランド軍が東方でどのように再編成され、赤軍がどのような動きを見せているかを偵察するのが我々の任務だった。基地は南ブレスラウに移された。

ポーランドでの戦闘はまもなく終結を迎え、私たちはふたたびプレンツラウに戻った。

 

偵察部隊の隊長は私がスツーカ隊に戻りたがっていることを知っていたし、私も何度も意見を具申したが、未だ時機は来なかった。

 

カッセル付近のフリッツラーで越冬をした。連日、西方または西北方への偵察飛行を続行、

非常に高い硬度を飛ばなければならず、全員が改めて特別検査を受けた、私は不合格!

 

よし、これで『初恋』のあの部隊に戻れる。なぜならスツーカ隊はそこまで高い高度に行く必要は無い。が、この喜びはぬか喜びに終わった。

 

2人の乗組員が相次いで失踪、私は再検査を受けるはめになりその結果はなんと『異常高度に耐えうる。』だった。

前のが間違っていたのだ。ガッカリして仕事も手につかなかった私はやがてウィーンのスタンメルスにある航空部隊に転属を命じられた。この隊はのちにクライスハイムに移動した。




次回または次々回で第1章は閉幕し、第2章がスタートします。
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