うちの魔法科高校の劣等生にはオリ主転生が多すぎる 作:madamu
鉄は熱いうちに打て。
俺は昨日の今日で光夜と話すことにした。
この手の繊細な話は肉親で話すか、事情を知っている赤の他人と話すかに限る。
司波の三人が光夜と話した場合、決裂したときに今後の結束に関わる。
光夜を怒らせ縁を切られるなら赤の他人が望ましい。
事情に精通し責任を取る立場ある人物でいなくなっても戦略案に多大な影響を与えない人物。
俺だ。
実のところカナデには「殺される可能性」を含めて昨晩伝えてある。
光夜の逆鱗がどこにあるかわからぬ以上、何かの拍子に逆鱗に触れ俺が殺される可能性もある。
俺は抵抗する気はない。俺が蒔いた種でもある。責任とらなきゃね。
そのことを伝えると彼女は泣きはしなかったが、一つねだられた。
「前世の名前で呼ばせて。あたしも呼んで」
まいったね。
いや、ホントに。
俺は関重蔵だ。
だが、その人生は前世からの地続きでもある。
誰にも、偽名としても名乗ったことは無い名前だ。
自分自身の根幹。魂の名前とかいうと馬鹿みたいだが、紛れもなく俺の心に刻まれた名前だ。
前の両親や姉に呼ばれた名前。
あの両親も姉の名前も忘れたことはない。
祖父母の笑顔も、30年来の幼馴染みのことも。
近所の豆腐屋の味、スーパーの駄菓子コーナーの思い出、小学校の七不思議を調べた放課後、中学校の図書室での悪戯、高校での部活と喧嘩、大学受験の遅刻と面接、社会人のしょうもない失敗。そして死ぬ前日に初めて食べたイカ墨パスタ。
下らない記憶もあるがそれでも走馬燈とは違う確かな記憶だ。
その全てを集約したものが名前だ。
日付が変わる直前。
ベッドの上でカナデは俺の頬に手の平を当てる。
優しく暖かい。
「きっと、あたしが覚えておかなきゃいけないの。貴方が今も昔も生きていたこと」
そうだ。関重蔵としての今は、かつての人生があるからだ。
俺は関重蔵だけではなく二人の人生を生きる人間だ。
関重蔵だけなら半分だ。もう一つの名前があるから今の俺になる。
俺は彼女にかつての名前を名乗った。
彼女もカナデの名を聞いた。
彼女の名前は綺麗な名前だった。
俺は……平凡。
カナデのかつての名を呼び、かつての名を呼ばれた時に俺は涙を流した。
喜びとは違うし、寂しさとも違う。
郷愁に近い感情だ。
そして、絶対にこの女を離さないと思った。
こんな最高の女を。
◆
「悪いな」
四葉東京本邸は意外とこじんまりしている。
もう少し形式ばった家かと思ったが何のことはない、建築としては普通の住宅だった。
「いや、人が来るのは久しぶりだ」
光夜はそう言って家に俺を上げてくれた。
久しぶりですか、そうですか。ボッチですか。
冬も迫る12月中旬。もうすぐ冬休みに突入だ。
終業式を数日後に控え学内は慌ただしい。
生徒会会長の座は司波深雪に禅譲された。
生徒会役員は司波達也や桜井水波、三井ほのか、七草泉美が指名され、昨年の様なトラブルもなく新生徒会が組閣された。
組閣直後に見た恐ろしい悪夢の様なことにはならなかった。「六天使」とかネーミングのセンスを疑う。
光夜は完全にフリー…とはいかず、一応「部活連執行部役員補欠」として扱われている。
部活連は須田ちゃんが執行部役員として残り、光夜番をしている。
逆に俺はフリーとなった。
風紀委員は凄いことになった。
吉田幹比古委員長を筆頭に、北山雫、カナデ、雪光が脇を固め、須田ちゃんの助言で二科の柴田美月を「風紀委員補佐」として学生集会の時に運用するよう提案し実行された。
柴田美月の眼は「魔法発動」を瞬時に知り得る特技だ。学内の違法な魔法使用を取り締まるには柴田美月の眼はぴったり。
ただし彼女自身は荒事はダメなので、柴田美月を補佐として運用する場合は吉田委員長が同行することとなった。
過敏症対策に古式の結界が有効であること、また補佐とは言え一般生徒なので責任者が一緒にいること等々の要因が重なり「吉田&柴田」は一緒に行動することが増えた。
須田ちゃんが「あの奥手コンビはあのくらいでも進展するには弱いくらい」と言っていた。そっちが目的ですが。恋愛軍師須田渉の名采配だ。
最近はモーリーが一般教養科目の補習を積極的に受けており、本格的に進路を意識し始めたようだ。
そして昨日の会議からの今日だ。
「何かあるのか」
「楽しい話じゃない」
応接室に案内される中、と光夜に聞かれたのでと昨日と全く同じ答えが出た。
う~ん、ガラにも無く緊張している。
応接室というかリビングダイニングに通される。
ダイニングテーブルに持ってきた資料を広げつつ、席に着く。
光夜に話の枕はいらないだろう。
俺の正面に座り、資料を睨む光夜。
顔色は変わらない。動揺はあるのか、無いのか。
「単刀直入に言おう。タツヤ・クドウ・シールズはお前の血縁だ」
「どういう意味だ?」
光夜の手が、雪光とタツヤクドウシールズが血縁者である資料を掴む。
「四葉真夜から採取された卵子で生まれた、四葉真夜の息子だ」
資料から目を離さず光夜は俺の話を聞き続ける。
「このことは司波の兄弟妹と俺、カナデ、101旅団の佐伯さんと風間さんしか知らない」
「なぜ?」
ここからだ。対話が始まろうとしている。
俺は質問に正しく答えなければならない。
ホテルで彼女を口説いた次は、窒息系男子を口説かないといけない。
「なぜ?俺は、あの時、パラサイトに体に侵入された時、また神に会ったよ。そこで偶然タツヤ・クドウ・シールズの能力の一端を見たんだ」
俺は一度呼吸をする。
「最初は興味本位だ。外見、能力が司波達也に似ていた。転生者にあり得そうな無意味な外見の酷似かと思ったよ。ただ奴の能力にはブラックボックスの【悲喜劇】という文字があった」
「悲喜劇。意味は?」
それは質問なのか詰問なのか。鋭い圧力が俺の口開かせる。
「わからん。だがこの世界で司波達也とうり二つで生まれた人間の悲喜劇ってなんだと思う」
「それが四葉真夜の息子なのか」
「ああ、USNAの兵士であり、司波達也の敵となり得る存在。自分の甥の敵が、自分の息子。悲劇といえるだろ」
「喜劇ではない」
「意地の悪い奴から見たら喜劇だ」
光夜は資料をテーブルに戻し、腕を組み、目をつむる。
次に目を空けるのは10秒程度時間がかかった。
「・・・ならばあの女には地獄の苦しみを受ける可能性が残っているんだな。自分の息子が、達也に殺される。いや俺が殺せば、あの女どう思うだろうな、自分の飼った犬に唯一の子供を殺される」
淡々と話す。この男の言葉はタツヤ・クドウ・シールズを魔法で切り裂く光夜の姿を想像させる。
戦場なのか、それとも日常の一瞬なのか。光夜がタツヤ・クドウ・シールズに奇襲をかけ一瞬で倒す。
いやそれとも互角の勝負になるか。それならば周辺の被害は甚大だ。
だが、光夜の声音は他人の命など度外視している。
そしてあの光夜が口元を歪ませた笑顔を見せる。
「楽しくなってきたぞ!アラタ!俺はあの女を殺す以外の方法で復讐が可能なんだな!」
光夜の目が見開かれる。まるで底の見えない穴だ。暗く重く、そして冷たい。
口元は緩み、あの光夜の威厳とはかけ離れた醜悪だ。
復讐を進める人間は美しいか醜いか別れる。
四葉光夜の復讐心は美しさの欠片もの無い。
そこには獣のようで、人のようで、悪魔のようで、幼稚なそして憎悪が溢れていた。
「ふふっ、はははは!」
タツヤ・クドウ・シールズを殺し、四葉真夜が泣き悲しむ姿でも想像したのか、漏れ出した光夜の笑い声が大きくなる。
俺は一つため息をつく。この男の気持ちを静めないと話が進まない。
「その姿、中条あずさが泣くぞ」
俺の言葉に笑い声が止まる。
一瞬で光夜は立ち上がる。
「あの人の名前を出すな!」
この日最大の激怒は、四葉真夜の話ではない。
光夜のただ一つの聖域の名前が出たときだ。
やはりか。
光夜の目から復讐心を表す暗く重い感情ではなく、俺に対する明確な敵意が溢れて来る。
復讐心という自分の最も暗く暴力的な部分が芽を出した瞬間に、最も清く尊い人の名前を当てられる。
女性を「あの人」と呼ぶ場合は対象を神聖視しているか、または自分を果てしなく汚泥にまみれた存在と貶めているか。
つまり対象を「名前を呼ぶことさえ憚られるほど尊い存在」としてと捉えている。
だから一瞬で激怒する。ベタ惚れだね、光夜くん。
だが光夜が数回呼吸をするとその敵意も薄らいでいく。
椅子に腰を下ろし、光夜は大きく深呼吸をし天井を見てき気持ちを落ち着けている。
「すまなかった」
「いや」
「冷静になれた」
「そうか」
◆
光夜は自分を落ち着かせるため、コーヒーを淹れ持ってきてくれた。
「この情報をどうする?」
口をつける。おっ!なかなか美味い。
「使い方は現在検討中。だが司波の三人とお前を四葉に縛り付けられないよう101というか佐伯さんは動くつもりだ」
「どういうことだ」
声は落ち着いている。というか、少し疲れているな。感情の爆発と急激な感情の萎み。
短時間での大きな感情の起伏は恐ろしく疲れる。
「持てるものを使い、四葉の弱体化工作と交渉を行う。最低でもお前たちを大学に送りこみ、4年の猶予期間を作る。その間に軍属にするなり、他の十師族を絡ませるなりして四葉から離す」
「つまりは自由か」
少しだけ声に明るさが戻った。
「そうだ」
「よく、俺たち四人のために佐伯少将は動くな」
疑問はごもっとも。
「そりゃ、国防と若者の人権は大事だからな」
「本気か?」
「あのな、お前も雪光ももう少し大人を信用しなさいな」
司波の三人と光夜。戦略級魔法師云々はあるが、将来ある若者だ。
今回の件は、軍人による違法な情報確認からスタートしたが情報の使いどころはピンポイントだ。
最も効果的かつ意義のある情報の使い方。それは若者の未来を守ることだろう。
「正直なところ、俺はこれが年長転生者の役目だとも思っている」
どうも、こればかりは俺にしかわからない感覚だ。
俗にいうメンター、導き手なのだ。俺は。
別にラノベの主人公云々とは関係ない。
俺の特異な経験は単にヒーロー的活躍に生かすためでなく、本来は若いのを正道に戻し生かすためにあったのだ。
それを今俺はそれを行おうとしているのだ。褒めていいのよ。偉いでしょ、エッヘン。
◆
光夜は改めてテーブルの資料を読み直す。
「この情報は役に立つのか?」
「使いようは色々だ。四葉の直系がUSNAにいたら国粋系軍閥はどう思う?」
「売国か」
俺はゆっくりと頷く。
「一つの例えだ。別にそっちでなくとも噂を流すだけで十師族は割れると思うがね」
四葉の正統がUSNAにいる。なぜ?どうして?正統は深夜か?真夜か?
四葉光夜は正当後継者なのか?その血統に疑念は?
そして四葉は国防を担うに適しているのか。その特権を与えられて然るべきなのか?
その疑惑を持って四葉を責めることは可能か?四葉の基盤を崩せるのでは?
四葉の恐ろしさは「何者にも知られず、何者も知る」という得体の知れない恐ろしさだ。
だがその恐ろしさがたった一つの噂で崩れる。
一族の隠蔽は恐ろしさの演出ではなく、本当に一族の恥部を隠していただけなのでは。
俗に言う「幽霊の正体見たり枯れ尾花」というヤツだ。
そして怯えが反転すると、対象に攻撃的になる。
「俺はこの情報で四葉真夜と対決するかも知れんぞ」
「そうなる前にお前は司波三兄弟妹の顔を思い出すさ」
少しだけ光夜の顔が歪んだ。内心「やられた」とでも思っているのかな。
この言葉は楔だ。
光夜は情報を使って四葉真夜と対決する前に、この時の俺との会話を思い出す。
そして司波の三人のことを思い出す。
三人の顔が脳裏に浮かべば冷静になる。
「司波の三人はこの案に前向きだ。お前も一口乗れよ」
「考えておく」
薄く光夜が笑った気がする。
この日の話はこれで終わった。
そして俺はもっと情報の扱いに釘を刺すべきだったと後日後悔する。